その時は突然やってきた。
ビリーが所用から帰ってきた午後、事務所に入るとちょうど電話を終えたばかりのようなニコが彼の方をくるりと向いて笑いかけた。
「ビリー! アンタの修理、今回は格安でできそうよ!」
「何!? 格安って、いつものとこ部品の半額サービスでもやってんのかぁ!?」
「違うわ。いつものとこじゃないの」
「いつものとこじゃない??」
きょとんとするビリーに、ニコは両手を上げて嬉しそうにくるくると回りだす。
「いつものとこよりもと~~~っても安いとこよ! いつものとこは技術料がやたら高くて気に食わなかったけど、今回のところは部品代だけでオーケーですって! とにかく一回分は修理費で頭を悩ませることもないわね!」
「いや、毎度俺の給料から修理費引いてんだろ親分……悩ます頭がどこにあんだ?」
「とにかく! 今から行ってもいいって言われたからすぐ行くわよ。さ、準備して!」
「これから行くのか? 事務所から遠いとこなのか?」
「そこまででもないわよ。ほら、あたしがナビしてあげるからアンタは運転ね!」
「わかったぜ親分」
ちょうどアンビーも猫又も事務所にいなかった為、二人は事務所の扉に鍵をかけ出発する。車に乗り込むと、ニコが助手席に座ってナビを設定し始めた。ビリーが車を発進させると、ナビに誘導され大きい通りへと出る。ちらりと見た画面上で修理工場の位置を確認するとビリーは運転に集中した。
***
「――ここが、修理工場なのか?」
ビリーはぽかんとしている。
工場らしき建物に掲げられている看板は――『白祇重工』とある。
白祇重工とはニコが一度やりとりをしたことをビリーも覚えている。あれはヴィジョンの爆破解体現場のホロウから逃げて出てきた時のことだ。ニコが彼らと少しやりとりしたのをビリーやアンビーは離れたところから見ていた。
「……で、なんで白祇重工が俺の修理をしてくれんだぁ?」
「なんでも白祇重工にいる技術者があんたを分解してみたいんだって言ってたわ」
「なるほどなぁ……って、ん? 親分、今なんつった?」
「さ、早く中に入るわよ!」
ビリーの首根っこをがしっと掴んだニコに引きずられるようにして、ビリーは白祇重工の中へと入っていった。
ドアを開けると受付があるわけでもなく、中にいた作業服姿のクマのシリオンが「お客さんかぁ?」と首を傾げた。その呟きを聞いてか赤い髪の背の低い少女が「お!」と二人に気が付いたように走ってきた。
「よう、よく来たな! グレースは今上にいるんだ。ついて来てくれ」
白祇重工の社長――クレタ・ベロボーグはそう言うとビリーとニコを連れて階段を上っていく。
「今日が現場仕事のない日でちょうどよかったぜ。あ、その辺の段ボールは触らないでおいてくれな」
クレタが廊下の端に積まれた段ボールを指し示す。が、そもそもこの建物はクマのシリオンの平均体長や体幅を元に作られている為まず廊下の真ん中を歩いていても端に積まれた段ボールにぶつかることもない。クマのシリオンが二人横を通り抜ける際には気を付けなければいけないだろうが……。
「ここだ」
クレタはそう言うと、コンコンと素早くノックをして返事を聞く間もなくドアノブを回す。
「姉貴ー、来たぜ?」
部屋に三人が入ると、姉貴と呼ばれた黒髪の女性はゴーグルをしたまま紙が挟まれたバインダーを手にしながらボールペンの頭で唇をぐりぐりと押していた。
「おい姉貴……グレース! 聞いてんのか!?」
「あ、悪いクレタ……いたんだね。それで何の用――」
ぱちり
と、
グレースと呼ばれたその女性の目と、
ビリーの目――視覚モジュールが合う。
