皆の意見や知識で動かせ戦国物語   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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1562年 家操29歳 北伊勢侵攻

 年貢の徴税も各地で終わり、今年は東北でも普通くらいの収穫量だったらしく、米価は比較的安かった。

 

 武田家は昨年の川中島の戦いのダメージが癒えておらず、軍事行動は消極的……東日本で元気に侵略戦争をしているのは最上くらいであろうか。

 

 出羽国統一(山形県と秋田県を併せた領土)を目指しており、絶賛北上して北出羽の安東氏と戦闘が続いていた。

 

 安東氏も頑強に抵抗しており、出羽国統一はまだまだかかりそうである。

 

 上杉家は越後平野開墾、北条は広がった領地の整備で忙しく、比較的戦が無い年になりそうであったが、信長様が北伊勢へ侵攻を開始。

 

 北伊勢には北勢四十八家という国人衆や土豪がうようよしており、利害で対立しては戦をしたり、外敵が来ると団結して撃退していたのだが……

 

「オラオラ! 織田軍のお通りだ!!」

 

 織田軍の精鋭1万と各領主が動員した兵2万の合計3万で北伊勢に侵攻を開始。

 

 長島の一向衆も信長様の大軍に食料や矢銭を支払い従属の姿勢を示した。

 

 俺も伊賀国の調略を進めていたが

 

「家操様なら信用できる! これからも伊賀衆をご贔屓に!」

 

 伊賀国は一応六角と北畠の従属している国なのだが、親織田派が台頭し、中には北伊勢攻めに加勢する豪族も出る始末。

 

 忍び稼業をしていた伊賀衆は近隣の北伊勢の城の弱点や裏切りそうな人物を熟知しており、それを責任者の滝川一益殿に逐一報告し、有利に調略を進めていた。

 

 また抵抗する家は見せしめとして苛烈に攻め立てて敵対した一族を磔にし、寺社領だろうと容赦無く焼いた。

 

 お陰で北伊勢の寺の多くが焼失してしまい、寺の勢力は減衰したが歴史的史料の多くも焼失。

 

 北伊勢を研究する歴史家が大いに困ることになるのだった。

 

 この軍事侵攻の名目は津島と利害関係で敵対していた桑名衆を支配下に起き、津島と桑名の利害関係を整理し、発展させるというものだったが、北勢四十八家の反発は凄まじく、開戦という感じであった。

 

 で、桑名は商業都市だった為に攻められるのに弱く、数日で降伏し、有力者は桑名を捨てて北伊勢の奥に逃亡。

 

 員弁川で防衛をしようと試みた北勢四十八家の軍勢は先行部隊の滝川5千に散々打ち負かされ、撤退。

 

 滝川一益殿は張り切って信長様の到着までに12の城や館を陥落させて伊賀衆の情報で北勢四十八家内部をかき回して内通者を使い裏切り祭りを発生させた。

 

 そして信長様本隊が到着した頃には北勢四十八家棟梁の千種又三郎左衛門を捕縛することにも成功し、棟梁不在となった北勢四十八家の戦線は崩壊。

 

 ただここで将軍足利義輝によりストップが入り、現在の河原田町より以北は織田領、以南は北畠氏の領土、捕縛した千種又三郎左衛門は六角の縁戚なので相応に扱う事と言う調停となった。

 

 信長様的にはこのまま北伊勢を制圧したかったのだが、戦略目標である伊賀との接続を達成したので良しとした。

 

 ただ北畠は成り上がりの織田家が伊勢の勢力を引っ掻き回したことに憤りを覚えており、関係は次第に悪化していく。

 

 大活躍だった滝川一益は北伊勢3群の領主に美濃城主から加増転封。

 

 元々滝川一益も伊賀近くで幼少期を過ごしたので伊賀に近い北伊勢の領主になれたことに感激。

 

 しかも美濃1万石から北伊勢8万石への領地替えで一気に織田家における席次を上げて家老職に就任。

 

