Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第三十九話 変わらないこころね

 

 

「ライトくんスバルくん、あれは……」

 

 レムの緊張感をみなぎらせた叫びに、ライトとスバルの耳が拾い取る。

 声を上げたレムは二人からは随分と先にある。彼女の目線の方角にあるのは闇に隠れているであろう村が輪郭をあらわにしていた。

 

「あれは、明るい……」

 

「妙に、いや随分と明るいな……」

 

 同じ感想を言うと同時にこの異変に気づく。どう考えても祭り事をしているような空気感ではない。

 今すぐにでも走り出したいがライトはまだしも、スバルはは息も絶え絶えで、運動不足にありありな持久走の終盤時点での足取りへと、明らかに当初のスピードからダウンしていた。

 そんな二人をもどかしいとレムが見るが、急かそうする目を向けられたところで肺とふくらはぎが痛くて今にも吊りそう。

 

「ごめんっレム、ハァ……先に」

 

「そうだぁ、先行け先……っ」

 

 村に先行しろと言う意をライトとスバルが指令を出すが、レムに首を横に振られ断られてしまう。

 忘れてはいけないが、レムが同行するのは二人の監視も兼ねてのことだ。ここで別れてしまえば本末転倒であろう。

 先ほどとは打って変わってだらけにだらけ切っている二人の心構えに腹に据えかねたのか、

 

「ライトくんは……余裕がありそうです。仕方ありません、スバルくんを連れて行きます。舌を噛まないように」

 

「え、ちょっレムりんってば。キャー──ッ!?」

 

「俺は!? あぁもう……みんな力持ちすぎ」

 

 二人に駆け戻ったレムがあらかじめ断ってスバルを担いだかと思ったら、そのまま村へと直行していった。

 置いてかれたライトはどうしたものかと、額に伝う汗を息を整えながら拭っていると名案を思いつく。

 今の今まで、魔法を、ユニコーンとの融合を使うということが頭から抜けていた。

 白金のユニコーンを掬い上げ、ライトは呼びかける。

 

「──ユニコーン頼めるか」

 

 刹那。瞬く光はユニコーンが頷いたのだと悟れば、ライトの外見に変化が訪れる。

 漆のように黒い髪の毛が、月光が透けるような白髪へと変貌を遂げた。二つ並ぶ濃色の瞳は翠玉が嵌め込まれたかのようで、淡く発光するように輝いた。

 肉体の巡りが上昇していくのを肌で感じ、ライトは一人頷く。

 足を後ろに助走をつけ、前へと飛び出し、

 ──風となった。

 

「痛……まだ、慣れないっ」

 

 風を切る音が耳を打ち、木々が視界の端で流れるように後ろへと消える。

 体が内側にひしめくエネルギーに悲鳴をあげ始める。ユニコーンとの重なりが甘いのか、自身の魔力制御が粗末なのか、両方かもしれない。

 タイミングを外し、足がもつれかけるもなんとか体勢を立て直したライトは速度を維持して調子を取り持つ。

 要領を得ない。決定的な何かが欠け、阿吽にも程遠い拍子の違和感に苦しめられるまま、村の元へと足を動かす。  

 顔を歪めながら全速力で駆けていくと村の入り口で待っているレムたちが見えくるのがわかった。月光に照らさる木が生む影に隠れたのと同時に速度を緩め、ユニコーンとの融合を解く。

 

「ようやく来ましたか」

 

「意外と早い到着、うっ……おろろろ」

 

「ごめん、お待たせ二人とも。村の状況は」

 

 よほどの臨場感あるレムの本気の疾走だったのだろう。蒼白になりかけな肌色のスバルは嘔吐感に苛まれていた。

 世闇の中にも関わらず村の中が夕刻と同程度の明るさを保っていることはあり得ない。

 ライトの謝罪に無言で頷いたレムも異常を悟った顔つきで騒然とした雰囲気に包まれる村を見渡すほど。

 そこへ、三人の姿に気づいて村の若者が駆け寄ってくる。

 

