The perspective of the silver-haired girl
Still a butterfly dream
そよ風が静かに吹き抜ける月明かりに照らされた平原。
月明かりを攫うそよ風に草原が揺れ、もはや神秘的なほどに心地よい静けさに包まれている。
平原から空を見上げると、深い蒼のヴェールに包まれた夜空の星屑が無数に瞬いている。
そんな星々がキラキラと輝く夜空に、まん丸な月がぷかぷかと浮かび、その存在感を堂々と主張していた。
星たちが、まるで主役の座を月に譲るかのように静かに瞬いている様子からして、どうやら今夜は素敵な満月の夜らしい。
そんな月夜の優しい光に照らされて、平原には2つの奇妙な影が浮かび上がる。
1つは、ちょこんと正座しながら、少しはしゃいでいるかのように、もう一方の影にずいずいと近づく小さな影――もとい私。
もう一方は、私が近づくたびにビクッ!ビクッ!と震えて、地面に頭をゴシゴシ擦り付けて身を縮こまらせている大きな影――もとい変態狼マスクさん……いや、狼男さん。
「……ところで!狼男さん、ちょっと聞きたいことがあります!」
「ひぃいいい!?ひゃ、ひゃい!ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」
さっきから何度も繰り返しているこの問答。
どういうわけか、狼男さんは私を恐れているかのようにガタガタと震え、身を伏せたまま動かない。
「……さっきから、なんでそんなに怯えてるんですか?普通にお話しましょうよ〜」
「ひぃいいい!!ごめんなさいぃ!!」
問答するたびに、彼が明らかに怯えているのがわかる。
……今の私の見た目は、どう見ても小さな人間の女の子。
どちらかといえば、人間を主食にしてそうな私の十倍近い体格を持つ狼男さんの方がよほど怖いと思うけど……。
「……わ、私は大妖怪であられる貴方様を人間の少女だとは思っておりません……今は……」
「あ、あれ?今、私の心の声が口に出ちゃってました?」
あんまりにも怯えている狼男さんを不思議に思っていると、その疑問が口に出ていたのか、狼男さんがガタガタ震えながら口を開いた。
……というか、さっきは血走った目で追いかけてきていたのに、今さら何でそんなに怯えちゃってるんだろう……。
「さ、先程は……貴方様が人間の少女に見えて……って、あ、ちがっ!あ、貴方様のような凄まじい妖力を持った大妖怪様に出会えた喜びで、思わず身体が動いてしまったのですよ!」
「あれれ?また口に出ちゃってました?……というか、それは嘘ですよね。さっき思いっきり『おまえうまそうだな』って言って、目を血走らせて襲いかかってきましたよね?」
「うぅ……殺すなら痛くないようにお願いします……」
「……」
……とりあえず、すべてを諦めたかのような遠い目になってしまった狼男さんは一旦しばらく放っておこう。
狼男さんが落ち着くまで後回しにしていた、あちこちにぶん投げて散らかってしまった謎を拾い集めてみよう。
あまりにも突拍子なくポンポン出てくる謎に感覚が麻痺してきている感じもするけど……。
とにかくまずは、自分自身のことから。
間違いなく、ただ者じゃない――。
……いや、こう言うと自意識過剰でナルシストっぽいけれど。
客観的に見て、今の私は絶対普通の人間じゃない。
だって、マッハ3で走っても無傷だし、戦闘機だってびっくりするほど頑丈な身体を持つ女の子なんだもの。
……戦闘機と頑丈さでタメ張れる女の子――どこぞの空想科学○本のネタになりそうな設定だ。
それから、走力や身体の頑丈さ以外にも分かったことがある。
防御力と素早さは確認できたから次は攻撃力かなぁ、とかまるでRPGキャラのステータス確認みたいに呑気な考えで握力を見てみるために試しに近くの木の枝を握ってみたら……なんと、爆発した。
いや、ほんとに。
握った小枝が文字通り“ボンッ”と爆発しちゃった。
よく見れば、握った小枝は真っ黒に焦げて、辺りに飛び散っている。
今更だけど物理学っぽく考えてみると、枝と一緒に握った空気が圧縮されて、分子の運動エネルギーが上がり、圧縮熱で発火……そのまま小枝ごと炭化した――という感じだろうか。
――と、自分で説明しておいてなんだけど、何がなんだか全然意味が分からない。
握力で空気を圧縮して発火させるとか、もはやこれじゃあ某グラップラー漫画みたいなシチュエーションだ。
