亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:80】慈母の血衣

 

都市への脅迫が未知からの脅迫に上書きされた後。

 

色欲の大罪司教カペラは、ふざけた乱入を果たした下手人を拷問にかけてそれを放送するつもりだった。

しかし、捕まえたと思えばまるで霧を掴むように消えてしまった。

 

おそらく、『子供たち』の一人に持たせた『虚影装』に近いミーティアを使っている奴がいる。

 

 

都市庁舎に侵入して色欲が気分良く放送をしていたら、何かに台無しにされ大暴れをかました。それはついさっきのこと。

 

鬱憤をそのままに都市庁舎をくまなく探索。お目当ての隠し部屋を見つけた。

 

 

「じゃっじゃーん!アタクシのおっ出まし~!」

 

隠されていた扉を開けて、中に人の気配を認めると、気分が高揚してくる。

人を追い詰めるのは大好きなのだ。

 

「四つの塔に四つの水門。どれか一つでも開けられた日には都市の全部が水没確実……当然、全部の塔の可能性を潰さなきゃなんねーわけですから、てめーらクズ肉は嫌でも戦力分散して総力戦に持ち込むっきゃねーわけです。そう思ってましたがね、さっきの意味不明な変質者のせいでちょいと方針を変えなきゃいけなくなりました」

 

その部屋には二人の気配。

 

この惨状を見るに、血に負けたカルステンが寝込んでいるようだ

ベッドのベールに隠されているが、その傍に侍る姿は騎士だろうか。そのシルエットは何かしらの鎧を着込んでいるように見える。

 

上向いた機嫌に合わせて口も軽やかに回る。

 

「それにしたって、アタクシがお行儀よく、塔で待ってるだなんて都合のいい妄想を信じられる精神がもはや謎!どんだけてめーら優しい毎日過ごしてきたんですか、接待か!戦いって敵にさせたいことをさせずに、敵がやられたくねーことするもんでしょーが。お花畑の住人も大概にしやがれってんですよー、クズクズクズクズクズ肉共が!」

 

 

しかし、その部屋の者たちの反応は色欲の期待とは異なるものであった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

その声を聞くのは、ケイにとって苦痛の時間だった。

 

ぺちゃくちゃと聞いてもいないことを色欲が語り、耳に煩わしい声が都市の置かれた状況を口にする。

 

ケイは知っている。各所に隠れていた魔女教徒が、虫の大群が。謎の獣人の影たちが一心不乱に水門に向かって、破壊を試みる風魔部隊と戦闘とも呼べない攻防を繰り広げているのを知っている。

 

風魔は潜み、仕掛けたものを起動していくだけ。奴らは自らの命を、リソースを使って必死に水門を守っている。いっそ哀れだ。大罪司教たちは『色欲』と『強欲』『暴食』のロイだけが防御のために労力を割いていた。

 

 

なぜこれらの情報を得られているのか。それは先程までIBMで見聞きしていたからに他ならない。

 

IBMのリソースは襲撃から使い続けて先程ようやく底が尽きたのだ。

これまでの仕事を思い出す。

 

平時においても一から四番街の主要な場所にIBMを展開し情報を収集。

そして憤怒の襲撃に合わせて広場に派遣。

 

都市庁舎攻略の際に街へ再展開し、道中の安全確保とアルが向かった水門にも展開。

近衛騎士団副団長を殺しかけて、剣聖を解放。

 

クルシュ救出のためにIBMをリセットするも、救出は失敗。

 

そして最終決戦においては四箇所に送りそれぞれで仕事を果たしたのだ。

 

二番街でロイ殺害の報告を聞いた。

街中でライを拘束した。

中央の都市庁舎で色欲の不意を突いて放送した。

 

そしてほとんど同時に、四番街と三番街の水門も確認していた。

 

ここまでで細かい運用も含めて、16体以上のIBMを作っていた。

最後には一番街へフェリスを送り届けてさすがに弾切れである。

 

 

なぜこんなことができたのか。

別に新たな力に目覚めたわけではない、その理由は…

 

 

 

 

思考を中断させてくる、甲高くけたたましい笑い声が上がる。

ベッドを見てわざとらしく驚いた顔で手を口に当てるカペラ。

 

「え〜まだ生きてんですか?そこそこ高貴なルグニカの血だろーから期待してたんですが、これはまた期待以上の耐久力ですね。血に勝ってるわけでもないだろうによくもまぁ…」

 

ようやく話をする価値のある話題が出てきた。

 

「へえ。勝つとどうなると?」

 

その回答は色欲の想像していたものでも、期待していたものでもないらしい。

警戒度を上げたように声に暗い色がのっていく。

 

