互いが互いを指差し、同じ質問をする。頭の中で目の前の人が言ったことを反芻し噛み砕いてみれば疑問が確信に変わって、瞬きを数回繰り返し、
「やっぱり昴、日本人なのか!」
「やっぱそうだと思ったぜ~。黒髪黒目にこの辺りでは見ない白系統のチャック付き服装で、『こいつもしかして同郷か?』って思ったが、こんなところで会えてうれしいぜ~」
同郷と思わぬところで再会することができ、テンションが上がる二人。そして二つ目の疑問に入る。
「なぁ。この異世界、何が起こってここに来た?」
「なにがって、久しぶりに外…いや、日課のジョギングをやって帰りにコンビニに寄って、買うもん買ってよし帰るかって出て行ったら、ここに」
スバルは何かを言いかけるが、目をそらしてそう続けた。ライトは気には掛けるものの嚙んだと思い、こちらもここに来た境遇について話す。
「俺は、最近アニメの一話が劇場で公開されるのを知って、久しぶりに見に行こうって思って外を出たら……この、異世界に……」
説明していると、語尾が弱まっていく。一体この先どうしたらいいのかわからなければ、生活ができる家もなくお先真っ暗なこの状況。そう思って仕舞えばライトが目を伏せ、段々落ち込んでいくのも無理はなく、その彼をスバルは励まそうとする。
天に指を指し、腰をひねる。その立ち姿はさながら時代遅れなディスコポーズのようで、
「俺の名前は菜月昴!探し物を届けるために、現在死ぬ気で捜索中な天下不滅の無一文!」
彼らの周りの時間が凍る。スバルの動きがそこで固まりライトが驚きで目を見開くのだが、羞恥心に駆られ顔がだんだんと赤くなっていくスバルがのがおかしく思えて、
「ぶふっ」
「あっ!おい笑うんじゃねぇ!人がこんな恥ずかしいときに」
凍った時間が溶け、ライトが口の中を奥歯で噛むように堪える。スバルはその場で地団駄を踏んであんまりな反応に猛抗議するのだが、口元を手で押さえたライトが彼にもう片方の手を振って落ち着かせようとする。
「いやっごめんごめん。くふっ、助かった!」
「お、おう! まあこれで助かったんならやった買いがあるぜ」
「じゃあ俺も改めて……」
ライトが落ち込んだ心を引き上げてくれたスバルに手を差し出して、にこやかに笑う。
「俺の名前は小鳥遊来翔。昴の悲鳴を聞いて、少しばかり助けた恩人さ」
先ほどの名乗りを真似るように少しふざけながら言うと、「おおぉ」と声を漏らしてスバルが固くその手を握る。
「よろしく頼むぜ、来翔」
「こっちもよろしく、昴」
握手をしていたスバルが、「あ」と思い出したようにライトへと声を発した。その顔は一抹の希望を見つけたような顔で、よくわからないライトは首を傾げるが。
「そういやぁお前って、ここ前に見たことあるなっていう既視感にあったことある?」
「いや?これと言って特に何も」
「そうか。無いんだったらいい、忘れてくれ」
ライトはすこし不思議に思うが、杞憂だと思いスバルの後ろに続くのだが、ジャージを着る彼の背中は少し暗く見えた。
しばらく歩いていると思い起こしたライトは、スバルの目的である探し物について聞きたくなってしまい、少し離れた距離を駆け足で埋めた。
「なぁ探し物って言ってたけど、そのーー銀髪の少女? だっけ。どうして探して届けようって思ったんだ?」
「実は、俺が初めてこの世界に来たときにサテ……その女の子に命を救ってもらったんだ。で、その子が徽章っていう身分を証明するやつを失くしちまったみたいで」
「それで探してるんだ。会って間もない子を助けようなんて昴は優しいんだな」
「会って間も──まぁそれで現在奮闘中ってわけよ」
「当てはあるのか?」
「……あぁ、あるぜ。つっても今回は出会いが良くなかったから、教えてくれっかな?」
後半は小さくて聞き取れなかったが、スバルの進む方向が地震が先ほどまで走ってきた方向ということに気づき、疑問が払拭される。
そうして辿り着いたのは、何やら見覚えのある果物を置いている店で、厳つい顔に白い刀傷が目立つ男が腕組みをして客が来るのを待っていた。
「ん? またか一文無し、金のねえやつにやる物はねえ、とっとと帰んな」
「うおっ再開して早々辛辣だな……でも実は心の優しい人だって俺は知ってるぜ!」
