Count Scarlet's perspective
狼男は、運命で見た通りに悪魔の魔力水晶を破壊した。
そして僕は、これもまた運命で見た通りに、彼を館の外――【まどいの森】へと追放した。
追放。
言葉にすれば冷たい。
けれど、あれは終わりではない。
少なくとも、僕にはそう見えていた。
館へ戻る廊下を歩きながら、僕は自分の胸の内に湧き上がる感情を確かめる。
権能を失った喪失感。
世界から授けられた【モナドの権能】が破壊されたという、調停者として見過ごせない異常事態。
普通なら、まず恐れるべきなのだろう。
焦り、狼狽し、世界に何が起きたのかを調べるべきなのだろう。
だというのに。
僕の胸を満たしていたのは、恐怖よりもずっと強い感情だった。
――変わっていく運命。
――動き出す物語。
それは僕が長い間、渇望し続けてきたものだった。
変わらないはずだった未来が変わっていく。
絶対であるはずだった予定調和が、どこかの誰かによって壊された。
それが、たまらなく恐ろしくて。
たまらなく、嬉しかった。
――もう、あの絶望的な未来を見なくて済む。
――もう、ただ観客席から破滅を眺めるだけの自分でいなくてもいい。
そんなことを考えてしまう自分が、調停者として正しいのかどうかは分からない。
分からないけれど。
胸の奥で、凍りついていた何かが、少しずつ溶けていくような気がした。
執務室の扉を開ける。
すると、椅子にもたれかかって待っていた悪魔が、紅い瞳でこちらを見つめてきた。
「戻ったよ」
いまだに改変されつつある運命に困惑しながらも、溢れ出る期待感を抑えられず、僕は少し弾むような足取りで部屋へ入った。
「あの不思議な少女と関わった狼男を中心に、運命がどんどん改変されていく……もしかすると、彼女は僕たちが諦めかけていた変化を運んでくる存在なのかもしれない」
「それはそれは、よろしいことです〜」
悪魔はいつもの調子で、にこにこと笑った。
けれど、その声にはほんの少しだけ棘が混じっている。
「それにしても、嬉しそうですね〜伯爵様。……私はこんなちんちくりんな姿にされちゃいましたのに〜……」
「……ご、ごめんて」
そこでようやく、僕は彼女の姿をまじまじと見た。
先程までと比べて、綺麗な真っ赤な長い髪や紅い瞳は変わらない。
けれど、背中にある悪魔の翼は一回り小さくなっていて、体格も随分と幼い姿へと変化していた。
小柄な少女。
そう表現するのが一番近い。
普段の彼女が持っていた、悪魔らしい艶やかさや危険な余裕は少し鳴りを潜め、代わりに妙な可愛らしさが前に出てしまっている。
これはこれで、かなり珍しい。
「……それにしても、随分と可愛らしい姿になっちゃったね」
「伯爵様〜?」
「はい」
にこり。
悪魔が笑う。
笑っている。
しかし、その紅い瞳はまったく笑っていなかった。
あ、まずい。
今のは完全に余計な一言だった。
「……まぁ、これは避けられる運命ではなかったようですし、仕方がないことですよね〜。それでも、こうなるって先に教えてほしかったですよ〜……まったく〜」
小柄な少女の姿に変化した悪魔が、小さくなってしまった身体を自分で抱きしめながら、ちょっと恨めしそうな目でこちらを見てくる。
「本当にごめん。あとで埋め合わせはするよ」
「本当ですか〜?」
「もちろん」
僕は頷く。
すると悪魔は、にこにことした笑顔のまま、じっとこちらを見上げてきた。
……しまった。
今の言い方は、少し不用意だったかもしれない。
「でも、これで不思議な運命の歯車が回り出したようだよ。その証拠に、君がそんな姿になっちゃったことは
「え!? 伯爵様の能力でも分からなかったんですか!?」
悪魔は目を丸くした。
長い付き合いだからこそ、彼女は僕の能力を誰よりもよく知っている。
