機械人は技術屋の夢を見るか?   作:nifrec.

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5話もないかも……と言いつつ5話まで来ました。
多分次で終わると思います。


「私はね、私なりに君を愛しているんだよ」

 

「それじゃあダーリン、電圧テストをするからフロントパネルを外していくよ」

「ああ……よろしく頼むぜハニー……」

 

 わくわくと楽しそうな様子のグレース。

 げんなりとした様子のビリー。

 二人は定期検査の為にグレースの部屋で向かい合って座っていた。

 

 

 ――少し前に提案されたグレースの突拍子もないアイデア、『恋人のように接する』はあれから今日までしばらく続いている。

 そして毎朝のように、グレースからは『おはようダーリン』の挨拶と共にビリーの具合を訊ねる質問がメールで送られてくる。

 昼になれば『君に合うとびきりのパーツを探しているところなんだ』と商品画像や説明文が送られてきて。

 夜になればビリーの機体ひいてはロストテクノロジーについての考察文(研究進捗)が添付されたメールが届き、文末には『愛してるよダーリン』の文字。

 

 恋人になるなんて言っていない、とはっきり言っていたビリーも今や押し負けて彼女のことを「ハニー」と呼んでいる始末である。

 

 

(……圧が強い女は俺の周りにゃたくさんいるけどよぉ、こいつのはそれとはまたちげーんだよなぁ。もしかして俺様って、弱い男なのかしら)

 

 ほろり、と涙のエフェクトが表出される。しかし彼のそんな様子はグレースの目には映っていない。彼女の視界いっぱいには電圧計とコード、そしてビリーの内部構造。

 

「うん、うん、今日はどこも悪いところはなさそうだ。試してみたいと思っていたパーツもあったんだけれど、また別の日にした方がいいかもしれないな」

「そりゃよかったぜ。今日は早く帰れるってこった」

「ええ? すぐに帰ってしまうのかい?」

 

 きょとんとしたグレースの表情。ビリーはぐっと一瞬言葉を詰まらせながらもそっぽを向く。

 

「そりゃなんでもねーのにここにいる意味なんてねーだろ」

「そんなこと言わずにさ、せっかくだから私の研究に付き合っておくれよ」

「………」

「ねっ?」

 

 にこりと笑うグレース。それを見てビリーは肩を落とした。

 

「はいはいどうせ俺には拒否権なんてねーのわかってるよ」

「やっぱり君は優しいね! よーし、それじゃあそこのベッドに体を横たえて!」

 

 

 ビリーがベッドに仰向けに寝ると工具を持ったグレースの手が伸びてくる。

 今日は下半身についての研究らしい。

 ビリーはズボンを下ろされ、次々と外されて行く部品たちをちらりと見たが、すぐに興味を無くして天井を見つめた。

 グレースへの信頼度はすでに十分蓄積されている。こうやって体を預けても悪いようにされないことはわかっているのだ。だからビリーはいっそのこと感覚機能をすべてオフにして“入眠体勢”に入ってもいいとすら思っていた。

 

 だがふいに、興味が頭をもたげた。

 

 

「なあ」

「ん?」

 

 ビリーが声をかけるが、グレースはビリーのフェイスパーツへは顔を向けない。忙しなく動く手も止めようとはしなかった。

 

「あんたは俺のことを恋人のように思ってんだろ?」

「え? そうだとも。ああ、もしかして恋人感が足りなかったかい? 毎日メールを送っているし、君への好意も伝わるように研究進捗も送ってきたが、まだ他にしなければいけないことが……? パーツのプレゼントはもっと機体との相性をよく考えたいしなぁ」

「いやーそうじゃなくってよぉ」

 

 ビリーは大腿部に触れるグレースの手の感触を感じ取りながら言った。

 

「付けてみたいとか思わねーのかなって」

「ん? 付けるって何をだい?」

「いやーほら、そのよう……“男性器”を模したやつっつーか……」

 

 そこまで言って、ようやくグレースはビリーのフェイスパーツへと顔を向けた。

 

 ――ビリーは機械人だが、もちろん人間の構造についてもよく知っている。

 知識として。

 いや、幾度か実際に生体を見たこともあるのだ。

 

 郊外にいた頃、シャワーを浴びた後のライトや他の男性と出くわして話すこともあった。彼らはビリーが男性型機体である為か、特段体を見られるのを気にする様子もなかった。そしてビリーも彼ら人間男性に備わっている男性器を見て特に思うこともなかった。いや、思うことはあった。

 

(なんか邪魔そうだな……?)

 

 思ったのはそれくらいだ。

 生殖について知識を得ても興味も無い彼にとっては羨ましさという感情に直結することなどなく。今に至るわけだが――

 

 

 そして目の前の人間の女性――グレースは首を傾げた。

 

「ええ? ディルドを君に? なんでまたそんな不必要なものを。あっ、内部構造を自動回転式銃にでもするのかい!? それなら早速設計図を――」

「いやいやいやそんな物騒なもんじゃねぇよ! いやぶっ放すって意味ではあってんのかぁ? って違う違う! そうじゃなくてよぉ……あんたにはそーゆーもんが必要なのかなって」

「ディルドが?」

 

 

 ――正直なところ、ビリーは未だグレースを恋人として見ているわけではなかった。

 ダーリンと呼ばれ、ハニーと呼び返すものの、それはただのごっこ遊びであり本心から「愛している」などと思っているわけではなく。

 モニカ様へ向けるのと同じ情熱を彼女に向けているわけでもなかった。

 

 ただ本当に興味で訊いただけだ。

 

 人間という生き物は恋人を作る理由として帰着するのはつまるところ「生殖の為である」と、一般論としてビリーの中で定着していたからだ。

 

