亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:85】本当の戦い

 

クルシュは重症だった。

 

おそらくこの都市で傷を受けた誰よりも。苦痛という意味では深刻な状態にある。

 

龍の血を入れられたというこの症状は、普通の呪いでも外傷でもないとフェリスは診断した。

歪でも体として成立してしまっているから治せないと。その歪みから発生する二次的な症状を常に治療する必要はあるが、それもある程度は龍の血自体が治しているらしい。まるで体を騙すようにそこに我が物顔であり続けるのがこの血の厄介さであろう。

 

拠点にあった追加の包帯で今はうめき苦しむ程度で済んでいるが、睡眠も取れず気絶と苦痛による覚醒を繰り返している。

 

 

かつてないほどの激情を内に秘めて、ケイは治療の計画を進める。

この後、スバルに話すための整理をし続ける。

 

 

一生に一度、あるかないかの感情の昂りと復活の際のIBM濃度の上昇が重なることで稀に発生する現象。

それが『フラッド』だと、あのオグラ博士は言っていた。

 

そしてフラッドが起こると、ある現象を引き起こすことがある。

まずはIBMの氾濫。昂った感情を元に自走するIBMが10数体発生し消滅まで消えることはない。僕の場合は十数体どころじゃないはずだ。あの入間基地での氾濫が僕のフラッド起点だとすれば数百体が発生することになるが、それはやり過ぎだろう。きっとあれは佐藤の干渉があった異常事態だと睨んでいる。

 

おそらく今の僕の場合なら100体以上が出てくるだろう。

 

かつての中村慎也事件の際と先日の佐藤との対決。被害から想像するに、この二つに共通するのは恨みや殺意を元に生み出されたフラッドであるということだ。その結果、人を襲うIBMが大量発生した。

 

そしてもう一つの本命の効果。多くは確認されていないし再現性も低いが、周囲の死んだばかりの人間を一時的に亜人にして復活させること。これが極稀に発生することがあるらしい。カイは明らかに撃たれたのに復活し、体内に銃弾も残っていなかった。

 

フラッドの周辺にいる死にかけの人間は、亜人になりかける。

 

このフラッドによる復活をコントロールできれば、打つ手のないクルシュさんの現状にも可能性があるのではないかと考えた。

 

 

問題は三つある。

 

感情の昂りをどうやって引き起こすかということ。

そして物理的な傷ならまだしも呪いに効果があるのか不明なこと。

フェリスは一時的にでもクルシュの死を認めないだろうこと。

 

 

客観的には最も難関だと思われる一つ目。感情については唯一クリアする見込みがあった。

むしろその見込みに気付いたからこそのフラッド治療計画である。

 

カイを殺された激情。そしてこの世界に来た時のことを思いだす。全てをいきなり台無しにされて人違いで拉致され何度も殺されたあの時。

 

IBMの記憶が抜けているため記憶が怪しいが、あれはフラッドでしか説明ができない。

 

これらを上回る感情を今のクルシュに向けることは難しい。こういう風に考えている時点でダメだ。

意思は固いが激情ではない。コントロールできてしまっている。

 

けれど、先ほどの水門都市での決戦において、感情に関して外部から強く影響を与えたり操作をするような人物がいた。

それは『憤怒』の大罪司教シリウスと『歌姫』リリアナである。両者ともに手の届く範囲にいる。

 

感情の共有と感情の増幅。これらの権能を使った大罪司教であったが今回必要なのは都市を覆った感情の増幅である。

 

その中で自分も感情の増幅を受け感化されながら復活すればどうだろうか。

自身の感情でなくともフラッドは起こせるはずだ。

 

 

二つ目の呪いに対しての効果のほどが不明というのは、正直言って予想はついている。

 

恐らく、亜人の復活では呪いは消えない。亜人の復活はあくまで物理的な現象だ。

マナもオドも加護も権能も作用していない。だから呪いというこの世界の現象よりも優先度が低いだろうと思う。

普通の呪いならば問題ないが、これは龍の血である。権能に近い優先度を持つと思っている。

 

これはこの世界の魔法や加護、呪いを用いた対策が必要だ。

抑えるだけならアラクネの呪い包帯でできそうだが、全身を覆うことは難しい。そして侵食されるため大部分は覆い続けることはできない。

 

恐らく、可能性があるのはプリシラの陽剣だろう。あれの効果で呪いだけ焼くというのはありえそうだ。

しかし気になるのはフェリスの診断だ。呪いはクルシュと一体になっていると言っていた。それで呪いだけを焼くことは可能なのか?

