Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第二十四話 仲直りの方法

 

 

 騒動がおさまったと言えるかはわからないが、とりあえずは終わった。

 だが、以前傷つけられた傷というのは痛むものである。振り切ったマイナスがようやく規則値のマイナスに戻る。

 依然としてライトの心は自身という個の証明はできたとしても、この世界では浮いた存在のままだ。ただ異世界から来たから浮いた存在というわけなら、別にスバルも当てはまる。

 だがそれは違う。スバルは進むべき道を見つけたにもかかわらず、ライトは未だ瀬戸際に立たされているのだ。人生設計という点では、外側はできているのに中身が詰まっていない。空っぽなのだ。

 努力すれば大抵のことはなんとかできる。余裕にも驕りにも見えるライトのこれは、自身という居場所を見つけるために行き先の決まらないレールを右往左往しているようなもの。

 確固たる場所を見つけることができていないのだ。

 だから……

 

「ライトくん、さっきからどこを見てるんですか?」

 

「え? ごめん、すぐ切るから」

 

 作業している手元を見ている目とは違うどこか焦点の合わない目をしているのだ。

 レムの指摘により、温度の感じない表情に温かみをとり戻していくライトの顔。視線を迷わせて、手早く今晩のライトは料理を作っていくも、その目がまた違う方へと凝視する。

 不信感の宿る目がこちらを見ているにもかかわらず、ライトにはその視線すら気にする余裕などなかった。

 疲れているのだろうか。いやきっと疲れてるんだ。疲れているのだから、いつも見慣れているこの景色にどこか穴が空いているように見えるのだろう。写真でも撮ってしまえば今にも自分の立っている場所が空白になってしまうくらいに。

 こんなに弱かっただろうか。

 目の奥が痛くなる感覚と共に、ライトの手元は段々と鈍っていく。野菜を切る音でさえも、どこか画面を挟んだ向こう側にでも立っているかのように嘘っぽい。

 具材の下拵えをやっとこさ終わらせたライトはまな板に乗る野菜の皮を一箇所に集めて、包丁を置きようやく一息つく。

 

「ふぅ……これから頑張らないといけないのに、こんなことでへこたれてるわけにいかない、おれは。──はいレムちゃん、これ野菜」

 

「ありがとうございますライトくん。──さっきどこを見てたんですか? 何やら真剣そうでしたけど」

 

「いや、全然……全然大したことじゃないよ。野菜の食べれないところってどこ切ればよかったかとか、そんなこと考えてただけだから」

 

「……そうですか」

 

 嘘だ。こんな言葉なんて到底本当の言葉に近づけてさえもない紛い物の言葉だ。

 本当のことを打ち明けることができればどれだけ楽なのだろうか。きっと理解はされないだろう。自身とスバルを取り巻く事象もそうではあるが、居場所という荒唐無稽なこと聞いたところで聞き流されてしまう。そんな気がする。

 今こうして話しているレムの目に、ライトは自身がどう映っているのか、しっかりそこにいるのか心配だった。

 彼女の本心が、前回のことでかき混ぜられ、表と裏の区別がつかないでいる。自分たちを拒絶するのがレムの本心なのか、それとも一緒に作業して、こうして友好的にしているのがレムなのか。ただ確信付いているのは、姉であるラムとどこか芯で似通っている時だ。息ぴったりのときなんていつもそう。成仏させようとしたり、動きが揃ってたり、言葉は違えど辛辣なのは変わらないところ。

 

「夕食のことなんだけどさ、おれが昴のとこに行って運んできてもいいか? ついでにおれの分も運んでさ」

 

「トライが行ったところでお客様の食欲が戻るとは到底思わないのだけれど。それじゃお客様が残してしまったら、トライが残飯を貪り食らうといいわ」

 

「残飯って……一口も手つけてないもののどこが残飯さ。いや残飯か。でもそうなったら頑張って食うさ」

 

 ループしたとてラムの態度は今までのと大差のない無礼そのものだ。誰にも分け隔てなくこうして会話してくれるのも彼女のいいところでもあるのだろう。前のレムも、物怖じのしない姉様は素敵だそうだから。

 そうと決まれば、ライトは自分の分とスバルの分を手早く盛り付けて台車へと乗せる。友達のと自身のものなのだから、多少変な盛り付けでも構わない。

 

「じゃ、行ってくるー」

 

 中で丁寧に盛り付けするレムとラムの返しを待たずして、ライトは台車を押していった。

 どう思われているかは今はどうでもいい。それよりも今も暗い部屋で寝っ転がっているスバルに謝りたかった。

 きっと傷つけてしまったろうに。目の前で死んでるようなことをしてしまったのだから。

 急ぎ料理とともに階段に迫るライトが額に汗を浮かべて駆け足するのだが、ここで重大なことに気づいた。

 

「あれ。レムちゃんとラムちゃんって、どうやって昴の部屋までご飯運んだんだ?」

 

 エレベータがこの世界にある訳でないというのに、どうやって階を上がって客室まで運んだのか。

 台の小さい車輪の転がる音を耳にしながら、ライトは一人この長い廊下を歩き続ける。長い廊下はこの難解な状況のように長く感じてしまって頭を掻きむしりたくなる。

 何かあるはずだ。レムの鬼のようなあの姿で駆け上がるという線は絶対ないと考えるとして、一体何を使ったのだろう。

 

「何かを使ったんだろうけど、あの部屋までひとっ飛びする魔法があるなんて……ん? いやあったな。ユニコーン、ちょっと頼めないか? 探して欲しいものがあるんだけどさ」

 

