のんびり木霊の異世界転生記 作:でぇだらぼっち
(――――聞こえるか?小さき者たちよ)
心に直接響くような声。
(おい、聞こえているのだろう?何か返事をしないか!)
(うっさい、ハゲ!)
実際小さくとも、その中身は決して小さい訳ではなかった手前我慢ならない。
心の中で反発するように怒鳴り返す。
すると、反応が返ってきた。
(ほ、ほほう?我の事をハゲ呼ばわりとは、ずいぶんな物言いではないか。いい度胸だな!!久方ぶりの客人であると下手に出れば、どうやら死にたいらしいな!?)
(ひぇ!す、すすすすんません!返事の仕方も分からなくて、適当に思ったことを試しただけなんです!いや、本当にスンマセン!そ、それに、自分目も耳も鼻も利かないんで、貴方の姿も分からないんです……!)
思ったよりも強い怒声に、瞬間的に掌返し。ビビりチキンと揶揄されたとしても、生き残る方が先決だ。つい先ほどひっ叩かれるだけでも15%の身体欠損があった。スライムボディは貧弱なのだ。
びくびくとしながら彼が様子を窺っていれば、先程怒声を上げた声が再び聞こえてきた。
(ふふふ……ふははははははは!!!実に面白い!)
呵々大笑。嘲笑などではなく、マジの大笑い。
(成程、成程。我の姿が見えていないのか。スライム種は、思考を持たず本能のみで存在し固有のテリトリーから出てくるモノでもないのだがな。貴様はスライムではないのか?)
(え、ええっと、自分でも何も分からない状況で……何分、生まれて九十日程の生まれたてですから……)
(ふむ……我の魔素溜まりが原因か?……まあ、良い。それはそうと、そちらの精霊は何故反応しない?)
精霊。その声の言葉に、彼は反応する。
先程手痛い一撃を貰い、自身のスキルによって眠りについている存在。
(おい……おい!何故無視をする!)
声が強く問いかける。しかし、言葉は返ってこない。
代わりに、
(ぬぉおおおお!?何故、木の根が襲ってくるのだ!?)
声の主へと先程、スライムを襲った木の根の鞭が複数動いたらしい。
もっとも、彼の様に痛打を与えるほどの威力は無い。いや、正確には鞭を向けられる対象がこの程度では痛痒を覚えない存在であるという方が正しい。
暫くビュンビュンと振るわれる木の根の鞭。
それが唐突に、ピタリとその動きを止めた。同時に、声が響く。
(ふぁぁ……よく寝た)
幼い声だ。
スライムは、この声の主が何者か分かった。まあ、この場には三者しか居ないのだから分かって当然なのだが。
三つ目の声の主は、何かに気付いたのかさらに続ける。
(んんん?大きいねぇ、君。漫画とかに出てくる、ドラゴンみたい)
(ドラゴン!?)
(ほう、この我を見て恐れぬのか。この暴風竜ヴェルドラを前にして、その胆力は褒めてやっても良いぞ)
(んん?声が聞こえる。君かい?ドラゴン君)
(ドラゴン君ではない!ヴェルドラだ!貴様、精霊の類であろう?随分と奇妙だな。下級精霊には、意思など無い筈だが。随分と個性的だな)
(んー……僕は、その他の精霊ってのを知らないからねぇ)
のんびりとした口調で、幼い声は語る。
この状況で疎外感を覚えるのは、スライムの彼だ。
現状、彼に五感は無い。ヴェルドラと名乗った存在に便乗するようにして念話の類は出来るようになったが、一人世界から切り離されたような状況には何ら変わりない。
(……大賢者。外を見るようにできる方法って無い?)
《解。魔力感知のスキルを獲得すれば可能となります》
(あるの!?じゃあじゃあ、そのスキルの取り方は!?)