 外様浪人から見事成り上がってみせた。

 

 俺もお祝いの品を贈ると大いに喜ばれ感謝の手紙を貰ったりした。

 

 また北畠への前線司令官を任命されてある程度の兵を常に貼り付けて置かなければいけない関係で武器が不足するだろうと思い、ライフル火縄銃500丁を更に贈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 これで長島は織田の領地に囲まれたことになるが、別に敵対もしていないので放置。

 

 商売的には津島と桑名の中間地点かつ、水運を使い、利益を得ていた。

 

 常滑の茶器や蜂蜜、椎茸等の高級品を買ってくれるお得意様でもあった。

 

 敵対した三河一向一揆と違い長島の一向宗は石山本願寺から信長様と敵対するなよという命令を受けていたので大人しくしている。

 

 ただ今回の北伊勢領有で対岸である桑名に大規模なテコ入れが入り、経済的観点から見ると今まで以上に潤うことになる。

 

 ただ津田家や織田家と違い、潤うのは一向宗の上層部のみで檀家の人達へのお零れは少なかった。

 

 

 

 

 

 津島、熱田に並ぶ桑名という経済都市を抑えた信長様は伊勢湾での活動や税収の大きさを睨んで林秀貞に町の整備を行わせた。

 

 逃げた有力者の家を取り潰し、楽市令を発布し座を破壊。

 

 津島や熱田資本が流れ込み、あっという間に伊勢でも有数の商業都市だった桑名は津島の経済植民地状態となり、桑名よりも津島や熱田の方が潤う結果となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 信長様は将軍足利義輝様に北伊勢の仲介のお礼を行ったり、城下で相撲大会を開いたりしている頃、俺の所に信長様から手紙が届いた。

 

『鶴、元気か? のぶだよ! 

 お前から預かっている津田信摩(多摩 智の次男)アイツ凄いわ! 凄い鶴に似て活発だし、小姓としての仕事も立派にこなしているんだけど、権六(柴田勝家)が大層気に入ったらしくて権六が岐阜に登城するとよく一緒にいるよ。権六汗臭くて加齢臭もするけど信摩は嫌な顔せずに武芸を習っているぞ。面白いよな』

 

『そうそう信摩の器量めちゃくちゃ良いから岩(岩室重休)の次の小姓頭にすることにするわ。岩の次期小姓頭予定だった長谷川橋介と佐脇藤八(前田利家の弟 佐脇氏に養子入りしていた)の奴ら、本当なら林(林秀貞)の代わりに桑名を任せようと思ったのに余が大切にしていた馬を貸していたのに暴れたからと斬り殺しおった! 許せないから追放したから小姓頭の枠が空いたから信摩に任せる』

 

『ゆくゆくは家を建てさせるが良いよな? だめか? あ、あと信摩の一物凄く大きくて気持ちよかった。とても初々しくて鶴は余が攻めた方が気持ちよかったが、信摩は余が受けで攻めさせたほうが気持ちよかった』

 

『ただ津田家をこれ以上優遇すると他の家臣から不満が出ると思うので常滑の領地はお主の兄の……内葉伊達だったか? あやつを独立させて陪臣から直臣にしようと思う。鶴の領地は減ってしまうが信摩の出世と相殺させるから許して欲しいな』

 

『文句は布団の中で聞くから今度城に来い。父と息子に挟まれた衆道がしたいからでは決して無いからな……』

 

『追記、この前陣中に贈ってくれた焼き八ツ橋という菓子甘くて美味しかったです。また贈ってくれると嬉しいです。のぶより』

 

 と書かれていた。

 

「常滑はアニキに譲渡か。アニキにお祝い書いとこ。そのまま真珠養殖の利益もあればアニキも金に困ることは無いだろう。というかアニキも側室持てば良いのに……本当愛妻家なんだから」

 

 俺は信長様とアニキに手紙を書くのだった。

 

 

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