僕の【運命を覗く程度の能力】が、どれほど精密に、どれほど厄介に、近い未来を見通してしまうのかも。
だからこそ、その能力でも見えなかったという事実に、彼女は本気で驚いているのだろう。
「びっくりだよね?」
僕は小さく笑った。
【運命を覗く程度の能力】が、徐々にうまく機能しなくなっている。
今までなら、何もせずとも自分の周囲の未来の運命は、否が応でも能力で知らされていた。
けれど今では、知ろうと思わなければ能力が発動しない。
さらには覗き見える運命の光景も、まるで薄い霧がかかったかのように、少し見えにくくなっている。
調停者として考えれば、明らかな弱体化だ。
危機感を抱くべき状況だろう。
それなのに。
僕はそのことが嬉しくて仕方がなかった。
未来が見えにくくなったことに。
予定調和が見えなくなったことに。
決まりきった結末を突きつけられなくなったことに。
感謝すら覚えていた。
権能が破壊されたことに危機感を持たないなど、【調停者】としては失格かもしれない。
けれど、それは今まで【予定調和】という絶対の未来に縛られていた僕にとって、救済と呼べるほどに大きな変化だった。
それに。
あの少女は。
黒い本を手にした、白銀の長髪の少女は。
もしかすると、遠い未来に予見されている【終末】にさえ、何らかの変化を与えてくれるのかもしれない。
もちろん、確信はない。
期待しすぎるのは危険だ。
彼女に勝手な希望を背負わせるつもりもない。
それでも。
変わらないはずのものが、たしかに変わった。
その事実だけで、僕には十分だった。
「……さてと」
僕は気持ちを切り替えるように、軽く手を叩いた。
「じゃあ、僕は狼男が連れて来る謎の少女と、カリスマ溢れる初対面を演出してくるよ。……君には悪いけど、一応この執務室でもう一度待機しておいてくれるかな?」
そう言って、小さくなってしまった悪魔にお願いをする。
すると、悪魔はニコッと屈託のない――ように見える、可愛らしい笑顔を浮かべて、僕の服の裾をきゅっとつまんできた。
「分かりました〜。……でもその前に……」
――あ、まずい。
「じゃ、行ってくるね」
悪魔が何かを言いかける前に、服の裾を掴んでいた手をそっと振りほどいて、足早に執務室を出発しようとする。
――しかし、回り込まれてしまった。
「伯爵様? 行かれる前に、1つのお願いと、先程埋め合わせをすると言っていた1つの対価をいただきたいです〜」
「……」
……まずい。
この悪魔に借りを作るとろくなことにならない。
どさくさに紛れて逃げてしまおうかと思ったが、さすがは長い付き合いなだけあって、逃げる気配を感じ取られていたらしい。
逃がしてもらえそうにない。
「……じゃ、じゃあ、まずはお願いから聞こうかな?」
「結局、私の【魔力水晶】を破壊したのは……」
「狼男です!」
狼男には悪いが、即答しておく。
見えた運命では、追放したはずの狼男がこの館に戻ってきていたし、黙っておく必要もないよね。
「やはり、狼さんでしたかぁ〜。後で狼さんにも対価を貰いに行くとして〜……」
「ほどほどにしてあげてね」
「それは狼さんの反省次第ですね〜」
にこにこ。
笑顔が怖い。
狼男。
健闘を祈る。
「では、伯爵様には、私をこんなはちゃめちゃな運命に巻き込んだ対価をいただきますね〜」
「……ごくり」
問題はこれだ。
彼女に対価を要求された時は、大抵ろくでもないことになる。
長い付き合いなだけに、一番被害を被っている僕が言うんだから間違いない。
この間は、人間国家に依頼された辺境で暴れていた野蛮な吸血鬼たちの粛清が面倒くさくて、彼女に丸投げで任せた。
その対価として、僕は1年間、女の子が着るようなひらひらとした可愛らしい服を着ることを強制された。
ついこの前も、面倒くさそうな人間との協定の話し合いを彼女と
その結果、
…………とにかく。
彼女に対価を要求された時は、だいたいろくなことにならない。
