Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第四十話 サクリファイス

 

 

 焦燥を募らせる心。だが、足取りには油断の隙も与えず。

 暗闇に沈んだ森を息を殺し、足音を殺して進む。一方の足取りには迷いこそあるが、恐れや邪気は宿らない。

 比べもう一方、足取りには恐れはあれど迷いなんてものはない。なさすぎるのだ。ただ思考だけが渦巻いている。

 自身の手に噛み付いた子犬は小さくはあれど咬合力は凄まじいものだった。

 ただ、それだけのこと。二人がかりなら後ろからとっ捕まえてお下げの子供の安否を確認したのち連れ帰るだけで済むのだ。

 

「ガキんちょに呪いをかけたってのがまんま昼間の子犬ってんなら……」

 

「大丈夫なはず……二人がかりなら、押さえつけることもできるでしょ」

 

「だ、だよな。さすがに負けねぇ、よな……?」

 

 スバルの脳裏にライトが子犬に噛まれてしまう映像がフラッシュバックする。噛まれた右手はその小柄な体からは想像もできないほどの力で抉られて、その中の組織が見えていた。

 もしかしたら、もありうる。この世界は期待を大きく上回る流れになりがちだ。悪い方には特にそう。

 子犬が群れをなして襲いかかり、体を貪り食い散らかす可能性だって──

 

「よせよライト。サイアクなパターンが出てくるなんて縁起が悪いにも程があるだろ?」

 

「そうだな。ここって、嫌がらせみたいによく不幸な状況に持ってこうとするよね」

 

「こういうときこそ、できるだけ明るく。ポジティブに……。──ッ!」

 

 ライトの心情変化に気づいたスバルが肩を小突き、路線変更を決めかねたそのとき──息を詰め足を止めた。

 体をこわばらせるスバルの動きにライトが首を傾げると鼻腔に臭いが差し込まれた。濃密なまでの獣臭が嫌がらせのように身に降りかからせて、ライトの眉が逃げるように歪む。

 鬱蒼とした茂みの青臭い香りだけだった空間に、生き物の生臭さが横入りし陣取っていた。

 この先に、お下げの少女がいるかもしれないと思えば、ライトとスバルの足は自然と前へ進んだ。

 草木をかけ分けながら、スバルが周囲を警戒してその陰に身を潜めて目を覗かせる。

 

「────」「────」

 

 息を呑んだ視線の先に、雨に濡れて虫に食われ腐食した倒木があった。その倒木の影に探していた者の足が投げ出されていたのだ。

 ここまで引きずられたことで白い肌は泥で汚れ、ボロボロとなった衣服。

 

「────」「────」

 

 それを見て飛び出したくなるが、逸る気持ちを抑えて二人は首を伸ばし思考する。

 最悪の予感が過った。これは魔獣によって仕掛けられた罠で、足だと思っていたのは無惨にも噛み切られてしまったモノではないかと。

 時間は二人の味方ではない。呪いという不条理は魔獣にとっても味方でもある。時間とは誰にとっても平等だ。

 だからライトは意を決して駆け出す。間に合わないなんてもう懲り懲りだ。

 

「ライト……だよな、あの子なら。エミリアなら、きっと迷わない」

 

 迷わないライトの背を、迷わずに助けてくれた銀髪の少女が重なり、スバルは震えの止まった膝を奮い立たせた。

 草木を掻き分け、開けた空間へと飛び込む。

 ユニコーンを伴いながら一直線に少女の元へと駆け込んだライトはその小さな体を抱き起こし細い首に指を当てる。

 わずかに圧迫された管を広げるように確かに、命の奔流を送り込んでいた。

 

「よかった……」

 

「女の子は無事か?」

 

 後ろで辺りを警戒して目だけを向けるスバルにライトが安堵の笑みで応える。

 腕の中にある、か細い呼吸と拍動は未だ命を削らされている。これが呪いによる影響なら、一刻も早く治癒と解呪が求められる。

 足の余力は十分にあり、このまま少女を森から連れ出すくらいならできる。

 そう思ったときだ。

 

