また今度と言ったが、できれば今回が最後として会わないことを祈りたい。
「ここがそのフェルトのねぐら、なのか?」
エルザと遭遇してから五分と言ったところで、周りとはまた違うこじんまりとした古屋にたどり着いた。大きさとしては大体工事現場などで見かける仮設トイレ二、三個横に並ぶ程度の大きさ。扉などはなく、白いボロ布をかけて光を遮断していて、その小屋の隣に木でできた物干し竿があった。
とてもじゃないが人が日常的に生活できるような物じゃなく、真っ先に思い浮かぶのが中継地点みたいな古屋だ。
「あってるはずなんだが……まさかすでにエルザが暴れたあとって可能性はないよな」
隣で並び立つスバルが眉をひそめながらに言う。
例え狂気的な雰囲気を醸し出していても実際に行動に起こす人はそういないだろう。ここが日本であればだが。
「エルザさんがあんな目をしていてもそんな事するわけないし、仮にも本人の前で言わないほうが良い……って、昴!」
ライトの言葉を待たずして、スバルが我先とフェルトが住んでいるであろうねぐらに入っていく。
血の匂いはしないが生ごみの臭いがするだとか言っているスバルに手を伸ばすライトはその手を下ろし、頭を掻いて呆れる。心なしかスバルへの尊敬が下がったような気がするのだが、いつも通りかと謎に納得してしまう。
「あぁっ、本当に入っちゃったよ。昴ってさっきみたいに用心深くなるのに、なんで今度は……。どんな神経してるんだ? はぁ……昴って本当……」
瞑目し、ライトが一呼吸おいて物色するスバルの背に、届くはずのないため息と軽蔑の意を吹きかけようとした。
「失礼な人だな」「失礼な奴だな」
「えっ?」
隣から同じような言葉が耳に入り肩が跳ね上がって、咄嗟に声のした方ぐるっと体を向けた。
ライトの視線にぶつけるのはセミロングの金髪で意志の強そうな赤い瞳を持つ小柄な少女だ。ちょこざい印象が先行し、微笑めば人並み以上に愛嬌のある顔立ち。
そんな少女が眉を吊り上げ口をへの字に不満を露わにするまま、足を思い切り横へと凪ぎライトの視界が──
「──ぅ」
ブレる。
*
「それこそねぐらっつーんだから、間違いじゃねえと思うけどよ……」
そろりそろりと忍足で進軍を再開する。
中には廃材のソファをベッドにし、脇には食器やらが几帳面置かれていた。
あんな小さな女の子がここで暮らしていると思うと不憫に感じる。金に貪欲なのも仕方がないと許せる、ような気がしてきた。
「こんなとこで小さい体をよりちっちゃくして生きてるんだ。そりゃ性根がねじくり曲がっても……」
「うわああ──ッ!?」
「な、来翔! グゥっ」
まさかここにエルザが来てしまい、外で待たせたライトが襲われているのではないか。入れ違いなんてそんな初見殺しあってたまるかと血相変えて悲鳴のした外へと飛び出す。
「大丈夫か!? 来、翔……」
内と外での光の差に目を細め、悲鳴の聞こえた方に目を向ける。だんだんと視界が戻っていくとその語尾が弱まってしまった。
それもそのはず。徽章を盗んだ少女、金色の髪をもつフェルトが来翔を揉みくちゃにしていたからだ。
「えぇっと……これはあれだな。──どうぞごゆっくりー」
「違うって! ぅ痛っ」「ちげーよ!?」
二人が顔を赤くし、それぞれ否定の言葉という死球玉をスバルにぶん投げた。
するとフェルトが拘束していたライトを雑に地面へと押し飛ばし、腰につけているナイフの柄に手をかけながら迫ってきた。
「さっきっからあたしんち言いすぎだろ!? とるものなんざ何もねー! とっとと帰りやがれ!!」
「ちょっ待って違う違うそうじゃ「うっせぇ 問答無用だ!」ドゥワアッ?!」
とっさに弁明の声を上げるが、スバルの侮辱に未だ顔の冷めないまま声を荒げるフェルトの攻撃により、スバルは中断を余儀なくされる。
胴を狙う切先は明らかに自身の命を刈ろうとするもので、息が詰まるのスバルは感じた。
