暗く。闇より暗く。尚暗い場所にライトの意識は閉じ込められ、安置される。
体すらも凍えさせるような停滞しか流れていないこの暗い空間。五感はなく、肉体さえも消失した。あるのはただ意識。存在とも言える概念が、縛り付けられて明かりも届かない深海にでも放り投げられた感覚だ。
危険はなく、また安寧もない。あるのはどこまでも広がる無。無意識の脱力したライトだが、戻りつつもある。ゆっくりと状況の把握ができていた。
心臓の鼓動が聞こえない。周りの音も。さっきまで話していたスバルやラムの声すらも。本当に何もない、底冷えする気も失せるくらい何もない。ここには何も存在しない。
境界線がこの黒と見分けがつかないほどにどんどん染み込んできて、自分を見失いかける。
そのときだ、
──キラキラ。距離感の概念さえ奪い去ったこの場所の遠い方から泡のように湧き出る。
カラフルな円状の物体と光が、虹が、群れをなしてこの永遠に語り綴る真っ黒な物語を染め上げる。
意識。希望、絶望、苦痛、極楽、善悪、光闇、喜悲、生死、愛憎、真偽。歓哀、恩怨、安恐、笑泣、楽苦、快痛、愛嫌。
それだけじゃ表せられないほどの何もかもが、この終わりの見えない、途方もない世界を明るく照らし始めていた。
『──やっと、見つけました』
声が聞こえる。安心感。目の前に誰なのかわからない、ただやっと会えた。そんな気さえ感じさせる。もっと触れたい、もっと近くで、手を繋いでいたい。だがこのカラダに腕なんてなく、そのときではないことを突きつけられる。
その子は、毎晩、下手をすれば永遠に泣き続けていたのかも知れない。誰かのために悶え泣く。あの人はまだ死んでないはず。
この虹の向こう側に一体何があるのか。もしかすれば、これは終わりではなく、始まりなのかもしれない。
心は未だとても遠いところにある。誰かに呼ばれている。ここではない別の場所。この虹の遥か先で。
──虹は始まりにすぎない。ここは始まり。
光に意識が重なっていく。重なって混ざり合って模っていって、それが白い両腕になるのは刹那だった。その両掌がまるで愛おしいとでもいうようにライトの頬を包み込んで、温もりが、安堵感あって──
*
*
「……──ぅ」
騒がしい光が目を突き刺して、ライトは唸り声を上げる。
頭が痛い。何か途方もないものを見たような気がするが、うまく言葉に言い表せもしないし、その記憶も刻一刻と時間が経っていくにつれて掻き消えていった。
だが、充足感なのだろうか。これも僅かにだが、心の穴というべきなのかどうかはっきりとしないが、ただ少しだけ、霧が晴れたような気さえする。
「俺の部屋、か……」
目を開けて、ライトはここが自分の部屋であり、誰かに運ばれたのだとわかった。
ラムに案内されていたときに選んだ私室だ。だが、記憶にあるのと違うのは、私物といった者が何一つないことくらいで、何一つ変わったものもない。
灯りは、カーテンの間を縫ってライトを照らす暖かい光──陽光。そして各部屋に置いてある魔刻結晶の光だ。
魔刻結晶の色は緑から赤の変わりどきで、おおよそ火の刻を表す。時刻は陽日の六時くらいといったところか、意識を失ってから一時間も経過していた。
「なんで灯りが、いや節電……? 節マナみたいな感じか? ってそれよりも」
体にかかっていた毛布を取っ払って、ライトは床に立つ。腕や足、首などといったところを動かしてみても変わらず意識を失う前とは変わらず、若干エネルギー不足気味か。
灯りがついていないことに首を曲げたい気持ちにはなるが、その気持ちを押さえ込んでライトは扉へと歩みを進める。
その前に──
「ユニコーン、起きてるか?」
ネックレスを目の前に持ち上げたライトが日本語とは全く異なる文字に気にはするもののスルーして、中に眠るねぼすけを呼び覚ます。
部屋の中の光源が二つから三つへと増え、光の粒がネックレスから放出。ライトの肩へと集まったそれは光の殻を破って、いつもの小さくて可愛らしいユニコーンが座っていた。
