Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

31 / 64
第二十話 築いたキズナは

 

 

 今日の深夜が運命の日である。

 スバルが死んでしまった原因を解き明かすためライトは一人、淡く光る魔法石を頼りに廊下を歩く。

 前回のループを全くと言っていいほどになぞれていなく、不安に心乱されるのを拳で握りしめてただ一つの行き先に向かっているのだ。

 それはスバルの眠る部屋。彼を殺せるタイミングは誰もが寝静まった深夜に限る。誰の目もくれずに殺せるのだから。無論その正体がスバルだけを狙うわけではなく、この屋敷を狙っている可能性もある。

 音も立てずにジャパニーズシノビの如く抜き足差し足忍足を心掛けているとスバルの部屋の扉が開くのを見た。部屋から体を出した者は降り注ぐ室内の光を艶やかに反射する銀髪の髪を持つ少女。

 

「あっエミリア、奇遇だな。昴に……何かあったのか?」

 

「ううん。レムとラムの代わりに、今日は私がスバルの勉強を引き受けたの。そしたら、でーと、に誘われて、一緒に行ってあげることにしたの」

 

「へぇーあの昴が……やるじゃん」

 

「ねぇ……ライト」

 

 両手を胸の前に持っていって合わせたエミリアがまっすぐとした目でライトを見る。

 今までも何度かあったが、こんな夜遅くにやることと言ったらなんなのだろうか。あまり夜更かしは体に悪いし、何かあったときに怒られるのはこの場に居合わせているライトだ。

 もっともその何かが起こったときに最初にパックにどやされてしまうが一応は聞いてみることにしよう。

 

「なんだ? そんなに改まって」

 

「今から冥日にしか合えない子たちとお話しするんだけど……よかったら、ライトも一緒にやってみない? きっとおもしろくて楽しい子とかいっぱいいるかもだし、どう?」

 

 エミリアの言う、冥日にしか合えない子、とは微精霊のことだろう。ライトが廊下を歩いているときに窓の外を眺めるのだが、たいていの遅い時間は光の粒子と彼女がお話ししているのだ。

 申し出はありがたい。でも今夜はやることがあるため、ライトは申し訳なく頭を下げた。

 

「ごめん……行きたいのも山々なんだけどさ、昴にこれ渡したくってさ。勉強の付き合いだよ」

 

 彼女から目を離してライトがポケットに手を入れる。几帳面に折り畳まれた紙を広げてみれば、イ文字の書かれたものと、こちらでは見慣れないひらがなが書かれたものを目の前に見せた。

 教えるという名目の体のいい言い訳作りだ。が、スバルも異世界交流には苦戦しているらしく、彼の事情を知っている者なら流れる水の如く事態は収束する算段。

 実際、エミリアが眉を下げて残念そうなオーラを生み出した。

 

「そう……じゃあスバルの手伝い、納得のいくようになったら来て。待ってるから」

 

「約束、か……夜更かしは女の子の敵だよ? 多分行けないかもだから、その……微精霊だったか。お話が済んだら暖かくして寝るように」

 

「もう、世話焼きなんだから。パックとライトが思うほど私、子供じゃないんだからね」

 

「そのセリフが一番子どもっぽいんだよ。一応おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

 両手を後ろに組むエミリアに、ライトは軽く手を振り別れる。離れて小さくなっていく彼女を最後見送ると、疲れていたのかほっと一息ついてしまった。

 もう階段は下っていったようで、誰かに会うイベントはもうないと確認したライトが扉を叩く。

 

「お? エミリアたん、もしかしておやすみを言うためにまさか戻ってきて……」

 

 扉から響く軽い音に高揚感を抑えきれないような弾む声が扉越しに漏れ伝わってくる。

 声を耳に入れたライトは苦笑いを禁じ得なく、扉が開くのを待って数秒。ノブが回って勢いよく扉が開いた。

 期待を胸に封じ込めず、輝く目をライトに向けたスバルの顔が段々と褪せていく。

 

「……なんだお前か」

 

「なんだとはなんなんだ。今日がその日なんだろ?」

 

「──あぁ、つっても前回のループを踏んでないから本当に来るか超不安。まぁ入ってくれ」

 

