「ふーむ、これが『ミーティア』。さすがのワシも見るのは初めてじゃが」
「多分世界に一つ……いや二つしかない。それと、わりとデリケートな機械だから扱いには注意。ぶっ壊されるとマジで死ななきゃいけないレベル。やり直し的な意味で」
しげしげと『ガラケー』の外装を確かめる大柄の老人。彼の名はロム爺。フェルトに案内された盗品蔵の主人である。
大きすぎる手の中に鑑定品である品を繊細な指ざわりで確かめるように撫でている。
「ハァー」
「なんだよ白い兄ちゃん。あんまりため息ばっか吐いてっと、こっちまで幸運が逃げてくぞ」
スバルを目に移すたび疲れの乗せたため息を吐くライトに注意するフェルト。
スバルとロム爺の話している光景を彼女に『スマホ』の操作を教えながら眺めるライトが、頭を振って疲れを振り解く。
ここに至るまでに彼は、それはもう酷い目に遭わされ、その証拠に彼の額や左手、身に纏う服は砂埃と擦り傷と随分と痛々しいこととなっている。
こうなってしまった原因は、少し遡る必要がある。
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フェルトに案内され行き着いた場所は盗品蔵だ。だがその野卑な通り名とは裏腹に異様にどっしりと構えた建物で、唖然としてしまう。
立ち止まって呆けるライトの横をスバルは通り過ぎ、慣れた手つきでノックする。
「大ネズミに」
扉の向こう側から芯の入った低い声が短く発する。
こう言うのは後に続く合言葉を言うのが鉄則なのだろうが、ライトにはあいにくと言ってそんな事など知らない。
スバルの隣に追いつき、本当に大丈夫なのかと怪訝そうな表情をライトは浮かべる。
「ホウ酸団子ってどこで売ってんの?毒」
「白鯨に」
「俺の船長の原点はやっぱりエイハブ船長です。釣り針」
「……われらが尊きドラゴン様に」
「ファンタジー世界だから実際いるんだろうけど、マジ対面したら何にもできない事請け合い…でもロマンだから会いたいのも事実という矛盾がクソッタレな気分」
「なぁ合言葉ってそんな長いも「余計な枕詞つけんと合言葉も言えんのか!」うわっグッホォ!?」
余計な一言を付け加えるスバルが変に思って、聞いて見ようとした途端この仕打ち。怒りのままに開いた扉によって体が弾きとび空中でわずかな対空時間の中、ライトはスバルが謎に無傷で逃げ仰せていることに驚愕した。
盗品蔵の入り口から五メートル近くのところで無様に地面へと転がったライトは、赤く広がる空がだんだん遠のいていくのを感じる。
「だ、大丈夫かよ兄ちゃん!」
「ぁぁ……んぇ!? イッテェ危なっ」
フェルトが珍しく血相を変えて駆け寄ってきて、意識が体へと戻ってきた。脳がまだ揺れるような感覚に囚われ頭を振るライトに、彼女が小さい手を彼の背中に当てて起こしてくれた。
片手でこれ以上の助けはいらないという旨を伝えるとライトは一人でよろめくが、なんとか立ち上がってこんな目に合わせた張本人に目を向ける。
そこに立っていたのは夕日の赤をつるりと反射させる禿頭の老人が、顔を真っ赤にして血圧を高めていた。
「あんま頭に血ぃ上らせてると血管切れるぜ? 現代医学でもかなりの危険」
「体に悪いとわかっとるなら怒らせるんじゃないわ! なんじゃお前! 今日は人払いせんといかんから入れんぞ!」
「あー、悪い。コイツらアタシの客なんだ。入れてやってくれ、ロム爺。白い兄ちゃんも苦労してんだな」
足取りがおぼつかないライトに合わせて歩くフェルトが申し訳なさそうに言うと、目の前の老人、ロム爺が露骨に肩を落としがっかりする。
落ち込むロム爺と呑気に口笛を吹くスバルをフェルトは交互に見やるとため息を吐いた。
「兄ちゃん、ほんっとに性格悪いな。アンタの連れ飛んじまってケガしてるぞ。控えめに言って最悪だ」
「わりぃ来翔! んでもなんかからかいたくなるんだよな。いじられてこそっていうかなんて言うか。Mと発覚した次はSの才能もあったのか。うんオールラウンダーだな!」
「知らねーし知りたくもねー。上がるぞ、ロム爺」
「失礼します……」