 体内を巡るマナはあらかたかき集めに集めたようで、ユニコーンが行動するに十分な量となっている。そのため、今からでも長時間顕現することは可能だろうから、ここで活動再開の時間だ。

 ネックレスに光が灯って春の綿毛が飛び去る。その新春の象徴はライトの目の前で一塊になるとユニコーンはいつもの可愛らしい姿をあらわにした。

 

「扉の違和感みたいなのを感じられるか? この一階のところで」

 

「…………(考え中)」

 

 これは希望だ。もしこの階にいなければ台車をここに置いていってこの広い屋敷を彷徨わなければならないが、果たして。

 ユニコーンが頭を抱えて審議する中ライトは両手を合わせて祈り願う。

 

「どうかぁ、どうかぁー、運よ巡り巡ってくれ。──あったか!?」

 

 頬を突く感覚を感じてライトは横を向いて飛びつき掛けてしまう。瞑目したライトの目が開いて映ったのは小さい手のひらを広げて待ったの意を示すユニコーン。

 どうやら願いは行き届いたようだ。

 

「あったんだな? ありがとうユニコーン。ご飯が冷めないうちに、早速案内よろしく頼むよ」

 

「……(頷く)」

 

 手を仰いで先へ急ごうとするユニコーンにライトは後ろから台車を押してついていく。

 一体その扉、運命を委ねられた扉は一体どこにあるのだろうか。

 期待を手に握りしめてライトとユニコーンがたどり着いたのは十個先の扉で、興醒めしかけるものの気を取り戻して扉を開けた。

 そこにいたのは、

 

「さっきから騒がしいのかしら。ベティーに一体何の用があるっていうのよ」

 

 一冊の本を手にし、扉の少し前に立っていたベアトリスだ。

 

「ごめんベアトリスちゃん。ちょっと頼みがあるんだ。おれを昴のいる客室の階までこの扉繋いでくれないかな?」

 

「いつからベティーがそんな便利屋になったのかしら!?」

 

「お願いだ! これはベアトリスちゃんにしかできない、いや、頼めないことなんだ。お願いベアトリスちゃん、ユニコーンと一緒に過ごす時間作ってあげるからさ、ね?」

 

「ぬぐぐ……ユーちゃと一緒にいれるなら、いいのよ……! 今回だけかしら……!」

 

 渋々と言った形ではあったものの、ベアトリスに約束を取り付けることができたライトはユニコーンとハイタッチして禁書庫に軽い音を響かせた。

 一人と一機を通り過ぎて、悔しげに眉毛を曲げるベアトリスが指を振る。

 浮遊感に近い感覚が全身を揺さぶり、目を回しかけたライトは頭に手を添えて三半規管の機嫌を取った。目を向けてみればドアノブに手をかけている少女が自身を見つめて、

 

「何ぼーっとと突っ立っているのかしら。早く行くがいいのよ」

 

「あぁごめんごめん。これが、『扉渡り』か……部屋の中だとこんな目が回るなんて思わなかったけど、やっぱすごいんだなベアトリスちゃんって」

 

「すごいで片付けるなんて早計も甚だしいのかしら」

 

 素直に褒めたつもりだが、突っぱねられてしまった。

 腕を組んで小さい背丈を大きくするベアトリスにライトは苦笑いを禁じ得ない。これと言ってもう話すこともないため少し揺れる視界を手で擦りながらノブに手をかけて、開く。

 窓の向こうには先ほどとは違い景色が俯瞰からのものとなっている。それだけで、少女の実力は本物というのが理解できた。

 

「おー、便利だ。今度から使わせて貰おっかな……」

 

「ふざけるんじゃないかしら! 冗談ばかり抜かしているとぶっ飛ばすのよ!」

 

「うわっ──!!」

 

 体を飛び上がらせて窓際まで着地したライトは声の発生源へと目を走らせる。閉まった扉の前で不服げに眉を吊り上げるベアトリスが足を一つ床へと踏み鳴らした。

 

「ご、ごめんなさい! ……って、ベアトリスちゃん? てっきりもう禁書庫で一息ついて本読んでると思ったけど、どうして?」

 

「……にーちゃと、あの小娘に言われたから仕方なくお前についていくのよ」

 

 目を逸らし、認めたくもない謂れのないことを擦りつけられたベアトリスは愚痴をこぼす。口を尖らせる彼女にライトは頭に雲を浮かび上がらせて、回想を映しだした。

 晩御飯を乗せた台車が向かう先は思想の違いで擦れに擦れて熱を上げて口論となってしまったスバルのいる客室だ。ベアトリスがなぜ彼の部屋に行こうとするのかわからないが、彼女なりの気遣いの言葉でもかけるつもりなのだろうか。

 ベアトリスの慰め言など微塵も思い浮かべることができなかったライトは、間をとって名前を挙げることに。 

 

「──昴のことか」

 

「はぁー、全く忌々しいったらないかしら。目覚めてからあいつの様子がおかしいから、最初に目覚めたときに何かしたと疑ってるのよ。失礼かしら」

 

 本当のことだとしたら悪びれないベアトリスに言いつけたエミリアとパックは英断だろう。もっとも、二人から詰め寄られて「ぐ……っ」となってそっぽをむいて渋々承諾、という情景が見てもいないはずなのに思い浮かんでしまい、ライトは苦笑いしてしまった。

 だが、今後の命運を賭ける重大な話があの部屋にはあるライトは笑みの鳴りを責任で覆い被せる。

 

「ベアトリスちゃん。少しの間だけ、昴と二人だけにしてくれないかな?」

 

 

