亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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汝、老後を恐れるなかれ。
未来のあなたが笑っているか、それは神ですら分からない。
なら、今だけでも笑いなさい。


【FILE:98】第四の権力②

 

「我が名はリリアナ!先祖代々さすらいの吟遊詩人を生業とし、最高のリュリーレと歌声を操りし者!」

 

王都近郊の宿場街、その一角にある酒場でやけに通る声が響いた。

 

なんだなんだと注目が集まれば、そこにいるのは小柄な少女。しかし、その手には弦楽器であるリュリーレが握られており机の上に立ち上がって名乗りを上げる。しかし、丁寧に手持ちの風呂敷をテーブルに敷いた上での行動であり人の良さも垣間見える。

 

「いや、みんな知ってるよ。あんたの歌も生き様も。ここで何度も歌ってくれたじゃないか」

 

店主がなだめにかかる。まるで獣を落ち着かせるように骨付き肉を松明のようにかざしながらの接近だ。

彼女の奇行にも慣れ始めている様子である。

 

「ええ!ええ!そうでしょうとも!このリリアナ。どこにあってもいつであっても変わらずです。だというのにあなたは一体!そんな話に私が乗るとでも!?」

 

今回の叫びはどうやら、世界にでも店にでも店主にでもなく。目の前の別の人間に向けたものだったらしい。

リリアナの拒否反応を見るに、矛先は対面に座った吟遊詩人のように見える男。彼がよほど腹に据えかねる提案をしたようだ。

 

きっと貴族や商人の愛人兼歌女にでもなれと言われたのだろう。

 

彼女の素晴らしい歌声を囲い込もうとするなんて。そしてこの奇人を引き込もうとするなんて。

畏怖と混乱と義憤の混ざったよくわからない空気が広がっている。

 

いまいち正義感にも訴えてくるものがない。むしろ、良い話だったりするのでは?

 

「いや、誤解だよ!そんな反応するなんてそっちがおかしいんだ!公爵様の旗を掲げて、給金をもらいつつ歌を歌えるんだぞ!?それでこんな反応になるなんて意味わからん!こいつ頭おかしいわ!」

 

周囲のリリアナへの評価は歌は最高。人格はちょっと…というものだ。男の自己弁護だけで空気がかなり傾いた。

一応、店主が確認をする。

 

「え〜と。その公爵の愛人にさせられるとかもなく?」

 

「何言ってやがる!あのカルステン公爵様だぞ!なんでこんなちんちくりんで、しかも女が愛人になるんだよ!ていうか公爵の愛人だったらすげえだろうが。うちの娘がそんな機会を見つけようもんなら一族総出で泣いて喜ぶぞ!」

 

公爵家お抱えになって吟遊詩人をしないか?という誘いだったらしい。

それはまさしく吟遊詩人が歌う夢のような話だ。むしろ俺たちが行きたいと酒場の全員が思った。愛人でもペットでもなんでもいい。

 

頭のおかしい弾き語り娘はそれでも決して靡かない。

 

「へへんだ!私は騙されませんよ!これまでの極貧時代にどれだけ美味しい話があったことか。そのほとんどが良くて詐欺か人身売買になるところでした!数度攫われたってんならこのリリアナであっても流石に学ぶってんですよてやんでい!」

 

大見得を切って、これまでの失態を語る。

 

「あのクルシュ様がんなことするわけねえだろが!それに護衛まで付けてくださるらしいぞ。次の街に手紙を届けたらそれだけでも食っていけるかもしれんらしい」

 

まじか。護衛付きとは破格すぎる。それに、本当にカルステン公爵が言うなら嘘ではないのだろう。

 

「げっへへ。それって夢のようでは?…っは!危ない危ない!理性が勝るところでした。しかし、しかぁし!!」

 

よだれを拭って、正気に染まりかけた頭をぶっ叩いていつも通りの狂気に染めた。

 

「私はリリアナ・マスカレード、吟遊詩人です!風に流れて流浪する旅人の身。土地に縛られず、人に縛られず、それが生業であると生き方を決めております」

 

それは受け継ぎし生き方という狂気であり、矜持だ。

 

「母も、その母も、そのまたさらに母も、私の一族はそうしてきました。私たちは形あるものを残せず、歌のみを人の心に残して生きる一族。風を囲うことは、歌を遮ることは何者にもできません」

