停止した回路に信号が走る。ライトの意識が急激に浮上した。
ここはどこなのだろうか、何か嫌な夢を見たような気がする。前半まではドタバタ騒ぎに流血沙汰。少女の心を取り持って穏便に済ませたと思いきや、締まりで場外ホームランの如く情報で殴り飛ばされた。起承転結を改めて、起承スーパー転とも言える情報過多によってライトの意識は背中の衝撃とともに眠って今に至る。
もう空に上がりきり、早朝から朝へと移ったことで朝日がライトの目を突き刺してくる。いい加減起きろと叱りつける太陽に観念し、目を開けて一息ついた。
「朝、か……」
「おはようさん、寝坊助ライト」
「うん、おはよう。今日はなんか変な……え」
世間話をしながら起きようとするライトの言葉がブレーキをかける。
横から声が聞こえた。それも低く喉を鳴らすダンディっぽさを醸し出そうとして滑っているような声。それだけでライトの言葉を止める原因にはならないのだ。
問題はその声が予想以上に近く、耳元で囁かれるような距離だったということ。
自身の隣を見ようとするライトの首が脂切れの機械のように軋む音を出す。血の気が引くような、気持ち悪い身の毛のよだつような悪寒が背筋を這い寄る中、ライトは息を呑んで隣の現実を受け入れる決意を抱いた。
目を閉じて顔を思い切り隣に回し、開けた。
ライトは絶句した。微笑を浮かべ鋭い目を優しげなものに変えたスバルが、腰に手を当てながらこちらを慈愛の目で眺めていたのだから。
「き」
「え、ちょ、ちょっと待てライト……」
「──きゃああぁぁぁァァアあぁあぁぁーーっ!!!?」
十七年の人生の中で、高音の最高記録を叩き出した。
気が動転して女性顔負けの悲鳴をあげたライトは、ベッドを飛び出して部屋の隅で毛布を巻き込みながらスバルを凝視した。
「待ってくれライト! 謝る、謝るからそんな怯えた目でこっちを見るな!」
「怯えるなもなにも、そんなことできるわけないだろ! なんで俺の隣にいたんだ!?」
「それはお前がなかなか起きないから、ちょっと茶化してやろうと思っただけで……」
カタカタと震えながらスバルから警戒を解かないライトは掠れ声で訴えた。
なんとか彼の疑心を解かせたいとスバルは身振り手振りをしてなんとかしようと慌てふためいたが、足音がこちらに近づいてくる。
外からの足音。それに気づかないスバルはジリジリとライトに迫っていき、もう間近に手が迫ったとき扉が開いた。
「どうかなさいましたか!? お客様……」
「ぇ」「あ」
スバルの手から逃れようと片目を瞑るライトとスバルの声が重なり、空いた扉へ振り向く。
そこにいたのは桃色の髪を持つ、こちらにというよりスバルに冷たい視線を向ける毒舌メイド──ラムがいた。
「穢らわしい」
「なんでそうなる!?」
口元に袖をやったラムが横目でスバルを目視し、冷たい視線をより強いものとした彼女が「はっ」と嘲笑。
「ラム達の美貌に爆発した性欲をあろうことか男に向けるなんて、お客様は余程変わった性癖をお持ちなのね。死になさい」
「雑で辛辣なの変わんねぇな。それに俺は健全な男の子であれば恋愛対象は女の子だ! いいから出てってくれよ……こいつと話したいことあんだ」
「申し訳ありませんお客様。お客様を助けるにはラムの力では不十分でした……失礼します」
「え!? ちょ、待ってラ──」
届くはずもない手を伸ばして助けを乞うライトだったが現実は無慈悲だった。言い切る間もなく無情にも扉はしまり外と隔絶され中には変態と一緒に残された。
これからナニをされるんだ。スバルの思いもよらない性癖がこんなところで発揮されるなんて嫌なことこの上ないし、自身に向けられるのなんてもってのほか。
勘違いに勘違いを重ねるライトはスバルを信じられず縮こまっていた体をサラダに縮こまらせている。小さくなって相手の命中度が下がる中、スバルは豪快なため息をついて頭を掻いた。
「なんでこうなるかねぇ。危うく初印象がアブノーマル野郎になるところだった」
「…………」「…………」
「頼むから……そんな目で俺を見ないで? ちゃっかりユニコーンも出てきてるし」
ライトの目が見開く。ラムの無慈悲なこともそうなのだが呼び名も彼の心を抉るには十分なものだった。
──『お客様』。確かにラムはそう言った。
そしてスバルと自身を見る目に、今までの親しみを感じる暖かさなど宿ってはいなく、他人に向ける目そのもの。
頭の中で警笛が鳴り響き、鈍器で打ちのめされたようなこの感覚。様々な刺激は彼の思考を興奮させ、瞬きをする余裕などどこにもなく、必死に視界から情報を求めていた。
スバルが苦虫を噛んだ顔で用意されていた椅子に向かうと持ってこちらに歩いてきた。そして目の前に置いて背もたれのところに腕を置いてその上に顎を置く。
「いきなりで悪かった。聞きたいことがあったんだ」
「……聞きたいことって?」
「お前──」
仏頂面のスバルが横目で窓に向けて一拍開けて、ライトを見る。その目には先ほどまでの冗談のようなものは何もない、いつぞやの真剣さを刻んだ瞳。
「──『ループ』してるだろ」
「──……」
──何を……言ってるんだ?
