Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第三十三話 喪われた光と満たされぬ影

 

 

「────」

 

 頭上から降りかかる淡い光が瞼の内にある目を刺激され、ライトは目覚めた。目覚めは良好でたくさん寝ていたのだと容易に想像ができる。

 視界にはモノクロだったはずの世界が色めいていて、空気も美味しい。思考でぐちゃぐちゃになっていた頭の中は、今まさに窓の向こうにある地平線をまたぐ明けかけの夜の空のように整っている。

 布団から体を出して尻を落ち着かせると、顔からあらゆる感情を乖離させた男はゆっくりと部屋を見渡す。

 逡巡して束の間。寝台のそばにある椅子を見て滞りなく流れる川の如き思考に氷河期が到来した。

 

『──一思いに息を吸ってください』『──ありがとう、ございます』『──また、明日』

 

「グォワッ──!」

 

 思い出した。思い出してしまった。

 この小鳥遊来翔。あらゆる重圧に耐えきれなくなったときに諭され、女の子の胸を借りて穏やかな眠りをむかえる。これ単体で見れば誰しもが血眼になってハンカチを食いしばりシチュエーションだろう。

 だが、本人の反応は違っていた。

 

「オワァッ!! アー! 俺はなんてことを──っ!!」

 

 羞恥心に駆られてベッドの上でクラウチングスタートをするんだとばかりに悶えていたのだ。

 真っ赤になってしまった顔を、ライトは枕に打ち付けて生で叫ぶには大きすぎる声を綿で封印。

 思い返すのは昨日の夕暮れごろだ。記憶の中では情景がありありと色彩で塗り込まれていて、精神的にも根幹では安定している。そこは揺れ動かなくとも表層が嵐到来と言わんばかりに荒れ狂うのだが。

 

「女の子、それもレムちゃんのむむむ胸の中で泣いて、挙句撫でられながら寝ちゃうとかスンゲェ恥ずかしいじゃん!! ぐおー誰か俺をころしてくれー。でも安心する匂いだったけどこんな感想今じゃないぃぐがががッ」

 

 思い返すは顔面に張り付いては決して取ることのできないレムの柔らかな胸と、耳に伝わる鼓動音。そして絶対、彼女のメイド服を涙で汚してしまったという罪悪感。

 

「あ゛ーもう絶対嫌われた。今日中にはレムにチョークスリーパーを決められてお陀仏待ったなし。一旦冷静になろう。今俺はなんの服を着てる?」

 

 一旦落ち着いて体制を立て直し、ライトは自身の着る服を一応確認する。

 別段普段と変わらない白い使用人服だが、それが昨日勃発した一件をより否定し難いもの。もとより事実なのだが現実を突きつけられたライトは再び枕に顔を打ち付ける。

 

「やっぱりだめだー、わかってたけどだめだー。もうなんて言えばいいんだよ……いやレムは確か昨日のことは忘れてくれるって言ってた。きっとぉ、大丈夫? なはず……」

 

 地平線の彼方から到来する僅かな希望という名の黎明にひたすら同意しかないライト。

 だが、その希望もようよう顔を出した黎明に続く桃色の色彩によって焼き尽くされた。

 この件、忘れるとはいえ姉であるラムに相談した可能性だってある。可能性ではなく確実かもしれない。

 妹であるレムを誰よりも愛しているラム。それは前回のループを見た上で明らかなことで、ライトはこれから起こる惨状に枕へと意気消沈を露わにした。

 

「絶対にラムにころされるぅ……ころされなくても仕事全部おっ被せてくる気しかしないぃ」

 

 頭を抱え、下手をすれば命を落としかねないイベントに直面してしまったライトは顔を青くする。

 だが座して待つわけにもいかず、今日の執務はおそらく健在。ここで毛布に包まって逃避する手は悪手でしかなく、実行してしまえば間も無く双子からの口撃または攻撃が身に降りかかるだろう。

 いよいよ八方塞がりにしかならないこの状況。ライトは頭を枕から離して一つ吐息。

 