「────」

 

 不意に生じた背中に迸る寒気に、根本から安堵の暖風が刈り取られる。

 後ろから物音にライトとスバルの首がバッと振り返った。

 

「うっ………冗談きついぜ、おい。なんでそんなでっけえんだよ」

 

 正体にスバルが愚痴を溢し、ライトの顔は引き攣りそうになる。

 ──茂みを揺らし、薄く張る我らがテリトリーを踏み越え、枯れ土を鷲掴む四足の獣がいた。

 月光を沈ませる黒い体毛をした獣。外見はドーベルマンに似ているがサイズはライトの知るサイズを超える大型犬だ。赤黒く輝く眼光は狂気と飢えを滲ませ、その口元に覗く鋭利な牙は、いとも容易く肉を引き裂くであろうことを予感させる。

 牙から涎を滴らせ、渇望する血走った目がスバルとライト、腕の中の子供を睨みつけていた。

 戦場の殺戮者の如き禍々しさを醸し出すモノはまさしく魔獣を冠するにふさわしい姿だった。

 

「この子を餌に、俺らっつうデカい餌釣れるのを待ち構えてやがったのか……」

 

「みたいだな。どう動く──っ」

 

 ユニコーンが前に出張るのを確認し、ライトは腕の中に眠る子を覆うようにしながら周囲を見る。

 後ろには少女に影をもたらしていた倒木。背の低い草木と奥に続く鬱蒼とした森。レムが合流する気配も逃げ場もどこにもない。

 選択を迫られる中、刻一刻と事態は進み魔獣が頭を下げ、足をたわめ始めている。 

 

「クッソ逃げ場なしか……ライトたちに指一本触れさせてやるかよ! くるならきやがれ!」

 

「ユニコーン、防御を頼む!」

 

 ライトたちの目の前に立ちはだかり、上着を脱いでスバルは左腕にぐるぐると巻きつける。それに比例してユニコーンも警戒のボルテージを上げ左肘に手を伸ばしかける。

 猛獣相手に対峙する際、スバルの取った行動はナイスだと言える。テレビや動画サイトで警察犬の訓練映像では確かに厚手の布を巻いて負傷を防いでいた。

 禍々しい姿といえど形は犬。四足猛獣に対する最低限の備えも効くはずだ。

 だが、いきりたつスバルを前に魔獣はこちらの心を焦らして、

 

「消えた……!?」

 

「なっ、どこいきやがった!?」

 

 姿を闇に溶かした。

 驚愕が喉を詰まらせ、二人の視線が目まぐるしく辺りを彷徨う。

 辻風が草木を鳴り響かせ、魔獣の方向さえも隠匿してしまった。

 歯を食いしばり、ライトは腕の中の少女をなんとしても死守する。どこから出てくるか、そうやって思考を巡らせていた。

 

「い──ッ!」

 

「昴ッ!」

 

 後ろから肉を浅く断絶する音と、反射で喉から飛び出たスバルの短い悲鳴がすぐそばから聞こえた。

 ユニコーンが通り過ぎざまに斬ったが、サイズ差がありすぎる。闇夜を裂く光は魔獣の片耳を切り落とす程度で進行を止めることはできなかったのだ。

 厚手の生地を鋭い牙で破り、滲み出る血液を魔獣が啜ろうとしたとき、

 

「──たくねぇッ!」

 

 勇猛果敢にスバルが吠え、左腕の力を込めて筋肉を引き締める。食い込む牙は絡めた上着も相まって抜けなくなり、魔獣の動きが完全に静止した。

 赤い双眸がスバルの黒い目に釘つけとなり、獣の圧倒的な敵意に呑まれかける。掻い潜ってユニコーンが背後から斬りかかろうとし、

 