寸でのところでフェルトの胴を狙う素早い薙ぎ払いを回避するが、ナイフに押された旋風が服の上からでも感じたじろいでしまう。
だが悠長に待ってくれる状況ではない。目の前で混乱に次ぐ混乱で必死に己が持つ武器を振るう彼女は、驚く暇も与えんと斬撃が次々に飛ばす。
「ちょ待って……っ。やめろ落ち着けっアッブね!? だぁっ、争ってる場合じゃないんだッ!」
「やっ! ふっ……シッ、たっ!」
段々と詰められ後ろの逃げ場がなくなっていくスバル。
足がもつれたことがこの際幸運だったと思う。体制の崩れたスバルは彼女のねぐらの一部である柱にもたれかかるという形となり頭頂部スレスレでナイフが刺さって命を拾う結果に。
「日が暮れる前にとっとと消えなっ」
刃が刺さり、箸休めとなったか。弾む呼吸はそのままだが少しばかり落ち着きを取り戻したフェルトが立退を不審者どもに告げる。
だが、ここで成果なしに帰るわけにはいかない。一刻も早くあの惨劇から逃れるため、スバルは言葉の弾丸を充填しようとする。
「だから、そうじゃなくて! 俺は……!」
「チッ、うーっ」
「え? ちょまっうぅお!」
ここまで言っても引く気のないスバルに苛立ちが勝ったのだろうフェルトが、力任せに柱にめり込むナイフを引き抜こうと力む。
スバル、これに焦り即座にでんぐり返し。彼女から距離が離れたと思って顔だけ起こせば既にこちらへ向かってきており、右手に握る凶器を風に乗せていた。
執拗に頭を狙う足や刃を身を捩って逃げたと思えば、またの猛攻。ドッジボールで最後まで生き延びた人が予想以上に長生きする現象が今のスバルに宿っているためか粘ることができている。
攻撃を避けるスバルの短い悲鳴と踏ん張りが二、三回繰り返されると、転がった先で盾にちょうどいい長机が顔の横に鎮座。貴重なライフガードをフェルト目掛けスバルが蹴り飛ばし、視界を奪う。
「なっ、邪魔だ!」
「マジに助かった!」
視界が机でいっぱいとなりフェルトは切り飛ばそうとするが、非力さが災いしうまく跳ね除けずにいた。
本来の使用用途とは異なる机のリサイクルにスバルは感謝し、破れそうになる盾を身に寄せることで心許ない命の保障がつく。
そうして粘りに粘り続けるスバルに苛立つフェルトが、感情のままに足とナイフを彼の持つ机に叩きつけていた。
「しつけーな兄ちゃん! とっとと消えろつってんだろ!」
「にッ……ぐぅっ。だから話をっ、ちょっおっと~ぅわー!?」
「あっ!?」
スバルが下がりながらフェルトの攻撃を机で受けるが、踵が石に躓き、ねぐらへ倒れこむ。それが功を制し斬撃から逃げることができたのだが、うねるナイフの勢いを殺しきれなかったフェルトが小屋の切ってはいけないところを切って切って切り落としてしまった。
支えの失った小屋が唸り声をあげて形を保とうとするも地面へと引き寄せようとする引力に勝つことができなくなって、ジェンガのように、
「ぅえっ……うぅわあぁぁ──ッ!!」
ねぐらが倒壊。木材に分解されスバルが飲み込まれ下敷きになってしまった。
「……はっ昴っ!? っぐ 、 うぅ……」
「ハァ ハァ……っえ?」
小屋がスバルに覆い被さってしまったことで見えなくなり、ライトが駆け寄ろうとするが痛みで動けず地面へご対面。
見るも無惨な、家としての形を失ったフェルトのねぐらからスバルは息を切らしながらもなんとか顔を出し、肺に小汚い貧民街の大気を満たす。
命助かり一安心──となるわけではなく、少女の足が逃げるスバルの胸を踏みついに捕らえることに成功。
一難去ってまた一難のように命の危機が押しつぶす木材がフェルトの持つナイフへと再び早変わりし「いぃっ!?」とスバルが声を詰まらせるが、
「たっ頼む話を聞いてくれフェルト!! 大事なようがあって来たんだ!!」
「あ?」
フェルトが自身の名前を言ってきた満身創痍のスバルに眉をひそめ、疑念の声を漏らし刃を外す。
「あたしの名前知ってんのか。盗みの依頼か? はぁ〜だったら最初からそう言えよ」
