Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第二十八話 空を裂く叫び【前編】

 

 

「レム──ッ!」

 

 白い壁に向かって、ライトは手を引き伸ばしたまま床に転がった。床と激突し、静まり返った部屋に二つの残音が響く中、頭に衝撃が与えられて混乱で無秩序となった思考回路が解ける。

 無数の糸となった意識でも打撲痛で視界がピンボケするライトは頭を抑えながら膝をついて周りを見渡す。

 そこは自室と何も変わらない。ただ、甘いような、苦いような。不思議な雰囲気が漂っていた。

 

「ゆめ、だったのか。夢……? ────」

 

 ライトの思考が音を立てて急停止した。さっきまで覚えていたはずの夢が風に吹かれたように剥がれ落ちたからか。それもあるが、剥がれ落ちて生まれた空白に取り憑く現実があったからだ。

 なぜ自分はついさっきまで床に座して眠っていた。そこに行き着くまでの記憶が、呆然と木製の床と睨めっこするライトの脳に行き着くまでの過程が欠如していた。

 途端に呼吸が荒くなって、ライトは込み上げてくるモノに嫌悪感を覚え始めた。早なる鼓動が追いつく現実を追い出そうと視界を真っ白にする。

 寸前、ライトは砕けるくらい奥歯を噛み締めて、迫り上がるものを飲み込んだ。左手は血の流れを早める心臓を抑えるように、服の上から皺ができるくらいに握りしめて。

 

「…………」

 

 深く吸って深く吐き、部屋に寝息と深呼吸が響き渡る。

 

「レム、は……」

 

 小さく喉仏を振動させるライトは青髪の行方を探して、目が行った。驚くほどスムーズに寝台の方へと。

 そこには膝を床につけて寝床に縋り付くように眠る薄手の寝巻きを着たままの桃髪の少女と、その少女に手を握られながら眠る青髪の少女がいた。──ここはレムに用意された私室だった。

 二人を起こさないように、僅かに床が軋みを立ててライトは近づいていく。

 使用人のために用意されたベッドに眠るレムは、安らかな表情を浮かべていた。胸元を上下させず呼吸も忘れてさえいなければ、どれだけよかったことか。

 

「本当に、レムは……死んじゃった、のか……?」

 

 ライトはレムの目にかかる前髪を指で優しく除けて、自身の手のひらを握りしめた。

 己の無力さが手のひらに爪を突き立てて八つ当たりされ、膜が破れる音がして弾かれたように手を引く。ライトの目の先に、爪の先で破られて切れた血管からジクジクと漏れ出る赤がある。

 目の前が歪み出して瞬きを数回繰り返すも、歪みが晴れることはなくポタポタと溢れる雫が傷口に沁みた。

 肺がしゃくり、喉が震え、抑えきれない呻きが漏れた。黒い感情を押し込めたはずなのに、胸が抉られるように痛い。目も、喉も、頭も、熱い。

 

「ごめんって、なんだよ……」

 

 焼かれた鉄の印が、ライトの心を焦がし付ける。

 レムの一言が、ライトへの優しく、枷のようにしがみついて跡を残すのだ。治ることのない傷跡を。

 

「おれは……言わないといけないことが、あったのに……」

 

「扉開けっぱなしにして、どうしたの?」

 

「──っ!」

 

 銀鈴の声が唐突に背中にかかって息を呑んだライトが跳ねるように首を振り向かせた。

 開いた扉に眉を顰めるエミリアが心配そうにライトの顔を凝視して部屋へ一歩、入る。紫紺の目に映るライトの目の縁は赤い。それがより一層エミリアの心の気をかけた。

 

「ライト、どうしたの? ひどい顔……」

 

「エミ、リア……」

 

 足がエミリアのいる扉の方に向いて、ライトは緩慢に歩き向かう。

 まだ、間に合うかもしれない。エミリアなら、

 

「エミリア……レムを、助けてやってくれ」

 

 治癒魔法を使える彼女なら、死んだレムを生き返らせることができるかもしれないから。 

 

「レムを……?」

 