 

 

 客室の扉から離れたところに腕を組んで焦らす時間を足で踏み潰すベアトリスを横目にし、ライトは手を扉に差し向ける。迷いを孕んだ手は木製の板に上げたところで握ったり開いたり、覚悟を決められずにいた。

 ライトが居場所という他人に聞いても不確定極まりないもので悩み、軽薄になることに焦燥感を感じるように、スバルにだって逆撫でしてしまう傷があったっておかしくないのだ。なにしろ、前回のループで想い人であり恩人でもある少女を前に息を引き取ってしまったのだ。それは生きる気力さえ感じさせない空白を生むものともなる。

 だがだからといって、ここで歩みを止めていい理由にはならないはずなんだ。

 覚悟を胸にし腕から手に伝播すれば、扉に与える衝撃と変わる。

 

「来るなッ──!! ……もう、一人にしてくれ……」

 

 三度の軽い音を耳にした中の人が声を荒げ、弱々しい引き攣る息遣いをして拒絶する。

 扉越しからも伝わる警戒と疑心にライトの体が後ろに引っ張られてしまうが、表情を固めてノブに手をかけ──開けた。

 

「入って──! ライ、ト……?」

 

 毛布で身を包み自己のスペースを守り逃避しようとするスバル、ライトの顔を見て唖然とした表情になる。

 部屋に立ち込める陰鬱とした空気に当てながらもライトは部屋に足を踏み入れて、後ろ手に扉を閉めた。布団にくるまるスバルの惨状を見て、眉が中央に、歯を噛むことに力が入ってしまう。

 布団を握りしめるスバルはカピカピとなった鼻水が残っていて、目は血管が見えるほどに赤くなっていた。手の甲はつねったことによるものかわからないが、皮は剥がれて細々と流れる血が内側を見え隠れさせる。

 

「昴……」

 

「お前、ライトは死んだって……」

 

 驚くのは無理もないだろう。スバルのギラギラとした瞳に映るのは死んだと思われていたライトなのだから。

 当人はライトの死を目の前で見て、より一層分厚いからに閉じこもるようになってしまった。

 自分のせいで死んだと思っているのだろうか、気を失い何もいない世界に連れ去られる瞬間、スバルの目には深い後悔が浮かんでいた気さえした。

 足を前に、一歩踏み出して同じ動作を続けて数秒。ライトは寝台に近づいて、

 

「死んだ──いや、厳密に言うと死んでそして生き返った、の方が合ってるかな」

 

「ライト──よかった、あ、いや違う……俺にそんなこと言う資格ねぇな」

 

「そんなことっ……資格って、別に無事生還した人を祝わない人の方がやばいでしょ。人として終わってる」

 

 喉から飛び出そうとした感情を手のひらで抑え込み、ライトは顎下までなぞって飲み込んだ。そうして表に出てきたのは怒りを取り除いた本当の和ませ。

 怒られると思ったのだろうスバルは頭をかいて横目に不機嫌そうなライトを見て破顔する。

 

「で、でもよ……俺はライトに、酷いこと言ったんだよな? いや言ったんだ。俺は自分勝手にただ甘えて、引きこもって、責任全て、全部全部全部、ライトに……押し付けて。最低すぎんだろ」

 

「おれだって、昴のことを何の気なしに言葉を押し付けてごめん。あんなことあって、恐怖を刻まれて、何もかも頭がぐちゃぐちゃになってたときに無理に励まそうとしたおれが、悪かったんだ」

 

 あの時のライトは前回のループを話したくて、もう一度取り返したくて、居場所の鍵が見つかりそうになって無我夢中だったのだ。風呂場のあのスバルの言葉を心に留めておいたからこそ、ライトは首の皮一枚繋がったところで持ち直すことができた。

 だが、スバルの気持ちを考えることなく言った言葉は、励ましのタオルになることはなく、心を抉るナイフとなってしまったのだ。

 頭を下げ、ライトは

 

「そんなことないだろ……! 俺がなすりつけて逃げようとしたから、ライトが死ぬかもしれなかったのに……俺のせいで」

 

「──だったら!」

 

 声を張り上げて、膝に目を向けて小さくして自信喪失していくスバルの意識を無理やりにライトは動かす。

 スバルの殻を無理やりに剥ぐのではない。馴染んで、溶け入って、肩を優しく掴むだけでいいんだ。急な心の変化は体が拒否反応を起こしてしまうのは、自身が一番よく知っている。心のバネになるか、背中を押して荒波に突き落とすかは、時と場合によるものだ。

 だから、ライトは今自分のしたいことを、スバルの心の安寧を願って怯えを目に宿らせるスバルに眼差しを当てる。

 

「だったらさ……もう一度やってみよう? 昴は今はダメかもしれない──でも少しでいいんだ。少しずつ、心を休めてくれ。おれは待ってるからさ、やるって言ったとき必ずやろう? おれは昴の、『相棒』なんだからさ」

 

「──っ! ライ、トぉ……俺を、信じてくれるのか……? どうしようもない逃げちまうかもしれないのに」

 

 口角を上げて目を細め微笑するライトが答えを出していた。

 目を見開いて枯れたと思っていた涙が、スバルの目から再び熱を宿らせる雫を絞り上げる。雫は数を集めて大粒になれば、それは一筋の光となって布団のシーツを滲ませた。

 信じるとも。あのときスバルの助けを呼ぶ叫び声と、落ち込んでいた時の励ましがなければ多分どこかでのたれ死んでいたか、どこかで拾われていたかもしれない。

 恩を返したいのだ。恩を返して、また恩を渡される。持ちつ持たれつなものは『相棒』みたいなものだ。

 ライトの心に浸透し、何度も反芻し咀嚼し飲み込んだスバルは両手に強く握られていた布団をゆるりと手放す。

 