項垂れて気が弱くなるロム爺の横を通り抜けて、フェルトと共にライトは盗品蔵の中へと入る。
入り口を抜けた先で目に飛び込んだのはカウンターだ。元々は宿屋か酒場だったスペースをそのまま流用しているらしい。
そのカウンターの上や向こう側には窮屈そうに並ぶ、おそらく盗品があった。
小箱に壺、刀剣などRPGでよく目にする物など色とりどりで、それぞれに価格が表示されているであろう値札が一つ一つ貼られている。
「ここに座っててくれ」
「あぁわかった」
フェルトがカウンターの奥にある扉に入っていくのを見届けると、外でいまだに喋り尽くすスバルとロム爺の声がライトの耳に入ってくる。
詳細な内容はわからないが、おそらく。否、確実にスバルのペースにのまれ困惑しているロム爺が言を交わしていた。
そうこうしているうちに、仮称ミルクの瓶を片手に包帯のようなものを持ってきたフェルトが歩いてくる。
「ほら、てーだしな」
「いや全然大丈夫だよ。どこも痛くないし血も出てない……」
「嘘つけ。ヨボヨボの爺ちゃんみてーに歩いてた奴が言うことなんか説得力ねーぞ。さっさと左手だせ」
言われるがままにライトは左手を前にやるとフェルトが「うえー」と言いながら包帯を巻く準備をする。
彼女の気持ち悪げに見たた左手は手の甲の皮膚が捲れていて、そこからは血が顔を出しており目をギョッとさせるライト。
傷に包帯が押し付けられて、鋭い痛みが神経を通し脳へと伝達。痛みで右手を握りしめるライトだったが、巻き終えたフェルトが最後に包帯を締めて、
「イ゛ッ!」
「男のくせに何叫んでんだよ。こんなもん唾つけときゃ治るってのに」
「予想以上にスパルタなんだね、フェルトちゃんって。まぁそれでなきゃ……」
ここで生活なんかできない。そう言いかけるが今のは失言だったと肺の空気を通行止めして声をなくす。
包帯を奥のカウンターに投げてグラスを手に取るフェルトには聞こえなかったようで、独り失言に反省するライト。たとえ言ったとしても一蹴されて終わるのだろうが。
スバルとロム爺が入室するのを見ながらこの後の交渉がどうなるかと思考を巡らせて、哀愁漂う夕日を眺めていると隣で椅子がずれて振り向く。雑に瓶を傾けミルクをグラスに注ぐフェルトだ。他所の家をマイホームだと言って椅子に座る彼女にライトが驚いていると、立て続けに後ろから声がかかる。
「大丈夫か来翔? うわっ痛そ。そっちはミルクか」
「んだよ、冷えてんのはこれ一本だけだ。やんねーぞ」
「ふてぶてしすぎて神経ぶれねぇな、お前。俺は酒でいいよ爺さん」
「お前さんは厚かましいにも程があるわ! 分けん、分けんぞ! ちょっとはそっちの白い小僧から遠慮という心構えを分けて貰えば良いわ!」
のしのしと床を軋ませながら走り、またもカウンターの奥の、おそらくは酒蔵を守ろうとするロム爺。そんな彼に罵倒され苦笑いするスバルが、冷たい視線をフェルトの横から浴びせられて振り向けずにいた。
「さ、さて爺さん。冗談は置いておいて……俺たちが持ってきた『ミーティア』に値段をつけて、その価値をフェルトに対して保障してもらいたい」
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そうして今に至る訳だ。
「兄ちゃん、さっきの音のやつはどーやんだ?」
「ん、サウンドトラックのこと? だったらここのやつ押して、この文字列のどれか押したら鳴るよ」
「そうか、ありがとな兄ちゃん」
溌剌といい返事をするフェルトが、ライトの指でかざしたところを続けて触る。その曲はフェルト宅跡地で聞く時に選んだサントラと同じものだが、押したところは上から十三番目の曲だ。
新しい一歩のため『位置について』、諦めずに生き続ける。
人生は決断という節目が存在する。それに立とうと生き続けていく限り、停滞なんて訪れない。人生を変えたいと、変わりたいと思った時、初めてスタート位置に着いているんだ。
新たな門出を祝福するような曲を背にして、ライトはロム爺とスバルの元へ歩き出した。
体の痛みはだいぶ引いていて、足運びもしっかりしたものだ。