「……う、わああああああ! 機械人、機械人がいるじゃないか! クレタ、まさか本当に連れてきてくれるだなんて! ああ初めまして機械人くん。さっそくだけれど今は正常? おかしなところはあるかい? 欠損……は、ないようだね。ああいやこの音は……右肘の可動部に強い摩擦が生じてるみたいだ。んん? もしかして股関節も動かしにくいなんてことはないかい? ああ大丈夫全部私が直してあげるとも! さっそく衣服を脱いでくれるかい!?」
「一体なんなんだあんたは!?!?」
突如として目を輝かせて詰め寄ったグレースに対し、ビリーはエーテリアスと対峙した時とはまた違う身の危険を感じ狼狽する。隣に立つニコに視線を投げかけるも、彼女は特に驚く様子もない。
「あー、こいつこんなんだけどほんとにいいのか?」
ひとり常識人らしき反応をするクレタに、ビリーは勢いよく首を横に振る。
「ええ、何も問題ないわ」
にっこりと笑って肩にかかった髪をさらりと払うニコ。
「どこがどう問題ないんだよ!?!?」
ビリーの必死の問いかけも空しく、ニコは「それじゃ修理終わったら来るわね~」とクレタに連れられて部屋を出ていった。他に何らかの取引か話し合いでもあるのかもしれない。が、理由はどうあれ今のビリーには目の前のこの女性とふたりきりにされるのは郊外の崖の上からホロウへ突き落とされるのと同じくらいの絶望感を感じさせていた。
「大丈夫だ機械人くん、何も怖がることはないさ。あ、痛覚なんかは感じるのかい? それなら全ての感覚をオフにしておくといいよ。自分でできるかい? 背面にあったりする? 私がやってあげようか」
そう言ってビリーの背後に回って赤いジャケットの下から手がするりと入っていく。まるで全身の毛が逆立った猫かのようにビリーは飛び上がると、数メートル先へとダッシュで逃げた。
「待て待て待て! オフるのは自分でできるってーの! 変なとこ触んなよねーちゃん!」
「そうかい? それならよかった。さて、まずは右肘の関節ー……と言いたいところだけど、うん、せっかくだし最初から
「何がせっかくだしだよ!!!!」
「ええ? 話は聞いてないのかい?」
グレースはきょとんとしながら腰に手を当て、首をこてんと傾ける。それから「ふむ」と顎に手を当て考えたようにしてから、にこりと笑ってゆっくりとビリーに近づいてきた。そして息を吐きながら愛でるように持っていたスパナを撫でた。
「君のことがね
前々からとても気になっていたんだ。
そのダークカラーのボディ、
クールなアウトライン、
曲線美あふれるパーツ、
メタリックな全身……
全てが魅惑的で知的好奇心を抑えることができない。
全てを暴いて研究し尽くしたい。
この新エリー都で数多の知能構造体を見てきた。
けれども君のような機械は初めてだ。
胸がときめくんだ。
逸る心が抑えられない。
大丈夫、優しくするとも。
絶対に痛くしない。
だから安心して私に身を任せてほしい!」
「まかせられるかよ!!!」
ビリーは自分で自分の身体を抱いて壁際に寄った。
「おいおいニコの親分は俺が分解されるってわかっててあんたに差し出したってことかよぉ!?」
「まあ、合意してくれたから君が今ここにいるということには変わりないね」
「あのな、俺と合意してなかったら分解はできねーの!」
「何だって? てっきり受け入れてくれてたのかと思っていたよ。それで君は一体何故ここへ?」
「修理してもらいにだよ!!!!」
「なるほどそういうことか」
確かに修理するだけでも構わないその時は技術料は取らないからとクレタに言った気もするなぁ……と、彼女は目を瞑りながら思い出すかのように呟いている。
「オーケー、じゃあひとまず分解しようか」
「人の話聞いてたかァ!?」
「うん聞いてたとも。だからまずはその右腕の肘だ。そこが一番負荷がかかって損傷が激しいだろう? 違うかい?」
