二度目のロズワール邸で働き始めて五日目に入った頃。
新人執事二人とベテランメイド一人が屋敷近くの村──アーラム村に買い物をする真っ最中だ。
ラムから仕事を頼まれて、今はこの村をスバルとレムとは別行動で練り歩いているのだが、予想以上に広い。村といっても一つの町くらい場所で、とてもじゃないが一日で回れるほどではない。
前回のループとは大外れになったため、独断で情報収集もとい縁集めをしていたライトが長い息を吐く。彼が疲れた吐息を吐くのはこれだけではなく、自身の足元に集まろうと輝く目でこちらに全力で走ってくる元気有り余る子どもたちも一つの原因だ。
「……こんにちはーみんな!」
「ライトきたー!」「ライトまてー!」「ライトつかまえろー!」
「逃げない、逃げないよー。ほら落ち着くんだよみんな、転ぶぞ?」
思わず引き攣ってしまう顔をなんとか抑えるものの、元気な子供達を見るのは好きだ。テンションに飲まれかけてしまって後ろ足になるのを抑えてライトは屈み、子供達を迎え入れる。
四方八方に囲まれてしまって少し困るものの、身体によじ登ろうとする子はいなくてひとまず安心だ。
「みんな元気してたか?」
「ねーユニちゃんは?」「ユニちゃんとかけっこしたーい」「ユニちゃんどこー?」
みんなが声を揃えて呼ぶユニちゃんとはユニコーンのことだ。ループ前も、今よりも二日くらい前にもこの村へ来たときにもユニコーンを連れていたのだが、子供達に集られるわもみくちゃにされるわで逃げていた。流石に本気では飛んでいなかったものの、終わったあとは遊び疲れたためすぐにネックレスに籠ったことを思い出す。
そのため今はベアトリスとパックでお泊まりと洒落込んでいるため、ライトは頬をかきながら申し訳なく眉を寄せた。
「ユニコーンは、今お姉ちゃんとお兄ちゃんとお勉強中なんだ。また今度一緒に連れてくるから、楽しみにしてて」
「ちぇーユニちゃんとあそびたかったー」「ユニちゃんつれてきてよ?」「じゃーライトがあそんでー」
──やばい。流石に子供と遊ぶのは疲れるんだよなぁ
周りを見てもライトは暖かい目で自分に目を向けられていることを知って口が固く結ばれる。子供達が遊んでいるうちにいつの間にか信頼してくれるの嬉しいのだが、もう少し人手を分けて欲しい。
助けの目を観客のように見てくる村人を伸ばしても微笑ましそうに見られるだけ。
視線を動かしているうちにこっちに向かってくる影が見えた。小さい小袋を手にしているスバルだ。おそらくは調味料を買ってきたところなのだろうが、ここでライトに電流走る。
「あぁ!!」
「ライトどうしたの?」「あっちに何かあるの?」
「目つきの悪いお兄さんがいるぞぉー!!」
裾を多勢に無勢で掴み止められる前に、ライトは指差し子供たちの興味を逸らすことに成功した。
子供たちの輝く視線が定まり、スバルは縛り付けられたかのように身体を硬直させる。
「げぇっお前らか!」
「「「「「「スバルだーっ!!」」」」」」
「ライト、ここは協力プレイだ。……テェ!?」
全力で疾走し向かってくる子供達を両手で広げたスバルが驚愕の声をあげる。笑顔で向かってきた子供たちのスタート地点にはすでにライトの姿はどこもなく、見えたのは小さくなりゆく白い使用人の背中。
「子どもたちの相手頼む昴!」
「あっちょこらっ、ライトてめぇ! 売りやがったなああぁぁ──ッ!!」
届くないはずのない手を小さくなっていくライトの背にスバルが伸ばすも、子供達の全力には敵うことができなかった。
全力を出せば振り解くこともできるのに、そう言うところがスバルの憎めないところでもある。
「スタコラサッサッと、もういいかな。さて、今日の買い出しは……」
渡されたメモはラムが書いたもので、スバルとは少し違って買うものが大きいものばかり。『イ文字』で書いているものの、一応として絵が描いているのは彼女なりの気遣いが窺える。写実的であれば尚更なのだが、
「これ、なんて描いてあるんだ?」
ちゃんと描けばおそらく名画にも引けを取らない絵ができるのだろうが、今広げたメモに書かれているのはなんだかすごいものだ。あのピカソにもためが晴れるのではないかと思うほど抽象的。
「これは、オレンジ? いやオラージュか……やばい、トマトにしか見えない。こっちは……王冠? これカボチ!?」
