ぬいぬい不知火?   作:KIKI的状況

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3話 高み

 焦げた臭いが鼻をつく。

 右腕が主張する鈍痛を堪えるように歯を食いしばり、両脚を/身体を前へと進ませる。

 判定/小破。奇跡的な中破一歩手前。 両脚は脛まで海中に。

 右腕+右脚の装備は全て沈黙。意志に反して機能しない/使えない。

 虚空を見上げーー舌打ち/己に向けて。

 

 ひとえに油断。

 月月火水木金金の訓練の成果=一つの魚雷も/砲弾も当たることなく敵へと接近を可能とし、

「沈め」

 至近距離で発射した砲撃/魚雷は全弾命中。黒煙を吐き出し海中に沈み始めた敵に継戦能力がないと判断し、戦域を速やかに離脱すべく取舵回頭。

 ーーその瞬間を狙われた。

 

 大破判定が出ているはずの敵からの砲撃ーーそんな理由/言い訳が心の中に浮かび、思わず自己嫌悪/眉間に皺が刻まれる。

 

 

「大丈夫?」ふいに声。

 視界端/紺のグローブに肩を叩かれ振り向けば、共に鎮守府を発った時雨が側にいる。

 制服を乱すことなく/汗もなく/傷もなく。

 苦もなく敵を沈めた時雨の実力に更なる自己嫌悪/否が応でも知らされる経験と実力差。

「不覚をとりました」

「次からは、気をつけないとね」

 失敗は誰にでも起き得るもので、責めることなく時雨は前を向き……数拍。

 

 

 振り返る。

「一度戻るかい?」

 僅かに生じる速力差。

「まだやれます」

「本当に?」

 色の消えた声が凛と響く。

 いつもの笑顔は変わらず/嘘は許さないと暗に告げる時雨の声音に/言い知れぬ凄みに不知火は俯いた。

 無茶な行為であることは自覚済み。

 現在発揮可能な速力は戦闘速力には届かない。

 必然的に近接しての至近弾も狙えず、回避能力も低下中。

「この海域なら轟沈なんてことも、させるつもりもないけど……」

「だからこそ、この海域で続ける必要があると考えます。いつも万全な状態で戦うことができるとは限りませんから」

「……絶対はないんだよ?」

「右の連装砲は沈黙していますが、魚雷発射管は生きています。雷撃で相手の体力を削っていけば」

 自身の現状把握ーー継戦可能。回避力の低下といえど駆逐艦。鈍重になったというわけではない。

 それに今の身体は艦娘/人型だ。

 全方位から狙われようが、船体であった昔よりも被弾する面積は遥かに減っている。

「雷撃訓練は、霞にこの一週間で叩き込まれました」

「本当に無茶するね」

 向けられた嘆息に、

「不知火は、少しでも早く強くならなくてはなりません」

 不知火は答えを返す。

 故に時雨は問い返す。

「それは、何のためかな」淡々と。

「司令のためです」冷然と。

 背を伸ばし、瞳が映す目標は遙か先。

 艤装から登る煙を/赤く腫れ、血の滲む腕を気にすることもなく、

「約束しました。司令の誇りとなる水雷戦隊を作るのだと。司令の夢が壊れることのない強い、守れる水雷戦隊を作るのだと」

 言い切ってーー今の姿と大見得を切ったことへの羞恥に染まった耳をそのままに、更なる言葉が紡がれる。

「それに、仲間が助けを求める時に助けることができないというのは、きっと辛くて悔しいことだと思いますから」

 熱く、蒼い炎のように揺るがない瞳/同意を求める眼差しで見つめられ、

「参ったなあ。そんなこと言われたら僕は反対できないよ」

 時雨は折れるーー脳裏を駆け抜けた記憶の破片。

 

 右手のグローブをきつくはめ直し、時雨は大きく息を吸って吐き出した。

「約束してね。これからこの海域を突破するまでの間、僕の言うことはちゃんと聞くこと」

「当然です」

「何か異変を感じたら僕の状況を気にすることなく速やかに報告すること」

「心得ました」

 

「それじゃあ、行こうか」

 伸ばした左手/握られた右手。

「キミは絶対に沈めさせないよ」

 時雨は加速する。

 

 

 

 

 1730

 ーー大浴場。

「いいお湯だね~」時雨/浴槽の縁に頬杖をつく/脱力した表情で/そのまま眠ってしまいそうに。

「癒されます」不知火/浴槽の壁に背中を預ける/力の抜けた惚けた声で/そのまま沈んでいきそうに。

 

