亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:81】死に至る日食

 

暗い地下空間には灯りが用意されており、周到な罠であると伺える。

けれど、その先にいるのが大して強くもないこの男だけ?

 

隻腕に青龍刀を構えて、啖呵を切った男を前にカペラは小首を傾ける。

 

「食えねー男の雰囲気がしやがりますよ。道化を気取って油断を誘って、その太いモノで何をしてくれやがる気なんですかね?」

 

「女が下ネタ乱発すんなよ。正直萎えるわ」

 

「———」

 

カペラの挑発的な眼差しが、男の受け答えに唖然としたものになる。その驚きもすぐに消えて、カペラは心底楽しげに喉を鳴らした。

 

「きゃははははっ!何それ、そのナリでその歳でその発言。夢見る乙女はてめーの胸の中にしか住んでねーってんですよ。てめーも見え方と住処が違うだけで、お花畑の住人にゃぁ違いねーってわけですか。きゃー、汚してーです」

 

「はしゃいでるところ悪ぃが、何度も言わせんな。オレは今日はやる気ねぇんだ。いつやる気あるかって聞かれると答えに詰まるけどよ。今日は特に、だ」

 

———アルの態度はひどく投げやりで煩雑だ。

ポーズではなく、本心から今の役回りに不本意を感じている様子。上の二人とはずいぶん違うなと、カペラはますます不思議そうな顔になった。

 

「やる気がない、面倒くさい、なのにこの場所は譲らない。てめーの言葉は矛盾でいっぱいですね。誰のせいだと思ってんです、この乱痴気騒ぎ」

 

「自分で言うかよ、乱痴気騒ぎ。だいたい、誰のせいもクソもてめぇらのせいだろ」

 

「切っ掛けはそうかもしれねーですね。けど、ホントにそう?ホントに全部、何もかもアタクシたちのせい?この都市で起きた出来事全部、アタクシたちの仕業?」

 

両手を前に突き出し、カペラが指で四角く世界を切り取る。その四角い視界に入れられたアルは、片目を閉じた紅の眼光に息を詰めた。

 

それから長く、長く詰めた息を吐き出して、

 

「…何が言いてぇんだ?」

 

「いえいえ~?ただ、どーにもクソ面倒なことやらかしてくれやがった野郎がいやがりましてね?そいつが誰なのか、アタクシもずーっと考えてたわけですよ」

 

「そうそうそう!例えば、何時間か前にちょっぴり水門を開けて、街の半分ぐれーを水浸しにした野郎の正体とか、気になって夜も眠れねーと思いません?」

 

 

両手を広げて、カペラが毒花のような美しくおぞましい微笑を浮かべる。その態度と驚弄に満ちた笑顔を見て、アルは

 

「あー」

 

と首の骨を鳴らし、

 

「何の話だか、さっぱりわからねえな」

 

「へえ、とぼけやがるの?別に話してくれてもいいじゃねーですか、お友達には内緒にしときますって。大体、あれがなけりゃ、あの時点で都市の趨勢は決まってたわけで、誰もテメーに感謝こそしても、非難する資格なんかありやがらねーんですから」

 

ケラケラと笑い、カペラは「そ・れ・と・も」と言葉を継いで、

 

「暗躍してたのがバレると都合が悪いとか?そうそう、これって全然関係ねー話なんですけど、アタクシの欲しがってる『魔女の遺骨』! その在処を知ってやがる連中が、どーも次々とアタクシと無関係に死にやがってたみてーなんですが」

 

「そいつはご愁傷様だ。こんな混乱した状況じゃ、不運なこともあるだろうよ。それに俺なんかじゃ、全部やるには手が足りねぇよ。おい、ここ笑うとこだぜ?」

 

はっ!と笑い飛ばして色欲は続ける。

 

「その通りなんですよ。水門も暗殺も、何よりタイミングが変でいやがります。まるで合図でもあったみたいに。ちょうどいいタイミングで水が来ましたし、狙ってる奴ら9人の所在なんて、みんな必死で隠れてたろうに、どうしてそこまで早く特定できてんですか?テメーの能力?はたまたあのふざけた連中と仲良しでいやがるんですかね?」

