──スバルにとって村に訪れるのは通算で二回、ライトにとっては三回だ。
ありきたりな異世界物語だと、領主の近辺の村とはどれも大きいイメージがあったと言うことを覚えている。改めてこの村の人口を考えてみると、高校の一学年相当であり、そのイメージを覆され少し驚いてしまったのは言うまでもない。
しかしその人の少なさとは裏腹に、ライトは村の全貌をあまり把握していないため、この村がとても大きなものと感じていた。
ここに自転車があれば、短時間で住民と顔を合わせることもできただろうが、お生憎様そのような技術知識は持ち合わせていないので無理だ。
そんな場所に、ライトたちは両手に花ならぬ『両脇に花』で足を運んでいた。
「それにしても、随分と仕事が早く終わりましたね」
「トライの働きぶりもそうなのだけど、バルスが気味悪いくらい冴え渡ってたのよ。何があったのやら」
「もっと褒めてもいいんだぜ、照れ屋さんたち。俺の中の眠れる蕾がようやっと日の出と共に開花したんだからな!」
「それはまた、随分と早咲きなことで」
午前中の仕事内容の高い評価に有頂天なスバルを諦観の笑みを浮かべて皮肉を投げるライト。
時間が巻かれたわけ。それはこの買い出しのため、二人が速さを重きに置いた仕事をしたためだ。以前と比べれば速さは落ちていたが、その分細部にまで注意を行き渡らせることができ、結果的に現在のような余裕が生まれた。
周りを見渡せるくらい楽になったのは、きっとレムのおかげだ。
──重荷、だいぶ取れたのか……。
とは言ったものの、レムとの会話だけはギクシャクしたままだ。タイミングが悪いと言った方が正しい。
こちらが話そうとすれば、レムが離れ。また逆も然り。
意を決して話を切り出そうとすれば、
「レム……」「ライトくん……」
互いに名前を呼んでは、
「ライトくんからでいいですよ……?」
「いやレムからでも……」
こうして再びお互い自分のテリトリーに籠ってしまう。
ちなみにユニコーンはというとお留守番という名目で禁書庫に避難しようとしていた。引きこもり寸前になる彼をライトは寸前で鷲掴みにして胸ポケに収納。
さながらマスコットのようだ。実際パックとは別ベクトルの可愛さをしている。
隣のスバルも油断をかき消した清々しい顔つきで、ライトもネクタイが閉まる思いだ。多少の緊張感は、返って脳を活性化に繋げてくれている。
好機だ。だからこそこれまでの悲惨な記憶を生み出した人物、村に潜んでいる可能性が高い犯人に気取られないよう、最新の注意を払わねばならない。
昨晩というよりは今日であるが、スバルがベアトリスから聞いた情報によれば、呪術師の呪いは対象との接触が必要とのこと。暗殺に用いるのだとしたら、わざわざ相手の敷地の中に入るというリスクある行い。
だが、危険を冒してまでに呪術というものは相手の命を確実に刈り取る。
そして現在レムとラムはそれぞれ買い出しで分かれてこの場にはユニコーンとライト、スバルの三方。
「犯人の条件はライトの言ったことと、俺が過去村に行ったときを照合すれば、ここで遭遇した相手」
「そして……レムにも接触している。呪術の解き方は?」
皿にした手に肘を置き、余った手でライトはスバルへと人差し指を揺らす。
前提は解けるか、解けないかだ。この確認をすることによって次の階段は格段に低いものになる。
「それは問題ナッシング。発動前の呪術はただの術式らしいから、それを解呪できる技術があれば殺される心配はない。これは言った本人のベアトリスにもできる」
「そうか。……この村で目立つ人って挙げられる?」
「とりま記憶にあるとしたら……偽村長ムラオサ。人の尻を触ってくる若返りババア。角刈り青年団長に、ラムレム親衛隊の角刈り親衛隊長」
腕を組んだライトは空を見上げて大きく空気を吸い込み、体内の酸素を交換。
新鮮な酸素を送り込まれた脳が吐き出した結論はスバルの出した人物にどれも記憶があり、そのどれもがノーと判を押す。
