やさしい日差しが全身を包み込む。体中から心地よく吸い込む感覚と共に力が湧いてくるのを感じながら、伸びをしてライトが後ろを見る。そこには城かと思うくらいでかい屋敷があり、まさしく異世界という感想が出てくる。
未だにだるさの抜けない体を動かしながらエミリアと先ほどまで肩を貸してもらっていたスバルが向かった先へと付いて行く。
「どこに行ったのか……うわぁでかいな」
原っぱに見間違うほどの広い庭園にライトは感嘆の一言を呟いた。
着いたと思えば、伸脚をしているスバルとその動きに可愛らしい仕草で疑問を露わにするエミリアがいた。
こんなときは、日に当たって体を動かすに限る。腕を回しながらライトが二人に近づいていると、先に運動をしているスバルが、
「やっぱりでけぇな。庭も庭ってより原っぱだ」
「本当にでかいよね、ここ。大抵の競技なら、なんでもできるんじゃないかこれ?」
「だよなぁ。んでもここってサッカーとか野球とか、そういう競技ってあんのかな?」
「さっかー、やきゅう? よくわかんないけど楽しそうなことなのはわかったわ。でもスバルのそれ、珍しい動きだけど何してるの?」
スバルのこの世界のスポーツ情勢について語っていれば、横から銀鈴の声がかかる。
二人が腕を回したり、足を伸ばしたりする動きを奇怪に思ったエミリアが不思議そうな顔をしていた。
「俺たちの故郷に伝わる由緒正しい準備運動っ。さあエミリアたんもご一緒にっ」
スバルがエミリアとぶつからない適度な距離を開ければそれに続いてライトは横に並ぶ。
肩の力を抜いて自然体にすれば横にいるスバルと目が合って心が通い合えば口を揃えて、
「「ラジオ体操第一!/第二!」」
「「えぇそっち?/かよ!」」
同じ世界出身だとしてもやはり好みは違うようだった。
バラッバラの言葉に落胆すれば、両者が顔に手を当てて指の隙間から好敵手をぎらつく目で見つめる。
二人が向き合い、今から決闘が始まる雰囲気を醸し出している。
同郷のよしみであれどこれだけは譲れない。スバルが堂々の仁王立ちをするならば、挑まないのは無作法というもの。
「よし、いくよ昴」
「かかってこいよ。俺はこの手の勝負に限って右に出るやつぁいないんだぜぇ?」
二人の間から生成された圧迫感が最高潮に達したその時、勢いよく拳を突き出した。
風の切る音が辺りを響かせれば、左手で右手を包み込んで目の前のライバルに構える。
「「最初はグーじゃんけんぽんっ!!」」
高々に、屋敷の敷地を二人の声が響く。
「ということで、ラジオ体操第一を始めます」
戦いを制したのはライトだった。
「てーんてーんてれってんてんてんてーんてんてれーん♪」
「え、うそ、何?」
「のびのびと背伸びの運動から」
「ほらエミリアたん。俺たちに続けて続けてぇ?」
戸惑うエミリアに促すスバル。ライトは全国的に愛されているラジオ体操『第一』をアカペラで、ナレーションの声も再現。
ライトの横を見てみれば、溌剌とした表情を浮かべてその可動域を思う存分に使うスバルがいて、その隣ではぎこちない動きでスバルに圧倒されるエミリアがいた。
中盤に差し掛かり、前後に曲げる運動へ。
「このっ運動は、お腹の筋肉っも伸びるからおすすっめだ」
「ふっん。確かに暖かくなっ、てきたようなきがするわ」
「エミリアたんもっこの『ラジオ体操』を絶っ賛してるぜ。万国共通だなっ」
次第にやる気になってきたエミリアと一緒に小言を挟みながらやっていると終盤に。気づけば三人は喋らずに息を弾ませて、真剣な顔つきで運動に没頭。
最後の深呼吸をし、
「よしこれで「両手を掲げて?ビクトリィー!」それしらなっもうビクトリィーーッ!!!」
「び、びくとりぃぃぃー」
スバルが唐突に乗っ取ってきたため、驚いたライトは自棄になり腕を天に伸ばしてそれに乗っかった。
エミリアも初めて聞く単語にぎこちなくそれに乗れば、出し慣れていない大声を震わせて言うと、彼女の背後がかすかに光初めて、
「ビクトリー──!」
エミリアの頭の上に最高のもふもふが現れた。
「パックで、合ってるか? 昨日から調子はどうかな?」
「おっはようライト、スバル、いい朝だね。マナも快調で清々しいよ」
こちらに向きかわいらしい小さな手を振って挨拶するパック。