 招かれるままにライトはスバルの部屋に入って一望。これと言って自分の部屋と遜色のないシンプルイズベストな部屋で、窓にはしっかりと鍵がかかっている。

 たとえスバルでも、窓やドアを蹴破られたりしても寝続ける肝っ玉はないだろう。

 だが、この世界に鍵開け職人のような人材がいたっておかしくない。他殺という線は未だ残っている。

 

「多分俺が死んだ原因もわかるはずだ。その点精霊使いのライトがいてくれて助かったぁ、って思ったんだが……精霊って日中じゃないと顔出さないってパックが言ってたんだよなぁ。お前のユニコーンも朝九時から夕方五時の業務体系みたいな感じ?」

 

「そんな公務員みたいな……でもどうなんだろう。一応眠たそうにしてネックレスに入り込んだんだけど、起こしてみるか。──ユニコーン?」

 

 素朴な疑問に首を傾げるスバルに、ライトはネックレスに寝ているユニコーンに呼びかける。寝ているところ申し訳ないが今は緊急事態なためやむを得なく、願ってみた。

 彼の言葉に応えるようにネックレスが光だして、粒子が現れて一つに。形が作り出されるとライトの周囲を巡って、不満をあらわにしたユニコーンがスバルの鳩尾に軽くキックを放った。

 

「ヅォっ、イテテ……悪いなユニコーン。前回なんで死んだのかわからねぇけど、対人戦なら戦力として申し分なし。少しの間……朝まで二人とも俺を守ってくれ」

 

「頭下げなくても守るよ」

 

「────(強い頷き)」

 

 

 

 

「はいこれ、イ文字早見表」

 

 幾ばくか時間が経過し、ライトが思い出したように二枚の紙をポケットから取り出した。エミリアに見せたその場の言い訳作りに役に立ってくれた囮だ。囮と言ってもスバルの勉強を後押しするために作ったお手製のものである。 

 

「サンキュー、ライト。これで時短できるしこれを機に、……思ったんだけどよ」

 

 話を途中で中断し、スバルが真剣な顔を装ってライトを見つめる。異変に気付いたのか、外に神経を分けながらスバルの声に聞き耳を立てて警戒する。いつくるかもわからない死の原因。その正体を彼は感じ取ったのかと思ったのだが。

 

「──ユニコーンってさ、戦えんの? いったぁ!」

 

 緊張した苦労を返してほしい。ため息をつくライトの肩に乗っていたはずのユニコーンもこれには突撃のツッコミ。頬に綺麗に一発入ればユニコーンは再び肩に戻ってきて、ライトが視線を交わすと殴られて痛みに頬をさするスバルを見た。

 

「真面目に聞いて損した気分だし、機嫌損ねてどうするんだよ」

 

「だってよぉ! 陽属性ってバフ盛りする後方支援って話だろ? しかもユニコーンってサイズ小さいし、ビーム打てたところで目眩しにしかならないんじゃねぇか?」

 

 あんまりなスバルの言い草にライトは頭を抱えてしまった。守ってもらう立場にあると言うのに、この男ときたら相変わらず減らず口を叩きまくる。

 忙しないスバルが椅子に座って揺り椅子をするのを、疲れの宿る半月の目をしながらライトは指を顎に当てがう。

 まさかとは思うが、寝返りを打ったスバルがベッドから落ち、当たりどころ悪く頭をぶつけてしまったことで死んでしまったとか。まさかであると信じたい。

 

「なーんかトイレ行きたくなった」

 

「人が真剣に考えてるのに、昴って本当に危機感ないよね!? こういうとき、普通は前もって済ませてくるもんじゃない?」

 

「いや行ったさ。行ったんだが……」

 

 頭を掻きながら言うスバルがそこで口を止めて、机に腕を立て両手で顔を覆う。ふざけたり真面目になったり、どうせいつものことだろうから、ツッコミの手札を考えておくとしよう。

 

「この緊迫感のせいでトイレが近くなっ「早くと行ってこい」はーいスバルいっきまーすっ」

 

 間髪入れずに手札を速攻発動したライトに、スバルは手を挙げて部屋から足早に出ていった。

 部屋に一人と一匹──ロボットぽいのでここから一機と換算しよう。

 ようやく静かになってそっと一息つくライトだが、ここで大事なことを思い出した。

 

「護衛対象なに一人で行動させてるんだ!? バカじゃん俺! ユニコーン行こう!」

 

「──っ(強い頷き)」

 