「──っ、レムを助けてやってくれ! エミリアとパックならなんでもできるんだろ? 治癒魔法を使えるんだったら、あそこで眠ってるレムを……レムを助けて……」

 

 跪いて、ライトはエミリアにそう懇願した。

 ご都合主義でなんでもいい。今度はレムにも分けて欲しい。あの日、もう来ない前のループで動けない自分に力をわけてくれたときみたいに。

 ライトの横を通り過ぎて、エミリアはレムの眠る寝台へと足を運ぶ。眉を寄せ、小さな手を胸の前で握りしめながら、足運びに戸惑いを滲ませながら。

 ポツポツと涙が落ち、滲んでく濃紺の布地を眺めながら、ライトの顔は笑顔とも泣いているとも言えない感情が織り成した表情をしていた。

 起きてくれたなら、言えなかったことを今度こそ話して、それから──

 

「──だめだ」

 

「は」

 

 淡い希望をたったライトの後ろから放たれた一言が、殺した。ゆっくりと背後に顔を向かわせれば、銀色の髪の毛から出てきたのだろう灰色の子猫が、小さい肩を落としてレムを見下ろしている。

 パックが落とした声は平時の気の利いた声ではない、絞り出すような声だった。

 ライトの四肢を麻痺させて理解を苦しませた。

 パックは今何を言ったのだ。だめって何がだめなんだ。

 

「どういうことだよ……パック」

 

「……言葉通りの意味さ、ライト。この子はもう助からない、手遅れなんだよ」

 

 まるで心臓を握り潰されるような感覚がライトを襲った。目の前が暗くて、パックとエミリアの顔がよく見えない。喉が閉まって声が絞られる。

 

「でも……っ、でも魔法は? まだかけてもないのに……」

 

「……ボクたちは魔法は使えるさ。命に関わるような傷でも、かろうじて繋ぎ止めるくらいなら。でも、生き返らせることなんてできない。たとえ治療に長けた青の称号を持っている人でも、誰にだって……できない」

 

 床に沈むパックの言葉に固唾を飲み込み、震える瞳のままエミリアの方にライトは顔をずらす。

 

「じゃあ……レムは……?」

 

「ごめんなさい。私たちの力じゃこの子を、レムを助けてあげることは……できない……」

 

 言葉がライトの眼前に向かって飛び、風となってすり抜けた。

 意味を理解した瞬間、まるで細い糸一本で繋がっていた頼みの綱が容赦なく断ち切られたかのように全身から力が抜けて、手のひらが床につく。

 喉が渇く、呼吸の仕方がわからない。頭の中真っ白じゃ声にもならなくて、声がただの吐息になる。

 でも、頭空っぽの中に映し出されるのはレムの死相だ。死に顔と、手に染みついた冷気が払っても拭っても湧いて出てくる。何もできなかった後悔がライトの咬合力を強めた。

 胸の奥から、どうしようもない怒りが込み上げてくる。

 行き場のない激情が、体の内側を焼くようだった。 

 

「あんな……っ!」

 

 誰にぶつけるでもなく、吐き出された声はこの世界の虚空へと消える。

 ただ何もできない自分に、膝に当たり散らすだけだった。

 

「あんなの……人の死に方っていうのか……!? レムにだって、明日の予定だって、来週の予定だってあったんだ。それなのにあんな……こんなの、まともじゃない……!」

 

 何も知らないレムが、ある日突然不条理に殺されてしまうなんて許されていいものじゃない。しかし、こうして喚いて、自分に当たっても何にも変わらない。そんなことわかっている。わかっているのだ。パックとエミリアが、レムに縋り付くように眠っているラムが答えてくれないことだって、当然だと思えるくらい。

 

「こーぉれは一体なにが──レム」

 

 目が一変の衝撃と共に揺らぎ開いて、涙が重力に従って落ちた。

 ドア枠に手をかけたまま動揺に目が揺れる、長身の道化人。ロズワールがそこにいた。

 

「ロズワール、さん……?」

 

