皆の意見や知識で動かせ戦国物語 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
新人3人にとって恐怖の茶会が終わり、部屋に戻るどどっと疲れてしまった。
ただぼーっとするのもつまらないので上杉謙信の娘という巴と話すことにしてみた。
「巴いる?」
「は、はい! 巴です! あ……淡さん」
「同じ側室なんだから淡で良いよ。一応親は敵対する家だけど少し喋ってみたかったんだ」
「わ、私で良ければ……」
巴は縫い物をしていたらしく、裁縫道具と着物が転がっていた。
「父君は謙信様なのですが、母も正室とはいえ身分も低く、娘の私を産んでから産後の肥立ちが悪く、床に伏せてしまって……父君は母を愛していたので側室を取ることもなく……私も姫として育てられたというより母の体調を悪くした原因と家中から思われてしまい……謙信様は良くしてくれましたが、あまり外出することも許されず、裁縫ばかり上手くなり……」
「へぇ、裁縫が上手いのは羨ましいけどな〜」
「良ければ教えましょうか」
「本当! 今から裁縫道具持ってくるね!」
裁縫を一緒にやりながら少しずつ話していく。
「わ、私もいきなり家操様に嫁ぐ事になり、驚いていますが、謙信様は家操様の手紙を大切そうに専用の引き戸(タンス)に入れて保管しておりました。謙信様も戦をしなければ民を養えない現状を憂いておりまして、家操様の食糧支援は本当に助かったと」
「私の北条も凶作だった一昨年と去年は家操様の食糧支援でなんとかなったからなぁ……でも遠江が食糧が豊かって聞いた事がなかったんだけどなぁ……家操様から家に教わった農法と種籾でどれだけ変わるか……」
「わ、私の故郷の越後も豊かになれば北条と戦わなくて済むのに……」
「家操様も上杉家と北条家の和解の為に動いているらしいし、私達も仲良くやりましょ! 年も近いですし」
「は、はい!」
「あともしよかったら一緒に外に出ない? 今日城の外? いや、外城の中だけど城下町を散歩したけど凄い賑わいだったわよ。お小遣いも貰っているし……ね!」
「……私も外に出てみたいですが、あんまり歩き回れる体力が無いかもしれません」
「なら望も誘って薙刀を教えようか? あ、朝に先輩の奥方の皆で体操をしているって聞いたから、それに参加するところから始める?」
「が、頑張ってみます!」
そんな会話をしながら裁縫をしていると夕方になり、夕食の時間になる。
お茶会をしたのでそこまでお腹は空いてないが、食べないと夜が辛いので巴と一緒に食堂に移動する。
夕飯は味噌田楽、鰻の蒲焼き、大根の煮付け、きんぴらごぼうに白米のご飯と味噌汁だった。
3食全て豪華である。
夕食の食堂はいつもより人が多く、賑わっているように感じる。
「賑わってるね」
「はい、朝と昼は静かだったのに……」
「やぁ淡、巴! 奇遇だね」
「あ、望! 一緒に食べましょ!」
座席を詰めて望と3人で食べる。
「いやぁ浜松城のご飯はどれも美味しいし、おかわりができるし、夕飯は白米だから嬉しいね」
「わかる! でも津田家の財力なら全部白米にできそうだけど……」
「家操様は麦飯が好きらしいからそれもあるんじゃないかな?」
「少しよろしいですか?」
「ん? 大喜? 何か知っているの?」
護衛として座っていた大喜が教えてくれたが、白米ばかり食べるよりも麦飯にした方がより力を付ける事が出来るらしい。
またおかずが少なくご飯ばかりを食べると脚気という病いになってしまい、それを防ぐのにおかずを多くし、朝と昼は麦飯にしているのだとか。
「食事で病気の予防ね……」
「中華では薬膳という考え方があり、様々な美味しい食事をすることで病気を予防するという考え方なのだとか……」
「「「へぇー」」」
「美味しいということは体が欲している物っていうことなんだ。ただ偏った食べ物ばかりを食べたら体を崩す原因になるけどね」
声のする方を向くと家操様がおぼんを持って立っていた。
そのまま対面に座ると食事を始める。
「家操様……」
「巴、望、淡、浜松は楽しんでいるかい?」
「は、はい! 凄く凄いです」