ライトの思考の海を竜巻が狂い乱す。何を信じていいのかわからない。ただ今までのことを考えてみてもスバルの言っていることを否定できない自分がいる。
瞳孔の開ききった目をスバルに向けていたライトが、空いた口のまま床へと移す。スバルに言われたことも『ループ』と言われれば納得してしまう。そんな自身が恐ろしいのだが、それで空いた心の穴が埋まるはずなどない。築いてきた人間関係の何もかもが全てなかったことにされてしまったのだ。
この空虚感。なんて言葉で発して、どんな顔をしたらいいのだろうか。
「な、んだよそれ……『ループ』? ふざけて──」
壊れたヒューマノイドのような引き攣った笑いを浮かべてライトがスバルに感情をぶつけようとした。でもできなかった。できるはずもないだろう。だって目の前のスバルの表情が痛ましいから。
スバルが知っているのならその本人でさえもこの現実を受け入れられないのは必然だ。だからライトに取れる行動は歯を食いしばって、ただ床にあたることしかできなかった。
「っ……──ソっ、クソが」
「……受け入れられないのはわかってたさ。だから、そのままでいいから聞いてくれ。この『ループ』──『死に戻り』は、俺を起点として起こっているらしい」
「は」
淡々と語ったスバルにライトの喉が小さく震えた。
身体が勝手に動いてスバルのジャージの襟を掴みかかってしまう。仕方ないことだろう。仕方ないでしょ? だって目の前に元凶がいるんだから。こんなことしたって少しくらい許されてもいいはずだろう。
体を勢いよくライトが起こしたため身を包んでいた毛布は宙を舞う。顔に絶する剣幕を刻むライトは激情に駆られるまま、スバルを壁際までつかみかかって激突させた。
「お前が……なんで、どうしてこんなことしたんだよ!」
「したくてやったわけねぇだろうが! 俺だって訳わかんねぇからこうやってお前に頼るしかできねぇんだよ!」
「──っ」
がなり声を上げるスバルがライトを上からねじ伏せる。それは体ではなく精神を組み伏せるだけに足りたため、ライトが彼から二歩離れる程度。
自身の表情筋が締め付けられて歪んだ顔になっているのがライトにはわかった。どこにも当たれない両手を見て、左手を握りしめる。いつまでもナイフで切り刻み突き刺され痛む心の臓を右手で握り潰すように服に皺を作った。
「どうしたらいいんだよ、昴。……俺は──おれは……」
口角が下がる。眉を顰めたライトが崩れたジャージを元に戻すスバルに目を向けていた。
「俺に考えがあんだ。聞いてくれ」
「……わかった。聞くよ、──昴の作戦」
*
*
「わかったか?」
「うん。でもほんとにこれでいけるのか?」
一通りのスバルの作戦を聞いたライトが率直な疑問を投げかける。それで済んで仕舞えば確かに真相に辿り着けるはずであろうがここは現実世界。ゲームのように同じことなどできるはずなどないのだ。
「ダメもとでやるしかないだろ。それ以外に意見あんなら聞いてやるぜ?」
「わかった……それでいいよ」
白い上着を最後に着て、白衣から私服へと着替えたライトはなんとも納得仕切れていない顔を見せる。苦笑いを浮かべるスバルは「それはそれとして」と言って手を叩いた。
「ライトさ、エミリアたんにあったんだろ?」
「え? ……うん会ったよ? 何かあった?」
「いやさ、エミリアたんが俺を探してたらしいんだけどさ、見つけた時の顔がいつもより晴れやかぁって感じで……何があったんだ?」
指を顎に当てがってライトの方にスバルが体を向けた。
左上を向いてライトは彼の言う原因について考えていると皆目見当がついた。おそらくは、いや確実にあの時の一連のことが発端であるのだろう。
ライトがベッドに座ると、スバルは倒れたままの椅子を持って彼の正面に置いた。座ってライトを見るスバルの光景は取り調べをしている様。
座るのを確認するとライトは淡々とあったことを語る。
「俺が体動かせなくて、なんとか動かせても床を這いずり回ってたんだ。そこで目の前の扉が開いて、エミリアが入って来たんだ。多分ベッドにいなかったから身を引いてドアノブにかかったままの手を……」
「ほーん……それさ位置的に見えてね?」
「なにが?」
位置的にと言われ頭の上にはてなマークを浮かべるライト。彼の答えようにスバルは俯いて「グググ」と呟くのみ。
まだ先があると言うのに正面の監督は合間合間に言葉を挟まないと気が済まない性質なのだろうか。
