皆の意見や知識で動かせ戦国物語   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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1565年 家操32歳 脱脂粉乳 練乳粉ミルク

 収穫期が終わったことで人夫が集まるようになり、新しい港町の豊浜の開発に着手した。

 

 そのために物資を運搬しやすいように天竜川に橋をかける作業が始まった。

 

 舟で渡し賃を徴収している者達からは反発が大きかったが、これを強行し、木製の大橋の建造を行った。

 

 ただ天竜川は水害が多発する地域でもあるので、橋の建築に合わせて土手とコンクリートを使った堤防工事を着工し、橋を落とせば天竜川の東部からの敵の侵入を防ぎつつ、堤防から川沿いに集まった敵を一方的に射撃できるようにと工夫もされていた。

 

 また水害の際には被害を軽減するため放水路を先に作っておき、水嵩が増えたら水が放水路から流れて本流の水嵩の調整ができるようにと工夫しながらの工事となった。

 

 天竜川の治水大工事が大規模になったため、豊浜の開発は陣張りと最低限の水路の整備に留まってしまったが、半年の時間と3万人の人夫の労力で工事は無事に終わった。

 

 この工事で用水路の数も増えて、天竜川周辺の農業用地も爆増。

 

 通常計算でも約3万石(現代米とちゃんとした農法を行った場合は10万石から12万石程度)の増収となる予想だ。

 

「予想よりも増収になるな。あくまで副産物的意味合いが大きかったが……」

 

 俺の近くで政務をしていた林龍次郎が更に付け加える。

 

「用水路の整備と貯水池を増やしたことで水車を増やすこともできましたからな。これで更に布や農具製造に役立つでしょう」

 

「ああ、質の高い鉄製農具が増えれば民の農作業も楽になり、深く耕すことでより多くの収穫が狙えるからな」

 

「ええ……思い出しますなぁ中村で必死に硬い根っこと格闘した日々を」

 

「龍次郎はいつの間にか俺にも敬語を使うようになって……」

 

「昔は私の方が立場が上でしたが、今では逆ですからな」

 

「なんだ下剋上してみるか?」

 

「お戯れを……私は家操様の様な器はありません。今の家老職でもいっぱいいっぱいなのですよ」

 

「悪い、冗談だ……そう言えば龍次郎や(前田)利虎の息子もそろそろ元服か」

 

「ええ、私の息子は少々傾いてしまっておりますが、政務のイロハは叩き込んでいます」

 

「そうかそうか、烏帽子親は私がやろう」

 

「ありがたき幸せ」

 

「なに、最初期から仕えてくれた忠臣への労いとしてはまだまだ足りんよ」

 

 全体的に30前半や20代後半が多くなった家臣たちの長男が早い人はそろそろ元服する頃である。

 

 最近子宝に恵まれたという家臣も多く、町のベビーブームに合わせて家臣達の間でもベビーブームが起きていた。

 

 また、うちの嫁達が沢山子供を産んでも体調を誰一人崩すこと無く元気な秘訣として家臣の嫁達や女中や侍女達にラジオ体操を教えたことで、家臣や妻子共々朝起きたらラジオ体操をして目を覚ますのが良いと習慣化させていたので体の調子を整える運動を自然に行っていた。

 

 また、適度に運動をさせていたので腹が普通よりも減るようになるし、家臣達が十分に稼いでくるので、嫁達も1日3食を食べれるようになり、全体的にふくよか……いや、ガッチリした体型の女性が増えていた。

 

 しかも昨今は領地全体で、料理ブームが起こっており、様々なレシピ本や創作料理が流行っていたのでおかずの種類が増えていたため、様々な料理を食すことに繋がり、栄養バランスが整う結果となり安産体型と呼ばれる下半身に肉が程よく付いた女性が増えていた。

 

 そのため、家臣達の女性陣も産後肥立ちが悪くて亡くなるというのが激減していた。

 

 ただ0にはできずにどうしても起こってしまう人はでてくるのだが……。

 

 それはともかく、家臣達のベビーブームにより最近では育児道具を俺が贈り物として渡すと喜ばれた。

 

 特にベビーベッド(綿製の敷布団や木綿の掛け布団等もセットで、フレームは木製)は普通の布団で育てるよりも寝返りで冬場は囲炉裏近くで危なくなる危険を避けられるし、夏場は風通しの良いところで寝やすくできると評判だった。

 

 赤ん坊も適度に温かくて体調管理がしやすいし、母親も赤ん坊をベビーベッドだとしゃがまないで持ち上げる事が出来るのでありがたいらしい。

 