日本で言うカボチャは、ここではカボチと言うらしい。法則は英語読みをもじるような感じだ。例えを出すなら、にんにくは英語でガーリックとなり、そこから一文字変えてガーニックとなる。こう言う感じで変わったりするものもあれば変わらないものある。
「トマトがトメトねぇ……トゥメィトゥー、なんつて。……でも砂糖がシュガーって変わらないのも、なんか面白い」
そう。変わらないものもある。ただここにはマヨネーズやケチャップといった調味料はないようで、少し舌が寂しい。
そうこうしているうちに野菜と果物とかを売っているところにライトが着く。
「すみませーん。カボチとトメト……あとピーマルくださーい」
「ライト様! 少し待っていてください今採れたてのものが入ったんですよ。たくさん持ってきますからー!」
「そんなにいらない……」
「ライト様! こっちにも新鮮なものが──!」「ライト様こっちの方が──!」「ライト様! いつも息子がお世話になっています! これささやかながら──」
──また、始まった……
呆然と立ち尽くすライトの周りに次々と野菜を抱えた住民たちが集いに集う。子供達に気に入られるだけでこうなるなんて思わなくて、心なしか後悔するライトはされるがまま。
呆然と立ち尽くすライトをいいことに、村の住民は次々に荷物を装備させていく。
もはや自分でも持てるのかどうかわからなくなってしまい、気づけば両手が塞がり背中にも野菜が詰め込まれた袋が装備されていた。肩や肘を駆使してバランスを取るもその姿は袋が歩いているようにしか見えずスバルに見られてしまえば、きっと茶化されてしまって彼に感情のまま荷物を投げつけかねない。
こうして、一応メモ通りの品々を確保することができたライトは村の大人たちに手を振られるも、
「これ多いよ──っ!!」
野菜の鎧を装備しフルアーマーとなったライトが、オレンジに色を変えていく大空に向かって喉の奥から文句を吐き出した。
*
*
「こちらにいましたか。ライトくん」
「あ、レムちょっと手伝って……って言おうとしたけど、そっちもいっぱいだな」
駆け足で何かを探している様子だったレムがライトに向かって走っていく。ようやく助けが来たと疲れの宿る嘆息を吐くものの、レムの両手を見てその考えは捨てるようにした。
彼女の顔には汗の一つや二つかいてもいないが、その両手にはなかなかに詰まった袋で塞いでいた。
「そちらの荷物は、半分をスバルくんに持たせましょう。スバルくんは?」
「さらっと人任せするのも定番になってるね。昴なら──あれ? さっきまであそこにいたんだけど……」
指を差した先にいるあるのはただの民家で、その前にいたはずの人間アスレチックはどこにも存在していなかった。ライトの手が力虚しく垂れ落ちる中、レムが両手で抱えていた荷物を地面に下ろす。
「荷物、手伝います」
「え? ごめん煩わせちゃって……置いて行ってもいいのにさ」
「別に、たいしたことじゃありません。これは、レムが仕事を疎かにしていると思われたくないので、仕方なくです」
これが俗に言うツンデレと言ったものなのだろうか。なんだか前回よりも仲が良くなった気がして嬉しい気持ちになる反面、この日に起こるであろう重大な事件が起こるのか不安になってしまう。
背中にかかる重みが軽くなり、軽く足を動かしてバランス調整するライト。
「うん、これなら動けそう。ありがとうねレムちゃん」
「いえ、レムも少し、とても少し、かなり少し、かわいそうだと思いましたので」
「うん、だいぶ哀れまれてるのがわかる」
全く、がんばれていない自分が嫌になる。もっと気をしっかり持たないといけないものだが、気を張りすぎるのも億劫になってきて、たまには誰かに流されたいものだ。
嫌な感覚が背筋を這い上って、耳の中に虫が入った違和感がライトを襲う。突如として、この場にいないはずのひょうきんな貴族の声が耳をこだましてくる。
──自分の居場所。
一体どうすれば見つけることができるのだろうか。わからない。一体誰に聞けばこの答えがわかるのだろうか。この胸に秘めた己の可能性を、どういう方向に向けさせればいいのだろうか。
──だめだ、また考えに浸りすぎている。