 

おお〜。そうしてまばらに拍手が起こる。ここまでの厚遇を断って突き通そうとするなら本物だ。

 

「え、マスカレードってんなら、あんたの両親、マスカレード夫婦も参加してるはずだぞ?『案外緩いし色んなとこ行けるしこれはセーフ!』とか叫んでたが…」

 

「……閃きました!『この素晴らしい世界に祝福を』!」

 

不都合な情報を断ち切るべく、その閃きを歌にする。

実際にそれが成功するほどの腕前はあるのだ。

 

 

リリアナは決めた。その企みには乗りはしないと。両親に会うのが気まずいと思っているわけじゃない。守りの姿勢を見せたくないとか背伸びをしているわけでもない。ないったらない。

 

「こうしちゃいられません!明日にはここを出て新たな街へ。水門都市へと歩みを進めてやろうではありませんか!」

 

こうして未来の歌姫はプリステラへと歌いながら進むのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

公爵の一声で集まった歌手や演奏家の組織は『青蓮の楽徒』と呼ばれていた。

 

青蓮獅子団の非番のものや志望のものが護衛として、吟遊詩人や芸術家を守る二人組。

彼らが街から街へといち早く手紙を届け、そして歌う。

 

商隊に随行し、自ら情報を広げて持ち帰る。

 

 

青蓮獅子団本隊や風魔の激務から休暇のように遠ざかるものにとってもこれは良い受け皿になっている。

日々死にかけながら磨き上げるのは全体の一部だ。この過程を経たのちに王選が終わればキャリアを選ぶこともできると約束されている。

 

風魔に所属する猫人族の元亜人軍兵士。アニスは騎竜に乗って欠伸をしつつ体を伸ばす。

 

太陽が気持ち良い。そしていつもより軽装な旅衣装の隙間から自慢の毛並みが輝いている。黄色の小麦畑のように風に揺られて、そして太陽に熱せられ独特な猫の香りが小さく香る。

 

その香りに誘われたのだろう。小さな女の子がまるで布団に包まれるかのようにアニスの懐に入り込む。

 

「わぁ〜い。あったかぁいね!お日様〜猫様〜」

 

一緒に旅に出かけてから間もないが、かなり親しくしてくれていた。

 

「こらこらソフィアちゃん。猫人族のことを猫なんて言っちゃあいけないよ。爪で引っ掻かれてしまうかもしれない。俺はいいんだけどね」

 

そんな風に優しく叱ると彼女は一瞬硬直した。笑顔だったその顔をくしゃりと歪ませて泣きそうになる。とはいえソフィアも悪いと思っているのだろうが、素直に謝ることができない。

 

怒られたことに驚いて泣きそうになっている。

 

「…ん…なさい」

 

モジモジ、モゴモゴと言葉を濁して居づらそうにする。顔をアニスの毛皮に埋めて、表情を見られないようにしている姿は可愛らしい。

気まずいなら離れればいいというのに。この子に離れるという選択肢はないらしい。

 

「いいんだけど、それだときっと…」

 

その心配りが彼女に届く前に、ソフィアには母からの雷が届いたのであった。

 

「ソフィ!そんなに言葉を小さく噛み潰すなんて許しませんよ!でかい声で!天地神明に響くかのように腹から声を出しやがりなさい!」

 

それは非礼の叱責ではない。彼女たち一族の誇りの話であった。

 

「母さんの言うとおりだ。人生、声がデカければなんとかなる。歌は届くし、命も助かるし、人に笑ってもらえる。今のうちから腹から声を出していくんだ。父さんも一緒にやってやるからな」

 

「閃いたわ!!『太陽とふわふわ』みん、なで、さん、はい!」

 

そして始まる家族総出の大合唱。即興のために適当だったが良い歌だ。

 

アニスはこの仕事が好きだった。

隊長や書記様、公爵様への恩を返すために風魔は王選の後も続けるつもりだが、こんな日々もたまには良い。

 

子どもとの触れ合いだけが、戦争で失った何かを埋めてくれる気がする。

 

ぎゅっと抱きしめて。そのフワフワを押し付けるとキャッキャと笑う。

 

 

何か、楽器でも習ってみようかな。それで、女房でも見つけて俺も家族を…

 

いまだに戦争の夢を見る。あの血の臭いと仲間が倒れる音が脳にこびりついている。

でもこの家族と一緒にいると、そんなことを忘れる瞬間が多くなるのだ。

 