近づいていくとスバルがこちらに気づき、キレのいい動きでグッジョブとサムズアップをしてきた。こうなったのスバルの所為なんだけどなと言いそうになるが、大人気ないと思い心の内に閉まう。
「どうなんだ、鑑定終わりそうか?」
「いや、今見せたところ。それより痛そうだな。誰がこんなことしたんだ?」
そう言ってスバルが鑑定しているロム爺を流し目で見ていて、悪びれもしない彼に眉を歪ませて口を開かざるを得ないライト。
「お前だよ。今俺の目の前にいる、な・つ・き・す・ば・る、だ 」
「悪かったって、そんな怒るなよ。心に余裕を持ってこそ、俺みたいなクールガイになれるんだぜ?」
彼の棚上げには心底呆れてしまって窓の外を見ながらガシガシと髪を掻くライト。
その背景で流れている音楽に巨漢が目を斜め上に向けて気にかけていた。
「しかしどこから鳴っておるんじゃこの音は? この絵は……」
「白い兄ちゃんのミーティアさ。これすげーんだぜ? どういう原理かしらねーが、横に並んでる文字押すと音がたくさん鳴りやがる」
音の原因について答えながらライトのスマホを、彼に教えられたようにスワイプしタップするフェルト。彼女は立ち上がってロム爺が関心を示したスバルの携帯の画面を一緒に見た。
「タイミング的にちょうどいいと思ってな。効果の程を見せつける意味で、題して、『フェルトちゃんの一日』を待ち受けにしてみた」
待ち受けの画像は、貧民街第一写目のフェルトの画像だ。旧世代の携帯にしてみてもよく撮れたものとなっていた。
ロム爺はライトと挟んで隣にいるフェルトを見比べて、
「これは確かに恐れ入ったわい。これだけ精巧な絵を書けるもんはおらんじゃろうな」
「時間を切り取って、そこに封じ込める『ミーティア』さ」
「それじゃあちょっと仰々しいからやっぱり変えてみようよ。例えば、画面に映った風景をそっくりそのまま模写する『写し絵』とか」
「ほう……そう言ったものなら確かに想像に難くない。じゃが、おっかない感じもするのぅ」
「どの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな」
写真が発明されたての時代のように反応するロム爺に苦笑いし、「撮影されても寿命が減ったりなんてしないぜ?」と念押し。
続いて聞き耳を立てていたフェルトが次の曲を選んでいると、彼女の手から器用に『スマホ』拾い上げるロム爺。
「これは……?」
「それは、ちょっと返してくれ。……さっきみたいに音を流したりとか、こういうこともできる」
そういうとフォルダを起動してある動画をロム爺に見せる。彼からスマホを凝視されて苦笑いするライトだが無理もないだろうと納得。
「フェルトも、小僧らも動いておる。これは驚いた、小僧が言った『写し絵』の応用のようなものか」
「理解が早いんだなロム爺。俺だったら初見で辿り着かねぇぞ」
老人というには頭の回転が早いロム爺の推論にスバルは感嘆する。
ロム爺はいまだに再生される動画を流したままライトへと手渡すと咳払いをして考えるように唸った。
「もしも儂が取り扱うなら、お前のもつ『ミーティア』は聖金貨で十五いや二十枚は下らずにさばいて見せる。そっちのは計り知れん。儂よりももっと良い目のやつに見せたらきっちりとした価値をつけるだろうが……」
一息入れて顎をさするロム爺に申し訳ないと思うライト。それは無理もないことで、この世界では解明に難しい技術が二つもこの盗品蔵にやってきたのだ。
喉を鳴らして彼なりの結論が出たようで、ライトのスマホに指差す。
「ううん。じゃが……これまでにない額が付くのは違いない。が、それが二つとくる。これはお前さんらからすれば損が大きいのではないか?」
盗品を金銭に変える悪党としては、妙にこちらに親身になった忠告だった。
だが、とうに結論はついているし、右も左もわからなければお金もないこの現状で資金を確保することができれば、少しでも生活面で安心することができる。
「あぁそれでいいぜ。このミーティアでフェルトが持ち込む徽章と交換する。来翔もそれでいいよな?」
「うん。答えならフェルトと会ったときに言ってたでしょ?」