「いきなり襲い掛かってきたのお前だろ」
話しを最後まで聞かずに襲いかかってきた奴が何を言うか。そう内心毒づくスバルに地面を擦りながらも近寄ってくる者がいた。
痛みに耐え顔を顰めながらやっと二人に近づくことができたライトだ。
ようやく場に加わることができた彼が、大きく息を吸い黒い双眸が捉えると、
「自分の家を物色されて、その上、侮辱までしたら襲われて当たり前でしょっ。昴!」
自分を棚上げするように言い返すスバルに物申すためフェルトの背後から体を出すライトがツッコみ、貧民街を木霊した。
*
「つうかアコギな商売しやがって! 手癖の悪さが自慢か!?」
「さっき住むところをなくなった子供に言うことか? バ・カ・す・ば・る」
勝手に家に忍び込まれたら誰だって激怒してしまうだろう。こんな少女がナイフを持ち出して切り付けようとしていたのは流石に予想外だったが。
未だ騒動の原因である一人の反省の色を見せないスバルに、指を差したライトが詰め寄って念押し。
そして二人の前にお淑やかさのかけらもない座り方をしたフェルトが、その光景をむしゃくしゃしたように頭を掻きむしるのだが膝を叩いて気を取り直す。
「ほんとだよ、アタシんち返してくれよ。それと、アタシの生き方にケチつけんじゃねえ、これは生きる手段の問題! これなきゃ体でも売るしかねぇ」
綺麗に着飾れば印象も変わるだろう少女が、身体を投げ売るという暴挙を手段として言い放つ。
このような境遇に陥ってしまっている人たちが貧民街にそれは大量に住んでいるのだとしたら、この王国の管理体制は杜撰で元の世界の、さまざまな国の政治でいうような無能がいると勝手ながら想像した。
この国はどうやら表と裏のギャップが激しいと解釈したライトはその表情に影がさす。
「で、要件ってなんだよ? とっとと言え」
「俺の要件は一つ。お前が盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい」
ど直球に、隠しもせずにただ正直に言うスバル。
回りくどく言うよりは、こちらの印象が悪くならないだろう。言いながらに胡座をかいたスバルが膝に手を置いて頼み込むのだが、事はそううまくは運ばない。
フェルトは徽章をしまっていると思わしき胸元を手で押さえると、懐疑的な目でライトとスバルを見る。
「なんでアタシが徽章をギったって知ってんだ?、小耳に挟むには耳がデカすぎんじゃねーか?」
「そう言われればそんな気もするな? ……俺迂闊すぎねぇ?」
「昴動揺しすぎだし話が飛んでるんだよ……。あーそうだなぁ……俺たちはあっちの大通りで魔法が撃たれたとこを知ったんだ。それで、もしかしたら……一儲けできるって思って……」
うっかり失言し頭を抱えるスバルに、途切れ途切れながらもフォローに回るライト。
その凸凹コンビさに毒気の抜かれた顔のフェルトが頬杖して聞いていた。
「でアタシんとこに来たって? 変な間があったけど兄ちゃんの言い分はわかった。でもよ、依頼人の姉さんとアンタらとは別口だよな? 商売敵か何かなのか?」
「商売敵というか親の敵のような相手というか。むしろ俺の敵みたいな感じ?」
──それじゃあ俺でも分かんないよ
「わかんねーよ。ま、そこんとこどーでもいいけどよ」
どう言い訳するか頭を悩ませるスバルが、あっけなくライトのフォローを無に返すような言い訳をしてしまい二人の呆れが被る。
彼女が親指と人差し指で円を作り、強調するように振って、
「アタシとしては買取価格が高い方に売りつけるだけだ。儲かる可能性がある話なら何だって聞くぜ?」
「たくましいこった。……こっちは聖金貨で二十枚以上の価値があるもんを用意してる。その条件でお前の徽章を買い取りたい」
彼の発言にピクンとフェルトの耳が動き、交渉の第一印象を捉えさせることに成功したようだ。続いてスバルが取り出すのは今の時代にはもはや孤立した技術産物である『ガラケー』を取り出す。