 小さい手を胸の前で握り込んで頷くユニコーンを見たライトは急いでスバルの後を追った。

 

「トイレだから突き当たりの場所。ていうか昴早すぎでしょ」

 

 どれだけ急いでいたのかスバルの気配はずっと先の方にある。

 冷や汗が流れるままに、ライトはユニコーンを後ろにつけて走り続ける。足が疲れてきた。夜だからかいつもより廊下が長く感じられてしまい、息を持ち直そうと速度を緩めようとした。

 だが、

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ──ッ!!」

 

 恐れと死の気配を解き放つスバルの声が、ライトの足を動かすには十分足り得るものだった。

 全身の血が沸騰して、足の筋肉が動けと叫ぶ。舌に血の味を感じながら、ライトの耳に飛び込んできたのはスバルの悲鳴の残響と鎖の音に続く破壊音だった。

 

「どうしたんだっ昴! これ……」

 

 スバルが腰を抜かして影の方を一心に見つめている。側を見ると、壁が放射状に割れて中央には刺々しい鉄球がめり込んでいるところからも、何者かがスバルを抹殺しようとしたことが見て取れた。

 

「誰だ! 昴を殺そうとするやつ! 出てこい!」 

 

 ライトの叫びに返すように、鉄球が横顔をすり抜けて闇の中に吸い込まれる。これが、この先にいるのがスバルを殺した張本人がいるのだとでもいうのだろうか。今は息を潜めて敵が姿を現すのを待つほかない。

 ユニコーンを手で命令して、スバルを後ろにしてライトが前に立つ。

 

「──仕方ありませんね」

 

 静かな廊下に鎖の音がなり、小さい足音が絨毯を踏み進める。

 唇がわななき、声にならない声が呻めきとなって喉から漏れる。握りしめる拳が人知れず緩まり、首は現実を拒むように力無く横にゆられていた。

 鎖の音と鉄球の正体であろう聞き覚えのありすぎる声が脳裏で少女の姿を模る。その少女は闇から姿を現した。黒を基調とした、丈の短いエプロンドレス。頭を飾る純白ホワイトプリムに、小柄な体格には決して見合わぬ鉄球、それに鎖で繋がる鉄の柄を握りしめて。

 

「何も気づかれないまま、終わってもらえるのが一番だったんですが」

 

 青い髪を月明かりに反射させ、無表情で小首を傾けて、

 

「……な、なんでレムちゃんが」

 

 どこか誰かに似たような雰囲気を、嫌な雰囲気を纏う少女が、スバルのあえで凶悪な鉄球を振り翳していた。

 

 ──どうして。

 

 一言。これが空白に支配されるライトの頭から吐き出された抵抗の一言だった。

 目の前の光景を否定したい。絶対何かの間違いであるはずなのだ。ここでライトたちと敵対する意味なんてないはずなのだから。

 呼吸が感じられないほどにこの場に埋め尽くすのは、身の毛もよだち皮も剥がされヒリヒリと身を焼くような憎しみ。

 動けないで思考が無限に続く階段を登るライトを呼び戻したのは、

 

「……嘘だろ、レム」

 

 腰を抜かして尻餅をついていたスバルが、困惑に顔を歪めて落とした言葉だ。

 現実に引き戻ったライトが選択するのはユニコーンとともに後ろにいるスバルを守ること。息継ぎもやっとなところは荒波に飲まれて必死に海面に顔を出して命を繋ごうとするようだった。

 瞬きをせずに、手を硬く握り込むライトはゆっくりと口を開ける。

 

「レムちゃん……なんで、こんなこと……」

 

「抵抗しないでくれたら、二人とも楽に終わりにしてあげることもできますよ?」

 

「へ、へへ……ライトの言葉に聞く耳もないってかよ。是非にお願いしますとでも応じると思うか? クソ喰らえだ」

 

「そうですね。スバルくんも、ライトくんもそういう人でした」

 

 ぺこり、と丁寧にお辞儀する姿はあまりにもこの場面の雰囲気から乖離している。普段どうりと言えば普段どうりな彼女だ。だが、それは客人としての感想としてだ。今のレムからは親しみもなく、どこか他人のような厚い壁も感じられる。だが、理由が一切見当もつかない。

 

「レムちゃんは……どうしてこんなこと……?」

 

「疑わしきは罰せよ……メイドとしての心得です」

 

