亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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サラマンダーより、ずっとはやい!!


【FILE:93】ゼロから始める黒竜生活

 

ギャレク・トンプソンは元商人である。

 

一度は事業に失敗し破産しかけるも、事故に遭っていた現在の妻リアラを救うとそこからは全てが嘘のように上手く物事が回り、ルグニカの大都市である水門都市の中央庁舎、その上級職員にまで登り詰めた。

 

それだけでも平民であった彼にとっては望外の成功である。美しい妻と可愛い子供たち。最高の幸せがここにはあった。

 

それが今やカルステン公爵家における特別協力者という肩書きを得て、次代の王になるであろう王選候補者の尊き御方を運ぶなんて、信じられないことも起こるものだ。

 

そう。彼は巨大な竜となった。否、変えられたのだった。都市庁舎に童女のような姿で現れた大罪司教。『色欲』のカペラによって。

 

 

最初は迷子か何かかと思い親切心で声をかけたのだった。大人なら当たり前だ。その代償としてここまで非道な結果を負うことになろうとは。そう嘆くも、そんな感情だけでは現実は何も変わらなかった。

 

そう。怒りも悲しみも憤りも後悔も。何一つとして力にはなってくれなかった。

 

だから、時間ごと自分を凍らせてくれと頼んだのだ。恐怖によって、自分は家族から逃げるところだった。

 

それを気づかせてくれたのは、現在の主であるクルシュ・カルステン公爵である。

その堂々たる立ち姿には一切の気後れもなかった。その後に彼女の人となりを知れば知るほどに、慣れない交渉を果たしたのだと気づいた。

 

その後は商人としても助言をすることもあった。彼女は貪欲に交渉術を獲得していきその成長は目を見張るものがある。

 

 

『言霊の加護』を持った青年の助けもなくなぜそのようなことができるのか。それは単純に筆談である。

簡単な意思疎通は手話を開発し、翼や尻尾も含めてかなりの日常的な意思疎通はできるようになっている。

 

複雑なものは地面に鋭い爪によって文字を書いてどうにか伝えられるのだった。

 

 

 

 

 

竜というのはこの世界の頂点捕食者だ。

 

種で見れば人類種が最も繁栄しているが、個で見たときには竜に勝てる生き物はいない。危険な魔獣や一部人類を除けばだが、それは大概決まっていることだった。

 

しかし、悠々と空を飛ぶ竜たちについては知られていることは少ない。

ヴォラキアは飛竜を飼い慣らしているが、それとは明らかに種が異なる黒竜である。一目見ただけでも隔絶した能力と体躯を誇っている。

 

全長は20m。尻尾や翼を伸ばせばもっと大きく見せることもできる。

体重は7~8tほどはありそうだった。

 

翼長10m以下で1t程度の飛竜とは違うのだ。

 

 

実際に竜として暮らすこと。竜と暮らすことにどんな困難が伴うか。想像できるだろうか。

 

 

ギャレクは年甲斐もなく、後悔というか、どうにもならない無力さというか、現実の理不尽に対して弱音を吐きたくなった。

 

 

聞いてない。というか、想像できていなかった。

竜として生きるということの影響やできることは聞いていた。

 

しかし、そのリスクというか代償については自身の精神的なものしか考えていないのだった。

 

現実的な問題は非常に、本当に多かった。

そこらの貴族であれば到底対応などできなかっただろう。いや、カルステン公爵家と同じ家格、仮に王家であったとしてもこの怪物となった自分は持て余すだろう。

 

それほどまでに前代未聞の問題の嵐であり、規格外の解決能力が求められていた。

 

現在のカルステン陣営以外には居場所はなかったと断言できる。

 

竜種の飼育に関する法律には飛行についての記載がない。黒竜による飛行、移動について文句をつけようと思えばいくらでもできる状態だった。

 

「法律とは究極的には民意が形作るものですよ。民主主義でないこの社会においても。むしろ民意によって法律が無視されることは多いかもしれませんね」

 

ケイ様は難しいことを語ってくれた。いまいち理解しきれていないかもしれないが大枠はわかったつもりである。

 

そんな曖昧な理解が伝わったのだろう。補足をしてくれる。若者に気を使わせてしまって申し訳ない。

 

「まぁ英雄なら何しても許されて、そうでないなら許されない。そんな感じですよ。幸いこちらには今一番の英雄がいますからね。どうとでもなります」

 

 

そうして、黒竜に乗った『竜の巫女』の凱旋がプリステラから王都までの全ての街で目撃されたのだった。

 

