Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第三十八話 予感の答え合わせ

 

 

 包帯を巻かれた左手を片方の手で傷をなぞるようにライトは撫でながら、先頭を並んで歩くレムとラム、樽を担いでメイド二人に必死に食いつくスバルについていく。

 荷物運びとして村へ買い出しに行ったはずなのだが、子犬に噛まれてしまった傷によって自分という荷物が増えてしまった。レムの治癒の申し出も断ってしまったのもあいまって、ライトは肩身が狭そうに肩を巻きながら三人の後ろについていく。

 お使いと言えるほど何もできなかったことが後を引いて、より三人から距離を感じていたライトはどこかに穴があったら入って篭もりたいほどだ。

 そんなライトを不憫に思ったのか、一人樽を担ぎ額に汗を伝わらせるスバルが、

 

「なんか落ち込んでるけどよ、その傷じゃ手伝うこともできないし、子犬があんな風に噛むなんてわからなかったんだ。仕方ねぇってことにして、俺に任せとけ!」

 

「迷惑かけてごめん、昴。でもちょっとだけ……元気が出たよ。ほんとに」

 

「なら頑張ってる甲斐があるってもんだっ。俺が頑張ってるうちに、ライトは心っつう名の軸を治しとくんだな」

 

 スバルからの激励で少し心が軽くなったような気がして、前へ歩いていく足が軽くなっていく。脳内への意識から外界へと移っていくと、足に違和感が感じてそちらへと意識を向ける。

 いつ濡れたかわからないが、純白のズボンの裾には泥がかかっている。それが視界に入れた瞬間、余計に気になった。

 真っ白な服に一つのシミはもちろん目立つ。だが、それ以上にライトは汚れを知らない純白が汚れたことでこの世界に立っているのだと改めて自覚したのだ。

 

「俺、ちゃんとみんなと過ごせてるのかな」

 

「じゃねぇの? お前、ガキどもと話してるとき楽しそうだったし、あいつらだってきっとライトのこと気に入ってると思うぜ? 俺ほどじゃねぇけどな。おっとと」

 

 ニカっと白い歯を見せてライトへ笑いかけるスバルが本気を出して肩の上まで持ち上げられるかわからない樽を落としかける。

 慌てて駆け寄ったライトが空いた手を樽の縁を掴んで、かろうじて中身をぶちまける最悪の未来を回避させるのに成功した。

 そのまま二人で共同作業に移行すると、男手の参加に余裕が生まれスバルの頬が柔らかくなる。

 

「あっぶねぇ……ありがとなライト。てか、お前って結構力強いんだな。あんま危なげないように見えたんだけど」

 

「結構ギリギリだったと思うよ? まぁ、バイトをやってたおかげかな……?」

 

「ちょくちょく出てくる身体能力をバイトで片付けるとか……お前絶対人間じゃねぇだろ。こちとらベンチ八十キロっていう実績持ちだってのに」

 

 八十キロとは恐れ入ったと、スバルのさりげない力自慢にライトが気抜けした歓声で返した。

 洋服タンスは五十から八十くらいだったはずだから、スバルほどの力持ちなら引越しバイトだとかなりすごいとチヤホヤされるだろう。単純な腕力で持ち上がらないのもまた面白いのだが。

 

 やっとのことで森の通路を抜けていくとロズワール邸が見えてくる。相変わらず城みたいにでかいが、ルグニカ王国にも城はある。一体どれくらいのスケールなんだろうとくだらない妄想をするライトは樽を持つ右手の指に力を込め、レムとラムに続いて屋敷の門を抜けていった。

 

 

 

 

 やはり何か悩んだときは体を動かして汗水流すのに限る。

 袖を捲って露わになる黒のシャツで汗を拭ったライトが見た空は日差しも大きく傾いた夕刻過ぎ。陽日から冥日に移り変わることを如実に伝えた。

 夕焼けを浴びるロズワール邸。その玄関前に、二本の足で立って達成感を感じる男と二本の足どころか地面に四肢を投げ出して倒れる男がいた。

 オレンジの視線を体の前面に受ける男──ナツキ・スバルだ。真ん中に置かれた樽を挟んでライトがいる。

 

