※フライデーはどうやら復帰してるらしいと投稿後に知りました。修正するか今後の展開でそれとなく書くかわかりませんが、ちょっと目を瞑ってくださいすみません。
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これはビリーが修理の為白祇重工へ来るよりも少し前の話――。
現場の仕事を終えた白祇重工社員たちは、週末の予定を話しながら帰り支度をしているところだった。アンドーとベンも例に漏れず、重機を倉庫に片づけながら「明日は朝からジムに行く」だの「経理の仕事が残っているから休日出勤をしなければいけない」だの話している。そこへ、小さな体のクレタが駆け寄っていった。大人に混じって動き回る様子は傍から見れば子どもが遊んでいるように見える。が、その顔は疲れた大人そのものだった。
「アンドー、ベン。ようやく今週も終わったな~。今回はちと足腰にきたぜ」
「ははっ! 社長、そんなこと言ってっと背伸びませんよ? 週末はしっかり寝た方がいいっすね~」
「おいアンドー、てめぇ喧嘩売ってんのか? ……まあ、しっかり休んだ方がいいのはわかるけどよ。でもそんなんはあたしよりグレースだぜ」
クレタが言うと、アンドーもベンも倉庫内の隅を振り返る。グレースも現場で少し仕事をしていたが、帰ってきてからは他の仕事に熱を入れている。その“他の仕事”にはここ最近ずっとかかりきりで、もう何日も会社に寝泊まりをしているのだ。
「グレースか……社長、あれは俺達が言って何とかなるような奴じゃ……」
「んなこたぁわかってんだよ! でもベンだって知ってんだろ? 今はあそこまで根詰めるような時期じゃねぇ。準備も時間がかかるし。……あたしはただ、姉貴をちゃんと寝かせてぇだけなんだよ」
むすっとした顔をするクレタに、ベンはため息を吐いた。アンドーは腕を組み、グレースを見つめている。
「どうやって寝かせるかはオレにはわかんねーっすけど、息抜きっつーのが足りねーんじゃないですかい? ほら、オレなんかは筋トレすりゃ息抜きにもなってさらには良く眠れますよ!」
「アンドーはそうだろうけどよ。姉貴は……」
三人ともしばし上の方を見てグレースについて頭を巡らす。そして三人とも、頭の中には恍惚の表情で機械を弄るグレースがいた。
「メカを弄らせれば喜ぶだろうが、それでグレースの息抜きになるかどうか……」
「おいベン、うちの
「待てお前ら、姉貴にメカ弄らせても息抜きどころか朝まで寝ない勢いになっちまう」
クレタは肩を落としてふらふらと立ち去ろうとした。
「ま、いーさ。今日はちゃんと寝ろって言ってみるよ」
ひらひらと手を振ると、クレタはふたりに「お疲れさん」と声をかけて行ってしまった。
***
夜も更けた頃、白祇重工の事務所兼倉庫内の全ての鍵を掛けようとクレタが見回りをしていた。いつもはクレタ以外の社員が当番制でやっているのだが、今日はクレタが自らその当番を名乗り出たのだ。
「――ったく、やっぱまだいやがるな」
倉庫の中へひょっこりと顔を覗かせると、一角が明かりで照らされていることに気が付きクレタは眉間にしわを寄せた。
足音を立てて近寄っていくが、そこにいる人物は全く気付く気配はない。
「おい!」
と、仁王立ちで声をかけるものの……返事は皆無だ。
「おい姉貴! 聞いてんのか!?」
苛立ちを隠さずにもう一度大声で呼べば、ようやくその人物は振り返った。
「おや? おチビちゃん。もう終業時間かい?」
「終業時間はとっくに過ぎてんだよ。さっきまではちょっとばかり事務仕事してる奴らが残ってたが、今じゃお前とあたしのふたりきりだぞ」
「え? そうか、もうそんな時間か……外はもう暗いだろう。クレタ、ひとりでおうちまで帰れるかい?」
「こんのバカ姉貴が……いつまであたしをガキ扱いしてやがんだ!」
「おや、もしかして怒らせてしまったのかな。ごめんごめん、でも今ちょうどいいところだからさ、私はまだ離れられないんだ」