 

人間の体内から、細菌だけを殺して燃やすことは可能だろう。しかしその後その人間はきっと死ぬ。

 

 

最後の一つ。フェリスについては話し合うしかない。

この状況に至ってはフェリスであっても素直に最善を尽くすとは思うのでそこまで心配はしていない。

 

 

穴だらけ、不安だらけ。

このあまりにもか細い計画には、一つ大きな要素が必要だ。

 

一度限りの賭けを、何度でも行えるであろう人物がいる。どんなに可能性が低くても当たりが出るまで引き続けることができそうな人物がいる。

 

この荒唐無稽な治療計画を現実的な方法に変えるにはあいつの協力が。文字通り命懸けの協力が不可欠であるのだ。

 

 

戦後の処理に追われる状況の中、会議の前に捕まえて、スバルに協力を要請する。

 

「スバル。クルシュさんを助けたい。協力してくれ」

 

 

彼の重要性は以前ほど絶対的では無くなった。

 

しかし、それでもあまりに強力すぎる。

セーブとロードにどんな代償があるのかは知らないが、それでも使ってほしい。

 

その意図が、殺意にも似た覚悟が伝わったのだろう。

 

「ああ、やれるだけ全部やる。命、かけるぜ」

 

スバルは自身の言葉を違えないとそう宣言した。問題はここからだ。

 

緊張しつつ計画を披露する。

 

スバルに考えを打ち明ける。計画書を指しながら、あらゆる可能性と分岐を指し示す。

 

ショックを受けたようにスバルは倒れ込む。

それは相談を受けただけにしては異常な反応。

 

 

そして人が変わったようにその計画の不備を指摘し始めるのだ。

 

フラッドによる復活では龍の血は消えない。

プリシラの陽剣の炎で龍の血だけを焼くことはできない。

 

最も簡単な方法が見事に潰されていく。

 

 

精神的に参っているように見える。しかし、スバルはその相談を決して止めたりはしなかった。

 

 

「実行するのは、いつが良いと思う?」

 

「明日の昼だ。そこでやろう。場所は…」

 

他にも協力者に声をかけ、必要な人員を、そして状況を整えていく。

 

「だけどケイ。こればっかりは俺じゃどうにもならなねえ。そっちに任せられるか?」

 

「わかった。なんとかする。最後にスバル、見せたいものがある」

 

「ああ、俺もまだ言わなきゃいけないことがあるぜ。色欲。あのカペラが襲ってくる」

 

解決できない問題はまだある。それでも前に進んでいく。

 

本気になったナツキ・スバルと永井圭。この二人の剛腕と辣腕が振るわれていく。

 

 

その対話の後にスバルは会議に臨んだ。そしてその後の指示はいつも最新のものになる。

会議が終わると、いつカペラが仕掛けてくるかはわからない。ケイはいつもスバルの話を聞いて準備を変える。

その結果、色欲の襲撃方法も変わるのだった。

 

 

 

そうしてまた失敗した。忸怩たる思いを抱えて覚醒したスバルが呆然とする。

 

 

幾度目かになる色欲の討伐報告をケイがしている。

 

これは…深夜の出来事のはずだ。

 

 

更新…されてる。

 

今までは会議の前のケイと話した瞬間だった。そこに何度か戻って繰り返して、襲撃対策と治療をいくつも試していた。

 

明日の本番に向けてもう半日しかない。これまでの準備は可能な限り調整はした。でも、ここからの細部はまだ検証できていない部分が多い。

 

これで、いいのか?最善なのか?魔女の意図はわからない。でも、これでいいはずだ。そう信じる。

 

 

 

そして失敗した。

結果は惨憺たる地獄である。何度目だかわからない。

 

恐ろしいけれど、そこから離れなくてはいけない。

ケイに用意してもらった場所に行くとそこにはエルザが笑顔で待っていた。

 

 

これが、ケイが用意してくれたものだった。

 

部屋に入るものを問答無用で殺す。そんな命令を受けたエルザの場所をケイは教えてくれていた。

 

スバルにとってはありがたい。しかも、いつぞやと違って彼女は首を刎ねてくれるのだ。

 

苦痛もなく、次に行ける。辛いことには変わりないが、痛くないのはありがたい。

 

 

 

何度でもやり直す。新しく試す。決して諦めない。決して。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

当日が訪れた。

 

 

そこは強欲が結婚式を挙げようとしていた大聖堂。

 

大部分が無事だった建物を利用して治療の手術室。いや、儀式場を整えていく。

 

会場はすでに準備がされていて、一部は結婚式の飾りも活用した。

煌びやかな装飾は朝日を反射して幻想的な様相を呈している。

 

中央に置かれる寝台には苦しむクルシュが横たわり、苦悶の表情を浮かべている。

服は最低限しか着ておらず、包帯だけの部分が多い。

 

『聖女』があの『憤怒』に近い装いになるなど皮肉がすぎる。

 

ベッドの天蓋からはヴェールが垂らされて、中は見えなくなっている。

 

その中心を囲むように、重傷者たちが並んでいる。

彼らは治癒魔法が効きづらかったり、四肢を失っていたりする末期の患者たちだ。

その中には腕を失ったユリウスも含まれる。

 

彼らも一緒に治療する手筈だ。拾えるものは可能な限り拾うべきだろう。

呪いさえなければ、フラッド治療は有効なのだ。

 

重傷者たちとその家族にはリスクを説明し、最初は望むものを受け入れる形でなし崩し的に受け入れていた。

それは、今ではこちらから声をかける者のみに絞っている。

 

成功するものもいれば、毎回失敗するものもいたのだ。その違いはスバルにはわからなかった。

 

助かることのあったものたちだけを選別していく。

 