「ち……がわないけどよぉ」
「私が君のパーツを眺め回すのは一旦修理してからでもいいさ」
「眺め回すってなぁにぃ……???」
怯えた目をするビリーにグレースは「ここに座ってね」と作業台横に置いてある椅子を指差した。ビリーはまだ彼女を信用しきっていないものの、本来の目的の為仕方なく促されるまま椅子に座る。そして赤いジャケットを脱ぐと作業台の上に置いた。
「この台に右手を載せてくれるかい? 力は抜いて。そう……いい子だ」
グレースはビリ―の顔を見ず、腕単体と話でもしているかのようにうっとりとした表情を浮かべた。作業台の上に並べた工具を使って丁寧に外側のパーツを外していく。目当てのものが見つかったのか、一つパーツを手に取ると彼女は上下左右に傾けまじまじとそれを見つめる。
「いいね、この素材ならもう少し削っても使えそうだ。メッキはうちのを使えば良さそう」
そう呟きながら傍にあった工具の中から一つ手に取り研磨を始める。最初はハラハラしていたビリーも次第にその様子を静かに眺めるようになった。
「あんたがちゃんと修理できる人間でよかったよ」
「え? まさか信用していなかったのかい?」
「ただのマッドサイエンティストかと思ったんだよ!」
「マッドサイエンティスト……あははっ! おもしろいことを言うね!」
「冗談じゃねーんだけど……」
「よし、ちょっと中のケーブルも見せてね。どれどれ~?」
グレースは淡々とビリーの右肘の修理に取り掛かった。その後元通りにパーツを戻したあと、ビリーが動作を確認すると「おっ!」と嬉しそうに声を上げた。
「いい感じだぜ! こんな早くに終わっちまうもんなんだなぁ! それならさっさと修理に来た方がよかったぜ」
「いつものところではどう修理してるんだい?」
「んー、削って直す時もあるけどよぉ。めんどくさがって新しいパーツに変えちまう時もあるなぁ。でもそれだとパーツ代が結構かかってよぉ」
「なるほどねぇ……不調を感じたのはここ最近だったのかい?」
「数日前にホロウに入った時にちょっとばかし体を打っちまってよぉ。そん時に肘がやられてな」
「その一回きりでなったわけじゃないだろうけど……でも股関節もその時かもしれないね」
「しばらくは様子見でいーんじゃねーかなって思ってたんだけどよ。ま、来てよかったぜ」
「そう言ってもらえて良かったよ。じゃあ次は股関節の方を確認するね。その台に体を横たえてもらってもいいかい?」
「ああ、いいぜ!」
ビリーがひょいと台の上に座り、ベルトに手をかける。……が、少しばかり遠慮がちにグレースの方を見た。
「あー……っと、その、いつもはおっさん相手だから気にしてねぇけどよぉ……ねーちゃんの前でズボン下ろすってーのはその、なんつーか……」
「何を言ってるんだい。早く脱ぎなよ」
「………」
躊躇うビリーに、彼女は首を傾げる。それから気づいたようにぽんと手を打つと笑顔になった。
「そうか、脱がしてほしいのかい?」
「ちげーっつーの!!!」
ビリーは少年のように怒りながらもくるりと体を反転させて背を向けていそいそとズボンを下ろした。
「はあー、こんな情けねぇ格好……モニカ様にはぜってー見せられねーぜぇ……」
「モニカ様? それは君の恋人かい? もしかして機械人?」
「ハア!? モニカ様は有名だろ! まさか『OH~ハニ~』を見たことねぇのか!?」
「『OH~ハニ~』……? それにメカは出てくる?」
「出てこねぇよ!」
ビリーの話を聞いているのかいないのか、女性は腹部からパーツを取り外し始めると順番に股関節パーツまで手を伸ばす。その間「そうか」「これはここが」「なるほどね」「うーんでも」とひとりぶつぶつと呟いている。
「……なぁ、どっか悪くなってんのか? 俺自身はそんな気になんねーんだけど」