「そうですねえ。勝ったら色んなことができるようになったり?できなくなったりすんじゃねーですか?負けるとこばっか見てるのであんま知らねーんですが」

 

「ちなみにこれって治療できるものなんですか?戻せる方法があるなら教えてください。」

 

「馬鹿馬鹿しい。それより今は自分の心配でもしやがったらどーですか?そのメス肉と同じにした上で、その舐めた態度のお礼にハエにしてやるってんですよ」

 

「ああ、僕は別に大丈夫です。ご心配なく。戻す方法は教えてくれないんですね」

 

「自分より他人が大事だなんて戯言でも?綺麗事言ってくれやがるんじゃねーですよ。それに血に負けた体をどーすれば戻せるか?はっ、そんな方法があるってんならアタクシの方が知りてーくらいですよ」

 

「そんなこと一言も言ってませんが。自分が一番大事なのは当たり前でしょう。人はみな利己的に生きていると思いますよ」

 

今にも襲い掛かりそうだった色欲は、体から力を抜いた。

 

「へえ。このカペラちゃん様のご尊顔を拝まない不敬者には真っ先に罰を与えてやろーかと思いましたが、駄肉にしてはよくわかってやがるじゃねーですか」

 

戦闘意欲を忘れたように楽しそうに声を弾ませて矜持を語る。大罪司教はみんなこうなのか?

 

「結局のところ相手を思いやるなんてーのはくだらねー嘘です。結局のところは肉を重ねて!突っ込んで!包んで!気持ちよくなりたいだけの自分勝手な肉しかいねーんですからね」

 

はぁ。とため息が出た。性欲が全てを支配しているとでも言いたいのだろうか。

 

「それも性を重要視しすぎと思いますがね。性行為はただの手段ですよ。効率化のために快感が伴っているから勘違いしがちですが、真に利己的なのは雄雌の性別でも個人でもない。遺伝子、わかりやすく言えば血筋ですかね。それを残すための本能が動物にも植物にもある。人間のさらに性だけを特別視しているような意見には賛同できませんね」

 

ピシリと空気に亀裂が走る。

まだ、まだだ。まだ致命的なところまでは至っていない。色欲は対話の意欲を失っていない。

 

「アタクシ様が、なんて?人を特別視してるって言いました?ウジになる前に脳みそにうじ湧いてんじゃねーですか?」

 

「愛がどうの。肉欲がどうのとずっと騒いでいたじゃないですか。僕から見れば愛も性欲も同じようなものですよ。自分の血筋を効率的に残すための機能でしかない。その優劣を声高に叫んで意味がわかりませんね」

 

その返答はまたしても想像を外していく。まるで、愛など性などどうでもいいと言わんばかりの態度。愛などないという意見にも近しいそれに、色欲は困惑しているようで。それが自身の矜持を脅かすものか、そうでないのか判断がつかず対話を続けることになる。

 

「アタクシに大声で怒鳴りつけてくる英雄気取りの馬鹿どもにも同じこと言えんですか?母の愛がどうだか。二人の愛は永遠だとか。燃えるようなこの恋は真実だとか。くだらねー妄言だと?」

 

 

「個人が自由に感じていればいいとは思いますが、事実としてはつまらないものですよ。母の愛は子供を大事にする個体の方が生き残りやすかっただけ。人間が一夫一妻になったのは農耕を始めてからですよ。恐らく一万年ちょっとの歴史しかない。人類史においては群れの中で多数の雄雌が交尾をする乱婚の形式の方がはるかに長い。600倍くらいはあるでしょう。一人が一人を愛するというのは資産を管理しやすくするための後付けの文化です」

 

沈黙の訪れる部屋。無理解の風が虚しくそよぐ。大枠として相手の主張は否定してないのだが、通らなかったか。

 

「てめー…お相手どころか友達もいやがらねーでしょ。アタクシ様が友達になってあげましょうか?そっから恋人でも、最愛の人でも。体だけの関係から始まる愛もあるってなもんです。頭でっかちの空気読まないクズ肉は苦労しまくってんでしょーが。相談でも乗ってやりましょうか?今なら愛しの主様の顔と体を好きにできる特典つけてやりますよ?」

 

そう言って童女の体が溶けながら形を変える。

小さな背丈が悪夢のように伸び、鮮やかな金髪が変色する。あらゆる人の庇護欲を誘う甘い顔立ちが凛々しいものになり、下着同然の着衣が藍色のドレスへ変わった。

 

クルシュの顔と姿で色欲は近づく。その真意を確かめるために。

 

