「姉様、姉様。スバルくんという名の薄情者がきましたわ」
「レム、レム。バルスって呼び名のお給金泥棒が現れたわ」
「昨日は本当にすみませんでしたー! だから許しておくんだましいい!!」
おでこを床に擦り付けて全身で謝罪の意思を体現するこの屋敷使用人の本当に下男ということとなっているナツキ・スバル。
それを見下ろすレムラム姉妹。
ライトの頬には真新しい紅葉模様が浮かんでおり、心なしか涙目だ。
レムの顔色を伺おうとしたとき、ラムを挟んでレムと目が合ってしまいなんとも言えない空気が漂いかける。かけるだけで揺れる目の行き場を再びスバルへと変えて、レムの髪が揺れた。
──今は、黙っておこう……
言及をしてこないレムにならって、ライトも現在進行形で土下座を行うスバルに目を向けた。
すると額を床から離して立ち上がるスバルは袖で汗を拭う仕草。
「何はともあれ、女の子に見下されるルートは全回収だ。……業が深ぇよ、俺」
「姉様、姉様。どうやらスバルくんってばとんだ変態です」
「レム、レム。バルスってば見下げたマゾ野郎だわ」
「流石に俺も昴が変態だと思わなかった」
「言い過ぎだろ、特に姉が! 大体ライトも同じことが言えたことじゃねぇだろ。お前だって昨日、レムりんに抱きつ……」
言いかけたとき、スバルのなめらかな口よりもなめらかに動くラム。しなやかな手指がスバルの頬に伸びて、彼からそれ以上先を語られることはなかった。
「あら、今何か言おうとしたみたいだけど。もう少しで手が出るところだったわ」
「出してる出してる! でも事実じゃねぇか! ライトが昨日……」
「膝枕」
ポツリと呟かれたラムのたった一つの単語に、スバルの首がライトへ軋みを上げて動いた。
「まさか……お前が」
「いいえ、トライは何も言っていなかったわ」
「俺のプライバシーはこの屋敷にねぇのか!?」
赤い顔を隠して崩れ落ちるスバルに、双子のメイドは顔を見合わせる。口元を手で覆い、レムとラムはスバルの方をチラチラと見ると、
「膝枕ですね」
「膝枕だわね」
「NOOOOOO!!!!」
目から血涙が、口からは吐血する勢いで叫び散らかすスバルのハートは別ベクトルでひび割れていた。
助け舟が出されたと思って喜んでいいのかわからないライトは苦笑いの表情を浮かべる。
「ングォオオオ……!!」
「そろそろ朝のお仕事に入りましょうか、姉様」
「そろそろ朝のお勤めを始めなきゃね、レム。いつまでも貴重な時間をバルスに使っていられないわ」
「無視なんて俺の扱い雑すぎやしねぇか!?」
スバルの叫びを右から左に受け流す二人は朝食を作るために調理器具を取り出す。
本格的に朝食の作業に入る前にライトは肩を上下させるスバルの方へと向き直った。アイコンタクトでこちらの意思が通じたのか、スバルが力強く頷き緊張を露わにする。
誰にも聞かれないように唾を飲み込んで、ライトはラムの方へと足を向けた。
「ちょっと待ってほしい。実は話があるんだ」
「何かしらトライ?」
「それが……昴からもお願いがあってね?」
レムとラムがまさかあなたまでも、というようにわざとらしく困惑するような表情をする。
二人の予想通りの反応には、いつも気をつけておかないと言うように、ライトは汗を浮かべた。
だが二人の解釈は異なっていたようで、スバルという単語に反応を示すと、スカートを片手で握りしめて体を縮こませるように背を丸め、
「バルスがこんな話題を持ち出すから……トライまでっ」
「スバルくんのせいで……ライトくんまで……っ」
「違う、そうじゃない」「全然違う!!」
見当違いにも程があって、ライトは真顔で、スバルは顔を真っ赤にしたまま歯向かった。
この二人、触れられたくない話題は実力で行使する反面、自分たちと何の関係のない話になった瞬間他人の藪をここぞとばかりに触れる。
ただ、レムに泣きついたことをスバルが言いかけたときのレムの表情は恐ろしかった。笑顔であるはずなのに彼女の背中からは黒いオーラが立ち上っていた。
今だってそう。
恐る恐るライトがレムの方に目をズラす。
「…………。何かありましたか? (今度このようなことがあれば……わかりますよね?)」
「何もない。何もないけど何かある」
恐るべき気配を前にしてライトは話が切り出せずオドオドと下を迷わせていた。
スカートの裾を整えたラムがライトの反応を見て、額に手を当ててやむなしと吐息を吐く。
「面倒事?」
「姉様の素直さが久々で嬉しいはずなのに、俺の中で燃えるこの気持ちは何だろう……不思議だ」
レムの意識がライトにとらわれているのをいいことに、スバルがバトンタッチ。
しかし、気兼ねなくこんなやり取りができるのはいつぶりだろうかと思う反面、通常運転のラムに顔が引き攣る思い。
「実は村に行ってみたいんだ。近くにあるだろ? 買い出しの予定とかはないかな」
──ナイス昴!