「俺、もう一度立ち上がってみるよ──だからっ! ……だからさ、待っててくれ。──この俺、リターンズナツキ・スバル伝説をなっ!!」

 

 バサッと布団を投げ捨てた手は曲がりくねった心を指し示す一筋の目印となる。腰の入ったキレのいいポーズは舞台に降り立った大番狂わせのスーパースターみたいだ。顔にこびりつく鼻水と崩れた白衣さえなければ格好もつくのだが。

 暗い雰囲気で埋め尽くされた部屋は彼の一声によって吹き払われた。

 部屋の外にいるものにも事態の収束を感じ取ることができたようで、

 

「その調子なら、もう話も済んだようなのよ」

 

 扉を開けて、締め切ったカーテンで暗くなった部屋に差し込んできた光。その光を背に床に小さな影が落とされる。

 ライトとスバルの目がその光と声に誘われ、目にした。

 

「ベアトリス……なんでお前が」

 

「なんでとは失礼なのよ」

 

 一日ぶりに大声をあげたためか、随分としゃがれた声になったスバルが睨みつけるベアトリスに細々と言葉をなすりつけた。

 同郷以外の人物と話したくないためかその声はどことなく敵意の孕んだものだったのだが、割って入るようにライトが歩いて、

 

「昴に誠心誠意で謝りに来たんだってさ」

 

「ふざけんじゃないのよ! こいつのバカさ加減がお前にも移って、アホにでもなったのかしら! ベティーはただにーちゃとあの聞かない小娘に言われて面を見に来てやっただけなのよ!!」

 

「パックと……エミリアが?」

 

「まったく、ベティーがなんで謝らなきゃならないのかしら──ユーちゃ、やっやめるかしら! やめるのよ!!」

 

 悪びれもしないで我関せずと言わんばかりに腕組みをするベアトリスだった。だが、ネックレスの中にいたものはそれを良しとはしないらしく、飛び出したと思えば彼女の頭に着地して荒らし始める。

 小さい手で惜しみなくぐちゃぐちゃにされることをベアトリスは涙目ながらに頭を抑えて縮こまっていた。

 そうして、幾分か時間が経つと気の済んだユニコーンはベアトリスの小さな肩に羽休め。

 心のないことでも言ったのだろう、スバルは傷つけてしまったはずのエミリアの憂いに気付いたのだ。そのレベルがベアトリスに直談判するはどというのにも。

 

「わかったわかった。お前が謝りに来てくれてたってだけで心の安らぎが来るってもんだ。ライトの百分の一くらいなっ」

 

「これっポチも響いていないのかしら! 人様の気も知らないでよくもそんなことが言えるのよ!」

 

「俺は人の心も皮肉も空気も何かも読まないで定評があるんだぜ? お前の言葉も俺にとっちゃ褒め言葉みたいなもんだな!」

 

 不満を床に足で当たり散らすベアトリスを見るスバルは若干不安が見えるものの、精神的にはもうだいぶ安定しているように見える。

 事実、親指を立てて人をイラつかせる笑みと目をしているスバルに苦笑いを浮かべていると、ライトは視界の横で忙しなく動くドレスがあった。

 ユニコーンを観客にして、ベアトリスは頭を振って左右から床に伸びる髪を延伸力で引き伸ばす。わずかに彼女が発光すると乱れに乱れた髪の毛は丁寧に整えられたものとなっていて、心なしかベアトリスの表情は冷静さを取り戻したようだった。

 

「怒りを通り越していよいよ呆れが来てしまったかしら。もうお前の言うことなんかベティーには効かないのよ」

 

「すっごい冷めるとそんな顔になっちゃうんだ、ベアトリスちゃんって」

 

 澄まし顔で二人に近づくベアトリスはもう何をしても心にさざ波を立てないだろう。それほどまでに彼女からはスバルのペースに振り回されるものではなく、禁書庫の司書としてふさわしいほどのオーラを身に纏っていた。

 おそらくユニコーンを弟のように、パックを兄ように慕うことから、彼女はただの人間ではないことにライトようやく気付く。

 考えているうちにベアトリスも寝台の足元まで近づいたのだが、

 

「──う?」

 

 愛らしい顔立ちに鼻面に皺を寄せて首を傾げるのをライトとスバルは見た。

 ベアトリスはキョロキョロと不愉快そうな顔を巡らせ、それからスバルを睨む。

 

「鼻水でぐちょぐちょでひどい面。おまけに随分と濃くなっているのよ」

 

「は?」

 

「ちゃんと風呂入ったのか?」

 

「え゛!? いや俺風呂は毎日欠かさず入ってるよ? みんなが入らないタイミングでちょちょーと」

 

「そっちの臭いじゃないのよ! まぁ、あの双子と会わない方が賢明なのかしら」

 

「────」「────」

 

 鼻を摘み、手を振って悪臭から遠ざけるそぶりをするベアトリス。

 だが、二人の心を『臭い』というキーワードが掴んで話さなかった。

 臭い。これは二週目の終わり。その匂いに狂わされ境界線が曖昧となった──レムの言っていた単語だ。

 

「じゃあ俺から何が臭うって?」「じゃあ昴から何が臭うのさ」

 

 二人が結論に至って、同タイミングで嫌悪感に顔をわずかに背けるベアトリスに問いを投げかける。

 