サムズアップしてここの主人である者の顔にスバルが向けると、嫌なものを見たというように視線を逸らした。その逸らした先にいたのはライトで、スバルと行ったり来たりして見る。
「なんだ、一文無しの連れか?」
「まあ大体そんなとこなんだ。言っとくけど、こいつも俺と同じ一文無しだから期待すんなよ?」
「無一文の連れに期待なんてするか。商売の邪魔だ、もう帰った帰った」
正面、果物屋の主人は二人に対して嫌な顔を隠さず手で払いながらに言った。
こんな調子で本当に大丈夫なのかと不安になりスバルの顔を見ていると、その奥で路地に通じる穴が穿たれていることにライトは気づく。
「一文無しなのは否定しないけど「昴」どうしたんだよ?」
「いやあれさ、ただ事じゃなさそうな感じだけど」
「……おお、スゲーな」
「あれはさっきあった騒ぎのだな。通りで二、三発魔法がぶっ放された」
身を乗り出して穿たれた穴に店主が指差す。
超常的な力にライトが呆けていると店主は続けて、
「氷柱が矢みたいに飛んで突き刺さった跡だ。すぐに消えちまったがな」
三つもの穴はそれぞれ大きさが異なり壁にクレーターのようなものが出ていることから、当たれば骨折じゃ済まなそうだ。
「出遅れたか……徽章が盗まれるのを阻止すればひょっとしてと思ったけど」
「何が?」「何がひょっとしてだ?」
「ああこっちの話だ。だけど……」
事件の痕跡を見ていたスバルが何かを誤魔化すと、体を店主に向けて表情を和らげる。
「ありがとな、おっちゃん。なんもかってないのに教えてくれてよ」
「大したこっちゃねえ。少し前に、お前らと一緒で無一文の子に迷子の娘が助けられたばっかりなんでな」
先ほどの大衆の無関心さの評価から一変して、中には迷子の人を助けるようないい人もいることを知ったライトは暖かくなるのを感じる。
隣ではスバルが小さく笑っていて、店主が怪訝そうな顔をしていた。
「うっし! 今度こそ行くわ。ありがとなおっちゃん!」
「ありがとうございました。次会った時にはえぇと……」
男の後ろにある赤く熟した果物を見てリンゴだと思ったのだが、本当に合っているのかわからず言い淀んでしまう。そんなライトに気づいた店主が小さく息を吐くと果物を手に取って、
「こいつはリンガだ」
「リンガ……リンゴじゃなくてリンガか。次に会った時にこのリンガ、買わせてもらいます!」
「ああ、買うならお客様だ。働けよ、無一文」
「おう!」「はい!」
いい加減に見送られて二人は走り出す。
日が賑わう商店街の中、先導するスバルをライトは追って街の外れへと足を進めて行った。
*
*
「なぁこれってホントに必要なのか?」
「あぁ。今からその盗んだ奴を聞き出すにあたっての一環よぉ!」
泥で服が汚れて少し不服な顔をするライトが、自分で服と顔を汚すスバルに問う。確かに貧民街と言って想像する人々は路地で遭遇した三人衆のアンポンタンのように、汚れていて服がところどころ破けたような感じなのだが、流石にここまで汚す必要があるのだろうか。服は土を手に含ませて軽く擦り付けて転んだ風にするのだが、スバルに至っては地べたを転がりまわって醜態を晒す始末。
「なんかバカみたいな一環だな。それにそれだよ、そんなに汚す必要あるの?顔面泥まみれでいよいよやばい人に見えるしむしろ同情されるでしょ」
「いいや、むしろそこにつけ込むのが大事なんだ。同情心を煽れば人は誰だって寄り添って力を合わせるものなのさ」
「それとこれとじゃ話が違う気がするんだけど……」
いつもうまく行くことなんて、そんな保証どこにもないだろう。それこそどこかの博士が同意しそうで、呆れるライトだったのだが自身に近づく音が聞こえてきて目を向けるとスバルが立ち上がっていた。
両手に水の含んだ土を持って。
「なあ、それを俺にどうするつもりなんだ?」
「なあに、俺と同じように泥まみれと洒落込もうじゃないか」
「バカ! こっちに来るな離れろ! ぐぁ」
逃げようとしたのだが初動が遅れてしまい、顔面に土が押しつけられた。石が含まれていたようでジャリジャリとした音が肌を伝ってきて、その後に痛みが襲ってくる。
こんな異世界に迷い込んで最初の作戦がこうなるなんて誰が予想できたのだろうか。彼の両手を力押しで離し、脱出するとスバルはどこか楽しそうで近所の小学生を思い出してしまう。だがそれと同時に、どうしてここまで頭が回るんだと思いライトは少しだけスバルに尊敬するのだった。