「噛んだな? このうすら馬鹿がぁ──ッ!」

 

 追撃を待たずして、スバルは左腕ごと魔獣の体躯を思い切り回す。遠心力が魔獣を地面から引き剥がして空中へと持ち上げ、そのまま魔獣の腹を倒木から突き出た枝に突き立てた。

 

「────ッ!」

 

 枝が皮を突き破って侵入し、肉を裂く生々しい音。続いて、苦悶を滲ませる獣の断末魔が森を破り空へと解き放たれた。

 腹から枝の突き出た魔獣はジタバタともがき苦しんだが、抵抗虚しくぐったりと力が抜けて動かなくなる。安堵して、スバルが膝をついた。

 

「はぁ……勝った、か」

 

「すごい……昴やったな!」

 

「へへっ、俺だってやるときはやる男なんだよ。痛ぇけど、この傷は男の勲章だ、クソ。とにかく早く村に……」

 

 言葉が途切れた。気づいた気づけたのだ。

 肺に充満し、むせかえるような臭いが全員を凍りつけた。

 異変に気づき、抱き上げた子供と共にスバルに寄り添うライトは揺れる草むらを見て、絶句した。

 全身の毛が逆立ち、湧き出る汗すらも遡りする感覚が全身を襲いかかった。

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 呟いたスバルの目の前に、闇の中から煌々と光る赤い双眸。片手でも両手でも足の指を足して数えても足りないほど群れが、こちらを覗き込む。

 誰もが尻込みをして後ずさる状況に、スバルが両手を広げて二本足を地面に貼り付けた。

 大胆不敵に守ろうとするスバル。ライトはユニコーンと目を見合わせて足を進めた。

 

「来るなら……ってライト! お前は子供を守ってやって……」

 

「ごめん昴、女の子を頼む。ここからは、俺たちの出番だ」

 

 瞬間、殺意が爆発し、静寂の森が騒乱と狂乱に呑み込まれた。

 

「ユニコーンッ」

 

「──ッ! (コクリッ)」

 

 呼び声。

 頷いてライトの胸部へと飛び込んだユニコーンがその姿を潜めた。

 赤い光点が近づいてくるのも同時。月光の照る領域に飛び込んだ魔獣たちはその姿を露わにして殺意に濡れた牙を、決して逸らさないライトの双眸に突き立てにかかった。

 牙が皮を突き刺さる直前、姿勢を低く構えたライトの右腕がブレた。そして凶牙を差し向けた魔獣はライトにぶつかり、無様に地に転がり落ちた。──首と身体が分たれた状態で。

 悲鳴をあげる時間すらも与えてももらえず、ただ一閃、首元を光が通り過ぎたのだ。

 

「…………っ」

 

 至近で血飛沫がばら撒かれるが、避けるようにライトへ降りかからずに地面へと塗り広がる。

 ねっとりと鼻の奥に粘りつく鉄の臭いがライトに嘔吐感を催させて、顔が歪んだ。その感覚とは別に、身体がフルスロットルで回され鼓動が早鳴って破裂しそうな体を押さえ込む。

 黒髪が発光しだしたように白に染まり、闇夜に輝く鮮緑が瞳に宿るライトが魔獣共の前に立ちはだかった。

 右手に握られたビームサーベルは粒子を散らしながら存在感を強め、刃先が揺らぐたびに魔獣達が警戒心を強め始める。

 前屈みになって唸り声を上げる魔獣たちが隙を窺い距離を取る。それに合わせて光剣を前にして構えたライトが躙り寄る。

 場を膠着させ、両者一歩も引かない状態が長く続き、後ろで子供を守るスバルの唾を飲み込む音を耳が拾った。張り詰めた糸が切れるようにして魔獣はライトへと飛びかかって、同時発生にビームサーベルがうねる。

 

「────ぇ」

 