「俺も話したこともあるけど、握手したり尻も触られたりもした。あと若返りババアが本当の村長だよ」
「え、あのババアが村長? でもなんかあの人名前がアーラムってついてた気が……。んまぁとにかく、ライトの言ったことも選択に入れるとなれば、さっきあげた人は対象外。そして新たに浮上してくるのが……」
「犯人が、数日以内にこの村に入ってきた人」
これしか考えられない。
ただ、この村の広さから最近来た人はいないかと聞いても特定までできるかが不明だ。一人までならまだ頑張ればいけるだろうが、それが複数になるとそううまくはいかない。しかも複数がバラバラに来たという可能性も新たに浮上するのなら特徴だってバラバラ。
特徴的な人物だけならいざしれず、特徴のない人物が呪術をかけたとするならそれでこそ迷宮入り。
「今思うと全員怪しすぎんだろ。こりゃ……今回も同じ場所に踏み込んで見るしかねぇか」
「……だな」
結論が頭の悪さ全開の数打ちゃ当たる戦法、発想の貧困した過疎さにスバルとライトは嘆息する。幸せすらもガン逃げする物儚げなため息に、
「どーしたー、スバルー」「ライトーお腹減ったの?」「お腹痛いのー?」
「お腹よりも頭が痛くなるよ……はぁ」
立て続けに上の方から飛ばしてくる反応の声にライトは疲れ笑いを浮かべた。
いつの間にか足元にいた子供達。と思えば背中にしがみついている子供達。ついにライトまでも人間アスレチックに晴れて仲間入りした。
それでも七人にまで上る数が二人に大体均等に分配されているだけ、むしろ疲労度はそこまでではない。
中身までぎっしりと実の詰まった野菜たちを全身に装備した経験と比べれば雲泥の差とも言える子供体重をそのままにするライト。
スバルは同じく背中の子供を背負い直すと首の骨を鳴らした。
「お前らは時空を越えても俺に絡みにくるな……あともう囮とか言って俺になすりつけるなよ」
「ライト頭ぶつけたー?」「スバル何言ってんだー?」「お腹壊したー」
「頑なに腹痛にこだわるな。なんでお前らは俺を下痢ピーにさせたがるんだ。だー! 鼻水を塗ったくるな!」
襟を引っ張られスバルが叫ぶと子供達がけらけらと一斉に笑い出す。スバルの反応もそうではあるが下痢ピーというところがツボにハマったらしい。
「で、俺よりも子供に人気だよな昴は」
「なんでか昔っからガキとお年寄りにはウケがいいんだわ。正味、俺はこの世界でたった一人にウケがよけりゃそれでいいんだがなぁ」
背中に登った子供に頬を引っ張られながらご機嫌をとるようにスバルは体を回す。
一方ライトの方に登っている子供は手に届きそうで届かないところで飛ぶユニコーンに夢中だ。
きゃいきゃいと「ずるいぞー」「降りてこいー」などと声を乱れさせたり、スバルの体を張った回転遊具に「次はオレオレ!」と乱舞させる子供達を引き連れて二人は村を歩く。
「昴、ちょっと待ってて」
「お? あ、お前! またどさくさに紛れてガキ押し付ける魂胆だろ!?」
「って違う。信じて待っててくれ」
そう言って子供を半ば強引にスバルに預けたライトは一人小走りで向かう。
初めてのはずにも関わらず、ライトは知っているかのように向かう先は、この村にある果物屋。
頭も使って肉体も使ったことで疲労してしまった体は危うく腹から唸り声を上げかけていたのだ。
どうせなら子供達全員のリンガを買うのがいいだろう。もちろんスバルの分も忘れずに。
「すみません店主さん。リンガを八個……じゃなくて。九個ちょうどでください」
「毎度ー。今晩の料理は屋敷でリンガを使うのですか? ライト様」
首を横に振って、「いや」とライトは後ろできゃいきゃいと騒ぐ子供達を嗜めるスバルの方を見やる。
「お腹が空いちゃって……子供達と一緒に食べようかと。ついでに昴とも」
「そうですか。ですが、あなたも男に生まれた身。たくさん食べないと腹も満足しないでしょう。スバル様も含めて少し多めに用意して参ります」
