Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第二十九話 第四の朝、始まりの誓い

 

 

『────』

 

 夕日に見紛うほどの燃え盛る情景が繰り広げられていた。あの情景が男の生き方を決めたのだ。

 一つ呼吸するたびに煙たさが充満して、目の前に鮮烈な赤が映り込む。

 だが、立ち上る橙のカーテンが塞いでいき、後ろへと強制的に放され──何も映らなくなった。

 

 

 

 

 重なる光の中、全てを飲み込む闇へと呑み込まれた小鳥遊来翔の意識の覚醒は一瞬だった。 

 

「────っ…………」

 

 時間が止まり、意識が彼方へと引き込まれたその時間は瞬きに等しい。

 高まった全身の血の巡りは空気が抜けたように落ち着いていて、痛めつけられた体は見る影もない。勇気を労うようにやわらかな寝台がライトの身を包むのだ。

 心機一転の空気を感じる。陰鬱とした重たい空気はこの部屋にはない。

 

「すぅー……」

 

 相変わらず、体は燃料切れで頭の指示を全く聞いてもくれやしない。目や口は動くのに、首から下がストライキを起こしているみたいだった。

 

「──戻って、来たのか」

 

 ため息まじりに、ライトは後頭部を押しつけたまま目を閉じる。 

 一日目のあの客室だ。ここに戻ってこれたというのはスバルが死に、そして巻き戻ってどういうわけか自分も連れていかれる。 

 気持ちが悪い。友達が死んでしまったことが心に突き刺さって重しになっている。なのに、これでよかったと思っている自分がいる。それがひどく気持ちが悪い。

 だから──もうこれっきりにしなければならない。

 

「ユニコーン」

 

 ロズワールとの戦いで激戦を繰り広げたユニコーン。開始点では引き出しの中にあるネックレスにユニコーンは眠る。

 すると、小さく呟いたライトの言葉に応えるように棚が静かに開いた。

 

「…………(ヨジヨジ)」

 

 疲労を漏らすユニコーンがネックレスを持って引き出しからよじ登って出てくる。ふらふらと飛行しライトの胸に音も立てずに着陸すれば、うつ伏せに。ライトの呼吸で上下する掛け布団に身を委ねて、ゆりかご方式で眠りを深めた。

 あれだけ傷ついた白いボディは陽にあたって柔らかな感触を感じさせるほどの純白を誇っている。

 

「ユニコーン、いつもありがとうな。……あのときも、助けてくれて」

 

「……──(すり)」

 

 囁き声に呼応するように、ユニコーンが頭を左右に布団へと擦り付けた。

 そんな仕草に掠れそうな心が癒され、そっと息を吐くライト。そんなときだった。

 ──何やら外が騒がしい。

 ライトの瞳が跳ねるように扉へと走った。今までとは違う──いや、初めてここに来たときと似た空気が扉越しから感じられる。

 複数人の足音がまばらに聞こえてくるのも。この部屋を目的とする御一行が扉を前にして停止するのも。銀鈴の声とやかましい声がなにやら話しているのも。テンションに困惑している揃った声も。

 ──何もかもここに来て初めての楽しい雰囲気だった。

 壊したくない。そう思えば思うほど、シーツを握りしめるライトの手は力の入らないものではないぐらい閉ざしていた。

 

「大丈夫……俺がちゃんとやればいい。大丈夫なんだ」

 

 この部屋にただ一人の人間。誰にでもない自分自身にライトは言い聞かせた。

 

 

 

 

 

「グッドモーニーング! 寝坊助……さん」

 

「ど、どうしたの? スバ、ひゃッ!」

 

 声の調子をどこかに落としてしまったスバルにエミリアが伺うも目線の先にいる者に気圧される。

 自分でもどんな目をしているのかわからないが、それでも目に力が入っているのがライトには感じた。

 しかし彼彼女が若干顔を青くするのをやめろといっても無理なご相談である。布団から顔を出したライトの顔、目は尋常でないほど凝視していたのだから。

 

「いぃやライト! 目が、目がこえぇよぉっ! なんで虎視眈々に俺らのこと見んのよ! ……こしたんたんってなんだっけか?」

 

「姉様姉様。お客様ったら自分の言った言葉の意味を理解できていない可哀想なお人ですよ」

 