 

兜をかきながら、少し前の仕事を思い出す。

 

ほとんど権能の必要なかったその仕事は、自分の想定と全く違っていた。

対話鏡のケイが『協力者が手伝ってくれる』なんて言えば、その次の瞬間にはよく訓練されているだろう諜報部隊が目の前にいた。

 

そいつらだ。十人会の居場所を教えてくれて、その一部も殺してくれたのは。この広い都市でそれぞれ逃げようとしている有力者を狩るのは骨が折れるだろうと思っていたので素直にありがたい。

 

力を使ったのなんて、水門を守ってた連中を殺すときに3回程度で済んだ。

 

 

「俺バカだからよくわかんねぇけどよ……バカだからよくわかんなかったわ…悪ぃな」

 

「きゃはっ」

 

バカみたいなアルの呟きに、カペラが口元を押さえて心底愉快げにする。そのカペラの嘲るような眼差しに、アルは冷たい床をゾーリで叩きながら嘆息した。

 

「てめえはアレだな。オレの知ってる大罪連中とまたずいぶんと印象ちげぇな」

 

「ありゃ、他のクズ以下肉共とお知り合い?怨念募情の変態メス肉?器極小の童貞野郎?人品卑しい欠食児童?それとも筋違い勘違い自慰精霊ですか?どれでも交友関係最悪ですが、親に言われませんでした? お友達は選べって!」

 

「…生憎、オレの友達が親にそう言われるタイプだったんでな」

 

「きゃはっ、わかる!でも、そんなテメーでもアタクシの雄大な愛は優しく包み込みますよ? その兜外して素顔を見せて、アタクシを抱いて愛してくれるなら!」

 

どれだけすげなく突き放されても、求愛の姿勢を貫くカペラは究極の恋愛脳だ。ここまで極端で一方的な愛情略奪表現を、人類が『恋愛』と呼べないことを除けば。

 

当然、彼女の人間性を排した求愛に、アルは青龍刀を突き付けることを適事とする。

 

 

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、お互いのことをまだよく知らないし、それに友達に噂とかされたら恥ずかしいからお断りするわ」

 

「周りの目とか気にするなんて可愛げのあるとこあるじゃねーですか。アタクシそんなにダメですかね。———女に振り回されるのが好きなマゾ性質のクズオス肉の性癖的には、こんなとこでしょうか?」

 

「……あぁ?」

 

「傍若無人、きつめの目つき。いっそ暴力的に肉感的な体つき。背丈は今のアタクシよりは低めで、肌は結構出すタイプ。気分屋でよく喋るけど、無意味に高慢なんじゃなくて知性と自信に裏打ちされた性格。部下に任せることは多いけど、寄りかかってくることは稀。楽じゃねーけど嫌いじゃねー、立場もその女も」

 

ぺらぺらと並べ立てながら、カペラの姿が視覚的にグニャグニャと変わる。

背丈が伸びて豊満な体になる。衣装は肩と背中が大胆に露出したドレスへ。顔立ちは垂れ目がつり目に変化し、眼光鋭く自信家の雰囲気が溢れる。現れたのは長い金髪を下ろした美しい女性だ。

この都市にいる関係者、その誰の現身でもないが———どこか、アルの身近な女性に似た雰囲気は漂わせている。

 

「———」

 

「おっと、金髪じゃない?ルグニカなら該当者はこれが一番多いはずなんですがね……したら、ひょいひょいひょいの、赤……んー、橙色だ」

 

アルの反応の機微を見ながら、カペラの髪の色が次々と変わる。黒、茶色、緑、青と試したところで、赤系統に入った途端に吟味、橙色に変わった。

ただそれだけのことで、グッとその印象が余計に身近な女性のそれを帯びる。

 

「薄気味悪ぃ……どこで姫さんを見かけてやがった」

 