「着いた、やっと……屋敷だぁ。マジでよくやった俺、むぁじでグッジョブ」

 

「はいはいお疲れさま」

 

「はいはいご苦労さま」

 

 ──俺も頑張ったんだけどな。

 

 開きかける唇にすんでのところで硬く紐を結んだライトは心中で呟いた。横たわる男を薄目で見ているあたり言葉にしなくともなんと言っているか伝わってしまうのだが。

 おざなりに労うラムレムたちが代弁してくれているから、ソレでよしとしよう。

 

「ライトもマジでありがとな。手貸してくれたあたりからだいぶ楽になったわ」

 

 ──前言撤回。やっぱり昴は最高だ。

 

 豪速で手のひらを返すライトはニコニコ。

 スバルの感謝にはネックレスの中でくつろぐユニコーンも頷いている気がする。

 

「おーぉやおや四人とも一緒だったんだーぁね。手間が省けて助かるじゃーぁないの」

 

 玄関の扉が開く音に続いてひょうきんな声が前から降りかかり一同は顔を向ける。

 そこにいたのはいつもと服装が異なるロズワールが両手を広げて、これまたいつもと違う雰囲気を醸し出していた。

 仕事を終わりの四人に何やら話があるようだ。

 

「どこかに行く服装、ですか?」「余所行きの格好、か?」

 

「ご明察。いーぃや、私もあんまり好きじゃないんだけどねーぇ。普段の装いだとどーぉしても面倒な相手がいるものだから、仕方なーぁく礼服も着るわけだーぁよ」

 

 普段から道化じみた奇抜な格好を好むロズワールが言うと謎の説得力がある。ド派手な色もない格好だが、着こなしはしっかりとした美男子貴族のように見えた。──顔に施された道化風メイクがなければ美男子貴族と断言できる。

 

「来客ですか?」

 

「外出ですか?」

 

 レムとラム。メイドとバトラー見習い一同の質問にロズワールは苦笑いしたあと、ラムの方を指差す。

 

「ラムが正解、外出だ。少しばーぁかり厄介な連絡が入ってねーぇ。確かめにガーフィールのところと、ちょっと外を回ってくる」

 

「ガーフィール……?」

 

 人名か地名かもわからない初めて耳にした単語が出てきた。

 ライトは名と地の狭間の単語に聞き返すが、レムにラム。果てはスバルまでもが全てを察したように口を挟まないでいた。

 

「そうだーぁね、ライトくんと彼なら案外気が合うかもしれないねーぇ」

 

 案外と言うくらい歳が離れているのか、それとも気難しい気質を持っているのだろうか。ともかくガーフィールというのが人名であり、男性であることがわかった。

 ひとまずは首を浅く頷いて納得するライト。

 

「そーぉんなわけで、今夜中には戻れないと思うから──ラム、レム、任せたよ」

 

「はい、ご命令とあらば」

 

「はい、命に代えましても」

 

 即断で応じるというのはさすがロズワールの腹心とも言える二人。

 彼女らの応対に目だけで頷き、それから黄色と青色の目が二人を見つめる。気圧される感覚を体を包み込まれてライトは居心地悪さに視線を降ろした。

 忠誠を誓えるほど、まだ彼を、ロズワールを信用したわけではない。

 

「悪りぃけど、俺もライトも命預けるほど忠誠は誓ってないぜ?」

 

「いきなりそーぉんなこと誓わなくていいよ。重たいし、気持ちが悪いからねーぇ──でも」

 

 スバルの肩を叩き、ロズワールは片目を閉じて黄色の瞳だけにする。

 

「君に任せるよ、スバルくん。何やらきな臭いものも感じることだーぁし。エミリア様のことだけはしーぃっかりと頼むよ?」

 

「──ああ、それはマジで任された」

 

 胸を叩き、己が心臓に誓いをスバルが刻んだ。

 頷くスバルに満足そうに笑うと、今度はライトの方にも顔を向けて足に手を軽く置く。

 

「君にも期待しているよ、タカナシ・ライトくん。しっかりと屋敷を守るよーぉうに、ね」

 

「……はい。──必ず」

 

