皆の意見や知識で動かせ戦国物語 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
私の名前は淡!
北条幻庵爺様の孫娘で北条一門でもある。
そんな私は今まで自由にやってきたが、小田原が包囲された時に活躍した織田家の重鎮の所に嫁ぐことになった。
その相手が家操様。
29歳で今から油が乗ってくる人で、小田原籠城時に兵糧を使って節約しながらも美味しい料理を作ってくれたと一族の子供達からも人気だった。
それでいて戦になれば小田原を飛び出て夜襲で敵の大軍を蹴散らして小田原に物資を海岸から運び入れたりする剛の者でもある。
婚姻の儀の時に初めて顔を合わせたけど凄く格好良くて、清潔な人という印象を抱いた。
白粉を付けている顔より素顔の方が綺麗と言ってくれたのも正直嬉しかった。
初夜では初めてだったからか痛みしか無かったが、優しく抱いてくれたのが印象的だった。
そこから浜松城の奥ノ院という場所での生活が始まったが、良い意味で北条とは全然違う。
まず私の部屋は12畳ほどの広さがあり、それが嫁いできた3人全員に部屋があった。
家臣の奥方だから広い部屋で過ごすのは無理だろうなぁと思っていたのに全然そんなことは無い。
部屋は襖で仕切られており、侍女達の詰める部屋まである。
で、部屋の中は基本的に自由に扱って良いと言われ、他の奥方がどうしているか聞くと、多いのは読書をすることで、町で売られている本を買ってきては暇な時に読んだり、小さな子供達と遊んだりするのが多いらしい。
本を読むのも別に良いが他には無いかと聞くと、絵を描いたり、逆に物語を自身で作って読み合いをしたり、菜園で野菜や花を育てたり……と各々好き勝手にやっているらしい。
「昼間は家操様も政務しているから、昼の間は奥方は暇なのよ。町に出るのも侍女を付ければ自由に出入りできるから淡ちゃんも町で過ごしてみれば楽しいわよ」
というのは正室の小麦様。
彼女は織田信長様の姉らしいが、腹違いで家格が低く降嫁した形らしいが、本人も望んでいた結果で、5人も子供を産んで育てている立派な奥方だ。
「私も淡ちゃんみたいに昔はお転婆だったのよ」
と言うが、凄く女性として綺麗で格好いい。
薙刀を振るう姿も美しく、弓も上手でまさに武士の妻といった感じだ。
そんな小麦様だけでなく他の奥方もそれぞれ特色がある。
「あらあら、淡ちゃんじゃない。お菓子を焼いたから食べてみます?」
霞さんはお菓子作りが上手で、調理場でよく見かける。
北条では食べたことの無かった甘いお菓子の作り方を幾つも知っているし、それらの殆どは家操様から教えてもらったと言う。
「家操様は色々な料理のレシピを残してくれるからそれを私なりに改良するのが楽しくてね。今回は南蛮で食べられているケーキと呼ばれる物の一種で乳牛や卵を使った焼き菓子よ。チーズケーキと言うらしいわ」
それはとても甘くて美味しく、口の中が幸せで包まれる味をしていた。
「最初は戸惑うことが多いかもしれないでしょうけど津田家のやり方に慣れていきましょうね」
と優しく教えてくれた。
千秋さんは絵が上手で綺麗な水墨画が部屋に飾ってある。
「絵は良いですよ。没頭しているとあっという間に時間が過ぎてしまいます! 体を適度に動かして絵を描く。するとお腹が空いてくるんですよ。食べた料理を思い出しながらまた絵を描く……その絵が町の商人が料理の見本として買い取ってくれることもあって良い小遣い稼ぎになるのですよ」
と熱弁していた。
智さんは家操様と同じ村出身の農民だったらしいのですが、今では武芸だけでなく男と混じって政務を手伝っています。
「淡ちゃんも算術覚えない? 覚えれば政務の手伝いができるわよ」
女なのに男に混じって政務の補助ができるのは格好良く見えます。
そんな先輩奥方の皆さんと部屋は違えど奥ノ院に住んでいて、日の出頃に起床します。(だいたい5時から6時)
侍女から顔を洗う為の水と手拭いを貰い、顔を洗って身支度をしたら朝食になります。
料理番の方が作ってくれますが、朝から豪華です。
武家だと一膳一汁が基本ですが、津田家だと麦飯(米が8、大麦2)、魚か肉料理、野菜の漬物か野菜料理、納豆や味付け味噌、そして味噌汁になります。
それが食堂と呼ばれる場所で提供されます。
奥ノ院にも台所はありますが、籠城した際や趣味の間食を作るための場所で、基本は食堂処という場所で城仕えの家臣の皆さんと一緒に同じ食事を摂ります。
