Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第二十八話 空を裂く叫び 【後編】

 

 

 怨嗟がつき破り顔を出す叫び。その直後、逃亡を許さないラムが、命からがら背を向けて呼びかけからも背くスバルへ勢いをあげた。

 その前方、噴煙からドアの前から引かないライトが立ち塞がる。

 

「──っ! どうして……退きなさいトライ! レムの仇が! 絶対に殺さないとレムがッ!!」

 

「そんなことしても、なにも変わらないじゃないか! レムを殺したのは昴じゃないって、ラムだって本当は──」

 

「トライがあの男の肩を持つのなら、ここで切り刻まれなさい!!」

 

 立ち塞がるライトにラムが突き動かす感情のままに払った手を突き出して旋風を巻き起こす。

 風の刃はライトへ唸り声をあげ切り進んでくるが、白が間に済んでのところで入り込むことで吹きやんだ。

 マナが大気に働きかけて生んだ風は、白の盾のフィールドに阻まれたことで元の姿へと巻き戻る。粒子が霧散すれば空間に取り残されるものもあればユニコーンの糧となり、ライトとユニコーン以外の皆が現象に目を見開いた。

 ラムとロズワールの意識に空白が生まれた隙に、ライトは喉に働きかける。

 

「ベアトリスっ!! 昴を、あのバカを頼む──ッ!!」

 

「お前に言われなくともやってやるのよ」

 

 ベアトリスが、怒り狂うラムを受けてたった。

 半ば外に出かけているようなものだが、ベアトリスの戦闘技術もとい魔術はなかなかという文字で片付けられるようなものではなかった。

 風の刃は少女の掌から生じた膜に包み消される。

 ラムを相手に戦うのはライトには心情的に難しいもの。

 だから、ライトは彼を相手取ることにしたのだ。

 

「まーぁさか、君が私を相手にしようとするなんてねーぇ」 

 

 戦慄とした空気が静寂とした部屋を塗り替える中、白い化粧に不敵の笑みを刻むロズワール。

 

「ライト……」

 

「エミリア……君はここを離れて」

 

「そんなことしたら、ライトも……スバルも傷ついちゃう。私のせいで……」 

 

 痛ましげな目つきで離れゆくライトの手を、袖を握ろうとするエミリア。

 この勝負は、純粋な戦いで決まるのなら明らかにロズワールの方に武がありすぎる。それがエミリアには目に見えているのだろう。

 それでもライトは彼女の生活に争いを引き起こしてはいないにしろ、招いてしまったことを自分は無関係だなんて声を大にして言えない。

 

「パック」

 

「君に言われなくてもわかってるよライト。でも、目の前にいる彼はボクが丸々一昼夜、本気でぶつかり合ってもピンピンしてたくらいなんだ」

 

 パックとロズワールの激戦。想像しただけでも頂上的な戦いを繰り広げていただろうことが容易に目に浮かぶ。

 パックの思案げな顔にロズワールが顎先を指で撫でると懐かしむように目をなだらかに瞬いた。

 

「あーぁ、あれは確かに刺激的でしたねぇ。あれほどの合戦は人生で初めてのことだったかもしれません」

 

「下手をすれば、君は死んでしまう。あの子の言葉も無碍にしてしまう行為なんだ。それでも君は……」

 

「──やるよ」「……(こくっ)」

 

 パックにとって、これは最後の警告でもあった。だが、確固たる意思のもとで頷くライトとユニコーンを見て、パックも見通しがついていたのか短い吐息を落とす。

 

「リア。リアが止めても、きっとあの二人は止まらない」

 

「そんな……」

 

「もういいのかな?」

 

 悲壮に揺れる鈴音に落ち着きの払った声が被さる。

 圧。体を取り巻く灰色の煙をロズワールから溢れ出るマナが空気を乱して押し除けられる。

 冗談めいたロズワールの口調はそこにはない。静寂たる殺伐とした存在がライトとユニコーンを捉えていた。

 

「ならば見せてもらうとしよう。ライトくんが、あいつから渡されるに足るユニコーンのその人かーぁをね。──ゴーア」

 

 手始めにと唱え、口元を不気味な三日月のように歪めるロズワールが手のひらをライトへ向ければ、煌々と輝く火球が音を立てて現出。

 近づくだけでその熱量に溶かされるであろう顔ひとつ分の大きさの赤が、対象を燃やし尽くさんと真っ直ぐに突撃する。

 

「ユニコーン!」「──ッ(フンスっ)」

 