最初は恐慌が起きかけたが、カルステン公爵家の家紋と青蓮獅子の紋章をたなびかせた姿を見ればそれは歓声に変わった。

 

上手くできたか不安と緊張で吐きそうだった。吐いたら炎が出てくるかもしれず、ため息すら吐くこともできない。グッと堪えて平静を装う。まぁ、誰も竜の表情などわからないとは思うのだが。

 

そうして世論というものを鮮烈に形作って王都に凱旋し、賢人会に水門都市での功績を叩きつけて管理及び協力者としての権利の確保までをしてくれた。

 

 

これで政治的な不安は無くなった。

 

しかし、まだ山積している諸問題を切り崩さなければならない。

 

 

〜食事〜

 

ここまで大きな肉食竜が生きていくためには大体一日に一度、牛一頭を丸呑みにするくらいがちょうどよかった。

 

「燃費がおかしいですね。まぁ魔法とかで使ってるんでしょうが」

 

気にしていなかったが、ケイ様が言うには飛行と竜の吐息は魔法らしい。加護と魔法の間のような肉体に刻まれた魔法とのことだった。

純粋に翼だけで羽ばたいているわけではないらしいがそれでも大食いと言えるだろう。

 

最初は野生の動物を自分で狩ると提案してみたが、それは生態系に混乱をもたらすという事で却下された。

頂点捕食者が上空に来れば全ての生き物が逃げるのだ。縄張りの全てが混乱し、魔獣が動き、混沌になる。

 

街道の上空を飛ぶのが最も影響が少ないだろう。緊急時以外はそうすることにした。

 

いくつかの酪農家と契約を結んで家畜を買い取ることになり。所定の場所に家畜をおいてもらってそれを自分で取りに行く。

 

食肉は贅沢品であり、貴族でも貧乏であれば日常的には食べるものではない。それをこんなに食べてしまって、借金でも抱えないかと不安だったがその分働けばいいと、全く安心できない返答が帰ってきた。

 

 

 

〜排泄〜

 

当然なのだが、入っていくなら同じくらいに出るのだ。日に500kg近い排泄物をいったいどうするか。それが火急の問題であった。

 

ひとまずカルステン領内に禁足地を作り、排泄はそこでできるように計らってもらえて本当に良かった。

本当に恥ずかしかったので、人気のない丘陵地帯の一角を与えてなんてありがたすぎる。

 

「堆肥でも作りますか。竜ですし、この国ならありがたがられそうですよね」

 

農家に負担をかけるのだ。農家に還元すべきだろうという事で自身の排泄物は堆肥になることが決定した。

 

「堆肥の生産は発酵に時間がかかりますので。長期的な計画になりますね。でも、体温は通常の動物より高いしどうなるかわからないな」

 

「まぁ通常の炎で焼畑をしてそこに堆肥を撒けばいいでしょう。窒素が多めになりそうですし、炭素源の追加としての焼畑です。農業については素人なのでこの程度くらいしか思いつきませんが」

 

ケイ様はなんというか、この件については割と適当だった。当時の自分には知る由もないのだがここまで大きな出費であっても現在のカルステン公爵家の資産からすれば全く問題なかったのだ。

 

そしてやる気のないケイ様は近い将来、ホーシンの再来だと農家に神の如く崇められることになるがそれはまだ誰も知らない。

 

 

これの提案には多くの反応があった。

竜の火を使った焼畑と、竜の堆肥というだけで注目を集めるのだ。詰まるところ『ぶらんど化』?が非常に容易だった。親竜王国ならではの歓待を受けて引く手数多である。

 

焼畑はそれだけで画期的な農法だが、竜とその巫女を崇拝できる儀式の様相も相まって大人気。用事のある領地でついでに指定の畑に火を吹きかけるだけで仕事になった。堆肥を待たずに収益源を確保することができた。

 

新しい仕事でも頑張るからな。リアラ、待っていてくれ。

 

 

〜体格〜

 

最大にして大きすぎる問題とは、まさにその大きすぎる巨躯の取り扱いについてだった。

 

竜というのは全身が凶器である。爪や牙などは語るに及ばず、鱗や尻尾。羽やその体の一部をとっても人間にとっては軽く触れただけで大怪我を負う。

 

その事実に気づいたのは鞍を固定しようとした職人が手を鱗で切ってしまった際に、驚いて大丈夫ですかと身を捩ってしまった際、振り落とした時だった。

 

それ以来、身じろぎ一つ自由にしてはいけないと緊張し、身を固める日々が過ぎた。

 

もちろん怪我人は即座にフェリックス様によって治療されたが、ギャレクにとってはトラウマである。

 

 