「屋敷の方たちじゃないですか、こんな時分に……」

 

「ちょうどいいところに。何かあったんですか?」

 

 一刻を争うこの状況下にレムは若者の言葉を遮り上から問いかける。

 若者はレムの語気に驚きつつも声をうわずりながら応じた。

 

「ええ、実は村の子どもが何人か見当たらなくて。大人連中で探し回ってるとこでして」

 

「いないってのは、リュカとかペトラとかミルドか?」

 

 お茶を濁す若者に、レムが質問を重ねかけたときにスバルが割り込んだ。

 対照的にはっきりと名指しで言ったスバルに若者は目を見張る。

 

「そ、そうですが……どこに行ったのか何か心当たりが?」

 

 ──やっぱりか……。

 

 内心で毒付いて、ライトは勢いよく頭を横に振った。後悔が払われるのと同時に根付いた考えは簡単には消えず、むしろ鮮明になる。

 今こうしている間にも、もしかしたら子どもたちは子犬に噛まれている可能性があるのではないか。それが一番子犬に近かった、お下げの少女にも。

 

「子どもたちを探してるのは、あんたと?」

 

 焦り、今にも飛び出しそうになるライトを引き戻したのは森への方角を見据えるスバルの声だ。

 

「青年団が総勢でと、ムラオサが」

 

「わかった。急がねぇと……!」

 

 火薬が勃発し、蓋を跳ね飛ばしたように走り出すスバルを後ろからレムが追う。

 呆然と松明を掲げる村人が置いてかれかけるが、ライトが振り向いた。

 

「ついて来てください。案内します!」

 

「は、はい!」

 

 今日と言う日に誰かしらの背中を追うことが多いライト。付き人の視界に収まるよう、目的の場所。村の周囲を覆う背の高い木製の柵へと向かう。

 根を避けて木の枝を掻き分け、草の禿げた獣道を駆け抜けて、数分。

 スバルに追いついたレムの背中に手が届きそうな距離になったとき柵へと到達した。

 柵の外を見ても辺りは闇で状況が全く判断できない。

 松明に照らしつけられる森でもライトとスバルは底の見えない暗闇に戦慄するが、ふいにレムが顔を上げた。

 

「──結界が、切れてる」

 

 驚きの声を出すレムに、スバルとライトは指先の方角にある石を見る。確かに一定の間隔で木に埋め込まれた結晶の中、光を失って久しいといった感じのそれが目に入った。

 村から帰る際に導くように優しげに光っていたのを記憶している。結晶が結界の媒介であるということは何かからの線引きに役立つもの。越えてしまえば、どうなってしまうのかなんて想像に容易い。

 

「結界が切れると、どうなるんだ」

 

「魔獣が境界線を越えて来てしまいます」

 

「「魔獣?」」

 

 レムからの聞きなれない単語に二人が反芻して聞き返す。森から目を離さないレムが動揺の隠せない声色で、ただ事ではない相手なのだと悟った。

 

「魔獣は、魔女が生み出した生物で魔力を持つ人類の外敵です。森は魔獣の群生地帯ですから」

 

「群生地帯……この、広い森全部が」

 

「てことは、あの犬っころがこの先でたくさんいるって言うのかよ」

 

 二人の目が山の麓を越えるほどに広大な森へと向かった。

 この森全体がその魔獣の範疇にあるのだとしたら、多勢に無勢。例え狂化したレムでも、ましてやユニコーンと融合したライトでさえもジリ貧になってしまうことは見込みが立つ。

 スバルが何かに気づいたようで、松明の光によって照らされる地面を見て「おっ」と声を漏らす。

 風に風化されず、真新しい複数人の足跡が地面に刻まれていて、ライトは目を見開くのと同時に勢いよく振り返った。

 

