一通りロズワール邸の案内を終えたラムと、それに続いていたライトとスバルが屋敷の玄関前で立ち止まる。
屋敷を回って見た感想だが、レムとラムの二人では回していけるのか心配になる広さだ。その上、庭園の案内で驚いたのは寸分違わずきちんと整った木。工具などはもちろんあるだろうが、それでも慣れるのには時間がかかりそう。
あいにくライトはそういった労働も転移前でやっていたので、勘はある。だが心配なのはスバルで、彼が思うよりも何十倍も気合と根気が必要になると予想。
ラムが振り返って二人を交互に見やる。
「屋敷全体の案内はこれでおしまいね。ここまでで質問は?」
「これと言って特には……わかりやすい案内ありがとうラムちゃん」
「ハッこれくらいできて当然よ。トライには特別にラム姉様と呼ばせてあげるわ。バルスは?」
嘲笑しそう言って感想を要求するラムだが、申し訳なさそうにするスバルが肩をすくめる。
「案内してくれて助かったよ。その……終わってからいうのもなんだけど、こう言うイベントって本来ならエミリアたんがやってくれるべきイベントな気がしない「ないようだから……」っておい」
案内の途中で歩みを止める合間にスバルの脱線付き合わされたのだ。面構えも心構えも違う。
そうやってことごとくスルーされるのだが、ラムを追おうとするスバルを止める者がいた。彼の肩に手を置くライトだ。
「エミリアは王選について勉強中なんだ。案内に時間を割くくらいなら、ベテランのラムちゃん姉様にやってもらうのが道理みたいなもんだろ?」
「姉様と言いなさい、ちゃんは付けなくていいわ」
ライトに先輩と言われたラムは、誇らしげな顔をして私こそがベテランと言わんばかりに腕組みをしている。
「それにトライの言うとおりよバルス。見習いなさい」
「言われて見りゃそうだわ。ヒロイン欲でおかしくなってた、わりぃ」
「あら、頭がおかしいのはいつもどおりでしょう?」
「辛辣っマジぶれねぇなお前」
ラムがスルーした言葉のボールをライトがキャッチすれば、それをラムにパス。そうしてなぜかゴミになってスバルに帰ってきた。そのゴミを彼女に投げるようにスバルが抗議するのだが、それも右から左に受け流され、
「じゃあ実際の仕事の方に移るとしましょうか。ラム達の仕事を手伝ってもらうわ」
「早速仕事だな昴。今までの汚名を返上するチャンスだ」
「あぁ! 今の今まで活躍ができなかった俺っ。だがそこで内に秘められし執事スキルが覚醒しぃ、この屋敷に猛威を振るう……」
「今日のラムの仕事は前庭と庭園の手入れと周囲の確認「……は」昼食の準備を手伝ってその後食器を磨き寝台の布団干し洗濯「……ず」と浴槽の掃除月に一度の屋敷全体のすす払い」
ラムのマシンガントークにスバルの声が弱々しい語尾が混ざった。
それをやはりと言った感想をライトは抱かざる終えなくて、頑張ろうと意気込む。
一向についてこない二人にラムは振り返って、
「これをバルスとトライにもやってもらうわ」
「いや全然やるけどさ、その前に陽日とかの表現について聞いてもいいか?」
「それ、俺も知りたいな。時計とかってどこにあるんだ?」
「トケイ……? 魔刻結晶なら屋敷の至る所にあるでしょう」
ラムの言葉を聞き、スバルが顎に指をかけ、ライトは眉を寄せて上を見る。
どこかにそんなものもあったような気がしなくもない。果たして、どこにあっただろうか。
ビデオテープが巻き戻るように記憶が早送りになれば、ぼんやりと緑色に光る石が、時計の置いてありそうなところにあったことを思い出す。
あれがこの世界でいう時計なのだろう。
「あの緑色のか。んでもどうやって判断したらいいんだ?」
「陽日の零時から六時までが風の刻。そこから六時間刻みで火の刻。冥日の零時から水の刻と地の刻よ。こんなことも知らないで、どこの未開の蛮族なの?」