 刃が触れるよりも先に鉄塊が割って入り、魔獣の頭が頭蓋もろとも粉砕された。

 ライトの口から小さい疑念が漏れ出る間にも、次々と魔獣の頭が質量の暴力によって花咲せて命の飛沫を地面に叩きつける。

 ──いったい何が起こったのか。疑問が口から飛び出すより前に、

 

「遅くなりましたが……その様子だと、大丈夫なようですね。子どもたちは無事、村に戻しました」

 

「ナイスタイミング、レム。子どもは無事だよ……ふぅ」

 

 藪をくぐり抜け、奥から現れたのはレムだ。

 スカートの裾をひるがえし、エプロンドレスを片手で軽く摘み、片方の手に血滴を引き連れる鉄球を従えて戦場の舞台に降り立つ。

 ほっと一息ついて額を伝う汗を拭ってライトは後ろで縮こまるスバルへと指を動かした。

 

「あぁ、ガキは無事だ。マジでタイミングが鬼がかって……レム後ろだッ!」

 

 待ちかねた援軍に安堵する束の間、腰を上げたスバルが叫んだ。

 身を潜めていた魔獣集団の二頭が、鎖の音を奏でるレムに向かって飛びかかる。

 なんとかしてレムをこちらと位置交換をして請け負おうとしたライトの前で、レムはゆるやかなステップで身を回し、

 

「──しっ!」

 

 右手に握る鉄の柄を振り抜けば付属する鎖が波のように伝わっていき、鎖に連結する鉄球がその法則に従う。重さに見合わない凄まじい勢いで回転し、振られる腕の軌道上にいた魔獣の胴体を穿ち、削り飛ばして地面を血で染めた。

 もう一方はガラ空きとなった彼女の半身に襲いかかるが、レムの左拳が魔獣の鼻っ面を殴り潰した。即死だった。

 ただの拳骨が頭を損失させるほどの威力を持ってたなんて、殴られた身からすると想像し得なかった。殴られた自身の状態がユニコーンと融合していたとするのならただの肉塊にならなかったのも納得の範疇だが。 

 その鮮やかな彼女の動きに二人は声も上げずに唖然とする。鮮やかと同時にその現場も彩られた。

 

「レ、レム強っ!」

 

「女の子にその言葉はどうかと思いますよライトくん」

 

 振り向くままにレムが襲いかかる魔獣を鎖とともに薙ぎ払えば、次々と四肢を残して中央が消し飛んでいく。

 今のうちにと子供を抱き抱えるスバルが警戒するライトと攻撃に徹するレムへと駆け寄った。

 

「いやっこんなん見せられたら誰だってボキャも飛んでくわっ!! マジパネェぜレムお前」

 

 想像はしていたがそれを超えるレムの頼りがいの有り様にスバルは体を跳ねさせて少女を抱え直す。

 一匹に続いて二匹も後を追ったことを目の当たりにした魔獣の動きは鈍い。自身とレムの初動を観察するように身を屈め、されどその瞳には殺意と蹂躙が滲んでいた。

 

「ちなみにライトとレムで全滅狙えたりできねえの?」

 

「多勢に無勢、数で押されたらジリ貧です。ライトくんは?」

 

「全滅は狙えないけど、減らす策はあるにはある。だけど……アレを撃つには少し時間がかかる」

 

「アレですかい、それならイケる可能性大だな。しからば……」

 

 緊張が切れ、魔獣の群れが飛びかかる前に三人の息が合う。

 右手に伸びる明かりが消え、ライトが右手の指を立てて組む。照準は──三匹分欠けた奴等の包囲網の甘い部分。その片方の軍勢だ。

 

「そこ!」

 

 叫びの合図とともに、レムの鉄球がうなり大気を穿つ。狙いは魔獣ではなくそこに位置する大地を粉砕し、砂煙が巻き起こる。視界を奪えばスバルがその中心へと駆け出し一点突破。