「事実を受け止め、罰もしかと受け止めよう。もしかしたら……許してくれるかなぁ…………しっ」

 

 寝台から立ち上がり、ライトは表に出たネックレスをシャツの内側にしまうとネクタイを締めて気を引き締める。

 幸いして魔刻結晶の色は仕事時間の時と比べれば色素が淡い。いやそもそもの色が違う。二度寝と洒落込んでもいいのだが、だいぶぐっすりと眠ったみたいで眠気の気配は影を潜めていた。

 ライトは扉を開けてみんなを起こさないようになるべく音をたたせず廊下を歩き、階段を降りる。誰もが寝静まったことで人気のひの字もないこのロズワール邸では、少しの物音や声を立てただけでトンネルの中に響いたようになる気がしてならない。

 その途中で、

 

「ん? ここの扉……」

 

 気のせいではあるのだろうが扉から気配がする。それも鬱陶しい気持ちを隠さないほどのオーラが、ライトの正面に佇む扉の隙間から主張していた。

 誰もいないはずの空き部屋。ライトは恐る恐るドアノブに手をかけて……開けた。

 そこで目にしたのは、

 

「──今なら空でも飛べそうだ! いや、いっそ一緒に飛ぶか、ベア子!?」

 

「お前一人で飛ぶがいいのよ──!」

 

「あっばーすっ!?」

 

 抱き上げられた豪奢なドレスを見にまとう少女が自身の華奢な体を抱き上げ、振り回して気分を上昇させる黒髪オールバック男に魔法力をぶっ放し、むさ苦しい悲鳴を泣かせた瞬間だった。

 

 

 

 

「面倒な人間がもう一人やってきたのかしら」

 

「会って早々、ベアトリスちゃんと昴はどうしてそんな風になっちゃうのさ」

 

「この男が調子に乗ってベティーに気安く振る舞うからなのよ。いい気味かしら」

 

「いい気味をしたのはベア子だけじゃないぜ? 俺は今、少女を煽りから眺めるという絶景に直面してるんだからなっ」

 

 少女の真下から口数の減らない声を掻き鳴らすのは床に肘を立て上目遣いで『何か』を眺めるスバルで、ライトとベアトリスは理解に苦しんだ。

 若干のタイムラグを挟んだことで白の使用人と図書の番人は思考が床でくつろぐ男の思考に追いつく。

 この男、紳士の風上にも置けない許されざる目線を女性の、それも女児に向けていたのだ。これにはライトも目尻が引き攣ってしまいツッコミも上げられない。

 この場の誰よりも被害者な人物であるベアトリスはだんだんと愛らしい頬を赤くすると、

 

「──!? ぶっ飛ばすかしら──っ!!」

 

「ずべろっしょい!?」

 

 アンダースローから解き放たれた魔法力はスバルの眉間を打ち抜き、軽々と書庫の奥へと吹っ飛ばした。

 魔法力を持ってして容易く行われたえげつない行為に満足げに鼻を鳴らすベアトリスと眉間の皺を深めて瞼を絞るライト。

 

「いったた……おい! そこまでやらんくても──どわアアァぁー!!」

 

 本棚に勢いのままに激突したスバルは、続々と落ちてくる本の雪崩の下敷きにされてしまった。

 本に埋められてしまったスバルは手を突き出してやると這い出てきてあたりどころの悪い場所を手で抑えながら、

 

「ちょっと親愛ゲージが振り切ったらこれか! 何が不満だったんだ、言ってみろ!」

 

「そ・れ・は──っ!」

 

 あれだけ痛い目を見たにも関わらず軽重開合さわやかに唇を滑らせるスバルにライトは思いのままに助走をつけて腰を落とす。

 突然目の前から消えたライトにスバルは顔を床に向けると、

 

「ぶふぉ──っ!」

 

「全・部・だ・よ!!」

 

 瞳を軽く閉じてスバルの顎に拳をクリーンヒットさせるライト。拳を勢いよく上方に掲げるポーズはさながらバンド名を日本語で『女王』のボーカルのような出立ちだ。

 ベアトリスから放たれた風圧より体の飛び加減は遥かに小さい。が、脳を揺らす顎へのダメージはスバルの視界を白に染め上げる

 これでもへこたれないスバルは背中を思い切り床へと叩きつけると足を思い切り振り上げてネックスプリング。

 