「うーん……様子見をしてもいいとは思うけれど。せっかくだし快適にしてあげたいね。でもここまで開いたわけだし、ここを直して閉じてしまう前に……」
「ん?」
「もう少しパーツを外していってもいいかい?」
「ハ!? ちょちょちょまさか全部分解するつもりじゃ……」
「大丈夫、ただもっと君のことが知りたいだけなんだ。
ね、ちゃんと優しくする。
約束するよ。
だからほら、
機械人くんのこと……
お姉さんにもっと、
ちゃんと、
詳しく、
教えてほしいなぁ……?」
「い……
イヤアアァァァアア!!!!!!!!!」
***
どんなに泣き叫ぼうとも、スターライトナイトは現れない――。
そう悟ったビリーがようやく解放されたのは最後のパーツがはめられた時だった。
「うん、お疲れ! さあ起き上がっても大丈夫だよ!」
晴れ晴れとしたグレースの表情に、ビリーはげんなりとする。叫び疲れたのか、逃げる気力もない。グレースはというと、ひとしきり遊んで満足した子どものようにニコニコしながら工具を片づけている。そして時折バインダーに挟まれた紙に何かメモを取るようにしては「ここはこの部品に変えても動くかも」と一人頷いていた。
「――それで? あんたが知りたかった“機械人”のことは、なんかわかったのかよ?」
ズボンを穿きジャケットを羽織るとビリーはグレースを一瞥した。グレースは少しの間考えるような仕草をしてから……にっこりと微笑んだ。
「いいや! 何にもわからなかった!」
「ハアアア!? わからなかったって、どういうことだよ!?」
「あははは、安心してくれ。一応君の機体が何がどう繋がっていてどういう素材のものを部品に使えばいいのか、修理に必要なことは全てわかったとも」
「それなのに何がわかんねぇってんだ?」
「うん。それら一つ一つはわかったけれども、結局のところ君がどうして動いてどうやって意思を持っているかがわからないんだ。あとはまるでわからない機構も一部あってね。不思議だなぁ……これが
「え」
「ということで君の体の謎を解き明かす為にもこれからも私が君の修理担当を請け負いたいんだけれどどうだろう? もちろん私の研究が目的だから部品や修理費は6割私が受け持つよ!」
「なっ……あんたの研究で俺様の体が弄ばれてたまるかよぉ!!」
――その時、扉が勢いよく開かれた。
「いいわ! その話……乗った!!」
「ニ、ニコの親分!?」
「おや? 君の保護者かい?」
「保護者じゃねーっつの! 雇い主だ!!」
「ビリー、今の話聞いてたわよ。その人に修理を担当してもらえば、これからはあんたの修理代に頭を悩ませなくっていいってことよね!? いつもかかる費用の4割で良いだなんて……こんなお得な話他にないわ!!」
「親分……でも結局はその修理費は俺の給料から――」
「さあ、契約書を用意するわ! ちょっと待ってなさい! あ、修理担当のあなたも今更条件の変更は認めないからね!!」
ニコはそう言うとアタッシュケースの中から取り出したノートパソコンを開いてカタカタとキーボードを打ち始めた。本当に契約書を今作っているようだ。ビリーは頭を抱えため息を吐く。
「うん、良い雇用主じゃないか。手際が良いビジネスパートナーは好きだよ」
「親分を褒めてくれるのはいいけどよぉ……はあー、なんで俺はこんなやべー奴にこれからも体をいじくりまわされないといけねんだ……」
「おやおや、そんなに落ち込まないでくれ機械人くん。ああいや……コホン、改めて挨拶をするとしよう」
「?」
「新しく君の修理担当になったグレース・ハワードだ。
これからよろしく頼むね、ビリー・キッドくん」
差し出された手を握り返すかどうか、
ビリーは三分程悩んだという。