皆の意見や知識で動かせ戦国物語 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
俺は信長様から明との交渉を任されたので、明の商人も停泊している堺へと足を運び、今の明の情勢や中国語の勉強等を開始した。
まず明の現状をおさらいしよう。
明……中国大陸……中華帝国とも呼ばれる一等国であり、膨大な人口、財力、技術力、生産力を有する巨大帝国である。
思想的には漢民族を主体とする中華主義という中華帝国を世界で一番偉いという思想が根底にあり、皇帝の地位は世界でただ一人だけであると自負していた。
それが貿易にも現れており、朝貢貿易と呼ばれる貿易してきたら相手の数倍の規模、もしくは価値のあるものを贈り周辺諸国を支配下に置くことで権威を保っていた。
一見支出が大きくなり中華にとっては不利な貿易に見えるが権威が高くないと中華は反乱が発生し治安が崩壊するという現象があり、権威……徳と呼ばれるものが重要視された。
また生産力が異次元であるため他国には大金でも中華帝国にとってはそこまでではない支出であったり、中華では安物であっても他国では高く売れるという現象が起こっていたので、支出は中華の経済規模に反して小さかった。
日本との関わりであるが室町幕府が開かれた時から遡ると、三代将軍の足利義満が日本国王と認められ、朝貢貿易による実利を取り、莫大な利益を得る反面中華の支配下に入ったという状態になる。
これを問題視した室町の将軍や重臣達は足利義満死後一旦貿易が停止するものの、幕府の財政悪化により貿易が再開される。
そして応仁の乱の混乱により貿易を管理していた細川氏の権力が低下し、博多を有していた大内氏が台頭し、大内氏は倭寇の取り締まりを強化する見返りとして明との勘合貿易を許され、将軍からも貿易特権が与えられた事で明との貿易を独占し、大内氏が西日本で最大勢力を築く原動力となる。
しかも大内氏は石見銀山や産業の発展を推奨していたため、銀と工芸品の輸出で多額な利益を上げる状態となるが、大内氏が尼子氏との戦争の敗北や嫡男の出生の混乱、貴族を保護による多額の出費等の複数の要因により陶という家臣が反乱を起こして大内氏は滅亡(正確には違うのだが)。
その陶も毛利元就との厳島の戦いで死亡し、侵攻を許した結果滅亡する。
で、博多を占領した大友氏と毛利氏は互いに大内氏の明との貿易特権を継承しようと動いたが、明は門前払いし、貿易が停止されてしまう。
というのも明はこの頃海禁政策という貿易を認めた国や商会しか許さないという政策を行っており勝手に貿易をすることができなかった。
しかも取り締まっていた大内氏が滅亡したことで倭寇の活動が活性化し、規模を大幅に縮小した密貿易が細々と続けられることとなる。
ここに更にヨーロッパ商人が流入し、明から日本への貿易を担う事で莫大な利益を生み出した。
これが明の現状と日明貿易の流れである。
で、南蛮商人(ヨーロッパ商人)以外(明の商人も含めて)日明貿易復活を望んでいた。
勘合貿易が復活すれば勘合船の船団に混じって民間貿易をすることが許されており、商人達はそこで大きな利益を出すことができたからだ。
勘合貿易復活の為に必要なプロセスは2つ。
王に相応しいと国家を持つこと……日本の場合は中央政権と認められていること。
もしくは倭寇を何とかする力を見せつけることで明に実力で認めてもらう事のどちらかである。
この2つのどちらかもしくは両方を満たせば明との貿易を許してもらえるだろう。
それに今は明が15年近く前に首都北京をモンゴル民族に包囲されるなどの軍事的な苦境という背景があるので権威が上がる日ノ本の朝貢再開は喜ばれるタイミングであると俺は思っていた。
ただ中央政権と認めてもらえるかは支配領域的に正直微妙であり、倭寇討伐には海上拠点が織田家には無い。
「我々堺衆としても勘合貿易が復活するのは喜ばしいことですが……」
「五千石船であれば明には行けるな……となると最初は多少損してでも交易の許可を貰うことを重点に置くか」
バサっと地図を広げる。
「西国の同盟に加入してないのは島津か……島津と交渉して、次に琉球王国に補給の許可を貰って……台湾を実効支配してそこにも拠点を設置すれば……」
ブツブツ呟き始めた俺に対して商人達はオロオロするが
「ふむ、商人の皆さんにも協力してもらうことが多くなると思いますが、早急な明との貿易再開に向けて動こうと思います。協力をよろしくお願いします」
と纏めた。
俺は中国語がわかる通訳を雇い、中国語の勉強を進めながら、津田海軍の五千石船に乗って九州へと向かった。
島津とは商人達が博多に向かうための中継地点として出入りしていた為に普通に入港できたが、島津の殿様と交渉がしたいと言うと島津16代当主である島津義久との面会することができた。
「島津義久だ」
「織田家家臣津田家操でございます」
普通重臣の方を挟んで、交渉をしてから当主への面会というのが普通なのに押しかけた俺に対して義久様は最大限の対応をしてもらえた。
「織田家は室町を蔑ろにし、将軍を廃し、独自の政治をし始めたと聞く。武家としては秩序を崩壊させる許しがたい行為だ。何か弁明はあるか?」
「そもそも応仁の乱以後日ノ本が混乱状態となったのは室町のせいであり、管領や重臣による政争により混乱は拍車をかけて制御不能となりました。朝廷はこの現状を憂いて織田家に声をかけたに過ぎません」
「ふむ……織田家は朝廷の指示に従っただけであると?」
「それもありますが、海外から南蛮人が流入しており、南蛮人はキリスト教という宗教を布教することで元寇の様な侵略の橋頭堡を確保しようとしているのです。この状態で内乱が続くのは日ノ本の混乱に拍車をかけるのみであると主である織田信長様は考え、汚名を被ることを省みずに政権の強奪をすることになりました」
「ふむ……」
「織田家としましては島津家を重要視しており、薩隅日三州を島津家が治めるのは正当であると考えていますし、それに伴う支援を行う準備があります。手始めに鉄砲(型落ち)500丁を持ってきましたので納めください」
「織田家からの誠意は受け取った。要望は何だ」
「織田家としては今後明との交易を復活させるために島津家の薩摩国と琉球王国の補給を受けながら台湾という倭寇の拠点になっている島の占領を狙います。なので補給と交易の許しをもらいたい」
「うむ……薩摩を交易の拠点とするなら薩摩の飢えた民を救うことにも繋がるだろう。よし、補給と交易に船を立ち寄らせることを許そう。琉球にも紹介する文を書くとしよう」
「ありがとうございます」
「誠意には誠意に対する。日ノ本の混乱も室町が悪いのは事実だ。先ほどはあぁ言ったが、思う事はある。して織田家は幕府を再び開くのか?」
「西国が片付き次第、新しく幕府の開府となると思われます。場所は安土か大坂のどちらかになるでしょう。島津家が西国同盟に参加しないで距離を置いていただけるだけで、織田家としては薩隅日三州の保有を保証します……あと手土産になりますが」
俺は薩摩芋を出した
「この芋は?」
「薩摩の名前を冠する薩摩芋という芋でございます。痩せた土地でもよく育ち、1つの種芋から70から80個もの芋が実ります。田にし辛い土地にてお試しください。こちらが薩摩芋の育て方を書いた農書になります」
「うむ、確かに受け取った。感謝するぞ」
義久様との交渉は平和裏に終了するのであった。
俺は手紙を受け取って琉球王国を目指すことにするのだった。