「……少しで頼みますよ?」
引き攣った笑みで、ライトは紙袋にパンパンとなったリンガが来ないことを切に願う。
店主がせかせかと九、十と入れて、十五個くらいに達したときに手をとめ、袋を閉じたのを見て安堵の息が漏れた。
それくらいなら許容範囲だと胸を撫で下ろすライトは、店主からリンガの詰まった古紙の紙袋を受け取る。
「ありがとうございます。これお金です」
「いやぁ、お代は九個までで大丈夫です。その代わりと言ってはなんですが、うちのお店を贔屓にしてくださいね」
「あー、はい。そのときはまた新鮮な野菜とか果物をお願いしますね。あと、こういうのはなるべくしないでほしいです。少し気が引けてしまうので」
「それはこちらの配慮が足りませんでしたね。心に刻んでおきます、ライト様」
胸に手を当てて真摯に礼をする店主にライトは呆れ笑いを浮かべてしまう。
買い物を済ませたライトは手を振って感謝を伝え、スバルの元にまた駆け足で戻っていった。
「お待たせ昴」
「やっと来たか。お前の手に持ってるそれって……」
さっそくスバルが胸の前に紙袋を両腕でライトが大事そうに抱える紙袋に興味を示した。
片手に持ち替えて袋の中に手を突っ込むとライトが取り出したのは赤く熟したりんごならぬ、リンガを取り出す。
「リンガ!」「リンガだー!」
「ほら、パス昴!」
片手でナイスキャッチしたスバルは手に収まるリンガを見つめると映り込む顔に悪い顔に豹変させた。
「ほれガキども、この真っ赤に燃えるような色したリンガほしいか? ほしいだろう」
「大人気ない!」「腰抜けスバルー!」「腰抜けー!」
そう言って、スバルは子供達から手が届きそうで届かないようにリンガを持ち上げてはしたり顔で煽りに煽る。
それに負けん気を見せて両足にしがみつく子供達の一人がよじ登り、リンガを手にした。
「うっしゃーいただきー!」「オレもオレもー!」「リンガちょうだい!」
「くっそ盗られた! 今度はぜってぇ盗られねぇように……」
「子供に何張り合おうとしてるんだよ昴。はーいお待ちかねのリンガだよー」
袋の口から顔を覗かせる赤い果実に目を光らせる子供たちが一斉にライトの方に押し寄せた。
わらわらと集まり、離れたと思えば各々が持っているリンガの数は一つまで。我が強いのだと思ったのだが、意外と人を気遣う気持ちはこの未来ある若人にはあるらしい。
「みんなリンガは手に持ったな。じゃ、俺も……ん?」
リンガを手にしたときだ。ライトが見回すと、一歩離れたところで藍色の髪のお下げの少女が何も持っていないことに気づく。
積極的に絡んできた面子とは異なり、輪に入れずチラチラとこちらを伺っていた子だ。
ライトが近づくとその少女が心配の色を顔に浮かべるが、しゃがんで視線を合わせる。
ゴソゴソと袋を弄って球を掴み取って、
「はいこれ。食べなよ」
手のひらにあるリンガとライトの顔を交互に見比べた少女は驚いたように目を見開く。
スカートを掴み、皺を作る少女はライトから顔を逸らした。
「い……いいの?」
「うん」
穏やかにライトが頷くとお下げの少女は恐る恐る手を伸ばして、リンガをそっと取った。
「その……ありがとう」
「はい、どういたしまして」
屈託のない笑顔を浮かべたライトは少女の頭を優しく撫でた。
うっかり撫でてしまったが、嫌がっていないだろうか。表情を伺ってみると前髪で目元はわからないものの、少女は頬を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
すぐさま気を遣い、撫でるのをやめて立ち上がったライトは袋の中に残るリンガを気まずさを誤魔化すように口にする。
「ん……うまい」
ひんやりとした果汁が舌の上に広がり、程よい甘味と酸味が絡み合う。しゃくしゃくとした音は心地よく、果実の爽やかな香りが満ちる。
辺りが和気藹々とした空気のまま、子供たちが一言も喋っていないことに気づいたライトは後ろに振り向いた。