「………」
グレースはまたタブレットへ向き直ると作業へと戻ってしまった。クレタは諦めたようにグレースの脇に置いてある小さめのコンテナボックスの上に腰かけた。
「姉貴、ここんとこ全然帰ってねーだろ」
「んー……そうでもないよ。一昨日着替えに帰ったし」
「お前な……。寝てねーのもわかってんだからな?」
「ええ?」
「ったく、ちょっと目離せば無茶ばっかしやがって」
「それはおチビちゃんだって同じだろう? 私よりも君の方が無茶しないか、お姉さん心配だよ」
「……うっせぇな、お前よりもあたしの方が自分のことなんとかできてるっつーの! 人が心配してるってのに自分の身をもう少し振り返りやがれ! とにかく今日は帰って寝ろ!」
「そうは言っても目下子どもたちが仕事に復帰できない以上新たなホロウ内特殊作業重機を開発する他ないんだよ。大丈夫、今までにあの子たちを開発してきた下地が私にはある。改善しなければいけない点もいくつかあるが、それを修正しつつ新たな……」
「っつっても時間がかかることに変わりはないだろ! 大体素体を準備するのにも金がかかるって言っただろ、それの目途もついてねーってのに毎日毎日研究研究研究研究! 飯は食ったか!? 風呂は!? ベッドに入ったのはいつだ!?」
「おチビちゃん、そうカッカしないでおくれよ。大丈夫、ご飯はー……ちゃんと食べたさ。ちょっと記憶にないけれど。シャワーもそうだな……うん、多分入ったと思う。ベッドは私の近くにないからなかなか入る時間がないけれど」
「近くにじゃなくて! お前が部屋に戻ってベッドに入んだよ!!」
いつの間にかコンテナから腰を上げ立ち上がっていたクレタはぜえぜえと肩で息をしている。グレースは彼女の方を見ると小さく笑いかけた。
「おチビちゃん、そう怒らなくても。でもそうだね、確かにここ最近癒しがなかったように感じるなぁ」
「だから帰って休息を……」
「いや、そうじゃない。そうか、プロキシと関わりがないからかもしれない。ほら、彼らと行動する時はいつも……イアスがいるだろう? イアスを抱きしめている間だけは、心身ともに癒されていたことを覚えているよ」
「あいつらに頼むような依頼は今はねぇよ」
「それは残念だ。あーあ、どこかに抱きしめさせてくれる可愛い
暇すらないって休日は休みやがれ! と言おうと思ったクレタだったが、ふと思い出してしまったことが口をついて出る。
「……そういや時々街で見かけるあの機械人って確か邪兎屋の……」
「機械人!? 何だいおチビちゃん、機械人の知り合いがいるのかい!?」
クレタの言葉に急に立ち上がり、両肩に掴みかかるグレース。驚いたクレタは目をまん丸にしてグレースを見つめ返した。
「いや、知り合いっつーか……まあ知り合いか? ほら、お前も一回会ったろ。邪兎屋のよぉ……」
「邪兎屋? ……って言うと、ヴィジョンのあの事件の時か。ああ、覚えているよ。黒いメタリックフォルムな彼だろう? 忘れるわけないさ! でもあの時はまず事件の収束が先だったし、気づけば彼はいなくなっていたなぁ……えっ、まさか彼とお近づきになることができるのかい!?」
「だから、アイツは邪兎屋の従業員だって言ってんだろ? 連絡先も知ってるしよ、一応お近づきっつーのにはなれると思うけど……でもなぁ」
「でもなんだい? 今すぐ連絡を取ってくれても私は大丈夫だよ?」
「いや、姉貴はどうせ、その機械人を分解してぇって言うつもりだろ?」
「その通りだけど……何か問題が?」
「そこに問題が大アリなんだよ! どう考えたって『お宅の機械人さんをウチの奴にちょちょいっと分解させてやってくれませんか~』なんて言ったって跳ねっ返されるのがオチだろ!?」
「何故だい? ちゃんと元に戻すし、優しくするよ?」
「そういう話じゃねぇ! 大体、まずその問題を置いといてもだ。姉貴は今だって仕事詰めで寝る時間もねえってのに、そもそも分解するなんて暇あんのかよ?」