 乾いてヒリヒリする目を見開いたままのライトが後ろには目も暮れず、声を頼りに当てはまる名前を呼んだ。

 長身の男がいるであろう背後をライトは見れない。

 屋敷の主人とその使用人。付き合いは二年とか三年とかそこらではない。きっともっと長い。繋がりが朽ちて途切れる様を見ていたはずなのに結局なにもできなかったからこそ、ライトはロズワールと目を合わせることなんてできないのだ。

 

「ロズワールさん……レムが。レムが──死にました」

 

「────」

 

 喉から通り抜けた声は予想したものより気抜けする声だった。

 ライトの後ろで部屋に足を踏み入れたロズワールが歩みを止めて口を閉ざす。道化のようにおどけるいつもの空気はなく、珍しく明確に動揺したのだと肌で感じた。

 

「──エミリア様、部屋の外に出ておいでください。大精霊様にベアトリスを呼ぶこともお忘れなきよう」

 

「え、でも……」

 

「行こう、リア」

 

 後ろ手を引かれるようにエミリアが顔を向けたままバックとロズワールに促されて出ていく。死臭を隠すように花の香りが漂う部屋から。

 絨毯をふむ音が耳に跡を引く最中に、ライトを置いてロズワールがレムの眠る寝台へと静かに歩いていく。

 高い背を折って、ロズワールが桃髪の少女の頭を優しく撫でる。

 

「──ラム、起きなさい」

 

「ロズワール、さま……?」

 

 力なくラムは寝ぼけ声で返事をして、掠れる目を手の甲で擦る。疲れて眠っていたとしても、主人の声は片時も忘れてなどいないのだ。仮に他のラムが要因で起きるとすれば、それは妹に手を伸ばすものがいたときだろう。

 ふいに、ラムの手が止まった。そして肩が震え、吐く息が震える。眼前に横たわるレムを見れば、いやでも現実が飛び込んできたのだから。

 

「ロズワール様……っ! レムが、ぁ……! レムが!」

 

 ロズワールの纏う紫の衣服にシワができるほどに、ラムが縋り付くようにして握りしめている。屋敷の主である人に不敬な行為であっても、そんなことを考えている余裕が今のラムにはなかった。

 世界で一人の何者にも代えられない妹が病に伏し、死んでしまったのだから。

 

「……この死因は──衰弱死だね。眠るように命の火を消されている。これは魔法よりも呪術の類によるものだ」

 

「呪、術……?」

 

 目を伏せて、縋るラムの頭を撫でるロズワールが重々しく言う。彼の一言に含まれた単語にライトは初めてロズワールの顔を見て、声を震わせた。

 

「病気じゃなくて……呪術──呪い? これが……?」

 

 思い当たった。前々回前回のループでのスバルの死。そしてレムの死。体が冷えて衰弱していくその有体はベアトリスが言っていたものと同じだ。

 だとしてもいつだ。スバルの言う襲撃者なんて影の形も、この屋敷にいなければ来てもいない。

 わからない。前提していた条件が全てちゃぶ台返しされてしまい、混沌がライトの脳を襲う。しかしただ一つ分かったのは、あの死に方がまともじゃないってことだけだ。

 ラムの握る手を優しく離してやるロズワールが暗い足取りでカーテンの側に立つ。

 

「可愛がっていた従者に何もしてやれない自分が……不甲斐ない」

 

「そんな……ロズワールさんはなにも、なにも悪くないじゃないですか……」

 

 どもりながらかけるライトの言葉にロズワールが目を瞑って吐息。悲哀は勝手だと理解しながらライトはロズワールに言葉を紡ぎたかった。

 言い淀んで唾を飲むライトは口を開こうとしたとき、目に光が突き刺さりストップさせられる。ロズワールがカーテンを開け、光が部屋に注がれたためだ。

 新しい朝を、今日を伝える日の出。だが、そんな日の出はこの暗い部屋を明るくすることはできても、心を晴れやかにすることはできなかった。

 暖かさを微塵も感じさせない死んだような光だった。

 色も温度も失われ、微かな音も拾えなくなる。そんなときだった。

 

「──がこうして無事でエミリアも────たいこと話したいこといっぱいあるんだ。いっぱいあったんだよ」

 

「スバル──て……」

 