叩く手が塞がっている中、ライトを頭を振ってこの考えを机の棚に放り投げて──閉めた。
「よし、行こう? レムちゃん」
「はい、行きましょう」
己の大事な部分を結局のところ方向性を迷わせるライトは先送りにしてレムと共にスバルを探す。
だが、肝心なことが分からずじまいだ。
まず、子供達がどこに行ったのかが問題で、村の中を走り回って探すにはここは大きすぎる。何か、子供達が好きそうな場所はどこか。
周囲をレムと共に見渡して、ライトは思考を巡らせる。今のライトは居場所探しで活用された思考が別の方向に生かされている。
「よし、名探偵来翔の出番だ」
「頭でもおかしくなりましたか? ライトくん」
首を傾げてライトのおかしな発言に、珍しく表情を可愛そうなものを見る顔へと変えるレム。そんな彼女の言葉を耳に入れないほどに今のライトはゾーンに入っていた。
──子供の頃を思い出せ。
子供の頃は大抵好奇心に任せてスリルある場所にいくものだ。
スリルを感じるところと言えば、危ない危なくないところのギリギリを迫るところができる境界線。境界線といえば、内と外を隔てるものなのだが、この場所で共通するところといえば、
「村の端……かもしれない」
「どういうことですか?」
「レムちゃん。ここから一番近い、村の端に行ける道ってどこにあるかわかるか?」
「村の端……子供達なら確かにそこに行きそうですね。ライトくんも、姉様ほど賢くはありませんが、なかなかに冴えていますね」
「どさくさに紛れてディスるの姉妹の間で流行ってるの!? 絶対昴の影響受けてるよね? 物怖じしないところとか!」
「なに言ってるんですか? レムがスバルくんなんかに影響受けるはずないじゃないですか。……ないですよね?」
無表情なはずなのに、なぜだかレムが本気で嫌がってるのがわかってしまいスバルに両手を合わせてしまうライト。
彼女の問いに、一概に違うとも言えないライトは「うん、多分大丈夫」と生返事するも、この話題からは完全に頭から放り出したレムが指差す。釣られるままに目を向けてみればそこにあるのは森の奥に続く細道。
「そこか」
「村の一番端につくところと言えば、あそこしかないかと……」
「レムちゃん流石。早く行こう」
足早に走るライトの後をレムが追う。夕陽が木々に遮られてしまい、足元が見えにくいもののなんとか神経を研ぎ澄ませて、道に飛び出ている木の根を回避するライトだが、その後ろでリズムよく息を吐く者がいる。
「レムちゃん、ちゃんとついてきてる? 疲れてたりしない?」
「ちゃんとついてきてますよ。……ライトくんはあまり疲れていないんですね。どこでそんな体力を?」
「なにって……」
そういえば、今までバイト云々で片付けられないことがいくつもあったような気がする。いやあった。それはここに転移する前にも何度か。
言い淀むライトの言葉にレムは彼の背中を走って見ていた。それは何かを観察するような目つきをしていたが、彼女の真意を知るものはレムしかいない。
「バイト……仕事の手伝いをしてたらいつの間にか、かな?」
「屋敷で働く前はどんな仕事のお手伝いを?」
「急に、どうしたのさ。……なんかそうやって質問ばかりするレムも珍しくていいね」
「別に、──なんでもありません。見えてきました」
レムの言葉に何か感じ取ったはいいもののその何かが掴めずにいたライトは、この終わりの見えない話題を中断するような光が森の出口として現れた。
夕陽が目を切り裂いて、目を細めずにいられないライトが腕を前にして塞ぐ。視界が絞られる中、耳になにやら楽しげな声が入ってきて、それが子供達のものだとわかるとその方向に目を向けた。
「まぶしっ、……あ、昴そこにいたのか!」
まだ、子供達のアスレチックになっているスバルを少し不憫に思い、眉が下がるのを感じた。
ちょうど話が終わったのか、スバルが腰を下ろして子供達に言い聞かせるように人差し指を立てる。
「よぉーし、いいかお前ら? 次はデートでここに来るからな、そのときは空気読めよ。あっでも、この小動物は特別にエミリアたんと戯れることを許す」
お下げの少女に抱える犬っぽいものにスバルは手を伸ばしていくが、なにやら躊躇っている様子。
スバルたちとの距離はなかなか埋まらない。ここに来て疲れが出てしまったライトは息を弾ませてその場に立ち止まって、レムはそんな彼を後ろから追い抜く。