 声を上げるライトにユニコーンがためらうことなく前に出張り、炎炎に受けて立つ。

 白い盾が上下に分かれ、中央にグレーの円盤が出現。クリーンヒットすれば、火の玉は彼らを避けるように三つの赤い線で分解され霧散。

 マナが空中に帰り、一部がユニコーンへと吸い込まれていく。

 

「結界……Iフィールドか。あいつはまた、こんな出鱈目なものを……。──っ!」

 

 片眉をあげて不快感を隠せないロズワールの喉が詰まった。

 対話はいらない。今までゆるふわの印象だったユニコーンはそこにはいなかった。いるのは、障害を駆逐せんと神速する一角獣。

 弾丸のように大気を突き破って進むユニコーンが急降下。床スレスレでロズワールの足元に飛翔し、盾が備わった左腕に二丁のガトリング。小さい背中に紺色の弾倉が剥き出しとなるマグナムを一瞬のうちに装備した。

 

「──ッ! (ヒュン──ッ)」

 

 直後、床に飛び込んだユニコーンが急激に上昇。無防備に曝け出されたロズワールの顎めがけてユニコーンが上へ上へと押し上げる加速に従うまま盾を突き出し、

 

「──ふっ」

 

 狙いの丸見えなユニコーンの一撃は僅かにロズワールが顔を逸らすことで回避される。

 

「──ッ(サッ!)」

 

 間髪入れず、勢いのまま上昇するユニコーンが左腕を下方に払う。小さくとも重厚さの衰えない火器をロズワール目掛け──緑の光が乱射され部屋を照らした。

 回転する銃口が数多の灼熱の閃光を吐き出し、狙い澄ました標的を撃ち抜く。直近する緑閃光はロズワールに降り注ぎ、あたりに灰色の煙が蔓延した。

 致命傷には至らないにしろ、レムの身体中を痛めつけてしまうほどの威力。道化の服はみるも無惨なものになって色白の肌が赤くただれている──はずだった。

 

「ヒューマ」

 

「──ッ(グッ)」

 

 感情も造作ものない短い詠唱が煙の中から響いた途端、灰色の雲を巻き込き込みながら冷気の塊がユニコーンに吸い込まれるように射出。

 寸前、ユニコーンが氷柱の間に盾を入り込ませる。盾から展開される緑閃光が半ドーム状に広がり、氷塊が砕け散りマナへと逆転。

 続く氷白がフィールドを穿ち飛び込むも、緑の層で溶け大気に混ざった。

 

「ユニコーン!」

 

「ここじゃぁ場所が悪い。──ゆえに」

 

 ライトの叫びが届き、動きが始まる寸前、煙から割って出る『無傷』のロズワール。薄手の白い手袋に包まれた右手がユニコーンを鷲掴んで、

 

「──外へ案内してあげるとしよう」

 

 呟き、窓へ投げ飛ばした。

 

「な!? ッうあ──ッッ!!」

 

 ふいに首を支点にして何かが振り回せば視界が急変し、放置される思考のままライトの口から内臓の叫び声が上がる。

 衝撃は伝達して、骨の軋みが立て肺に異物感が込み上げた。痛覚が脳に刺激を与え、その感覚が横っ腹に捩じ込まれたロズワールの膝蹴りだというのが遅延した世界の中理解する。

 くの字に折れ曲がったライトの身体は部屋の端へと飛んでいき、透明な境界線を超えて外へと投げ出された。

 服の上から鋭い何かが刺さる。腹部の衝撃には遠く及ばないものの、内と外を隔てる破片がライトの片方の視界を真っ赤に染めた。

 風を切る音が破音に続いて鼓膜を当て流して、自身が空中に打ち出されていることを自覚する。

 

 ──熱い……体の言うことが聞かない、気持ち悪い……。

 

 ぐるぐると目まぐるしく変化する情景が薄れゆくライトの視界に滲む。

 地面に落ちたらきっと死んでしまうのだろう。端正に整えられた芝生に肉が潰れて、刻々と苦しみが刻まれる中死んでいく。

 だがそれは、風に弄ばれるライトの眼前に緑の光が飛来する白い塊がよしとしない。

 

「ユニ、コーン……?」

 

「……! (プルプルプルプルっ)」

 

 首を吊られる感覚にライトが片目を開けて地面へと落ちる時間を伸ばすユニコーンに呟く。

 小さい手に力を込めてスラスターの勢いを増すユニコーン。

 勢いに衰えを見せる芝生の移動が、着々と近づいていけばつま先が草に触れてザリザリと散らした。次第に草に触れる足が地面を擦って抉る。

 