「書庫出くわしてグーと一緒に全否定とか悲しいからやめろ! あと俺こんな芸当できたんだなっ。特技のレパートリーがまた一つできたわ」

 

「だめだこいつ。全くいい方向に治ってくれない」

 

「いいやライト、全然問題ナッシングだ。お前もなんかいつもみたいにノリ良くなってるし、俺も心機一転の『シン』ナツキ・スバル! それに状況もマシになってんだ。明日にでも村に行くってな」

 

「今日がその明日だよ……それと急に村って、大丈夫なのか?」

 

 状況の進みがだいぶ早いのではないのかと考えるライト。

 自分が休んでいたうちにことが運んでいるのはあったにはあったが、あの時はスバルも再起不能だった。今回は状況が違いすぎるためライトお額から内心の焦りが流れ出てくる。

 

「あぁ、ベア子から呪術のルール──対象との接触がキーだってのがわかったんだ。な?」

 

「『な?』って……でも、そうか接触か。俺がへこんでるときに昴は情報収集って……俺ほんと情けない」

 

「いや、村に呪術師がいるって推理しただけで十分MVP張れんだろライト」

 

 今の今までここで情報をベアトリスに求めていたのかと考えると、ライトは自身の至らなさに肩を落とす。そんなライトにスバルが肩を叩いて励ましサムズアップ。

 

「そっか……そうだよね!」

 

「んだ。これぞ協力プレイ!」

 

 いつぶりかわからない屈託のない笑顔をする二人は手のひらを差し出して互いに打ち合う。

 パチンと軽快な音が禁書庫に響き、少しの笑みが溢れた。

 そんな二人の空気から蚊帳の外にされていたベアトリスはというと、

 

「魔女の残り香……」

 

「そういやそんなことレムも言ってたな。魔女ってなんだ? ひょっとして呪術師の仲間だったりするのか?」

 

 鼻を利かせポツリとつぶやいた単語にスバルが首を傾げる。

 たった一言の単語を耳にして様々な場面が記憶に蘇ってくる。

 魔女が何をしたかはわからないが、忌まわしきものとして扱われているのが聞いて取れる存在。

 どうして忌み嫌われるのかわからないが、スバルには聞き流せるものではなかったようで体を少女に向けて問いをかける。

 その問いかけに即座の返答は返ってこず、ライトも疑問に眉を寄せながら気を取り直すほどの時間。

 

「世界を飲み干すモノ。光を堕としたモノ。最悪の災厄。──嫉妬の魔女」

 

 声を落として厳粛に語り紡ぐベアトリスに、スバルは息を飲み込む。

 隣に立つスバルに目もくれずにライトは目を見張った様子で吐息混じりに喉をならした。

 

「それが……魔女」

 

「この世界で魔女という言葉が示すのはたった一人の存在だけかしら。そしてそれは、名前を口にすることすら禁忌とされた存在のことでもあるのよ」

 

「誰もが恐れ、誰もが畏怖し、誰もが彼女に逆らえぬ」

 

 続けざまに神妙の面持ちで紡ぐスバルにベアトリスは無言で頷く。

 本を進める手を止めた彼女の口から出たものは大袈裟にも捉えられるだろう。額に傷を持った少年が同じく名前を呼ぶのさえ禁じられた者を倒す物語。そんなお伽話のような存在がこの世界でもいるらしい。

 

「そう、それなのよ。むしろ知っているかなんて疑問の方が疑問なのかしら。この世界では親の名前、家族の名前を知らされるぐらいなのよ」

 

「大袈裟……じゃないんだよね」

 

 背中に立ち上る冷気にライトは引き攣り気味な口角を少女に向けてみるが、ベアトリスの表情には欠片の冗談も感じられずすぐさま否定で上書き。

 これが真相なのだとすれば、それはこの世の闇といって過言ではない。

 