肩から飛び出してゆっくりとライト視界の中央から少し左にホバリングすればウズウズとして、元気がこらえようにないと言う。そのままネックレスに戻るのはこのループに入ってから定番中の定番なのだが。
相変わらずの調子だとわかればライトは口を柔らかのものとし、ドアに歩み寄る。
「確かもう昼時だから急いで戻って、昼食作らないと! 初日早々ラムちゃんにドヤされちゃうな」
この後は昼食作りの任を仰せつかっている。もちろんメイド姉妹と共に、だ。
またラムに小言を言われて、鬱憤を晴らすかのように自身の作業にまた小言を話されてしまったらと思うと、ライトは苦笑いを禁じ得ない。
満を持して扉を開ける。部屋の明るさとの差が原因か、余計に明るく感じてしまって目が絞られる。
「ライ、ト……?」
鈴の音が聞こえてライトの顔が右に向く。
二つのドアを跨いだ距離にエミリアが立っていた。宝石にも似ている綺麗な紫紺の目はライトを逃さないように捉えていて、横によけてもその視線は外れない。
誰かを探すために歩き回るにはこの屋敷は広いため、エミリアに鉢合わせできたのはちょうど良かった。
「あ、エミリア? ごめん、ラムちゃんに迷惑かけちゃってさ。急いで仕事に……どうしたんだ?」
「──っ」
顔を伏せ、銀色の紙で影を作ったエミリアの表情は伺えない。力無く開いていた手のひらを閉じた彼女はゆっくりとライトへ近づいてくる。
おかしい。今までにないリアクションに困ったのもそうだが、彼女から放たれるオーラにライトは困惑して後ずさった。
「どうしたんだよ。黙らないでさ、なんか言ってよ……」
戸惑いながら後ずさるライトの言葉に返事もしないで、エミリアは尚も彼を逃すまいと早足に近づいてくる。その気迫にも驚いてしまうもののライトは歩いて互いの距離を埋めた。
立ち止まり、エミリアは手を胸の前に置くと一息ついてとすぐ正面にいるライトに顔を合わせた。
「今までどこにいってたの? 心配したんだから」
今まで、と言われるのは仕方のないことだと思う。途中で運ばれるのを見なかったのかという考えもよぎるのだが、この頃のエミリアは確かすぐに王選の勉強に戻っていたことをライトは記憶していた。見ないのも当然だ。
「今までって……あー自分の部屋で寝ていた、かな?」
「それで丸一日中、いなかったことにならない。教えて、ライトはどこにいたの?」
「──は?」
──丸一日?
嫌な考えと共にライトの背筋を冷たいものが通る。蛇や虫といったものが肌をスススとさするような嫌悪な感覚が肌の産毛を逆立たせた。
丸一日いなかったと言えば言葉通りなのだが、それはつまり意識を失って再起するまでに齟齬が生じている。それだけでもライトの思考を追い込むのには十分なものの、それに比例して疑問も浮上してくるのだ。
エミリアはなぜライトが部屋にいることを知らなかったのだろう。レムやラムあたりからそう言う報告は受けていそうなのが印象なのだが。
「──丸一日? どういうことなのさ。それにおれが見えなかったって、そんなの部屋に行けばわかったことじゃないか」
自身の疑問を包み隠さずに言うライトは頭を掻きながら、尚も自身を見るエミリアの様子がおかしいということに気づく。
妙に会話が伝わらないと言うよりかは、どこかズレていると言う印象。例えるのなら、疲れすぎた金曜の夜に眠り、気づいた時に目が覚めてニュースを見たら、その日が日曜だったというチグハグさに似ているのだ。
「ううん。ロズワール、レムとラム、ベアトリスもパックも、みんなライトの部屋に行くなって言うの」
「そう、だったんだ。とりあえず、おれはもう大丈夫だからさ。心配しなくてもほら、元気だし……」
みんなも塩っ気たっぷりなぐらいの対応だ。そんな呑気なことを考えて苦笑いするがライトの語尾が弱まっていき、次第に顔が青ざめる。顔が冷えて背筋も凍えて、ここでやっと思考がクールになることで幻想から現実に引っ張り戻される。
一日眠りこけていたということは、せっかく屋敷の案内もされて仕事内容も叩き込んだのにいざ蓋を開けてみればただのサボり魔。そう思われても仕方のないことをライトはしてしまったのだ。
「一日中寝てたってことはレムとラムめっちゃ怒ってるじゃん! ど、どうしよう……」
