Fallen werewolf perspective.
遠見魔法【クレアポンス】で、彼女が木を軽くへし折って笑っているのを見た瞬間、あの木みたいに自分もポキッとやられる未来が脳裏をよぎり、生きた心地がしなかった。
その後、あっさり捕まって平原まで連れていかれた。
もう一度能力で彼女を探ってみたけど、分かったのは「裏表ゼロ、ただただ純真無垢」という恐ろしい事実だけ。
――つまり、裏が読めない。
何を考えてるか分からないのは、時に残虐な悪意よりも怖い。
能力でそれを知ってしまった私は、ガタガタ震えるしかなかった。
なぶり殺しにされる最期なら妖力の残滓となって消えるほうがよっぽど良かったな……。
吸血鬼という強者に捕まってしまった私の思考にはそんな諦観の思考ばかりが流れる。
そんな私に彼女は不思議な問いかけをしてきた。
「それでは狼男さん……あ、そういえば、お名前はなんていうんですか?」
……え?
弱小な妖怪である狼男に対して名前の有無を聞いてくる、まるで妖怪にとっての常識を知らないかのような不思議な吸血鬼。
余程、世間知らずの箱入りお嬢様なのか、それとも私を試しているのか……。
「……弱小な妖怪は基本名前を持っていないのです。吸血鬼様なら皆、家名やその名に込められた人間からの畏れによる加護を持っていますが、我々〝狼男〟のような〝無名の妖怪〟は吸血鬼様のような強大な存在の庇護下で加護を頂きながら生き長らえているのです。ですから、私のことはそのまま狼男とお呼びください」
名前がないこと、加護についても説明してみたが、やっぱり詳しいことは知らない様子。
どうやら本当に世間知らずの箱入りお嬢様らしい。
この様子だと、よくある吸血鬼の残虐性は持ち合わせていなさそうだし、なぶり殺しや食い殺しの心配は――たぶん、しなくていい……はず?
その後も、身の上話や、ついさっき加護から追放されて、もうすぐ妖力の残滓となって消えてしまうことなどを正直に話した。
話しているうちにだんだん冷静になり、逆に「もう人間から妖力を得て生き残る希望なんてないな」と悟ってしまった。
……たぶん、私の妖力は夜明けとともに消えるだろう。
目の前の吸血鬼は、能力で見てもとても優しい性格をしているのが分かる。
私の身の上話やこの境遇にも、心から同情してくれている様子だ。
……それならいっそ、この優しそうな吸血鬼に安楽な死を頼んでみるのもアリかもしれない。
「まあでも、最後に貴方のような美しい吸血鬼に殺されるのなら、妖怪本能に尽きるというものです。今更抵抗いたしませんので、どうか安楽な死をお与えください」
諦観を込めてそうお願いしてみた――が。
途端に、目の前の吸血鬼から、溢れんばかりの庇護の心情が伝わってきた。
どこまでも、甘く、優しい彼女の心情は能力で見てるだけあって、凄く伝わってくる。
どうして、出会ったばかりで見ず知らずの私をそこまで気にかけてくれるのか、わからない。
能力を使うまでもなく彼女が私に加護を与えて生かそうてしてくれていることも分かる。
だがしかし、加護というものはそう簡単に授けられるものではない。
加護とは簡単に言えば強大な妖怪の名に込められた畏れの力をその名に忠誠を誓った配下が譲り受ける事だ。
もちろん彼女は恐らく吸血鬼であるし、吸血鬼の名に込められた畏れ、加護の力は膨大だ。
しかし、膨大だからこそ加護のことを何も知らなかった世間知らずのお嬢様が、自身の膨大な妖力を加護として分け与えることは、込められた妖力が膨大であれば膨大であるほどに危険な行為となる。
「……貴方様の寛大な心遣いに感謝いたします。……最期に出会えたのが貴方で良かった」
私は彼女の心配に応えるように跪き、最後に口をついてでてきた言葉は心優しい彼女が心配しないようにうまく誤魔化して頭を垂れた。
……もう諦めて世界からの忘却を待つというのもいいのかもしれない。
そんな彼女に感謝を伝えて、うまく断ろうとした、その時――。
「それと……狼男さん、って呼びにくいので、私が名前を付けてあげます!」
――は?