小型の機械に対して、フェルトはほんのわずかに眉を顰めるだけだ。それは大金を豪語するものとは思えないと外見を見ただけ判断する薄い反応。
「それが聖金貨二十枚か? 手鏡かなんかにしか見えねーが」
「これは、巷で大流行のミーティアってやつだ」
慣れた手つきで操作。ボタンを数回押してフェルトへ構えると機械的な撮影音と共に光が一度瞬く。
まともにフラッシュを喰らったフェルトは「わひゃ」と少女らしい反応を示すが、文句を言おうとするところをスバルが携帯を突きつけることでやめた。
「んー?」
「これがミーティアの力だ。時間を切り取って凍結させることができる世界で一つだけの貴重品。さあどうよ?」
「いやそれただの携帯「お黙り来翔」……ここまで耐えてきたけど流石の俺でも限度があるんだ。じゃあ昴にムカついたので、ささやかながら対抗させてもらいますッ」
白い上着に手を突っ込み今の今まで顔を出すことがなかった現代の最先端をゆく技術の集合体『スマートフォン』を取り出す。
ライトが勢いよく出したそれに二人は別々の反応を示す。
「おまっそれズルイだろッ!」
「ただの板じゃねーか。こんなのじゃ錘にもならないぜ?」
「はい、ここにあるのはスバルが出した……『ミーティア』? の格段に性能が上がった代物。でもね? フェルトちゃん。実際に機能を見ないで言うのは、盗人としての観察眼がないってことなんじゃない?」
「うっせ、アタシを舐めんじゃねーっ。そんなに言うんだったら見せてみやがれってんだ」
「じゃあこっちに来てくれ。昴は別に来なくてもいいよ?」
「来ないでって言われたら逆に行くのが俺なんだぜ?来翔」
そう言って隣にドスンと座り「はよはよ」と手を煽って急かすスバル。
残るフェルトはライトの手にあるそれに興味が惹かれたようで渋々隣に腰を落ち着かせ、黒い画面に仏頂面が映す。
観客が露ったことを確認したライトが電源を押し黒い画面に光が点る。
「なんか目つき悪い兄ちゃんのやつと変わんなそうだな」
「目つき悪いのは否定しないが、ここからがすごいんだぜ?さ、現代文明のお披露目だっ」
「なんで見せる俺よりも解説してるのさ」
疲れたような目でスバルに苦言を伝えるながらでも、慣れた手つきで目のような絵を叩くと画面の向こう側にある風景が映し出される。
風景とかそう言うのは先ほどスバルが撮っていたため割愛するとして、矢印が回っている印をタップ。画面が暗転し、次に写ったのは自身の顔と画面を凝視するスバルとフェルトの顔だ。
「これがインカメってやつか」
「アタシらの顔が写ってんぞ。これ大丈夫なのかよ?」
「全然大丈夫。別に魂が抜かれるとかそういうのじゃないからさ」
不安そうなフェルトに苦笑いしながらも、ライトは横画面の状態で白い丸を長押し。二人に顔を見合わせると口の前に手をやってパクパクと喋ってみることを強調した。
「なにやってんのさ兄ちゃん……」
「俺の名前は菜月昴! そしてセンターを陣取る男が?」
「小鳥遊来翔だ」
「な、名前言えばいいのか? じゃあ、アタシはフェルトだっ」
全員が言い切り、ライトは指を離し録画を止めた。
確認のため二人からスマホの画面を離し、フォルダーを起動。ちゃんと撮れているのを確認して、怪訝そうに自身の手のひらに熱い視線を向ける二人に見せた。
『なにやってんのさ兄ちゃん……』
『俺の名前は菜月昴! そしてセンターを陣取る男が?』
『小鳥遊来翔だ』
『な、名前言えばいいのか? じゃあ、アタシはフェルトだっ』
一連の流れがそっくりそのまま再生され、フェルトが目を見開き驚愕する。
初めてみるこの現象に目を輝かせるフェルトに微笑ましく思ったライトだったが、自身の手からスマホが抜き取られていることに気づき「あれっ」と声を漏らす。
「すっげーこれどうやるんだ? もう一回見せてくれよっ」
「はいはい。と、こんな感じの機能がこのミーティアにあるんだ」