《解。世界の魔素を感じ取り、光や音によって起きる波の流れを予測演算する事により可能となります》
(せ、世界の魔素……)
唖然とする彼だが、実の所下地は既にある。
本来、スライムは吸収、分裂、再生を行うだけの低位モンスターだ。そこらの冒険者ならば足蹴に出来る下級存在。
そんな弱い魔物が自らのテリトリー内とはいえ、生存し続ける事が可能なのは魔素による影響が大きい。
つまり、食物摂取を必要としない代わりに空気中の魔素を身体に取り込む事によって肉体を維持しているという事。
この無意識の本能を、意識的に行使する。そこに更に、スキルのサポートを重ねる。
《告。エクストラスキル『魔力感知』を獲得………………成功しました》
《エクストラスキル『魔力感知』を使用しますか?YES/NO》
(もちろん、YES!)
スキルが起動し、同時に彼の持つスキルも合わさり同時稼働。
これによって、彼の世界は大きく広がる。
薄暗い洞窟。遠くに響く、水の音。
そして、見えた二つの存在。
一つは、巨体。黒く深く、堅牢で強靭で滑らかさを感じさせる自分邪竜です、と全身で主張する巨大な存在。
もう一つは、樹木が複雑に絡み合ってボーリングの球程の大きさの球体が頭に見える小学生ほどの樹木の塊のような何か。
(デッッッカ!)
(む?魔力感知が可能となったか?ふっふっふ、その畏怖こそ当然というものよ。貴様の事だぞ、精霊。何で我を見て驚かない)
(えー……?うーん……凄いね、ドラゴン君。恐ろしすぎて、樹液ちびっちゃうかも)
(棒読みではないかっ!!あと、我はヴェルドラだ!!)
(ごめんね、ヴェルドラ君)
(軽いわ!!)
気が抜ける。見ただけでも覚える畏怖など、どこかに飛んで行ってしまう。ただこれは、威厳が無いというよりも精霊の態度が問題だろう。
(でもねぇ。動物園の猛獣が怖くないように、君だって僕に何かできるモノじゃないでしょ?)
(ぐぬぅ……!封印さえなければ、我の力を存分に分からせてやれるというのに……!)
(……動物園?)
スライムが聞き咎めたのは、精霊の言葉。
(な、なあ!そっちの精霊!)
(んー?なぁに、スライム君)
(今、動物園って言ったよな。もしかして、お前って元々日本人だったりしないか?)
(うん、そうだよ。そう言うスライム君もそうなの?)
(まあな。通り魔に後輩庇って刺されて、気付いたらスライムになってたんだ)
(へー。僕は、火事に巻き込まれて、かな)
(火事か……運が悪かったんだな)
(スライム君も似たり寄ったりじゃないかなぁ)
両者の間で通じる会話。似たような境遇ならば、自然と歩み寄れる。
同時に、二体の話を大人しく聞いていたヴェルドラが口を開いた。
(フム。お前たちは随分と稀な生れ方をした存在であるらしいな)
(え?稀な生れ方って?というか、前世がある事に驚かないんだな)
(転生者というものは偶に生まれてくるのでな。余程魂に深く刻まれていたのか、兎に角前世と呼ぶべき記憶を引き継いで生まれたり。ただ、お前たちの様に異世界の転生者は珍しい。況してや、人以外の種族に生まれるならば猶の事、な)
(おおー、じゃあ僕らはレアパターンって事だ)
(……先程から思っていたが、随分と緩いな精霊。普通は、もう少し狼狽えるものではないのか?)
(うーん……)
ヴェルドラに指摘され、精霊はゆらゆらと気根の一つを揺らす。
(まあ、僕は納得して死んだからねぇ……それに、この体も悪くないよ?ゆっくり眠れるからねぇ)
ふにゃふにゃとした口調のまま、精霊はそう語る。
口調は緩いが、その中身には現代社会の闇が見え隠れしている。
何となく触れずらくて、スライムの彼は話しを逸らした。
そこから、いろんな話をした。
この世界の事。種族の事。その種別に、スキルの扱い等々。一方で、二体は自身の出身である異世界の事を。
その話の終わりごろ。そろそろお暇しようとするところで、
(……行ってしまうのか?)