「嫉妬の魔女『サテラ』。──かつて存在した大罪の名を冠する六人の魔女を全て喰らい、天上から降り注ぐ紅焔すらも奪い世界を半分飲み干した存在。最悪の災厄なのよ」

 

 淡々と次々に供述するベアトリスの声に、二人は短く吐息をする。

 光すらも飲み込むまさに闇を体現したその存在。スバルがその存在に意識を割いているのだとすれば、ライトが気に掛かったのはベアトリスの口からたびたび現れる『光』の数々。

 

「いわく、彼女は愛を欲していた。いわく彼女には人の言葉が通じない。いわく、その身は永遠に朽ちず衰えず果てることはない。いわく、竜と英雄と賢者、そして想いの力を持って封印させられしも、その身を滅ぼすこと叶わず」

 

 つらつらと述べ、ライトとスバルに口を挟むことを許さないベアトリス。

 そして羅列した情報を締めくくるように、

 

「いわく」

 

 反復する言葉を前置きに、宣った。

 

「その身は銀髪のハーフエルフであった」

 

 

 

 

 ハーフエルフ。その言葉を聞いてライトは固唾を飲まざるを得なかった。

 盗品蔵でエミリアが素性を言ったことで取り乱したフェルトの反応が今告げられたことで点と点が繋がる。

 拳を握りしめる力を込めるライトは置いておいて、スバルは腕を組む。

 

「嫉妬の魔女の名前を語るのって、どんなときだろうな。いや、語るっつうと人聞き悪いな。嫉妬の魔女の名前を借りるときの方がいいか」

 

「何にせよ命知らずなことかしら。魔女の名前を語るなんて、頭がおかしいとしか言いようがないのよ」

 

「そうか……それで」

 

 物思いに浸るスバルがふっ、と一つ鼻を鳴らすとベアトリスは顔を見上げて困惑を浮かべた。

 彼女の変化に気づかないスバルは顎に指を乗せると二度三度頷く。

 

「おかしな奴だって不気味がらせれば、王選絡みのいざこざに巻き込まずに済むもんな」

 

「何の話かしら」

 

「いや、何でもねぇ」

 

 ため息を言葉に混じらせてスバルは髪を掻き上げるとライトの方に向いてやって笑いかける。

 ハッとした表情をしたライトは視線を彷徨わせて首に手を置いた。

 特に何も生まない時間が三人の空間に広がり始めると、一人が音を立てて書物を閉ざす。

 

「もう終わりでいいかしら。お肌に悪いからそろそろ寝るのよ。夜更かしさせられて、いい迷惑かしら」

 

 木製の脚立から降り立って本をしまいに行くベアトリス。

 外がどんな具合なのかはわからないがそろそろ朝焼けが顔を出している頃合いだろう。思い立ってみればこの時間までスバルはベアトリスと一緒にいたのか。

 そんなことに付き合わされてしまってはさぞ眠いことだろうに。ライトは眉を曲げるとくるりと回れ右し、扉の方へ。

 最後に言葉でもかけようとしたそのとき、

 

「あ、ちょっと待ってくれベア子。 魔女はわかったんだがちょいちょい出てきた光のやつって……」

 

「ベティーもそろそろ我慢の限界かしら。いいから黙って出て行くのよ!」

 

「え」「え」

 

 片手を上げたベアトリスが怒りを心頭させ、スバルへと手のひらを差し向けると本日三射目であろう魔法力を解き放った。

 胴体めがけて放たれたスバルは体を床と水平に、扉目掛けて飛んでいって、

 

「なんで俺まで──っ!!」

 

 出口で固まっていたライトをも巻き添えにして強制退出させられた。

 

 

 

 

 朝日の差し込む庭園で芝生の上のエミリアの周囲を淡い光が取り巻く光景があった。

 その光景を眺めるのは草の上で体育座りする黒の使用人と白の使用人。唐突に襲いかかってきた睡魔をライトは噛み殺すと目尻に浮かんだ涙を手の甲でこそぎ落とす。

 幾度となく繰り返されたとしても、その幻想的な雰囲気を損なうことはなかった。同じ精霊使いだからか早朝の定番──エミリアの朝の日課に付き合わされそうになったこともしばしば。