「未開の蛮族はその言われようにイエスも答えねぇからな?」
散々な言われようだが、この世界の一般常識が欠如した二人に対する評価としては真っ当だろう。
もう少し深掘りしたいため、今度はライトがラムに聞いてみることにした。
「魔刻結晶の色って、風が緑。火が赤。水が青で地が黄色って認識でいいのか?」
「ええ、トライの認識で間違いないわ。他に欲しい説明は?」
「属性に関するイメージ色はあっちと同じか……。それにしても陽日と冥日か……午前午後みたいな呼び方なんだな」
異世界と元の世界との知識のすり合わせは、また別のタイミングでぶつかった時まで見送りで大丈夫だろう。
腕を組んでうなづくスバルと、この話題はもう済んで木に止まっている鳥のやり取りを見ているライトらに、額に手を当てたラムは疲れた様子だ。
「仕事を一から仕込むだけでも一苦労なのに、一般常識の欠落なんて……。一体いつからラムは調教師になったのかしらね」
「仕込むだの調教だの、聞いてりゃ怖気が立つ言葉選びはやめましょーぜ? 先輩」
先輩、という言葉にライトに呼ばれたほどではないが、眉をわずかに上げて反応するラム。
どうやら後輩を持つというのはラムからすれば初めてのようで、手のかかる下男的ポジションに二人は置かれているのだろう。
この屋敷の雇用体系に思ったのだろうライトが「そういえば」と手を軽く叩き意識が彼へと移動。
「この屋敷のメイドさんってレムちゃんとラム姉様だけなのか? 前にここで働いていた人とかっているのか?」
「幸先がいいわねトライ、その調子よ。別邸にはロズワール様の親戚筋の方々がいらっしゃるから、これまでの同僚のほとんどはそっちね。ラムやレムはロズワール様のお世話をするためだけに、本邸の方で仕事をしているから」
「別邸ねぇ……人数的にこっちが別邸みたいな気もするんだが」
「メイザース家当主である、ロズワール様の邸宅が本邸に決まっているでしょう。浅はかねバルス。その発言から育ちの悪さが露見しているわ」
「なんで罵倒されないといけないんだ! 俺はただ疑問に思ったこと口に出しただけだッ」
だんだん恒例となってきているこの会話。
凸凹コンビなのか、手のかかる弟を遊んでる姉なのかよくわからなくなってきた。
この状況を側から見ながらこうも考える。
このメイザース家が複雑な家族環境なのはやはりと言って、貴族の家系なのだからだろう。雇われる身になる以上、その親戚にも会う機会がないとも言えなそうで気を引き締める。それ以前にも女王候補のエミリアともすぐ近くで接する立場なのだから。
「お世話する相手がロズワールさんでも、この広い屋敷じゃ二人で維持するのってかなり無理があるんじゃない? 業務内容改善とか、そういう話は?」
「……今は無理でしょうね。事情があるから。それより、無駄話は終わりよ」
手を叩いて、今までの終わりが見えない質問空気が一変し、仕事モードへと切り変えたラムが悠々と屋敷の玄関へ歩いて行く。
まだまだ聞きたいことが山ほどあったのだが、これ以上喋ってレムの業務を圧迫させるのは忍びない。それに、常識のすり合わせなんて仕事をやっていくうちに解決するだろう。今は恩の返しのためにやっていたものが、仇となっていかないように仕事へ取り掛かることだ。
「勤労経験のない俺に、謎の前向きさがみなぎるぅ。やっぱり、美少女の存在は違う」
「ラムを褒めても何も出ないわよ。指導に手抜きも、温情もないわ」
「姉様は妹みたいにもう少し謙虚になったほうがいいなっ」
姉の前には出ないレムの行動を思い出し、スバルは屋敷の玄関で声を反響させた。
*
*
*
「つか、れたぁ〜……これを今まで二人で……がんばろう」
ベッドへと身を投げ入れたライトが、天井へと一人語りかけた。