「これから来るお客様には、きちんと伯爵らしく振る舞ってください〜」
「……へ?」
思わず、間抜けな声が出た。
「それだけでいいの?」
「はい〜。ただし、条件があります〜」
悪魔はにこにこと笑ったまま、指を1本立てた。
「初対面の相手に、いきなり運命だの予定調和だの権能だのを語らないこと」
「……」
「相手の正体を見透かしたような顔で、にやにやしないこと」
「……」
「嬉しくなって、面白い面白いと連呼しないこと」
「……」
「そして、面倒くさがって説明を雑にしないこと」
「……僕を何だと思っているんだい?」
「初対面の相手に全部やりかねない吸血鬼です〜」
何も言い返せなかった。
悔しい。
あまりにも的確だった。
「つまり、僕に紅魔館の主として、優雅で、穏やかで、相手を怖がらせない対応をしろと?」
「そういうことです〜」
悪魔は、いつもの軽い調子でそう言った。
けれど、その紅い瞳は少しだけ真剣だった。
「あの不思議な少女は、伯爵様にとっても、この館にとっても、大事なお客様になるかもしれませんからね〜」
「……君もそう思うのかい?」
「伯爵様がそこまで嬉しそうにしている時点で、普通のお客様ではないのでしょう〜?」
彼女は小さく肩をすくめる。
小さな身体でそれをやると、妙に可愛らしい。
本人に言ったら怒られそうだから、黙っておくけれど。
「それに、伯爵様は面白いものを見つけると、すぐに相手を試したがりますから〜。最初くらいはちゃんとしてくださいね〜」
「……分かったよ」
僕は小さく息を吐いた。
「これから来る客人には、紅魔館の主として礼を尽くす。運命の話も、権能の話も、必要以上にはしない。面白がって怖がらせることもしない。これでいいかな?」
「はい〜。契約成立です〜」
悪魔は満足そうに笑い、手元に契約書を浮かべた。
……やっぱり契約書にするんだ。
油断ならない友人である。
悪魔への対価の支払いは、概ね【契約】によって行われる。
悪魔は【契約】を司る存在のため、悪魔にしか契約を結ぶことはできない。
そんな悪魔にとっての契約は、神にとっての【信仰心】や、妖怪にとっての【畏れ】と同じように、自分の存在意義として大事なものらしい。
だからこそ、本来なら人間たちや家名を持つ吸血鬼お抱えの悪魔たちから送られてくる大量の契約書の確認を、この悪魔に任せたい。
任せたいのだけれど。
他人の苦しむ姿を見たい、という大変悪魔らしい趣味を持つ彼女は、あえて大量にある周辺国家や吸血鬼たちとの契約書の確認を僕にさせてくる。
彼女ほどしっかりと悪魔をやっている悪魔を、僕は見たことがない。
「それと〜、伯爵様」
「……今度は何かな」
嫌な予感がする。
悪魔は契約書にさらさらと文字を書き込みながら、こちらを見上げた。
「どうせ、あの少女に【月光館】を譲るつもりでしょう〜?」
「……」
思わず、足が止まった。
「まだ何も言っていないんだけど」
「顔に書いてあります〜」
「そんなに分かりやすいかな、僕は」
「伯爵様は、面白い運命を見つけた時だけ、子供みたいな顔をしますから〜」
「それは心外だね」
「本当のことです〜」
悪魔は楽しそうに笑った。
小さくなっても、この遠慮のなさは変わらないらしい。
「それに、あの館はずっと使っていませんし〜。紅魔館の近くで正体不明の吸血鬼に野宿されるよりは、ずっと都合がいいでしょう〜?」
「……君は本当に、僕の考えを読むのが上手いね」
「長い付き合いですから〜」
月光館。
紅魔館から少し離れた山の上に建つ、古い別館。
元々は客人を泊めるための館だったが、ここしばらくは使っていない。
紅魔館ほど大きくはないが、吸血鬼が暮らすには十分すぎるほど整っている。
地下室もある。
日差しを避ける場所にも困らない。
調度品も、最低限は残っている。