椅子から立ち上がったと思えば、スバルがライトの肩を掴んで充血した目で凝視する。冷や汗を浮かんだライトは彼の形相に引いているしかできない。
「なにが? じゃねぇよ!? お前それ、エミリアたんのエミリアたん見たんだろうが!? 許さん、たとえお前が命の恩人だとしてもなぁあ!!」
「ちょ、待ってって落ちつ──おわっ何をするっ離せ! HA☆NA☆SE!!」
目を豪快に釣り上げたスバルがさっきのやり返しとばかりにライトへと掴みかかって来た。襟を掴み上げて鼻息の荒い彼の腕をどかそうにも剥がせないでいた。
心外である。スバルがライトであるならまだしも、自身がそんな破廉恥なことをするはずがないであろうが。
「離せって言ってるでしょ!?」
「アベシッ!!」
がら空きのスバルの胴にライトの足がクリーンヒットした。うつ伏せになって人差し指を立てるスバルが落ち着きを取り戻したものだとと確認したライトは襟を正して言い放つ。
「昴が俺だったらやるんだろうけどさ……首も上がんない状態だったの! 目だけしか動かないから見えたとしても足だよっ、あ・し!」
床を鳴らして足をスバルの顔の横に叩きつけるライトはその足に指差し強調。横目で彼の言い分に納得したようでスバルは攻撃を腹に喰らったとは思えないほど素早く立ち上がった。
クリーンヒットしたとはいえ、ライトにだって加減は心得ている。事実スバルの表情は好戦的な笑みを浮かべて何も溢れていない口元をバトルモノのように袖で拭っている。
「ま、お前がそんなことしないってのもわかってたけどな。でもそれでご機嫌エミリアたんになる訳ないじゃん。続きは?」
立ち上がる勢いで倒れてしまった椅子を直しながら続きを所望するスバル。指をクイっと感じの悪い要求をする彼に顔が引き攣りかけるライトだが、気を取り直して。先ほどの続きを思い浮かべる。
エミリアにライトが発見されたときはどうだったか。確かあの後数秒固まった後に彼女からの心配が来て、そして運ばれた。これを話すことにしようとライトは咳払いをして続ける。
「続き……あの後床に倒れてたのをエミリアに運ばれたんだよ。こう──よっこらっしょって感じで抱き上げられて……」
「抱き上げられて!?」
ベッドから立ち上がり当時の再現をするライトが枕を自身に見立てて抱き上げるモーションを再現。だが、これにも何か物申したいスバルが今回何度目になるかわからない椅子の転倒をさせて接近する。
スバルの暴挙に轢きそうになって体が固まりかけてしまうが、このままでは彼お得意の曲解が出てしまう前に枕を抱いたまま迎え撃った。
「なんだ?──そうだよ抱き上げられたの。それもこんな感じでいとも簡単に」
猫を抱きしめるように枕をしっかり抱えるライト。枕からは柔らかい音を出しており、その光景を見たスバルは「なっ!?」と言って床から片足を上げ、両手は顔の左へ伸び絶望。その顔は『ムンクの叫び』にも引けを取らない驚っぷりである。
「やっぱりお前は俺のライバル……恋路にまで首を突っ込むなんてな。早めに潰しておくか」
「違うそうじゃない」
スバルの加速する空気に置いてかれたライトがポツンと離れたところで呟いた。
反応が気に食わなかったのだろうか。ズイズイとスバルは進軍してライトへと詰め寄る。
極限まで接近されてしまったことでスバルのカッ開いた鼻から排出される空気をライトは後退りながら逃げようとする。だが、逃げ場がなく。顔面に生暖かい空気がかかり、瞼を痙攣させていると、
「抱き上げられたってことはだよライトっお前!その位置関係、絶対当たんだろ!?」
「当たる?──あ」
ライトの枕をひっぺがし、スバルは胸を二回叩いた。打撃に咳き込みながら枕を胸にギュッと抱き込むスバルにライトは記憶の棚を横目で見て、見つけた。
思い出した。確かにあのときに、ライトは自身の胴に、女性特有の柔らかみが押し当てられていたことをようやく思い出す。あの時は仕方なかったのだ。抱き上げられるとも思わなかったり、力が自身よりも勝っていたことの事実にショックを受けていたり、突然の食生活へ注意をされたりと。つまりライトにスバルの言うようなラッキースケベという考えには至っていなかったのだ。
思い出し、少々赤く頬を染めるライトに機嫌を損ねたスバルは、おもむろに一歩、足を鳴らす。
「ぶっころぉおす! テメェ、俺が心フルボッコにされてる時に何二人で──お楽しみでしたね。やってんだあぁあん!?」