「いつもみたいなこと言葉のキレがないぜ? レム。本当はお前だって……」

 

「知ったような口を!」

 

 レムの体が大きく動いて鎖に力を伝播させて先にある鉄球を放つ。

 揺れ動くレムの瞳と言葉の隙間を察して引き攣る笑みを浮かべたスバルと、彼の前にいるライトもろとも打ち穿たんと鉄球が空気を破った。

 刹那の出来事に驚きもできないライトは立ち尽くしたまま間を固くとざし、来たる衝撃に意識を逃避するしかできない。だが予測してた最悪は彼の付き人が払った。

 響音。

 ライトの前に浮かぶのはいつの間に左腕に盾を装備したかわからないユニコーンが脅威を防いだ。真正面から受けず衝撃を逃す形で攻撃をやり過ごすと右手に鼠色の連射武器を召喚する。

 

「待ってまだだ、まだ何も聞いてない! レムはどうして──何のためにこんなことするんだよ!」

 

 反撃に行動を移そうとするユニコーンをライトは咄嗟に止める。

 壁には弾いた鉄球が埋め込まれており、生半可な力じゃ抜けないことを視線で確認する。

 目を未だ答えの声を上げないレムの方にライトが動かす。歯を食いしばり鉄の柄が悲鳴を上げるくらい彼女が握り込んでいて、固唾を飲んで見守り一呼吸の間が生まれた。

 

「──何の、ために……? 迷いたく、ないから……姉様なら、きっと迷いなんて抱かないから……」

 

「俺と昴が聞きたいのは、なんでレムちゃんが殺しに来たんだって言ってるでしょ!?」

 

 ライトの怒声にも似た声がレムへと放たれ、問いただす。目を見開き方を震わせる彼女は、何か引っ掛かるようなそんな気が感じた。鏡でも見ているようなそんな感覚に陥ってしまう。

 眉を寄せて空気に宿る雰囲気に歪みが生じるのをライトの肌が訴える。そして、レムの口がゆっくりと開いて声を震わせた。

 

「スバルくんが……スバルくんから漂ってくる魔女の匂いで、レムの頭が掻き乱されるんです……。きっと、スバルくんとその同郷のライトくんも、魔女教の関係者……そうなんですよ! 姉様をあんな目に合わせた元凶が、その関係者が……のうのうと、レムと姉様の大切な居場所に……!」

 

 憎しみに歪み、剣幕とともに放たれるレムの威圧感に、ライトとスバルの喉が詰め物を押し込まれたように押し黙ってしまう。

 ──魔女教。宗教関連なのだろうが、生憎ライトとスバルにこの状況のもとで冷静に考えられることもできず、耳を豪速で通り過ぎていった。

 ライトの顔は歪みを深める。レムの纏うオーラが嫌いだったのは、同族嫌悪だったのかもしれない。自らの持つ可能性を縛って、選ぶこともできず、選ぼうともせずにただ、頑張っているように意地を張っているような格好に。

 その中でも、一番嫌いなのは勝手に決めつけて勝手に嫌っていた自分だ。

 彼女に拒絶される中、ライトの頭には暗雲が漂っていた。自分がここにいてもいいのか、本当はこんなところにいた方が良くなくて、蜘蛛の子散らして逃げるべきなのか。

 絶対の居場所、──テリトリーを持っているレムの言葉に、足元が定まらず危ういライトには心を打ち壊すような言葉だった。

 レムの瞳を逸らすことができずにいたライトは、殺意を込めた瞳の奥で、どこか怯えたような揺らぎを波が伝わるように感じ取る。

 

「でもっ……信じたくないんです、そんなこと。ライトくんもスバルくんも……! 手をかけたくないのに、こんなことしたくないのに……スバルくんから漂ってくる魔女の匂いが、レムを……レムの心を縛りつけてくるんです! もう、耐えられないんです……もう、どうしたらいいのか……!」

 

 髪の毛を乱雑に撫でて、乱れさせるレム。

 絶対の居場所だと思っていた。だが、違うのかも知れない。彼女もまた決めかねているのかも、本当の居場所を見つけるために足踏みをしているのかもしれない。

 だから、その感じが似ていて嫌いだったのか。

 

「頭がぐちゃぐちゃになって……ライトくんも、スバルくんも、わからないんですよ……!!