「レムレム。お客様ったらどうやら頭の出来が残念な人みたいだわ」

 

「そりゃねぇぜ、レムりんラムちー!」

 

「スバル……言葉を使うときはちゃんと意味もわかって使わないと」

 

「はい! エミリアたんマジごもっともっす」

 

 和気藹々としたこの雰囲気は間違いなく吊り目のスバルの仕業だ。調子のいい雰囲気を纏うスバルはぐるぐると絡まったコードのようではなく、解けてまっすぐになったようなものを感じた。

 ガヤガヤとした声が一人だった部屋に彩られる中、ライトは静かに息を吐く。

 

「昴……少し変わったか?」

 

「……そう、か? そうかもしれねぇ」

 

 ライトの意外な一言に騒がしい雰囲気を払拭され、眉を寄せて考えるスバルが力の入った肩が落とす。

 落ちてぶら下がる腕。その先にある手は握りしめられていて、心なしかスバルの眉間に力が入っているように見えた。それはライトとて彼の気持ちはわかっているつもりではあるし、だからなんと声をかけたらいいのかわからない。

 

「……ごめん三人とも。少し、席を外してほしい。昴と……話がしたいんだ」

 

 瞳を閉じて重く呟くライト。

 穏やかな空気にどこかどんよりとした影が覆い、ほんの一瞬だけ部屋に静けさが通り過ぎた。

 

「……そう? うん、わかった。行きましょう、二人とも」

 

「「かしこまりました。エミリア様」」

 

 目上の者に対して丁寧にお辞儀をして部屋から出ていくレムとラム。それに続いてエミリアが歩いていき、ノブに手を触れるとにこりとして扉を閉めた。

 扉が静かに閉まりストッパーがかかる金属音を最後に、部屋には二人の呼吸と早朝の明るさに見合わない静寂が漂い始める。

 その中に一人。重々しく足を前に動かすスバルが寝台に横になったままのライトに近づく。

 

「ライト……その、この前の……俺が逃げて──」

 

「──変わったな」

 

 言い切る前にライトがスバルの言葉を待たないで発した。「ちょっとだけだけど」とライトは片目を閉じ、困惑に喉を詰まらせるスバルに笑いかける。

 拒絶されると踏んでいたスバルには水をかけられた思いだ。その水は風呂場のそれとなんら変わらない暖かなものであったが、期待を裏切られたといえば正しいのだろう。

 

「変わったって……変わってないだろ。むしろライトの方が、変わったよ。俺はライトを置いて、ただ自分可愛さに逃げて走って泣いて喚いて独りよがりな──だめ野郎だ。もう遅いってのにやっと立ち直って、どの面さげてお前にあってるんだか」

 

「──でも、それでも昴と俺は、こうしてここにいる。俺だって、あのとき昴に何か言って欲しかったけど……あそこで挽回することなんて到底叶いっこないことだって、知ってた。だけど俺は、昴を信じた」

 

 依然として布団から出ることができないライトが顔だけを横に動かしてスバルの顔を覗く。

 唇を噛むスバルの表情はひどく強張っていて呼吸が荒い。一眼見ただけで胸中に凄まじい苦痛を抱え込んでいるとライトは肌で感じて息が震えてしまった。

 

「……わかってたよ。気づいてた。信じてた。いつか昴が……ちゃんと向き合ってくれるって」

 

「向き合ったって……向き合った結果がこれだよ。俺が死んで、ライトまで……巻き込んだ」

 

「いいんだよ……巻き込まれたのはもう。ただ、俺が許せないのは、それが本当に良かったって思ってる自分が、許せないんだ」

 

「え」

 

 わずかに跳ねるライトの震え声にスバルの口から息が漏れた。

 込み上げてくる感情がライトの喉を焼いて、頬が痙攣する。

 

「昴が死ななきゃ、あのどうしようもない時間から戻れないってことは知ってるんだ。知ってる……けど。俺は……俺は『死に戻り』で助かったなんて思ってる。ホッとしたなんて……思ってるんだ」

 

 今の自分はきっとひどい顔をしているのがライトにはわかって、手で覆いたくなる。けど活力のない身体は易々と動いてくれなくて、曝け出せと言われているようだった。

 言われなくても、言うつもりだった。言わないと精神にかかる不安がどんどん積み重なって苦しい。無視して進むなんてできない。

 