「──魔女の臭いなのよ。鼻が曲がりそうかしら」

 

 ──魔女。このワードもライトの脳内でちらつかせられる

 この単語は聞き覚えがある。ありすぎて逆にわからなくなるほどだが、一つ目の疑問はその魔女が一体どういう意味を持つのかだ。

 

「まじょ? しっとのまじょ、か」

 

「今の世界で、魔女と言われてそれ以外の何があり得るのかしら」

 

 この手の世界情勢というのはライトはユニコーンの小説読みで埋まっていたため学ぶ機会がなかったのだ。スバルが知っているのも多分教材の本からだろう。

 首を傾げるライトを置いて、小馬鹿にしたような物言いにスバルは身を乗り出してなお問いを重ねる。

 

「どうして、俺なんだ? ライトからは何も感じないのか?」

 

「……別に、何もないのよ」

 

 ライトから少し間を開けて、小さい肩にちまっと座るユニコーンに目を向けるベアトリスの目がふと遠くを見つめた。

 何かを思い出したのだろうか。

 言葉が途切れ、表情が抜けたかと思うとポツリと静けさが後を引く。

 その横顔は、誰かの風景に懐かしさを覚えているような、そうではないような気がした。懐かしさではない。──虚しさがあると思ったからだ。

 彼女の気持ちなんていざ知れず、関心を通り越して無関心な反応にスバルは冷や汗をかいてしまう。

 

「別にって……はぁ、まぁいいさ。じゃあなんで俺だけ感じる?」

 

「さぁ? 魔女に見初められたか、目の敵にでもされたのか。どちらにせよ、魔女から特別な扱いを受けるお前と、それにひっつくお前も厄介者なのよ」

 

「顔も名前も知らない相手に特別扱いってのはゾッとしねぇな」

 

 肩をすくめるベアトリスは、それ以上の話題は不快だと暗に態度で示している。

 彼女の反応で、これがどう言った存在なのかライトにもわかった。

 魔女。『嫉妬の魔女』はこの世界に根強い所業の数々を犯したのだろう。世界を滅ぼすほどの悪行をしない限り、ここまで忌み嫌われることはない。

 だが、知っての通りライト同様スバルはこの世界にきて一日以上。接点のせの字もない。

 

 ──レムも、確かスバルの体から魔女の臭いがすると言っていた。

 

 レムをあそこまで冷静さを削ぎ落とし狂気に陥れるのは、魔女の臭いと関係ある。

 どうしようもない事実が変えられようもないものとわかって、諦念とも言える重いため息がスバルの口から吐き出される。

 

「じゃあベティーはそろそろ──なんなのよ」

 

 黙り込む二人を見限り、ドアノブに手をかけてユニコーンとともに『扉渡り』で消えようとするベアトリスがその彼に止められる。

 ユニコーンが緑のバイザーの奥に見えるツインアイで不満げな少女を映しては逃さないようにしていた。

 

「あー多分まだ謝ってないからじゃないか? めっちゃ親指立ててる」

 

「いやかしら。誰があんなやつ……ユ、ユーちゃ? そんなに睨むんじゃないのよ」

 

 嫌味を言ってドアノブの握る力を強めるベアトリスだったが、ユニコーンの眼差しには引き攣った笑みを浮かべていた。

 聞かない子を宥めるような印象さえ宿る声でなんとか話題を変えようとしても断固としてユニコーンは気持ちを曲げない。

 タジタジしているベアトリスに名案ここにありと言わんばかりに意地悪い笑みを浮かべたスバルが、「ははーん」と言って腕組み。

 

「まーちょっと待ちな。お前悪いと思ってるんだろ?」

 

「思ってないのよ」

 

「パックに言いつけんぞ。ユニコーン見てみろよ、ツーンって感じだぜ?」

 

 片目を閉じて小さな肩に居座るものを見るスバル。

 釣られてベアトリスは肩の小さい存在を見るとユニコーンに腕を組んでプイッと目をそらされてしまい「うっ……」と悶絶。

 

「すこぉぉぉしだけ、思ってることもあるかもしれないかしら」

 

 体ごとスバルへ向きなおり、ベアトリスはなおも偉そうな態度を変えず見上げてくる。

 悩むそぶりを見せるスバルを見ながら、ライトはこの行く末を見守ることにした。

 

「お前な──よしじゃあ許して欲しけりゃ一個だけ俺の願いを叶えたまえ」

 

「くぅ……言ってみるかしら」

 

「五日目の朝……明々後日の朝だ。その時間まで俺たちを……いやライトはユニコーンがいるから大丈夫か。ベアトリス、俺を守ってくれないか」

 

 年下のようで見えない少女に懇願するには、あまりに恥知らずな内容だ。ここには精霊使いの相棒がいるというのに。

 スバルの持ちかけた願いに、ベアトリスはしばし熟考する。

 

「曖昧な物言いなのよ。狙われる理由でもあるのかしら。揉め事をこの屋敷に持ち込まれるのはごめんなのよ」

 

 ベアトリスからしたら、厄介ネタにとばっちりを受けるようなことで、質問を返すのも当たり前だ。

 それでもスバルは白眼視したまま、ベアトリスはグルグルと部屋を歩き回る。

 

「俺たちの方から何かする気はない。かかる火の粉を払いたいだけだ」

 

「それさえ他人任せな癖にずいぶんと立派な志なのかしら」

 

「今回に限っちゃ、返す言葉もねぇよ」

 