「子どもたちは森の中です。急いで村のみんなに伝えて、できれば明かりをたくさん持ってきてほしい。お願いします!」

 

「わかりました!」

 

 ライトが声を凄むと、松明を持った村人が村の集会へと急ぎ走っていく。

 枯れた道に乗って走り去る後ろ姿を横目で確認したライトとスバルは一瞬目を合わせる。それだけで十分だった。互いの意思を確認し、無言のまま柵に手をかける。

 

「──! 二人とも何を!?」

 

「止めんな。ガキどもを助けに行かねえと」

 

 無謀とも言える行動。

 命を捨てるにも等しい正気の沙汰とは思えない問答なのは十も承知だ。

 子どもたちはあの魔獣を追いかけ、森に入ったまま消息を不明にしている。

 

「時間をかけたらかけるだけ危ない。子どもたちが絶対呪われたかは言い切れないけど、みんなを屋敷に連れて行って解呪させないと」

 

「待ってくださいライトくん。そんな判断を勝手に……そもそも、状況が怪しすぎます」

 

 気を逸らせて森に突き進もうとするライトとスバルにレムは尚も食い下がる。

 

「ロズワール様がご不在の機に、狙ったようにこんな問題が起こるなんて……これがお屋敷を狙った陽動でないと、断言できますか?」

 

「じゃあどうする? 現在進行形でピンチなガキども見捨てて、屋敷戻って防御固めるか? 次の日に村人全員が死んでてもいいってんなら、それも手だろうよ」

 

 あまりにも卑怯な物言いだ、とライトは思ってはいてもスバルに口出しすることはできなかった。

 レムはあくまでも守るべき屋敷の関係者のリスクを回避しようとしているにすぎない。

 当然すぎる考えだ。だからこそレムを責めるなんて筋合いもない。

 だが殻に籠り、立ち止まっていても、選択を待ってくれる時間もまた、ないのだ。

 そうやって迫られ、目を背ける選択をしたとき、あったのは取り返しのつかない後悔。

 

「レム、行こう。昴とレムと俺でなんとかするしかない」

 

「どうしてそこまで……あなたたちに一体なんの関係が」

 

 判断を彷徨わせ顔を曇らせるレムの呟きに、ライトは脳裏に宿る声を再び再生させられる。

 整然とした態度を崩さなかったレムでも、転換点に迎えたとき大きく心を乱していた。未だ先が見えない道半ば、不安に怖気ついて結果思考を放棄してしまう人間としての弱さは、ライトも共感を覚える。

 だがそんな余裕は残されていない。無論時間の意味でもだが、心の問題も加味している。スバルを二度、レムを一度殺した相手がこの闇の向こうにいる。もし、間に合わなくて子供達があの夜のレムのように苦しみ悶え、死んでしまったとしたら。目を背けたくても背けられないものを直視したときが恐ろしく怖い。

 だが、ライトは引き下がる心を手を握りしめて擦り足。前へと歩く。

 

「──ペトラはな、大きくなったら都で服を作る仕事がしたいんだ」

 

「……え?」

 

 頬を叩き軟弱さを引き離すスバルも耐えて、覚悟を奮い立たせる。

 

「リュカは村一番の木こりの親父の後を継ぐって言ってるし、ミルドは花畑で集めた花で冠作って母ちゃんにプレゼントしたいんだと」

 

 指を折って彼らの顔を思い浮かべながらスバルが続ける。ライトとレムは彼の言葉をただ聞く。

 

「メイーナはもうすぐ妹が生まれるって喜んでたし、ダインとカインの兄弟はどっちがペトラをお嫁さんにするかで張り合ってやがる」

 

 スバルが小さい笑いを零す。

 これから助けに行く子供達の未来の展望、可能性を聞き、先ほどとは打って変わってライトが落ち着きを取り戻す。

 押し黙ったレムにスバルが静かに首を振り、

 

「関係なくなんかねえよ。俺はあいつらの顔も名前も明日やりたいことも知ってんだ」

 

