皆の意見や知識で動かせ戦国物語 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
1564年 家操31歳
三好長慶死亡
大坂本願寺、火災で大損害
「鶴、信清の奴何時まで持つと思う?」
「良くて半年じゃないですかね」
俺と信長様は岐阜城にて戦後処理作業をしていると信長様の従兄弟で信長様に対抗意識が酷かった信清を甲斐に飛ばしてしまっていた。
そんな信清に甲斐の統治ができるはずが無いと思っていた信長様は俺に何時信清が潰れるか聞いてきていた。
ちなみに武田残党がうようよ居るため俺が統治したとしても絶対に失敗すると思っていた。
南信濃も信長様が粛清したから統治出来るようになったが国人衆が多くて統治困難な土地だったし……。
その点俺が加増された土地は俺の教育を受けた子供達が家督を継いで臣従しているので言う事を聞いてくれるためにやりやすいが……。
「岩室(岩室重休)に信清が失敗して反乱を鎮圧した甲斐を与えると」
「ああ、岩ならば難しい甲斐の統治をすることができるだろう。鶴も支えてやれよ」
「は!」
案の定というかなんというか、信清の統治は4ヶ月も保たなかった。
爆発の理由は検地をしようとした事らしいが、普通新領主になったら検地かそれに類する事(地図の作成等)をするのは当たり前であり、それに反発して反乱とか……もうねぇ。
まぁ理由があれば反乱しようとしていたし、武田の旧臣をあまり雇わない雇用方針がさらに反乱を加速させたかもしれないが……。
北条も北条で年貢低くしたりして工夫していたが、巻き込まれる形で爆発、甲斐騒乱が始まるのであった。
「帰って早々今度は国人一揆鎮圧か……」
「しゃーねぇだろ孫一、信濃統治の面子は新領の統治で苦心しているから動かせないし火力ですり潰すことになるから津田家が一番適任だろうが」
「津田殿助かります」
「岩室殿も大変ですなこの反乱が終わったら甲斐統治とは……」
「津田殿にも手伝ってもらえるので正直安心しています。若輩の私が甲斐という難所の統治は……」
「岩室殿の人望と実務能力があれば何とかなると思いますがね」
鈴木孫一と俺、岩室殿の3人でどうするかを話す。
「で大将、どうやって倒すんだ?」
「減税と食料で釣るわ」
道中の村々で抵抗すれば容赦無く鉛玉をぶち込んだが、抵抗しない村には食料を配り、国人一揆に参加しないのならば数年税を三割にすると説明する。
どうやら信清は武田の税率を引き継ごうとしたのも暴発の原因らしい。
そりゃカリスマある信玄だから許されるのであって、ほぼ敵地の連中に裏作の作物まで徴税したら切れられるわな。
「うーん、数年は赤字を覚悟しないと駄目だわな」
食料が配られていると知ると国人一揆の一部は離反して帰農する面子もで始めた。
「残りは攻め滅ぼす方針で良いでしょう。統治に邪魔でしか無い」
残りの国人一揆は武田家再興を目指して活動しているためこういう連中は何を言っても無駄である。
ゲリラ的に攻めてくる武田軍残党に被害を被りながらも倒していき、武田家再興の神輿にされていた武田勝頼(武田一族が多く切腹していた中、諏訪家の人間だからと追い出され、家臣に匿われて居たらしい)を切腹に追い込み、国人一揆参加者の一族を忍びに調べさせ、どんどん族滅に追い込んでいく。
「それに比べて武藤喜兵衛(真田昌幸)は良い判断をしたなぁ」
「真田一族を救って頂き感謝致します」
真田一族は父親である真田幸綱は武田信玄が亡くなった時に切腹したが、優秀な長男と次男が残っていた為に国人一揆と距離を置き、真田領内に籠っていた。
武藤喜兵衛は真田幸綱の三男で、真田一族に戻る過程で国人一揆が発生し、真田は関係無い事を知らせるために津田軍に駆け込んで来ていた。
「真田の名に戻すならば名を真田昌幸に改めろ。真田領内で働く場所が足りないなら津田家に来るか? 足軽大将から働いてもらうが」
「感謝します! それならば国人一揆に参加していない若い衆を雇って貰えないでしょうか」
「おう良いぞ」
「ちょちょ、津田殿、私にも残してもらわないと困ります!」