 その期待がなんなのかわからないが、屋敷を──みんなを守りたい。それをしっかりとライトは言葉にしてはっきりと誓った。

 わからないことはあれど、状況がこれまでにない方向に進みつつあるのだということは理解した。

 これはまさしく二人の行動が世界に変化をもたらしたことを意味しているのだから。

 

「──では、留守中任せたよ」

 

 言って、使用人達の視線を背中に一身に受けるロズワールが軽く跳躍した。だろうなと思ったライトは隣を見ると、驚愕に顎を落としかけるスバルが目に入る。

 跳躍したロズワールの体が宙を舞い、上空へと登った。高度を上げ、屋敷の高さを優に超えたロズワールは、二人の視界の中で、山の向こうで顔を覗かせる夕陽を目指して小さくなって、見えなくなった。

 ロズワールとユニコーンの戦いを見た身からすると新鮮味は希釈されている。空を飛ぶのを曇なき眼で見るスバルが羨ましいとライトは乾いた笑みを浮かべた。

 

「飛べるのかよ……魔法ってなんでもありだな……」

 

 ようやくスバルが感想を口にした。

 そういえば、ユニコーンも空を飛んでいたはずだ。融合しているときに頑張れば飛ぶこともできるのだろうか。人間を一人浮かせられるほどのマナを出せば、すぐにでもガス欠を引き起こしかねないかもだが。

 

「ロズワール様がいなくても、レムたちの仕事は変わりません。ご不在のときこそしっかりとやりましょう」

 

 考えに浸るスバルとライトとは違い、メイド二人は切り替えが早いものだ。

 屋敷に主人が不在でもこうして役割を振り分けてしまう。

 

「優等生だこと。でもまぁ、やるとしますか。ライト、樽持つの手伝って……」

 

 言い切る前に、スバルとライトの間から手が伸びてきて樽を掻っ攫う。あの大きな樽を、だ。

 軽々と持ち上げた者は青い髪を揺らして片腕に小物を抱えるように持ち上げてみせた。

 

「では、お先に失礼します」

 

 そして当のレムはそう言い残し軽快なステップで屋敷の玄関へと向かった。

 いっそ豪快な絵面の異常さに、スバルとライトは乾いた笑いが出てしまう。

 

「なぁ、俺ら必要だった?」「俺たちが運ぶ必要あった?」

 

「いいえ? 見ての通りよ」

 

 男子陣営の男心を全くと言って後押しする気のないラム。

 悠然と樽を担いで歩いていくレムを見送ったライトは屋敷に住む人の異常さに今更ながら気づいた。

 

「力のバランスがおかしくないか……? じゃあラムはなんでやらせたんだ? この傷を負った男の子に」

 

「レムに治して貰えばよかったでしょう。プライドを贔屓にして、あの子の気遣いを蔑ろにしたことへの罰だと思えばいいわ」

 

 腕を組むラムに言い返せず、心が傷み出したライトは胸に手を当ててなんとか耐えた。

 村で起こったものは、なるべくその状態で取っておきたいのだ。傷であれなんであれ、呪術師の手掛かりになるのなら。

 

「気遣いねぇ……。俺らには後輩いびりという気遣いをさせられたんですが」

 

「わからない? これはバルスたちにとっての思いやりよ」

 

「まるで意味がわからん! 思いやりってどこが」

 

「レムに大きな荷物を任せて、バルスはその後ろで香辛料がいくつか入っただけの小袋を手にせこせこと帰ってくる。それ見たエミリア様はどう思うのかしら」

 

「後輩リスペクトには言葉も思い浮かびませんッスわ!」

 

 跪いてラムの御尊顔にスバルは多大なる感謝の意を示す。

 小柄な女の子にでかい荷物を持たせて小物を持って凱旋するスバルのイメージ光景もそうだが、多少なり気にかけてくれた少女の申し出に断ったことはライトの良心を抉り取るものだった。

 だからこそ──

 

「今から頑張らないと」

 

「押忍。いっちょやったりますか」

 

 挽回の時だ。スバルとライトはやる気を燃やして袖を捲った。

 やる気を燃やすのは仕事だけでなく、この状況の変化にもだ。

 この状況の変化は、十中八九、村への訪問が引き金になったのだろう。今夜襲撃するであろう呪術師。

 二人は今夜の仕事を協力プレイで乗り越えて、糸口を辿る切り札の場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 夜の刻。冥日。