「見たことも話したことも意識したこともありやがりませんけど?ただ、てめーの反応から好きな顔と体を推測しただけ。アタクシ、尽くす女なんですよ?好いてもらいたい相手に好かれるために、全力を尽くすのは当然でしょーが」

 

「反応もなにも、オレの面なんざ……」

 

「声、仕草、喋りの間。首の角度で目線、態度。会話で性格、性質、好悪」

 

「——————」

 

「一挙手一投足、見逃さない。愛されるために全霊を尽くすのが、アタクシの尽くし方。アタクシがこんなに尽くしてるんだから……アタクシを見ろ。アタクシだけを見てろ。他に目もくれるな。アタクシの顔と、体と、声と、態度と、仕草と、全部が全部!てめーの好みど真ん中ど直球のはずだろうが!」

 

喋りかけながら、カペラ———プリシラの似姿に変わったカペラが声を荒らげる。その主張は快いほど一直線だが、直線が過ぎて対象を貫く刺々しい求愛だ。

もはやアルは首を振ることも、言葉で応じることもせず、ただ全身から戦意だけを発してカペラに答えた。その無言の答えに、カペラは落胆と憎悪を浮かべる。

 

「この、わがままクズオス肉……アタクシの何が気に入らねーってんですかよぉ」

 

「勘違いすんなよ。オレはお前のこと好きでも嫌いでもねぇ、どうでもいい……ごめん、嘘。やっぱりお前、気持ち悪いから嫌いだわ」

 

「———っ!この浮気性の腐れクズ肉がぁ———!!」

 

地団太を踏んだカペラの右腕が、肩から巨大な狼の頭部へと変形する。獰猛なうなり声を上げる獣の頭が、棒立ちのアルを目掛けて高速で飛びかかった。ずらりと並ぶ刃のような牙が、アルの上半身を丸ごと噛み砕く———寸前、アルの体は間一髪で迫る牙の隙間を掻い潜り、横っ飛びにその場を逃れる。

 

「それで逃げれたと思うなぁ!」

 

「思ってねぇよ!横!の次は後ろぉ!」

 

転がるアルの頭上に、次は強大な掌が振り下ろされる。五指を備えた巨腕は指の一本が人間の胴体に匹敵し、掴まれることは大蛇に取りつかれるのに等しい。

しかし、アルはこの攻撃もバックステップで悠々と回避。さらには大きく迂回して腰を食い千切ろうとする狼の牙を、背中へ回した青龍刀でがっちり食い止めた。

 

「お、おぉぉぉ、ドーナぁ!」

 

獣の突進力を殺せず、青龍刀で受け止めたままアルの体は前へ滑る。が、中途で詠唱した土の壁が床からせり上がり、獣と化した右腕を真下から突き上げた。

顎をかち上げられた狼が苦鳴をこぼし、右腕の質量に振り回されてカペラ本体の体勢が崩れる。そこへ、左腕の猛攻を避けるアルが猛然と飛びかかった。

 

「ドーナ!こっちにも、ドーナ!」

 

「———っ!」

 

アルの乱発するドーナは地属性の最下級魔法だ。

威力も壁としての耐久度も、その最下級魔法の看板に見合ったものでしかない。それでもアルはこの魔法を、命懸けの実戦の中で最良の戦術として用いる。

 

障害を作り、視界を塞ぎ、足場を生む———まさに、今この瞬間のように。

 

「どぉぉぉっせい!」

 

形作られる土の壁が、遠間でのたくるカペラの右腕と左腕の進路を塞ぐ。さらにはカペラ本体、その眼前にも土壁が生じてその正面を覆い隠した。

そして、それらで準備を整えたなら、アルの体は中空へ———土壁が地面からせり上がる威力と速度を利用して、バネ仕掛けのように射出される。

 

雄叫びにカペラが頭上を仰いだ瞬間、その細い首を青龍刀が一閃、首が飛ぶ。

プリシラに似た顔が宙を舞い、傷口からおびただしい量の血が噴出した。カペラの血には正体不明の毒めいた効果があり、クルシュが苦しむ原因はそれだ。

当然、盛大に噴き出す血には触れてはならない戒めがあるが———。

 