「う、ぁぁ──ぅっ」

 

 頑張るユニコーンに限界が来て、小さな手が外れライトはゴロゴロと地面を転がり無様な着地を披露。

 体を無理やりに起こし、腹の激痛が上へと昇ってきてライトは嫌悪感に口に手を当てた。

 陸地で溺れるような感覚を肺が縮み込んで這いあがろうとライトに咳を吐かせる。

 

「ゲッホ──! ぅ……!?」

 

 痛みと共に吐き出されたそれは赤かった。

 血だ。鮮血が手のひらに生暖かくべっとりと粘り気を持ってこびり付き、鉄の味が口に広がる。

 恐る恐る右の腹を触れば電撃が走ったように体をのたうち回り、手が弾かれた。

 肋が軋轢音を放って肺を傷つけ、呼吸を惑わす。

 

「ゲッホ……カヒュっ、おっへぇ」

 

「──さーぁて」

 

 脂汗が垂れたまま四つん這いで顔を上げたライトの真上──上空から声が降る。

 布をはためかせて見下ろすロズワールが草を靡かせて降臨した。地べたに這いつくばるライトを入れる瞳に悦を満たしながら。

 圧迫、威圧、それに似た何か。探せばキリがないほどのそれを向けられ頭の中に死のイメージが色濃く刻まれる。

 

「続きを始めようじゃなーぁいか」

 

「話を聞いてくださいよ。ロズワールさ──」

 

「エルゴーア」

 

 膝を立てて口元を袖で拭うライトを待たずして、軽く詠唱したロズワールが炎弾を召喚して撃ち放つ。

 一つ一つに威力はないのだろう。だが宮廷魔導士が繰り出す魔法だ。直撃は絶対に避けたい、のに肺が締め付けられてうまく呼吸のできないライトには不可能に近い。

 退路を塞ぐように襲いかかるものは俄然としたスピードを保ったまま二メートルまでに差し掛かっていた。

 

「ガトリングで撹拌させろ……!」

 

「──! (ガチャ)」

 

 掠れ声のライトの合図で、ユニコーンが前に躍り出ると右手にも一丁装備。

 重厚な銃身が唸りを上げ圧倒的な弾幕を張れば、火球は緑の閃光と混ざり合って誘爆。爆炎がそこかしこに散らばる中、煙の中のつぶやき声が風の刃となって向かう。

 不可視の刃が大気をうねるようにライトへと伸ばすが、左腕を構えたユニコーンが受け止め空へと帰す。

 

「ユニコーンは本当に君の思うままに動くようだーぁね。ますます君を甚振りたくなってきた」

 

「……どうして」

 

「どうして? なーぁんて、君が彼から与えられたそれは、本来は私が担うはずだったんだーぁよ」

 

「ユニコーンが……ロズワールの?」

 

 ロズワールの言っている意味がわからず、頭を横殴りにされた感覚が襲いかかってくる。

 しかしだ。なぜ目の前の男は瞳に黒い感情を滲ませて、歪んだ言葉を口するのだ。

 

「まーぁくだらなく言えば片想いで、結局は振られちゃったんだーぁけどね。しかし、それがどこの馬の骨とも知らない子供に渡すなんて、あいつの正気が伺えない」

 

 訳がわからない。しかしこの状況で先決なのは、なんとかして体を立たせること。それだけだ。

 両手を上げて首を左右に振るロズワールに注意を払って、ライトは草に手を押さえて上体を起こそうとしたが激痛が動きを苛む。

 苦痛に顔を歪め、なかなか動けないライトだった。

 ──彼の一言を聞く前までは。

 

「まーぁ今やこんなことになってしまった。もう後戻りできない今、君の契約するユニコーンを──鍵を奪えば全てはどうとでもなる」

 

「──!? ユニコーンは渡さない──ッ!」「──ッ! (チャキッ)」

 

「ウルゴーア──ッ!」

 

 口撃に痛みを忘れ、跳ね飛ぶように勢いよく体を起こしたライトがロズワールに手を振り翳す。

 ライトの動きに連動するように右手を空にしたユニコーンはマグナムを手にして照準定め、トリガーを引いた。

 銃口にスパークを伴う光を帯び、次の瞬間、轟音と共に空間が裂ける。もはや太陽と見紛うそれに激突した青紫の一閃は尾を残したまま競り合う。

 ──が、歪む。均衡を守れなくなった火球が爆裂した。

 爆炎に巻き込まれ焦げる草の上、十を超える氷柱がロズワールの周りに点在していた。

 