 仕事終えて勘を頼りにいち早くトイレの扉へと駆け込んでいく二人、ライトとスバルがいる。側から見ればその光景は異様そのもので中で何が繰り広げられるかは『ご想像にお任せします』が始まってしまうのかと思ってしまうだろう。

 しかしその扉を開けばそこには清潔に洗浄されたトイレ。──ではない。

 

「そんなわけで、お待ちかねのベア子タイムだ」

 

 扉を押し開いたあ先は視界たっぷりに広がる本棚の存在する──禁書庫へと繋がった。

 二人がその中へ入っていくと扉を閉めて一息つき、入り口の正面に佇む金髪の少女ベアトリスへと向き合う。

 

「こんばんわ、ベアトリスちゃん。今日は用事があってね」

 

 二人の登場に不満という感情を隠せずにその目つきが鋭くなっていくベアトリス。その頭へと、ライトのネックレスから飛び出したユニコーンが向かって、音も立てずに定位置であるベアトリスの頭頂部にふわりと着席。

 

「……。半日前とはまた顔つきが違うのよ。忙しいやつらなのかしら」

 

「俺たちだってゆっくりしてぇよ。屋敷の仕事終わらせてへとへとだしな。だが、それでも慌ただしく忙しないことを運んでくるのが世界ってやつらしい」

 

 続々と発見される問題の多さに、凡人のスバルとライトは振り回されてばかりだ。

 ただ、世界という名の暴れ馬に振り回されながらも事件の背中を追い詰めている気がした。

 

「お前に確かめて欲しいことがあってだな。超特急で風呂掃除を終わらせてきたんだぜ。まぁそんなこんなで──本題に入る、ベア子」

 

「言ってみるのよ」

 

 とりあえずは話を聞いてくれる気になったらしく、スバルはベアトリスの前で黙考。

 話の切り出しに迷うスバルを見て、ライトは一歩踏み出して少女に顔を向ける。

 

「俺たち、もしかしたら呪われてるかもしれない」

 

「……隣の馬鹿が移ったのかしら。何言ってるのかさっぱりなのよ」

 

「ちょっと俺らが呪われてると思うんだけど確かめてくれない?」

 

「誰が交互に同じことを言えなんて言ったのかしら! 呪術師の詳しい話をして半日しか経っていないのよ! 影響されやすいにも限度が……」

 

 スバルと今さっきバカになってしまったライトの被害妄想と思ってのことか、腕と足をバタつかせるベアトリスが強制的に距離を作らせる。が、途端に顔色を変え、驚きに変え、疑惑から確信へと百面相を浮かべる少女がライトとスバルを見上げた。

 落ちそうになるユニコーンを両手で支えながら、

 

「術式の気配……お前、本当に呪われてるかしら」

 

 スバルではなく、ライトの方に顔を訝しにするベアトリスが呟いた。

 

「ほんとうに……じゃあ俺、俺が死ぬかもしれない。昴、大丈夫なんだよね」

 

 大きく驚きはしないものの動揺を隠せないライトは揺れる瞳をスバルに差し向けた。

 呪いを受けることを大前提の囮作戦だ。だとしても今、こうして死が目と鼻の先にあるというのにどうして落ち着ける者がいるだろうか。 

 

「落ち着けもちつけ。発動していない呪いは術式のまんまだから大丈夫なはず。どんな術式かってわかるか?」

 

「術式を見ただけじゃなんとも言えないのよ。ただ話した通り、発動したら十中八九命を取られる呪いかしら」

 

「頼むベアトリスちゃん。呪いの解除お願いできないかな」

 

「……っ(ぺこり)」

 

 脅しでもなんともない、医者がカルテを見て症状を申告するようにただ事実を告げるベアトリス。

 その彼女の言葉に片膝をつくと、少女の頭から離れたユニコーンが一緒になって頼み込む。呪いが衰弱死へと導く力を持っていることは、スバルが身をもって経験していることだ。

 危機を前にして固くなる当たり前の反応をするライトに、しょうがないという意味を乗せた瞳を彼に向ける。

 

「ま、救える命をみすみす見逃す理由もベティーにはないかしら。術式もそうだし、それよりもお前の反応も不思議なのよ」

 