 この空気にふさわしくない会話が扉の外から聞こえてきた。

 今日は今まで超えることのできなかった日なのだ。スバルが呆気に取られて、口からするすると言葉が出てきたって仕方がない。だってスバルはこの状況を知らないのだから。

 それでも湧き上がるエゴが外の喋り声を掻き消そうとライトの腹わたで蠢いている。

 だめだ。だめだからこそ、ライトは震える拳を床に押し付けて感情を噛み潰した。みんな悲しいんだ。自分より辛そうで、本当に自分より辛いのだから。

 もうここにレムはいない。姉が振るい前に立つ強さも、示す姉としての威厳も、隣で歩む妹に見せられない。故にラムの心はボロボロだった。我慢の限界だったのだ。

 

「レ、ム……おいてかないで……レム、れむっ!! ぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあ──ッッ!」

 

 この日あの場所で姉としての力で閉ざしていた堰が決壊した。喉が張り裂けんばかりに絶叫し、悲しみの滂沱と涙を流す赤鬼が哭いた。

 もうこれ以上、涙を、悲痛に歪んでいく顔を見たくない。ライトは目を固く閉じて自分の膝に顔を向けて呆然とすることしかできなかった。

 

「…………」

 

「なに、が……?」

 

 鼓膜が貫かれたと錯覚するくらい脳が悲鳴を上げたにも関わらず、震え声のスバルの声はよく聞こえた。前後から聞こえる足音など放っておいて、ライトは心も放っていて無反応。

 鼓膜が彼女の慟哭で揺らされ、スバルがおぼつかない足でラムの部屋へと入った。前から思い足取りで入り口に寄るロズワールを横目に移したスバルは視線を戻し、ベッドに横になったレムを見る。

 

「どうして……なんでレムが……」

 

 呟き、後ろに流れる前髪に手を差し込んだスバルはへたり込みそうになる。状況が飲み込めないと、彼の身振り手振りがそう告げていた。

 だってそうだ。スバルは前回のループとレムの死に目を、レムの本心を聞いていない。見ていないのだからスバルはレムが下手人だと薄れても消えない根っこがそう結論づけていた。

 

「殺されちまってる……?」

 

 だから疑問に思ってもおかしくないのだ。

 レムの顔にゆっくりとスバルの手が近づいて、影がかかる。息のしない少女の頬に触れそうになって指先に固まった肉が伝わる。その直前、

 ──乾いた音が部屋を木霊した。

 

「──触らないで!」

 

 伸ばしたスバルの手が、勢いよく振り切られたラムの腕に弾かれた。

 呻いたスバルの声に気づき、横に振り向けば憤怒の形相で彼を睨むラムがいる。ただ、落ちるん身だが常に付き纏い、スバルから反論の言葉をあっさりと奪っていた。

 

「レムに──ラムの妹に触らないで……!」

 

 誰にも取り入れさせない拒絶そのものだった。

 涙声で言って、ラムは再びレムの体に取り縋り、静々と涙を流し続ける。

 

「何が……ライト、何があったんだよ」

 

 呼ばれたことで脱力したライトの体に力がこもり、通り過ぎるだけの音が受け取り始めた。

 しだいに肩を震わせて、爪が手のひらに血が滴り落ちるほどに握りしめられるライトの拳。噛み合う歯がギリギリと噛み合う音がライトのボルテージを露わにした。

 

「レムが……死んだ。呪いで、呪い殺されて……おれはなんにも──」

 

 口を開けたまま、背中に感じる視線が多いことに気づくライトは見開かれた目をした。そのままブリキ人形のようにガタガタと背後に体が向くと、エミリアとロズワールに、クリーム色で左右に巻き毛の髪をしている少女、

 

「──ベアトリス」

 

 ──ベアトリスがいた。

 

 体重移動で立ち上がって視界が高くなれば、ライトはおぼつかない足取りで自身を見据える少女に近寄った。

 

「ベアトリスちゃん」

 

「……なにかしら」

 

「ベアトリスちゃんだったら、あのとき……夜、レムが呪いに苦しんでたときなんとかできたのか?」

 