小さい手には大きいだろうリンゴを子供達は一心不乱に齧り付いているところだった。
「ほいっ昴にも」
「サンキュウだ。ん……やっぱ味はリンゴだよな。お前も、見かけによらずけっこう悪どいよな」
齧ったリンガをこちらに差し向けるスバルがライトに向かって悪い笑みを浮かべた。
これっぽちも見当もつかないライトはリンゴを再度齧って「は?」と聞き返す。
「そりゃライト、弾除けだよ弾除け。ひょっとしてって思ったんだけど違うのか?」
「それを思い浮かぶ昴の方がよっぽど悪どいよ、発想に引きそー。ただお腹が空いただけだし、子供達を任せっきりにしてた俺なりのお返しだよ、お・か・え・し」
村のナビゲートとしては子供達はかなり役に立っている。
この光景をスバルに餌付けと見られてしまうのは誠に遺憾であり、呪術師が危害を加えられないように子供を虫除け扱いする打算もひどすぎる。
「悪かったよ。まぁ今まで囮にされた報酬がこんだけってのは癪なんだが、ライトの恥ずかしながら渡してくれたリンガを今はありがたく食わせてもらうよ」
「誰が恥ずかしがりながら渡した誰が」
おどけながら言うスバルに片眉をあげて俯瞰してみるライトは嘆息する。
リンガを再び口にして、ライトは幸せそうにする子供たちが食べ終わったのを見た。あのでかいリンゴをぺろっと食べるのは、恐るべき食欲だ。
「おいしかったリンガ!」「おいしかったー!」「ありがとー!」
「そう、気に入ってくれたみたいで何より」
スバルとライトの足元で白い歯を見せて笑う子供たち。
スバルはリンガをよく噛んで飲み込んだ後、子供の頭を撫でながら、
「ま、さっきの幸せを分けると思って、ちょっとは協力してくれや。ガキども?」
*
*
「最後に大きく息を吸う運動をしてフィニッシュだ!」
活気のある声をあげてピシッと両腕を天に挙げて体を伸ばしつつ肺を膨らすスバルに倣って大衆が同様の動きをする。
「そろそろ自由時間も終わりだからって見にきてみれば……」
呑気に村の住民と体操をしているスバルにライトが遠い目を向けていると、後ろから呆れたように嘆息する声と樽を置く音が聞こえて振り向く。
レムとラムだ。
樽を置いて手についた汚れを払い落とすレムと、桃色の髪に手を差し入れて怪訝そうな顔をするラム。
スバルと村の住民が何やら不思議な動きをしていたことに怪訝そうな顔を浮かべて、
「トライ、これはなんの余興?」
「あーこれは、俺と昴の故郷に伝わる運動なんだ。これをやるとやらないのとじゃ一日の調子が段違いで、朝一番とかにやるのがおすすめかな」
「そうなんですか」
ラムの馴染みのないスバルの動きに興味を示してライトが回答。それをレムが返す。
他人行儀な反応に寂しさを覚えながらライトは困り笑いを浮かべてスバルの方を見やった。
その場で大きく腕を天に突きつけた彼は肺に大量の空気を吸い込むと、
「ヴィクトリィー!!」
「「──ヴィクトリー!!」」
両手を掲げて叫んだスバルに続いて、大勢の声が高らかに重なって勝利を謳う。
やり切ると歓声が上がり、スバルは腰に片手剣を携える青年団長に笑顔で手を打ち合う。
「よっしゃ!」
「おう!」
スバルと角刈り青年団長が笑い合い、汗の滲む額を拭って歓談する人々。
無防備にスバルが背後を曝け出していると、後ろに手をやる老婆が近づいて、
「なぁ!?」
「若返った若返った。ケケケッ」
妖怪ケツ触りババアが下からスバルの尻を一撫でした。
気を取られていると、今度は背の低い髭を長く生やすいかにも村長らしいが村長ではないムラオサがスバルの肩を叩き頷く。
全ての興味がスバルに向いているのを見て、ライトは計画が順調に進んでいるのを実感した。
触られた場所は今のところ被っていない。
作戦は順調に進んでいるようで、今のところ触られたところに被りはない。
そんなことを思うライトの目に気づいたスバルが、こっちにこいと手を振って知らせてくる。