 度重なる使用人ライフのため断ることがほとんどで、表情に影を落とすエミリアに何度良心を痛められたことか。

 

「お互い、昨日はすごかったよな」

 

「ほんとにねぇ」

 

 目を上に泳がせてボソボソと話すスバルとライトは今朝の朝風呂の出来事を回想する。

 禁書庫に追い出された後、飛んできたスバルが運悪くライトの腰に激突。腰を抑えながら風呂場に行こうとするライトに、なんと目的地が同じだったスバルはついて行くことになったのだ。

 そしてついて早々昨日の出来事にそれぞれが語れば色々とやばい可能性も見えてきたのである。

 一つ目は二日目の使用人生活で新人の二人が仕事をほっぽり出してダウンしてしまったことだ。あのときはライトも気が滅入っていたため嫌にテンションの高いスバルを気にかけることができなかった。

 そして、エミリアに慰めもとい膝枕をされたスバルは無様にも大泣きしてしまったとのこと。風呂で語っていた彼は嬉し恥ずかしみを隠すことができず耳まで赤みが立ち上っていた。

 秘密を打ち明けられたからにはこちらも言わざるを得なくて、ライトは口ごもりながら、レムに心配されてしまいついには胸元で咽び泣いたこと伝えた。

 驚きはするものの大笑いするスバル。他人事のように笑われ恨めしそうに睨みつけるライト。

 が、本題はここからであった。

 

「レムりんとラムちーに迷惑かけっぱって、ひょっとしてひょっとしなくても信用度激落の恐れあり」

 

「それに俺へのラムからの信用度はもっと右肩下がり。もはや急落でしょ急落」

 

 お通夜のように重い空気を言葉に乗せたライトの表情は口角をぴくりとも動かさない。

 最愛の妹であるレムの胸に泣きついたようなもの。──ようなものではないが。下手をしてもしなくても、今後の生活で蔑視の目線を免れることができないのは火を見るよりも明らか。

 

「俺たちどうするよ。下手したらパワーハラスメント改めドメスティックな躾が……」

 

「そのときは……うん、謝ろう。人というのは誠心誠意の行動と言葉を向けられたとき、心配が優ってしまうものなんだぜ? だから大丈夫、多分」

 

「その多分で全部台無しだ」

 

 瞑目して深いため息を吐くスバルは諦観の笑みを浮かべる。

 それを横目にライトは脚を振り上げて勢いよく下すと胴を起こした。すぐさま胡座の姿勢に持ち直してみれば緩んだネクタイを引き締めて顔を叩く。

 

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。できるだけの気持ちをぶつけるしかないでしょ」

 

「それも、そうだなっ、っとぉ」

 

「おー」

 

 喋りに一呼吸おいて手を後ろにやったスバルは語尾を強めた瞬間に首跳ね起き。

 禁書庫で偶然にも習得した技をここぞとばかりに見せびらかしたスバルは隣から聞こえる称賛の声を身に受けてドヤる。

 流れに乗ろうとスバルの動きを再現してみようとするライトも、

 

「ほっ」

 

 難なく成功するのだった。それもスバルよりも余裕を感じさせるほど綺麗に着地して。

 

「なんか負けた気分……ライトって運動神経はいい感じか? いや違うな。……バケモン?」

 

「うーん……人並み?」

 

「お前みたいな人並みがいてたまるか! 昨日だってレムに並ぶくらいやってたろうが。なんだ! YAM◯育ちかなんかか!」

 

「いや……バイトやっただけっていうか、多分ね。あはは……」

 

「あははじゃねぇわ……」

 

 笑いですますライトに肩を落とすスバル。

 しかし、仕方がないじゃないか。思い当たる節といえば日々積み重ねてきたバイトのおかげとしか心当たりがないのだから。

 

「ずいぶん、いい顔するようになったね」

 

「パックか」「パック?」

 