 ベアトリスが横目で視界に移すのは悠然と床に立つスバルで、怪訝の色に染める蝶柄の瞳孔で留められる。

 

「仲間が死にかけているのに、お前ときたら不思議とも思っていない。──失うのが恐いとも思っていないように見えるのよ」

 

 自分の発言を静かに受け止めるスバルを見て、ベアトリスは驚いたように大きな瞳を瞬かせる。が、スバルはその質問に肩をすくめた。

 

「は? 馬鹿じゃねぇの? 誰かが死ぬのなんてたまったもんじゃないし、それが親しい知人なら尚更。ま、死んだ方がマシとか、そんな言葉言う奴はぜひに死んでから言ってもらいたいもんだね」

 

 これだけは譲れないと声に調子付けて言うスバルは「それに」と付け加えてベアトリスの方に向き直った。

 

「お前なら、きっと助けてくれるって信じてるからよ」

 

 スバルの言葉を受けたライトは強く頷く。

 『死』は決して軽はずみに扱うことなんて許されないものだ。絶対である『死』に何かと比較することも、軽率に口に出すことも『死』を軽々しく見ているのと同義。

 一度『死』を見た。知ってしまった。顔を苦痛に歪ませて、それでも微笑みを讃えて息を引き取ったレムを。もう二度と、あんな後悔と絶望は味わいたくないために、青空の下で誓い、戻ってきたのだ。

 だから──

 

「だから、今回で切り抜けさせてもらう。運命様」

 

 見つけ出してみせる。

 ナツキ・スバルは運命に反逆し、苦痛の分だけハッピーエンドで奪え返す。

 小鳥遊来翔は奪われた者、日常を奪われた者たちの、あったはずの皆の可能性を取り返すと。

 確固たる意志を胸に瞑目をやめると、ライトはベアトリスに向き直る。

 

「それじゃあベアトリスちゃん。頼む」

 

 いつもなら出鼻を挫きそうなくらいに跳ね返るベアトリスが嫌に素直だ。これが別にベアトリスじゃないと言っているのかと言えば違うのだが、違和感がつきまとう。

 悠々と近づきつつあるベアトリスを見る二人の片方、スバルが口を開いた。

 

「しっかしなーんかベア子の思ってた反応が違うな。いつもなら『なんでベティーがお前の命を救ってやらなきゃなんないのかしら、ふんっ』ってツンツンするだろ?」

 

 目の前の少女が、全く似ても似つかないもはや馬鹿にしてるとしか言えない狂った楽器となるスバルに眉を思いのままに歪ませて嫌悪感を露わにする。

 

「一体誰の真似事をしているのか、ベティーには理解しかねるかしら。わかったら汚い声をあげるんじゃないのよ」

 

「かなり似てたんじゃねぇの? 結構自信ありだったんだが。それで? あーそうかそうか、もしかしてライトのことが……」

 

「尊き存在であるベティーの思考を勝手に捏造するんじゃないかしら。……ユーちゃはお前が死んだら悲しむのよ。弟を悲しませるたねを取り除くのは姉として当然の務めかしら。だからこれはユーちゃのためであって、お前らのためじゃないのよ」

 

 自信ありげに腕を組んで、額に照明の光を反射させるベアトリスはまさしく通常運転だ。

 随分と可愛げのある娘だこと。妹であれば絶対ダメ兄になる存在しない記憶がライトの脳に電気として走ったが中断された。

 スバルによって。

 

「はいはーい、えらいえらい」

 

「お前だけぶっ飛ばそうかしら」

 

 小馬鹿にして拍手するスバルにベアトリスが手を向けて睨みつけた。

 やっぱりあっちの方が兄妹に見えてきて、ライトはまるで長男になった気分になる。したり顔でベアトリスの手から風が巻き起こっている時点でだいぶ洒落にならないが。

 目を白黒させるスバルが手のひらを返してその場で土下座をした。

 

「すんませんマジ勘弁してください」

 

「はぁー……わかったならいいのよ」

 

 額を擦り付けて謝罪する彼に、ベアトリスが諦めたように頭を振った。

 そして手のひらを淡い光を宿らせて、屈むライトの額に触れる。

 