 戦闘から無事に帰還を果たした2人は、戦闘で傷ついた肌を湯に浸す。

 熱すぎず、温すぎない癒やしの中に包まれて十数分。

 幼さからは脱却し、されど女には成りきらないつつましさを備えた身体から疲労が染み出していき、時雨と不知火は、ほう、と息をつく。

 艤装を備えていたことを思わせない、筋肉の薄い白い撫で肩に湯を掛けながら、時雨は微笑んだ。

「けど、無事に任務達成できて良かったよ」

「改二の実力、お見逸れしました」

「ありがとう。けど……さすが、不知火だね。あの後は被弾無しでやり遂げちゃうし」

「適切な援護と今までの霞の指導のお陰です」

「それでもだよ」

「ありがとうございます」

 思い返される1週間の熱い日々。

 先に進む艦娘にずれなく追従する蛇行運動ーー角度が1度でもずれたら罵倒の嵐。

 陣形を速やかに形成するための占位運動ーー予定タイムに届かなければ延々とやり直し。

  攻撃から回避するための繰艦訓練ーー号令からの反応が数瞬遅れるだけでペイント弾に染められてetc.。

 息抜きと称して雷撃訓練が行われた結果、陸に上がる時=食事と眠る時だった。

 砲撃についての指導は少なく、問いかければ、「避けて避けて近づいたら外しようがないでしょ」霞/事も無げに呟いてーー。

 次の日の訓練は、榛名と北上、瑞鳳が織り成す砲撃と雷撃、爆撃の乱舞を回避しながらの3人への背中タッチを実行させられた。併せて霞からは言葉の暴力が行われ、体力だけでなく気力も削られる。そして心が折れそうになるたびに、霞は不知火の負けん気を刺激し発奮させてーー。

 

 

 口まで湯の中に沈み始めた不知火に、思い出したかのように時雨は呟いた。

「……提督にはあとで、ちゃんと謝りに行かないとね」

 伸ばしていた脚を引き寄せ/抱きしめーー体育座りのような姿勢になりながら、不知火は首肯。思い出してしまう数十分前のワンシーン。

 任務達成を誉めはしたが、その直後「心配かけてくれるな」絞り出された言葉を/きつく抱きしめられた痛みを不知火は忘れていない。

「どうしようもなくて諦めないといけない時もあるけど……それでも提督は、僕達をただの駒のようには扱わないんだ。最後の最後まで諦めない」

「……不知火達の方が自分自身を駒としてしか考えていなかったのかもしれません」

「昔と違って、艦娘となった僕達は被弾しても僕達以外は誰も傷つかないし、死ぬこともない。だから無茶しちゃうのかな」

 被弾するたびに、自分以外の誰かの肉片が飛び散り、船体(からだ)を赤黒く染め上げることは、もう有り得ない。

 血と一緒に吐き出された苦痛にのたうち回る絶叫を/死を間際に感じ、泣き叫ばれた母親、恋人の名を聞くことはない。

 心の片隅で感じていた安堵ーー何が起ころうと、沈むのは自分一人だけ。

 

「それに、クソったれな事のせいで無茶な作戦につき合わされて死なずにすむわ」

 しんみりとした空気を突き破るような一声/霞が浴場に足を踏み入れる。

 自然と姿勢を正した不知火を見つめ、

「不知火、任務はどうだった?」

「時雨のおかげで無事に任務達成できました」

「そう」

 シャンプーで濡らした髪の毛を泡立てながら、「けど、被弾したわね」端的に指摘する。

「油断しました」

「そうじゃないったら」

 殊勝な態度に語気を緩めることなく、

「なんで被弾したのか聞いてるの。油断しましたなんて子どもみたいな理由をいうなんて馬鹿じゃないの? そもそも、最後の最後まで油断しないようにって言ったでしょ」

 一喝。

 ボディーソープの一部が壁面に飛んでいく。

「考えなきゃいけないのは油断した理由。そこ、勘違いしないでよね。油断しました。次は善処します。お仕舞いーーなんて、バカみたいにふんぞり返った無能になっちゃ駄目なんたから」

「わかりました!」

 反発されることなく受け入れられたことに満足したのか、霞は泡立つスポンジを腕の上に滑らせた。

 

「お風呂出たら、ちゃんと今日の反省会をすること」

「はい」

「時雨はその報告、ちゃんと教えてよね」

「もちろん。場所は部屋でいい?」

「提督の執務室」

「了解」

 短くやりとりを終わらせ/泡をシャワーで流し落とし、霞は出口へ歩を向ける。

「じゃあ」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 最後に2人を一瞥し、霞は浴場を後にする。

 

 時間は10分と掛からず、交わされた言葉の内容は任務のみ。

「不知火は怒らせてしまったのでしょうか」不知火/不安げにお湯を見つめ。

「僕も言葉が足りなかったかな」時雨/上手く言葉が見つからず、同じように目を落とす。

 任務達成を喜ぶでもなく、まだまだだと言いたげな仏頂面を表情に浮かべられ、共に湯船に浸かることなく足早に。

 声をかける暇もなく、見送ることしかできなかった2人よりも小さな背中/2人よりも多くのものを背負ってみせる小さな白い肩。

「精進しないといけません」

「もっと努力しないと……だね」

 どこまでの高みにいけば、霞が認めてくれるのか。

 答えはわからずとも、更なる演練を決意する2人であった。

 

 