 俯くスバルにベアトリスは嘆息する。

 しばらく無言の時間が室内を支配する中、ユニコーンがスラスターを使って緩やかにライトの方へ目指した。

 ユニコーンの降りた肩を見て、大丈夫かとライトが目で訴えてみればこっちに向いていた緑の目はスバルとベアトリスに向けられる。今は静観しか選択肢がないらしい。

 

「手、出すかしら」

 

 見向きもせずに振り払うと思っていたが、彼女も非情では無かった。

 歩み寄ってベッドの横についたベアトリスがスバルへと手を差し伸べていた。

 呆気に取られるスバルに焦れて、ベアトリスが苛立たしげにその手を取る。と、ベアトリスはその傷だらけの手を見て顔を顰めた。

 

「気持ち悪い。自傷癖まであるなんて救いようのない変態かしら」

 

「これは、休めない理由があったんだよ。それに、変態はロズワールの肩書きでいいだろ」

 

 取り繕ったりしないスバルに吐息し、ベアトリスはスバルの右手の傷口を隠すように、小さな手のひらを上に被せる。やがて指がゆっくりと動いて軽く力を込めるように指と指を絡め、握り合う二人。

 

「──汝の願いを聞き届ける。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」

 

 厳かに、そう告げるベアトリスの姿にスバルは言葉を失う。

 それは、静観に徹していたライトも音が聞こえるくらいの唾を飲み込むほど。少女を取り巻く雰囲気が違って見えたからだ。それはユニコーンやパックが表に顕現するような神秘性を纏っているように。

 

「たとえ仮でも契約は契約。──お前の訳のわからない頼み、聞いてやるかしら」

 

 指を解き、再び両腕を組むベアトリスを前に、スバルは感情の波を堪えようと下を向いた。

 予想外の場所から差し伸べられた救いをどう扱っていいのかわからなくなった彼だが、際限なく湧き上がる感情を

 

「……う、うおおおぉぉぉぉぉぉ!!! サンキュぅうベアトリスぅぅぅぅ!!」

 

「ニャアアアアアァアァ──っ!?」

 

 飛びつき、腕を組む少女の両脇に差し込んで軽い体をスバルは抱き上げる抱き上げてベアトリスとメリーゴーラウンド。

 感極まって、流れる涙と鼻水をそのままにスバルは純粋な歓喜しかない満面の笑み。嫌がる彼女に拒否されても励ましに次ぐ励ましで気分が浮き上がっているので、気分三乗の勢いで速度は増す一方だ。

 晩の暗い時間で、夕暮れが優しく光景を鮮明にしてくれる中、ライトとユニコーンは見つめて、笑う。

 

「その汚い顔をベティに押し付けようとするのを止めるのかしらーっ!!!!」

 

「そう言うんじゃねぇよベアトリスぅ! 俺、今までで二番目くらいに嬉しくてっ、この嬉しみを共有させたいんだよぉ!」

 

「はしゃぐんだったらそこのアホとやっているのがいいのよ! さっさとベティー下ろすかしら──っ!」

 

「ろっきーさんみゃくッ!?」

 

 真上から魔法力をぶっ放されたスバルが直撃を受けて股割りする勢いで叩きつけられてしまった。

 

 

 

 

「はいこれ、今日の夕食」

 

「お、悪い世話かけちまって」

 

 スバルとの仲直りも終え、そして急遽ベアトリスという頼れる? 仲間も増やすことができた。

 ライトは客室の外に置いていた夕食を持ってきて、スバルの膝の上に乗せた。少し冷めているかも知れないがそこはご愛嬌ということで我慢してほしいところ。

 運び終えるとライトは隣の部屋に行き椅子を拝借させてもらうことにした。スバルも落ち着き自分もようやくひと段落ついたところで、食事兼、作戦会議と洒落込みたいからだ。

 扉を開けあかりのついていない暗がりの客室から椅子を持って、スタスタと足を出口に向けて出ていく。特に理由はないが、ドアの閉める音をなるべく出さないようにしたライトは首を右から左に向けて確認。

 長い廊下を闇に沈まないように転々と床を照らし続ける灯り。夜の遅い帰り道に、確か息を止めて光の下まで行くという遊びを小さい頃やった思い出がある。

 過去を馳せていると顔には笑顔でいるはずなのに、心はどこか物悲しい。ライトは足元に視線を落として、体の前に持ち上げられる椅子のその座面に重い息を吐いた。

 体を振り向かせ、ため息の尾を引き延ばしながらライトはスバルとユニコーンのいる場所に歩みを進めて数歩。

 扉にたどり着き開けると、そこには二人と一機。帰っていたと思われたベアトリスも、部屋に入って椅子を入れるライトの方に目を向けていた。

 

「ベアトリスちゃんも一緒に食べるか?」

 

「ベティーは……ユーちゃもいるから、今回は一緒に食べてやらないこともないのよ」

 

「よく言うぜ。せこせこと扉から出たと思いきや両手に飯の乗ったお盆持ってきたんだ。ツンデレロリがついにデレを表に出してきたか? おー可愛い可愛い」

 

「はっ倒すかしら。これはユーちゃが一緒に食べたいと思ったから付き合うだけで、ベティーはこれっぽっちも関心がないのよ」

 

「わーツンツンしてるー可愛いー」

 

「ぷぅー」

 

 ライトの誘いにベアトリスが刹那の時間に言い訳を思いつき、咄嗟に肩に乗る白に目を向けようとしても無駄だった。

 可愛いものを見る目で。実際ベアトリスは可愛いが、彼女を温かい目と警官が見たら一瞬で職質されそうな笑みを浮かべるスバルが茶化す。

 何も言っても無駄だったのか、ベアトリスはそっぽを向いて風船みたいに和らいかいほっぺを膨らませることで微かな反撃。

 