「うん。知ったのに、何もせずに背を向けることなんて……そんな偽り方、俺は絶対にしたくない」

 

 まったく関係のない、身近でない子どもがどうなるかなんて想像できない。ただ、届くはずの手を伸ばさなかったとき、死ぬほど後悔する。

 だから助けたいと、為すべきと思ったことを為すとライトは決めたのだ。

 

「それにラジオ体操、また明日もやろうぜって言ったしな」

 

「まさか俺も巻き込まれるとは思わなかったけど。第二に負けないように第一も広めるよ?」

 

 見捨てたいと思ったことなんてない。この感覚がいつから来たのか朧げで不明だが、難儀な性格だ。

 関わったのだ。関わってしまったのだ。人が悲しみに沈み叫ぶのを見てしまった。後悔したくないと、か細く内に何も宿らない冷たい手に苦しんだ。

 レムを見る。迷っている。戸惑っている。

 何もかも放り投げて、いざ決心した時にはもう遅くて途方に暮れていた自身の姿だ。

 もう迷ったりしない。この世界では戦うことはなかった魔術師、ロズワールの前ですでに覚悟は決まっていたのだ。

 

「俺は約束は守るし、守らせる性質なんだ。──俺らはあのガキ共と、またラジオ体操を必ずする。だから、奥へ向かうぜ。な」

 

 震え声でレムに説くスバルがライトへと振り向いて 押し付けるように笑いかける。

 滲み出てくる不安をライトは握りしめるスバルの左手を見て感じ取った。覚悟は決まっても、行動に移すのはまた別の覚悟が伴う。──こんなにも怖いことだなんて思わなかった。

 短い息を吐き、頷いたライトが静かに瞑目するレムへと向ける。

 ついてこないと言うのならそこまでだ。暴れ馬のようなユニコーンの力を使いこなしてみせる。彼ら彼女らのために己が身を挺してでも。覚悟を決め、ネックレスに手をかけたそのとき、

 

「仕方、ないですね」

 

「レム?」「レム……」

 

 固く閉ざしていた口を緩めるレムが二人を見上げる。

 次の言葉を受けようとする二人に対し、はっきりとした感情をうかがわせる表情をレムは浮かべた。

 

「レムの命じられてる仕事はお二人の監視ですから。ここで二人を行かせてしまってはそれが果たせないでしょう?」

 

 揶揄するレムの言葉にスバルは頬を軽く引っ掻いて困り笑いを作った。

 

「ああ、そうだな。俺たちが変な真似しないように、しっかり見張っててくれ」

 

 二人の間にレムが滑らかに入り、細い肩を並べる。姿勢を正し挑もうとする姿に、ライトとスバルも釣られて顔を引き締めて森の入り口に足を入れようとした瞬間だった。

 

「ん?」「ぅわ」

 

「何かありましたか?」

 

 鎖の音で横を見ればレムの手元にいつの間にか取り出した鉄球が握られている。鉄の柄と鎖で繋がれたそれは、レムの手の中で質量に見合わない軽やかな金属の音を奏でていた。

 しきりにスバルとライトの顔が青ざめてしまう。自分たちを襲った凶器だと思うとざわめきを覚えてしまうのは仕方のないことなのだ。

 

「あのレムさん? それって……」

 

「護身用です」

 

 スバルの指摘に即答するレム。

 なわけがと刺々しい鉄球を指差すライト。

 

「でもレムちゃんのそれ護身用って感……」

 

「護身用です」

 

「……左様で」

 

 無駄だった。どう足掻いてもこれが護身用なのは揺るがないらしい。

 壁を粉砕するほどの力を目の当たりにしたことがある以上、トラウマが少なからずある。

 レムとそんな他愛のない話をしながら、未だ全貌の知らない森の中へと進軍する。

 開口一番で先行きが怖くなってしまうのを抑えながら。

 

 

 

 