「ちょい待ちい。なんで書記くんが心配される流れなん?大罪司教にそんなん言わせるなんて、ほんま大物やわ」

 

首をひねるカペラはその可憐な声音に独特のイントネーションに意識を奪われる。

 

「ま、お二人には及ばんけども、性格悪いんはあんたらの専売特許やないっちゅうことで、仲間はずれにせんといてな?」

 

 

色欲はそれが聞こえた寝台の方を眺めやり———直後、光が走る。

 

室内の温度が、一瞬だけ上昇したかと錯覚するほどの白い熱線。その高熱の光はカペラの顔面を焼き、その左半分を消し飛ばした。

 

肉の焼ける焦げ臭い臭気と、炭化した傷口の断面をさらして、カペラは大きくその場で後ずさる。蛇のように伸びた舌がその傷の表面を舐り、笑った。

 

「仲間の顔だってーのに容赦ねーですね。……ま、大して効果がねー奴がいるのはままあることなんですが、ここまでやられたのは驚きじゃねーですか」

 

「仲間やなんて勘違いやし。ウチらは商売敵……やなくて、競争相手や。そんな相手の顔見て攻め手が鈍るほど、ウチも気楽には生きてへんよ。まぁ撃ったのはウチやないし。仲間で主従のはずの彼やけどね」

 

「へえ。わざわざ仲良しが顔を撃ち抜きやがったってんですか?だとしたら性格歪みすぎだと思いやがりますが」

 

「頭を狙ったんは単純に、そこ潰したら死ぬんちゃうかなぁって期待しただけ、せやろ?」

 

クルシュに代わり、ベッドに横たわっていたアナスタシアだ。

彼女は緑の染料で染めた波打つ髪を撫でつけ、顔を焼かれても健在なカペラにはんなりと微笑み返した。

 

「期待したのに、死なないんやねぇ」

 

「笑顔でおっかねー女じゃねーですか。それにそっちのオス肉の方も、躊躇なしに主の女の顔焼くとか、合理的を通り越して利己的で、実にアタクシ好みの腐れ肉ども!」

 

堂々と、アナスタシアは怪物カペラとの会話に応じている。

 

「聞き出せることはない。少なくとも、現状でクルシュさんのことは棚上げや」

 

王国最高峰の治癒術師であるフェリスの力でも、クルシュの呪いは癒せない。

彼女を救うためには、何が原因でどうするべきなのか当事者から聞き出すべきという提案。

 

それをアナスタシアは断らなかった。

 

否、アナスタシアの体を今動かしている人工精霊『エキドナ』にケイが断らせなかった。

明確に強制した。協力してもらうぞと。

 

エキドナは考えた。脅迫に屈することは仕方ないが、それでもこの選択は悪くはない、

 

この惨状が起きた都市プリステラへ候補者を招待したのはアナスタシアだ。

本人が判断できるならその責任感が、アナスタシアに断る選択肢をとらせなかっただろう。

 

「これだけやって、収穫なし言うんはホントに期待外れなんやけど」

 

「そりゃご期待に添えず、申し訳ねー気持ちでいっぱいなんてことはねーですけど、アタクシがくる保証なんてどこにもなかったはずですが?」

 

「ナツキくんの放送があったやろ?あれ聞いて、動くと思うたんよ」

 

嘘である。これは色欲のための説明だ。色欲は明確に誘導されてここにいる。

 

アナスタシアの考えでは襲撃を仕掛けてくるのは大罪司教の性質からして『憤怒』と『色欲』のどちらかだろうというところまでは絞れた。

故にアナスタシアは罠を張り、都市庁舎を襲わせようと提案した。本物のクルシュは当然、他の負傷者たちもとっくに避難所へ逃がした上で。

 

 

 

そこにケイが衝撃の一言と、新たな提案を行う。

 

わざわざヴィルヘルムが別の対話鏡を持ってきて話しかけてきた。

 

『あなたに渡した対話鏡は傍受されています。魔女教徒から奪ったものですから、想定していましたが確認ができた。アナスタシアさんとフェリスに渡した対話鏡は相手も聞いていると思っていい』

 

色欲はスバルを含む場所に一度も竜のブレスをかけなかったし、魔法でも攻撃はされていない。ケイが刻限塔の付近に潜んでいると言えば即座に虫と影が大挙して探しに来た。

 

当然ながらスバルにそんな対魔法装備など存在していないし、刻限塔付近に拠点は作っていない。

 

はっきり言って、色欲はバカである。

他の大罪司教よりは計画的に動けるようだが、思考能力は高くない。

 