「騙されるか、ペテン野郎!」

 

その血溜まりに容赦なく踏み込み、アルの青龍刀が突き出される。

剣先は躊躇わず、首をなくしたカペラの背中から侵入、胸の谷間の中央から突き抜け、殺したはずの相手にさらに致命傷を負わせる。だが、それだけには留まらない。

 

「っらぁ!エル・ドーナ!!」

 

突き刺した体を蹴りつけ、前に吹き飛ばしてアルが威勢よく詠唱———ドーナの一段階上、エル級の魔法が青龍刀を起点に、カペラの体内で発動する。

当然、カペラの肉体は自らの内側で膨れ上がる質量を抑え切れず、爆ぜる。

 

ボン、と冗談のように間抜けな音を立てて、カペラの体がバラバラになった。手足が千切れ飛び、ピンク色の内臓と鮮やかな赤が地下空間にぶちまけられる。冷えた空気の中で肉片は湯気を立て、その末路は目を背けるには十分な結果だ。

 

「……どう、だ!はぁ、はぁ、こんだけやりゃぁ」

 

肩で息をしながら、アルは肉片になったカペラに声を上げる。

どうだもなにも、ここまで破壊されて生きていられる生物などあるはずがない。アルの勝ち名乗りに返答できる存在はいない、はずだった。

 

「あー、ひでーじゃねーですか。なにもここまですることねーでしょーに」

 

「クソ」

 

忌々しげなアルの舌打ちは、変わらず飄々と悪辣な声に対するものだ。

その声はバラバラの肉片からではなく、最初に斬り飛ばされた首の方角———すなわち、カペラの頭部が落ちた位置からだ。そこに転がるカペラの頭が、地面に横になったままアルの反応を愉しんでいる。

 

「試すもんも終わって、自力だけでどこまでいけっかやってみたが…首飛ばして、心臓ぶっ壊してもダメとか、反則だろ……」

 

「首飛ばされて心臓ぶっ壊されても大丈夫なのがアタクシですが……いきなりこんなに容赦がねーのも珍しいですよ。アタクシ、今、てめーの好みど真ん中の顔で誘ってたはずなんですけど、ひょっとして見立て違い?愛情は傷付けることで表現するタイプだったりしやがりました?」

 

徒労感を吐き出すアルの前で、カペラの首が持ち上がる。

首の断面が蠢き、そこから収まっているはずのない黒い肉が溢れ出した。それが首の土台を作り、ぶよぶよの肉の塊は次第に手足を形成し、黒い表面は色白の肌に隠されて見えなくなり、元通り———否、金髪の童女の完成だ。

 

「……こっちの散らばる肉は?」

 

「いらねーんで溶けますが」

 

呆れた態度のアルが目をやると、弾けたカペラの体の肉片が音を立てて溶ける。内臓や手足はぐずぐずの黒い泥のようになり、泡を浮かべて消滅した。

消え方すら嫌がらせのようでげんなりする。

 

「それにしても、躊躇なく首刎ねにきやがりましたねー。上にいた……のは偽物だったみてーですが、アタクシの血を浴びて戦闘不能になった仲間がいるんじゃねーんですか?そんなビシャビシャ浴びちゃって、怖くねーんでしょーか?」

 

「ハッタリかますんじゃねぇよ。何の条件があんのかまでは知らねぇが、ただ浴びただけでお陀仏ってんじゃねぇのは実証済みだ。避けまくって損したぜ」

 

「———?避ける素振りなんか見当たりゃしませんでしたが」

 

「てめぇの知らない間の話だよ。首、心臓でもダメなら、次は飛ばした頭を叩き潰してみるしかねぇか。何回かかるかね」

 

やけに疲れ切ったアルのため息は、戦いが始まる直前のそれより重苦しい。カペラの厄介さを実感した影響はあるだろうが、それはこのやり取りを経た以上の重々しさを彼の両肩に背負わせている様子だ。