 森に三人の影が通り過ぎる。

 月光は生い茂る木々に遮られ、漆黒に染まった森の闇は深い。闇から突如として現れる神出鬼没な木を躱し、枝木も構わず突き進んでいく中、執事服は傷つきほつれ、肌は切り傷によって血が滲んでしまっている。

 気が散る痛みに耐えかねながらもわずかに漏れ出る光源を頼りに、目を凝らす。

 

「なぁライト」

 

 時折吹く風によってざわめく森の中に、新たに音を出すのはスバルだ。

 呼び声に続きスバルに指先で肩を叩かれたライトは先行するレムから目を離さないようにした。

 

「どうしたんだ昴」

 

「素の姿でビームサーベルって出せないのか?」

 

 スバルの口から出た馴染みのない呼称にライトは眉を上げて首を傾げる。

 要領を得ないライトの反応に痺れを切らしたスバルが音に配慮しながら腕を忙しなく動かした。

 

「あれだよ、パックの魔法講座の!」

 

「パックの……あーあれか。でもどうだろうな……」

 

 忍び声で応じるライトが合点のいった表情を浮かべるが、すぐさま苦悶とした表情に様変わった。

 ビームサーベルというにはビームっぽい熱さを感じない剣。名前が呪文らしくないものだが、想像しやすい反面、スバルの指摘通り融合前の状態で使えるかどうかが不明だ。

 

「どうかしましたかライトくん。何か使えるものなのでしたら、出し惜しみせずに使ってみてください」

 

「わ、わかった。──っ」

 

 レムからも言われてしまえば、使えなくともやってみなければならない。

 手のひらに集中して、ライトはマナの流れを感じ取る。一度やったことであるため再現はできるはずだ。

 次第に手のひらにスパークが走り始めテニスボールほどの光玉が手のひらに収まったとき、ライトは握りつぶして縦に振り抜いた。

 視界が良くなると同時に目の前にはそびえ立つ光があった。ユニコーン融合時より短いそれを周りに蔓延る枝に振れば、伐採される。だが、この闇の中に光源があれば最悪な事態に陥るということもすぐに思い至った。

 

「──! だめです、これでは魔獣に気づかれてしまいます。使うのでしたら、魔獣と遭遇したときに」

 

「えぇ、結構いい策だと思ったんだが……。悪いライト、それ落としてくれ」

 

「そうなると思ったし──っ、これ意外と体力使う……ふぅ」

 

 実際、スバルとレムが首を横に振るのと同時に手中にあったエネルギー体が大気に砕け消えた。残滓が宙を舞い、心許ない光が消えたときライトは疲れが体に襲いかかるのを感じた。

 ユニコーンのサポートがないと、形を保たせることなんてもってのほかだ。他の魔法と違ってビームサーベルはエネルギーを体循環するもので、燃費はかなりいい。あのエネルギーの塊が体の延長線として役立っているからだろう。

 だが、完全に補完できるかといえば正直のところ微妙だ。輪郭から外れた光の粒子は大気へと還ってしまう。

 体の熱が放出した感覚がマナを体外に取り出した代償か。これも相まって刻々と過ぎる時間が精神力を削り取っていく。そのとき──

 

「──近い、生き物の臭いがします」

 

 鋭い目つきで左を向くレムに釣られてライトとスバルは左を見る。だが、目の前にあるのは手前に生い茂る草木と奥まで広がる闇だ。

 もどかしさを感じるスバルはレムの肩に触れて、

 

「子どもたちか?」

 

「わかりませんが、獣臭くはありません」

 

「そんだけわかりゃ上等だ。ライトも行くぞ」

 