 声をかけられ、顔を上げる二人の間には灰色の子猫。もとい、パックだ。

 宙に浮いたまま。パックは普通の猫がするように毛繕いをしながら、

 

「二人とも、昨日は正直見ていられなかったからね。ちょこーっと安心したよ」

 

「そっか、心配かけて悪かった。でも、まだまだ立ち直りきれてない俺のナイーブハートを、お前の毛並みで存分に慰めてほしい。ふわぁ」

 

「いいなぁ、俺も触らせ……痛い痛い!」

 

 手のひらサイズの猫を抱き寄せ尻尾の付け根部分の毛の感触に息を呑むスバルにわなわなと手を震わせていると、ライトの横っ腹にゲシゲシとぶつけられた。

 顔を歪めながら見てみると空中で地団駄を踏むホワイトチョコ。もとい、ユニコーンがいた。

 一番最初の頃、パックに触ろうとしたとき警戒心を周囲にばら撒いていたことを思い出して、ライトはそっと抱き寄せる。

 

「ごめんってば、本当にごめんユニコーン。お前も俺のこと心配してくれてたんだよな」

 

「…………(うんうん)」

 

 手の上でジタバタするユニコーンの動きが止まるとあぐらをかけばうんうんと頷いて離陸。

 直地点は相変わらず肩の上で、降り立てば小さい手をクっと突き出した。

 

「はいはい」

 

 相変わらずのリアクションに笑みが込み上げてきたライトは拳を軽く握ってユニコーンの手に当てがう。すると両手を振り上げてガッツポーズをするユニコーンはパックにも近づいて、

 

「まぁ虚勢も張れれば大丈夫かな。リアも膝を貸した甲斐が……ユニコーン、いえーい! あったってことだね」

 

 と、仲良くグータッチする精霊二匹。

 いつの間にこんなに仲良くなったのかと腰に手を当てるライトは一粒の光が近づいてきたことに気づく。

 

「ん? ちっちゃい光……微精霊か」

 

 エミリアの日課で現れた微精霊なのだろうが、逸れてしまったのか。

 指を差して行き先を教えても伝わっているのかわからずじまいで、ふわふわと光を揺らしたままの微精霊。

 ほとほとライトが困り果てていると、横からヌッとユニコーンが顔を出した。

 

「えっと……ユニコーンなら、できるか?」

 

「…………(ジー)」

 

 全く意思を読み取ることができなくて首を傾げるライトに一本角を携えた相棒が覗き込む。しきりに動きを止めた微精霊は首を動かしてしゃべる動作をするユニコーンを注視すると、わずかに下に動いた。

 それに続いて両手を膝に持ってきてユニコーンが一礼すると、幻想的な雰囲気を纏いながら微精霊達に耳を傾けるエミリアの元へ光の一粒が戻っていった。

 

「今ので通じるんだ……すごいな」

 

 主人のお褒めの言葉にユニコーンは感激し、ぐるぐるとライトの周りを豪速で回転するとゆっくりと上から肩へ舞い戻った。

 そんな素直な反応にライトが頷くと、ユニコーンがパックとスバルの方へ振り向く。

 

「えい」

 

「痛──っ!? なんで今引っ掻かれたん!?」

 

「娘への複雑な愛情が爆発したんだよ。ついでにスバル、爆発させていい?」

 

「わかりきってんだろ!? よくねぇよ!? 父親心は複雑ですね!」

 

 ユニコーンに釣られるまま見てみれば、ライトはパックがスバルに引っ掻いているのを目撃した。

 あれが男親のジレンマ、というものなのだろう。

 パックがエミリアを娘のように、いや娘を愛しているのなら自身を捨てた父親の気持ちがわかるのだろうかと、ライトは一人と一匹の漫才から目を逸らした。

 何か気分転換になるものでもないだろうかと暗雲を首を振って退かせたライトは、精霊たちとの語らいに没頭するエミリアを見て考えに至る。

 

「なぁユニコーン。俺もエミリアみたいにあんなことってできるのか? ってなんだよ」

 

「…………(ジトー)」

 