「だぁーった、またぁ!」
スバルが大袈裟にお下げの少女が抱える子犬から手を離す。
慌ててライトがスバルの方に走るのを再開して、疲れの溜まった足に鞭を打った。傷の治療はあの反応からすれば大丈夫そうだが、実際のところどうなのか分からない。
「スバルくん、こんな所にいたんですか。探したんですよ?」
「レムちゃん……はやっ。はぁ……昴、手大丈夫か? うわぁ」
あまりのスバルの手の惨状にライトの顔が引き気味になる。小さな傷口からはジワリと赤い血が滲み出ているためだ。
当の子犬を見ても、悪びれている様子もなく、お下げの少女につぶらな瞳を向けていた。
痛むだろうに、スバルは痛みに耐えながらも作り笑いを浮かべているため、ハンカチでも貸してやろう。
「痛そうだなぁ……はいこれ、ハンカチ」
「悪りぃライト、手ぇかけさせちまって……うし、お前ら買い物終わり?」
「はい滞りなく。ところでスバルくん……本当に申し上げにくいのですけど」
「俺も昴に頼みたいことがあるんだ。さっき噛まれたばっかりで胸が痛いんだけど、これは昴にしかできないこと。だからお願い」
「どうしたんだよ、二人揃って改まって。ついに俺の待遇も、少しは希望が見えてきたか?」
ライトとレムの改まった態度にスバルが怪訝そうな目で伺うも調子に乗った。
ここまで子供達と遊んで、なにやら楽しそうだったのだ。少しくらいのわがままでも、許してもらっていいはず。
かしこまった二人が下げていた頭をゆっくりと上げて、晴れやかな笑みをスバルに向けた。
「荷物持ちお願いできますか?」「荷物持ち頼まれてくれないか?」
「お前らに希望抱いていたのがバカだったよ!! なんで俺だけ重労働!? どこの地獄だよおかしいだろこれ!?」
ハンカチに滲む血が血圧で勢いを増すも、その手を握りしめてスバルが笑顔の二人に唾がかかるくらい猛抗議した。
*
*
「「「「「「ばいばーい」」」」」」
「おーガキども元気でなー!」
先ほど、レムとライトが請け負っていた分の半分を持ちながら、子供達と同僚二人からの仕打ちの後とは思えない爽やかな笑顔でスバルが受け応える。
村から少し離れたところでスバルの先の人気っぷりに、ライトが肘でスバルの脇腹を突いた。泥と埃、そして鼻水や涙で執事服を汚したスバルを。
「すごい人気だったな」
「そうですね。ライトくんよりも人気でしたね」
レムは風に揺れる髪を抑え、わずかに和らいで見える表情でスバルを見ている。
「昔っからどうしてかガキンチョに好かれる体質でさぁ。やっぱアレかなぁ、俺の中の押さえきれない母性的な何かが童心を惹きつけてやまないみたいな」
「それはどちらかと言えばライトくんのような気もします。子供は動物と同じで人間性に順位付けをしていますから。本能的に侮っていい相手かどうかわかるんですよ」
「あんのガキども、敬いの気持ちが足りねぇんだよ」
「敬うに足りるだけのものを、スバルくんはちゃんと見せたんですか?」
「正論ごもっともだよっ! ったくライトはどうやって仲良くなったんだ?」
身体を少し跳ねさせて、荷物を持ち直したスバル。彼がライトに顔を寄せて媚びるように煽てながら口を開いた。
ライトが瞑目して、頭の中のメモをめくるように考えてみることにした。これと言って特段何かしたとかいうものではないのだが、離してみないとスバルは納得しないだろう。目を開けてみれば待望待ちきれんばかりに鼻の穴を広げたスバル凝視してきた。
「んーほら、あの子達って追いかけっこするとき結構転ぶからさ。傷の手当てとかしたり、どんなことしてるんだ? って聞いて、それいいねって言ったりしてる。そうしてたらなんか……仲良くなってた」
「なるほどなぁ、そうしたら俺も敬われるようになるのかぁ……へっへっへっいいこと聞いたぜ?」
「でも一度ついた印象は消せないから、変なのって言われてまた人体アスレチックになるぞ」
「ただでさえ変わったものを見るような目で見られるてんのに、そっから上になるか? ……んでもそれとこれとは違うだろ? 最初から舐められるところぉお!!」
「あ!?」
レムが飛び越した水溜りに、会話で夢中だったスバルが両腕から荷物を離して足を取られかける。