促されるままに三人が彼に近づいていくと、ライトがスバルにグータッチして、
「調子はどうだ? 上手くいっているならそれでいいけど」
「あぁ心配しなくても、ちゃんと別々のところに触ってもらったから大丈夫だぜ? それより見たか? みんなの反応っ。やっぱり老若男女、分け隔てなく楽しめる感じが長年支持される秘訣ではないでしょうか?」
あまり興味を示さないレムとラムに諭すように人差し指を立てるスバルに、毛ほども関心を持てないラムが半月の冷め切った目で受けて立つ。
「知らないわよ」
「バッサリとしやがんなぁ、姉様は」
歯牙にもかけないラムの返事にスバルが大袈裟に腕を脱力させると、見ていた子供たちがスバルを真似て各々ががっかりした反応をしてみせる。
「ラムちー冷たい」「ラムちーひどい」「ラムちー怖い」
「……この子たちに、その呼び名を教えたの?」
子供達の無垢な眼差しを一心に受けるラムが何かに引っかかったようで、その原因であろうスバルに疑いの目を向けた。
「この子達にその呼び名を教えたの?」
「教えたっつうか……」
スバルがしたり顔で顎に手を添えて、
「まあ親しみやすさを広めようとした感じ?」
流し目をスバルは相変わらず冷ややかな目を向けるラムに差し置いた。
おちゃらけたスバルの仕草に嘆息するラムは隣で表情を無とするレムを気にかける。
「はぁ、ラムは気にしないけどレムはそう言うの嫌がるかもしれないじゃない」
「レムちゃんはレムりんだもんな」
「そう! レムりん!」「レムりんりん!」
しゃがんで子供達と顔を見合わせるライトに、子供達は口々にそう言った。
圧倒的手遅れ感にラムは諦めたように肩をすくめる。
「うん、そうだな。よかったじゃんレムちゃん。子どもたちに気に入られてる」
前のループで子供達には気に入られないと言っていたレムに、歓迎してくれた子供達には感謝しかない。
そう思っていながらレムにニコニコせずにはいられない嬉しさを顔に表しているライト。
その表情や子供達の反応がレムを困惑させ、眉を寄せた彼女がラムに助けを求めた。
「姉様……」
「いいんじゃない? ……それで、お望みの村の堪能はできたの?」
「あぁ、それはもうこれ以上にないってくらいに」
「俺に関してもその一点は抜かりなくっ。最後の最後、ムラオサに肩叩かれてコンプリートだ」
ラムの質問に答えながら、スバルは頬にエクボを作る。
村に馴染むというのも順調に進むほかにも、容疑者にも接触をして結果は上々だ。
触られた場所もどこも被らせないよう細心の注意を払って村の人たちに接した。もともと目立つ特徴を持つ人もいるため覚えやすいのもそうだが、自分たちから接する機会も設けた。
リンガを買いにいったのも然り、子供達とも面識を持って綱引き方式で大人に顔を売るのも然り。
「やることやったし、そろそろ帰るとするか」
「その前に二人の運んできた樽を一緒に屋敷まで運ばないといけないんだよ?」
「あーそうだったな。じゃ、俺たちは仕事あっから……」
視線を下に向けて両足を掴む子供達に言うと、彼らはあからさまに不満げな顔を浮かばせていた。口々に「えー」とブーイングが飛ぶが、スバルが意地の悪い笑みで子供達に迎え打つ。
「いやぁ、残念無念。もっと時間があればもっともーっと遊んでやれたのに。いやぁほんと残念無念また来年」
「そんなにー!」「爽やかにー!」「うれしいのかー!」
無念そうな子供達をスバルは振り下ろして着崩れを正すと目の下を引っ張って舌を出す。
もはや十八の年齢とは思えない子供と同レベルまでに取り返しのつかない具合に低下している。そのことに気づく気配がないスバルにライトは呆れた笑いしか出てこなかった。
いつまでもレムとラムを待たせるわけにもいかないため、いつまでも威張り散らかすスバルの横を通り過ぎようとしたところで、
「ん?」
思わぬことに驚きの声をライトが漏らす。