 

ともあれ、再生し終えたカペラは今の攻防の被害は微塵も残っていない。

変異・変貌に付け加えて、不死に匹敵するほどの再生力———殺し方として優秀な首刎ねと心臓破壊で殺せないのだから、まさに怪物だ。

だが、殺し難いことは倒せないことと同義ではない。

 

「全身を氷漬けにして封印するとか、大瀑布の中に投げ込むとか手段はあらぁ」

 

「相手が殺せねーとなれば絶望するのが風物詩なんですが、まったくめげねークズ肉じゃねーですか。でも、威勢いいのはいいんですが、できますか?てめーは逃げ隠れと小細工は得意と見ましたが、アタクシを殺せる腕とは思えねーんですよ」

 

 

 

 

 

その時、ドシャっという音を立てて二人の間に何かが落ちる。

 

 

それはゆっくりと立ち上がり。色欲と対峙した。

 

アルは向けられたその背中の文字を見る。

 

「対亜人…特選群…?なんだよそれ…」

 

「加勢します。各武装の効果を報告してください」

 

「無視かよ。てかイメチェンした?」

 

報告以外に興味がないらしい。まじで無視じゃん。そう言ってため息をつきつつも、要望に答えていく。

 

「もらった装備だが、既存の毒は効果なし。でも解毒には傷の回復くらいの意識と時間はかかってそう。この爪ナイフはめっちゃ効いてたけど致命にはならんね。シャマクの短剣は有効だけどどんどん効果時間がなくなって、短時間で3回目には効かなくなる感じ。腕輪ってか手錠は効果なし。酸は割と有効。再生が露骨に遅くなってんのな。包帯は、よくわからんかったわ…」

 

その身に着けている装備には未だに使用された形跡はない。やはり彼の能力もスバルに近いものなのだろう。

プリシラとはぐれている様子を見れば限定的であるようだが。

 

それを事前に仄めかし装備を渡しておいた。ペナルティなどに怯える様子もなくスバルとは違う雰囲気を感じた。

 

「ほんで、方針は?」

 

「現状維持で。できるだけ怒らせたりできればなお良いですね。指示を出してください。疑わずに従いますよ」

 

 

そこからの戦闘はカペラがこれまで経験した戦いの中で最も奇妙なものになった。

 

道化のフリをした兜の男にはあと一歩で攻撃が当たらない。どう見ても達人といえる領域にないにも関わらず、達人を超える動きや予測を以てその命を繋いでいる。

 

そしてもう一人。この全身黒ずくめの無礼な男はこちらの攻撃が一切通用しなかった。いやこちらには攻撃は当たる。肉は潰れるし中身は傷つく感触もある。

しかしすぐになかったようにして立ち上がる。まるでカペラの権能の如き再生能力だ。その姿に消耗は感じない。

 

ならばと直接触れ合って、その姿を無力で醜い虫に変えてやろうと思えばその鎧のような服は肉体ではなかったようで、変異の条件を満たさない。

 

『変異・変貌』を使うときは直接に肌と肌が触れ合う必要があるため、これも有効ではない。

 

黒竜になって潰しても、燃やしても。何をしても立ち向かうことをやめない。

 

さらにカペラにとっては非常に珍しいことに攻撃を避ける必要が出てきた。

一つは激痛の走る短剣。そしてもう一つが…

 

「今はこっちだろ!」

 

青龍刀が右の太ももを狙うと、カペラは思わずそれを避ける。

これはケイが戦闘の開始と同時に言い当てたカペラの急所だった。

 

そこを切られてもカペラは死ぬことはない。けれどそこだけは守る必要がある。

 

「魔女教の福音書を切れ。それが不死身でも消せないあいつの弱点だ」

 

あの血だらけの全身被り真性野郎がそう言えば、兜男はそれに対応してなぜか体内の福音書を狙って攻撃を放ってくる。

その度に移動させ避ける必要が生まれていたのだ。

 