「私の道を遮るのはいつも彼だった。──まったく、運命とは忌々しいものだ」

 

「──ッ(ジュンッ)」

 

 気だるげに呟くと射出される氷柱に、武装を戻したユニコーンが左腕から白い棒を宙に投げ出し右手に受け取る。盾を前に、右腕を振り赤い線が抜かれた。

 万物を焼き切るであろう剣は突撃する氷柱を両断し道を作る。

 進路を作ったユニコーンがマントをはためかすロズワールへと肉迫する。

 

「ほーぉう」

 

「──ッ(グググッ)」

 

 刃が振り下ろされる中、ロズワールが掌を差し向けると切り落とされるどころか拮抗。手刀には烈風が纏われているため、指が切り落とされることはない。

 打ち合わされ、両者のマナが乱気流を起こす。

 しかし、ユニコーンに速さはあっても小さい体躯が原因で正面からの攻撃は愚策だ。故に力を受け流し、ユニコーンは通り過ぎる形でロズワールの繰り出される斬撃を凌ぐ。

 地を滑るようにユニコーンの素早い動きから放たれる多彩な剣術を回避するロズワールは華麗だ。ユニコーンの身長を半分は越すだろう光剣から身を引き、または力の方向に軽く受け流す。

 近接戦に持ち込むのはユニコーンのマグナムを恐れてのことなのだろう。先ほどの撃ち合い以降、魔法合戦は始まっていない。というよりは、何か確認しているようにも見える。

 

「なかなかやるねーぇ。君にとって戦いは、おそらくこれが初めてだろーぉうに。少し本気を出してみようかーぁな」

 

「──ッ(ビュンッ)」

 

 斬り合いを手に受けたロズワールがユニコーンを払いのけて一気に間合いを開けさせ、指揮者のように腕を振るえば炎弾が複数生まれ発射。

 ユニコーンが体の上下を回転させ、至る所から姿勢制御の炎が上がると、捨て身と言わんばかりに突撃する。

 盾を前に構え、角度を付けて突き進む。しかし、フィールドは展開されず、火球は明後日の方向へと飛んだ。白い盾に焦げ跡が残るもなおユニコーンは突き進んで剣を構える。

 あのフィールドには条件がついているのだろう。おそらくはクリーンヒット。盾の中心に入れば接近に従って対象の魔法を拡散・吸収するという寸法か。

 

「飛ばないのか……?」

 

 腹を抑えて食いしばるライトはロズワールの行動に疑問を浮かべざるを得なかった。

 降り立つロズワールはどう見ても飛行魔法を使えるようだったのに、今は使用を避けている。だとすると機動力に問題でもあるのだろうか。だが、その懸念は目を横に動かすことで視認できたユニコーンによって解消される。

 ユニコーンが速いのだ。正中線を軸にして回転するユニコーンだが回避行動に迷いがなく、間を縫うようにその出力を上昇させている。

 小さい体躯を駆使した動きとその素早さはロズワールのような体躯であれば大きな的。だから、彼は空中戦闘を避けるのだろう。

 再び両者が間近に相見えて、すれ違いざまに白が切り込むが片目を閉じ余裕を醸し出すロズワールが片手で受け流す──、

 

「チッ」

 

 舌打ちを禁じ得ないロズワールが地面から足を離す。

 その下に唸り声を上げながら邁進する蒼白い閃光が過ぎ去ったものの、ロズワールの目元が歪んだ。

 ふくらはぎにかけて抉るような裂傷が生まれ、膝下の高さの片方のブーツをズタズタに。被害はそれだけでは収まらず、ロズワールの背後に広がる庭園の向こうまで続く。

 広い敷地を跨ぐ光弾。森の方へ飛んでいったそれは一本の木を倒すにとどまらず数本を溶かし倒した。

 

「掠めただけでこの威力……それに、射程までここまでとは思わなかった。蒼い雷にも当たればこうなってしまうなーぁんて不測、彼の魔術論が末恐ろしいと感じてしまうよ」

 

 屋敷の屋根を超えた上空で惨事を見下ろすロズワールが眉間に皺を寄せて喉を震わせた。

 

「──ッ(スチャッ)」

 

 渾身の一撃を放ったユニコーンは左腕を掲げ、緑の弾幕が呑み込もうとした。刹那、空気を咲くような連射音が轟く。

 

「同じ手を打つなど、まるで愚か者の踊りだね」

 