「城下町に降りてみましたが家操様の凄さを体感しました!」
「絡繰弓も凄かったです!」
「ハハハ、楽しんでいるようでよかった。食事が終わったら俺と少し城の中を回ろうか」
「「「は、はい!」」」
食事が終わり、私達は家操様に連れられて城の中を案内される。
「食堂が夕食時には騒がしかったろ。仕事が終わって皆色々な事を話したくてしょうがないんだ。昼間は仕事の合間に食事をしなければならないから急いで食べるから黙食になりがちでね、夕食が終われば帰路につくから同僚や他の部署の人間と話すのは食堂になりがちでね。まぁ長引いたりするようならここに場所を移動するんだけどね」
そう言われて酒と書かれた暖簾をくぐると家来の人達が酒を好き勝手飲んでいた。
「城内酒場だ。居酒屋の様に酒を買うことが出来ないが、津田家として酒を纏めて買って、家来に安く振る舞っているんだよ。女中達でもここで酒を飲むことができるよ。軽い軽食も出されるからツマミを楽しみながら色々な人と喋ることができるんだ。俺もよく利用する」
「へぇ……家来との距離が凄く近いですね」
「家来と同じ飯を食い、同じ机を囲んで酒を飲む、同じ目線で喋ることで結束が強まるんだよ」
「なるほど……」
「謙信様も皆と同じ食事をする時が楽しいと言ってました。やっぱり楽しいものですか?」
「ああ、楽しいね。相撲の話や町内対抗の足球(サッカー)の勝敗の話をよくするね。今度一緒に見に行こうか」
「「「はい!」」」
そうこう話しているとすっかり夜になり、廊下にある行灯(室内の照明器具 中に蝋燭だったり油が張られて芯に火を付ける 火事が怖いので城にある行灯は全部蝋燭で蝋燭置き場の下には水が張られている 20匁の蝋燭を使っているので燃え尽きるのに4時間かかり、だいたい9時から10時には燃え尽きる)が光源となり、足場を照らしてくれる。
夜になると人の行き来も少なくなり、城に常駐の家来か女中しか居なくなる。
「さて、風呂に入ろうか」
家操様は私達を風呂場に案内する。
なんでも日暮れ前は家臣が風呂に入る時間で、日が暮れたら家操様の家族や奥方が風呂に入るらしい。
風呂は混浴らしく、家来達は1刻事に男女の入浴時間が切り替わり、夜は一族だけの時間になるのだとか。
「あら、家操様に巴ちゃん、望ちゃん、淡ちゃん」
「「「こんばんは!」」」
小麦様と子供達がちょうど入浴に訪れていて、私達も入ることにした。
この時間の風呂には風呂番の女中が4人待機しているだけで、幼い子供達の入浴補助をするので体を洗ったりするのは自分でやらないといけないらしい。
服を脱いで湯浴み着に着替えようと思ったがそれが無い。
「基本素っ裸だぞここの風呂場は」
家操様も手拭い片手に風呂場に入っていく。
私達も手拭いで陰部を隠しながら風呂場に行くと
「わぁ……!」
そこには大浴場が広がっていた。
大釜に入れられたかけ湯から桶にお湯を汲んで洗い場に座り、体を洗い始める家操様。
小麦様や子供達も同じ様に洗い始めたので私達も真似をして体を洗う。
手拭いで体を拭くことはあっても、石鹸を使って体が泡だらけになるのは新鮮だ。
「髪の毛を洗う時はこれを使うと良いわよ」
と小麦様が私達に壺に入った白い液体を見せてきた。
「洗髪剤と言って髪の汚れを落とすための液体よ。小麦を使っているの」
壺は洗い場に固定されており、木の蓋を開けると中に液体が入っている。
それを手につけて髪の毛を洗うと、髪の汚れがどんどん出てくる。
髪は綺麗にしていたつもりだったが、こんなにも汚かったのかというくらい汚れが落ち、お湯で髪の毛の汚れと洗髪剤を洗い流す。
続けて小麦様が黄緑色の液体を使い始めた。
「これは髪の毛に光沢を付ける液体なの。(リンス)貴重だから奥方しか使えないんだけど、今日は私のを皆に配るわね」
小麦様が女中に指示をすると壺を持ってきた。
中には黄緑色の液体が入っており、それを枡で掬って渡された。
「髪に馴染ませる様にかけていくの。髪に馴染んだら洗い流すのよ」
匂いを嗅いでみると蜂蜜と油(オリーブオイル)の混ざった良い匂いがする。
恐る恐る髪に使ってみると、確かに毛先に光沢が出る。
