亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う
知らぬ者よ かねて血を恐れたまえ


【FILE:92】イエス!フェリスクリニック!

 

カルステン領のとある練兵場。

 

そこは亜人戦争の折に作られ、時代とともに使用の頻度が下がっていた施設であった。

領軍の訓練に定期的に使われているが、長い平和の時代においてはどうしても優先度が下がるのが自然である。

 

特に先代公爵のメッカートは穏健派として有名であり、その傾向はより強くなる。彼自身の信条というよりは、彼は鎧を着ると過去のトラウマが蘇って体調が実際に崩れてしまうというのが事実ではあったが。

 

娘が一人だけ生まれ、いよいよ練兵場も閉鎖かと思いきや。その娘がやけにその場所を使い倒し、武芸者を呼んでは稽古をつけてもらうなど武門の家臣たちは複雑な思いでそれを見守っていたものだ。

 

彼女は強く成長し、それに導かれるように家臣たちも鍛えていった。その結果が、三大魔獣『大兎』の撃退という大戦果だ。

 

その後、様々な苦難も続いたがこの練兵場に人が絶えることは無く、今ではなぜか戦争当時よりも使われている。

 

広い広場は区画に分たれて、さらに拡張されそれぞれに想定する訓練状況を変更できるようになっている。

 

街道。森。畑。村。市街地。それは土魔法による模型のようなものだが、地形としては実際と変わりない。

そんなリアリティにとことんこだわった練兵場の一角に、常連のものたちが今日もいる。

 

エルザが市街を模したエリアを歩く。

 

そこには協力してくれている領軍の者たちや青蓮獅子団やその候補者たちがまるで住民のように歩いたり、建物に入っていたりする。

 

これは王都での遭遇戦を想定した模擬戦闘である。

 

 

歩くエルザは、敵からの攻撃を待つ。彼女はまるで恋人を待つ少女のような表情だ。

 

今日こそはあの男の腹の中身をぶちまけてやる。

 

2ヶ月も連続で報酬である戦闘において腹を裂けないでいた。戦闘力で劣るあの男は、あの手この手でエルザの攻撃を掻い潜り戦闘というものを避けたり、不意を打ったり、台無しにしたりとあらゆる手段を講じてくる。

 

剣鬼との剣戟では得られない経験をさせてもらえているのはわかるし、すごいとも思うのだがそれはそれとしてケイという人間に煽られるのが腹が立つ。

本当にムカつくのだ。心の底から殺したい。感謝もしているのだが、それは理性での話だった。

 

エルザとケイの戦闘における相性は最悪と言っていい。

 

 

そんな邪道の権化から今回は事前に宣言をされていたのだった。

 

「奇襲しますので警戒してくださいね」

 

ふざけた話である。常に気を張っていろというのはわかるが、予告される奇襲など奇襲ではない。

この言葉自体が罠である可能性も考えつつ、エルザは歩く。

 

そして目の前に現れるのは、全身をローブで包み、仮面を被った黒髪の男。

 

視界確保のため目元が開けている。その目元はあの男のものに見えるが、若干違和感がある。

 

ならば、これはきっと囮か罠。

 

気を取られているうちに他からの奇襲が行われる?

 

どちらでも問題ない一手を打って様子をみる。投げナイフを飛ばし周囲の警戒を強める。

 

その速度は速く、複数が同時に飛ぶ。

 

彼は頭は切れるが、戦闘における才能は並である。常人よりも動きは良いがこの世界の一般的な兵士に劣る程度である。

本人であればこのナイフに反応はできないはず。

 

しかし、その手につけた小盾でナイフを逸らす姿は先ほどの考えを肯定するものだった。

 

これはあの男なのか?それとも別人?そんな思考をしていること自体きっと敵の思う壺だ。

 

 

まずは目の前の敵を切り裂けばいい。

 

 

その盾を構えた男に肉薄し、ククリナイフの斬撃を連続で浴びせかける。

 

そうして迫るエルザはその視界の端で、建物の窓からこちらを狙って指を向けるケイの顔を見つけた。

 

まずい。咄嗟の回避でその指先から逃れる回避機動をするが、目の前の男からは氷魔法が放たれる。

 

それを肩で受けながらも、その勢いを利用し建物の中に飛ばされる形で侵入。ケイに斬りかかろうとした時、その顔をはっきり見た。

 

違う。不自然なまでに似ている要素が多くあるが、これはあの男ではない。ではさらにどこかで隠れている?