「ふふ、心配してた私がバカみたいじゃない。そうね、二人ともおかんむりになってるかも。私もついていってあげるから、一緒にごめんなさいしましょ?」
「一緒にって、おれそんな歳じゃないんだけどな。おかんむりも、おれが使っててなんだけど最近じゃあまり聞かないし」
「ぷんだ。あんまり茶化すと一緒に行ってあげないんだから」
腰に手を当てて、頬を膨らませるエミリア。スバルが見たら頬を赤らめて体をクネクネさせてしまうだろうが、ライトにそんなメンタルもなければ茶化す気も起きない。
「いやごめんなさいエミリア……でもありがとう。行こうか」
腰を折って謝ったライトは彼女の言うことが本意ではないことを知っている。だから笑いかけて、エミリアの横に並んでライトはひとまずの目的地、姉妹がいるであろう厨房に行くのだった。
*
*
厨房は一階に位置している。そのためライトのいた部屋の階から向かうためには階段の使用は避けられないもの。だというのに、ここに来るでに姉妹に出会ったためしがないことから、ライトの予想は的中しているのだろう。
十中八九、メイド姉妹は厨房で絶賛調理中だ。
──厨房。
前回も前々回も、このロズワール邸の使用人が一斉に集まる場所でもある。
瞬きする須臾にも等しい暗闇の中、ライトは思い出に馳せていた。スバルが何かと指を切ったときにライトの次に傷の手当てをしていたのはレムだ。その光景に小言のひとつ加えたくなるのが現場監督のラムなのだが。スバルが親指を切って、レムが包帯を巻いたとき指人形のようにグルグル巻きになっていたのは今でも思い出し笑いをしてしまう。
「何かいいことでもあった?」
「え?」
「今のライト、なんだかすごーく明るいから。何かいいことあったのかなって思って」
自身の顔を触って、ライトは自身の頬が綻び確かな笑みを浮かべているのを自覚した。
一緒に笑いかけてくれるエミリアを見て、ライトはなにも言えずにただ目線を下に。なにも映ってはいない、少なくとも情景通りのものをライトの目にはなにも映してはいない。
物悲しげなライトを見て、エミリアなりの気遣いなのかそれ以上言及することはなかった。
と、そんなこんなしているうちに、
「着いた」
「うん。ライトは私の横で待ってるだけでいいから。お昼にみんなの前で私と一緒にごめんなさいね?」
「みんなの前って、励ましてくれてるんだろうけどさ、少しっていうかだいぶ気が引けるっていうか……厨房の中で謝るよ。公開処刑とか、おれ嫌だし」
「処刑だなんて、そんなおっかないことしないわよ」
「おっかないも最近聞かなければ、処刑なんて実際にやるわけないでしょ? これは例え話」
この子と話すと悩んでいたことが吹き飛んでしまう。問題の先送りだと分かっていても、ライトはこの会話が少しでも支えになっていた。
口元に手を添えて「ふふ」と微笑むエミリアは厨房の扉に目を移す。しなやかな手を柔らかに握って、彼女は扉を叩く。
軽い音が三度叩かれれば、内側の作業が止まった。ジャガイモっぽいものの皮を剥く音や、鍋にある具材を混ぜる音。その音が止まり、中のもの二人が音の発生に注目する中、エミリアの口が開く。
「二人とも、厨房に入っても大丈夫?」
エミリアの声を聞き届けたメイド姉妹二人が、何か言っている。二言言葉を交えれば、一人の足音がこの扉のところに近づいてきて、ノブが回る。
ノブを回し切ってラッチが引っ込み、扉が開く。鼻に入るのは優しい香りで、食欲をそそるものだった。
隙間が隙間ではなくなって、厨房の全貌が丸見えになったとき、正面には桃髪の髪に改造メイド服を纏ったラムが正面に立って、片眉をあげて面倒臭さを露わにした。
「どうか致しましたかエミリア様。ラムとレムは昼食作りに心血を注いでいるのだから、あまり長い話なのでしたらやめてほしいのだけれど」
「ごめんなさいラム。実はライトの話なんだけど」
エミリアの言葉に、ラムの顔がいつものような余裕のあるものではなくなって、何かを隠すようなものへと変わった。
「エミリア様、その話は……」