 ものは試しにと聞いてみれば緑のバイザーがこちらを凝視しているではないか。

 ものすごい剣幕の眼差し──いや、バイザーの奥に並ぶ二つの目がライトを逃がそうとしない。

 よじよじと肩を伝って顔付近に近寄れば、小さな手をライトの頬に押し付けるユニコーン。点として鋭くのしかかる拳に痛覚を引き起こされてしまい、ライトは手をワタワタさせる。

 

「ごめん、ごめんってば! どうしてユニコーンは他の精霊の話になったらこんなことするのさ」

 

「……(ツーン)」

 

「ユニコーン。ユニコーン聞いてる? わかんないなぁ乙女心……じゃないな。精霊心っていうのか」

 

 そっぽを向いて腕組みをするユニコーンにライトは片眉を上げる。

 他の精霊に礼儀正しくなったかと思って精霊の語らいをやってみようと聞いてみれば今のようにつんけんした態度。

 このままじゃ埒が開かないと思っていたとき、

 

「パックってさぁ、嫉妬の魔女って知ってる?」

 

 と、スバルが改まって聞いたのだ。

 

「ボクが知らないことはあんまりないよ」

 

「んじゃ、聞きたいんだけど……嫉妬の魔女じゃなくて、なんか光? を飲み込んだとかなんとか。それってなんなんだ?」

 

 それはベアトリスに聞きそびれたことだった。たびたび光を堕としたとか、吸い込んだとかなんとかと付き纏うその話題は頭の片隅に入れておいた疑問。

 ライトサイドとダークサイドの戦争は星々の戦争とかでもある話だ。魔法が存在するこの世界に上位存在的なものがいてもおかしくない。天使とか神とかいう光の勢力みたいなものを想像すると容易い。

 スバルの問いにライトも参加するため近づいた。パックは長い尻尾をうねらせると短い手で顔を洗うのをやめ、

 

「……嫉妬の魔女と相対した災厄の名を知っているか……なんて君たちに言うのも野暮だよね」

 

「それは……そうだけど」

 

「俺は嫉妬の魔女の童話を読んだけど……知らない。だから聞いたんだ」

 

 ライトとスバル。同様にして何も知らないと肩をすくめる二人にパックは「そうだろうね」と言って言葉を紡ぎ出す。

 

「記録は少ない。だから、あんまり多くを語ることはできない。そこはわかってね?」

 

「オーケーだ」

 

「…………」

 

 ──本当、か……?

 

 軽快に返事をするスバルに対しライトの返事はない。あるのは小さい疑念がだんだんと深まるように眉間に皺が寄るだけだ。

 引っかかった。とは言ってもほんの少しで、これは自分の直感がそう言っているだけ。実際、パックの言動からは特に違和感なんてものが感じられない。

 ただ、何か。形容し難い感覚──閃光が脳を甲高く鳴らしたようなそんな感じ。それがライトの心を波立てるのだ。

 時間は待ってはくれない。そうこうしているうちに、パックは語り口を始める。

 

「全てを無に返すモノ。世界を閉ざす赤光の羽。──繋がれざる者」

 

 大精霊ということもあるのだろうが、彼の話は厳格で、スバルとライトは思わず息を呑んだ。

 スバルとライトの反応に、瞳をとじて語るパックは気づかない。

 

「その名前は、伝承が魔女よりも少ないから名を馳せてはいないんだ」

 

「じゃあ……今なんて呼ばれてんだ?」

 

 重い空気の封を恐る恐る開けようとするスバル。

 魔女の件もある。大げさだなんて笑い飛ばすことなんてできなくて、目を見張ってしまう。

 瞑目するパックは短く吐息した。その息は重く、一瞬肌を撫でる空気が止む。

 

 

 

「その名を」

 

 

 

 その名は……

 

 

 

 

「繋がれざる者『マッドナグ』。──繋がりを失くし、果てに嫉妬の魔女に喰らわれた、光だよ」

 

 

 

 

 




 鏑木さん ☆8評価ありがとうございます! ほんとうに励みになります!

 これからも評価や感想を頂けると嬉しいです。頑張って続きを書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!
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