あまりにも権能が強力すぎて、そんな工夫もいらないのだろう。そして歪んだ性格が行動にノイズを入れ続ける。

どうにか相手の裏をかきたい。バカにしてやりたい。そんな幼い傾向を感じ取れる。

 

 

だからこそ、最後に作戦の確認という体で都市庁舎に目的のものが隠してあるという嘘を伝えたのだった。最後までそれにまんまと乗ってきたのはまさに滑稽と言える。

そしてこれは種明かしなどしない。アナスタシアの予測だけでこの状況を作ったと思わせておくだけ得だ。

 

「……ふーん、へーぇ。頭の回る奴も、少しはいやがるってわけですか。ここんとこ感じてた違和感。やけに戦いが上手い奴がいやがりますね。それはテメーらのどっちかで?」

 

答える必要がない。アナスタシアも答えない。

 

「今度はダンマリですか。大方ミーティアか加護持ちでしょう。『鳥瞰の加護』あたりじゃねーんですか?やけにそっちの動きが良いと思ってた理由は教えてくれねーんで?こっちは血について答えてやったのに?」

 

「ええ、そうですね。その加護です。それでいいですよ」

 

誰が言うか。バカなのだろうか。

ケイは、先程中断された思考。情報収集のための仕掛けを振り返る。

 

『鳥瞰の加護』など使っていない。特別な呪具やミーティアや魔造具もない。

 

基本的には風魔部隊を各地に広げて、対話鏡で情報をとっていた。

しかし、当然ながら対話鏡には傍受と妨害の危険性もある。実際その両方があった。

 

その場合の緊急連絡手段を用意しているのは当たり前である。

 

 

これは佐藤でも知らなかったIBMのとある特性を利用している。

 

『びっくりだよねぇ。私はこんなに出すこともできないし、自由に水を操ったりできないからね。水場で色々試すべきだったかなぁ』

 

IBMは、雨の中では操ることが困難になる。本体とのやり取りが妨害されるからだそうだ。

水中に入ればいよいよ操作どころか接続も危うい。

 

この性質を逆手に取ったのがこの連絡網だ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

風魔部隊にそれぞれ『運び手』と呼ばれる役職が一人いる。

運ぶのは通信のための重要なモノ。

 

ミーティアではない。何かの装置でもない。

 

これの詳細は聞かされていない。人型の何か。そうとしか言いようがないものをおぶって移動している。

 

見えないのだ。これは。そしてこの人型の何かを通して、司令であるケイが物事を見聞きする。

一定時間に一度は意識を取り戻したように、掠れているがどこかケイに似た声で応答が可能になる。

 

そのためには決まった時間に水魔法でこの何かを囲わなくてはいけない。水に触れると崩壊し始めるらしく囲うだけ。他の部隊が水で囲って、一つだけ自由にさせているとその一体だけが応答が可能になるようだった。

 

緊急の笛の音が聞こえれば、聞こえた他の部隊は水で囲うなどその他の特例も決められている。

この笛の音は複数あり、猫人にしか聞き取れない高い音でやり取りされる。

 

猫人族で亜人戦争を戦った戦士であるアニスは、この一年で慣れたこの仕事に改めて思う。

 

本当に意味がわからない。

 

今回も、この30分で得た情報を一気に伝えて指示を得た。事前の仮説通り、対話鏡は敵が妨害できるらしい。

そしてこの部隊の通信時間が終わり、移動をしようとした。

 

それはこの都市の四方向に散らばった風魔の実働部隊。それぞれに『蛇』『雀』『猫』『亀』という名称の部隊が動いている。

 

ちょうど歌姫の歌が響き始めた頃だった。彼らの運び手は全員が、全く同時刻に怖気を感じて足を止めた。

 

 

運んでいるものが何かをつぶやくことはこれまでもあったが今のは、はっきりと聞こえた。

誰も意味はわからない。だけれども、明らかにケイの声ではなかった。

 

 

 

『『『『君ならできる』』』』

 

 

 

そう呟いて、謎の透明な何かはいつも通りに沈黙を保つ。

 

彼らはちょうど今、ケイがやるしかないと一人で決意したことを知らない。

そんな怖気の走る出来事が起こったことを、ケイはまだ知らない。

 

少しして、『暴食』のライとの戦いを捕捉したアニスの部隊に変化が起きる。

背負った何かはケイの意識を宿して歩き出し。今後の指示を出して『暴食』の元へ。

 

その後、都市庁舎から放送が行われる。

 

本当に訳がわからなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

時は現在に戻る。カペラは相手の知性を認めた上で、戦力に疑問を投げてくる。

 

「まぁいいですけどね。だけど、アタクシを舐めてやがりませんか?まともに戦えるようには見えやしねーんですが」

 