 他にも赤ん坊に食べさせてはいけない食べ物一覧表を贈ったり、赤ん坊が喜ぶ音の鳴る玩具を渡したりもした。

 

 こうして産まれた子供達が次世代を担っていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は家臣から貰い乳についての話をよく聞いていた。

 

 小麦も乳の出が悪くて子供達が足りない分は霞に貰い乳をして、助けてもらっていた事を思い出す。

 

 栄養状態が改善した町人や村人達の女性達でもやはり一部の人は乳の出が悪く、子供が栄養失調状態で体が弱くなり、風邪でコロッと亡くなってしまう場合が多かった。

 

 そこで粉ミルクを開発できれば売れるのではないかと思い、俺はホームセンターを漁って小型の遠心分離機を引っ張り出してきてバラして原理を勉強した。

 

 モーターは無いので手回しに切り替え、牛乳でバターを作る時に出る脱脂牛乳を更に遠心分離させて、それを更に粉末乾燥させることで脱脂粉乳を作ることができる。

 

 脱脂粉乳となればチーズやバターを作る過程で廃棄される牛乳を使うことができるし、粉末化するので保存が効く。

 

 飲みたいたいときに水を注げば脱脂されているがミルクに戻るのでそれに砂糖を加えた練乳粉ミルクにすれば乳の代わりになるのではないかと思い、実際に作ってみることにした。

 

 ホームセンターの工具と金属を加工してパーツを作り、手動の遠心分離機は比較的簡単に作れたが、粉末乾燥をさせる機械がネックだった。

 

 一応ドライヤーを複数台と霧吹きで擬似的な粉末乾燥機は作れたが、これをどうやって戦国時代の技術力で再現するかだ。

 

 ドライヤーの代わりはチーズ作りの時に牛乳を煮詰める燃焼用フイゴ(送風機)を加工して排熱を上手く取り込み、散布機はスプリンクラーと霧吹きを合わせた感じ……これは薬剤散布用の散布機の仕組みが役立ち、レバーを押すと霧吹きが吹き出す仕組みを再現した。

 

 それを金属製の大型タンクに連結させて、別動のフイゴで粉になった粉乳を集める。

 

 限られた時間を使って模型を作成し、それを発明家に転身していた幸之助の所に持ち込み、幸之助の絡繰り仲間からも意見を色々貰い、資金を投じて粉乳製造装置を完成させた。

 

 作るのに1万貫も投じてしまったが、これで脱脂粉乳が作れると俺は喜び、実際に脱脂粉乳を製造してそれを3日置いてから水に溶かして飲んでも腹を下す事は無く、ちゃんと飲むことが出来た。

 

 勿論脱脂粉乳を作る装置は毎日熱湯で消毒できる仕組みになっており、食中毒に細心の注意を払っていた。

 

 で、粉ミルクだけに売り出すよりはまずは馴染んでもらった方が良いと思い、常滑時代に産物になるかな〜と思っていた寒天が今では料理屋で普通に出されるくらいに広まっていたので、この脱脂粉乳と砂糖を加えた牛乳寒天を製作して売りに出したところ、飛ぶように売れた。

 

 また粉乳を加えたパンは少し乳の香りと色味が白くなることで牛乳パンも話題となった。

 

 抹茶に脱脂粉乳と砂糖を加えた抹茶牛乳(抹茶ラテ)、脱脂粉乳をベースに小麦粉でとろみを付けた牛乳鍋(クリームシチュー)、和え物に脱脂粉乳を入れて炒めた牛乳和え等の新しい料理が数々生み出されて、しかも長持ちするので脱脂粉乳は作れば作るだけ売れる状態になり、ここで赤ん坊の乳の代用品として練乳粉ミルクを販売開始するとこれも飛ぶように売れていった。

 

 ただ瓦版や色々な書物でもあくまで母親の乳が出なかった時の代用品で赤ん坊には母乳を与えた方がよく育つと注意した。

 

 この粉ミルクのお陰で浜松周辺では乳不足で困る赤ん坊が減り、粉ミルクのお陰かは微妙かもしれないが、乳児の死亡率が激減して更なる人口の増加が発生するのであった。

 

 脱脂粉乳が広まった為に浜松周辺では牛乳消費量が爆増し、脱脂粉乳を使った料理を食べる子供も増えたので、栄養状態が更に良くなり、乳児に限らず健康的な子供が増えることにも繋がった。

 

 ちなみに1万貫設備投資に使ったが、稼働から半年もかからずに収益で回収できてしまうのであった。

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