場所は使用人として与えられた一室であり、これからライトが寝起きすることとなる私室だ。白衣姿時の部屋とは打って変わって、落ち着いた雰囲気のある部屋。木製の簡易な机に椅子が設置され、木独特の重みのある音源には風情があって非日常感を現在進行形で味わう。この感動も住めば都のように時期慣れる。
「あそこの部屋は、なんだか高そうなものばかりで居心地が窮屈だったからなぁ。こっちの方がいい……」
枕に後頭部を埋めながら、それでも自宅の枕より質が良いその感触と匂いを堪能する。安らぎのひとときを味わうライトの格好は、まだ着慣れないあの使用人服から着替えて外行きの私服だ。それでも上着が邪魔だったので脱ぎ捨てて椅子に落ちたのだが。
いつまでもこの格好で寝るのも気持ちが悪いため、後で雇用主のロズワールにでも聞いてラフな服でも貰おう。
「そう思うとスバルのあの服良いなぁ。ジャージなら動きやすいしどこで生活していても便利だし……。にしても、こき使われた。肉体労働には自信あったんだけどなぁ」
仕事の最中はずっと立ちっぱなしで、痛くなる足をほぐしながらこの濃厚なまでの仕事内容を振り返って感想が出ていく。
洗濯が特に厳しく、今まで現代文明の洗濯機に頼っていたことが身に染みて感じる。それに加えて、この屋敷ではバイトにはなかった初めてなことも多く、大丈夫だと豪語していた自分が情けないと勝手に落胆していた。
一つだけ救いがあったとすれば、意外にも面倒見が良かったラムだろうか。
「ホント、先輩様様だ。でも大体頭に入ったし、ラムの手を煩わせなくなるのも時間が解決するか」
そう言ってうつ伏せになれば、サイドテーブルに置物となっていた技術の集合体を手に取って電源を入れる。
目に入るほとんどの要素は使えそうにない。SNSもそうだが、息抜きに一つ入れていたゲームだってもちろんで、電話も使えないそれは電源がなくなればただの板に早変わり。そう思えばため息の一つや二つ出るのも致し方ないが、唯一の救いは音楽だろうか。
──何にしようかな
一日の入りはすっきりしたものが良い。そうなれば開放感のある音楽を所望したくなって、足を雑に振り上げて下ろし、勢いで起き上がる。
音符マークを押して、絵がずらりと並ぶ画面を指でずらしていって四秒。そうして選んだのはいつかのフェルトとスバルに聞かせたアルバムで、懐かしさを感じながら下から三番目の曲を選ぶ。
悲劇を跳ね除ける希望を具現した音が奏でられる。
「これにしよう。明かり消そうかな………明かりって……」
部屋を見渡して言い淀む。見渡してもそれといった装置がないのだ。消し方がわからない以上、朝ここに案内されてからつけっぱなしで光が切れるその時を心待ちにしている。光が消える兆しが一向に現れることがないが。
「あれ、どうやって消すんだっけ?明かり一つ一つに電源ボタンみたいなのついてるのか?ちゃんとラム達の動き見れば良かった。──」
軽い音がドアから放たれ、振り向く。消し方がわからなくてスバルがやってきたのだろうか。こっちにきても無駄足だと言うのに。
力になれない自分の無力さに反省しながら一応聞いてみることにした。
「どなたですか?」
「レムですライトくん。今いいですか?」
「レムか、入っても大丈夫だよぉふぁあぁ〜」
「眠そうですね。すぐに終わらせますので……失礼します」
扉を開けて、部屋に入ってきたのはまだ制服姿のレムだ。あくびで視界が歪むが、噛み殺して目を凝らす。彼女の来訪に眉を寄せたが、腕に抱く白い制服を見てその訳もわかった。
「あぁありがとう持ってきてくれて。スバルのってだいぶ直すのに時間かかりそうな作業なのにもう終わらせたのか?」
「仕立て直したと言うほど大袈裟なことじゃありませんから。あれがロズワール様の衣装でしたら丁寧さ優先ですけど、スバルくんとライトくんのでしたので」
「そこ堂々と言うところかな?ならその着心地は……」