 鼻をさす匂いの先に駆け出すレムに続いて、スバルが走り出してライトが追う。

 少しばかり、レムの表情に光差す兆しがあった。状況の暗さと視界の暗さの二重にかかる光明だ。

 期待は不安にも変わる。ライトは走る中、期待が期待通りであることを切に願った。

 レムの捉えた匂いが子供達とは断言しなかったことも、不安を駆り立てる要因の一つ。

 だんだんとスバルの息が荒くなる中、レムとライトの二人の呼吸は均一で疲れを感じさせない。

 森の暗闇にも歩法にも慣れ始めたとき、直後として森が開け、小高い丘が三人を出迎える。

 月光が丘と三方を幻想的に照らしてくれているところに、

 

「子どもたちだっ」

 

 背の低い野草の絨毯に、四肢を雑に投げ出して寝転ぶ子どもらの姿があった。

 慌てて駆け寄って子供達の安否を確かめる。

 倒れているのは全部で『六人』。だがその人数は、重要何かが欠けている気がするという違和感を芽生えさせる。

 

「生きてる。──生きてるぞ!」

 

 快活に喜びを叫ぶスバル。その傍ではレムとライトが険しい表情を浮かべる。

 

「いえ今はまだ息がありますが、衰弱がひどいです。このままじゃ…」

 

「衰弱……呪いか!」

 

 レムの懸念をスバルが分析する中、ライトは忙しなく子どもたち全員に目を配っていた。

 子どもたちの肌を見てみれば、子犬に噛まれた後がある。荒い呼吸に、額には夥しい汗が流れており、悪夢に苛まれる苦しげな表情を浮かべている。

 だが、

 

「せっかく見つけたのに……レム、解除はできないのか?」

 

「レムの腕ではとても、せめて姉様がこの場を視てくれていれば……とにかく、気休めでも治癒魔法をかけます」

 

 ──いない。

 

 そう、いないのだ。藍色の髪をしたお下げの少女が。

 もしかしたらと思いライトは辺りを見回してみるも、あるのは森がぽっかりと口を開けた草原と、闇に包まれた森だけだ。どこにも少女の姿なんてない。

 

「いない、どこにも……お下げの子がいない──っ」

 

 ライトのか細い叫びにレムとスバルの目が走って数合わせした。

 刹那の時間が凍りつき、次第にスバルの顔が強張ると苛立ちに雑草を蹴り抜く。

 

「ああ、マジだ……くっそ。お下げの子がいねぇ」

 

 悪態をついて、草原を踏み鳴らすスバルはライトへ駆け寄る。

 子犬に一番距離が近かったのは間違いなく他の子供とは違って控えめな性格をしていた少女だ。子供達が無事ならまだ間に合うかもしれない。

 ライトはスバルへと無言で首肯すると足先をさらなる森の奥地へ挑もうとする。

 一連のやり取りを見聞きしていたレムは、足並みを揃えて臨む二人の態度を焦ったように目を見開いて、

 

「ま、待ってください。危険すぎます。それに魔獣に連れてかれたなら、もう……」

 

「お前の言いたいことはわかる。でもな、レム。まだ間に合うかもしれねぇ──」

 

 引き留めようとするレムを口撃で振り切り、つま先が土を掴んだそのときだった。

 

「すば、る……?」

 

 薄目を開けた少女の呼び声が、スバルの裾を引っ張った。

 意識を朦朧としているのか、視線を定まらない少女の手をスバルが近寄って、手を取る。

 

「ペトラ、起きたのか……! いい子だ。でも無理すんな。今……村に連れ帰って、そんな苦しい理由からさっさとおさらばさせてやるから……」

 

「一人、奥に……まだ、奥に……」

 

 途切れ途切れに何かを伝えようとするペトラにスバルが力強く縦に首を振った。

 この女の子は、息も絶え絶えに衰弱していてもなお。泣きたいぐらいに苦しんでもなお自分の身よりも友達を優先したのだ。

 

「あぁわかってる。俺たちが必ず助ける。だから今は安心して、目を瞑っとけ。な?」

 

