亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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水門都市から少し時間が経っていますが、まだプレアデス監視塔に向けて大きな動きのない頃とだけ思っていただければOKです
間話はあんまり前後は気にせずで!


【FILE:91】風魔の新人研修 ツバキ・モーメント

 

安心とは上に立つこと。場を掌握し支配することだ。

相手がこちらを害することができないように力を奪い。意志を奪い。理由を奪う。

 

奪い合いこそが人間関係の本質だ。そう、ツバキ・モーメントは知っている。

 

そこで初めて人と関われる。

まだ奪えていない敵かすでに奪った手駒か。その二種類しかこの世には存在しない。

 

 

あの『自称母』の破綻した教育は心の底から嫌いだった。けれど、一つだけ感謝していることがある。

 

 

姿形を好き勝手に変えられるあの躾。粘土で遊ぶように姿形を、生き物としての種まで変えられて人間としての全てを奪われた。そこでさせられた拷問のようなことは思い出したくもない。

 

でもそこで気づいたのだ。自分の命の大切さを。

 

ああ、それともう一つ教えてもらったことがあった。他の命などどうでもいいということも教えてもらった大切な教訓だった。あまりにも当たり前になっていて意識できていなかった。

 

 

人から奪い、奪われないようにする。

 

それがこの女の生き方だった。それは絶対的な支配者だったお母様を裏切った後でも変わることはない。

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

ツバキは今目の前で繰り広げられる光景が信じられない。

 

あのお母様であっても命は取らなかった。致命的な傷を与えることはほとんどなく、稀な折檻があっても即座に治されていた。

それよりは存在を捏ねるように相手を変えるような責め苦をこそあの怪物は好んでいた。

 

 

そもそも自分は裏方で虫を操り、人を操り、人を殺すのも誰かにやらせてきた。直接手を下すことなどない。適正なことは人を動かし指揮を行うことであると説明もした。

 

だから、こんな状況は初めてだったのだ。

 

土魔法によって掘られた溝に身を隠し、周囲に降り注ぐ巨大な氷や岩の塊。爆発する火魔法の中震えるなど自分の役割ではない。

 

飛び交う魔法と本気の剣戟。怒号に合わせて殺意に塗れた戦士たちが雪崩れこむ。

それに対応するのは塹壕にいた戦士たち。互いが本気で剣を振るい相手に致命傷を与えようと()()()()いる。

 

実際は試合(しあ)っているのだが、こんな模擬戦はどこにもない。

 

 

これは青蓮獅子団と風見教会魔女教対策部隊、合同の戦闘模擬演習である。

 

 

想定された状況は、竜車が襲撃されて中の人物を守り切って逃すこと。ツバキは防衛側で参加させられた。それは自分の得意分野ではないという抗議はしたのだが、だからこそだと言われて黙らされた。不満を溜め込みつつ参加をしたが、その内容は想像を超えていた。

 

槍による全力の突き。腹部を真っ直ぐ狙う殺意に押され、思わず後ろに倒れ込んだ。

 

顔の真横を槍が通り過ぎる。あまりに無様な倒れ方は、歴戦の戦士にとっても予想外だったようだ。

 

死を意識した瞬間に、これまでの過程が瞬間的に脳裏をめぐった。

 

 

 

実力を測るため戦闘訓練に参加せよ。

新たに所属した場所の長からの命令だった。

 

面倒臭いが、仕方ない。早く戦闘など終わらせてしまいたい。けれどツバキの予想は外れ、なぜか演習開始までに二日以上も準備の期間を設けられていた。

あらゆる襲撃とそれに対応した防衛計画を作成。それを総指揮を行うケイとかいう生意気な男に提出して許可を得るのだ。

 

最初は大して準備など必要ないと思っていた。だってやり方などわからないから。しかし、それは許されなかった。

なぜなら、この防衛部隊の指揮は自分の役割だからだ。

 

 

「あなたは自身の能力をまず証明してください。有用でなければあなたを守るコストを削ります。指揮能力があるというのならそれを見せてもらいます」

 

 

そう言われれば、まぁ仕方ない。この勢力に身を置く上で一定の地位と保護は必要である。エルザや魔獣使いを使う立場になれれば良い。

 

提出したプランは、あらゆる点を細かに突かれて差し戻される。戻され続ける。

 