カペラの物言いに、アナスタシアは余裕たっぷりにウィンクしてみせる。

その堂々たる振る舞いに、カペラは嫌悪と興味を同時に瞳に宿す。と、半分溶けていたクルシュの顔が歪み、カペラの姿は再び下着姿の童女へ舞い戻った。

 

「決めました。その可愛らしい顔、それだけ残して首から下を芋虫にしてやります。そうなってもまだ、アタクシに舐めた態度ができるか試してやろーじゃねーですか」

 

「おおこわ。せやから、戦えない人がいっぱい準備するなんて当たり前やん?ま、ちょっと書記くんの準備はウチでも引くくらいやけどねぇ」

 

苦笑するアナスタシアの視線がケイに刺さる。

 

「これでも色々ありまして、相当に準備不足ではあるんですけどね」

 

余裕の声にもいい加減に我慢ができなくなったのだろう。色欲は苛立ち短慮に至る。

 

「隠したがりの恥ずかしがりをひん剥く良さを知ってるんなら褒めてやりますよ。た、だ、し。アタクシ様のことを見ないのはいただけねえです、ねえ!!」

 

その手を大蛇に変えて、ベッドごと鎧の人影を襲う暴虐。

 

ベールが破られ、寝具が吹き飛ぶ。

 

 

 

これまでプリステラという盤上をどのようにコマを用意し動かすか。

カペラとケイは互いにコマを用意して指し手として戦いを作っていた。

 

ここにきて頭脳同士が、指し手同士がついに出会う。

 

 

 

戦いの終わりは近い。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「さぁ!テメーの好みはどんな女だよむっつりオス肉!その顔色、声色、視線でアタクシ様が…」

 

 

カペラはその暴力を以て暴論を通す。これまでずっとそうだった。

そして現れたのは、何一つない鎧姿だった。

 

何もないとは何か。それは()()だ。

 

カペラの観察眼は相手の好みを見通す。心の動き、好き嫌いや感情がわかるその目はなぜか、一切の情報を拾えていなかった。

 

普通ならば鎧越しでも余裕でわかるはずなのに、何かに阻まれているようだった。

 

 

その姿は赤黒い異形としか形容できない。

 

全身は赤というより黒に近い血の色で統一され、急所は分厚くなっているが一般的な鎧のようではない。

頭を覆う兜は薄すぎるように思える。視界を塞ぐように下ろされており表情は見えない。これで周りが見えるのだろうか?

のっぺりとしたその頭部の兜は見たこともない。

 

上半身は念入りに防御されており、さらに腰から胸にかけて様々な収納がついている。細々とした道具を使う小細工好きの立ち回りに合った服装と言えるだろう。

下履きは動きやすいように大きく余裕のある様子。頑丈そうな靴まで足首から膝下にかけて覆い隠され露出していない。

 

カペラはこの世界のあらゆる人間とその装いを見てきたが、そのどれにも該当しない姿がそこにある。

 

 

正面から大蛇の一撃を受け止め、その毒牙も歯が立たない。

 

 

これは一体…?

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

カララギから戻る少し前、『怨剣』(なまくら)を剣鬼に託した好事家は約束した家宝を届けてくれた。

 

調査にすら引っ掛からなかったその呪具は非常に地味な物に見える。

 

まず渡されたのは血で汚れた木彫りの首飾りだ。工芸品というには素朴すぎるそれはきっと素人なりに削り出したのだろう。

 

正直ケイには控えめに言ってゴミに見える。機能があれば気にしないが。

 

『慈母の血衣(ちごろも)』と呼ばれたこの呪具の来歴が語られる。

 

 

 

ヴォラキアの辺境、少数民族がまばらに集まって暮らす集落を野盗が襲った。

脱走兵であった彼らは鉄血の掟を自分勝手に解釈し、より弱者から奪い取る。こんな光景も帝国の常であった。

 

その中に蝙蝠人の家族がいた。父と兄は殺され、残された母と生まれて間もない娘は凶刃を前に立ちすくむ。

 

母は魔法の才能があったがとても抗し切るほどの腕前ではなかった。蝙蝠人に伝わる血の魔法。流された家族の血を使った杭は幾人かの野盗を貫きはしたが、騒ぎを聞きつけた野盗の頭領には刺さりもしなかった。

 

迫る刃に対して母は守るように娘に覆い被さった。消えゆく意識の中、ひたすらに娘の無事を祈るもどこかではそんな事は不可能であるとも理解していた。

必死の祈りと呪いの中で血を流し母は死んだ。

 