 赤く目を腫らし、瞬きひとつしないライトがベアトリスを上から震える声で投げかける。

 少しの間瞑目して腕を組み始めるベアトリスだが、悩んでいる様子などなくただテンポを掴むために黙っていた。その時間が、他人からは一秒でも、ライトには十分より長く感じた。

 

「──無理なのよ」

 

 閉じた目を開け、腕を解いた彼女がそう口にした。

 

「一度、発動した呪術を防ぐ方法は存在しないかしら。発動したが最後、それが呪術なのよ」

 

「じゃぁ……! おれがあのとき、見つけたときのレムは、もう……」

 

 壁にも垂れ込んでついには崩れ落ちるレムが脳内でコマ送りで再生されて、ライトは前髪をかき乱した。

 拒否しているのに、過去の情報だけが脳裏に焼き付いてイメージが離れていかない。レムの掠れた目が、肌を通して伝わる冷たさが、最期に力のない微笑を浮かばせて息を引き取った死面がこびりつき、呼吸が乱れる。

 酸素がなだれ込んできて、目が真っ白になりそうになるたびに、死相が鮮明に映し出されて瞬きが止まらない。

 落ちる。

 

「ライト、しっかり……!」

 

 膝が嘲笑って体勢が崩れかけたとき耳鳴りを掻き分けて出てきた銀鈴の声の持ち主が、エミリアがライトの腕を持って床に座らせる。

 

「死因は衰弱死だーぁね。眠るように命の火を消されていた」

 

 よろよろと部屋を出かけたスバルに、扉の脇に立っていたロズワールが新しい参入者スバルに改めてカルテを口にする。

 ベアトリスが淡々と告げた呪術という言葉にもスバルは目を見開いて立ち止まっていた。

 

「魔法より呪術よりの手法だ」

 

 その死因にスバルは思わず口が開いた。

 

「あの呪いはレムだとばっかりに……いや、手にかけるんだったらそんな回りくどいことしねぇ……よな。協力関係でもない……完全に別個案件ってことか……?」

 

 前回のループでのレムとの敵対。それでも信じようとしたライトと違いスバルは精神的に回復はしたものの心のどこかにレムが信じられない。もしかしたらライトと自分を撲殺しようとし、絶対に逃さないために呪いをかけ厳重な暗殺をするのではないかと思うほど。

 そして、妹が進んでやるなら姉であるラムもまたスバルにとって、否定し難い敵だった。

 

「俺が何もしなかったから、標的がレムに移った……?」

 

「────」

 

 スバルにとっての前提条件が覆った。

 と同時に、スバルの言葉がフラッシュバックで苛まれるライトの思考を塗り替えてあげるのに成功した。考えていないと頭がおかしくなりそうになるライトは、顔に手のひらを押し付けて耽る。

 根拠のない推論だが、事実上の事柄を整理してもそうとしか結論がつけられない。

 スバルが狙われたのが理由が王選絡みならば、エミリア陣営への牽制という形で関係者が無差別に襲われる可能性がある。

 ライトにだって呪いがかかる可能性があったのだ。では、なぜ呪術の標的にされなかったのか。ランダムの犠牲だとしても、なにかしら共通点があってもおかしくない。

 スバルは生きている。レムは死んだ。そして、ライトもまた生きている。

 

 ──この違い……何か絶対にあるはず、あるはずなんだ。

 

 前回のループで死んだスバル。命を落としたレム。その二人に共通するもの──

 

 ──屋敷の外。そうだ……外だ。

 

 明確な違いがあるとすれば、それは外での行動かもしれない。

 今までのループ、村で分かれるとライトは買い物で孤立していた。一方、前回のスバルと今のレムはどこに行っていた。なにが起こった。

 あのとき、子どもたちと応対していたとき、二人とも灰色の毛玉と──

 

「随分と真剣に考えていたようだーぁね?」

 

 品定めするような口運びに、考えに浸っていたライトの面が上がる。

 顔を向けてみれば、青と黄色のオッドアイが、すぐ近くで見下ろすようにスバルを映すところだった。

 スバルを睨むその目は品定めするような目つきで、内心を見透かされた気がしたスバルは眉を寄せる。

 