「便利な時代になったもんだよな。俺持ってねぇけど」
何度も同じところを再生して楽しむフェルトからスマホを取り返すと先ほどの画面から白い画面へと変わり、四角い枠に絵が内包している物がズラリと並ぶ。
その中から燃え盛る場所を背景に、天へ伸びる一角を持つ鮮緑の双眸を持った、神秘的でもありながら力強さを感じさせる絵を触る。
「それは俺もしらねぇな」
「なんだそれ?」
「百聞は一見に如かず、とりあえず聞いてみて?」
フェルトからしたら意味不明な言語が羅列する画面の上から二番をタップして、音量ボタンを数回押し音源を流す。
静かに足踏みをしまるでここから始まろうとする重低音が流れ、金管楽器その一歩に力を与える。緊張感が最高潮に到達した瞬間、一歩一歩確かに踏みしめるような力強いコーラスが始まり、後を続くようにさまざまな楽器が流れる。
静かな場面へと転換する中そのスピードは衰えることを知らず、ただ頂点へと歩みを進めていき静かに頂点へと向かっていく音色が奏でられる。
そして初めよりも一段と力の乗ったこの曲の最大の波が押し寄せる。
それは迫る敵意に胎動し、歩み凱旋の始まる。それは英雄の序章。
その誕生を静かに祝福するように余韻を残して曲が締めくくられた。
「気合の入るいい曲だなそれ。うっし! なんかよくわからないけど、みなぎってきたっ」
「アタシ、この音聞いて今までこのクソみたいな世の中に抗った良かったって思った。絶対諦めてやるもんか……兄ちゃんはこれ売るのか?」
苦境に置かれ、困難に今まで立ち向かっていて今でもその反抗の火を灯し守る少女に、ライトはスマホを手放す選択肢ができてしまう。
ここでもし、いいえと答えてもいいのだろうが、ここじゃネットは使えない。なら、今手放すのも悪くはないだろうと天秤が傾く。
「……あぁ、いいよ」
「いいのか来翔? 別にお前がわざわざ徽章を得るためにやらなくても」
「この世界で持ってても、いつかはきっと手放す日が来る。なら今日でもいいかなって思ってさ? どうかな、いい価値つきそう?」
この世界の通貨でいったいいくらの値段がつくのかも知りたい。
ライトは目を向けるとその先にいるのは情報過多で興奮して目を光らせているフェルトが固唾を吞むところだった。
「それは……まあ物珍しさは認めるけど、アタシは鑑定は得意じゃねーからな。それに聖金貨二十枚だなんて眉唾もんだぜ? 交渉相手の意見丸呑みしてやるほど、頭空っぽってわけじゃねーんだ」
「いやまぁ、当然だろな。俺としては脳みそスポンジでも全然かまわねぇんだけど、第三者の意見は必要ですよねそりゃ」
本人はポーカーフェイスでも動作がうれしそうで見えない尻尾が軽快に揺れているような気がしてライトは微笑ましくも思うが、やはりと言ってそう事はうまく運ばないものだ。
フェルトの回答はスバルにとっては予想通りなもので誰に第三者を任せるか思考するのだが、
「この貧民街の奥に盗品蔵って場所がある。そこにいる偏屈爺さんに鑑定してもらうのが公平だぜ? それなりに場数も踏んでっから、『ミーティア』みても判断つくだろーし」
「やっぱそうくるよなぁ……」「そうか……」
「「ん?」」
「よし分かった、行こう」
フェルトの言う偏屈爺さんについても聞きたいところなのだが、まるで知っているような口ぶりで言うスバルに意識が向いてしまう。
ライトとフェルトの疑念の声が上がるが、待たずしてスバルが彼女を肩を持って立たせると、背中から押して強引に向かおうとしていた。
「すぐ行こうパッと行こうちゃちゃっと行こう」
「えぇっなんだよ!」
頬を膨らませるフェルトを急かしながら、スバルは何かに追われるようにおそらく盗品蔵があるところへ歩こうとする。
その早い動きにやや遅れるような形でスマホをしまって二人の背を追った。
「ただし、ちゃっと見てもらってスパッと終わらせてバシッと出るかんな!」
「待って昴っなんでそんなに焦るのさ。別に盗品蔵が逃げるわけでもないんだしさ」