 スバルの言葉を聞いたペトラは僅かな笑みを浮かべて、安堵して眠る。その表情は以前よりも苦しんでいないようにも見えた。

 割れ物を扱うように、丁重に小さい手を草の上に据えたスバルは立ち上がってレムを見下ろす。

 

「聞いてた通りだレム。俺はペトラの意気をくみたい。拾うなら全部拾う努力をするべきだ」

 

「欲張りすぎて、拾って戻れるはずだったものまでこぼれ落とすかもしれませんよ」

 

 レムの言うことも百も承知だ。でも、自分たちはまだ全力を尽くしていない。

 

「それでも、俺は昴に賛成だ。力を尽くせば、道は自ずと開くはずだから」

 

 自身の左手を覗いて、確固たる意思を宿した目を浮かばせたライトは握りしめる。

 滲み出す決意を横目にスバルが自慢げに鼻を鳴らすと両腕を広げた。

 

「俺だって何も考えなしにこんなこと言ってるんじゃねぇよ。レムの力ならガキの五人や六人なんてわけねぇだろ?」

 

「それとレムに、一体何の関係が……」

 

「本当ならレムにもついてきてほしい。でも子どもたちの命綱は、治癒魔法の使えるレムだけなんだ。多分村の人たちも追ってきてるはずだから、子どもを預けたら俺たちに飛んで戻ってきたらいい」

 

 両側から無茶な論法に板挟みにされるレムは表情を暗くして沈黙する。

 だが、彼女の視線が和らぐことはなく腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。大体、子供を担いで住民に渡したところで必ず二人を見つけられることは難しい。

 こちらの身に冒険的でリスキーなことがちらつくのか、ただただ無理無体な二人の言動を飲み込むことができないのか。

 

「その間、俺らは森の奥を見てくる。奥のガキが……その、あれだよ──」

 

「奥の子どもが、最悪無事じゃなかったそのときは……そのときはせめて、むくろだけでも村に返してあげたい。これくらいできなかったら、その子の親に顔も向けれない。……これは俺の考えだ。もしそうなったら昴はすぐにでも逃げてくれ」

 

「『もしも』だろ? けど『もしも』望みあんなら、俺も時間を稼いでやる──相棒」

 

 歯切れ悪く唇を狼狽えさせるスバルに代わって、ライトが言葉を紡ぐ。だが、一人で何でも背負おうとするライトに目を見開いたスバルが意地悪く肩をど突いて白い歯を見せる。

 ──相棒。気恥ずかしくもありながら、背中を押してくれる言葉にライトは嬉々とした目にすると静かに頷く。

 そんな二人の言い分が聞き入れられないのか、レムはスバルの袖を掴んだ。

 

「そんな……っ、相手の脅威も計れていません。村人もいつ合流するかも、レムがどれくらいで戻ってくるかもわかりません。最悪、二人を見つけられない可能性だって……」

 

「大丈夫。見失ったりしねぇさ」

 

「何を根拠に……」

 

「あるんでしょ? 昴」

 

 待ってましたと言わんばかりに「あぁ!」と腰に手を当ててサムズアップするスバルに、レムが鼻白む。

 自身の鼻を指で叩くスバルが今度はレムの顔を指差した。意趣返しのように、意地悪く笑みを頬に刻んで。

 

「他の誰も気付かなくても、お前だけは俺の……俺だけの臭いに気付く。俺の身に纏う悪臭に、魔女の残り香に──そうだろ?」

 

「スバルくんは……二人は、どこまで知って……」

 

「さぁてさて、わっかんねえことばっかりだぜ。わかんなくて頭も足んなくて、昨日も今日も明日も、何度繰り返しても望んだ答えに辿り着かない」

 

 笑い話のように舌を回すスバルに隣にいたライトですらレムと同じぐらいに鼻白む。

 誇らしげに語るスバルに超人的なメンタルに気後れするライトだったが、肺の空気を総入れ替えして心情を新たにする。

 心が擦り切れるような、砕けるような日々があった。それでも、目の前の少女が自分を少しだけでも変えてくれたのだ。本人はそんな気なんてさらさらないだろうが。

 