 

「……いいかいビリー、君は火力制圧用高知能戦術素体だ。性的な使用を想定するラブドールじゃない。そんなものいらないよ」

「でもよぉ……あんたは人間だろ? だから、恋人っつーのとはそーゆー関わりが必要なんじゃねーのかなと思って」

「ははっ、お気遣いどうもありがとう。でもね、そもそも私はあまり性的欲求というのがないんだ」

 

 グレースの言葉にビリーは黙り込む。

 すぐさま理解に辿り着かなかったからだ。

 

「……大体、そんなものに時間を使っていたら研究が遅れてしまうだろう? 生物の三大欲求すら私の優先順位の上位には入っていないんだよ」

「それで大丈夫なのか? あんたは生身の人間だろ」

「大丈夫さ。それに、子孫を残すっていう意味では、もう私は十分に子を成してる」

「??」

「私の子どもはね、知能機械たちであり……研究論文だ。それらは必ず私が死んだあとも進化を遂げ、繁栄していくはずだ。だからいいんだよ」

 

 グレースはビリーと会話をしながら、何かを書き止め、タブレットを操作している。

 研究の手は、止めない。

 

 静かに彼女の表情を伺い、ビリーはまた天井を見上げた。

 

「………よくわかんねーや」

「ははっ、そうかい」

 

 そうしてまたカチャカチャと金属がぶつかる音が響く。

 ビリーはグレースの手先を下腹部に感じながら、目を閉じた。

 

 

 

 ***

 

 ビリーが体を起こしたのは、夕方近くなってからだった。

 ここへ来てからすでに四時間近く経っている。

 ベッドに腰をかけ、脱がされていたズボンに足を通す。

 慣れてしまったせいで恥ずかしさなどは微塵もない。

 

「後で見返す為に動画も撮らせてもらったよ。もっとよく確認したかったんだけど……あまり長居させると悪いみたいだしね」

「お気遣いどーも」

 

 確かに今夜は邪兎屋の仕事が入っているのだ。事前に伝えていたわけではなかったのだが、もしかするとニコから言われていたのかもしれない。

 

「そんじゃ、俺は行くぜ。次はまた――」

「あー……ビリー、その……もう少しだけ私に付き合ってくれるかい?」

「んん?」

 

 立ち上がろうとしたビリーは、不思議そうにグレースを見てベッドに腰を下ろす。

 グレースは工具を全て片付けると咳払いを一つしてしばらく視線をあっちへこっちへと泳がせていた。

 

「……なんだぁ?」

「ああいや、その……君に言われて少し考えたんだよ」

「俺に言われて? 何のことだ?」

 

 ビリーが訝し気にグレースを見つめれば、グレースはもう一度咳払いをして今度はビリーに向き直った。

 

「さっきも言ったように君に男性器は必要ないよ。生殖も私には全く必要ない」

「……うん?」

「でもその、ひとつ、してみたいことがあるんだ」

「してみたいこと?」

 

 ビリーを真上から照らしていた明かりが、陰る。

 グレースが座るビリーの脚の間に立ち、彼の両肩に手をかけていた。

 

「……君を、抱きしめたいんだ」

 

 ほんのすこし赤らんだ頬。

 唇の隙間から漏れる熱い息。

 悩まし気に下がった眉と潤む瞳。

 

「………………………前もこんなことなかったか?」

 

 ビリーは以前グレースに抱きしめられたことを思い出していた。

 あの時は「君を抱きしめたら、子どもたちのことを思い出して心が落ち着く気がするんだ」と言われて仕方なしに承諾したわけだったが――。

 

「あはは、そういえばそんなこともあったねぇ」

「また子どもを思い出したくて―ってか? あれ、でもそういや戻ってきたとか言ってたよなぁ」

「ああ、うんそうだとも。だから今回はそうじゃなくて……ちゃんと君を感じたいんだ」

「……?」

 

 首を傾げるビリー。

 しかし、

 見上げた先にあるグレースの表情が、

 少し恥ずかし気に顔を赤らめていて、

 ビリーはしばしの間ぼんやりと見つめた。

 

「……別に、いいけどよぉ」

 

 ビリーが答えるとグレースはぱぁっと顔色を明るくさせ、そしてぎゅっとビリーの胸板に抱き着いた。

 

「おわっ」

 

 ビリーの胸に耳を当て、安心したように深く呼吸をするグレース。

 そして力が抜けていくかのように抱きついたままビリーの脚の間に座り込んだ。

 

「……君の音はいつも安定していて、安らぐんだ」

「安らぐ?」

「ずっとこのままでいてほしい。私はそう思ってるよ」

「………」

「だから、君がこのまま居続けることができるように、私は、君をもっと知り尽くしたい」

「……ふーん」

「私はね、私なりに君を愛しているんだよ。ビリー……」

「………」

 

 

 

 ――少しして、グレースの規則的な呼吸音が聞こえた。

 寝息を立てているのだ。

 

(まーた寝たのか)

 

 呆れてため息を吐くビリーだったが、彼女の目の下にできたクマに気づきそれをひと撫ですると今度は彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「俺にこんなふうにくっついて寝る人間がいるなんてよぉ、前までは思いもしなかったんだよなぁ」

 

 指の腹でグレースの頬に触れる。

 硬い自分の機体と、

 柔らかい彼女の身体。

 

 構造体と生命体。

 

 明らかなる違いを再度確認しビリーは吸気をしばし止め、排気した。

 

 

「……俺もあんたに触られるのは案外嫌いじゃないぜ、グレース」

 

 

 そう声に出して、

(柄にもないことを言ったかな)

 と少し恥ずかしくなってビリーは自分の頭を掻く素振りをした。

 

 

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