だが、
「だあー! いい加減にしろ昴ッ」
「とばっ!」
いつまでもしつこく両手を顔に押し付けようとするスバルに堪忍の尾が切れたライトの腰の入ったグーが頬目掛けて炸裂。スバルの体がやや上方へと飛んで背中から着地することとなった。
*
*
「フェルトの奴のねぐらか? そんなら、そこの通りをニ本奥に行った先だ」
「ありがと。助けになったよ兄弟」
「気にすんなよ兄弟。あーなんだ、強く生きろよ?」
そう言って、苦笑いする中年の男が手を振る。スバルが話す中、終始引き攣った笑みから同情の色が消えることがなく、作戦が通じている。否、逆に哀れまれているようで己の境遇に一人一閃の涙を流すライト。その隣では己の作戦が通じていると思っているスバルがそっと拳を握りしめていた。
「な? 俺の言った通り、効果覿面だろ?」
「効果が抜群すぎて逆に別のベクトルに行ってるよ、この作戦」
ため息がさっきから止まらない。大体この混乱の中少しばかり、いや大分はっちゃけているスバルのせいだ。
「ま、なんの動物かわかんねぇウンコとか踏んだけどな」
「もうやめて、考えたくない」
スバルがフェルトのねぐらに目指し、早足で足を進める。ライトがそのスバルの後ろに続いて行く。途中冗談なのか本気なのかわからないこと言っている彼だが眉を上げ、だんだんと速度を早めるところは何かに焦るようにしているように見えた。
「問題はフェルトが戻ってくるかだな。できれば盗品蔵にフェルトが入る前に捕まえて携帯と徽章を交換しちまいたいところなんだが」
「昴。その……作戦とかはわかるんだけど、その盗んだ人ってフェルトっていうのか? なんでわかるんだ?」
ライトがスバルに聞く。
さっきから気に掛かっていたのだ。盗んだ人の様相とか特徴などはわかるだろうが、名前までは特定できないと。
そうして意表を突かれたように足を止めるスバルに、ライトも歩みを止めて彼の背中を見る。何も動じず立ち尽くす彼の首筋に汗が垂れると、乾いた泥でカピカピになったジャージの袖で額を拭いこちらに振り向いた。
「い、いやぁあの人の前に聞いてた奴いるだろ? そいつから聞いたんだ。お前聞いてなかったのか?」
「……そんなこともあったような、なかったような。ご、ごめん。ちゃんと聞いてなかった。ああはは」
「はははっ」
取り繕った笑顔で言い訳のようなことを言うスバルに思うところもあるのだが、ラインハルトの例もあったためライトはやってしまったと頭を掻き反省する。一方のスバルは安堵するように息を吐いて再び歩みを再開し、遅れて後を追いフェルトという人の住んでいるであろうねぐらに向かう。
「フェルトのねぐらって結構奥なんだね」
「そうらしいな。でも、フェルトがそこにいるかが問題なんだよなぁ」
「それもあるのか。本当に探し物見つかるのか?」
「考えてもしょうがない。答えが出ないことは悩まない、オーケイ?」
確かにスバルの言う通りで、迷っても仕方ないことは迷わない方がいい。ただ信じて突き進めば自ずと道は開くはずなのだから。
非常時に次ぐ非常時にライトの平常心がどこかへ飛んでいってしまい、いつものような決断力が鈍っているのを歩きながらに実感した。
歩いても変わらず景色は立ち並ぶほったて小屋、スバルが足元の水たまりを跳んで超えた。ところで路地から現れた人影にぶつかってしまう。
「おっとっとっ」
「大丈夫か昴っ、すみません俺の友達が」
「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」
「あぁぁ大丈夫大丈夫。こう見えて丈夫なのが俺の取柄──っ!?」
顔を上げて、見栄を張ろうとしたスバルの語尾が急ブレーキが掛かった。そんなスバルの声を聞いて、黒髪の女性が小さく笑う。面白いものを見つけたとばかりに。
妖艶な笑みを浮かべる人物は、それは見目麗しい女性だった。身長は高く、ライトやスバルとぐらいの背丈で、年齢は二十代前半ぐらいだろうか。