 

「きっとどこかにいるお姉ちゃんにも聞こえるように!」

 

母が歌い、子が歌い継いでいく。

歌は素晴らしいものだ。こんな日常を守りたい。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

目的の街に着くと、マスカレード一家とは一時お別れである。

 

一週間は滞在し、また別の街へと向かうがその間は自由行動となる。

 

アニスは商工会と貴族街へ速達を届けに向かい、次の出発と目的地を伝える。彼らは急いでそこに合わせて連絡を仕上げるのだ。

 

その間の一週間はアニスにとっての自由時間でもあり、仕事の時間でもある。

すべきことは情報収集だ。王選の、魔獣の、魔女教の話を聞くことはまず無いがもしあれば耳を傾ける。

 

 

そんな中で、不穏な噂をいくつか耳にした。

 

ヴォラキアでは武闘派貴族の動きが活発になっているとか。

南方では魔獣が大量発生しており、討伐隊が組まれるらしい。帝国と王国の関係性に妙な刺激にならないといいが。

 

あとはかなり身近な噂。

吟遊詩人が複数人いなくなっている。彼らだけが狙ったようになぜか強盗にあう。

 

その全員が『青蓮の楽徒』ではないものたちだった。中には断ったものもいるらしい。

そこまでが流れている噂であって、ここからはまだ数人が口にした程度のものだが看過はできなかった。

 

 

「これは公爵の誘いを断った無礼者たちへの見せしめなのではないか?」

 

 

そんなあり得ない噂を流している奴がいる。

これは緊急度が高い案件だと即座に判断し、酒場を出て街を出た。借りた騎竜を乗り継いで自らの足で走る。

 

獣人である彼の移動速度は非常に速い。

 

マスカレード一家と数日かけた道を、わずか一日で踏破する。

 

街に着いたら笛を吹く。常人には聞こえない高い音を発する笛である。

 

それほど時間も経たず、誰かがそこに駆けてくる。ここに滞在している予定の風魔の隊員が走り寄ってきた。

 

「状況は?急ぎだな?」

 

「優先度2の案件だ。これを隊長まで届けてくれ。対応部隊が到着するまでに僕は戻って情報を集めておく。代わりの護衛もよろしくな」

 

 

彼らはカルステン家の諜報部隊だ。この広い王国の中にも様々な場所にその手を広げている。

それらが吸い上げた膨大な情報を処理し切れる頭脳があってこその手足である。

 

数日後、報告を受けたケイは上機嫌に少し笑う。

そして集めてあった情報からの推測と指示をまとめた指示書を複数用意していた。

 

「ずいぶん早くかかりましたね。絶対に逃さないように。エルザも捕まえて向かってください。ええ、エルザの今月の褒美はお預けで大丈夫。指示書に従いつつ、現場の判断で下手人を捕獲または殺害してください」

 

 

「あらあら、またあの子荒れるわよ?追加で色々お願いされちゃうかもだけど、大丈夫なのね?」

 

蛇人の剣士は笑いながら確認しつつすでに動き始めていた。この雇い主は無駄を好まない。ならこちらも可能な限り仕事をするだけだ。

 

頭脳の一言で、風魔が手足となって動く。

 

敵対者を排除するためにその洗練された暴力が矛先をまだ見ぬ誰かに向けたのだった。

 

 

「仕事をしましょう。出撃よ」

 




【風見教会魔女教対策部隊について】

風魔と呼ばれる特殊部隊は、元犯罪者や公にできない人材を中心に集められ訓練された諜報部隊。
『蛇』『雀』『亀』『猫』のという部隊が基本であり、それぞれの人員を案件ごとにチームアップして動いている。

『蛇』は戦闘・暗殺専門。ロブルを筆頭にエルザも所属。
『雀』非戦闘員。戦闘支援。連絡や物資補給など。
『亀』白鯨戦で忘れられた騎士と戦士。護衛・防御担当。
『猫』元兵士。諜報・索敵担当。アニスなど元亜人軍兵士が多く所属。

休日や待遇についても交渉可能。王選後には結果を問わずに厚遇を約束。あと二年ほど頑張れば大金を手にして新しい人生をやり直せるとわかりみんなやる気。一部はその後も忠誠を果たす気満々。
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