思えばこれまで、仕事をする状況はお母様によって整えられていたことが多かった。

水門都市の前まで行っていた仕事はこれまでで一番長く、周到に準備していたが方針変更とだけ言われて数年かかった環境を捨てるように言われたのだった。グステコ聖王国の教会でそれなり以上の地位を築き、有力者を傀儡にして準備を整えていたというのにお母様の一言で全てが変わってしまう。

 

それに疑問を抱いたことはなかった。

 

その結果の思考停止。一向に通らない計画という形で、代償と向き合うことを強制されていた。

 

 

「このまま通らないなら、承認なしで出撃してもらいます。その時点で解任は決定しますが、その上で襲撃側の攻めは受けてくださいね」

 

 

こいつを殺してやろうかと何度思ったことか。その気になれば暗殺だってできるのだ。不死などと言われているらしいが、どうせエルザと似たようなものだろう。殺し続ければいつか死ぬ。お母様のような権能を持っているはずがない。

 

イライラが募り、思考が乱れる。

 

作戦が通るまでは待機と通達していた猫人の戦士が、おずおずと近づいて話しかけてくる。今は全てに腹が立つ。亜人で部下のくせに何か意見でもあるのか。新しく入って指揮を取る自分はさぞ邪魔なのだろう。足を引っ張る事だけは勘弁してほしい。

 

「あの、無理してるみたいですけど防衛計画はちゃんと先輩たちに意見聞かないとそれこそ無理っすよ」

 

身の程知らずが、親切そうな顔で近づいてくる。一番嫌いな顔だった。

 

「はぁ?あのねぇ。これは私を試すための試験でしょう。なら黙って従っていてもらえますぅ?」

 

「いや、あの人がそんな非効率なことするわけないっすよ。試験なんて複数ある目的の中でも優先度低いっす絶対。たぶん即席でも俺たちが集団として機能するかを試されてると思うんで、黙ってるだけはできないっすね」

 

俺たちの評価が下がっちまうんで。そう言ってそいつは席に着いた。

すると、他のメンバーたちも続々と部屋に入ってきて席に座り始めた。

 

「な、何を勝手に!あんたたちはぁ!私の部下でしょう?指揮系統とか守れってそんなこともわからないの?」

 

「お嬢さん。背伸びしてがんばってるのは分かるが、明らかに空回りしてんだろ。半日は見守ったしよ、もう時間もない。ここまでだよ。それに指揮系統は守ってるさ。各部隊長が『上官に指揮能力が無い』と意見を合わせれば指揮権は剥奪もできる。それをやっちまえば俺らは互いに評価は終わりだ。どうせなら高評価狙おうぜ」

 

他の者たちも頷いている。

 

 

「そんな、バカなことって…」

 

「その様子じゃあ、あの魔物でも殺せそうな分厚い『まにゅある』読んでねーだろ。あれ読まなきゃ話にならんぜ。書記官様の想定数と基本の規則は絶対だ。それを踏まえて計画を立てなきゃ通るわけねぇ」

 

まるで、ケイを指揮官とでも呼ぶように書記官と呼ぶのは彼らは馴染んでいるようだった。

 

「我々も命がかかっているのでな。他人事とはいかん」

 

「はぁ?命?なんでまた模擬演習なんかでそこまで前のめりにならなきゃいけないですかぁ?仕事なんて結果さえ出せればそれなりで良いでしょうに。こっちに騎士道的なよくわからないものを押し付けてくるのやめてもらえますぅ?」

 

場に沈黙が訪れる。それは、彼女が圧倒したというわけでも論破できたという訳でもない。おいおい、これどうするよ?という思考の沈黙だった。

 

「くっそ。今回は()()が試練ってことか。やっと自分たちで立案できるようになったってのにエグすぎんだろ」

 

「一回模擬戦の模擬戦やりません?多分()()言ってもわかんないっすよ」

 

「うーん。まぁ今からなら間に合うかなぁ。フェリックス殿にもお伺いを立ててみようか」

 

その場にいるものたちが、何かを諦めたように勝手に考えを進め始める。

 

「何を勝手に!黙って待機しろという命令の何が理解できないんですかぁ!?」

 

「いやーお嬢さん。我々は今すぐに分かりあうのは無理だよきっと。信頼もないまま前提が違いすぎる。だから本番に近い体験をして認識をまず合わせないか?そっちの戦闘力や戦闘指揮能力がわかればこちらも従えるかもしれない」

 

まるで相手にペースを握られてしまったようで、ツバキは歯噛みする。

しかし、指揮権の剥奪をする権利を部隊長たちが持っているのも事実らしく無視することもできない。

 