そして何より、紅魔館に近い。
近すぎず、遠すぎない。
こちらから見守ることもできるし、相手から干渉しすぎられることもない。
謎の少女を迎えるには、悪くない場所だ。
「……別に、ただの善意ではないよ」
「分かっています〜」
悪魔はさらりと言った。
「あの少女の運命を近くで見たい。紅魔館にとって有益な存在なら良き隣人にしておきたい。狼さんを拾った責任も、少しは感じている。そんなところでしょう〜?」
「……そこまで言われると、僕の立場がないね」
「立場なら最初からあまりありませんよ〜伯爵様〜」
「ひどいなぁ」
思わず苦笑する。
でも、否定はできなかった。
僕があの少女に期待しているのは事実だ。
あの少女が、変わらないはずだった予定調和を壊したのだとしたら。
あるいは、予定調和を壊す何かと深く関わっているのだとしたら。
その存在を遠ざける理由はない。
むしろ、近くに置いた方がいい。
紅魔館にとっても。
僕自身にとっても。
そして、あの狼男にとっても。
「それにね」
僕は小さく笑った。
「追放した狼男が、いきなり新しい主人を連れて戻ってくるんだ。少しくらい、元主人として格好をつけてもいいだろう?」
「格好をつけるだけで館を1つ譲る吸血鬼は、そう多くないと思いますけどね〜」
「吸血鬼は見栄が大事だからね」
「便利な言葉ですね〜」
悪魔は呆れたように笑った。
その笑みが、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「……狼さん、戻ってくるんですね〜」
「ああ。戻ってくるよ」
僕は頷いた。
「以前とは、少し違う形でね」
悪魔はしばらく黙っていた。
小さくなった手で契約書を押さえながら、紅い瞳を伏せる。
魔力水晶を壊されたことに怒っているのは本当だろう。
けれど同時に、あの狼男が戻ってくることに、どこか安心しているようにも見えた。
長い間、紅魔館にいた番犬。
不器用で、臆病で、自己評価が低くて、けれど妙に律儀だった狼男。
その彼が、運命を変えられて戻ってくる。
新しい名を得て。
新しい主人を得て。
きっと、以前とは違う目でこの館を見ることになるのだろう。
……羨ましいな。
ふと、そんな感情が胸をよぎった。
変わっていく運命。
新しい居場所。
新しい役割。
それを得た狼男が、ほんの少し羨ましい。
いや。
ほんの少しではないのかもしれない。
僕はずっと、予定調和に縛られていた。
何でも見える権能による退屈と絶望に耐えかねて、出て行ったきり帰ってこなくなった――困った愛しい放浪者。
近い未来、【予定調和】として勃発すると予見されていた、妖怪と人間の大戦争。
そして、その後に訪れる、すべてを消滅させ、世界を無に帰す破滅の光による終末。
今までの僕は、ただただ、変わり映えのないそれらの悲劇を、観客席から見ているだけだった。
止めようとしても、結末は変わらない。
抗おうとしても、予定調和は揺らがない。
そんな世界で、僕は笑っていた。
退屈そうに。
楽しそうに。
まるで何も知らない吸血鬼のように。
けれど本当は、ずっと。
ずっと、賽を投げる勇気が欲しかった。
投げても何も変わらないと知っていたから。
賽の目すら予定調和に組み込まれていると分かっていたから。
僕は賽を握ったまま、動けずにいた。
でも。
今は違う。
変わらないはずだった未来が壊れた。
何者かが、予定調和の盤面に亀裂を入れた。
ならば。
今度は僕が、賽を投げる番だ。
「……伯爵様?」
悪魔の声で、我に返る。
彼女は少しだけ心配そうに、こちらを見ていた。
「大丈夫だよ」
僕は微笑む。
それはきっと、いつものような誤魔化しの笑みではなかった。
「少し、勇気が出ただけだから」
「……そうですか〜」
悪魔はそれ以上、何も聞かなかった。
代わりに、完成した契約書をひらひらと振ってみせる。