 

 声を荒げて心のうちを吐露するレムを前に、ライトは何も言えずただ黙って聴いていることしかできなかった。ただ一つ感じることとすれば、自分はなぜここに立っているのかという不明感。自身の心のうちをまるでレムが代弁してくれたことで、ライトの思考に余白が生まれたのだ。

 そしてやってきたのは孤独感。この世界に同郷と再会したものの、その者は自分という存在意義を見つけることができた。そして上がるものもいれば、その下で待ち人来ず。取り残されるものも多かれ少なかれいる。それが今、この土壇場で自分という存在価値を見出せないでいるライト。息を吹き掛ければ飛んでいってしまいそうなほどに脆弱な立場。

 

「だから……だからっ……こうするしかないんです!!」

 

 怯えが殺意へと変貌を遂げ、レムは答えを出せずにいる自分を振り解くように咆哮。

 彼女の声がライトの脳揺らし、強制的に思考の海から現実世界へと立ち退かせた。目を見開いて映るのは床にヒビが入るほどの一歩を踏み締めるレム。

 

「──っ! 昴、逃げろ──ッ!!」

 

「どうして……何でこんなことになっちまうんだよ!」

 

 思い通りにことが運ばれず信じていた者に裏切られたスバルは、友人の声をその通りに受け取ってひたすらに外へと駆け出す。

 階段を躓きながら降っていく彼を見届けたライトは、正面へと顔を回した。レムがこの場から逃げていくスバルを視線で追うも、すぐさま目の前の障害へと目を合わせる。

 

「通して……どいてください。どかないならここで消えてください」

 

 開戦のゴングが鳴った。前傾になってレムがライトに飛び出して星球式鎚矛を引き連れて頭蓋を破ろうとする。

 女の子の走りの域を超えた速度に、ライトは目を疑いかけるも驚く暇も与えてくれず鉄塊が視界いっぱいに広がる。その主人の危機にユニコーンが黙って見ているわけもなく、

 

「──ッ」

 

「ユニコーン! ごめん俺に合わせてくれ!」

 

 鉄球を純白の盾でパリィし、壁へと標的を曲げさせるユニコーンが力強く頷く。

 鞭のように唸る鎖がライトを襲おうとしても白が横切り流れを変更させ速度を増せばまたライトへと戻り翻弄。彼の強さはパックの言うように折り紙付きだ。動きは歴戦の戦士そのもので、彼女の目を釘付けにしている。ユニコーンがこの中で最優先すべき敵だと判断したのだろう。

 その小さな体を最大限活かしてライトとレムの距離を縮ませようと奮闘している。

 

「レム! 考えるのを、思考を止めてしまったらダメだ! 落ち着いて……」

 

「うるさい──っ!!」

 

 対話の余地などどこにも存在しないのか。武器を振るうレムが腕を波打たせて手首をスナップすれば鎖はユニコーンを封じるトラップへと姿を変える。

 不安定な精神状態を彼女は振り切った可能性が高い。思考停止とも取れるだろうが、ユニコーンが引こうにも待っているのは羽交い締め。全身すれば回避はできるが、それでは彼女のライトへの直進を許すことに繋がってしまう。

 

「──ッ」

 

 右腕の武装を解除したユニコーンは肘に手を伸ばして光剣を伸ばす。振り下ろした赤い一閃は輪を歪めて刹那の猶予が生まれた。

 ユニコーンが守りと攻撃の裏面を兼ね備えた片手剣へと武装を移せば、空中で鎖が歪み停滞する頻度が増す。銃よりもユニコーンとしては近接戦が向いているのかもしれないがバランスが悪い。

 

 ──精霊術師の有利なところが活かせてない。

 

 エミリアのような魔法も打てなければ、ライトはユニコーンを手助けする魔法も打てやしない。これではロム爺の言うような精霊使いのメリットを活かそうにも活かすことができない、完全にユニコーンに頼りきりな状態だ。足手纏いを背負ったハンデを持っていると言ってもいい。

 このままではいずれユニコーンのマナも集中力も尽きてしまう。特異体質のおかげでマナは有り余っているためか、顕現不可までの猶予はあるようで彼に眠気のような兆しは今のところない。

 声を届けようにもライトの声に聞く耳も持たないレムには無駄なことだ。

 ならばと思い、ライトは後ろ足を引いて覚悟を決める。体の力は極力抜いて、体の信じるままに斜めに倒れて足を出す。

 足が床を掴む感覚と共にライトが加速。

 死んでしまえば元も子もない。

 

 ──それでも!