妖怪に名前を付けるというのは、自らの存在値……つまり妖力を名付けとともに分け与える、妖怪社会ではとんでもなく危険な行為だ。
しかも彼女は吸血鬼。
その強大な妖力の一部を剥ぎ取って他者に与えるなんて、痛みに強い吸血鬼でも不快感や痛みは計り知れないはず。
そんなこと加護を与える以上に苦痛を伴う危険な行為だ。
そのことを必死に説明するも、彼女はまったく気にした様子もなく、軽いノリで名付けを始めてしまった。
「じゃあ、今日から貴方は〝ヴァルター〟です! ドイツ語で執事って意味の言葉から取ってみました。まあ、私は貴方のこと、執事っていうより家族みたいに思ってるので……仲良くしてくださいね! 執事は気が向いたらでいいです!」
「へぁ!?」
気がついたら名付けをして頂いていた。
訳が分からない。
ともかく、私に〖ヴァルター〗という名の名前が与えられた。
「こ、これは!?」
突然の出来事に呆然としていた私の体に、異変が起きた。
まるで、世界からの忘却に真っ向から逆らうかのように、不思議なほど膨大な妖力が身体中から溢れ出し、朧げだった存在値がみるみる回復していく――。
世界に【私という妖怪】の存在が、改めて力強く刻み込まれていくのを感じた。
さらに、今まで諦観のままに変化を求めることも諦めていた、毛むくじゃらの狼男の体が突然光に包まれ、光の中からまるで人の子のようにきめ細やかな肌が見え、手や足も人間のように変化した。
今までずっと変わらなかった妖怪としての格が初めて上がったのだ。
……妖怪としての格、つまりは身に秘めた妖力の量は、その妖怪が人間に近い姿を得るほどに格段に強くなっていくと言われている。
つまり、耳としっぽさえ隠せば人間の幼子にしか見えないほどに人間に近い姿をしていることから、一目瞭然となるほどに……とてつもなく一気に妖怪としての格が上がった……。
まどいの森の強者であるバンシーよりも、私を監禁していた人狼たちよりも遥かに格上へと進化していた。
「うえぇ!?狼男さんじゃなくて狼女さん?いや、狼少女さん!?というかすっぽんぽんじゃあないかぁぁぁ!服を着なさい!」
……ただし、なぜか人狼とは違い、同族の男たちとは別物。
人間の少女としか言いようのない、幼い女の子の姿になっていた。
……でも、これが……。
「…………あ。…………じ、人狼に……お、落ちこぼれのはずの、わ、私が……人狼に……」
「と、とりあえずこのローブでも着て……って、丈が足りない!!」
安心と驚きを心情に映した彼女は、私が全裸である事に気付きローブを掛けてくれた。
彼女の身長は小さくなった私の身長よりさらに低いので掛けてくれたローブは少々小さかったが、能力を使わずとも彼女の心情に慈愛や優しさを感じる。
今まで、感じることがなかった温かみが冷たくなっていた心に一段と強く響く。
今まで凝り固まっていた諦観の心情が彼女の優しい温かみでスルスルとほどけていくのを感じる。
『お前みたいな無能な雑魚、ほんとに存在価値がねぇな!』
『お前のような落ちこぼれの狼男は、誰からも愛されないんだよ』
『泣いてばかりだな。お前は静かに月を見ることもできねぇのか?』
『お前みたいな木偶の坊が、俺たちの仲間だなんて絶対に許さねぇ!』
『お前がいるから、俺達の名が汚れるってまだ分からねぇのか!』
『いつまで経っても人狼に進化しない、お前は本当に使えない狼男だな』
『お前はずっと変わらねぇ情けねぇ姿だな、これじゃあただの失敗作じゃねぇか!』
『泣いてんじゃねぇよ気持ち悪い。さっさと俺達の役に立て!』
『人狼の邪魔をしないで頂きたい。まぁ、貴方はどこででも存在するだけで十分邪魔になるでしょうがね。』
『泣く時間があるのなら早く人狼に進化してください。』
『満場一致で貴方があの災厄の吸血鬼スカーレット卿への生贄に選ばれました。最期にはしっかりと役に立って死んでくださいね。』
『気持ち悪い』
『煩わしい』
『消えろ』
『穢らわしい』
『死ね』
『邪魔』
エトセトラ……エトセトラ……。
聞きたくもないのに能力で否が応でも聞かされ続けたあの時のありとあらゆる罵詈雑言が、ほどけていく諦観の心をもう一度締め上げるようにほどけかかった心を急速に冷やしていく。
緩むことがなかった心が緩んだからこそ、今まで感じなかった痛みが、ズキン、と胸を刺す。
あの時忘れたはずの痛みが長い年月を経てぶり返してくる。
目の前がぼやけ、端からまるで闇に包まれていくように暗くなっていく。
「ぐすんっ」