これは大量の料理を同じ場所で作ることで薪代を節約したりする効果があるのだとか……勿論家操様もここで食事をしますので家臣と同じ物を食べることで結束を強める意味もあるらしいです。
どの料理も味付けがしっかりしていてとても美味しいです。
食事を終えた頃になると開門及び政務開始の鐘が鳴り響きます。(だいたい8時頃)
私達奥方はそこから基本自由になり、各々好きなことやります。
今日は初夜の股の痛みが治まったので外出することにします。
北条にいた頃から姉と慕う侍女2人と案内役として私に付けられた侍女(元くノ一)に連れられて外出します。
城の中も探検したい場所はいっぱいありますが、まずは城下、北条幻庵お祖父様から領民の暮らしで名君か暗君かわかると言っていたので城下町をみたくて仕方がありませんでした。
婚姻の時は籠に乗っていたので外がよくわかりませんでしたが、まずは正門に向かいます。
「城単体でも大きい!」
別に城内が堀や城壁で入り組んでいるわけではありませんが、二の丸? 三の丸? がとにかく広い。
「淡様、この城は内城と外城の2つに分かれていまして内城だけでも領民が籠城できるように作られています。それに場所を取る鉄砲の射撃場などもありますのでものすごい広さになります」
「また、この浜松城は星型城と言う別名があるように城の天守閣から見ると星型になっているのが分かる作りになっていますよ。そして星の各先端部分は三角形の水堀に囲まれた射撃陣になっていますの。なので防御と居住性を両立した城なのですよ」
「へぇ……ん、外城ってことはもしかして城下町が城の中にあるの?」
「はい、外城は殆どが町になっていますよ町を高い壁で囲むことで敵兵だけでなく津波の脅威からも守ることができますの」
「なるほど……小田原にも負けない堅城ね!」
こんな城を任される旦那様である家操様の力量は私が思っているよりも素晴らしいのかもしれない。
数十分歩いて内城から出ると長い橋がかかっており、水堀にかかったその橋で渡ると、城下町が広がっていた。
「家操様や家臣の皆様、そして有力商人の方々が陣張りをして京の様な碁盤都市になりました。橋から伸びる石で舗装された道は表通りとなります。この道が海近くまで約3里ほどの伸びており、横は天竜川から浜名湖近くまでの広さがあります」
どれだけの人夫を動員したのか分からない巨大な城であるということはよく分かった。
表通りと東海道がぶつかる地点が一番賑わっているらしい。
表通りを歩くと人々の営みが見えてくる。
店先には新鮮な魚や野菜、調味料や酒等の食料品だったり、焼き物や布、家具や染料、中には鶏を売る者までいる。
本当に多種多様な店があり、それぞれの商品が売られていた。
そして特に目がいくのが書き物の多さだ。
普通の店は勿論、飯屋や床屋、湯屋等にも書き物が並んでいる。
本屋や瓦版売りといった者も練り歩き、至る所に文字がある。
売られているということは需要があるということで、町民達も文字を読むことができるということだろう。
そして文字を読むことを楽しんでいる……小田原とは別世界の様に思えた。
立ち寄った茶屋の値段も安い。
茶と握り飯が1つ付いて1杯4文(120円他の地域だと6文とか7文程度)握り飯ではなく団子3本でも5文、これでも十分に安い。
茶屋に置かれている少し前の瓦版を読んでみると求人の募集が書かれており、日当200文から300文(6000円から9000円程度)と書かれていた。
小田原で聞いた日雇だと100文(3000円)とかが相場だ。
他にも浜松オススメの飯屋が紹介されており、鰻の丼物が1膳30文(900円)と書かれており、小田原では鰻を丼にして食べる文化は無いが、焼いて食べるとなると100文くらいが相場になるだろうか。
その他魚料理等も小田原に比べるとだいぶ安い。
食材は安いのに給金は高い。
そりゃ栄える筈である。
「ねぇ大喜(案内役の侍女の名前)」
「はい、なんでしょうか淡様」
「城で聞いたけど兵を常に雇っているって聞いたけど、兵の値段っていくらなの?」
「えっと、足軽が年収10貫、足軽組頭が30貫、足軽小頭が50貫だった筈です」
「1貫1000文として……日雇の方が高くない?」
「はい、そうですが、兵は昼食と夕食は希望すれば無料で食べることができますし、足軽の訓練が無い日などは日雇や内職で稼ぐ者も居ますので安いというわけではございませんよ」
「なるほどねぇ」
まだまだ町の散策を私は続けるのだった。