「白い兄ちゃんが言ってるぜ? なんでそんな焦ってんだよ。汗ダラダラだぜ、強く生きろよ」
「貧民街だとそれよく聞くんだけどなんかスローガンなの!?」
聞いてて思うのが強く生きろと言う言葉が、聞き手によっては強く生きていないとも解釈してしまう。ここは強かみたいにより一層粘り強く離れるなみたいな言葉に変えるべきだろう。
そんな思惑も遮るようにスバルが状況に追いつけていない小さな背中を強く押した。
「いてーっつーの!」
「イッテェッ!!」
フェルトがスバルのケツを思いっきり蹴った。
*
*
ねぐらにてフェルトに遭遇し、盗品蔵を目指して貧民街を歩み進む。
太陽も傾いて空の色はオレンジ色。建物同士の感覚が狭く、たびたび夕陽が目に差し込むのもあるのだが、やや湿っぽい薄暗さがこの貧民街を哀愁漂う雰囲気に助長させている。
「………」「………」「………」
言葉は誰も発さず、ただ湿った地面を踏みしめていく。舗装されていない地面の露出下道の端には酒瓶やら紙屑といったゴミが散乱していて、鼻腔を切り裂く刺激臭が嫌悪感を募らせる。
このようなところでは頑張ろうとする気力も出にくいと、今になって身に染みて思うライト。
「どうせならもっと華やかな場所で、手でも繋いで歩きたいもんだな」
「気持ちわる」「気色わりー」
「違うわ! 俺はどっちかって言うと年上属性持ちだよって、なに言わせてくれとんじゃ! …………、ねぇお願い。そんな嫌悪感溢れる目でこっち見ないでぇ?」
静寂を破ったスバルがなにを言い出したかと思えば誤解を生むような発言をして、フェルトと共に距離を置こうとする。
必死に引き留めようとする彼に対し、フェルトは渋々と険しい顔で、ライトは苦笑いで距離を埋めた。
「ホントに怪しい真似すんなよ? 話がおじゃんになって困るのは兄ちゃんたちなんだかんな?」
「こんなどうでもいい話で頓挫なんてやめてよ? 昴」
「なんで俺がやるって決めつけられてるんすかねぇ? まぁそんなことはいい。警戒心が欠けらも揺るがない子猫に仲良くしようって頑張りが嫌なら……──遠回りとかやめてくれねぇ?」
「……なんで」
「気付いたのか、とか野暮なこと聞くのはなし。正直このあたりの地理はさっぱりなんだが、方向感覚はバッチリなんだよ。それにこうもグネグネ曲がりっぱなしってんならおかしいことくらい誰だって気づくだろ。な?来翔」
押し黙るフェルトから目を逸らし自身へと目を向けるスバルにライト黙認する。
そうだ。これが真昼間というのならバレることはなかっただろう。
しかし現時刻は夕時。太陽で影の向きがくっきりと見える時間帯だったため盗品蔵の場所がわからなくても違和感に気づくことはできた。
ことスバルはハッタリだったようだが、それにライトは気づくことなどなかった。
「ま、不審がるなっていうのも無理な話なのはわかるけどな」
「確かにうますぎる話なのは俺でもわかるし、フェルトちゃんだったらそうするって思ってた。騙すようなことして、ごめん」
「な、なんで白い兄ちゃんが謝るんだよ。そうさ、アタシが騙した。……怒ったりしねーのかよ」
「疑われて当然の状況を作ったのは俺達だし、それも理不尽すぎる…でも時間に余裕がないのはこっちも譲れないんだ。頼むフェルト。まっすぐ、盗品蔵までな」
軽く手を上げて拝み倒すスバル。
謝罪し方や懇願されたフェルトは目を白黒させて驚いている。それから自身の金髪をガシガシと乱雑に掻いた。
「クッソ、わっかんねー。あーわっかんねーけど、借りは借りだ。いーさ、願い通りまっすぐ盗品蔵に案内してやるよ。なんかあったらロム爺にぶん投げてやらー」
「なんかいっそのこと清々しいな」
「そういうのは嫌いじゃねぇけど……いや、どうなんだろうな」
話を中断したスバルにライトとフェルトは揃って片眉を上げるが、なにも聞かなかった。
そうして二人へとの態度を改めたフェルトが有言実行で盗品蔵への道を闊歩し先導する。