泣くほどに悲しいという感情が、まだ自分の中に残っていたことに驚いた。
遠い昔に置き去りにしたはずの涙が、どうしてか止めどなく溢れてくる。
まるで、このまま消えてしまいたいと願うような暗い思考が、頭の中をぐるぐると回り続ける。
……そうだ。
私は世界から消えるべき存在なんだ。
生贄にされた時も、スカーレット伯爵に追放された時も、最初は抗う理由すらなかった。
それなのに、心のどこかに引っかかっていた一握りの希望が、私を無意味に生かし続け、無駄に足掻かせてきた。
保護してくれた人狼たちにも、匿ってくれたスカーレット伯爵にも、私は何ひとつ恩を返すことができなかった。
これからも、きっと誰の役にも立てやしない。
……こんな私がこの世界に生きる資格なんて――
「……よ、よしよし」
「……」
過去のトラウマに押しつぶされ、暗闇に沈みかけたその時。
ふいに、小さな手が私の頭にそっと置かれ、優しく撫でてくれた。
暗くぼやけた視界で私の頭を優しく撫でてくれている少女の顔を見る。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、慈愛に満ちた瞳で私を見つめていた。
その時、今まで負の感情ばかり拾ってきた【機微を悟る程度の能力】が、彼女の心情を私の心にまっすぐ届けてくれた。
『優しさ』
『共感』
『愛情』
『慈悲』
『思慮』
エトセトラ……エトセトラ……。
彼女から伝わる、温かく包み込むような膨大な庇護の心情。
まるで家族というものを知らない妖怪である私に、初めて家族の温もりや安心感を教えてくれるような優しさだった。
凝り固まっていた負の感情が、彼女の温もりで一気にほどけていく。
……不思議と、生きる気力が湧いてきた。
――彼女は、自分の妖力を惜しみなく使い、今まで落ちこぼれと呼ばれてきた私を人狼へと進化させてくれた。
『じゃあ、今日から貴方は〝ヴァルター〟です! ドイツ語で執事って意味の言葉から取ってみました』
出会ったばかりの私の話を聞いてくれて、名前まで授けてくれて――。
『……よ、よしよし』
過去のトラウマに押しつぶされそうな私を、心から慰めてくれて。
『まあ、私は貴方のこと、執事っていうより家族みたいに思ってるので……仲良くしてくださいね!』
そして……私のことを、家族だと言ってくれた。
「お嬢様!」
「え!?……あ。え!?お嬢様!?」
彼女は命の恩人であり、落ちこぼれの私を救ってくれた大恩人だ。
「お嬢様!私〖ヴァルター〗は、生涯、貴方に尽くす事を誓います」
「う、うぅ。……魔性のロリっ子の上目遣いが効かないだなんて……お、お嬢様は恥ずかしいですよぅ……。あ、あと生涯尽くすとかそんな大層なこと…………うぅ……よろしくです」
自分がしたことを大袈裟に思っていない様子の彼女。
その恥ずかしそうな顔を見て、私は思わず笑顔になった。
泣き止んだはずの目の端から、今度は温かい涙が溢れてくる。
ああ、きっと今の私は、生まれて初めて本当の笑顔を浮かべているのだろう。
……忠誠を誓うだけで、この大きな恩を返せるとは思っていない。
それでも、こんなに心を温めてもらい、忘れていた笑顔を取り戻させてくれたのだ。
この恩は、生涯をかけて返していこうと思う。
「ヴァルター、私の名前はアズールです!これからはアズールと呼んでください」
「かしこまりました。アズールお嬢様」
能力でダイレクトに伝わってくるアズールお嬢様の心情を見てみれば、私の大きな感謝の気持ちなんて分かっていないかのようにただ、私に名付けた名前が私に似合っているかどうかを不安がってくれている。
そんなアズールお嬢様にもう一度私の気持ちを伝えるためにも胸を張って大きく宣言することにした。
「私の名前はヴァルター。アズールお嬢様に生涯忠誠を誓い、お嬢様を最大限サポートする執事です!これからよろしくお願いいたします!」
――こうして、私には巡る運命の中で初めて、大切な家族ができた。
It was valter point of view
【あとがき】
第7話です。
今話ではアズールに名付けをされた際のヴァルター視点のお話でした。
今後アズールにセクハラされたり、アズールの無茶振りを必死で叶えてくれたりと苦労人なエピソードが多くなるヴァルター。
今回そんなヴァルターがアズールの執事になるという始まりのお話になりました!
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