2000
執務室。
「てーとくさん、てーとくさん」夕立/蝶番を歪ませながら扉を開け放ち、マフラーをたなびかせる元気っ娘。
「今回の任務、夕立頑張ったぽいー」両手を塞ぐバケツと共に回転しながらの前進は数メートル。
器用に机の前で直立すると、任務報告書+バケツを差し出した。
ボス戦ランクS=新たな海域開放の証明書。
「偉いぞ、夕立」
「でしょでしょー」
頭を撫でられながら、期待に満ちた視線/尻尾があれば千切れんばかりに振れていそうな夕立に提督は頷いた。
「白露型4番艦夕立、職務精励に勤めた君に、明日の任務をキャンセルし、外出を含めた丸1日の休息を許す。また、今日と明日の巡検後にアイス自由とする。なおこれは、君と任務を従事した他の5人も同様である」
「はい」
「では、かかれ!」敬礼。
「かかります」敬礼。
風を切る回れ右。そして、スキップしながら夕立は執務室を飛び出すのであった。
夕立/通り雨のような数分間。
「どうした、ぬいぬい?」
「いえ、不知火は何も……」
言葉とは裏腹に、夕立の消えた方向から目を離さない。
思わず頭を撫でる/はたかれる。
「何か?」
「仕事に集中するぞ」
「わかっています」
発する言葉は明瞭にーーされど瞳は未練に染まる。
嘆息。
思い当たっていた。本人が望んだとはいえ、今なお続く霞の訓練と連続する任務で生まれた多数の残業=連日、まともな休憩の時間を与えられていない。
わずかな休息時間も性格上、提督が仕事を続けていれば執務室からは離れない。
つまるところ、一休み=アイスを食べに行く余裕もない。
虫歯とお腹を壊さないようにと決められた鎮守府ルール/アイスは一人一つまで。
生真面目さが災いして誰かに頼むことをはばかってしまったのかーー。
提督/時計を一瞥。
「ぬいぬい」
「なにか?」
「疲れた時は甘いものが食べたくなると思わないか?」
瞬間、不知火と視線がぶつかった。
否ーー言い終わる前に視線がぶつかっていた。
咳払いを一つ。
なんでもない風を装いながら/書類に目を向けながら「同意します」断言。うずうずと。
「お茶請けのどら焼きは常備しているが……」
「太りますよ」
「……最近は暑いから冷たいものが恋しいよな」
「同意します」断言。そわそわと。
「となると……あ「はい!」んみつがいいのかな」
「……それはどうでしょうか」
浮かび上がった腰をそのままに、それらしい動作/書類を整理する。
自分の気持ちを言い出せず。されど、蒼い瞳が口ほどに語っていることに気付かない。
相反する真面目さ/不器用さと駆逐艦共通の子どもらしさ。
「提督、そのにやけた口もとはどういう理由からでしょうか」
「心あたりは?」
即答。「ありません」
努めて冷静に振る舞おうとする不知火に、どうしても湧いてしまう嗜虐心。 繰り返したくなる己の気持ちを尊重し、不知火の頭に手を伸ばしーー不意に視界が白くなる。
そして響いたあきれ声。
「いい加減、報告してもいいかしら? クズ司令官」
片手に握った懐中電灯で提督を照らし、頬を膨らませたひとりの少女/霞。
「すまん、すまん」
「そんな調子だからいつも夜中まで起きているんでしょ」
視線が訴える先/終わっていない書類の束。
嘆息。
目の前の男が部隊の長であろうが関係なく、気をつけの姿勢から腕を組む。
「ともかく、私はクソ司令官と違って暇じゃないし、報告するわ。巡検終わり。各居住区、工廠、艤装庫共に異常なし」
「了解」
「気安く触らないでったら!」
ご苦労さんと肩を叩かれ、フンと鼻をならすと霞は不知火を指差した。
「ほら、私の忠告に従うならさっさと仕事しなさいよ。どうせ不知火だって休めてないんじゃない?」
「おっしゃる通りで……」
「わかったらさっさと仕事しなさいよ、クズ」
提督でも人でもない/畜生を見るような視線。
一拍。
されど、提督は立ち上がる/仕事の放棄を決定する。
「よし、アイスを食べに行こう」
「人じゃないから言葉がわからないのかしら」
「アイスを食べたら本気だす」
瞬間、霞は提督の脇へと移動する。
「最近、弛んでるんじゃないの。クソ司令官のお腹につられて」
突き刺す右手はわき腹へ/響く鈍い音+うめき声。
「やっぱり」
「普通、摘まんで確認しないか」
「そこまで考えてあげる必要なんてあると思う?」
醒めた視線。突き刺した右手をスカートで擦り、ハンカチで拭う。
「本人の目の前でやるなよ。心が折れる」
「だったら、その不健康そうな身体をどうにかすることね。穢らわしい」
筋肉はあれど、その上に落ち着く脂肪の塊を指摘し、小馬鹿にしたかのように鼻で笑う。
「だいたい、なんで私がアンタなんかとアイスを食べる必要があるのかしら? どんな外れ任務よ。アイスの甘さが消えちゃうわ」
「ぬいぬいがアイスを食べたそうだからつい」
「ばっかじゃないの? サボる理由を他人のせいにするなんて救いようもないわね」
痛烈に言葉を吐き捨てて、眉間の皺をそのままに、視線を不知火へ。
「で、不知火は食べたいの?」
「提督が休まれないのであれば、不知火が休むわけにはいきません」
食べたい欲求を胸の中にしまい込み、返す答えは職務への忠実さ。
「ほんっと、不知火って真面目ね」
「まだまだ不知火は未熟ですので」
「そうね。休むのは、やることやってからじゃないと」
満足げに頷いて、一睨み。
外へと視線を逃がす提督に霞は釘を刺す。
「あたしの目をちゃんと見る!」
「はい」
「不知火のためにちゃんと仕事終わらせなさいよ! ほんと、だらしないったら」
続いた小言は数分間。
それ以上は時間の無駄と判断し、霞は靴音を響かせ執務室を後にする。
足音が遠ざかってからプラス5分。
日誌を埋める不知火に提督は声を掛けていた。
「ぬいぬい一人くらいなら休んでも問題ないぞ」
「お気持ちは嬉しいですが、必要ありません」
「適度な休息は必要だ」
首を横に振れども休ませようとする提督に、己の心が温まるのを感じながらも答えは一つ。
「アイスは食べたいですが……いつでも食べられます。提督は集中してください。その書類の軍令部への発信期限、後30分ですよ」
「10分あれば終わるさ」
「その書類を読み返して、もしもの時は修正する時間が必要です」
作成者と同一人物が読み返したところで誤字脱字、言葉遣いの矛盾の全てを見抜ける訳もなく、もう一人/不知火の手助け無しでは行えない。
「すまん」
「不知火も提督にもご迷惑をかけてしまいましたから」
連日の訓練時間/秘書艦としてやるべき仕事の時間を圧迫することは当然の結果だった。
いつの間にか埋められた/記載済みとなった各書類。
パソコン内で作られていた訓練作業予定の計画書。
時には日付をまたぎそうになっていた仕事の一部がこっそり片づけられていたことに気づかない不知火ではない。
「ですが提督、まだ不知火はあきらめていません」
時計が告げるーーアイスをもらうことのできる時間が終わるまで、残りおよそ15分。
互いに全力を出せば終わることのできるかもしれない時間。
「そうだな」
決断/即断。執務室からキーボード以外の音が消え去った。
お読み頂きありがとうございます。
ふと思いついて書いたのでオチが……
出来っ娘不知火というよりも見習い不知火みたいな感じで書いてます。