執事服の袖を引っ張られたため後ろを見るが誰もいなかった。少し目線を下げると藍色の髪のしたお下げの女の子がいる。リンガを上げたときから一歩から何かと距離が半歩より近くなっていた。
「どうしたんだ? なにかあるんだったら、なんでも言ってね。できる限りのことはするから」
「えっとね……あっち」
しゃがんで視線を合わせるライトを、袖を引いて少女を森の細道へ指を差して誘う。
袖を引っ張った少女が指を森に続く道に指を刺す場所は、ここから真反対の場所だ。
弱々しく引く手に先ほどの宣言を言ったからには引くにも引けなくなったライトが、ラムに振り返る。
「あぁはは……ラム、時間もらってもいいかな?」
「──もう少しだけ、勝手にしたら」
「──姉様がそう言うなら」
「ありがとう、レムちゃんラムちゃん。それじゃ行こうか」
手を引かれるまま少女に付いていく。
少女を先頭に、ゾロゾロと陣形を組んで続いてくるのはやはりさっきまでスバルにくっついていた子どもたちだ。彼らはその目的地がわかっているのか、子どもたちが嬉しそうな笑みを讃えて何か話していた。
「絶対驚くって」「絶対喜ぶって」「絶対踊るって」
「んなフレーズ聞いたことねぇわ。俺たちにどんな体張ったリアクション期待されてんだよ」
「うわーすごーいうれしーって言った後にブレイクダンスでもすればいいんじゃないか? 順番に」
「できるか! テンションの差に風邪は引くしブレイクダンスなんて踊った日には地べたで溺れる魚にしかならねぇよ」
ライトが子供達の要望を噛み砕いてスバルにあげてみたら、案の定悲惨すぎる結論が出てくる。
スバルがやってみたら、きっとクライマックスな姿になってしまうだろう。やりたいことが混雑してしまい、結局地面をのたうち飛び跳ねる感じに。
くすくすとライトとスバルの話を笑う子供達に囲まれながら、村の家々を抜けて浅い森が太陽からみんなの姿を大雑把に隠す。
「あーそういえばこんなイベントもあったよなぁ」
スバルが何か思い出したように手を叩いて頷く。
しばらくついていくと森を抜けて、この村の端を意味する柵付近へとたどり着いた。
手を引いていた少女が我先にとその柵へと向かって屈み込んだ。すると息を弾ませて何かを抱いてきた少女がライトたちに向かってくるのだが、
「あっ」
大事そうに少女が両腕で抱えた何かが飛び出し、短い四本の足で懸命に地面を蹴ってこちらに向かってくる。
灰色の毛玉が舌を出して走る先には、突然の小さいソレに肩を跳ねさせて驚くレムと子どもを宥めるスバルがいて──
頭を突き刺す感覚。
だめだ。あれに近づくな。近づくな。
突如として湧き上がる不吉な予感がライトの足を下がらせて毛玉に道を譲ろうとする。
だが、
「レム! スバル! 危ない!」
予感を意思が上回った。
悲鳴にも似た声を上げるライトがスバルとレムの前に立ち塞がり、左手を灰色のソレに差し向けた。
左手にぶつかる小さな衝撃。直後、左手が後ろに引っ張られるとともにあぶられたような痛みが脳を焼いた。
「──ぃッ!?」
様相を痛烈なまでに歪めるライトは左手に取り憑いたモノを振り解いて右手で強く掴む。
すると、横から尻尾を振る灰色の毛玉──子犬が、両手を広げるお下げの少女の方に駆け戻っていった。
「噛まれた……っ」
口数を露骨に少なくさせて、ライトは苦痛に顔を歪ませる。
右手を患部から離すと小さい歯形と引っ張ったときにできたであろう引き裂き傷が生まれていた。目に映った傷口がジクジクと赤血を滴らせる都度、五感が手に総動員して痛みを増す。
「大丈夫かよライト!」「大丈夫ですか!」「トライ……!」
「──っ!? (ビュン)」
左手を右手で握りしめて歯を食いしばるライトに三人が血相を変えて駆け寄った。
子供達の相手に疲れてしばらくの間ネックレスに入って仮眠をとっていたユニコーンが起きるほどの緊急事態。
左手の傷口を右手で押さえるようにしても血液は出口を見つけ出して滲み出て、地面に赤いシミを残す。深呼吸して痛みの炎を落ち着かせようとしても血はそれを置いていく。