しょんぼりドラゴン。
当然か。凡そ三百年ほど閉じ込められており、オマケに会話をしたのは精霊とスライムが偶々近くに生成されたお陰。
粗暴な面は見られても、元々は好奇心の旺盛なタイプだ。そんな彼が、こうして暫くぶりに談笑できればそれを惜しいと思うのは当然の帰結。
(寂しがりだねぇ、ヴェルドラ君)
(バッ!だ、誰が寂しがっているか!!別に、我はそんな事思っておらんぞ!ただ、ほんのちょーっとだけ胸殻の内側がキュッとしただけだ!)
(それが寂しいって事だよ、ヴェルドラちゃん)
(ヴェルドラちゃん!?貴様、本当に食ってやろうか!?)
(寂しがりのヴェルドラちゃんに出来るかなぁ?)
(ぬぅおおおおおおおおおっ!!!『無限牢獄』さえなければ!!!)
地団駄踏むヴェルドラを揶揄う精霊。
二体のやり取りを眺めながら、スライムは腹案を一つ拵えていた。
(なあ、ヴェルドラ)
(何だ!?我は、今。この不心得者を成敗するので忙しいのだぞ!)
(うぷぷ、寂しがりのヴェルドラちゃん。恥ずかしがらなくて良いんだよ?)
(あー、こらこら。そっちの精霊もヴェルドラを揶揄うのは止めてやれよ。話も進まないし)
何となく、幼稚園の引率の先生を思い出した彼だが、一つ咳払い。
(ヴェルドラ。良ければ、俺と友達にならないか?)
(なぬっ?!この暴風竜ヴェルドラと、スライムがトモダチ!?)
(あ、えっと……嫌ならいいんだけど……)
(そ、そうは言っておらんだろう!うむ、構わんぞ!我がトモダチになってやろうではないか!)
(本当か!)
(このような事で、我も嘘は吐かん!……それで、)
チラリ、とヴェルドラの視線が精霊へと向けられる。つられる様に、スライムの視線もそちらへ。
二つの視線を向けられ、精霊の頭頂部にある五枚の葉が揺れた。
(んー、ヴェルドラちゃんは僕と友達になりたいの?)
(うぐっ!そ、そうは言っておらんだろう!?)
(そっかぁ……僕は友達になっても良いと思ったんだけどなぁ)
緩い口調で、精霊はのたまう。
ヴェルドラにしてみれば、『無限牢獄』越しとはいえこうして自分を恐れずに相手をしてくれる者など希少だった。散々口論のような事をしながらも、楽しんでいた自分が居た事を無視はできない。
(……し、仕方が無いな!貴様が、どぉしてもと言うなら成ってやろうではないか!と、友達に!)
(わぁ、それじゃあ宜しくね、ヴェルドラ)
シュルリと蔦の一本が精霊から伸びて、『無限牢獄』越しにヴェルドラに触れる。
その光景に、スライムは内心でホッと一息。思ったよりも荒れる事無くこの場が収まりそうだからだ。
(ふむ、ではお前たちに名前をやろうではないか!)
(え、急にどうしたんだ?)
(名づけというのは、魂に刻まれるものだ。我がお前たちと同じ名前、ファミリーネームを付ける事で、同格と言う事を魂に刻みつける。我が、お前たちに名前を付ければその時点でネームドモンスターを名乗れるぞ!)
(成程?)
(要は、家族みたいな扱いって事だよね。ヴェルドラが恐れられるように、僕らも同じように恐れられるって事でしょ)
(概ね、それで良い。さあ、考えてみよ)
ヴェルドラに促され、スライムの彼は頭を捻る。
(そう言われてもなぁ…………あ、暴風からとって“テンペスト”はどう?安直か?)
(ほう!良いではないか!では、我はこれよりヴェルドラ=テンペストと名乗る事にしよう!そして、お前たちの名だ。スライム!お前には、“リムル”!リムル=テンペストと名乗るが良い!それから、精霊!お前には、“ラムスラ”の名を送る!ラムスラ=テンペストと名乗るが良い!)
この日、暴風竜の加護の下、スライムと精霊の異世界生活が幕を開ける。
それはのちに、世界を巻き込む争乱を起こす事をまだ誰も知らない。