さらにもう一つ、いつもであれば話をするのはカペラばかり。愛を知らないクズ肉たちはいつも怒ったり恐れたりして会話にならない。

今回は兜の男がしきりに話しかけてくる。それは普通の質問であったり、愛についてだったり、そして子供じみた馬鹿みたいな挑発。

 

そしてその時が訪れた。無数の言葉の中で反応したのは、実にくだらない一言で。

 

「やーい!お前のかーちゃんでーべそー!」

 

「…あ゛?」

 

「お、ようやくあたりかよ。親子仲でも悪かったのか?わりいな。こういうとこが空気読めねぇって言われるんだよ」

 

世界の時間が止まったような、強烈な敵意。

その手の指が蛇となってアルへ殺到する。

 

そしてその隙を突いてケイが組み付いた。その身に纏った血を外套のように広げ、視界を塞ぎながら。

 

今更ただのタックルなど気にもしない色欲は、アルに向かって発狂しあらゆる呪詛を唱えようとしている。

その指は長く長く伸び、どうにかしてアルを食い殺してやろうと暴れる。

 

 

ケイは無駄なことはしない。タックルに意味がないことなど知っている。

外套が生み出した死角。それは背後に輝く日輪を遮るためのものだった。

 

そこから昇っていた太陽にも気づかずに。色欲は吠える。致命的な隙だらけで口を開けたままだ。

 

「待たせられたが、舞台を整えたな。道化と物書き、共に大義である」

 

その陽剣の輝きが地下を照らし、赫炎の刃が色欲に迫る。

これ見よがしに落下したケイを囮に、静かに地へ降りていた太陽。

 

冷たい血の月に隠されて、その日食を突き破って暗闇を陽光が焼き尽くす。

 

 

その刃をカペラは知っていた。だから足を獣のものに変えて即座に離れる。狂気を振り撒き、怒り狂っていたにしては離脱が早すぎる。

どこまで狂っていてもその生存に対しての執着は本物らしい。剣の範囲から難を逃れる。

 

しかし目の前にはまだ体の一部が残っていた。伸ばした蛇の一匹が陽剣によって断たれる。

 

 

蛇が燃えて、炎が本体へと進み続ける。そこから発火してだんだんと炎が迫る。

 

途中で蛇が千切れるが、炎は何故か消えない。

 

止まらない延焼を見て、焦り、歯噛みし、そして覚悟を決めたようだった。

 

蛇になった指がぼとりと落ちて本体まで燃えることを防ぐ。

 

「あああああああ!アタクシの、アタクシのこの体を!!愛されるための完璧な体をてめーは!」

 

なぜ怒っているのだろうか。また生やせるのだろうに。

 

ケイとアルがそう疑問に思うが、プリシラは大きく笑ってその説明を兼ねて指摘する。

 

「貴様。今、曲げおったな」

 

「ああっ!?一体、何を言いやがってんですか?」

 

「指先であろうと、その魂の一端を燃やしたのだ。切ったとしてもその全てが燃え広がるのが道理。そうなっていないということは、貴様は自らの矜持を曲げて『指をそもそもなかったこと』にしたのであろう。機転は感心しても良いが、醜い足掻きである。今すぐに戻し、燃え尽きることを勧めてやろう。これは慈悲じゃ」

 

「ふっざけたメス肉がぁ!戻せよ!返せ!どうしてこんな残酷なことができる!?頭おかしいんじゃねーですか?」

 

「その欠けた指でどんな姿にでもなれると宣うか?これまでも不可能であったというのに、欠けたそれで愛を得られると?矜持を失い未練がましくこの世に残るくらいならば、陽炎となって消えてなくなる方がいくらかマシじゃ」

 

「うっるせええんだよ!そんな高飛車でデカい胸と態度の癖に!隠れて不意打ちなんてどの口が?」

 

「愚かな。妾は自然のままにある事を決めておる。知識さえなければ影に隠れるなどせぬであろうが、陽光にも日食なるものがあり、夜でなくても隠れることはある。これは日輪の如く在るという妾の本質を曲げた事にはならぬ」