渋々ではあるが、模擬戦の模擬戦を受け入れるのだった。

 

 

それがなぜ、こうなるのだ

なぜ私は、塹壕で泥だらけで倒れ伏しているのだ。その上、剣を腹に突き立てられ死にかけているんだろうか。

 

息が、できない。腹が動かない。肺が膨らまない。血が広がって、抜け出ていく感覚がある。

ああ、これは死ぬ。これが死か。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

自分が消えていく。自分が漏れていく。私が、わたし…

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやいやいやいや!絶対に…

 

 

死の恐怖が広がった時に、自分に芽生えた新しい感情。

 

それは、死にたくない。というものだった。

 

奪い奪われるなど、どうでもいい。死にたくない。

 

 

 

 

意識が朦朧としかけて、気づけば全てが回復していた。

体から傷が消えて、まるで健康な状態で眼を覚ます。

 

 

「え?」

 

 

出てきたのは、間の抜けた疑問の声と安堵の涙。

涙を出すなんて、いつぶりかもわからない。本物の死の恐怖。人生で最も深く肉薄したその感想は『絶対に死にたくない』ただそれだけ。

 

死だけは避けなくてはいけない。あれはダメだ。絶対に嫌だ。

 

 

体を抱いて自分という存在を確かめると体がガタガタと震え出す。

 

「はい、勝負あり〜。そこまでネ。すんごい早かったけど、大丈夫そ?あ、だめなんだ。だからこんな急に呼ばれたんだネ。大変だにゃ〜フェリちゃん的にはいつでも大丈夫だけど」

 

部隊長とフェリスとかいう一の騎士を自称していた女男が話し込んでいる。

手に巻かれた白い糸。いや、白かった糸を見ればそれは長く長く伸びてフェリスへと繋がっている。

 

『遠隔治癒魔法』それが先ほどの致命傷を癒したのだった。

こんなのは、知らない。こんなことができるなんて知らない。できるならまだしも、それで命をかけて訓練をするなんて正気じゃない!

 

その日、ツバキは使い物にならなかった。

 

 

 

翌日、早朝に集められ本当に顔を合わせるのが辛かった。

けれどやらなくてはいけない。そうしなければ、あの死がまたやってくるのだから。

 

死にたくないから相談をする。話を聞く。不明点を話す。

 

恐怖に駆られた時のツバキは非常に動きが早かった。厚顔無恥とも言えるかもしれないが素直とも言えそうで、部隊からの目線には少し暖かなものが含まれ始めていた。

 

しかし、本人はそんなことに気づかない。

優位を取ってやろうとか、弱みを握ろうとか、そういった普段の考えは全てが置き去りになっていた。

 

死にたくない。痛いのは嫌だ。死にたくない。

 

その一心で恥も矜持もなく仕上げた防衛計画は、多くを指摘されながらも修正前提で受理された。

心の底から安堵し、準備を進めようと思った時に信じられない言葉を投げつけられた。

 

「もしかして気づいていないかもしれないから、ちゃんと伝えるんですが。青蓮の証は死からの甦りという意味があるんです。わかりますよね」

 

何を言っているのだろうか。今更紋章の説明?バカにするのも大概に…

 

「風魔は全員。青蓮獅子団は分隊長以上は大体訓練で、月に二回くらいは死にかけています。訓練でそうなります。あなたも役職を目指すなら似たような訓練をこなすことになるので、その点は理解しておいてください」

 

 

ちょっと、意味がわからなかった。

 

 

「う、嘘でしょ?」

 

 

それは疑問ではなかった。もはやそれは、理解不能という意味の鳴き声である。

しかし、それを言葉の通りに受け取る真面目な男はしっかりと説明を補足する。

 

「大きく見せる嘘じゃありませんよ。というかそれはうちの陣営で上に立ちたいなら最低限なんですがね」

 

まるで働いたことのない若者に世間の当たり前を説くかのような調子で狂人は語る。

 

「メイドや家令など非戦闘職たちも半年に一度は。当主のクルシュ様ですら十日に一度は死にかけます。エルザは週2で死なない日を作って休ませてますが、僕なんかは平均したら日に三度は最低でも死んでるんじゃないですかね」

 

十日に一度(トイチ)に、日に三度(ヒサン)?こいつら、こいつらも化け物じゃないか。

 