「はぁ……ぅっ、ユニコーン……心配してくれてありがとう。健気な姿見てると痛みも少しはマシになる」
「バカなことを言っていないで、早く傷を見せなさいトライ」
無理やりラムに左手を奪われてしまうライト、その手を見て疲れを乗せた息を深く吐くラムはレムの方を見るが、
「いつも大人しいのにー」「なんか様子変だったー」「何やったんだよーレムりん」
「え……レムは何も」
小さい者どもに取り囲まれてしまったレムが狼狽えてしまっているのを見てラムは珍しく手で顔を覆うオーバーなリアクションをしてしまう。
眉の間に力が注がれる中、ライトはお下げの少女の腕に抱かれたソレを見た。──子犬だった。
灰色の毛をし、つぶらな瞳に頭頂部には十円ハゲを持った子犬。生後間もない赤子に見える子犬が、あんな力を持っているなんてライトにとって想定外だ。
「ぅくっ……そういえば、ラムちゃんは癒しの魔法とか使えないのか……?」
「患部を切り飛ばす荒治療ならできるわよ」
「危険極まりない民間療法!?」「──ッ!? (ギョッ)」
真剣な顔色でライトのラムの提案する血も涙もない手法にスバルがすかさず割って入った。ユニコーンですら身を引いて驚愕を露わにしていた。
二人の反応が滑稽に思ったのか鼻で一蹴して、「冗談よ」とラムはウィンクする。
どうしてか、ラムならやりかねないと思ってしまうのだが感覚が異常なのだろうか。
「ラムは村の人に包帯をもらってくるから、三人はそこで待ってなさい」
再び細道の中に入ってラムが民家を探しに行くのをスバルとライトは見送った。
スバルはライトの左手に作られた噛み跡をよく見てしまい眉を歪める。
「あの犬っころ、誰か一回噛まねぇと済まないってのか? 左右違えど手を噛むとかどんな確率だよ」
「縁起でもないけど、ラムも噛まれちゃったらみんな仲良しだね……」
「マジ縁起でもねぇ!?」
笑みをするライトの表情が痛みで歪むもののの、その冗談の物言いにスバルが叫ぶ。
なぜ子犬が走ったのかはわからないが、野生の本能の気まぐれさが原因で起こったのだろうか。
しかし懸念点がある。愛らしい姿とは裏腹に咬合力を持ってして左手を抉った子犬は頭の片隅に入れていた警戒人物ならぬ警戒犬の中の一つ。先の脳を焼いた直感が本当で、もしも、万が一に呪いがアレによるものなら──。
後ろから地を踏む音がライトの回る思考を掻き消す。振り返ってみれば、包帯片手にこちらを見下ろすラムがいた。
「レムを助けてくれたことに感謝するわ。これ包帯よ」
「……あぁ、ありがとうラムちゃん」
誰が見ても痛いと言わざる負えない傷に包帯を巻いていくが、少し自身の筋繊維が見えたようで気持ち悪くなってしまうライト。
巻き終えたそれをライトがみんなに見せるが、よほど傷が深かったのだろうか。血が滲み始めていて、スバルが「うわっ」と声を漏らしてしまう。
それを見た子供達がライトの周りを囲めば、その傷を覆った包帯を見て一同が心配の色を顔に浮かべていた。
「大丈夫?」「痛そー」「血ぃ出てるー」
「……いや、大丈夫だよ。んしょっと……これくらい大丈夫さ」
ライトが傷を気にする子供達に平気だと伝えて立ち上がるが、子犬へ怖がらせないためや心配させないための空元気だということは周囲から見たらわかる事とだろう。
実際ライトの顔には脂汗が浮かんでおり、そのような言い訳はさらに周りに気を遣わせる事となってしまった。
「嘘だー」「汗かいてるー」
「バレちゃったか。でもお兄さんは強いからな、これくらいでへばってたら男が泣いちゃうんだ。みんなもう行こう? 変な空気にしちゃってごめんな」
「おとこまえライトー!」「おとこまえー!」「バイバーイ!」
子供達はまだ納得していないが、それでも我慢し続けて見栄を張り続けるライトは手を振って別れを告げた。
ライトは子どもたちの声を背中に受けながら、湿り気のある包帯に包まれた左手をさする。