「こんなことを聞くのもなんだけど……お客人、なーぁにか心当たりはないかねーぇ?」

 

「な、んで、そんなこと……俺に」

 

「いーぃや、失礼したね。私も少々、気が立っているようだ。可愛がっていた従者がこんな目に遭わされては、ね」

 

 ふいとスバルから視線を逸らし、部屋の中を痛ましげに見やるロズワール。

 この時、スバルは今自分が置かれている状況の悪さに自覚した。

 彼の身の潔白、同郷であるライトなら、秘密を共有している彼と、契約したベアトリスならば、証明できるだろう。故にその二人以外に信頼される要素など微塵も残ってはいないのだ。

 

「スバル……待ってスバル」

 

 不安そうな声で、ライトを介抱していたはずのエミリアがスバルの袖を引いた。

 その紫紺の瞳は何かを訴えるように潤んでいるのがスバルにはわかった。

 二人の、ラムとライトのために知っていることがあるのならという瞳だ。

 ライトは耳をぴくりと動かして、声色に乗る真意を悟った。エミリアの懇願に含まれた真摯な思いに。

 でも、無理だ。

 

 ──昴はなにも知らないんだよ。

 

 ラムとレムと共にライトが使用人生活を過ごした中で、スバルは客室に篭りっきりで外のことなんてなにもわからない、いわば隔離されていたようなものだ。答えに期待できるわけがない。

 

「──っ…………」

 

 息を呑み視線を床に落とすスバルが黙るのはそのためだ。

 黙り込み、口を開け洗いざらいぶちまけようとした時スバルの顔が寸前食いしばる様相になると、脂汗を肌に滲ませて目を固く閉ざしてしまう。

 その反応がいけなかったのだろう。

 

「──何か知っているのなら、逃がさない」

 

 スバルの小さな行動が、部屋で泣いて崩れていた少女の目には、都合の悪いことを隠して逃げ出そうとしているようにしか見えなかった。

 刹那、ライトは横で何かが通り過ぎるのを感じ取った。部屋に入り込んだ隙間風ではない、何かしら作用があった突風。

 認識したときには遅かった。

 

「いづ……っ!」

 

 スバルの呻き声が聞こえるのと同時に、扉の向こうの廊下にかけられた魔刻結晶が絶命。

 顔を上げ、ライトは掌を向けるラムが憎悪を宿した眼差しで頭上を見ていることに気づく。

 後ろにいたスバルは頬に赤い線をつけられていて、垂れた血が白衣の肩に溢れ落ちた。

 言わないといけない。これがこの場で限られたたった一つのキーストーンになりうる可能性があるのだから。

 ライトが息を呑み、決意を呑み、待てと口を開こうとして、

 

「何か知っているなら、洗いざらいぶちまけなさい!!」

 

「待ってラム! 昴は──ッ!」

 

 手を突き出して彼女の手を下ろさせて今さっき点と点が繋がり、より強固となった結論を投げようとしたライトだった。だが、遅かった。直感に従って、その場でのアドリブに任せればよかったのに、何もかもが遅かった。

 疾風が大気を切り裂く刃となる。 

 襲いかかる見えざる刃から手を引き、スバルへと伸びる突風にライトの目が見開いた。

 

「──約束は、守る主義かしら」

 

 有言実行。

 向かう凶刃をベアトリスは掌を広げて、かざし、相殺した。

 目の前に広がる波紋を振り払い、ほこりもしないベアトリスがラムを見据える。

 

「屋敷にいる間、この男の身の安全はベティーが守る契約をしていたのよ。そこにいる男も、その目が節穴じゃなければベティーたちの契約を見ていたかしら」

 

「ベアトリス様……!」

 

 厳かに言い放つベアトリスに、ラムがスバルに向けた憤怒を差し向け、唇を噛む。

 ラムの怒りを横目に、ベアトリスが傍に立つロズワールを見上げた。

 

「ロズワール。お前の使用人がお前の客人に無礼を働いているのよ」

 

「確かに、誠に遺憾なことだーぁとも。できるなら私も、すーぅぐに彼を客人として改めて歓待したい。その胸中を曝け出し、身軽になってくれたのならすぐにでも」

 