間際に娘に託されたのは心臓を形どった木彫りの首飾りだ。代々彫り方を伝えられ自ら削り出した御守りに母の愛憎が注がれた結果、奇跡のような魔法が。否、呪いが発現する。

 

流れ出る母の血が娘を包み、まるでおくるみの様に纏っていく。赤い紅い血衣は鉄壁となって刃を全て弾き、動かそうとしてもその場に縫い止められたように地面と繋がり動かなかった。

盗賊が去るまでの三日三晩を守り抜き、討伐隊が到着した頃には真っ黒な有様であったが中はまだ赤く、幼子はその血を飲んで生きながらえていた。

 

干からびた母の亡骸と、瑞瑞と元気な赤子。

 

呪具『慈母の血衣』はこうして生まれた。

 

この呪具はさらに呪いを深め成長していく。

 

 

 

 

 

生き残った娘は成長し、家族を持った。夫は城砦で衛兵として働き慎ましくも幸せな家庭であった。

 

しかし戦火はこの場所も飲み込んでいく。この娘が特別不幸であったわけではない。戦時下のヴォラキアでは一般的な境遇であり、まだ死んでいないだけ幸運ですらあった。

 

重要な都市への関所を兼ねていたこの街は今や、大軍に飲まれようとしている。それでも拮抗しているのは城主であり最高戦力の巨人族の戦士が無双の働きをしていたからであった。大軍を一人で止める様は九神将の再来であると敵からすら敬意を送られた。

夫である衛兵は武力はからっきしであったが大柄な体躯を生かし、ものを運んで必死に働いていた。

 

しかし英雄は一杯の酒を飲むと血を吐いて倒れた。あまりに呆気ない幕引き。毒による暗殺である。

 

英雄が失われたことが敵方に知られることは時間の問題だ。そうなれば一時も保たず砦は落ちるであろう。

そんな時、英雄でもない一介の衛兵であるこの夫は代理城主に進言する。

 

「この鎧と武具を私が着ます。門前にて仁王立ちし睨みを利かせる間に皆様逃げてくだされ」

 

彼は巨人族の血を薄く引いており、体躯だけなら並ではなかった。一合でも剣を交わせばすぐに露見するこの策はあまりに無力であったが、他に方法は誰ぞ思いつけず朝となる。彼は英雄の鎧を着込み敵前へ出ていった。

 

出る前に妻から形見を渡され永遠の愛を告げられる。

不安で今にも泣き出しそうであったが、木彫りの首飾りを意識すれば妻の愛を思い出せる。

彼は堂々とそこに在った。

 

敵は慎重になりつつも攻撃を始める。矢を受ける。槍が刺さる。石が降る。

その全てを避けず、防がず、反撃もしない様子に敵将は昨晩の毒が効いていると確信した。

なぜなら彼は一歩たりとも動けていない。

 

精鋭が切り込んで身体中を切り刻む。名工の鎧は切れないが、その隙間は見るも無惨に切り裂かれ鎧の意匠は血で覆われた。

無双の英雄を一方的に打ち据えて高まる士気も2合3合と重ねていくと疑問とともに萎びていく。

 

誰もが思った。なぜ倒れないのか?なぜ反撃しないのか?なぜ、なぜと。

彼が消えねば城門は通れない。

 

痺れを切らした敵将は破城槌による排除を指示した。本来は城の門扉に叩きつけるものであり人に向けるものではない。

それでもしかし、彼は動かず破城槌が英雄を穿った。

 

轟音とともに確信した勝利の光景は、一歩も動いていないその姿に打ち砕かれた。

 

足からは血がまるで根のように地面を伝い、その場に彼を縫い留めている。

真っ赤な全身鎧の英雄はそこで初めてゆっくりと動いた。

 

破城槌を掴み、あるべきところから引き剥がす。壊すだけに留まらず、その杭をなんと持ち上げたのだ。

そして足もとの跳ね橋に向かって杭を打ち込むとこの世のものとは思えぬ轟音と揺れが包囲軍を襲った。

幾度か叩くとその橋はあっけなく寸断された。

 

その執念に、無双の剛力に恐れをなして生粋の戦士たちも引き下がる。轟音に驚いた馬から敵将が落馬し指揮が乱れていたことも無関係ではあるまい。

 

結局その日は橋をかけ直すところまでになり、かの英雄はずっとそこに立ち続けていた。

 

翌朝になっても微動だにしない彼はしかし、すでに生気はなかった。

本当に動かなくなった彼の遺体は丁重に葬られ、その首飾りも敵将の預かりとなった。

逃げたものたちはそれでも追い縋る軍に捕まり多くが殺された。

 