盗品蔵では息絶えるように霧散していったため心配していたのだが、大丈夫な様子で安堵にライトは胸を撫で下ろした。
ライトの横を通って、パックに近づくスバルが腕を組みながら、
「俺にとっては深夜から朝にかけて波乱万丈だったけどな。ループする廊下とタチの悪い幼女の猛威。そして相棒とエミリアたんと共に流す情熱の汗っ」
額に汗を浮かべたスバルが全身を照り尽くす太陽に体を向けば、腕で拭って一仕事終えたようにする。
ループする廊下なんてものもあったのか。時間帯で言うと、二度寝する前ぐらいだろうか。
ライトが考えていると、眉を寄せるエミリアが、彼を置いてけぼりにして、
「人聞き悪い言い方しないの。おはようパック、昨日は色々と無理させてごめんね」
「おはようリア。昨日は危うく君を失うところだった。ライトたちには感謝してもし足りないくらい。何かお礼をしなくちゃ」
エミリアの手の平にパックが座る。
目を瞑って、まるで何でもこいと言わんばかりに腕組みしていると、スバルが人差し指を立てて、
「んじゃあ。好きな時にその毛並み触らせてくれ」
「俺は……何も思いつかないや」
「そんなこと言わずにぃ」
スバルが欲のままに言うのに対し、そんなことしてくれるのかとあまり考えていなかったライト。
言ってご覧よと片目を瞑るパックを見つめていれば、とある考えが浮かんでくる。スバルの言うようにパックの毛並みを意識していれば、それだけでライトの思考が撫でることでいっぱいになってしまった。
「それじゃあ俺も昴と同じで。盗品蔵で見たときから、一度でもいいから触ってみたいって思ってたんだ」
「え? 二人ともそんなことでいいの?」
「俺みたいな一流の毛並み職人的には触りたい愛玩対象をいつでも愛でられるのは、百万の富と引き換えにしても惜しくない対価だぜ?耳やっばいなぁ」
一瞬でスバルがパックの毛並みの虜となってしまった。
それほどまでに極上なものなのだろう。気持ち良さげにスバルにされるがままのパックを見れば、ライトが手をソワソワして落ち着きが止まらなくなっていた。
一通り撫で終えたと思えば、スバルがパックを持ち上げて頬擦りをしていたので、もう待ちきれないと言わんばかりにライトが己の左手を右手で押さえていた。
「そろそろ俺も、触らせてもらってもいいかな? 目の前で、そんな思う存分にしてたらこっちまで触ってみたくなるじゃないか」
「もうちょっと辛抱してくれぇ、俺はパック堪能中なんだから。はぁー癒されるぅーお前のふわふわっぷりにはメロメロだよぉ」
「薄ぼんやり心が読めるからわかるけど本気で言ってるところがすごいね。リア平気だよ、スバルには悪意と敵意とか害意ってものは見当たらない。そろそろいいかな?スバル。次はライトだよ?」
スバルの両手から猫特有の液体化現象が発動し、抜け出せば少しばかりツヤツヤしたパックが飛んでくる。
和やかな笑みを讃えるライトが、パックに腕を広げて全身で堪能する準備段階へと突入。
ライトを横目に見ながらスバルがパックの言うエミリアへの愛称に興味が湧いたようで、
「そのリアって呼び方かわいいな」
「君のエミリアたんには負けるよ。あれ?」
スバルにそういうとふわふわとパックが愛らしい顔を再びこちらに向いて飛んでくる。
が、彼が疑問を口にすれば顎に手を添えて、ライトにそれ以上近づいてこようとしない。どうしたのかと、腕をもう一度広げて頭を傾げていると、
「ライト、もしかしてだけど契約してる? 精霊と」
契約?わけがわからない。どういう契約だ。
疑問が泡のように湧き立っていくため、質問をしてきた彼にライトが質問で返した。
「精霊って言うとパックみたいな?」
「そうだよ。しかも君の契約精霊はボクと同じで、なかなかに偉い位の精霊だね。そんな君の精霊が、ボクに敵意を向けている」
「「え!?」」
「えっちょどこ、どこにいるの!?」
彼の契約者であるエミリアとライトが同じ反応を示す。
パックに敵意を向ける存在なんて、一体どこにいるのだろうか。体をくるくるとライトが見ても、パックのような姿なんてどこにもいない。
「ほら、いつまでもそこで敵意振り撒いてないで、出てきなよ」
「ネックレス? なんだこれっ光が……」
パックがそういいネックレスに触れる。すると幻獣の、ユニコーンの横顔が彫られた白金が白く輝いて、目を焼かれかける。