「今から呪術の術式を破壊するかしら。呪術師が直接触れた場所から術式の刻まれた場所だから参考にするのよ」

 

「ライト、触られた場所とかは……」

 

「大丈夫。ちゃんと覚えてる」

 

 暖かな光が体へと浸透し、伝わっていく。それには熱を感じられて心地よさがあって、ライトは目を閉じ、しっかりと体を確かめる。

 村で容疑者に触らせた場所はしっかり記憶している。

 重要人物とのスキンシップはスバルに任せ、ライトはあまり容疑者のような特徴の薄い人物を中心に触らせた。お金の受け渡しや村人との道の落ち葉の掃き掃除なり、なんなり。それなりに活気のある人もいたため、肩に腕をかけられたこともある。

 あんなにも気のいい住民が犯人だと、ライトは思いたくなかった。そんな懸念は──

 

「これは……」

 

 ベアトリスが干渉し、浸透した神聖な光が押し出させる場所によって砕かれた。

 暖かい光に逃げるようにライトの体にむず痒さのような感覚が流れ出てくる。左手の包帯から滲み出るように。

 

「黒い、霧……これが呪い?」

 

 黒い靄を伴った左手をベアトリスの前にしたライトは揺れる顎を噛み締める。

 目の前にあるのはドス黒い、悪意の塊でしかないモノ。そんなものが体の中を巣食い、殺そうとしていたのだと思うと気が休まらない。

 

「忌まわしいったらないかしら」

 

 グシャリと、呪印を鷲掴みにしベアトリスが潰したことで、ライトの左手は傷以外はなんの変哲もない普通の手となった。

 汚いものを触ったように手を振るベアトリスは、ユニコーンに顔をうかがわれてもなお沈黙するライトに鼻を鳴らす。

 

「終わったのよ。これでもう、お前は平気かしら」

 

 少女の終了の合図によって、ライトは自身が震えているのだと知った。

 恐ろしい何かが、自身の中で疑問から変わり真実へと向かっていることにライトは追い立てられるのを感じる。

 

「ベアトリスちゃん……さっきの、黒いモヤが出てきた場所が、呪術師の触った場所で……いいんだよね」

 

 落ち着いて慎重に問いかけるライトの言葉にベアトリスが静かに頷く。その首肯から点として存在していた疑念が繋がった。疑念が確信に変わった。

 悲しみの連鎖。早る予感がさんざんと示していた原因が、

 

「まさか、お前に噛みついた子犬が……」

 

「子どもたちが……急いで村に行かないと! このままじゃ……っ!」

 

 一番に子犬の近くにいたお下げの少女が、取り巻く村の住民も子供達も命が取り返しのつかないことになる。

 ベアトリスへ感謝の言葉も返さないまま荒々しく叩く鼓動に従うまま、ライトたちはドアノブに手をかけ外へ駆け出す。作戦なんて踏み倒して、二人の中にあるのはこの理不尽な世界へ、毒づくのみ。

 

「レム! ラム! 集まってくれぇッ!」

 

 

 

 

 廊下を駆け抜け、階段をできる限り跳び降り、全力でショートカットする二人は玄関ホールに参着。

 ライトの叫びに乗せた呼び声が聞き届いていたようで、レムとラムはすでにいた。

 

「レム、ラム。よかった集まってくれて……」

 

 息を荒げて肩を上下させながら、呼びつけた二人が屋敷の玄関ホールへと集まったのを見てライトが安堵の声とあげる。

 だが足は落ち着きを取り戻してはいなく、今すぐにでも屋敷の外へ飛び出しそうだ。

 二人して息を荒げて顔を赤くしているのを見てラムが不作法さを咎めるように目を細める。

 

「どうしたのトライ、バルス。何をそんなに子どものように騒いでいるやら。みっともない」

 

「悪りぃ今理由なんて話す余裕がねぇ。今から村に行く。止められても行くぞ俺らは」

 

「村へ……? 何をしに」

 

 当然スバルからの申し出に疑問を抱かずにはいられなかったのだろう。だが悠長に話している暇はないとライトが自身の左手の傷を毅然として見せる。

 

「この傷を作った原因……あの子犬が、俺に呪いをかけた張本人ってベアトリスちゃんが言っていた。このままじゃ村の子どもたちが危ないんだ」

 