無言のレムから上着を受け取って軽く広げてみて、それから袖を通す。手のひらにかかっていた袖は手首までに収まっていて、掌の全貌が顕になった。軽く腕を回してみてもこれと言って特に異常さは確認できず、自分専用のものとなったと少し笑みが溢れる。
「おぉ、ちゃんとできてる……どうかな、ちゃんと体に合ってる?」
「首についてる袋と相まって、スバルくんと同程度の珍奇な格好ですね」
「それ褒めてないよね。……まぁサイズ合ってるってことで」
まあカジュアルな服にフォーマルが合わないのは当然なのだから、レムの評価は真っ当と言ったところ。真っ直ぐに言ってくれるのもありがたいが、ここまでダイレクトに言われるのはきつい。
「あの……」
「うん?」
裏地を見ているとレムから声がかかって顔が上がる。何やら懐疑的な顔をして見つめていて、レムが一体何を言いたいのかと眉を寄せるライト。
「外から少し音が聞こえていたのですが、あれは……?」
「音……あぁ音楽のことか。こいつから流れてるんだ」
そう言って、懐をまさぐり手にしたのは『スマホ』だ。すぐにそれに注目が集まり、レムが目を追うのを見て少し猫っぽいと思いながら差し出してみる。
「これは……見たことのないミーティアですね」
「それは……まぁそうか。このミーティアは光を出したり、風景を切り取って保存したり、音を出したりできる面白いものなんだ」
「見たところ、ただの板で重しにもならなそうですが……光りましたね」
「そう、これで第一工程終わり。次はこれを……どうしたんだ?」
「何がですか?」
「いや……」と言い淀んで、視線をスマホに落とす。
第一工程、かなり回りくどい言い方だがこれを言ったあたりからか、何かを警戒するような目へとなって、雰囲気も形容し難いが迫るようなものに変わったような気がした。
何か、この空気を変えるべく急かされるように画面を叩く。
「そうそうこれを押すとさっきの音が流れるんだ。聞いてみる?」
「そう、ですね……。業務はもう無いのでお言葉に甘えます」
彼女の肯定を頷きで返して椅子を持っていこうと思ったのだが、出口の方に備えてある予備へとレムが歩き出すのを見た。
ライトは机付近の上着がかかったままの椅子を持って、それを運び終えて座るレムの隣に置き二人の肩が揃う。
そうして朝起きるベルとして設定した音源を流す。
段々と盛り上がっていく音が、一瞬ドラムロールだけになり、一気に覚醒するように解放。その前に障害などなく、ただひたすらに前へと進む。それは人のうちに秘める無限の可能性、その気高さ、その崇高さを体現したような音。
夜に聞けばしばらく眠れなくなる、内からみなぎるような音色が、二人の鼓膜を震わせる。
曲も終盤へと差し掛かり、弦楽器が水の流れるように響き、再び覚める。一つの英雄譚を見たような、そんな感想を抱かざるおえない。
締めくくりのシンバルが余韻を残し、曲が終わった。一気に体の力が抜けるがあの興奮が抜けるのは少し先になりそうだ。
「とても壮大な曲でした」
「ああ、これを聞くと自分に自信がつくんだ。何かに迷っていた時に聞くと、自分の視界と感覚が広がっていって、自分は唯一で特別なんだってそう思えるように……」
体重をかけていた椅子から背中を離して横を見ると、顔が少し俯かせて膝を見るレムが見える。何か思うところがあるのか、スカートを握っている。
何かあったのかわからないその思いが片眉が上がるということになる。
「レムは……」
「……大丈夫か?」
「なんでもありませんっ。おやすみなさいライトくん。……失礼しました」
椅子を残してレムが部屋からそそくさと部屋から立ち去っていった。何か失礼なことでも言ったかと思いながら、首を掻いていると重要なことに思い出した。
「あ──明かりの消し方教えて貰ってない……」