眩しさにみんなが目を瞑っているとその光も弱くなっていって、
「ん……えっこの子が」
「へぇーこれが君の」
「すごいわ。こんな精霊今まで見たことないっ!」
目を開ければ、そこにはパックのような手のひらサイズの大きさの、四頭身位の精霊がいて、スバル達を巡回するように飛び回っていた。
「おぉーこれがライトの精霊ってやつか……なかなか男心をくすぐるデザインしてんじゃねえか」
スバルが顎に手を添えて、その鋭い目を思案に浸らせるようにした。
その精霊は、まるで夢の中から現れたように輝いていて、白い外装は新雪のように純粋だ。
日の光を受けてキラキラと反射し、周囲を照らしているような錯覚に陥ってしまうほどに綺麗である。そして動くたびにその美しさを際立たせ、独特のツノのデザインが頭部に華を添え、まるで神秘的な存在感を漂わせている。
『──すれば、ユニコーンは────』
「ユニコーン?」
雑音めいた音声が頭に響いてライトは反射的にそう言ってしまった。
彼の言葉に反応したユニコーンがこちらに振り向いて、クビが取れるくらい縦に頭を振り彼の頬に張り付いた。金属のような光沢を放っていることもあってか、ひんやりしている。
「大好きなんだねライトのこと。ごめんね?君の嫌なことしちゃって」
「(無言で横に首を振る)」
「と言うことで、ライトくんのお願いは聞けなくなっちゃった」
パックがそういうと、ユニコーンがライトの肩に降り立つ。頭を揺らしている様子は、いかにも満足ですと言いたげだった。
指をそっと近づければ、ユニコーンがそれを引き寄せて抱きつく。ライトがそんなユニコーンに癒されていると、とたんに聞いてみたくなる。
──この子ってどっち?
「パック、ユニコーンって性別的にどっちなの?それと何歳かとか」
名前を呼ぶとこっちを見てくる。いちいち反応が大きいのは喋れない代わりなのかと思うと、これはこれでかわいいと思ったライトだったが、彼からの問いかけにパックは「うーん」と唸ってユニコーンを観察する。
「この子は……うん男の子だね。あとユニコーンは僕より年下かな?」
「男の子かぁー。それにこのなりで弟ポジションってのはなんともアシンメトリーで、このナツキ・スバルっ男心が現在くすぐられ真っ盛りですっ」
「……何言ってんのさ昴」
ユニコーンの性別が男の子と判明すれば、スバルの脳内で何か不思議なことが起こった。
脳細胞が活性化したスバルが急に饒舌になって、もの言いたげな目つきでライトは睨む。
すると、エミリアが懐から緑色の結晶を抜き出してライトに見せる。
「それは?」
「精霊が身を宿す結晶石よ。でも不思議ね、ライトのゆにこーん。一体どこで契約したの?」
「いや、それが……俺にもわからないんだ。いつユニコーンと……」
「それって大変じゃない!」
エミリアが突然大声を出して、声圧に圧倒されたライトは半歩後ずさる。
一体何がまずいのか全くもってわからずに耳が鳴り止まなくて視界が真っ白になりかけるのを根性で耐えると、突然エミリアに「うわぁ」とパックが引き寄せられる。
「契約をサボっちゃうと、精霊が力を貸してくれなくなっちゃって見向きもされなくなるんだからっ。はやく思い出して!」
「えっ!? でも、俺本当に覚えてなくて、あぁどうしようどうしよう。ほんとにわからないよぉ」
「んー、でもユニコーンはライトにすごい懐いてるんだし大丈夫だよ。きっと多分ねっ」
「途端に曖昧にするのやめてやれよパック。エミリアたんもあんまし急かすと思い出せるもんも思い出せねえって」
エミリアが信じられないと言った風に腰に手を当てて頬を膨らませていると、スバルが内心『怒ってるエミリアたんも可愛い』と思いながら彼女を宥めている。
その側で、頭を抱えて一人悩み記憶の本棚を総当たりして、目をぐるぐると回しているライトに、ユニコーンが彼の顔をのぞいて『大丈夫?』と言うように頬をむにむにさせる。
「んー。なんだよユニコーン、俺を慰めてるのか?」
「(うなづく)」
「あ゛ぁー優しい精霊だなぁーユニコーンは」
ライトに捕まえられて抱きつかれるユニコーンが、突然のスキンシップに驚くものの、頭を彼の胸元に擦りつかせていた。
「ゆにこーんってそんな風にされても全然嫌がらないわね」