「理由は話さないって言ったんだが……だぁもう! ようするに、あの犬っぽい奴が噛み付く相手を片っ端から呪ってやがったんだ。子どもだけじゃねぇ、ほっとくと村の住民……いや村全体が危ない」

 

 埒が開かず、ライトが宣ってしまったことに肩をすくめるスバルであったがそのまま畳み掛ける。

 事態の深刻さを語る二人に、レムとラムが息を呑んで目を見開いて聞いた。

 

「本気ですか」

 

「信じられない話だってのは認めるし、現状で俺らの言い分を丸ごと受け止めろってのも無茶だってわかってる。だから、無条件を言わねぇ」

 

 当然の反論に苦虫を噛み潰した表情をするスバルは顔を振る。

 ここからがライト、スバルにとっての大きな分岐点となる。

 開いた手で大気を握りつぶし、唇を舌で湿らせて、押し黙る二人にスバルは指を突きつけて提案した。

 

「俺らを怪しむってんならついてきかまわない。ただしエミリアを一人残してはいけねえ。ついてくんなら片方だけだ」

 

「勝手な仕切りを……」

 

「そもそもロズワール様のご命令を守るのなら、スバルくんたちにレムや姉様が付き合う理由は…」

 

「ない……。ロズワールさんの命令を遵守するだけなら。けど、ロズワールさんから出てる、俺と昴の命令はそれだけじゃないはずだ」

 

「────」

 

 欠けたスバルの論を補うライトに不備を突かれてしまい、言葉を失うレム。

 この二人がロズワールから、ライトたちの監視するように命を受けていることは、今までのループで欠片ではあるものの想像できることだった。

 それでも、と反論の言葉を探して黙るレムは視線を彷徨わせるが、それよりも先にラムが小さく息を吐いて、

 

「わかったわ、トライ、バルス。あなたたちの独断行動を認める」

 

「姉様……!?」

 

 意外にもあっさりと負けを認めたラムにレムは瞠目を隠せない。

 が、そんな彼女の方に落ち着かせるようにラムが目配せをする。

 

「レムも同行させるわ」

 

「ありがとうラム……!」「願ったり叶ったりだ」

 

 ライトが和かに、スバルは拳を強張らせ、彼女から出された条件を呑み込んだ。

 隠そうともしない二人の反応に嘆息をつくラムが置いてけぼりとなってしまったレムへ振り返る。

 

「レム、そういうことだからお願い。ベアトリス様への確認と、エミリア様の方はラムが守るわ。──そっちのこともちゃんと見てるから」

 

「姉様……あまりその目は」

 

「言っている場合でもない。必要なら使う。レムもそうしなさい」

 

 二人にしかわからないやり取りを横目にライトはユニコーンにネックレスへと戻るように頼む。

 渋々といった感じで頷いたユニコーンは姿を半透明にさせ、光の粒へと変身すると白金のネックレスへと潜り込んだ。

 瞑目し、頷いたライトはスバルへと顔を向ける。

 

「昴、急ごう。」

 

「あぁ。レム、いくぞ」

 

 軽く肩を叩いて、こちらの言い分に納得してくれたラムにライトは会釈する。

 それからあまり友好的でない目を向けるレムにかまわず手で仰ぎ、引き連れて玄関を出て行こうとした。

 

「──スバル、どこか行くの?」

 

 玄関ホールの大階段、上から銀鈴の声が降りかかった。

 後ろを振り返ってみればそこには寝巻き姿であろうエミリアが階段から降りて来ていた。急いで来ていることからライトたちの大声が部屋にまで届いたのだろう。わずかに息を弾ませてエミリアが四人を見下ろしていた。

 

「ライトも……みんなここに集まっちゃって。大きい声が聞こえたから下りてきてみたら……何かあったの?」

 

「何かあるかも、なんだよ。まあ心配しないでくれていい」

 

 エミリアにいらぬ心配をかけないために、スバルがわざと明るく振る舞ってみせる。

 しかしその軽佻浮薄な態度は盗品蔵の件があったために、

 

「また危ないことしそうな顔してる」

 