目尻の垂れたおっとりとした雰囲気の美人で、病的なくらい白い肌がこの貧民がではひどく目立つ。黒い外装を纏っているが、前を開けているため肌にピッタリと張り付いた装飾が目について心臓がドキッと鼓動するのを感じる。細身ながらも出るところは出ている、いわゆるボンキュッボンなナイスバディさ。
そして二人に同じく、この世界では珍しいとされる黒い髪の持ち主。背を越して腰にまで届く長い髪を三つ編みで編まれている。
そのどことなく妖艶な雰囲気を醸し出して佇む女性に、年頃の男子であるライトはドギマギせざるを得ない。
そのせいで気づかなかった。女性を凝視して怯えるように息を震わせるスバルの挙動に。
「ふふふ、どうしたの? そんなに怖がらなくても何もしないのだけれど。そちら子は、随分と情熱的に見てくれるのね」
「えっ、あっごごめんなさ「こわっ……怖がるとかしてねえよ」昴?」
女性から声がかかって意識が現実へと戻ったライトが不躾なことをしたと謝ろうとすると、平気を取り繕うように腹部に手を当てるスバルが横から口を挟む。
さながら雷に臍を取られないようにする幼子のように、両手で腹を覆う。
耳にかかる髪をかき上げる。またも艶かしい仕草をする女性に目を奪われかけるのだが、それ以上にスバルの様子にライトの意識が向いた。
「何を根拠にそんなこと……「臭い……」っ」
虚勢を張るスバルを無視して、エルザは目を細める。
今までの生っぽい雰囲気に似た物が二人の足を地面へ縫い付けられるのだが、あり得ないと言うようにスバルが後ずさってしまうことでライトにぶつかり、呼吸が元に戻る。浅い呼吸を繰り返して目が泳いでいるスバルに、女性がさらに続けた。
「怖がっているとき、その人からは怖がってるにおいがするものよ。あなたは今怖がっている。……それから、怒ってもいるわね。私に対して」
楽しげに怯えるスバルの内心を暴露する彼女。
核心を突かれその瞳の瞳孔がしぼられ、寒さに凍え、奥歯を鳴らすのを我慢するスバルに対して、エルザの瞳が蛇のように細められた。
スバルは彼女に対し恐怖と怒りを抱いているらしい。両手で腹を押さえていたのを片手は胸の、心臓あたりを握りしめて、スバルは早なる鼓動を殺そうとするところで肩に手がかかり止まった。
ライトだ。冷や汗をかいた彼が彼女から目を離さずに小さく「まかせて」と言い、
「すみません俺の連れが。こいつ、昔あなたみたいな黒髪の美女にひどい目をあわされてしまって。それ以来トラウマになってるんです。ほら、いつまでもそんな顔しないで……」
「いいわ」
スバルの挙動に見兼ね、ライトが窮地を救うため弁解する。が、食い気味にまるで興味を失うように答えが返る。
「少し気になるけど、そんなことがあったのね。そのトラウマ、治るといいわね」
「えぇ本当に。そういえば、これも何かの縁です。名前を聞いても?」
「──エルザ・グランヒルテよ」
「俺は小鳥遊来翔。こっちは菜月昴」
その名前をエルザは聞き目を細め、頭の中で反芻する。獲物を捉えるように。
その目線にライトが笑顔を引きつらせ、冷や汗がこめかみに伝うのを感じていると、
「タカナシ・ライトに、ナツキ・スバルね。それじゃあ、失礼するわ。あなたたちとはまた、会えそうな気がするわね」
「えぇ、今度はお茶でものんびり飲めるところで」
「あぁ。追加に明るくて人がいっぱいいる場所だと、俺もリラックスできるぜ──っ」
スバルの言葉が詰まる。流れる動作に気づかなかったライトが横を見ると、目が揺れ動いてしまう。
スバルの横顔を見つめるエルザは、まるでいつでも腹の中身を見ることができるかのように腹を抑えている手を愛おしくひと撫でしていた。
そして、何事もなかったかのように彼女は二人の進行方向とは逆に歩いていく。
小さくなっていく背中を見送ったライトとスバルは猛烈な疲れがドッとのしかかって、膝に手をついて、もう一方は膝から崩れるようになった。
「ったはぁ……。はぁ、マジで生きた心地がしなかった。助かったぜライト、サンキュ。お前のとっさの弁解で、寿命が一日延びたわ」
「いやそこは、十年とか二十年とか、大げさに言うところじゃないのか?……でも確かにあのエルザさんの目が、まるで獲物を見る獣のようだった。恐ろしかった。それでも、何はともあれ調子が戻ってよかった」
ライトがそう言い、疲れて痩せ細った人のように見えるスバルを労りながら背中をさすった。