しかし夫を想い城内に残っていた妻は首飾りを返され、解放される。

すでに子どもを身籠っていた彼女は首飾りを手にどこかに旅立っていった。

 

首飾りは人の手に渡って、悲劇を見届けていく。

悪漢に拉致され組み敷かれて陵辱を受ける前に、自刃するための刃に変わって苦しみを避けたこともあった。

 

別の所持者が持つたびに、さまざまな物語で誰かの血に塗れながら守ってきたのがこの呪具だ。

 

 

 

 

 

最後に補足される。

 

「これは、かなり真っ当な類の呪具でございます」

 

どうにも感覚がずれているようだ。クルシュは質問でその差を埋める。

 

「使用者は全員死んでいるんですよね?これでも安全な方なのですか?」

 

その後も首飾りは多くを守ったが、それを使い生き残ったものはいないという。

 

「ええ、そうです。これでも安全な方です。呪具の鑑定には鑑定士によって偏りもありますが、概ね見られるのは効果と代償。そしてそれらの範囲です」

 

「この『慈母の血衣』の場合は対象者に硬い守りを与え、場合によっては不動の効果が見込めます。つまりどこまでいっても守りのための効果ですね。さらにリスクとその範囲も対象の血液、ひいては命だけという呪具としては破格と言える安全さです。ちなみに当然ですがこれを悪用し武装として強盗を企てたものもいましたが、その者には血はただ流れるだけであり一切纏うことはできなかったとのこと。真に重要な命を守るときにしか使えないというのが見解です。それと伝え漏れましたが、これを着けると治癒魔法などが効かなくなります。増血もできないため確実に出血多量で死にいたるということですな」

 

青の治癒魔法があればこれを何度も使えるのでは、そう見込んでいると思っているのだろう。

しかしこちらは死ぬことのコストは度外視できる。極めて相性の良い呪具といえる。

 

出血量に合わせて防御力や範囲が高まるらしく、死ぬほどの出血があれば相当に硬くなるらしい。

水門都市への道中、これをつけて魔法の練習を行い出血していく。

 

「良いですか。纏う際には理想の姿を、強きものの姿を思い浮かべてください。そうすればイメージに沿った形になっていくはずです」

 

体に段々と血が纏わりついていく。行動は阻害しない。不思議な感覚だ。

 

段々と形作っていく。そして体の大部分を覆ったタイミングで一度意識が途切れた。

目覚めると視界が赤い。顔まで覆っているようだ。薄いベールを被っているような状態で周囲は見渡せる。

 

 

血衣が形成する姿は、使用者のイメージに影響される。赤子であれば自身を包む母と布に。憧れの英雄の代わりになろうとした大男はその鎧に。

 

そしてケイが想像した強い姿というのはこれだった。

 

ケイの姿を見たフェリスは違和感を口にする。当然だろう。

 

「変なの。それにゃに?なんていうか、弱そう…」

 

カルステン陣営一同からは不安と不満の声。それでもケイはこの呪具の性能に満足していた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

カペラは異形の鎧、その背に書かれた文字を読めない。

 

しかし、もしここにスバルかアルがいたならば困惑とともにこう口に出しただだろう。

 

 

 

 

()()()()()()…?』と。

 

 

 

イメージしたのは大鎧でもなく、剣聖でもなく。かつて窮地に現れた特殊部隊の姿だった。

 

自らの血を理想の鎧として纏い、ケイはようやく敵と相対する。

 

 

 

その敵は、相手の姿にただただ困惑していた。

 

「なんです、それ?」

 

 

「敵が知りたいことを教えるわけがないでしょう。脳みそお花畑なんですか?」

 

言葉をそのまま返されて怒りが振り切れる。飛びかかり、カマキリの鎌と肉食獣の爪で引き裂こうとするがそれも表面を通らない。あまりに硬い。

 

間髪入れずに腕を獅子の頭部へ変えて噛み付く。

 

「切り傷には強くても、そういうのは噛み潰しゃいーんです!」

 

宣言通りに右肩から深く噛み潰されて、肩ごとひしゃげる。

 

それでも一歩も引かない様子に少し眉をひそめるが、次の瞬間にはその目を驚愕に開くことになる。

 

ブチュリ。という音がしたと思えばその体から一瞬だけ力が抜けてその次の瞬間には直立していた。

 

右肩も無事に戻っている。その姿はまるで自分の再生のようで…

向けられた指を見れば顔を焼くほどの熱に目が沸騰する。

 

それを治すまでの一瞬の隙で懐まで肉薄、気付けばその手には短剣が握られており胸に刺さるところだった。

それをずぶりと胸で挟んで受け止める。

 