 稚拙な嘘はすぐに見破り、エミリアは息を弾ませて駆け寄る。

 あっさりと看破されたことにライトが目でスバルに訴えかけると、スバルは手のひらで顔を覆う。

 

「そのあたりの言い合いは今しがた、ようやく終わったとこで……」

 

「うん。だから頼む……行かせてくれ」

 

「はいはい、わかりました。止めたりしません」

 

 スバルたちの前に立って腰に手を当てるエミリア。

 彼女の宝石のような瞳には不安が読み取れてしまい、ライトは目を合わせづらくする。

 エミリアが困ったように微笑むと、その瞳でスバルを見つめた。

 

「無茶も無理もしないでって言っても、きっとダメなのよね」

 

「場合によっちゃ……な。俺もしたくないんだよ、それ全部」

 

 スバルの言葉は本心なのだろう。 

 だが、自分たちにしか解決できないのなら解決したいと思うのも本心なのだ。

 一度は折れかけたスバルを見てしまえば、前回逃げようとしたあれも彼の性格。しかしスバルは折れかけた心を持ち直し、そしてここまで漕ぎ着けてきたのだ。

 それが誰の影響なのか、ループの中に、なくなっている歴史であっても記憶には存在する銀色の健気な少女がきっと彼を変えたのだ。

 

「──あなたに、精霊の祝福がありますように」

 

「なんだって?」

 

 スバルの胸に手を当てたまま呟き、スバル同様ライトが首を傾げる。相好を崩してエミリアがスバルを見て、

 

「お見送りの言葉よ。無事に戻ってきてねって、そんな意味」

 

「わかったよ、エミリアたん」

 

 笑みを浮かべて点頭する彼を確かに見ると、次にライトへと視線を向ける。

 何かあったのかと思ってその表情をライトが固めていると、彼女の白肌の手が彼の包帯に巻かれた左手を握った。

 

「あなたに、精霊の祝福がありますように」

 

「おぉ……」

 

 淡い青の光がライトの手を暖かに包み込んだ。

 レムの使う治癒魔法と同じ神聖な光景を眺めていると、包帯の奥で傷が疼く気がしたライトが眉を寄せる。乾いた音を発して包帯に張り付いた皮膚がゆったりと剥がれていくが、滲んだ痛みは後追わなかった。

 

「今じゃないと、治せないから。それにライト、すっごく辛そうだったし」

 

「それは……うん、痛かったよ。なんでレムに頼まなかったんだろって後悔するぐらい」

 

 吐息混じりに自嘲するライトにエミリアも困り笑いだ。

 光が収まって、ざらりとした感触が肌に伝わると黒ずんだ包帯を取る。小指球の皮膚を剥がし、筋繊維が見えるくらいに酷い傷が元々なかったかのようになっており、これにはライトも驚嘆の声を漏らす。

 

「はい、これでおしまい。スバルのこと、お願いね」

 

「あぁ、わかっ……──承りました、エミリア様」

 

 気が早すぎるが、エミリアも次代の国王を担うかもしれない方なのだ。命を受けたときくらい、とライトは姿勢を正して礼式に沿ったお辞儀をする。

 

「ふふっ様になっちゃって」

 

「やっぱ俺もそれしたほうがよかった感じ? うっし、じゃあ……ちょっライト冗談だからっ──って首ぃ!」

 

 ライトの礼式に沿った受け取りを見たスバルが先ほどの流れを無かったことにしようと、ネクタイを正して動きに入りかけた。

 その空気を察知したライトがスバルの襟元を掴んで玄関ホールの扉を開けると、一同がエミリアに向けて、

 

「行ってくる!」「行ってきまーす!」「行ってまいります」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 エミリアの声援を受けて、ライトとスバルは手を振るポーズで応じて、屋敷を飛び出していく。律儀にお辞儀をして屋敷を後にするレムが後ろに続き、駆け出す二人に余裕を持って並んでくる。

 

 三人は無言で闇風を切って疾走していく。木々の向こうにある村を目指して──

 

 




 ライトの契約精霊であるユニコーンのイメージイラストが描けたので載せておきます。よろしければ見ていってください!

【挿絵表示】


 コメント、評価大歓迎ですのでよろしくお願いします! これからも頑張って続き書いていきます!
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