「こいつは昨晩、禁書庫にいたかしら。だからこの一件とは関係ないはずなのよ」

 

「事態に重きを置くべきはすでにそこにない。君も、わかっているはずだーぁろう?」

 

 交渉は決し、和解に至る道は全て断たれてしまった。

 ロズワールが肩をすくめて両掌を上へ向けると、魔法を発動させる。

 赤、青、黄、緑──四つのアトリビュートが空気を歪ませて魔法力を圧搾し、マナの濁流が肌を押し潰す感覚に陥った。 

 

「相変わらず、小器用な若造なのよ。少しばかり才能があって、ちょっと他人より努力して、ほんのわずか家柄と師に恵まれた。……それだけの子供が思い上がって」

 

「手厳しいねーぇ。もっとも、時間の止まった部屋で過ごす君が、常に歩き続ける我々とどれだけ違えるか。試してみても、いーぃとは思うよーぉ?」

 

 互いの魔法力が放たれることなくその場で常駐しているのにも関わらず、領域を押し広げ均衡を押し付ける。

 屋敷が揺れ、部屋が揺れ、たった一言で勃発する寸前がずっと続くようだった。

 

「しぃーかし君が身を張って守るほどとは、よっぽど彼が気に入ったのかな?」

 

「冗談は化粧と性癖だけにするかしら」

 

 床にへたり込み、見ることしかできないライトがどうすればいいのか崩壊寸前の頭で考えていたその時だった。

 

「そんなの、全部どうでもいいのよ──っ!!」

 

 寸前の隙間に入り込んだラムの金切り声にも似た悲鳴が、全員の集中をかき乱した。

 全員の視線を受けながら、ラムはネグリジェを破れるくらい握りしめる。

 

「邪魔をしないで、ラムを通して。レムの仇を何か知っているなら全部話して。ラムを……レムを、助けて……っ!」

 

 悲痛な訴え。胸を掴み、潰すような言葉。

 それが口を噤んでしまったライトを起こすのに十分なものだった。

 全員がラムに視線を当てる中、一人、張り付いたかのように尻餅を付いていたライトが立ち上がる。

 ネックレスから淡い光が漏れ出てユニコーンが形作る中、ライトの目に確かな力が籠った。

 

「……昴は、関係ない」

 

 肺の緊張を破ろうとしたためか、ライトの喉はひどくこわばっている。けれど、含まれる一つ一つの音に弱さが見受けられない。

 未だ緊張状態の場面でライトは臆することもなく、一歩ロズワールへと近づいた。 

 

「おれは昨日……昴の部屋に来た時には、部屋はもぬけの殻で……」

 

「ライトくんの意見は尊重したい。しかし、さっきも言ったはずだ。事態に重きをおくべきはそこではない、と。犯人が複数人という可能性があったとなれば、いくらでもやりようはある」

 

「──それなら! 第一発見者のおれが、一番怪しいはずでしょ!? それに俺は──」

 

 床を踏んでなおも後退しないライトが広げた手を自身に当てて喉を荒げる。続いて本題、ライトは憶測だが推測を話そうと口を開いた。

 だが、肩をすくめ、呆れの笑みを浮かべるロズワールが、

 

「同郷というよしみで彼に肩を貸すというのかい? 君は。相当のお人よしだーぁね」

 

 中断させた。

 

「は……なにを。お、おれはお人よしだ。お人よしで、なにもできやしないさ。でも、おれは言わないといけないことが……」

 

「言わないこと。確かに、お客人は言わなければならないことがあるだろーぅね。ライトくんよりも」

 

「どうして昴がそんな──か、関係ないでしょ……!?」

 

「君が客人に利用され騙されて、君にさえ伝えられない秘密があるのだとしたら?」

 

「……はぁ?」

 

 的外れにもほどがあり、反射でライトは口をあんぐりさせてしまう。

 唖然とした表情のライトを視線で通り過ぎて、ラムの後ろにあるレムにロズワールが痛ましげに目を向けた。

 