 みすみす彼の逃亡を許してしまった魔獣はその背中を追おうとするが、金属のぶつかる軽やかな音ともにその魔獣の内臓と骨を混ぜこぜにした。

 

「今ですライトくん!」

 

「その身で光を味わうんだな──ッ!」

 

 振り向きざまのレムの掛け声にライトが心のトリガーを引いた。

 マナの乱気流がライトの身から大出力で溢れ出し、外へと吸い出され引火する。蒼白い光玉が渦を巻いて破裂し、砲撃のような爆音を放ち、極太の光条が放たれた。

 開いた包囲網をさらにこじ開け、片方の魔獣の数匹を削り取る域に留まった。

 

「今──! ライトくん……!?」

 

「ぐっ、うぅ……大丈夫、だ!」

 

 体外に絞り出されたせいなのだろうが、体の温度が冷え、視界が霞かけてしまい一瞬だけ眩暈がライトを襲った。一言で表せば、きつい。血の気が引いて指先がかじかむ感覚が体を蝕んできた。

 首を振って倦怠感から逃げるライトは右肘にエネルギーを溜めると左手で掴み取り、振り抜きざまに魔獣の首を根本から断ち切る。

 心配を音に乗せるレムは鉄球を振るっていくつもの血の花を開花させてゆく。

 足を地面に打ち付けるとそのままにスバルの逃げた方角へライトとレムは駆け抜けた。

 霞かけた世界の中でも後ろから未だ追ってきて命を刈り取る牙をちらつかせる猛獣を見た。奥歯を噛み締めて血が滲み始めれば意識がはっきりとしてきて視界が晴れる。

 奥から魔獣の群れが押し寄せるのを視認したライトは一際双眸を光瞬かせると右手を突き出し、二発目の砲撃をぶっ放した。

 

「また……この感覚だし、数も減るどころか増えてる……」

 

 愚痴をこぼす暇もなく、ライトの少し前で森を駆け抜けるレムは鎖を乱舞させ、死体を増産させる。それでも、魔獣の怒りはすでに火蓋が斬られたも同然で、怯むものはいない。死屍を踏み越え開いた穴を塞ぐ魔獣はレムに目掛けて飛びかかる。

 背中までに差し掛かった疲労感を突き放し、肺を空気で満たせば足に思い切り力を込めて地面を蹴り飛ばす。

 

「い──ってぇくたばれッ!」

 

 勢いのまま地面に水平でかっ飛ぶライトは関節の悲鳴を叫びで上書きにしてビームサーベルを振り上げる。そのままレムへと突っ込む獣に光剣を突き立ててれば、首が泣き別れしてその骨や組織液が地面へと飾っていく。

 

「レム、道がわかんねぇ!」

 

「真っ直ぐ、正面です。結界を抜ければ勝負がつきます。村のかがり火を目指して!」

 

「了解だ! やば──っ!?」

 

 横合いから待ち伏せをしていたのだろう魔獣が涎を撒き散らし、スバルが驚愕に染まる。

 

「チィ、ゼァッ!」

 

 両手を少女の重みで塞ぐスバルに魔獣が襲いかかるのを見てライトは左手に握られた光剣を、投げ飛ばす。円盤の残像を描く光は空気を切り裂き、魔獣へと吸い込まれるように頭から下にかけて分断。魔獣の絶叫に代わって内容物が口内からこぼれ落ちていく。

 体の延長となっていた武器を切り離したことで、ライトはごっそりと何かが削ぎ落とされた感覚に陥り、視界が霧がかっていくが構わずに応戦する。

 

「ひぃぃぃ! グロすぎんだろっ……サンキュライト!!」

 

「早く行って!」

 

「ハァっ!!」

 

 再び魔獣の波が押し寄せてくるのを見て、レムが周囲の魔獣どもを薙ぎ倒して木々にそれらが埋め込めれば、間髪入れずに真朱の閃光がそれらの体を溶け穿つ。

 が、死角から魔獣が未だ鎖を振るうレムへと疾風の如く襲いかかる。

 