「おれのこと待っててくれたのか? 別に先に食べててもよかったのに」

 

「いや、仲間と一緒に食べたいって思うくらい別にいいだろ?」

 

 疑問に眉を曲げて「そういうものかな?」と言うライトに「そういうもんだ」と返し、手に持ったスプーンをスバルは手持ち無沙汰で回す。

 意外な彼の心遣いに口角が上がるのを感じるライトはベアトリスの座る椅子の隣に椅子を置いて、夕食を膝に。

 床に届かない足を遊ばせるベアトリスの膝には夕食が置いてある。

 おそらくは『扉渡り』を使って自分の分をせっせと取りに行ったのだろう。あーは言っておきながら、結局のところ一緒に食べる気満々なベアトリスに暖かなものを感じる。

 

「じゃあ、食べるか。ここはおれの方から音頭を取るので、みんなは手を合わせてて」

 

「ほいほい」「言われなくともやるかしら」

 

「じゃあ、やるよ? ──木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」

 

 手を組み、ライトは食前の祈りを唱える。スバルは手を組んでいるが、ベアトリスは目を瞑るのみ。

 ループ含めれば一週間以上ロズワール邸で働いていたのだ。こういったことはもう慣れているのだが、それはそれとしてベアトリスは雑が過ぎる。

 

「じゃ、いただきます」

 

「さっそく、スープっぽいやつから。うまい……ふっ、冷めてんのにうまいなぁ……こんな飯作ってくれんのに俺ってやつは……」

 

 目の下を涙が縁取って、スバルの頬を流れる。

 今朝……一日仮死っていたため昨日の方が正しいか。ライトが起きて一悶着している間、メイド姉妹はスバルの相手をしていた。

 容赦なく罵声を浴びせられたレムとラムは、その後も態度悪く引きこもり続けるスバルにご飯を作った。使用人である二人は自分たちの仕事に不義理を犯さない。

 朝昼晩。毎回のように食事は手付かずで、歓迎されていないとわかっていてもだ。

 食事を見るたびに毒でも入ってるんじゃないだろうか。という、スバルの思いは食事を口に入れることで玉砕されてしまう。

 自虐と感動に揉まれるスバルはスプーンを動かして料理を一生懸命口に頬張った。

 微笑ましい風景を見ながらライトは食べているが、横には食器をわなわなと震わせる少女がいる。

 

「どうしたんだ? ベアトリスちゃん」

 

「……ピーマルがあるのよ。これだけは、緑の悪魔だけは口に入れたくないかしら。お前にこの緑の悪魔をやるのよ。ベティーの厚意をありがたく受け取るといいかしら」

 

「自分の飯は自分で食え、このロリっ子! そんなお前にはクーリングオフプラス俺の手厚いサポートを受けるんだなっ」

 

「いらないのよ! そんな手助けドブにでも捨ててやるのがマシかしら。────っ!! 乗せるんじゃないのよ!」

 

 目を吊り上げてスプーンを持つスバルが叱責すると、すまし顔で量の増えた緑の野菜をベアトリスの皿に移す。見た目と味と食感がピーマンに似ているもの──ピーマル。

 子供に何の野菜が嫌いですかと質問したら、真っ先に出てくるであろう野菜だ。

 それを、あろうことか側から見れば年上のスバルが大人気なく少女に押し付けている。言動も子供っぽいときたら、舌も子ども舌ときたものだ。

 ガミガミと言い争い緑の野菜を押し付けるだけ押し付けて、数秒とちょっと。皿からピーマルがなくなればベアトリスは勝ち誇るように鼻から空気を出す。

 

「これで終わりなのよ。黙って食らうといいかしら」

 

「そうは問屋が下さないんだなぁ、ロリ? チェンジゲロッパウドン!! ってな? ちょちょーいと」

 

 高々に声を部屋に響かせれば天井に突き上げた手をベアトリスのピーマル無し料理に伸ばしてトレード。

 皿ごと入れ替える奇想天外なこの発想にベアトリスは愕然とした表情で石になった。

 一向に食を進めずにああ言えばこう言う二人を側にして、食事を済ませて手を合わせし瞑目し終えたライトは深くため息。お盆を置きゆっくりと背中に黒いオーラをたぎらせると膝を叩いて、

 

「二人とも! 好き嫌いしないでちゃんと食べなさい!!」

 

「「っ!」」

 

 突然の怒号に肩をぴくりと跳ねさせ硬直するスバルとベアトリス。

 ほんの一瞬の隙を見せた両者の間にすかさずスプーン持ちのライトが入り、ベアトリスの皿にモリモリと乗ったピーマルを半分、スバルの手に乗る皿に盛り付け。

 一秒にも満たない早技を炸裂させたライトは床に軽い音を鳴らしてフィニッシュ。

 振り出しに戻ったスバルは皿を睨めっこして肩を震わす。

 方はピーマルがリバースしたことに。一方は味方と思った者に半端に裏切られたショック。

 

「お前やっぱ相棒じゃなくて悪魔だ」「人の皮をかぶった緑の悪魔なのよ」

 

「いーよー? 別に食べなくても。その代わり明日のピーマルは二倍にするけどね。黙って食べるなら逆に少なくする」

 

「「…………」」

 

 ライトの物言いに押し黙る二人は皿に乗る緑を睨みつけて寄せ集める。

 スプーンに掻き上げられ口元まで上昇した野菜を横目で見て顔の引き攣る二人が固唾を呑むと、一息に口に頬張った。

 鼻をつまんで水を飲むとスバルとベアトリスは青い顔をしたまま他の料理を食す。

 