「私の可愛がっていた従者の瀕死を、目の当たりにした瞬間から、ライトくんは必死にレムを救おうとしていたはずだ」

 

「それは……」

 

「そして、レムの訃報を、その死を目の当たりにした瞬間から、君はレムのために心を悼めてていた。でもねライトくん……」

 

 言葉をそこで止めて、ロズワールが視線を浴びせると露骨に動揺し始めるスバルに目を細めた。

 

「目撃してすぐに思索に耽る、お客人。たとえ第一発見者の君と比べてみても、事は明白だ。ラムが君にレムを触れる許可をしたところも含めて、ね」

 

「──っ」

 

 昨日の今日の夜で、ライトはレムの手を握り、ラムとともに必死にこの世に繋ぎとめていた。当初は無理だったとしても、レムの弁解あってのものだったが、それに比べスバルがレムに触れようとしたとき、ラムは反射神経のように腕で払いのける行動。

 大きすぎるリアクションの差はまさしく不敵の笑みを浮かべるロズワールの言うとおりだ。

 思えば、ラムが疲れ寝ているときにライトはレムの前髪を指先でよけていた。

 たとえラムが眠っていたとしても、レムを触ろうとすれば間もなく叩き伏せられるだろうに。

 だが、

 

「それでもっ、昴は関係ないんだ──!!」

 

 四面楚歌のこの状況でも、ライトは己の意思を曲げなかった。

 スバルの弁護。それくらいしかできない。でもできなかった。

 事態の重きはそこじゃなかったのだ。今、ここで自分の考えを話したところで自体はなにも変わらない。レムは、帰ってこないのだ。でもそれは鬼気とした眼光を迸るラムにだって言える。ここで争っても、気分は晴れないし、救いもない。エゴで動いても、その後に来るのは虚無感しかない。

 叫びにも似た声が部屋を反響させ呼吸を荒くするライトの息遣いが鳴る失望と落胆、灯火が差し込むように、

 

「ごめんね、ラム……私は、それでも、スバルを信じてみる」

 

 歯噛みして拳を震わせるライトに並び、敵意の視線をスバルから庇うようにエミリアが立つ。

 ネックレスから出たユニコーンがエミリアに倣うようにラムを牽制した。エミリアは掌を向けることで牽制しながらスバルに横顔を見せる。

 

「スバル、お願い。あなたがラムを、レムを救ってあげられるなら……お願い」

 

 エミリアとライトの弁護に、動揺の声を漏らすスバル。

 二人の必死の庇い立てがスバルにどういったものを呼び込んだかはわからなかった。揺蕩う瞳に一体どんな気持ちが宿っているのか。

 でも決めたのだ。一緒に頑張ると。

 その期待は、 

 

「ごめん──」

 

 たったの一言で、破壊された。

 エミリアの瞳に駭然一閃が走る。失意も悲嘆も、何より裏切られたことによる落胆だった。

 目を背けこの場から逃げるように背中をエミリアにスバルは向けてしまった。

 

 ──なら、どこまでもついていってやる。

 

「あのバカ……ちっ、昴! 行けえぇ──ッ!!」

 

「「「──ッ!!」」」

 

 息を呑みスバルが走り出すのと同時に、ライトを合図としたラムが情けない男の背中を切り裂こうと迎撃した。

 

「スバル──!」

 

 銀鈴の呼び止める声はスバルの背中を捉えることなく、魔力の衝突にかき消えてしまう。

 大気に働きかえたマナが嵐となって衝突する寸前、ユニコーンが受け持った。

 屋敷の主と禁書庫の守り人の魔法が炸裂し、室内を席巻する轟音と噴煙が巻き上がり全てをわからなくする中、

 

「絶対に殺してやる──ッッッ!!!!」

 

 陰鬱は怒気に焼き破られ、怨恨たるラムの絶叫が弾け飛んだ。

 後を追う復讐の叫びからスバルは耳を塞ぎ、頭を振り、かなぐり捨てて走り逃げる。

 衝突する復讐の叫びからライトは目を見開き、身を固めて、全身で受けた。

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
次回──ユニコーン、頑張ります。
ついに、“あれ”を撃つときが……。
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