空中に放たれた荷物を一つ回収したライトはもう一つの行方を追って顔を回した。見失った物は無惨に地面に転がり落ちることはなく、間一髪のところでレムが手に取っていた。吐息をして髪を直すレムと目が合ってしまい視線を迷わせていると、慌て声をあげるスバルが目に留まった。
「どぅあっととと……ふんっ! どんなもんよ!!」
「おー」「昴やるじゃん!」
まさか転ぶところから間一髪立て直すとは思ってもいなくて、感嘆が二人から上がった。
前回のループから体の使い方を学んだらしく、成果が出始めているスバルにライトは拍手せざるを得ない。
その声援を受けたスバルは崩れたネクタイを締め直し、キメ顔を作り出し余韻に浸った。
「こりゃラムちーに馬車馬みたいにこき使われた成果出たな。どうよ! 今の俺イケて見えるだろ?」
前言撤回。心意気は変わっていなかったようだ。
「その言葉がなかったら、かっこよかったのになぁ」
「余計な一言が多いのはいつものスバルくんですね。安心しました」
「レムりんのその安心どっからきてんだ!? ったく同僚二人にこの雑な扱い……厚生労働省でもあったら間違いなくパワーハラスメントで訴えてたよ」
ため息を吐かずにはいられないスバルが乾いた笑い位を浮かべるのを見て、ライトは苦笑いしてしまう。
流石にパワハラは勘弁してほしいのだが、少しばかり辛辣に当たりすぎたか。反省して、スバルのことを労るよう心がけよう。今後の話し合いもあるのだから。
「ガキの話に戻るんだけど……あぁ言う奴らって、そのへんラムあたりもうまくやりそうだよな」
「姉様は素敵でしょう」
微妙に会話が噛み合っていない。姉を自慢するレムの様子は鼻高々で、含みのない態度から彼女の本心だろうと推測する。
レムの言うとおり、彼女の態度はとても素直……と言うよりはズケズケと敷地を歩いては踏み鳴らして通り過ぎているような気もするのだが。あれぐらい直線的なら生きていく上で余計な心配もなさそうで羨み通り越して尊敬の念が絶えない。
「ぶっちゃけ、ラムの性格だとけっこうな頻度で軋轢生みそうな感じだけど」
「物怖じしないところも姉様の魅力です。レムにはとても……無理ですから」
まるで届かぬ高みを諦めるようにどこか物悲しいレム。これに至ってはライトも意識内で頷くしかできず、スバルも不用意に追及はしなかった
「そういえば、ライトくんの勉強は必要なくなりましたが、スバルくんもだいぶ文字が読めるようになったのでは?」
新人の一人がだいぶ頑張ってくれているおかげか、着々とレムにも時間が生まれてきた。そのためスバルの教育は交代制で行われており、苦い思い出でもあるのか彼が肩を落として、幸せが逃げるくらいのため息をする。
「誰のせいか知らねぇけどな……部屋に入ってきては山積みな本を持ってきて徹夜のスパルタ学習。目の前にいるような気がしないでもないけど? おかげさまで童謡くらいは読めるようになったから、感謝だけはしといてやる。……ありがとな」
「あららーレムちゃん? 昴ったら恥ずかしそうだねー」
「今みたいに常日頃からひねくれてなければ、文句はないのですが……」
「息ぴったりに俺の感謝台無しにしないでくれる!? ユニコーンに裏技お願いしても電話の如くガチャ切りされるわ、ラムには途中でほっぽり出されてベッドに寝られるわで、色々と文句たらたらなんだよ」
「姉様はスバルくんのやる気を発奮させようとあえてそう振る舞ってるんですよ。それと、ユニコーン様から教えてもらうことができても、絶望するだけですよ」
目を見開いて「それまたどうして?」と声をあげるスバルに、実際痛い目を見て二度とあんな思いはしたくないと渋い顔をしたライトが肩を掴む。
「いや、ユニコーンが体に入ってきたと思ったら、まず鼻血が止まらなくなって慌てるし、体の感覚がなくなって自分がどこにいるのか分からなくなるし、いいことなんか何にもないよ?」
「いやっ怖すぎんだろ!? んじゃあれか? ユニコーンが入ってきたとしても頭焼き切れて死んじまうってか!? リスクありすぎんだろぉ…」
項垂れるスバルだが、歩みはまだ健在だ。彼が何か思い起こしたようで、バネのように復活すると一つ咳払い。
「あとさぁ、その姉様への圧倒的信頼度なんなんだよ。並大抵のもんじゃねぇぞ。マジ鬼がかってんな」