巴や望の髪を見ると、液体を使う前に比べると雲泥の差の綺麗さだった。
それと同時に奥方の皆から良い匂いがするのは香水ではなくこの匂いだからかと納得した。
今度は石鹸を使い体を洗っていく。
やっぱり汚れや垢が結構出てくる。
「背中洗うの手伝いましょうか」
と女中に言われたので背中を洗ってもらう。
結構力強いが気持ち良い。
掛け湯をもう一度汲んできて体を洗い流していく。
これだけで随分とサッパリしたが、ここからが本番。
大きな石製の浴槽に並々入ったお湯に入っていく。
少し温い位で心地よく、肩までお湯に浸かる。
「あぁ~……!」
「ふふ、最初は皆そうよ」
いつの間にか入浴していた智さんにそう言われた。
「やぁ、新しい父上の側室さん達は綺麗だね」
そう言うのは私達と同じ年くらいの男の子だった。
「私の長男の信球よ」
「こんばんは! 良いなぁ父上はこんな綺麗な人を側室にできて……僕も綺麗なお嫁さんが欲しいな」
「その為にはもっと勉強しなければいけないよ」
「はーい……父上は?」
「他の男子と一緒に蒸し風呂にいるんじゃない?」
「じゃあ僕も行こっと」
蒸し風呂(サウナ)の方に信龍は行ってしまった。
「ごめんね息子が」
「い、いえ、正直驚きましたが……そうですよね、一族の入る時間だから息子さん達も入るんですよね」
「まぁ津田家の流儀みたいなものだから慣れてとしか……」
「いえ、大丈夫です……でも気持ちいいですね」
「お湯で、体を癒すことで病気の予防や肩こり、腰痛の予防にもなるらしいわ。それに体を清めることで清々しい気持ちで夜を迎えることができるわ」
「確かにそうですね……」
「床入りの際には必ず清めておいた方が良いわよ。家操も喜ぶから」
「なるほど……」
お湯にゆっくり使っていると体を真っ赤にした巴が水風呂に入って、腰掛けの所で休んでいた。
「大丈夫?」
「は、はひぃ……淡さん、蒸し風呂に入って体から汗を吹き出して水風呂に入ったあと、腰掛けで休むと凄く気持ち良いですよ! あちらで男の人達もやってます」
「あぁ~ぎもぢい!」
そこには腰掛けの上で寝転ぶ家操様が居た。
私も試しにやってみるために蒸し風呂に入ってみると、蒸気でムワッとしていた。
体中から汗が噴き出す。
たまらず外に出て水風呂に入ると寒くてちべたい。
体を冷やしてから石でできた腰掛けに座るととても気持ちよくて蕩けそうである。
「あぁ~これは凄いわ……」
まさに極楽である。
この世にこんな気持ちの良い事があるのかってぐらい気持ちが良い。
いつの間にか望も腰掛けで蕩けている。
「ふふふ」
横に千秋さんが座っていて
「ようこそ湯道へ」
とはにかんでいた。
「ゆ、湯道ですか」
「そう。湯道。極楽の湯道よ! このあと湯にもう一度浸かって体を温めるのも、冷えて気持ちよくなった状態で上がるのも自由。私は露天風呂に向かうわ」
「露天風呂ですか?」
千秋さんに付いていくと外に繋がっていて壺風呂(五右衛門風呂)と外にもお湯の入った木製の風呂が置かれていた。
「温度が中の湯より高いから気をつけてね」
木製のお風呂に入ると確かにこっちのほうが水温が高いが、私はこっちのほうが気持ちよく感じる。
水風呂で一度冷えた体が再び熱を帯びてくるのを感じる。
気持ちよくなった状態で脱衣所に戻ると巴と望が茹でられたタコの様になっていた。
「あはは! お姉ちゃん達無理するから!」
「こら信龍笑ったらかわいそうだよ」
先ほどの信球君が信龍という男の子を注意している。
「まぁ風呂初心者は気をつけないとこうなるわな……すまんが女中方、二人を部屋まで運んでくれ」
「「は!」」
家操様が女中に命令して、2人は寝間着を着せられて運ばれていった。
「淡も無茶するなよ。今日はゆっくり寝ろ」
そう家操様に言われて私も自室に向かうのだった。
自室に到着すると部屋には布団が敷かれており、布団に飛び込むと凄いふわふわしているし肌触りも気持ちが良い。
「ふかふか〜」
後で聞いたが水鳥の羽毛を詰められた逸品らしい。
私は今日の出来事を日記に書いてお祖父様(北条幻庵)に送る手紙に津田家の情報を書こうとしたが、睡魔には勝てなかったのだった。