「では、契約は成立です〜。伯爵様はこれから来るお客様に、紅魔館の主として礼を尽くすこと。相手を怖がらせないこと。面白がりすぎないこと。説明を雑にしないこと。以上です〜」
「……地味に縛りが多いね」
「伯爵様にはこれくらいでちょうどいいです〜」
「信用がないなぁ」
「日頃の行いですね〜」
まったく、ひどい友人だ。
でも、そのひどさが今は少しありがたかった。
彼女がいつも通りでいてくれるおかげで、僕もいつも通りの顔を作れる。
紅魔館の主として。
吸血鬼の伯爵として。
これからやって来る、不思議な客人を迎えるために。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい〜。頑張ってくださいね〜伯爵様〜」
「何を頑張るんだい?」
「カリスマです〜」
「……それは頑張って出すものなのかな」
「伯爵様の場合は、頑張らないとすぐ胡散臭さが勝ちますから〜」
「ひどいなぁ」
苦笑しながら、僕は執務室を後にした。
契約書をせっせと整理し始めた悪魔を背に、紅魔館の廊下を歩く。
夜の廊下は静かだった。
壁に掛けられた燭台の炎が、わずかに揺れている。
窓から差し込む月光が、赤い絨毯の上に淡い銀色の帯を落としていた。
廊下を歩きながら、僕は改めて思う。
――不思議な少女によって、変わるはずのない【予定調和】の未来が変わった。
このことは、この世に存在してから今まで変わることがなかった予定調和に絶望していた僕に与えられた、初めての希望だ。
だから僕は、運命を変えられた狼男に嫉妬している。
少女が僕や、この館の運命も変えてくれるのではないかと、期待もしている。
もちろん、すべてを彼女に委ねるつもりはない。
彼女が何者なのかも分からない。
彼女自身が何を望んでいるのかも分からない。
なら、まずは出会わなければならない。
話をしなければならない。
怖がらせずに。
試しすぎずに。
面白がりすぎずに。
……うん。
さっそく難しいな。
契約内容を思い返し、少しだけ頭が痛くなる。
とはいえ、僕は紅魔館の主だ。
客人を迎える礼儀くらいは弁えている。
たぶん。
館の正面玄関へと続く廊下を抜け、重厚な扉の前で立ち止まる。
深呼吸をひとつ。
扉を開けると、外の夜気が静かに流れ込んできた。
満月の光が、優しく僕を照らしている。
先程までとは違う、希望に満ちた月明かり。
門へと続く石畳の道を歩きながら、僕は胸の高鳴りを感じていた。
これから出会う少女は、一体どんな存在なのだろう。
そして、彼女は僕たちに何をもたらすのだろう。
期待と不安が入り混じった感情を抱きながら、僕は門の前で立ち止まった。
能力を使って、狼男と少女の接近を確認する。
――もうすぐだ。
未来の光景は、以前よりも少しぼやけている。
けれど、それが不快ではなかった。
むしろ、その曖昧さが愛おしい。
見えない未来。
分からない明日。
何が起きるか分からない出会い。
それらが、これほど眩しいものだとは思わなかった。
深呼吸をひとつ。
そして、僕は覚悟を決めた。
変わらない運命に縛られた日々は、今日で終わる。
これからは、自分の意志で未来を切り開いていく。
そう心に誓った瞬間――門の向こうから、2つの気配が近づいてくるのを感じた。
「着きました。ここが、私が以前お世話になっていたご主人様……スカーレット卿の住まう館、紅魔館です」
随分と可愛らしい声になった狼男の声が聞こえる。
そして、もうひとつ。
不思議な、優しくて柔らかな、少女の気配。
決心と勇気を胸に、僕は門をくぐって来訪してきた2人の少女に向けて、もう一歩踏み出した。
左胸に手を添え、右足を後ろへ引く。
吸血鬼の伯爵として。
紅魔館の主として。
そして、ようやく賽を投げる者として。
僕は、月下の客人たちに向けて微笑んだ。
「ようこそ、紅魔館へ」