「浴場掃除でもスバルくんは言ってましたけど、鬼がかる、ってなんなんですか?」
聞きなれないスバルの造語に、最近流行語となりかけている言葉にレムは首を傾げる。
「神がかるのの鬼バージョン。鬼がかる、何かよくね?」
「スバルくんも、鬼、好きなんですか?」
「ん……も?」
スバルが疑問を零すと、この中で該当する可能性の高い人物へと目を向けた。
嫌な予感を感じ取ったライトが別の方向に目を向けて、我関せずを貫こうとしても無駄。無理やりスバルに首を動かされ強制的に目が合えば嬉々とした顔へと変えて自分の表情が面倒臭さに歪むのが感じ取れる。
「なんだよライトも鬼好きなのかよぉー! やっぱ同郷は好きなものが似てるってか? 嬉しいぜ相棒!」
「相棒になった覚えはないけどな。って、ちょっと危ないよ……荷物落としちゃうから、肘で突くのやめてくれ」
逃げるようにスバルから距離を取って、申し訳ないがレムを盾にした。ライトが大きい体をレムの小さい体からひょっこりと出してつり目男を観察。
流石にその逃げようにスバルも粘着質な態度を改めたのか困り顔で頭を掻いて言葉を紡ぐ。
「悪かった、そんな警戒しなくてももう肘アタックしねぇから。しっかしあれか……やっぱ鬼好きってことは神様にはあんまりって感じか?」
『人間だけが神をもつ──』
この声。大抵新しい環境に慣れていなかったり、ストレスを感じていたりするときに過ぎる。だが、ここに来てから──この世界に転移してからよく聞くようになった。何か関係があるのだろうか。
疑問が脳内を埋め尽くす中、盗品蔵で咄嗟に口から飛び出したあの言葉を整理してみることにした。
「どう、なんだろう。……神様って言うのは、一人一人がの心の中に持っているものなんじゃないかって思うんだ。自分の持つ可能性を信じて、今を……超えていく」
言っているうちに、語尾を弱めていくライトの表情は苦しげだ。自分の信じてきたことを信じようにも思うようにいかないジレンマのようなこの状況。一体どうすればこの心の空虚感は無くなるのだろう。
独り打ち明けられずに視線を地面に落とすライトのことは梅雨知らず、スバルが関心を示した。
「なんか……そういうのロマンチストって言うんだっけか? 人とか世界を信じてねぇと出なそうな言葉。なんつうか重みがあるっつうか……優しいんだなお前」
「全然そんなんじゃないよ。自分でも……なに言ってるのか分からなくなってきて、なにしたらいいのか現在考え中。逆に、昴はなんで神様じゃなくて鬼が好きなんだ?」
そう聞くとスバルが「ん?」と零して、思い出すように空を見上げる。考えて数秒が経過すると、スバルが目を見開いてその黒い瞳に二人を映す。
「神様って基本的に何もしてくれないけど、鬼って未来の展望を話すと一緒に笑ってくれるらしいぜ? 特に、来年の話とか爆笑してくれるって言うからな」
同郷のスバルが言うのだから、その解釈であっているのだろう。彼のサムズアップにライトも快く応じて見せればグータッチへと変わり、快音を鳴らした。
打ちとければ鬼も笑うものだ。心晴々と言った感じで共感して手を取り合って笑い合う光景を思い描くライトとスバルは、ふとレムが表情にいつかの笑みを刻んでいるのを見た。
「お……」
スバルも気づき、その場に風によって花の香りや鳥の囀りがこの場を静観する。幻想的とも言うのだろうか。彼女の笑みをこの風景は偶然なのだろうか合致しているようで、とても綺麗に映えていた。
レムのその表情を見て、何か感じたような──ピースが一つ埋まりかけるようだった。
左手が縋るように無意識的に伸びかけるが、ライトは意識的に踏みとどめる。
自身の手を見つめるライトはこの感覚が一体なんなのかわからず、振り切るように握り潰す。
「その笑顔に百万ボルトっ!」
この沈黙を破ったのはいいものを見てはしゃぐスバルだった。荷物を置いて、彼が指を彼女に伸ばしてナイスポーズをすると、レムが固まる各々を置いてすり抜けていった。
「エミリア様に言いつけますよ」
「口説いたのと全然違くてだなっ!?」
そんな二人の会話を後ろから、こんな日々が続いたら良いと思いながら薄く笑みを浮かべたライトが、少し遅れてついていく。
「なんなんだ……この、感覚」