「やっぱアタクシ様の谷間に釘付けでやがりましたか。そんなもんで刺すなんて、とんでもねー変態…」

 

基本的にカペラは攻撃を避けたりしない。必要がないからだ。

その傷に違和感を感じて言葉を止める。

 

「今、何を刺しやがったんで?」

 

それに答えず、無言で再びの熱線が走り視界がまた消える。

 

さらに追加で何かが刺さった感じがする。

 

すると全ての感覚がなくなった。前後も上下も。過去も未来もわからなくなり、そこで抵抗して陰魔法の闇から抜けた。

 

きっと意識を飛ばしていたのは10秒ほどだろう。しかし体には無数の短剣が。釘のようなものが。薬品が入ったガラスが。魔石の埋め込まれた何かが。そして妙なものを巻きつけられるところだった。

 

次に感じるのは激痛。痛みを受け入れることに慣れた色欲であっても耐え難い。この痛みはおそらく呪いだろう。

 

「っガァ!ああぁ…!」

 

呪いの元であろう魔獣の爪でできたナイフを急ぎ抜く。

 

その隙に黒ずくめが手を振れば、膨大な風の刃がカペラを刻む。

本能的な反応で体内に入った毒を消し、転がるようにして投擲されていた謎の薬品を避けた。

 

着弾地点に嫌な匂いの煙が立ち上り、その視線を奪う。

 

 

「忙しそうやし、いったんお別れやね」

 

言い切った直後、アナスタシアが爪先で部屋の床を軽く叩く。

鋭く二度、まるで何かの合図のように———途端、カペラの足元の床にひび割れが生じて、体勢を崩した童女の体が階下へと落下する。

 

「っ!」

 

部屋の底が抜け、転落する下の階の床にも同じく穴が開いている。

カペラはそのままさらに階下へ、相当な高さを一気に落下し、一階よりも底深い地下空間へと落とされた。

 

びしゃ、と音を立ててカペラの体が爆ぜる。

無防備に床に叩きつけられて、冷たい地面の上で童女の体がひしゃげていた。

顔中から血を噴き、手足のへし折れた無残な姿。が、肉塊になった体はすぐにその手足を蠢かせ、童女の体は不定形の水のように形を変え、立ち上がった。

 

「ああ、ああ、まったくまったく……今のはよろしくねーですね」

 

いつになく深刻な声色。呟きのような一言が地下空間に響き渡った。

 

薄暗く、冷たい湿った空気の漂う空間だ。純粋な地下室という風情ではなく、都市中に張り巡らされた水路———その管理用の施設の一部だろう。

 

暗い気持ちを抱くことなど自分らしくない。愛を得るためには笑顔が一番だ。気持ちを切り替えて上を睨む。

 

「こんな熱烈な歓迎を受けるなんて、アタクシの自由自在な胸が弾んじゃうじゃねーですか。早く戻って抱きしめて、アタクシの腕の中でアタクシ以外は愛せないように躾け直して……」

 

 

「戻れねぇよ」

 

 

頬を赤らめ、興奮に身を震わせていたカペラを、誰かが制した。

低い、くぐもったけだるげな男の声だ。

 

その声にカペラが顔を上げると、地下の暗がりから人影が進み出てくる。

それを見たカペラは表情を一変。それまで恍惚としていた表情が、憎々しげなものへと歪められ、相手を睨みつける。

 

「アタクシの美意識は、自分の醜さを隠そうって奴に容赦しねーんですが?」

 

「そうかい。安心しろや。オレの美意識も、てめぇに容赦する気はねぇ」

 

けだるげな声はカペラにそう応じて、気が重くなるようなため息をついた。

そして、

 

「上で聞かされたろ?てめぇの動向はこっちの性格悪い面子に見抜かれてやがったんだよ。そんで……性格の悪さで、うちの姫さんより上がいるわけねぇだろ?いや、あっちも相当か。わりいなやっぱ今のなしで」

 

言いながら、同時に聞こえるのは重々しい鞘走りの音。

身幅の厚い剣が鞘から抜かれて、鈍い輝きが頭上の穴から差し込む光を映す。

 

そこに立つのは隻腕の男だ。黒い兜をかぶる影だ。珍妙な格好の奇人だ。

押し付けられたような剣帯には複数の刃物が揃いそこには先ほどのナイフも揃っていた。

 

奇人はカペラに向かって、片腕で抜いた青龍刀を向けた。

 

「お出迎え早々だが、今日のオレは機嫌が悪ぃんだ。———オレが死ぬ前に、とっとと帰れや。軟体生物」

 




主人公が登場するのいつぶりだ?
待たせたな!
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