その様子を見かねた陣営の頭脳が導き出した答えは、至極単純なもの。

 

 

「慣れてください」

 

 

そう言って、訓練と称して彼らが自分の背中に乗って様々な運動を指示する。

 

いや、それが怖いからできないと言っているのだが、ケイ様の反応は「関係ない。行け」の二言に尽きる。

 

ケイとフェリスがしがみつき、ヴィルヘルム、エルザが体の上でじゃれつく。

 

人との接触練習と竜としての機動習熟と題された触れ合いは、やればやるほどにケイ様の意図を理解できた。

 

あまりに危険な指示をされて守るうちに彼らを振り落としたり、挟んでしまうこともあった。

 

そこで初めて気づくのだ。私ごときでは彼らを殺すことなどできないと。

 

どんな怪我を負っても次の瞬間には復活や、治療を済ませる人たち。

ほとんど傷を負わず怪我をしてもすぐに治る女性剣士。そもそも怪我など負わない老剣士。

 

彼らは自分のトラウマなどどうでも良いのだ。だって竜ごときでは危険じゃないから。

空を飛びながら、女剣士と剣鬼様が斬り合いを始めた時にはこっちが死ぬかと思った。

 

 

関節や付け根、尻尾など危険な場所を覚えて力加減を学ぶ。これは本当に辛い訓練だったが、自身の手でどれくらいの力をかければ人が潰れてしまうのかをケイ様は教えてくれた。

 

一週間は肉が喉を通りづらかったが、それでも必要な練習だっただろう。

 

 

その後は天翼を纏ったクルシュ様やフェリックス様が治癒できる状態で青蓮獅子団の皆様が上に乗ったりと、徐々に人間との触れ合いに近づける。

 

そして最後に家族たちだ。

 

全てが恐る恐るではあるが達人たちに見守られつつ。家族と久々に触れ合うことができた。

 

最初に娘をこの腕に抱いたときのような恐怖と感激。怪我をさせてしまうんじゃないかと思うのも本当に最初以来だ。

 

ギャレクは感動に大粒の涙を流し、それはまるで鍋から溢れるお湯のようだった。

 

家族も共に声を上げて泣き、変わってしまった変わらない父を抱きしめる。

 

 

ケイは思った。竜にも涙腺があって感情で泣けるのはおかしくないかと。

人間が感情による涙を流すのは、進化的に独特な特徴とされているはずだ。竜にその機能があるのはおかしい。

 

カペラが人間をベースに適当に作った可能性も否めないが、もし竜も人と同じように進化していた生物ならどうだろうか?

そもそも竜などという生き物は進化して生まれた生き物なのか?この世界にしかいないのはなぜだ?もし、誰かが作ったのだとしたら?

 

感情で涙を流せるが群れを作らない知的生命体。そんな生き物はどう考えても人間をベースにデザインした方が早いのではないだろうか。

 

 

一応、家族水入らずの瞬間にそれを確認したり、疑問に出して場を凍らせることは避けられた。

 

永井圭も成長している。

 

 

その後、エミリア陣営の武官であるガーフィールも訪れた。

彼に得意の土魔法で池を拡張してもらい、深い水深の湖を作ってもらったのだった。もう怪我をさせることはほとんど無いとはいえ、一応落下や不意の動きを抑制するための工夫である。

 

家族と触れ合う際は基本的に湖に体を入れて、首だけを出す姿勢を採用した。

スバルが目撃した際には「まさかのネッシースタイルかよ…」と圧倒されることは間違いない。

 

子供たちは父に抱きついて、大きな夢を宣言した。

 

「いつか強くなって、お父さんと遊んでも大丈夫なくらいに強くなって!それでカペラをやっつけるよ!」

 

家族を乗せて空を飛ぶ。それは現状の最善でしかなく、色欲が与えた傷跡は誤魔化しようもない。

 

 

けれど人は決して諦めない。人は何度でも挑むのだと、そんな言葉が見るものの頭に浮かぶような光景であった。

 

 

家族同士が様々なことを話し合い、彼らの中でも何かの折り合いをつけたのだろう。

今のままでは足手纏いになると自信を喪失していたガーフィールは、プレアデス監視塔への賢者探索へと同行することを決意した。

 

「ゴージャス・タイガー!…にいちゃん!お父さんを、お父さんを助けてね!!」

 

弟の声に力強く拳を振り上げて呼応する。家族のためにその足は大地を掴み、決して折れはしないと立ち姿だけで納得させる。

 

 

永井圭が起こした波紋の結実の一つがこれだ。ガーフィール・ティンゼルの同行が決まった。

 

 

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