 

そこに飛び込んでくる人影を、半ば反射で切り裂いた。ただのローブとカツラと仮面だけを打ち落とす。

 

やられた。

 

そう思った時には先ほどの窓から、氷魔法を放った男が再度魔法を詠唱し、その横には同じ格好のケイが並んで指を向けていた。

 

氷礫が殺到し、熱線がエルザの胸を貫いて、一度目の致命傷を負ったのだった。

 

 

 

エルザの硬直も仕方ない。この世界はあまりに種族が多様で、そして総人口が少ない。つまり顔が似ているものは少ないのだ。日本人の特徴を持つものなど本当に珍しい。

 

しかも、今回はそれが本命のように視界の端に登場した。常識的に考えた結果罠にかかった。

 

 

講評とケイが呼ぶその時間は、腸が煮えたぎるような屈辱の時間である。

 

 

「あなたはヴィルヘルムさんほど真っ直ぐに戦闘すべきじゃないですね。剣を振るだけで全てを解決するのは難しそうなので、もう少し工夫をしましょう。用意した工夫の半分も使ってないですよ」

 

ぎりっと奥歯を噛むエルザ。しかし、事実だ。現実から目を背けたとき、ローズからの追い説教がとんでもないことになるのは知っている。

 

 

「あなたは全力を尽くしていると思っているかもしれませんが、戦いの時だけ死力を尽くしてもやれることは限られる。今回僕が用意した仕掛けがわかりましたか?」

 

わかるようでわからない。今度は何をしているのだろう。

 

「変装、偽装?それ、何をしているの?顔自体が変わっているように見えるのだけれど」

 

ケイの目元は以前のものと違う。協力者も何か違和感があるのだった。肉を裂いて見てみたい。

 

「これは整形という新しい技術です。人の顔を別の形にして魔法で固定する。新たな変装術ですね」

 

まるで、お母様の力のようだと。そう思った。

 

「このように、あなたとの模擬戦にあたって僕は準備をして新しい工夫を取り入れている。最初に盾で弾いたのは別の人間ですが、その後ろに僕は隠れて奇襲の機会を窺っていた。彼らを鍛えるのも、整形を施すことも努力です。あなたはその点、意外性がありませんね」

 

今回エルザが集中的に鍛錬したのは、ナイフの投擲精度と素早さ。これならばこの男は避けられないと思って。

 

きっと、その目的設定がおかしかったのだろう。この男に勝てるからなんだというのか。彼を殺すことが目的になるなんてありえないのに目先の勝利に囚われてしまった。

 

「この変装術は、あなたでも試しますよ。あなたの治癒を抑える魔法の開発をしましょう。似たような術式で再生するのがグステコの祝福らしいですからね。対策はしておきましょう」

 

 

 

そう言って、エルザはカルステン領の地下実験施設送りとなったのだった。

 

無表情のマッドサイエンティスト永井圭。彼は実験体の気持ちがわかる医者志望だった。受けた心の傷は忘れていない。だから限界までエルザに気を使っている。『治癒魔法』の黎明を拓くためとはいえ、人にやられて嫌なことは極力しない主義なのだ。

 

その上で、エルザはケイのことが嫌いになった。フェリスも嫌いだ。いや、むしろこっちの方がおかしい。まるで術式を見ている時にはこちらを生き物として認識していないような目をしている。

 

主にケイの影響で死なないならセーフという理論がフェリスの中で強まっていた。その目は術式という宇宙をただ覗いている。彼の耳がピクピクと動き、その獣性が高まっていく…

 

 

 

……

 

…………!!

 

 

 

無事に実験と確認は終わった。本当に無事だ。何もなかった。平穏無事である。

その実験の結果、いくつかの新たな智慧が得られていた。

 

 

フェリスが研究できたのは、回復や再生の阻害である。

 

グステコの『祝福』によるエルザの回復を阻害。

治癒魔法による回復の阻害。

肉体そのものの治癒を止める魔法を考案。

 

整形を物理的に行い、それを魔法で止めるという術式の最初の一歩が確かなものになっていく。

 

 

ちなみに、上級貴族の奥様たちしか知らない特別な『青』の施術としてひっそりと流行していった。

定期的に『青』にかかる必要があるものの老化を外見から取り除く魔法のような方法として高い値段でも求められるのだ。

 

カルステン家の収入源と貴族への影響力がまた増えた。女性の美への執着という根源的な欲求は非常に強いものだった。

 

 

 

その後、エルザは顔を変えて胸を削り、そこまでの変装をして水門都市に潜り込む。

冒険者は常に人手不足である。自身の容姿であればすぐに声がかかるだろう。すでにこちらを見ている青年と少年がいる。あれでいいか。

 

整形手術よりも地獄のようだった、あの自称淑女の演技指導に比べれば全ての苦痛は無に等しい。

思い出したくもないが、習得したその技術を整形と合わせて完全に別人になり切った。

 

最初は抵抗があったが、これが上手くいくと結構おもしろい。

 

他人に化けたり、他人の人生を生きることなど別にしたくはないが。

 

けれど、それでも自分の擬態、技術の上達には純粋な喜びを感じるのだった。

 

 

「あの、すみません。わたくし、いや私はここに来たのは初めてだから教えてくださ、教えてもらえる?」

 

慣れない口調に相手も微笑み、世話を焼いてくれる。

これから短い間だけではあるが、彼らと別人として関係性を築かなければ。

 

 

「フィリアと、申します。よろしくお願いしますね」

 




やっぱり私は、私だけは違う。獣じゃないのよ
だから…ああ、気持ち悪いの…選ばれてるの…
分かる?頭の中で蠢いてるの…

幸せなのよ…
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