誰かを参加者のリストから外す時、そこには言いようもない喪失感があった。

やってみないとわからないのではないか?そう思って幾度も挑戦した。

 

やってみてわかった。

ダメなのだ。一人でも途中で失敗すれば、その家族の感情に全体が引っ張られてしまう。

 

だから、スバルは選別をした。

 

助からないものを捨てた。

 

助かるものとそうでないものを。それでも幾度もの挑戦を経て、救える人数は候補者の8割にも及んだ。

この世界の医療に見放されたものたちの八割を救えるというべきか。二割を無情に捨てたというべきか。

 

わかっているのに、スバルの心は二割だけを気にしている。

 

それは自身の根幹を削るような痛みを伴う作業。

宣言した英雄的な理想と、どうしても食い違う現実にスバルは歯噛みする。

 

 

それでも挑戦だけはやめなかった。

 

 

これはスバルの戦いではない。ケイの戦いなのだから。

スバルの矜持を理由に曲げることはできない。これは言い訳でもあり事実でもある。

 

無自覚にそう思いつつ、らしくない最善を尽くしていく。

 

 

 

この作業にあたって、スバルは自身の心の磨耗。限界についてを最も恐怖していた。

 

自分では心については気付けないものなのだ。だから死に戻りに頼らない方針を決めた。

けれど現実はそれを許さず、スバルの決意もクルシュの苦しみをそのままにしておくことを許さなかった。

 

なら、頑張るしかない。バカみたいな結論だが、スバルにはそれが可能なのだ。

 

 

心が保つ限りは。

 

 

それをケイもわかっていたのだろう。その精神的な苦痛は、なんとケイがそれを緩和してくれようとしていた。

 

いや、苦しみを抑えるという意味では逆効果であった。

 

なぜなら、ケイは潰されたリストの選択肢の数だけ死んでいる。何を言っているかといえばスバルの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

会議の前にはエルザが待機しており、ケイにその刃を宣言した数だけ叩き込むのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いや、ケイの方がスバルから見れば多く死んでいる。

 

 

きっとケイは、仲間として同じ苦しみを背負うことでスバルを激励したいのだろう。

()()()()()()()()()()()()()。そんなに連続で死んだことなどないし、人の血を見るのも苦手だ。

 

ケイの死を見るたびに辛い思いが重なる。死を見るごとに残されたものの気持ちに重なる。

スバルのトラウマですらあるそれを何度も見せつけられるのだ。

 

ループの地点が変わった後もそれは変わらない。毎回数字を聞かれるのだ。

 

「数字は?」

 

それだけで全てを察して、虐殺が起こる。

 

今回は26回もの友人の死を連続で見せつけられて、最悪の気分だ。こんなことで心強くなんてならない。

 

本当に辛い。これでこっちが救われるなんてケイの感性はズレすぎている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。意味がわからない。

 

 

けれど結果を見れば、有効だった。

彼が勘違いの気遣いをしてくれたおかげで、スバルはいまだに正気を保っていられている。

 

それはなぜか。余計な苦痛を追加しただけなのに。

 

そう。スバルは()()()()()()()()()()のだ。

死は嫌なものだ。避けたいものだ。受け入れるものじゃない。二度と死にたくない。人に見せたくない。

 

それを自分でやっていると忘れそうになる。ケイの死に様を見ることで、ようやく思い出せるのだ。

 

ケイでも考えを外すことはあるんだなと。こんな最悪の状況でも少し笑ってしまいそうになるほどには効果的だった。

 

ナツキ・スバルは決して折れない。愛する人のため。愛してくれる人のため。守りたい人たちの笑顔のため。

 

理解してくれた。自分を救ってくれた友人のためになら、英雄にだってなってやる。

 

 

 

 

そしてたどり着いた今回のループ。今だに突破できるかはわかっていない。

 

この街の住民たち。そして強欲の花嫁たち。被害者の家族たち。カルステン家に恩を感じた者たち。

 

それらが聖堂を埋めて、厳かに儀式の始まりを待っている。

 

 

クルシュの寝台の横には、それぞれが重要な使命を背負った者たちがいる。

 

 

真っ直ぐな眼差しのケイ。

 

傲岸不遜な表情を崩さぬプリシラ。

 

瞠目し極限まで集中を高めているヴィルヘルム。

 

相変わらず圧倒的な雰囲気の剣聖ラインハルト。

 

そして場違いなのではと震えながらもリューレを握るリリアナ。

 

最後に、その心の動きを一切を感じさせないフェリス。

 

 

ここにはいないスバルも含めて、全員がクルシュのために尽力している。

 

 

 

未だ目覚めぬ戦乙女の復活を願って、全員が異なる準備を終えた。

 

今はただ、全員が一様に祈っているのだった。

 

 

 

十分に高く昇った太陽の光が開始の目安。

 

聖堂のステンドグラスを通して差し込む陽光が、虹色の輝きとなって大理石の床に降り注ぐ。静寂の中、揺れる光が天井から壁を伝い、まるで光が満ちているかのように神秘的な空間を創り上げていた。

 

いよいよ復活の儀式が始まった。

 

 

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