ここぞとばかりに、今でしか言えないことだが村にいる呪術師を暴くためのテイのいい言い訳をスバルは言った。それに内心ガッツポーズのライト。
二人の思惑にレムはスバルに向いて考え込む。
「確か、香辛料が心許ないので明日にでも村に行こうと思ってましたけど」
「じゃあその予定ずらして今日とかどうよ? なくなりそうなら早いに越したことないし」
身を乗り出して提案を持ちかけるスバルにレムは少し考え悩んだ様子だ。そんなレムに、
「いいんじゃないの、それくらい」
「姉様?」
代わって頭をわずかに傾けたラムがあっけらかんに応じた。
妹の疑問の声を声を向けられたラムはスバルとライトを交互に指差して、
「買い出しには行かなきゃいけないのだし、急な用事もない。バルスとトライという荷物運びもいることだし」
「うわぁ……」「はは……」
容赦のないラムの割り振りに乾いた笑いしか出てこない男子二人。が、内心疑問に思うところもあった。
レムとラム。この双子のメイドの意見は一致しているようにも見えた。だが、ループ中にもあったレムのスバルへの独断殺害未遂。そして今回の泣きつきを許してくれたレムの心情変化。
思い返す中で、ライトはこの二人の意見が一致していないことがどことなくわかった気がした。
「……姉様が、そう言うのなら」
レムの行動指針は大半が姉の意見。これはこれまでも付き合ってきたのだからわかることだった。
運は我々を味方し、ラムが説き伏せてくれたことですでに結果は決まっているようなもの。
とは言ったものの、
「どちらにせよ、今からだと屋敷の仕事に支障が出るだろうし、昼過ぎくらい……からのほうがいいのかな?」
今までの買い出しも結構な時間をかけていたのを記憶している。屋敷と村の間はそこそこ距離があり、小学生時代なら遠足と言っていい程だ。
ならばと考え、ライトは顎に手を当てて切り出すと、レムが頷きで返す。
「そうですね。今日買い出しができても陽日の二時以降──それまでに、せめてでも普段の仕事は終わらせておく方がいいでしょうね」
「問題ないわ。言い出しっぺの二人が身を粉にして働くわ。でしょう?」
「ラムちー、そこはみんなでって言うのが……」
「そうでしょう?」
まさかのここでロールプレイングゲーム定番の『はい』しか許されないイベントが発生してしまった。これにはスバルも顔が引き攣ってしまっている。
「お、おうよ! 生まれ変わった俺の、いぃや俺たちの力を見とけ。粉骨アレして、刻苦アレってな」
「「砕身」」「精励」
「そう、それしてな」
スバルの虫食い文章を訂正して、ライトは肩を揉みほぐして交渉成立の安堵を味わう。
なにはともあれとにかく、ザ・使用人・ライフの始まり。
スケジュールは従来と違うものとなっているから、これからは臨機応変の対応が必要となる。せかせかと歩き出して頭を整理するレムを見てみれば心配事もないだろうが。
教育係は今後とも自分につくかどうかと言われれば、多分着くのだろう。現時点でもライトたち余所者が監視の必要な余所者となっているのだから。
そう思うとやっぱり過去を引きずってしまうのは仕方ない。何せ一昨日から続けていた作業はヤケと言っても過言ではない。本格的に苦しくなり始めはなおさらで、鏡を見て体調を確かめる暇さえなかった。
羞恥に目を伏せたくなるライトの傍、スバルはというと、
「自分の黒歴史をこんだけ短時間で作り上げるとか……男児三日会わざれば刮目せよってレベルじゃねぇ……」
以前の爆上げテンションに痛がっていた。
「本題から逸れる前に、トライのポンコツといいさっきの黒い煙……」
「はいっ何でございましょうか姉様。あの無様な魔法は使い物にならぬもので封印致しますれば使いこなすのに二十年かかる代物であり……」
「違うのだよすばるんくん」
「なんでワトソン風?」
素早い詠唱を途切らされたことですっとぼけて頭の上に疑問符を浮かべるスバルに、ライトは自身の頬を指差す。
薄くはなっているもののそこには未だ熱を帯びる赤い紅葉模様が入っていて、納得したように「あぁー」とスバルは感嘆。
「そーねそーだわ。ライトがあんなんなってたのに気が付かなかったのは流石に俺バカすぎ。止めてくれたお二方に感謝の踊りでも献上したくらいだ」
「見るに耐えない舞踏になると思うからしなくても結構よ。バルス」
「感謝くらい素直に受け取ってもいいと思うぜ? 姉様」
肩を落とし、深いため息を床へと吐き落とすライトとスバルはしばらくの間立ち尽くす。即死案件の多さにこれから先が思いやられるところ。
残存するため息に幸せの逃げるため息を重ね、ラムは腰に手を当てて二人に白い目を向けた。
「なにをぼうっと……早く仕事をしないと、朝食にも昼食にも間に合わなくなるわよ」
「いや午後、っていうか昼ごはんの後の買い出しのことを考えてた。ラムとレムのどっちが一緒かなーって」
今の状況、あんなことがあった昨日があるからこそレムとは少し距離を置きたい。
村でのことを考えると、戦力が大いに越したことはないため、その一つのことに関してなら都合がいいのは確か。
経験則なら、レムと再び買い出しになるのは変わらないが何かあってメンバーに一手間加わって欲しいところ。そんな考えをよそに、
「なにをおかしなことを言っているの?」
首を傾げる二人を前に、ラムは珍しく無表情に笑みを浮かべた。
そこはかとなく魔性で、どことなく意地の悪い笑みを。
「ラムも一緒に行くわ。咲き誇る二輪の花に寄り添う時間をよく味わうといいわよ」
「ぁーその花、毒とか持っていないといいですね」
「昴、また余計な……」
皮肉るスバルを横目に、ライトはうまくいきすぎた展開に手のひらで顔を覆って天井を見上げた。
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