 執務室。

「クソ司令官もさっさと風呂に入ってきたらどう? 身だしなみも残念な人間になる前に」

 開けた扉と同時の開口一番/遠慮なく滲ませた不機嫌さ。

 そんな霞を出迎えたのは、

「どしたのー暗い顔して」

 いつもと変わらぬ/おどけたように。

 お下げにまとめた黒髪をヒョコヒョコと揺らしながら/ひらひらと手を振って。

「なんかあったー?」

 提督の上着を羽織い、制帽を頭に乗せた北上がそこにいた。

 自然と細くなる双眸をそのままに、

「なんで北上がいるのよ。あのクズは?」

「アタシは提督成分を補充しにきただけなんだけど、提督は仕事の区切りがついたみたいでお風呂行ったよー」

 仕事机につく霞をニヤニヤと眺め、感慨深げに視線は天井へ。

「ちゃんと、身だしなみも整えないとなって。お風呂入って、アイロンもすると思うからしばらく帰ってこないよ」

「クソ司令官の居場所、教えてくれてありがとう」

 訓練計画の書類に手を伸ばし、

「仕事中よ。暇なら訓練でもしてきたら?」

「さっき終わって艤装は整備中」

「早く寝たら」

「寝る前の提督成分補充がまだ終わってないから眠れない」

 提督の椅子にどっしりと片足を交差し座る北上は、煩わしいと告げる霞の瞳を楽しそうに見つめ、言葉を返す。

 

 一拍。

 

 溜まったストレスを吐き出すように大きなため息を。

 居心地良さげに椅子へと沈む北上から関心を逸らし、霞は備え付けの雑用紙に手を伸ばす。

 ペンを走らせ、思考。走らせ、思い出す。

 時間にして数分間。

 箇条書きされたその紙を、霞は無造作にポケットにねじ込んだ。

「また何か考えてる?」北上/見逃すこともなく。

「考えることができる頭があるんだから当然でしょ」霞/まともに取り合わず。

 風呂のために中断していた秘書艦の仕事を再開させる。

「つれないなー」

 提督の制帽を指で回転させながら、

「まあ、ぬいぬい絡みなのはわかるけど」

 沈黙。

 動きを数瞬止めた霞に苦笑する。

「やっぱり図星かー。どうせ、気の抜けた2人にお説教するためにお風呂に行ったんでしょ? 2人の出迎えにはいなかったし」

 黙りを決め込む霞に北上は嘆息。

 からかうのではなく、心配そうに。

「そんなに怒っちゃだめだよ霞っち」

「あんなの怒ったに入らない」

「違うよ」

「なにが?」

 首を横に振る北上に思わず仕事の手が止まる。

「何よ、はっきり言いなさいよ」

 立ち上がっていた/倒れた椅子は気にしない。

 怒鳴っていた/外に聞こえていようが気にしない。

 

 それでも北上は、口調を/声音を変えることなく静かに言った。

「自分に怒りすぎ」

 呆れたように/心配そうに/不安そうに/不満そうに。

 呆ける霞へ困ったように北上は告げていた。

「霞っちがここに入ってきた時、凄い顔だったんだから」

 両手で瞳を吊り上げて、口は『への字』へ移行してみせる。

「どうせ、今までの指導で足りなかったこととか考えちゃってたんでしょ」

「さあね」

 仕事を再開させる霞に、それでも北上の言葉は終わらない。

「あの時も今も、たくさん海戦を経験してきた霞っちだから、その経験で何か言えたことがあったんじゃないかなって」 沈黙の答えを受け取ると、北上は視線を落とす/ついさっきまで回していた制帽へ。

「一生懸命考えてくれる霞っちだから、提督はどれだけ罵られるか分かっていても霞っちにぬいぬいを頼んだんだと思うよ」

「本当に、いい迷惑よ。本当にクソ司令官はサイテーな人間よ」

 書類に滲むインクをそのままに、言葉を吐き捨てる/壊れた万年筆をゴミ箱に投げ捨てる。

「そう言われながらも信頼できるってのは……信頼してもらえるのは、艦娘としては、羨ましいけどね」

 北上の知らない2人の関係。

 わかるのは、鎮守府が開かれる前からの知り合いであったという点+何時も提督が罵倒されているという点の2つのみ。

 過去の話を提督も霞も話すことはなく、鎮守府にいるそのことを知る鳳翔も口を開かない。

 不意に漏れ出そうになった「聞いておけば良かった」数ヶ月前の後悔を口の中で転がして、変わりに口から息を吐く。 椅子を回す/背後にあった提督の自室の部屋へと向けて/提督以外の姿が通ることを見なくなったその扉を瞳に映す。

「ちょっとぉ! まだ帰らないの?」

「提督成分の補充待ち」

「あっそ」

 答えがもらえないことが分かっていながらも、北上は提督を待ち続けるのであった。

 

 




 ご精読ありがとうございました。
 とりあえず、起承転結の起はこんな感じで、軍事絡みのネタとか小話を挟みながら承へ突入する予定です。

 目指せケッコンカッコカリ!
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