「そんなの考えてもなかったよ! ──ってまた? ちょっいてててて!」
服を引っ張られて混ぜこぜになるだけで済むと思うライトだったが、スバルの攻撃に痛みを表明する。
スバルの研鑽の一つ。関節技が発動したためである。床にねじ伏せられてしまい、ライトはたまらず床を叩いて降参。
「ゼェゼェ、続きはよぉ」
「……はぁ、わかったから落ち着こう?」
組み伏せられていたライトは立ち上がり、猛獣のように構えるスバルを落ち着かせるように腰を落とす。
スバルが頷いて肯定。続いてライトも警戒体制を解いて二人して呼吸を整える。乱れに乱れたフードを整えてライトは手を口にやってコホンと咳払いし、事の顛末を語る。
「そのあとに治癒魔法かけてもらったんだけど、エミリアが急に苦しみ出して、俺が、大丈夫かーって言ったら平気って言うのさ」
「エミリアたんなら言いそうだな」
「で、全然大丈夫に見えないから背中さすろうとしたの。で、急に手が焼けたように痛くなって、引いたら手が腫れてた」
「うわぁ、なんでライトってそんな手怪我すんの? でその正体誰よ? 教えてちょ」
「ずぅずぅしぃな。で、驚いてたら声を低くしたパックに怒られて、殺されかけた」
今までの話からの突然の温度差にに、スバルは「え」と言わざるを得なかった。
その反応にライトは仕方ないとは思うものの、思い出してしまい身震いしてしまう。もはや思い出。思い出にしては爛れたような色で彩られたモノだが、できればあんな体験はしたくない。
状況を大方飲み込めたスバルは引き攣った笑みで、
「殺されかけた? いやいやまさかパックがそんなこと……」
そこでスバルの言葉が止まってしまう。理由はライトにも想像に難くないことだ。
おそらくだが、スバルを見つけ出すことができて有頂天だったエミリア。そこにパックがいなかったのか、もしくは首根っこを摘まれた彼からお通夜ムードダダ漏れになっていたのか。どちらかは定かではないが、スバルはそれを思い出したのだろう。
「氷柱を頭目掛けて打ってきたのさ。このくらいの」
ライトには焦点があっていないスバルだが、あっていないながらでも一応は見えている。
腕を伸ばし、片方の腕で大きさを示すライトのイメージとしては六十センチ以上。それだけでも十分なモノなのだが、それが頭に当たっていたら今頃お陀仏だったと、回想するライトは自身の笑顔が引き攣っているとわかった。
横を見てみればユニコーンが小さな手を胸に当てて、「僕のおかげで助かったんだよね?」とも言いたげだった。
「それでユニコーンに助けられて、エミリアはパックにおかんむりになったのさ」
「おかんむりなんてきょうび聞かねぇな」
「茶化すな。で、なんやかんやあって落ち込んでたエミリアと仲直りして友達になった」
「え?トモダチ?……そういやまだ友達になって、いやあのとき笑ってくれたんだ、きっと友達そう友達。俺が友達と思ってるんだからきっと公認友達のはず」
一人あたふたして、指の爪をガジガジと噛むスバルからは余程の心配なのだろう。死に戻りして混乱していたはずなのに、当の本人の、このあり方はさすがとしか言えない。
「公認友達ってなんか嫌な響き」
「まぁわかったよ。俺は先に食堂行ってるわ」
「うん、先行ってて」
手をあげて後ろの扉に歩みを進めるライトは崩れた服を正すために時間取ることにした。直しているうちに、ユニコーンは黒パーカーについている黄色のフードに入り込んで一休み。
そうしているとスバルが扉を開けて立ち止まって、
「──ケッ」
「え」
鬱憤を溜めた唾を吐き捨てるような仕草をした。ポケットに手を突っ込んでガニ股でその場に立つ姿はチンピラに他ならない。
ゆっくりと彼が振り返れば、エミリアとの羨ましいやり取りをしたライトに嫉妬と嫌悪を含んだ鋭い目を突き刺していた。
「別にぃ? お前が羨ましくて俺が舌打ちしたとか、俺がライトの代わりにそういうイベントに遭遇したかったとか、そういうのじゃありませんから。ナツキ・スバル行きまーす」
口撃から逃げようと、スバルはそそくさとライトのいる部屋から食堂へと走り出していった。
状況に置いてかれたライトは、フードから顔を出したユニコーンと顔を見合わせて、
「感じ、悪かったね」
「…………(うなづく)」
スバルの意地汚さに呆れていた。
小林裕介さんと内山夕実さん、ご結婚おめでとうございます!
リゼロ婚ダァーッ!!