 連続して吐き出されるたびにエネルギーの塊が叫び、その速度を上げるそれをニヒルな笑みを確かに口角に刻むロズワールが一蹴。重力と推進力を伴いながら弾幕の周りを沿って、回避、回避。回避の連続。

 

「──ッ(ガチャッ)」

 

 無駄だと判断したユニコーンが左腕を上げたまま上昇して、右手にもつマグナムを構え、銃口に光を灯す。

 が、

 

「魔法に時間差がつくのは致命的だ。それゆえ君がどこを狙っているのか、私には手に取るようにわかる」

 

「──ッ(グッ)」

 

 緑の弾丸からギリギリを攻めて回避していたロズワールが大きく身を翻す。その横、爆音を伴う閃光が彼方へと放物線を描き通り過ぎた。

 再び構え、ユニコーンが小さい人差し指を引こうとして、

 ──カチャンと乾いた音が響いた。

 トリガーの音の代わりにカートリッジの装填音が響きロズワールの口角が不気味に釣り上がる。

 

「避けてくれユニ──」

 

「ウルゴーア!」

 

 ライトの指示が届くよりもロズワールの詠唱が断然速い。

 ロズワールの手のひらから爆音を伴う炎が押し寄せ、すでに回避は不能。盾を構え、ユニコーンが辛うじて業火を受け止めた。

 盾が上下に広がってフィールドが展開される。裂けて避けて、炎が宙を螺旋する中ユニコーンが堪える。そして淡く発光する緑の膜が火力に蝕まれ──破れた。

 

「──っ(グググッ)」

 

 残る盾で防御するユニコーン。

 間髪入れずにロズワールがもう片方の手を添えてダメ押しに送り込んで放射する炎に勢いを増させる。

 その炎から裂くように耐えていたユニコーンにも限度がある。そして、ついに均衡は崩れて白いボディーを焦がされながら地面に叩き落とされた。

 

「ユニコーン! ──つぅっ」

 

「……っ、……(ガ ガガ……っ)」

 

 土埃が舞う中なおも立ちあがろうとするユニコーンに走ろうとして、脳に鈍痛が叩き込まれ転んだ。着地のときにしくじったらしく、足首が悲鳴を上げている。

 そこに、

 

「エルドーナ」

 

「──ッ!? (チカチカ)」

 

 神妙な口調で呟いた詠唱が地中のマナへと働きかけ、ロズワールがユニコーンの倒れる土を隆起、叩き込んだ。

 点滅するユニコーン横に伸びるバイザー。小さい体は宙に浮かされ、揺蕩う。

 

「ユニコーン、頼む! 今頼れるのは、もうお前しかいないんだ!」

 

 身勝手な主人だ。何もできない自身の滑稽さにライトは自身を嘲笑する。

 しかし今、この場で心強くて頼りになる味方はユニコーンしかいない。

 宙を漂うユニコーン。上向きの力が減衰し落下をする一歩手前、離れかけたマグナムが握り込まれ、

 

「…………──ッ! (キュイーンッ)」

 

 瞬間、ライトの叫びに応えるようにバイザーが発光。スラスターが息を吹き返し、ユニコーンは大空に飛び出す。

 間髪入れず、傷ついた体に鞭を打つユニコーンは勢いを衰えさせることなくロズワールへと急速に接近。

 

「──ッ!! (ゴォォォッ)」

 

「無茶をする。潔く落ちていればいいものを。エルヒューマ、ゴーア、エルフーラ!」

 

 属性が入り乱れる。ユニコーンに大量の弾幕をロズワールが撃った。

 急制動、急加速。スラスターの青い輝きが直角に大気の上に描くユニコーンが弾幕を紙一重ですり抜けていく。だが色の狂宴が大空で広がる中で、ユニコーンの退路は次々と塞がれていく。

 貫こうと真っ直ぐ向かう氷柱を回避し、風を纏って空力を操り追尾する炎弾。退路を塞ぐためユニコーンの前方に飛来する刃。

 ありとあらゆる軌道を描く魔法が無尽蔵に、執拗にユニコーンを追い立てる。

 

「ユニコーン……」

 

「ユニコーンに任せきりでライトくんは何もしないんだねーぇ。いつまで私に君の評価を下げさせて、失望させるんだい? まーぁ、今君にちょっかいかけてもいいんだけど」

 

 次々と魔法を放つロズワールが、片目をつぶって腹に手を当てるライトに炎弾を繰り出す。

 対抗する策など持ち合わせていない丸腰のライトには左右に避けるしかない。足首は血が巡るたびにズキズキ太鼓を鳴らしたまま。

 逃げることなんて、避けることなんてできるはずがない。

 