「そうよね。でも……ライトは本当に反省してると思うから、あまり怒らないであげて?」
ラムから見えないドアの横でライトは待っていたのだが、腕を組んで疑問に眉が歪む。エミリアとラムの話にどういうわけかチグハグな印象を感じられるからだ。
ラムの声色はなにか相手を気遣うようなものを感じて、それがライトの中で疑問に呑まれていた。
謝るタイミングを作ったエミリアがライトに手をこまねく。釈然としないままライトは彼女の隣に立って、
「今さっき起きました。……二人も仕事で大変なのに、昨日はおれが仕事をほったらかしにしたからきっと怒ってると思うけど……今日から頑張るからさ、だから、本当にごめんなさい」
「ね? ライトもこんなに反省してるから、許してあげて? ──ラム?」
腰を折って、ライトは床に目を落とす。
エミリアも彼の謝罪を後押しするようにして、ラム達ベテラン使用人の叱責を緩和しようとしたが、目の前で固まったラムを見て疑問を隠せなかった。
首を傾けるエミリアの声にライトは顔をあげて動悸がした。自身を上から下まで舐めるように見て、信じられないようにラムが目を見開いていたからだ。
「──あなたは」
動揺に震えていた薄紅色の瞳が状況に飲み込むと懐疑的な色を宿らせる。
存在自体を天秤にかける目にライトは固唾を飲み込んで、視線を迷わせた。この目は覚えがある。仕事量をいつもより倍増しにして馬車馬のように使い古したあげく、ラムの仕事も半分請け負わなければならない目だ。
苦渋を飲まされたあの日をなんとか軽くするべく、ライトは冷や汗を流しながら弁明する。
「いやその……ラムちゃんほんとにごめん……いや、ごめんなさい。今日からちゃんと働くからだから怒らないで」
「私からも謝るから。だからライトのことは許してあげてほしいの」
「──レム、ロズワール様をお呼びして頂戴」
エミリアとライトの弁明を無視して、ラムは後ろで具材に火を通すレムに目を向けた。
作業の手を止めてレムがラムへと駆け足で向かうと珍しく落ち着きのない表情。ロズワールを呼ぶこと自体が稀なためでもあるのだろうが。
「姉様、どうかしまし──ライトくん……」
「話は後でにしましょう。トライは食堂で待っていなさい。全員……お客様以外が集まってから話しましょう」
レムが何かを言うよりも先にラムの言葉が割り込む。ライトとエミリアの前を横切り、レムは駆け足で階を上がってロズワールのいる執務室へと向かった。その言葉にライトは眉が上がってしまうが今は言うことしか聞けなく、
「は……うんわかった」
「ラムは昼食の料理に戻るわ。くれぐれも、食堂から出ない方が身のためよ」
わずかに声のトーンを落としたラムが言い切り、扉が閉まる。
今までの騒ぎが過ぎ去って、残されるエミリアとライトは互いに顔を見合わせる。
「どうしたのかしら、二人とも」
「さぁ? とりあえず食堂行こう」
*
*
半ばラムに押し切られるまま食堂にたどり着いたライトとエミリア。
別にこれと言って変わらない風景で、ライトはエミリアが座る椅子の隣に座った。
「しばらくはここで待つのか」
「そうね。二人ともライトを見た途端に急に慌てん坊になるんだから、私おったまげちゃった」
「おったまげたも最近聞かない言葉だよ。でもそうだよなぁ……やっぱりおれが寝てたときに何か起きたとかかな? 昨日って何かあった?」
頬杖を止めたライトが背もたれに体重を乗せて言う。ライトからすれば完全にとばっちりとも言えることが起きていて、何が何だかわからない感じだ。
一日記憶が抜けているとも言われればおしまいなのだが、死に戻りの感覚とは違う感じ。
ライトの尋ねにエミリアは頬に指を当てて困りげに眉間に皺を寄せる。
「うーん、昨日は特に……あ! なんだか騒がしかったと思ったら、急に落ち着いた感じだったの。みんなにどうしたの? って聞いても、何にもなかった風にするから、私ちんぷんかんぷんで」
「ちんぷん……もういいや」
ここでスバルなら、〜なんてきょうび聞かないな、とかなんとか言うのだろうがライトは早々に諦めてしまった。だがエミリアの言ったことで分かったことといえば、ライトとエミリアは蚊帳の外にされているということだ。