「絶対に助けるって言った。でも……でも、わかんないよ。俺は死に戻りに、昴を死なせて戻った俺は、なんて思えばいいんだ……? やめろなんて言えないし言ってどうにかなる状況じゃない。でも昴は死んで死んでしまって、死んで、死んで、死んで死んで……」

 

「おい、ライト落ち着けって!」

 

「落ち着けるわけないでしょ……!?」

 

「──っ」

 

 喉がきつく絞られたような声でも、ライトの声音が、引き攣らせて顔を顰める様相がスバルの息を呑ませた。

 見せたくなくて見られたくない心。でも、話さないとやっていけなくなるジレンマがライトの胸を引き裂くたびに瞳の湿り気を増させる。

 

「なんで昴が死なないと、レムがあのとき死なないといけないんだ……? こんなっ胸が張り裂けそうで、痛くて……でもレムも……昴はもっと苦しくて痛い。哀しくて、でも簡単に変わってやるなんて言えない、できない。……哀しすぎる」

 

 ギリと歯と歯が軋轢を生んで、ライトの心のささくれが波立つ。自分で触ってもささくれからは怒りは微塵も感じさせずただ一つの破裂しそうな苦しみだった。

 痛かったろうに、苦しかったろうに。脳裏に負が過ぎるたびにシーツを無意識にライトの手が握りしめた。

 

「お前だって……俺と同じくらい、やってただろ頑張ってただろ。ユニコーンがいても、ライトは俺と同じ人間でほんとうは怖くて逃げてぇのに……」

 

 瞼を絞り閉じて涙がライトの瞳の縁から流れ出て、逃げるように耳へ入り込む。この涙は自分本位に打ちひしがれて流れるものではない。人の重み、他人への想いが一塊になって贖罪しているような一雫。

 目を逸らし、言葉を選ぶように視線を迷わせるスバル。途端、ライトの顔が映って──勝手に動いていた。人一倍、いや二倍他人のために涙を流す彼に、いてもたってもいられなかった。

 生来、スバルだって他人を思いやる気持ちが今もなお奥底に根付いているのだから。

 

「でも……だから、だから今度はっ」

 

 滑り出す口が脳と噛み合わずどもり、抑揚がチグハグになっても構わない。スバルはライトの肩を持って、起き上がらせ、面と面と向き合った。

 

「哀しくしないようにやろうぜ。バラバラじゃなく、今度は、俺とライトの二人で。考えてたくねぇけど、辛いけど、それでもダメならまた……」

 

「違う、ダメじゃない! 今なんだ! 俺たち、全部全力でやれば絶対に辿り着けるはずなんだ……!」

 

「──っ! あぁ、ああ! いつだって最初から最後までぶっ通しでやるんだよ!」

 

 スバルが心の底から湧き出てくる感情が抑えきれなくなり、ライトに抱きつき白衣を濡らし汚す。

 ライトはそんな彼を彼を受け止めてまた涙を一閃流した。

 決意を胸に、ライトの為すべきと思ったことを為す。それでもなお一欠片空いた心は変わらないままだが一心不乱に身を働かせると、天井を瞳に映し大きく息を吸った。

 この世界に迷い込んだ二人が、この不条理を打破するために進む。

 四度目のロズワール邸が同時に始まった瞬間だった。

 

 

 

 

「悪りぃな……男なのに、みっともないとこ見せちまって」

 

「大丈夫気にしない。俺だって……言えたことだし」

 

 足をベッドからだらけ出して横たわるライトが少しムキになって、鼻頭を擦って笑うスバルから顔を逸らす。

 しかし、自然と心が緩む感覚がどこか不安で、それでいて心が少し空くような。正直に言えば助かった。でも、だからこそこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと心に留めたライトは、わずかに上がる口角を引き締め吐息する。

 

「もう大丈夫? 二人とも話したいこと話せた? ……って」

 

「あ」「あ」

 

 突如として誰の耳にも安らぎを与えるであろう銀色の声音が耳に飛び込んできて、二人の心臓が止まりかけた。

 ライトは石のように固まり、一方のスバルは弾かれたように首がドアの方へと振り向く。

 

「ヴェ、アッ、ぜーんぜん大丈夫! というかエミリアたんどうした、ひょっとして一人寂しく俺ことナツキ・スバルに会いたくて来ちゃった感じ?」

 