「うん、ライトも心配しなくてもいいと思うよ?この子かなりライトに入れ込んでるからね、ちょっとやそっとじゃ、契約解除〜とかならないよ」
「本当か? ユニコーンは離れないんだよね?」
契約解除に心配するライトの周りをユニコーンがぐるぐると、背中にあるバーニアのようなもので飛んでいくと彼の上に。
そのままゆっくりと降下すれば、ライトの方へと座って体重をあづける。
それは、心配しなくてもいいと言っているようで安堵の笑みが溢れてしまう。
彼らの馴れ初めにスバルたちは微笑ましいものを見るように温かい視線を向けていた。
「ホントに、スバルたちって不思議」
「ほぇ?」「え?」
「精霊と触れ合って、おまけに私みたいな……ハーフエルフにも接してくれて」
「当たり前でしょ? エミリアとは、一緒に戦った……戦ったっけ俺?」
「いやお前っ、あんなことしといて覚えてないのかよ!」
「いぃやっホントに、ホントに覚えてないから! 逆に何したのさ」
盗品蔵での件はフェルトを守って記憶が飛んでいるため、ライトは覚えていないのだ。
そんなライトの事情なんて知らないスバルは、手をブンブンと振ってもどかしさに苦しむ。
エミリアも彼の謙虚すぎて逆に失礼にもなってしまっている態度に、スバルと同じように詰め寄ってくる。
「ホントよ! だってあのときライトの体「「エミリア様」」あっ二人とも、どうしたの?」
ライトへ言おうとしたエミリアの言葉に重なる声が挟まった。声のした方向は屋敷の方向で、振り向けば朝の仕事を終えたであろうレムとラムが並んでいた。
「「当主ロズワール様がお戻りになられました。どうかお屋敷へ」」
厳かに、寸分違わない完璧な一礼とステレオ音声だ。
この乱れを見せない二人の連携には驚いたのだが、それよりもメイド姉妹の態度の変わりっぷりにライトは驚く。
先ほどの部屋のやり取りのような軽々しさがかけらも見えなくなり、この豪華な屋敷に仕える使用人としての風格が感じられる。
「そう、ロズワールが……迎えに行かないとね」
「はい。それからお客様も。目が覚めているならご一緒されるようにと」
パックがエミリアの銀髪の中に潜り込んで、髪を撫でれ受け入れたエミリアはさっきとは違い、硬い表情だ。肩に乗るユニコーンと目を合わせた後に、エミリアとご指名されたライトと首を鳴らすスバルが並ぶ。
「んで?そのロズワールって誰のことなんだ?」
「この屋敷の持ち主……そっか説明してなかったのよね。えっと、そうね」
一体どんな主人なのだろうか。やはり筋骨隆々な男性か。はたまたこの改造されたメイド服を着せる性癖の持ち主だから、変人みたいなのだろうか。
エミリアの横顔を見つめながら思索に耽っていたライトが続きを待つ。
「ロズワールは……会えばわかるわ」
「ずこおぉ──っ」「えー……」
「どうしたの二人ともっ」
あんまりな言の返しにずっこけるスバルと、滑らかに後ろへと後退するライトに困惑するエミリア。
彼女の声にスバルがバネのように飛び起きれば、草が舞い上がる。ライトはこれまた氷の上を滑るように戻ってくる。
「いや説明諦めんの早いんだな! そんな特徴ないの?!」
「ううん、「「「逆」」」」
エミリア、パック、レム、ラムの四人から同時に返ってきた。
突然のカルテットに開いた口が塞がらないスバルとライト。その口をゼンマイ仕掛けのおもちゃの音を鳴り響かせながら、レムがそっと閉じさせる。
そして一礼をして下がると今度はラムが屋敷を手で差し示して、
「どんな言葉を並べても、ロズワールさまの人となりを表しきることはできません。ご本人に会って、どうかご理解を、お客様。お優しいお方ですから大丈夫」
念には念を押されて逆に胡散臭く感じることがこれまでにあっただろうか。不信感が募ってしまうのだが、双子はうなづくのみでライトは困惑する。
そんな彼が面白かったのか肩に乗るユニコーンがライトの頬をつつく。
「うぇっユニコーンどうしたのさ。くすぐったいよ」
ユニコーンが屋敷の方に手を差し示して釣られて見ると、スバルとエミリア、レムとラムがもう先に向かっていた。
少し怠く重い体に鞭を打って足を懸命に動かしてみんなの後をライトが追う。
「ちょっと! はぁ……待ってくれよぉ!」
草が揺れる音と共に、土を蹴るわずかな感触が足裏に伝わって、湿り気を含んだ芝生が弾むように足を包み込んだ。