「はぁー食った……ピーマル以外は相変わらずって感じのうまさだわ。こんなの残した俺マジ罰当たりって感じ」

 

「はいお粗末さまでした。一応おれも作ってるんだからな?」

 

「あぁ、美味かったよ……なぁ、ベアトリス」

 

「うぅ……かしら。──なんなのよ」

 

 舌先に苦味が残留する中、畳み掛けるように質問するスバルにベアトリスは布を口に当てて受けた。

 ベアトリスの目の前にいるのはさっきまでおちゃらけていた喧しい中坊ではなく、真剣な表情で拳を握るスバルだ。

 

「相手を衰弱させて、眠ったように殺す魔法……とかってあるか?」

 

「昴、それって」

 

 口を挟みライトは身を乗り出すものの、ベアトリスから目を離さないスバルが彼を片手で制す。

 周りを見てもあのペナルティもなければ部屋の外の気配は感じない。少し過敏すぎた自身を笑い、身を引いてライトは椅子に腰を落ち着かせて軽く息を吐いた。

 問いかけにベアトリスは眉を寄せるが彼から漏れ出るひたむきな態度に肩をすくめて答えた。

 

「あるかないかで言えば、あるのよ」

 

「あるのか」

 

「魔法というより、呪いの方に近いかしら。呪術師が得意とする術法に、そんなものが多いのよ。陰険な呪術師らしいやり方かしら」

 

 呪術師、と言えば幽霊を呪いで祓うような作品があった気もするが、それを人に悪用する者──呪詛師、みたいな者なのだろうか。

 以前として新たなジョブに頭悩ませるスバルたちに、ベアトリスは指を一つ立てて講義。

 

「呪い師──転じて呪術師は北方のグステコって国が発祥の、魔法や精霊術の亜種なのよ。もっとも、出来損ないばかりでとてもまともに扱えたもんじゃないかしら」

 

「実際に他人を殺せたりするわけだろ? これのどこが出来損ない?」

 

 スバルは人を殺すことに特化した魔術といえばそれでも十分なのではないかと思う一方、ライトはこの世界で使われる力に意識が向いた。

 

「うーん……あれかもしれない」

 

 天上を見上げて腕組みをするライトが言を漏らすと、スバルは片眉をあげる。

 人を殺すしかできないのが魔法と呪術の大きな差でもあり、欠点でもあるのかもしれない。

 

「おれの体って特殊って話あったでしょ? 大気中のマナを吸い込みやすいっていう病気の話」

 

「あーそういう話もあったような……マナは体に巡る血とか、呼吸の酸素に近いっていうやつ。うーん待て待て、もうちょっとで答えが出そうなんだよなー、喉まで出かかってる感じ」

 

 体を右へ左へと揺れても一向に答えがか出てこないスバルに、ベアトリスは痺れを切らしたようだった。

 閉じた目をわずかに痙攣させると、小さく吐息した彼女は続きを紡ぐ。

 

「──使い道が他者を害するものしかない。マナへの向き合い方として、これほど腹立たしい術師はいないかしら」

 

 呪術への忌避感がこの世界では根深いらしく、ベアトリスも嫌悪感を隠しもしない。

 

「じゃあ呪術ってやつならさっき言ったみたいな方法も」

 

「できる、とは思うのよ。でも、呪いをかけるよりももっと簡単な方法もあるかしら」

 

「簡単な?」

 

「お前はそれを、身をもって知っているはずなのよ」

 

 首を傾げるスバルに、ベアトリスがこれみよがしに掌を向けて酷薄に笑う。

 ライトは彼女の後頭部しか見えないためよくわからなかったが、スバルの顔が一瞬にして強張り眉がぴくりと跳ね上がったことからあらかた想像がついてしまった。多分ベアトリスは人様には見せられない禍々しい笑みをしている。

 言葉の真意にたどり着いたスバルは身を引くように後ずさった。

 

「お前っ、ひょっとしてあの強引なマナドレインって死ぬ可能性があんのかよ!?」

 

「マナは生命力そのもでもあるかしら。それを強引に吸い出し続ければ衰弱死させることだってできる。呪術師なんて奴らに頼るよりよっぽど楽で確実なのよ」

 

「もしかしてもしかしなくても、あの時殺す気だったのか!? まさか殺したのお前じゃないだろうな……」

 

「死んでたならこんな契約しなくても、口うるさい輩の煩わしさも消えてさぞかし楽だったのよ」

 

「お前なぁ……ま、心持ちもだいぶ楽になった気もする。二人には感謝しても仕切れないな──なんか、ありがとよ」

 

 頬をほのかに赤らめたスバルがライトとベアトリスから恥ずかしげに目を逸らして感謝した。

 折れかけた心は二人のおかげで何とか巻き返しの時が来たスバル。まだあと一歩踏み出せない彼だが、前よりもずっといい顔になっていている。

 気持ちの入れ替えように面白くなって、ライトはニヤケ笑いを隠すことができなくて、

 

「何急にあらたまって、キモチワルイ」「キモいかしら」

 

 ライトは冗談混じりに、ベアトリスは嫌悪感をオブラートに包むことなくスバルへと罵倒を突き立てた。

 

「お前らっ、俺の心からの感謝捨てんの早くねぇか!? グッサグサ俺のハート傷つけんのマジでやめような!?」

 

 騒がしい雰囲気が部屋に満ちる。そんな光景を眺めるユニコーンは口元を抑えて、楽しげにはしゃいでいた。

 

 

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