「──ほーぉら、結局こうなる」

 

「え……?」

 

 目を開けて、呼吸するたびに肋が歪な音を奏でて体を傷つける中、ロズワールの呆れの混じった声がライトの顔を上げさせ、目撃させた。自身に向かう魔法が次々と緑光の雨に乱れ打ちされ、爆発する瞬間を。

 手一杯のはずなのにそれでもユニコーンは自分を守ってくれている。のに、ライトは唇を噛む思いだった。身を粉にして守ってくれるユニコーンに頼って頼って頼り切って、挙げ句の果てに自分は何もできない。

 何もできない己の弱さが体を焼くように痛ませる傷とは別に、心を殴り伏せられて血の気が引いた。あれだけ高鳴っていた心臓の鼓動すらも、今では遠くに感じられる。

 

「わかってますよ! おれが、足引っ張ってることくらい──っ。結局何も知らなくて、迷惑ばかりかけて……ユニコーンにも──レムや、みんなにも」

 

 上空、ガトリングを駆使して誘爆させ、体に鞭を打つユニコーンが懸命に魔法共から逃亡を図る。

 煙たい空気を吸って、ただ地面を突っ立ってることしかできないことにライトは自身を呪うことしかできなかった。

 

「あんなに頑張ってくれるユニコーンにすら、おれは何もしてやれない──っ」

 

「……ますますわからない。彼の言う条件さえ満たしてもいない君が、どうしてユニコーンの……ほーぉう」

 

 小言を呟くロズワールが目を細めて、空中で火球も見えざる刃も氷柱もギリギリで躱して撃ち落とすユニコーンに感嘆した。

 追われる方は追われる方で体力を削られ、圧迫感は精神をも削る。ユニコーンが限界に近いのだ。

 これでは埒があかないと判断したユニコーンが右手に握った火器を地上にいる道化に向け、

 

「──ッ!」

 

 青い稲妻を走らせる。

 火球が光に飲み込まれ花火が上がり、取り巻きの稲妻は氷柱を切り裂いて宝石を降らせ、ロズワールに直行。

 だが当たらない。二度も三度も同じ手は喰らわないし、溜めに時間のかかる魔撃。見え見えの手に当たるなど王宮一の魔術師の肩書を汚れてしまう。

 もうすでにマグナムの火線は読まれている。幅も距離も、発動時間も、ユニコーンの魔法も同様。

 放たれる閃光。大気を削り進む稲妻が横にそれるロズワールをまるで避けるように外れる。

 圧倒的強者。全くと言っていい程に底が見えない。厄介となるIフィールドですらすでに弱点を見出した。簡単なことだ。ようは盾の死角から、

 

「──!? (バゴンッ)」

 

 当てるだけだ。

 正面から傾れ込む魔法をガトリングで。撃ち漏らした魔法を盾で受けるユニコーンの背後から炎弾が爆裂。

 

「──ッ!! ──ッ!!!」

 

 被弾し、崩れた姿勢を持ちうる素早さで元に戻すユニコーンがトリガーを引き、炸裂。間が置かれた轟音が大気を揺るがして焼き焦がし、まっすぐと伸びる光はロズワールの放つ数多の魔法を巻き込んだ。

 大火力による魔力の消費は多大だ。疲れがユニコーンの小さい肩にその弊害がのしかかるのも無理はない。

 見え見えの疲労をロズワールがみすみす見逃すわけもまたなかった。

 

「──フッ」

 

「やめろ……!!」

 

 雨のように降りかかる魔法攻撃の対処に急くユニコーンへ笑みをこぼすロズワール。

 風、氷柱、炎弾を撃ち続けるまま、ゆっくりと開いた右手をユニコーンへ合わせ、

 

「──アルゴーア」

 

 紫の唇がゆっくりと爽やかに揺れ、太陽が顕現した。

 溢れ出る力の奔流が具現した凝縮体は空で燦々と輝くそれを小規模でありながら誇示している。触れてもいない草が軽く炙られた。

 投じられる火──日。熱源が大きくもありながら豪速で、ユニコーンを飲み込まんとする。

 

「──!? (シュバッ)」

 

 追われるユニコーンに残されたのは無謀にも太陽に受けて立つしかない。

 盾を構え、衝突する寸前に魔法を拒む結界がユニコーンの眼前で全開に張られる。

 拮抗。しかし均衡は瞬く間に崩れ、緑光の膜は侵されていく。

 そんな中、背後から押し寄せ執拗にユニコーンの背中を傷つけ体力を奪う。逃げ場なしの詰み。

 刹那、太陽に込められた奔流が決壊したように形状が崩壊し、

 