またしてもなにも知らない状況に陥ってしまい、ライトは眉間を押さえてため息。
「おれが覚えてることと言ったら、昴と話してたら──」
口を開けてライトは固まってしまった。気絶する前にスバルと話していたのは前回のループの話。その話題も確かに重要なのだが、もしかしたら『死に戻り』に関連することを言ってはダメなのではないのだろうか。
『死に戻り』のことを話したらダメというのは、さながらハリーポッターの言ったらダメな人みたいだ。スバルはエミリアにも話たのだが、何かに邪魔をされ──口封じされたと言う。
心臓を握りつぶされると言うのは比喩表現ではないというのは、あの場で経験したライトだからこそわかるものだ。あのまま気を失っていなかったなら、きっと心臓を捻り潰されて絶命していた。そんな気がしてならない。
ということは、スバルへのペナルティーが先の言ったハートブレイク。あの現象さへなければライトも同じ運命を辿っていた。
身の毛もよだつ、極寒の中全裸で晒されて氷に切り刻まれるような恐怖はもう感じたくない。
「あー近況報告みたいな、そんなことを話してた。昴は食客としてもてなされ、おれはここで雇ってもらう。こんな感じの話をしていたら、目の前が真っ暗みたいな」
「それ大丈夫なの!?」
「いや、大丈夫だから今こうしてるんでしょ。で、今に至るって話で──」
「おーぉや、確かにライトくんだーぁね」
ライトのが言い切る前に、新たに食堂に入って来た人物の怪訝そうな声が乱入させていた。
手を大っぴらに広げてライトを見るロズワールは怪しげな笑みを称えて、左右違う色の目を細める。椅子から立ちあがろうとするライトを隅から隅まで観察するように。
「ロズワールさん」
「いやいやいーぃやーぁ、ライトくんはそのまま座ってて大丈夫だーぁよ」
「は、はい……その、これは一体……?」
「さて、まずどこから話そうかーぁな」
大テーブルの最も上座である椅子に、ロズワールはゆっくり腰を下ろした。両肘をテーブルの上に置き、口元を隠すのは某司令官のそれ。だが、ライトに向ける視線はいつまでも変わらなかった。
メイド姉妹が昼食の配膳を終えるそのときまでずっと。
配膳が終わってもなお誰も口を開かなければ誰も手をつけない。漂う空気がとてもではないが喋り出せるような状態ではないのだ。話の主導権はロズワールが握っているようなもの。
ライトが正面を見てみれば、誰も座ってはいないテーブルに食事が置いてある。これはベアトリスが食べるものということで、少し遅れてこの食堂に来るということなのだろうか。
「来たね」
「──ぇ」
流し目で扉を見たロズワールの呟きにライトの驚きが口か小さく漏れ出る。
扉が開き、青い空気が漂う食堂に入るのは両腕で子猫を抱える巻き毛の少女──ベアトリス。可愛らしい顔を不満そうなものに変えれば、呼び出したであろう人物へと睨みつける。
「ベティーを呼ぶなんて一体どういう要件なのよ、ロズワール。くだらない話だったらベティーとにーちゃの時間を返して欲しいかしら」
「そーぉれはそれは、あちらをひと目ご覧になればわかることだーぁよ? ベアトリス」
ロズワールの人差し指の刺す方へ促されるまま、ベアトリスと胸元で大事そうに抱えられるパックが見る。
促されるままに見たところには状況が理解出来ずに呆け面と化すライトがいて、少女一人と猫一匹が固まった。
空いた口が塞がらないというようにポカンとしたベアトリスにロズワールが耐えきれなかったのか、片手を目に押さえて肩を震わせている。
「まぁ、そういう反応になってしまうのも無理ないだろーぉねーぇ」
「え? ちょっと待ってください。どういうことなんですか?」
「ライトくんがここにいるのは……本当はおかしなことなんだーぁよ。なぜなら君は一度」
言葉が耳に届いた瞬間、全てが止まった。
頭の中で警鐘が鳴り響くように、理屈も感情も一斉に暴れ出す。だが、それらはすぐに、たった一つの言葉に、
「──命を落としているはずだからねーぇ」
「……──は?」
飲み込まれた。