「わかった。儂もなるたけ高く売り捌いて見せよう。これまでの機能から思うに……聖金貨四十いや、それ以上の額になるだろうな。それだけの価値はある」
力不足に不甲斐ないと思っているのか、少し声を落とすロム爺。そんな彼だが、売人としての魂が刺激されたためか瞳を輝かせていた。
ロム爺の公正な値付けに満足のいく結果だったスバルは、自慢げに鼻の穴を膨らませてフェルトを見やる。
「ほぅら宣言通り、聖金貨二十枚以上の品物。これと来翔のでオールインベットだッ」
「その顔、ちょいちょい挟むけどムカつくなぁ」
スバルの思惑通りに行くのが面白くないだろうフェルトが、不満げな顔つきになっている。が、それでも目標の第一歩としては申し分ないため背に腹は変えられないと言ったところか。
「ま、その二つの『ミーティア』が金になるって保証がついたのは素直に嬉しいさ」
「うっしゃあ! じゃあ交渉成立ってことでこの話は終わりとして、これからみんなで商談成立の祝いに一杯やりに行こうぜ」
徽章を受け取らずガラケー片手に足早で外に出ようとするスバルに、スマホを手にライトは駆け寄る。盗品蔵の外で徽章を受け取って終わる算段なのだろうが、それにしては些か急いでる気がしたからだ。
胸に込み上げてきた疑問を、目を糸のようにする彼に投げかける。
「なぁ……ちょっと待ってよ昴。どうしたんだよそんなに焦って」
「白い兄ちゃんの言うとおりだぜ? 何そんな急いでんだ?」
肩を掴みスバルの歩みを止めるライトに後ろから賛同するフェルトが一歩踏み出す。彼女もいい加減この違和感に気付いたのだろう、スバルの異常さに。
「人生ってのは有限なんだ。一秒一秒大切に! 無駄を極力省くことで……」
「あーはいはい、そーゆーのいいんで。つかさ……」
彼の言葉を中断させたフェルトが疑いの目をスバルに向け、核心に迫った。
「そもそも何で兄ちゃんはこの徽章を欲しがんだよ?」
「な、なんで俺なんだよ。それじゃ来翔だって……」
「白い兄ちゃんは『ミーティア』は売るって言ってんだ。でも兄ちゃんを庇ったあとから、一回も徽章なんて聞いてこなかったぜ?」
確かに、スバルをフォローしてから一度も徽章を口に出していなかった。ライトが思い出す中、スバルは「なっ」と驚きの声を漏らし、ますますフェルトの疑いを深くするものとなる。
今こそ、さっきまでのような軽口が這うどうすべきだったというのに。
「……そもそも、盗み自体がいかがわしい話なんだから、後ろ暗い理由があるのは誰でも一緒だと思うんですがー」
「でも、特にアンタは後ろ暗いわけだ。ま、落ち着いて考えてみりゃー、盗みを依頼した品物を横から掠め取ろうってんだしな。白い兄ちゃんのも使えるやつなら利用するって魂胆だったわけだ」
唯一の同郷が、自身を利用としていた可能性があることに気づいたライトは「えっ」と驚かざるを得なかった。後ろ歩きで下がる中椅子にぶつかって倒れそうになることで、今まで濃密なまでの出来事で埋もれていた彼の行動原理を思い出す。スバルは女の子のために探し物をしていたことを。
フェルトに攻め立てられ、皆の視線がスバルへと集まる中、彼が手を振って大変焦った様子で、
「ち、違っ……俺はここに来てから何も知らない無知蒙昧の一般市民で、たっ頼むから……信じてくれよっ!」
「何も知らねーテメーが欲しがるこの徽章はなんだ? 実は、こいつには見た目以上の価値があるんだろ。だからみんな欲しがるんだ。つまり、こいつは『ミーティア』以上の金になるってこった」
「ま、待ってくれよフェルト。……お前その考えは危うい。聖金貨二十枚、二十枚以上の価値で手ェ打ってくれっ。そ、それ以上は何も欲しがるな! エル……お前に依頼したやつだって、聖金貨二十枚が限度だ! それ以上出してこない!」
皆に疑いの目をかけられる中、スバルはだんだんと勢いづいたように語尾を強めていく。
だが、ライトもフェルトにもある一点に気づいた。誰も知るはずのないフェルトに依頼したであろう人物の限度額をスバルが口を滑らせたことに。
「なんで、アンタがそれ知ってんだよ」
「あ……」
「語るに落ちてるぜ。──関係者だってな」