「────ッ!」

 

 音が死んだ。

 地鳴りのような振動が肌を打ち、眩い閃光が瞳を焼く。大地を破る衝撃は草を、木々をのけぞらせて炎と煙が天へと吹き上がった。

 

「あ、ぁぁ……」

 

 裂けるくらい見開く目をするライトが声を漏らす。

 宙に止まる煙から小さく破れ出たのは純白の姿が見る影もないユニコーン。噴煙を纏って地面に引き寄せられて──落ちた。

 

「経験の差、ってーぇやつだね。でもまぁ、なかなかにいい戦いができたし──」

 

 倒れ伏すユニコーンの角を摘んで、ロズワールがライトへと投げ飛ばす。

 ぽすんとライトのそばにユニコーンが転がった。その白いボディはヘコみ汚れ、バイザーの光は最後の足掻きのように淡く灯っている。

 

「ユニコーン……ごめん。──あとはおれに、任せてくれ」

 

「…………(スゥー)」

 

 労るように、優しく撫でるようにかけられたライトの言葉に応えるようにユニコーンが淡い光を発して、形を失う。砂埃がライトの手の中に残存して、光がネックレスの中に吸い込まれた。

 ユニコーンがあんなに頑張ってくれたのに、何もできないライトは自身がひどく憎たらしくて、使いようのわからない可能性が痛みを発する。

 その痛みから逃げるようにライトは立つ。立つしかなかった。

 

「驚いた、とでも言っておこう。あいつが選んだだけはあって、頼みの綱であるユニコーンが倒れてもなお立ち向かう勇気はあるみたい。でーぇも──っ!」

 

「うっ──な」

 

 急接近して拳を振りかざすロズワールにライトは痙攣する瞼をそのままに腕を顔の前にする。──衝撃はなかった。

 

「来な──うっ!?」

 

 足に衝撃が伝わってライトの体勢が大きく崩れ、背中が地面を打ちつけられた。血の含んだ肺の空気が口から出て咳き込む。

 痛みが情報を探そうとライトの目を開けさせると、後ろに足を引くロズワールがいて、

 

「──っ!? がはぁ──っ!」

 

 横合いから強く蹴られ、腹が呻き声を発する。

 肺の空気が足りず、出るはずだった叫びが声にならず顔だけが痛みに歪められるライト。

 痩せ型の男とは思えないその力に抵抗をしても防御は剥がされ、ありとあらゆる暴力をライトにロズワールは嬲る。

 蹴られて殴られて蹴られて掴まれて殴られて飛ばされて転がされて殴られて。

 痛みに目から涙が絞り出されて赤く染まる片方の目がひりつく。それと同時に胸の奥が金切り音を出して歪みを生んでいく。

 自身喪失に自信喪失が積み重なって、ライトの目にはくすんだ紫が重くのしかかった。

 

 もう何も、本当に何も、あのときの、最初のときみたいにみんなと仕事をして、生活していればどうにかなったのではないのだろうか。繰り返される中、隙間にスバルと作戦を立てて、こんな悲しいことなんてなかったことに──

 

 ──できるわけがない。

 

 本当にただ目を背けて、逃げて忘れて、その繰り返し。そんなことができるわけない。

 

 人形のように地に伏して倒れ込むライトに微かな芽吹きが訪れる。肺が空気を欲して、胸が膨れて骨が歪な音を立てて目の前が白黒する中でもその疼きが確かに大きく燻り始めた。

 目の色に力が戻っていくライトにロズワールが手を伸ばして、

 

「がっ……ぅ」

 

 ゆっくりと自身の首に手が握り込まれ、ライトの体が易々と持ち上げられる。

 

「ユニコーンと結んだ契約を切る気になったかい?」

 

「そんな、こと……するわけ、ない!」

 

「期待した答えであって嬉しいし、残念だよライトくん。そーぉれ──ッ」

 

 両手で岩のように硬いロズワールの手に抗ったライト。その首から満足そうに不気味な笑みを深めるロズワールが振りかぶって投げ飛ばした。

 六メートル近く投げ飛ばされて再び地面へ。ライトの着ていた衣服は潰れた草の水と血で汚れている。

 痛む体に鞭を打って、体を起こして四つん這い。関節がギシギシと歪な音を立てながら膝に力を込める。

 今、ここで倒れたらスバルが助けられない。

 