 

 彼女を止めないと。止めければ、傷つくのはレム自身だ。幸い、戦闘のできる人材だとは思っていないのか、ライトには目を向けはするものの白い線となって翻弄するユニコーンに必死になって応戦している。

 しからば──

 

「そこッ!!」

 

「なっ」

 

 意識下に置いていない者の特攻。自ら命を捨てにいくようなライトの奇行とも取れる選択は、精神がキーストーンの失う石橋のように脆弱なレムを動揺させるのには十分だ。

 一瞬の隙が彼女の目に戸惑いの色が浮かぶが、空いた手をライトの目をくり抜こうと突き動かす。

 間一髪、右腕で彼女の左腕をよけることで頬を一閃深く手刀で切り込まれ、顔に熱をもつ。だがそれでライトの決意を止めるには至らない。彼女の体に両腕を伸ばし、これ以上の追撃が来ないことを祈って目を瞑り、暗闇になる。

 痛みはなく、あるのは体同士がぶつかる衝撃。

 

「レム。頼む、話を聞いてくれ……」

 

「──ぇっ」

 

 鉄球が壁を砕いて騒音をかき鳴らす。細かい瓦礫がパラパラと落ちる中、高い声の息を飲む音が聞こえた。

 目を開けて彼女の後ろに続く廊下と、視界の端に青い髪が見える。鼓動音が至近距離で交換されて、凍刺す緊迫感に人の温かさが染み込むのを服の上からでも感じた。両腕には身に余る葛藤を背負うには小さい体が抱き止められている。

 動揺を誘うにはこれしか方法がライトには思いつかなかった。

 だが、

 

「う……離れてください!」

 

 感情に振り回され、どちらに向かえばいいかわからないレムはライトを振り解いてしまった。

 強引に剥がされてしまい体重が支えきれず、ライトは体を後ろに倒しかける。時間が延性をもって引き伸ばされるなか、咄嗟に左手を涙を溜めて歯を食いしばるレムに伸ばして、彼女の心に委ねる選択を取る。

 だが、

 

「がっ、あ゛ア゛あアぁぁアぁああッ──!?」

 

 反射の行動だと、これがレムのわざとでないことを信じたい。

 叫び、突き飛ばされたライトが自身の左腕を見る。その左腕は服を突き破って白い石を露わにし、上着に赤い花が大きく開いていた。肘から下をねじ折られていて、皮膚の色は赤と青で埋め尽くし心拍が繰り返されるたびに痛みがライトの目を白黒させる。

 

「────ッッッ!!」

 

 この瞬間、ライトの思考に埋め尽くされるのは圧倒的赤。何も考えられない、考えたくない。この痛みから一刻も早くこの状況から逃げ出したい。

 涙で視界に入る光が乱反射して世界が歪み始める中、声にならない苦痛が腹の奥底から溢れ出し思考が混濁。

 身体中が痙攣して傷口から血が飛び出る中、ライトは目の前のレムを見て絶望へと染まる。すでに迷っていた心などとうに存在しない空虚な目の色。

 迂闊だった。レムの心はとっくのとうに変わって、いやすでに決まっていたのだ。もう後戻りできないレールにまで進みきっているのかもしれない。それをライトの腕を壊してしまったことがより背中を押してしまった。

 

「……ライトくん」

 

 表情に何も宿らせないレムが名を呼んで、一歩ずつ近づいていく。

 顔を顰めるライトはまさに蛇に睨まれた蛙で、恐怖に怯えて震えるしかできない。彼女との距離はもう残り僅かしかなく、黒い靴がライトの腕から溢れ落ちる赤い命の雫を踏み潰す。

 その足が後ろに引かれていくのに同じく、肌を焼いて肉を突き刺す憎悪が満ちるのを感じた。

 蹴り殺す気か。

 だが、ライトにしか目を向けられていなかったのがそもそものレムの隙だった。自分を見るレムの顔が緑色に発光──光を受けて反射した。

 瞬間、レムの体に無数の光の礫が襲いかかってライトから突き放していく。華奢な体が宙へと吹き飛び、流れて飛んでいった光が壁や天井にまで当たって生じた煙幕が彼女の身体を隠した。

 ライトの顔が後ろへと振り返り、連射武器を右手に握るユニコーンを確認。

 