「……? ううん、ただもうお話が済んだのかなって思って来ただけよ? それよりもスバルの目、とっても赤い。ひょっとして風邪とか……」

 

「ノープロノープロ、大丈夫。これはそう、ちょっと埃が目に入っただけで……でも、やっぱ気になるな……よし!」

 

「なに、すばるぅう!?」

 

 声が張るスバルが寝台から降り立ち、隣で未だ両手を広げてずんだれるライトの肩を持つ。

 そのままスバルはライトの上半身を目一杯に引き寄せ、思いっきりゆすった。──横揺れで。

 

「おぉおおぉおおぉお」

 

「おい、ライト、起きろ! 俺の、目が、まじに、マジで、烈火の如く、赤い、かっ!!」

 

「区切りながら揺すんな! 首がもげる……」

 

 赤ん坊のように首がガクンガクン右往左往するライトが顔を青くする。ただでさえ活力足りない体調の人に横揺れを選択するスバルの行動の気が知れない。

 思い切って振り払い、スバルの両手から逃げ出したライト。倒れ込むライトの背中を後ろで真新しい痕を残す布団が出迎えた。

 ボスんと毛布の音を立てるライトから「うっ」と呻き声が漏れるも、スバルの目に注視する。

 

「あー……うん、赤いよ。目が血走ってて病気って思われても仕方ないくらいには」

 

「んなッ! え、エミリアたんっこっち見ないでっ。こんなアラレもない瞳を見られたら……お嫁に行けなくなるぅー!」

 

「目だけでそんなことにならないわよ。それにお嫁って、スバルは男の子なんだからお婿さんの方が正しいと思うんだけど」

 

「羞恥心にさらにグサグサとぉー……でもなんかエミリアたんに言われるの幸せー」

 

「キモいよ昴」

 

 両手で顔を挟みんで上擦った声しながらクネクネと気色の悪い動きをするスバルに、目だけを向けるライトが天井に語りかけた。

 しかし蚊ほどの声だったために乙女が恥じらうような仕草を止めないスバル。それを見て、エミリアが眉を下げて引き攣った笑いをするしかなかった。

 

「あーはは……あ! それよりも、はいこれ。二人の着替え、私ちゃーんと持ってきたんだから」

 

 言って、スバルとライトの服を華奢な両腕で大事そうに抱えながら持ってくるエミリア。

 

「これはスバルの。よね?」

 

「……? あぁ、ごめんごめん。エミリアたんがあまりにもキュートで目が奪われちゃった。服サンキューな」

 

「はいはい」

 

 エミリアに受け渡された自分の服をスバルは顔の前に置き思いっきり息を吸う。

 

「やっぱこれよ。綺麗なのもいいけど長年着こなした匂いもまたいい。加齢臭じゃねぇよ?」

 

「勝手に言わなくてもわかるよそんなこと」

 

 わずかに腕を上げ下げして布団を叩くライトが吐息混じりに口を利く。

 スバルの服を渡せば次はライトで、エミリアは歩み寄って服を差し出した。

 

「ありがとう。エ──」

 

「あっ、そうよね……私ったらおっちょこちょい。まだスバルにしか言ってなかったわね」

 

「おっちょこちょいなんてきょうび聞かねぇな」

 

「茶化さないの。えーと、私の名前はエミリア。ありがとうライト。あなたってすごーく強いのね」

 

 端麗な顔に朗笑の花をライトに咲かせるエミリアが両手に乗った服を差し出す。

 流されたことで有耶無耶になったものの、実際危うくライトは口を滑らせかけるところだった。しかし、屈託のない柔らかな笑みを見てライトははやる気持ちが緩むのを感じ、そっと目を瞬かせる。

 

「これからよろしく。エミリア」

 

「こちらこそ、末長くよろしくお願いします」

 

 ゆったりとした動きで体をなんとか起こし終えたライトはエミリアの手から私服を貰う。

 今はまだ本調子ではない体。これからご飯を食べるのもいいが、その前に外に出たい。新鮮な大気に触れ合って、ラジオ体操をして心機一転だ。

 

 

 

 

 

 

 

「末長くは硬すぎねぇかエミリアたん。でも硬派の感じもなかなか……」

 

「いちいち言わなくていいよ昴」

 

 

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