「岩室殿が気に入れば雇えば良いでしょう。気に入らなければ私が雇いますので」
そうすると初鹿野信昌、惣蔵(土屋昌恒)、今福虎孝、依田信蕃等の真田昌幸に紹介された武士達を岩室殿はどんどん雇い入れていく。
「あとは今回の一揆に参加してしまっていて……申し訳ない」
「仕方ありませんよ。ただ一揆参加者を許す事は統治上できない。特に武田再興の目論見は潰さなくては……」
「信長様の妹君の子供(武田家の血縁)は……」
「あぁ、流石身内に優しい信長様だ。出家するに留めた。まぁ俗世に関わらせる気は無いだろうな」
幼い子供を酷いかもしれないが、他家ならば普通に処刑されている為に信長様の行動は命があるだけ優しいのである。
津田家も相応の被害(約千名近くの死傷者)が出たが、何とか鎮圧することに成功した。
「数万人は射殺したな」
「ああ、統治を考えると頭が痛い……しかも信清の家臣共々亡くなっているのが確認できましたし……」
「御愁傷様です。まぁ岩室殿に浜松の学校卒業者回しますので奉行衆は回るかと……やるべきことはわかりますね」
「津田殿の武力が無ければ当分安定しませんのでもうしばらくお付き合いください」
「わかったわかった。安定するまで手伝うよ……まったく貧乏くじだな」
「まったくですよ。最初から言われていたとは言え甲斐なんてもらいたくありませんよ」
愚痴を言いながらも甲斐の殆の領地を岩室殿の直轄地として吸収し、内政を始めるのであった。
「金、銅、鉄、磁鉄鉱、水晶、亜鉛……甲斐はやはり鉱山の宝庫だな」
「鉱物資源が無かったらとっくに甲斐は破綻してますって……武田家の統治酷すぎますって……何で略奪と奴隷前提の領地経営をしているんですか!」
「どうどう、岩室殿落ち着いて……」
とりあえず残った資料や忍び、商人達の繋がりで武田家の財政状況を把握することはできたが……武田家、いや武家なりにできる限りの事はしたのだろうが織田や津田領地の経営を知っている身からすると杜撰であった。
金山に依存した資金繰りや七割という高い年貢率……そして米を作ろうにも甲府盆地の奇病とされた日本住血吸虫症が厄介で、水田を作ると日本住血吸虫症の媒体となる貝が増えてしまい、その貝に触れた農民が腹に水を溜めて死に至る風土病である。
そのため米を作ろうにも農民が倒れていくために甲府盆地では米の生産量が低かった。
それが食料自給率の低下に繋がり飢えから領民を救う為に拡張外交をしなければならなくなったのが武田家である。
「まず奇病の原因が水田なので米は陸田にするかそもそも米作りを辞めさせる必要がありますな」
「言う事を聞いてくれると思わないが……」
「赤字覚悟でやりましょう。米は輸入に頼り、換金作物や芋等に切り替えるしか奇病の予防はできませんから……幸いぶどうの産地なので山ぶどうを栽培し、それを酒にすれば南蛮商人の喜ぶワインという葡萄酒ができあがります」
「芋や小麦栽培を推奨し、芋は煮物や酒に、小麦は粉にしてうどんやパンにしていくしか無いでしょう。あとは馬産地があるので牧場を作り、馬を売るのも良いかと……なるべく優先的に甲斐の産物を買い取るように商人に金を出して買い取らせますので」
「かたじけない」
こうして織田家の軍事力を背景とした強引な農地改革を実行。
武田家への侵攻や国人一揆で甲斐人口の10%が死亡しており、更に今年の減税を約束されていたので、流石にこの状態で反抗する村は出てこず、津田家の土木部隊や雇った人夫を使い水田を畑にする作業が進められた。
水田の禁止を受けて村からは強い抗議の声が上がったが、黙殺し、酷い者は鉱山送りの刑に処された。
岩室の甲斐半国の領地経営は前途多難な状態で始まったが、津田家による資本投入で何とか酒蔵を増やすことに成功し、甲州蕎麦や甲州うどん、甲州の葡萄酒等のブランド商法を津田家の瓦版を使って大々的に宣伝したり、甲斐の秘湯と呼ばれる温泉までの道のりを整備し、温泉街にする事で観光客を呼び込んだりと打てる手はガンガン打っていくのであった。
また鉱山開発で火薬の使用を行い、爆発採掘で採掘効率を上げて収益化を行ったりもするのだった。