「────」

 

「ユニコーン……」

 

 震える足をそのままにしてライトは立ち上がり、おぼつかない足取りでユニコーンに近づく。命を救われてホッとするライトがいて、相手を傷つけたことに苛立つライトもまたいた。

 二者に心を引き裂かれ途方にくれるライトは浅い呼吸を繰り返して、真っ白になる視界の中で感覚を頼りに歩く。

 あのビームは人を殺すのには十分な威力があったのだろうか。体を撥ね飛ばされたレムからは出血はしていたが、向こう側が見えるほどの貫通力はなかったようにも思える。

 しばらくは起き上がらない。今は誰かにこのことを報告して、ライトはただ眠りたい一心だった。それがことの引き金を引いたのかわからないが、

 

「──ッ」「──は?」

 

 この場を折檻させるほどの殺意を生じさせてしまった。

 背中からナイフが突き立てられた錯覚をライトは感じ、振り向きたくないのに好奇心が頭を動かす。

 勢いよく振り返るとそこに立つのは力なく腕をぶら下げて立つレム。表情は青い髪によって隠されていてわからないが、ただ一つ異変がわかったのだ。レムの額に立ち込める殺意を具現化するように禍々しいオーラが集まっていく。

 

「ふふ、ふふふ……あはははは」

 

 歓喜を露わにして、口から漏れ出るレムの笑い。歪んだ笑みがより口角を上げて狂気を増して、額から廊下を妖しく照らす赤いツノを生じさせ剥き出しの殺意がライトたちを襲う。

 ユニコーンがライトを守るために前へ動き出したとき、レムが笑いを止めてドス黒いまでの憎悪と殺意を漲らせる目を向けた。

 今、頬が裂けたように狂笑を刻むレムが──青鬼が飛び掛かってきた。

 

「魔女、魔女、魔女魔女魔女魔女──ッ!!」

 

 唸り声と共にモーニングスターを投擲。空気を破り壁を破って絨毯を裂き廃墟のように姿を変えさせた鉄球は夜のロズワール邸を大きく震撼させる。

 もういつもの優雅さと気品などどこにもない。それどころか人一人の命を潰すことにも躊躇いさえ存在しなかった。

 獰猛な獣などで形容するには安い。この女の子は鬼だ。

 

「ユニコ──うあっ!!」

 

 猛進しライトへと飛び掛かるレムをユニコーンが前に出るが、殴り飛ばされて吸い込まれるようにライトの胸に激突。

 痛みに胸を抑えるもそこにユニコーンは影も形もなく、戸惑いに目を前に向けたライトに見えたのは息がかかるほどに間近に迫ったレムと腹目掛けて突き動かそうとする拳。

 その拳がライトの鳩尾を捉え、

 

「ゴハッッァ!!」

 

 殴打。万力にも等しい正拳突きがライトの腹を貫くかのように見えたが、跳ね飛ばされてはるか奥に身体を打ち捨てられた。

 息を吸う間もなく、腹に収まる袋から管を逆流するものが込み上げ、耐えきれずに血混じりの内容物を吐き出す。胃の中に残っていたものが全て押し出されるように、床へと叩きつけられた。

 視界が揺れ、世界が歪んで見える。痛みは腹部を中心にじわじわと全身に広がり、体がライトの意思で動かなくなっている。

 膝をつくことさえできず、床に倒れ込んだまま唇の端から血と唾液が混ざった赤い筋がゆっくりと滴り落ちていく。

 

「……うっ……れ、む……」

 

 何もできず霞んだ目で見えたのは、無様に床に這いつくばるライトを嘲笑うレム。

 狂笑いをより深いものへと変えるレムが鉄の柄を手放して直接頭を割って、命を狩ろうと先の鉄塊のような拳を叩き下そうとする。

 死を彷彿とさせる痛みは来る間も無く、意識が後ろへと引っ張られる。まだやり残したことが指で数えられないほどにあるのに、意思に反してライトの意識を掴み組み伏せ、引き摺り込もうとする強制力。

 強烈な眠気が意識を強固に縛り付ける中、レムの心を壊す一端にもなったライトは居場所も見つけられることもなく、ただ一人も勝者が誕生しないまま、

 

 生と死、希望と絶望の境界線を曖昧にするかのように揺らめく虹を最後に、闇に飲み込まれた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。