「うーん、息抜きに彼を触らせてくれるなら十分に休息になると思うけどなぁ」
「息抜きねぇ。機械人一体分解するってのも時間がかかるもんだろ。それならちょっとした修理くらいならそこまで時間もかかんねーんじゃねぇか?」
「おお、ナイスアイディアだねおチビちゃん! 修理という名目でお誘いすれば確かに分解もしやすく……」
「待て待て待て! 名目でじゃなく! 修理をメインの目的にすんだよ馬鹿!」
「ええ? まあ、うーん、それでもいいけど……でも分解したいってことも伝えてほしいな。もし了承してもらえるならこの上ないだろう?」
「はあ……」
「そう肩を落とさないでおくれよ。大丈夫、修理するだけでも構わないよ。その時は技術料は取らないからって伝えれば先方も大喜びするんじゃないかな?」
「……わかったよ。ちょっと話だけしてみる。まあ、これで休息にもならなくて体悪くするようなら修理担当するって話は考え直すからな! あとマジで帰って寝ろ!」
最後のクレタの言葉にグレースは軽やかに笑う。
冗談に聞こえたのかもしれない。
――それから数日後、クレタは邪兎屋のニコへと連絡を取った。
最初こそ、
『うちのビリーはねぇ、ロストテクノロジーによって生まれた知能構造体よ!? 邪兎屋の資産でもあるんだから分解なんてさせてあげるわけないじゃない!』
……と、突っぱねられたものの。
修理代を安くする話を持ち出したところあっさりと掌を返したのだった――。
***
「――おい姉貴、次の工期のことだけどよ……って、ああ、来てたのか」
グレースがほぼ私室として使っている部屋へ入ると、クレタは椅子に座っている機械人を見て「よう」と声をかけた。
「おう、社長さん! お邪魔してるぜ」
「……お前もよく
クレタが苦笑いをすれば、ビリーはげんなりとした顔を返した。
グレースに修理されるようになってからビリーがここへ来るのは二度目だ。
「いや、もっとまともな奴にやってもらえるなら乗り換えてーけどニコの親分からはここにしとけって言われるからよぉ……」
修理代が安いからな、とビリーは肩を落とした。
「で、姉貴。次の……」
クレタが話しかけようとしたが、グレースはビリーの指先を手に取って何かの確認をすると満足そうに微笑んだ。これで終わりかと思いきや、次は別の箇所へと手を伸ばしている。クレタは「まだまだ終わりそうにないな」と肩をすくめた。
「あとでまた来るぜ」
クレタが部屋を出ていくと、ビリーは少しだけ心細くなってしまった。
「君の身体はいくつも安そうな部品が使われてるねぇ。そろそろガタが来そうだよ。もうすこし質のいいパーツに変えたらどうだい?」
「そんなこと言ったってよぉ、俺の給料じゃ良いパーツはそんなに買えないんだぜ?」
「それは残念だねぇ。なら私好みのパーツをいくつか仕入れておこう」
「……それってもしかして、俺色に染めてやるぜってやつぅ?」
ぶるぶると体を震わせると、ビリーは目を細めた。
だがそんな彼とは裏腹に、グレースはビリーの体を触りながら少し懐かしむような笑みを浮かべた。ビリーはそんな彼女の変化に、少し疑問を抱く。
「……なんでそんな優しそ~な顔で修理してくれるんだ? ちょっと気味悪ぃな」
「え? ああ……そんな顔してたかい。ううん、そうだな……君に触れていると、子どもたちのことを思い出すんだ」
「子どもたち?」
「あの子たちと一緒にいるのは本当に楽しかったな。……今は、会えないんだけれど」
「……悪い、まさかあんたに子どもがいたなんて思いもしなかったぜ。今はどこにいるんだ?」
「今は……そうだね、ちょっと、遠いところさ」
目を伏せ過去の記憶を呼び起こそうとしているように見えるグレースに、ビリーは少し躊躇した。何と言えばいいのか。何と返せばいいのか。
(遠いところ、っつーのは……もう死んじまったってことか?)