石炭を握ってみてダイヤモンドに変わるか試してみようかな……。
ついでに、面白くなってしまって、握った拳で近くの木を殴ってみたりもしてみた。
すると、細枝が折れるみたいに、大木がポキッと折れて、ズシンと地響きを立てて横たわった。
まさかポキっと折れるとは思わなくて、申し訳なくなってひょいっと持ち上げて地面に差し木しておいた。
……まるで庭いじりでもしているかのように簡単に。
ここまでやってから、自分の手をよく見てみたけど、少し土で汚れているくらいで、どう見ても華奢な女の子の手だ。
大木をポキッと折ったり、ひょいっと持ち上げたりできるような手には全然見えない。
ぷにぷにと手のひらを突っついてみても、マシュマロみたいにふわふわな感触しか帰ってこない。
そんな事が小さな女の子の手のひらで起こす事ができるなら空想科学○本もびっくりである。
そんな実験(?)をして自分の力を確かめた後、震えながら逃げようとしていた狼男さんを情報収集のために捕まえ――じゃなくて、迎えに行き、担いで平原まで連れてきたというわけだ。
ついでに、担いだ時に気付いたけど、狼男さんは意外とお花みたいないい匂いがした。
そして冒頭に戻る。
……なるほど。
よくよく考えたら、大木をポキポキ折ってた小さな女の子に突然担がれて連れ去られたんだから、狼男さんからしたら恐怖体験の真っ最中だよね。
そりゃガタガタ震えるのも無理ないか……。
考え事をしながらしばらく狼男さんの様子を見ていると、狼男さんの震えが少しずつ収まってきた。
まだ完全には止まっていないけど、最初のような【バイブレーション最大ガクガク】状態から、【弱めの目覚ましモード】くらいにはトーンダウンしてきている。
時折、上目遣いで私の様子を窺っているけど、私と目が合ったらすぐに目を逸らしてしまう。
まるで怖い先生に怒られている学生さんみたいで可愛い。
でも、とりあえず逃げ出そうともしないし、何か話せる状態になってきたかも。
さて、どうしよう。
この狼男さん、なんでか知らないけど私のことを【吸血鬼】って呼んでるんですよね。
それに、絶賛異世界転生モノの主人公みたいな状況の私はこの世界のことも何も分からないですし、せっかく話せそうな相手が目の前にいるんだから、情報収集のチャンスだ。
とはいえ、あまり強引に詰め寄ると、また【バイブレーションMAX】に戻りそうだから、優しく話しかけよう。
相手は怯えた子犬……じゃなくて、怯えた狼男さんなんだから。
「そ、そういえば、先ほどはどうして私のことを吸血鬼って呼んだんですか?」
「そ、それは……狼男である私が捕捉できないほどの速度で移動できる大妖怪様は、この辺りでは吸血鬼様しかいませんので……」
「ふ、ふむふむ。なるほど!」
正直狼男さんが言ってることはあんまり分かってないけど、とりあえず相槌を打っておく。
こういう時はノリが大事!
「それでは狼男さん……あ、そういえば、お名前はなんていうんですか?」
「……弱小な妖怪は基本名前を持っていないのです。吸血鬼様なら皆、家名やその名に込められた人間からの畏れによる加護を持っていますが、我々〝狼男〟のような〝無名の妖怪〟は吸血鬼様のような強大な存在の庇護下で加護を頂きながら生き長らえているのです。ですから、私のことはそのまま狼男とお呼びください」
そう言って、狼男さんはちょっと自嘲気味に笑った。
妖怪か……。
自分自身が人外的な能力を持っていたことだし今さらメルヘンな存在に驚く余裕なんてないけど、ここまで来ちゃったら妖怪という存在を受け入れるしかないですよね。
ていうか、狼男が無名だなんて……オカルト好きじゃなくても知ってる有名どころだと思うんだけどなぁ。
ハロウィンの仮装でも定番の三大モンスターの一角ですし。
フランケンシュタインと吸血鬼と狼男!って感じで。
「ふむ、じゃあ貴方も吸血鬼かその他の存在からの加護を受けてるんですか?」
「……いえ、私は加護を先ほど取り上げられてしまいまして。妖怪の存在の源である“畏れ”のエネルギーが枯渇して、もうすぐ世界から消えてしまうところなのですよ」
……サラッとすごいこと言った!
え、ちょっと待って。
「もうすぐ世界から消えてしまう」って……死ぬってこと?
そして「畏れのエネルギー」って何?
妖怪学の授業でも受けないと理解できなさそうな専門用語が飛び出してきて混乱してしまう。
どっちにしても、なんかすごく深刻な話をポロッと言ってませんか!?