「これだけ痛めつけられても、まーぁだ渡すつもりはないのかーぁね。君にはユニコーンの力も、箱の正体さえも掴めない。それどころか君には自分という存在さえも曖昧なんじゃーぁないかね? そんな君に、目指すものもない君に心から詫びたレムの心が晴れないだろーぉね」

 

『ご……めんなさ……ぃ』

 

「──!」

 

 肩をすくめて首をゆるりと左右に振るロズワールの言葉に正気が伺えなかった。どこか他人のような、もはやこの状況に用がないようなそんな印象さえ感じて、ライトの頭が無になる。

 頭に隙間が生じた。その時、聞き覚えのない言葉が鼓膜を揺るがす錯覚に陥った。

 

『だから、為すべきを為して──』

 

「──違う」

 

「違わないだろう。平時の君の目はどこか虚だったと、朝食をとっているときに丸わかりだったよ。自分という居場所が見つけることができなかったんじゃ──」

 

「それ、でも」

 

 血の混じった唾を袖で拭うライトが足を一歩、大地へと踏み下ろして──立った。

 

「そうだ。今までおれは、ここに来て朧げでそのときを過ごせていない感じに悩んでた。昴が、エミリアを助けようとしてたあの感じにどこか焦燥感を感じて嫉妬してた。居場所がなくて、マイナスで……でも」

 

 胸に手を向けて、心の臓の位置をシワが付くくらい握りしめたライトは大きく息を吸う。パキパキと鳴る肋骨、警笛として痛みを脳に突き刺すのを無視して──吐いた。

 

「おれは、──俺は」

 

 ネックレスを握りしめて、俯いていたライト。その目にネックレスに刻まれた小さな文字が映り込んだ。

 何気ない文字。日本で見たときはラクガキにしか見えなかったそれが今は鮮明に読める。

 その言葉は嫌に心に浸透して、不安になった道を大丈夫だと認識させるものだった。

 

「みんなを守りたい。──レムを、助けなくちゃ、いけない」

 

 半端な心意気。しかし、ライトの決意を示すように様相が明らかに変わっていた。髪はただの黒から純白へと染まり出して、涙の溜まった目は水面に鏡映しとなった真夏の森を内包したものへと変わった。

 

「だから歩いていくんだ。絶対に──後悔しないために──ッ!」

 

 チグハグな感覚がライトの身を襲う。別の誰か、されど今まで近くにいた何かが体に入り込んだような感覚だ。

 その変化を目の当たりにしたロズワールは鼻で嘆息。不敵の笑みを浮かべると彼が手を周りに振り翳して魔法を展開する。

 

「今までの言葉、訂正しよう。君は危険すぎるが、私の有力な手札にふさわしいものだ。やっぱり──君は『器』足りうるか」

 

「俺はあんたの、思い通りにはならない」

 

「そうか。では、次は失敗しないようにね。スバルくん。ライトくん」

 

 どういった意味を持つのか、ロズワールの真意が読めなかった。

 ただそこには懐旧と決意が滲み出ていたようにさえ思った。

 突貫しようと前傾に鳴るライトにロズワールが手を振り翳し、放つ。

 

「絶対に──」

 

 足が地面を離れる。宙を踏み貫き地を蹴る。何も触れない。今は届けない、届かない。

 速い。大気が体を当たり散らし、顔を傾けると風の刃が過ぎて頬を切る。

 頭が冴える。耳が晴れ渡る。心臓が地を張り巡らせて、感覚を行き渡った。胸の高鳴りが鼓膜を演奏しているのが聞こえないのに聞こえてくる。

 

「助けるんだ──ッ!!」

 

 左腕の外に右手を伸ばし、右へ振り抜くライトの手から光が伸びた。

 無我夢中に振り抜いたそれで突風を切り飛ばし、ライトの足がさらに前に迫り出す。気絶でもなんでもいいから、ロズワールをここから突き放して今すぐにでもなんとかするために。

 一つ、炎弾を切り飛ばし視界の両端で爆破。煙を突き破って、

 

「──ぁっ」

 

 足が滑った。いや、足が滑ったのではない。

 ──引っ張られる。

 意識がこの色彩に引き込まれて、闇に付随して座標とともについていこうとする。

 これは、スバルが死んでいったのか。死因はわからない。だがこれはスバルが死に、そして置いてかれるライトを絶対について来させようとするのだ。

 結局助けることができなかったことがライトに重責となって押しつぶすも抵抗はしない。その闇の先に光があるのなら、過去を飲み込んで先にある可能性を信じる。

 

 ──この左手から落ちた命を、もう一度繋ぎ止めるために。

 

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