 

貴様と違ってな。そう言い捨てて、切り捨てた。

 

プリシラは天文学に興味はなかった。この世界の星空は矛盾を抱えており、美しくない。

 

しかし、ケイの語る天文は非常に美しいものだった。

本来の宇宙を見てみたい。その知識が欲しい。

 

『太陽姫』の壮大な願いに答える『物書き』との対話が、この奇襲を作っていた。

 

 

そんな中、入れ知恵をした張本人。ケイは場違いな感情を得る。

 

色欲の消えた部位を見て、ケイは思わず笑った。

 

()()()()()』。それが色欲から喪失している。

 

その意味はこの世界では通用しないが、そのあまりの皮肉に笑いが込み上げたのだった。

 

最上とは言えなくとも悪くない一撃がはいった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()甲斐がある。

 

しかしなぜ何の情報もなく毎度あの女は狙いすましたようにシュルトのいる場所に接近するのか。本当に意味がわからなかった。

 

 

 

 

 

 

今度こそ叫び、声にならない。言葉にならない叫喚をあげてカペラは怨敵に迫る。

 

全てを賭けてでも、目の前の冒涜者を消さなければいけない。こいつらは、もういい。こいつらだけは殺してやる。

 

矜持も流儀も投げ捨てて、その全てで相手を否定してやるために色欲は激昂した。

 

 

 

しかしどれだけ沸騰して頭に血が上っても、強制的に血の気を引かせる声が響く。

悪を自覚するものたちにとっての『最悪』がそこに降ってきた。

 

 

「そこまでだ」

 

 

先程とは別の、燃えるような男が降り立った。

 

 

目だけは執拗にケイとプリシラを睨みながら、それでも体は生存に向かって全力で方向転換。

 

足を変化させ跳躍、翼を生やして飛び上がる。

 

 

「それで、逃すことはできないな」

 

そうだ。当然だ。これはおかしいのだ。存在が狂っているのだ。

 

誰が正面から逃げようなどとするものか。

 

 

脱出しつつ、体内から何かを射出する。

 

それはまるで、ミサイルの追尾から逃げるための熱源弾(フレア)のようだとケイは思った。

 

なぜなら、その機能すら同じであったから。

 

 

それはカエルだった。百に及ぶかというほどの数のカエルが降り注ぎ、カペラは尻尾から竜の頭を生やして、火炎を噴出して上へ逃げる。

 

色欲の権能を知っているものには、カエルにどんな意図が込められているかがわかる。

 

無数のカエルが焼かれ、地に叩き落とされる寸前に、剣聖の一撃が炎を打ち消す。

その体はすでにカエルたちへと向かっていた。

 

 

「色欲を落とせ!!人質は無視しろ!!!」

 

 

声が届く頃にはすでに剣聖は動いている。全てを拾い切る動きは人外そのものだった。

 

指示が聞こえていないような様子で、ただただ降り注ぐ命を救うことを選んでいた。

 

『色欲』は間一髪で逃げ出した。

 

 

 

まぁ…仕方ない。

 

 

 

その後、少し落ち着いた頃に対話鏡を起動。ケイは状況を改めて認識する。

 

『暴食』の『悪食』は惨殺され。

『憤怒』は一刀に伏し。

『強欲』は地獄に叩き落とされ。

『暴食』の『美食家』は消息不明。

『暴食』を名乗る少女は逃亡。

『色欲』も今、逃げ出した。

 

屍人の剣士たちは撃破され、虫も影も見当たらない。

ここに、魔女教との水門都市プリステラ攻防戦の全ての戦場が決着した。

 

 

いまだに潜み、逃げ出そうとする『魔女』を除いて。

 




暴食のライはケイにとっても行方知れずとの認識です

しっかしイブに左手薬指の話ですよ。これはもはや恋愛カテゴリでしょ

魔女さんの逃亡劇をお楽しみに!
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