「え!?ど、どうして?なんで加護を取り上げられちゃったんですか?」
「……なんというか、私は結構、不器用でして……。本来、狼男は満月の夜を経ていくことで人狼という妖怪に進化していくのですが……」
ふと空を見上げると、まんまるなお月様が満面の笑顔でこちらを見ている。
確かに今夜は満月だ。
狼男さんの話によると、狼男は満月のたびに力を得て、やがて“人狼”へと進化していく種族らしい。
「じゃあ狼男さんも、その人狼ってやつに進化する途中なんですか?」
「……私は人狼になり損ねた、落ちこぼれの狼男なのです」
そう語る狼男さんの顔は、相変わらず立派なかっこいい狼顔だけど、なんだか寂しそうに見える。
「狼男は満月から力を授かると、獣の姿から徐々に人間の姿へと変わっていきます。そうして人間社会のようなコミュニティを作るのです。でも、私だけは何故か月から力をもらえず進化できなかったので、そのまま同族から追い出されてしまいました」
今の狼男さんは、まるで茶色い狼が二足歩行してるみたいな姿。
この姿、私的には結構カッコいいと思うんだけどなぁ……。
でも本人はかなり悔しいみたいで、拳を握りしめて爪が食い込むほど力が入っている。
「その後、吸血鬼の館の番犬として雇ってもらったんですが、このまま満月の夜になると、物を上手く持てないし、力加減も苦手だしで、館の主様にたくさんご迷惑をおかけしてしまって……。ついさっき、館を追い出されて路頭に迷っていたところなのです」
「……そうだったのですね」
なるほど。
きっと、そんな事情があって、私から“畏れ”やエネルギーをもらおうとしたんだろう。
確かに、襲ってきたあの時の目つきはちょっと怖かったなぁ……。
「まあでも、最後に貴方のような美しい吸血鬼に殺されるのなら、妖怪本能に尽きるというものです。今更抵抗いたしませんので、どうか安楽な死をお与えください」
……。
…………。
………………え?
ちょ、ちょっと待って!?
そんな物騒なことしないですし!
むしろ助ける気マンマンなのですが!?
この状況で死を覚悟されるとか、私どんだけ怖がられてたのですか!?
いや、確かに狼男さんは最初私を食べようとしてきて怖かったけれど、それは生きるための本能だったわけで。
今こうして話してみれば、むしろ不器用だけど真面目で誠実な人柄……というか妖怪柄?が伝わってくるし……。
できることなら助けてあげたい。
もし吸血鬼が加護を与えられる存在なら、他称吸血鬼の私にもできるかもしれない。
加護さえあれば、狼男さんは消えずに済むはず……たぶん。
やり方は分からないけど、狼男さんに聞けばなんとかなる……はず!
狼男さんは声には出さないけど、明らかに驚いた顔でこっちを見てくる。
……もしかして、妖怪的な超すごいパワーで私の心の声をちょっと読めちゃったりしてるのだろうか?
しばらく沈黙が続いた後、狼男さんは狼の顔でニコリと微笑んだ。
「……貴方様の寛大な心遣いに感謝いたします。……最期に出会えたのが貴方で良かった」
最後の言葉はうまく聞き取れなかったけれどそう言って、狼男さんは跪いて頭を垂れる。
「わ、分かりました! でも、跪くのはやめてください。前の主人がどうであれ、私はそういうの苦手なんです。普通でいいんですよ、普通で!」
「かしこまりました」
狼男さんは素直に立ち上がったけど、なんだか緊張した面持ちのまま。
「それと……狼男さん、って呼びにくいので、私が名前を付けてあげます!」
狼男さんの緊張を解すためにも軽く手を挙げて提案してみる。
「なっ!? お、おやめ下さい! 妖怪への名付けは本来危険な行為です。名付けとは、名付けた妖怪に魂の力を分け与えて眷属にするという意味で――そんな恐れ多いこと……!」
おお、なるほど。
名付けって単なる呼び名じゃなくて、この世界じゃ魔法的な契約みたいな意味合いがあるのでしょうか。
ファンタジーっぽいです!
でも、それなら尚更狼男さんを助けられるチャンスなのでは!
「じゃあ、今日から貴方は〝ヴァルター〟です! ドイツ語で執事って意味の言葉から取ってみました。まあ、私は貴方のこと、執事っていうより家族みたいに思ってるので……仲良くしてくださいね! 執事は気が向いたらでいいです!」
「へぁ!?」
狼男さん……いや、ヴァルターの目が丸くなって、狼の顔なのに人間のような驚きを見せている。
口をパクパク開けたり閉じたりして、何か言いたいけど言葉が出てこない様子。
ヴァルターの丁寧な話し方にピンときて、ふと思いついた名前をそのまま名付けてみた。
ドイツ語で執事という言葉をちょっとアレンジして「ヴァルター」にしてみた。
気に入ってくれるといいな……。
……というか、家族とか言っちゃった。
ちょっと軽率だったでしょうか?