ビリーよりも先に、グレースが口を開いた。少し潤んだ瞳で、寂しそうにぽつりと言う。
「もし良ければ、君を抱きしめてもいいだろうか」
「……へ?」
「君を抱きしめたら、子どもたちのことを思い出して心が落ち着く気がするんだ」
「え、いやー……それは俺でいいのか? もっとこう、ちっこくて柔らかい体の方がいいんじゃ……?」
「君がいいんだ!!!」
「!?!?!?」
グレースのすごい剣幕にビリーは体を強張らせる。だが次第に力がなくなっていくその表情にビリーは少しだけ同情した。
「あー……じゃあ、どうぞ? ハイ、俺様の硬い胸板でよければ」
「ビリー! 君はなんて優しい子なんだ……!」
恐悦至極、感慨無量。
そう言わんばかりに勢いよく抱きつくと、ビリーは背もたれのない椅子からグレースごと床に落ちていった。
「うわわわわわわわっ……!」
ゴチン、
と、
床に頭と背中を打つ。
ビリーは涙目になりながらも、自分の胸部に抱き着くグレースを見遣る。腰に回した手は踏みつぶしてはいないだろうかと確認するが、彼女が痛みに呻いていないことから大丈夫かと安堵した。
「ああ、表面温度こそ冷たいが、内部の制御盤から発熱された温かさが伝わってくるよ。電流音もとても静かでまるで呼吸をしているかのよう……うん……とても……」
「……これで満足か?」
「うん……うん……ああ、また、子どもたちに会いたい」
「………」
「ハンス……グレーテル……フライデー……」
「………」
「ああ、またあの子たちのボルトを締めてあげたい。唸るエンジン音を肌で感じたい。一日働き詰めになった後の彼らの機体を優しく拭いてあげたい……」
「………………ん? 待ってくれ、あんたの子どもたちって……」
ビリーの頭に浮かんだ疑問を口にしようとした。
(おいおい子どもって、人間じゃなくてメカじゃねーか!)
と。
だが、そんな軽口を言えはしないと思ったのは
グレースの表情がまさに「我が子を想う母」のそれだったからだ。
(……ま、ワケなんざ知らねーけど、少しくらいこうされてるのも悪くねーか)
静まり返った部屋でグレースに抱きしめられながら、ビリーはただ黙って天井を見つめていた。
***
蚊の鳴くようなビリーの「助けて」が聞こえたのは、クレタが再度部屋の近くまでやってきた時だった。
「どうしたー?」
クレタが部屋の扉を開けると、そこにいたのは床に寝転がっているビリーと、それに抱き着いたままよだれを垂らして寝ているグレースだった。
「……おいおいおい、一体何があったんだ?」
クレタが手を貸しビリーの上半身を起こしたが、それでもまだグレースは彼に抱き着いたまま眠りこけている。
「なんか知らねーけど、子どもたちを思い出すから俺に抱き着いていいかって言われてよぉ! まあちょっとくらいならって思って許したらそのまま寝ちまってもう一時間も俺は床に張り付いたままだったんだぜ!」
「ああ……ここのところ寝てなかったみてーだからな。息抜きの為にあんたを弄ってて程よく緊張の糸が切れたんだろ」
「俺様これでも精密機械! 息抜きで弄るような体じゃないってーの!!」
「いやー、ははは、そりゃ悪かったよ」
クレタはそう言って笑ったが、ビリーに抱き着いたまま眠るグレースを見て困ったように微笑んだ。
「ったく人のことガキ扱いするくせして……自分こそガキみたいな寝顔じゃねーか」
ふにゃ、と緩んだ頬が幼い子を連想させるグレースの表情は、いつもの様子からは垣間見ることのないものだった。
しばらくその寝顔を眺めていたクレタだったが、一呼吸おいて手に持っていた紙束を丸めてグレースの頭を勢いよく叩く。
スパーン!
「いっ……たぁ……? なんだい、今何が起きて……」
「おいこらグレース! お前は客人そっちのけで何やってやがんだ! 寝るならベッドに行け!」
「んん……え? 何? 私は今彼の修理を……」
「どこが修理だ馬鹿! さっさと起きろ!」
クレタに急き立てられるようにして起き上がるとグレースはしばし困惑した頭で修理のチェック表を確認していた。
グレースに聞こえないようにか、少し小声でクレタはビリーに話しかけた。
「悪いな。でももしこれからも眠そうにしてたらよ、ちょっと体貸してやってくれ。あんたがいりゃぐっすり眠れるみてーだし」
「俺は安眠枕じゃねーっつーの!」
「ははは、安眠枕! あ、でもそうか……あんたがいて眠れるなら、修理はここじゃない方がいいんじゃないか?」
「え? そりゃどーゆーことだよ」
ビリーの問いにクレタは答えない。代わりにグレースを見て、うん、と一つ頷いた。
「いいこと思いついたぜ。それじゃ、さっさと片付けろよ姉貴~」
「え? ああ、わかっているともクレタ」
グレースの声を背で受け、クレタは部屋を出ていった。
そして廊下を歩く社員たちの横をすり抜けながら鼻歌を歌い始める。
「――こりゃ確かに『息抜きにもなってさらには良く眠れる』だな」
あとでアンドーにお礼言ってやるかぁとクレタは笑いながら廊下を歩いていった。