それにエルザとこいつは死にかけではなく、死んでいるらしい。意味がわからない。

 

大罪司教でもなくなんでこんなことをできるのか理解できない、人間のフリをするのをやめてほしい。

 

 

「な、なん…なんで? なんでそんなこと、するのぉ?」

 

 

あまりに素朴な疑問。それが思わず口に出た。

 

「そりゃあ、死にたくないからですよ。当たり前でしょう」

 

 

ツバキ・モーメントはこの陣営の中で成り上がることを諦めた。

 

 

 

心が折れたというのに、この悪魔のような黒髪の男は追い討ちしてきた。

 

 

「ちなみにですが、我々から離れてカペラの元に帰るのはオススメしません。絶対に許されないことはわかっていると思いますが、もう少し工夫をしておきました」 

 

一体何を?戻るなんてできるわけがないが怖い。聞きたくない。

 

すると、懐から一冊の本を取り出してこちらに出してきた。

 

 

なんだこれは?

 

『竜巫女戦記』という題名の絵本だった。

目次を見ろと言われて見れば、その最後の章題を見た瞬間に時が止まった。

 

第一章 公爵への壁 大兎の脅威

第二章 5つの徽章と選ばれし竜の巫女

第三章 白鯨落としと再誕

第四章 百獣一太刀の物語

第五章 水門都市に舞う天翼の奇跡

第六章 黒翼の竜巫女

 

別章  愛されぬカペラその惨めな人生

 

 

いや別に、それはいい。勝手に喧嘩を売るのは構わない。けれどなぜだろう。その著者の名前に既視感を感じるのは。

 

『著者:サクラ・エレメント』

 

なぜ、私の以前の偽名が使われているのだろうか。いや、確かに活用できるかもと言われて教えたが、教えはしたが…

 

「多分カペラはあなたを許さないと思いますので、裏切らないでくださいね」

 

『魔獣使い』はポエムに砕かれ。

『魔虫使い』は絵本に粉砕された。

 

いつの間にか、絵本作家になっていて大罪司教に喧嘩を全国的に売っていた。全国で飛ぶように売れているらしい。そんなこと聞いてない。

 

もう何もわからない。

 

 

この世界には活版印刷はある。しかし、一文字ずつの木版までだ。金属はまだ一般的でなく円筒型は設計すらなかった。

円筒式活版印刷機の試作機。その印刷能力を全力で活用した結果がこの早期増産体制だ。

 

水門都市から一月も立たず、すでに四章まで完成していた状態に五、六章と別章を追加して即座に販売した。

千を超える同じ絵本が一瞬で売り切れる。これは偉業だった。あり得ない話だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()の栄誉を得た女は、灰のように真っ白になっている。

 

 

エルザはお腹が攣るほどに絵本で笑った。家宝にすると宣言し、殺風景な自身の部屋に飾っているのだとか。

このところ、部屋に物が増え始めているらしい。まるで追加された人間性が目に見えるようだった。

 

 

世界的有名絵本作家、元サクラ・エレメント。現ツバキ・モーメントは以前の知り合いに街で会わないように心から祈るのだった。グステコで影響力を発揮し支配していた者たちは本当に困惑しただろう。黒幕面した女がいきなり失踪してまでやりたいことがこれだったのかと。

 

あのお人好しの馬鹿どもはこちらを見直していたりするかもしれない。

そんな目線を浴びるのだけはごめんだ。絶対無理。本当に無理。

 

 

「あのぉ。降参しますので、どうか平にご容赦を、慈悲をくださいませんかぁ」

 

言葉が震えるが、体をすり寄せて必死に懇願しあらゆる手練手管。話術。色仕掛けでもなんでも使って同情や関心を惹こうとした。

 

 

彼には何も響かなかった。意味はなかった。ちょっと傷ついた。

 

 

いや、意味はあった。それを決して許さぬ者が『風の震え』を見ていたのだ。

 

 

「ツバキ・モーメント。こちらに来なさい」

 

 

当主クルシュ・カルステンから鋼の槌のような一声がかかり、ツバキの折れた心は丁寧に砕かれた。

 




わからせ話でございました。

サクラ、改めツバキさんはこれから潰れずに絵本作家として頑張ってほしいですね

風魔と青蓮獅子団は訓練の結果、死すら恐れぬ狂人集団へと鍛え上げられています。
薩摩隼人がやってくるぞ。首置いてけ!!なぁ!?大罪司教だろう!お前!
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