だって出会ってまだ数十分ですし。
……でも、なんだか不思議と親近感を覚えるんですよね、このモフモフした狼男さん……じゃなかった、ヴァルターに。
出会ったばかりなのに距離感ミスりましたかね……。
ま、まあ、これから仲良くなりたいって気持ちは本当ですし。
……ていうか、ぷぷぷ。
ヴァルターの狼顔で驚く表情が、なんだかコミカルでちょっと笑ってしまう。
「……ん?……んあ!? ……んっ……あ、くぬぬぬぅ!?」
くすくす笑っていると、突然私の中から何かが抜けていく感覚がして、全身がガクンと脱力。
そのままへなへなと座り込んでしまった。
しばらくして流れ出る感じは収まったけど、体が重いし、全身がじんじんと痛む。
な、なるほど。
これが名付けにともなう力の譲渡ってやつですか……。
確かに本能的に嫌な感じだ。
全身の骨の髄から何かをむしり取られるみたいな、ゾワゾワする痛みと脱力感。
人間で言うと、首とか手首とか、急所をギコギコ刃物でなぞられてるみたいな、すごく気味の悪い感覚……。
でも、どうやらこの身体には痛みに対する耐性があるようで、激痛に泣き叫んだり、狂ったりすることなく耐えられそうだ。
それにしても、名前を付けるだけでこの代償はエグい。
これは確かに、ヴァルターが名付けを危険視するのにも頷ける。
「こ、これは……!?」
何だか妙に可愛らしい女の子の驚いているかの様な声がヴァルターの方から聞こえた。
ぐったりした身体を無理やり起こしてヴァルターがどうなったか確認してみる。
そこにいたのは、さっきまでの大きな狼男じゃなくて――。
年の頃は十四歳くらい、柔らかそうな茶色のセミロングの髪、身長は今の私よりちょっと高い140cmくらい。
そして、なんと全裸の、めちゃくちゃ可愛い女の子がぽつんと立っていた……。
……ん?
……女の子?
「うえぇ!?狼男さんじゃなくて狼女さん?いや、狼少女さん!?というかすっぽんぽんじゃあないかぁぁぁ!服を着なさい!」
目の前には一人の裸の少女。
そして、その少女は間違いなく、さっきまでの狼男さん、ヴァルター。
私の頭の中は「?」でいっぱいだ。
異世界の生物の生態って、こんなに不思議なのだろうか?
というかここは本当に異世界で確定なのだろうか。
頬をつねってみる。
……痛い。
目を閉じて開いてみる。
少女はまだそこにいる。
これが夢なら、そろそろ目が覚めてもいい頃なのに。
……もう認めるしかないようだ。
これは間違いなく現実だ。
私は本当に異世界にいて、本当に吸血鬼になって、そして本当に狼男さんが美少女に変身している。
どれだけ非現実的な状況でも、私の目の前で起きていることは紛れもない事実だと直感とも言うべき私の勘がそう告げている。
私はただ呆然としながらも、少しずつこの世界の「常識」を受け入れ始めていた。
【あとがき】
第3話です!
ここでは物語の主要人物の一人ヴァルターが登場します。
前作を既読の方は察しているでしょうが、リメイク版でも変わらず色んな意味で不遇の幸薄いキャラです…
今後ケモミミ大好きな主人公からセクハラされ続けて不遇という意味でもあるし、生まれも不遇という意味でもあるしでいじられキャラとして不遇キャラを書くのが好きな作者もヴァルターがいるだけでエピソード作りが楽しくなります。
以下簡単なヴァルターのキャラ紹介を書いておきます。
ヴァルター
主人公がこの世界で初めて出会った妖怪。
初対面時は茶色毛の2足歩行の狼といった風貌で全裸で主人公を追いかけ回した為、主人公からは内心変態狼マスクと称されていた。
(実際は大真面目に主人公から畏れを頂き、生きる目的で追いかけていた)
種族は狼男→人狼?
狼男は満月の夜を経る度に妖怪としての格が上がり、人間に近い姿となって行くが、ヴァルターは何故か2足歩行の狼のままであったため、同種族からは迫害を受け、孤独に生活していた。
ヴァルターという名前は今話で主人公が名付けた。
(当時はヴァルターを男だと思っており、執事の意味を持つヴァルターという名前を授けた)
名付けとともに、容姿が茶髪で狼耳、ふわふわしっぽが付いた人間の美少女の姿となった。
知的でクールなキャラの側面、少し天然も入っている。
能力は
『?????程度の能力』