ただ目的地に歩いていく小さな背中に、ライトはスバルを抜き並び立って一緒に進むことにした。隣の存在に気づいたフェルトがほんの少し表情を和らげたような気がするが黙って歩く。
「下ばっか向いて歩いてんじゃねーよ、兄ちゃん。しみったれた性根が移るぜ?」
そう言い放つのはいつの間に立ち止まったフェルトだ。後ろを向いて言った相手は幸先が悪くなりそうな雰囲気を醸し出し下を向きながら歩くスバルで、彼女が睨み付ける。
「上を向いて歩きたいとこだけど、足元の整理整頓ができてないんだ。本当は、来翔みてぇに心置きなくしていたいんだが。……しみったれた性根って?」
「決まってんだろ。ここに住んでやがる、人生の負け犬どものことだよ」
顎をしゃくり示すフェルトのままにライトが周囲を見る。亜人や人が仲良さげに会話を弾ませていたり、先のフェルトの言葉に怯える子どもらがいた。
「負け犬って……そんなの暴言じゃないか」
「どこがだよ…あいつらは強くともなんともねー。シャバで甘えては負け甘えては負け、こんな路地裏生活に浸りきって出て行ってやろうとかいう気概もなくした、折り紙つきのクズだぜ? アタシは大っ嫌いだね」
ライトとスバルもいくらかこの貧民街で過ごし、この貧民街で暮らす住民と会話を交わしたこともある。だが、頭で想像していた時よりも荒れきった性格の人がいるわけでもなく、普通にいい人たちだった。だが、それは勘違いだったのだ。フェルトの言うとおり、住民たちが満足しているわけじゃなく諦観から来るものだったと言うのは否定できない。
切り捨てることは簡単だ。諦めることは簡単だ。だからなのだろう。フェルトの紅の双眸から獰猛な光が決して曇らないのは。
「アタシはここにいる奴らとは違う。こんな路地裏で一生を終わらせる気なんてさらさらねーんだ。機会があんなら食らいついて、絶対ものにしてやる」
「それで、聖金貨二十枚と価値不明品でその夢は叶いそうなのかよ」
「目標にかなりでっかく近づくのは間違いねーよ。あたし一人でムリすりゃ、やってけねーこともねーだろーけどよ」
「一人?」「一人なら?」
耳のいい二人にはフェルトの呟きに眉を上げるを上げた。
フェルトにも誰か大切な人がいるのだから、こうして小さい体を大きく見せていられるのだろうか。そう思えば、なんとも健気で見ていてとても力が貰える。
だが、その二人の反応から自身の失言に気付いたフェルトは舌打ちをして顔を背けた。
「なんでもねーよ。なんでアタシはこんなペラペラと……」
「目標のゴールが見えて、気が緩んだんじゃねぇの?」
またこうして相手の神経を逆立てるようなスバルにライトは重い息を吐いてしまう。
フェルトの気にかける人物に心当たりがあるのか、スバルは頬を緩めきってニマニマと煩わしい笑みを浮かべていた。
「んだよそのにやけ面! 腹立つなーオイ」
「いや、なんでもねぇ気にすんな。先急ごうぜ? さっきからタイムロスが目立ってきてこのままじゃ時間外労働になっちまう」
「釈然としねーけど。えっちょちょっと、おいなにすんだやめろ!んもーーッ!」
「やめてあげなよ昴」
「いいんだよ。なんだか愛嬌があるやつだと思ったらこうしたくなるんだよ。そうか……うまくやらなきゃいけねぇよな」
それは確かにと思うライトだったが彼女の状況も状況だ。止めようとしても「いいっていいって」とスバルに追い返されてしまう。
「わけわかんねーこと言って浸ってんじゃねー! 噛むぞ!」
「ほらやめてあげな昴! こんなに嫌がってるんだから」
「嫌よ嫌よも好きのうちってことわざがあるだろ? 大丈夫だって、きっとこれも照れ隠……」
「いい加減にしろっつーのーーっっ!!」
フェルトとフェルトの大切にしている人に歩く道の先に光があることを勝手ながらに思うライト。
そして反省の見えないスバルがフラストレーションをためにためた金色の猫に噛まれて、雄叫びを上げる彼に「あーぁ」としか言えないライトだった。