「お前が俺たちに聞きたいことがあるように、俺たちだってお前に聞きたいことがたっくさんあるんだ。だから全部、ケリをつけたときに話そう。クッキー片手に紅茶を啜りながらな」 

 

 そう言って、スバルは袖に掴んだままのレムの指を外させて手に取った。

 小指をレムの小指に絡め、レムが困惑する中スバルはそのからめた指を上下に振って、

 

「──これはその約束な。俺はレムを信じる。だからレムに信じてもらえるよう行動したい。そのための約束を、今しよう」

 

「……わかりました。約束、しましたよ。──本当に、いろいろ聞かせてもらいますからね」

 

 視線を落としたレムが再び顔を上げて青い瞳を指を離すスバルと、首元のネックレスを握りしめるライトへ向けた。

 罪悪感を目に浮かべて口を開こうとする彼女が見えたライトは首を振って、

 

「大丈夫。俺は何も勘違いしたって、庭のことなんて気にしてもないから。あのときレムは、屋敷のみんなを守りたかった。でしょ?」

 

 ネックレスを片手で叩き、突然の淡い光が闇とのコントラストを増大させられレムは目を瞑った。

 暗闇の中、レムは手を拾い上げられる感覚ともう一つ冷たくも穏やかな感触が伝わってきて、目を見開く。

 

「改めて、いらない心配をかけた謝罪と、これは俺の──ありがとうって気持ち」

 

「……」

 

 ライトの右手がそっとレムの右手を取っていた。そしてレムとライト、二人の手をユニコーンは優しく包み込む。

 あの日レムのおかげで漠然としたものだが動き出した気がしたのだ。明確なものなんてわからないけれど、この不定形なものが大事なのだとわかった。わかった気になった方が気が楽だ。

 柔和な笑顔を向けられたレムは、ユニコーンとライトを見比べる。

 

「それじゃ、子どもたちをお願い……レム。気をつけてくれよ」

 

「そっちこそ、ですよ」

 

 くすりと笑みをこぼすレムが少しだけライトの手を握りしめた。

 いつの日かの一方的な言葉の送り合いではない、本当に通じ合う会話。胸が熱くなるような感覚が押し寄せられるまま、ライトは真剣な眼差しに切り替わり、頷く。

 

「よし……昴、先を急ごう」

 

「子どもたちを預けたらすぐに合流します。くれぐれも絶対に、絶対に無茶はしないでください」

 

 弱った姿を見たことがあるせいか、ライトへの念押しが強い気がしないでもない。実際レムが視線を映す先にいたユニコーンが胸に手を当てて力強く頷いていた。

 パッとしない返事をするライトの前に、親指を立てて白い歯を輝かせるスバルが代弁者だ。

 

「ノープロ! 二兎追う者は二兎ともぶんどってやる。今の俺らはだいぶ、鬼がかってるからな」

 

「鬼、がかる……?」

 

「神がかるの鬼バージョン! 最近の俺のマイフェイバリット!」

 

 レムのコメントを待たずしてスバルは身を翻し、ライトと追随してくるユニコーンを連れて森へ足を急かせた。

 

「気をつけてくださいね」

 

 レムの見送りを背に受けて、ペトラが意識を失う寸前に視線で示していた方角へと小高い丘を下りてゆく。

 残温する左手を握りしめ、自分を鼓舞した。

 浮き足立つステップが世界から押し上げられるみたいで、変に心地がいい。前へ前へかけるはずの体が、どこか浮遊しているようにさえ感じる。夜風が肌を裂くように吹き抜けるのに現実感が──ない。

 どこにいても、何をしていても、まるで一枚の薄膜を隔てているようで、なんでもできるような。




 ここからが正念場。戦闘シーンがたくさん出てくるので、どうぞ次回をお楽しみに。
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