「うっ……うあ゛ぁっ!!」

 

「レム──っ! 邪魔だ、どけ!」

 

 レムの右腕に魔獣が噛みつき、血液が牙を濡らして彼女の服を染める。痛みに顔を歪ませて歯噛みするレムは無理やり魔獣を引き剥がしてその顔面目掛けて殴りが炸裂。ピンク色の何かが木へとつぶれさせると腕をしならせて次に襲いかかる魔獣の首を跳ね飛ばした。

 前に躍り出る魔獣どもを右手に握った光剣で次々に薙ぎ払い、棘のついた枝が上着を貫いて肌を切る。痛覚が意識を現実に引き戻してくれることに今は感謝しかなく、暴れ狂う体内の奔流を抑え込みながら足を懸命に動かした。

 間に合え。

 間に合え。

 間に合わなくちゃならない。

 縦に切り裂き、返り血と臓物が顔面に降りかかり粘っこい悪臭が鼻を刺す。にも関わらず、ライトは瞬きひとつもせず、のたうつ鉄の蛇を繰るレムへと手を伸ばす。

 鎖の間をよじって牙を剥き出しにする魔獣とレムの間は残りわずか。

 目一杯開かれたライトの手を見て、一瞬だけレムの目に躊躇いの色が浮かび上がる。

 魔犬の血がべっとりと張り付いた貫手を掴み取ってレムを投げ飛ばし、立ち位置が入れ替わり、

 

「ぐ──!」

 

 刹那、視界が真っ赤に染まるほどの激痛、突き刺す痛みが腕を殴りつけてくる。土に汚れ、純白だった上着に赤い花が咲き乱れた。

 そのまま顎に力を込め、咥えた腕をもぎ取ろうと魔獣の首がうねる──かに思えた。

 

「────ッ!」

 

「残念、だったなっ」

 

 マナが全身を張り巡らされたこの肉体は、平時のそれとは全くの別物。脚力も上がれば、全身の筋力だって増えているのは自然。

 腕を力一杯に引き寄せ、ライトの緑の双眼と負けじと噛み付く魔獣の赤い双眼が絡み合う。均衡がついに保てなくなったとき、魔獣の首元から光が通り過ぎ、瞳に力が抜けた。

 頭を残し、支えを失った魔獣の体はそのまま地面へと落ち、地面に鮮血を垂れ流す。

 

「仲間はみんなこうなるのに……なんでお前たちは下がらないんだ!」

 

 怖気付くことなく、むしろ勇気づけられた魔獣が果敢に突っ込んでくる始末。

 舌を飛ばし、腕についたままの魔獣の頭を振り飛ばしたライトは右腕を突き出し、そのまま全身に廻るエネルギーを前方に流し込んだ。

 爆音。蒼白い泡沫が弾け、荒れ狂うマナが朱色の光束となり魔獣もろとも呑み込む。

 

「ライトくん出血が……申し訳ありません。レムが躊躇ったばかりに」

 

「腕なんか……はぁ、別に大丈夫だ……! 早く行くよ!」

 

 眉を悲痛なものに歪めるレムを声で背中を押して、深緑を闇に落とす森を駆け抜ける。

 隣で走るレム、前方で子供を抱えて村へ向かうスバルの姿が伸びている。視界がおぼつかない。鼻から抜ける水っぽい何かを拭うと白い袖には赤が塗り広がった。

 それを見た瞬間、頭が極寒に投げ飛ばされたように凍え、視界が奥に引っ込みかける。

 ここで目を閉じるわけにはいかない。

 助けるまでは。

 三人は走る。森の隙間から照らされた燃える赤に向かって。

 

 

 

 

 三回か。四回か。もう何回ライトのごん太レーザーが放たれたかわからない。ただひたすらに、がむしゃらに走っていた。

 息が切れる。魔獣の死に様が目にこびりついて吐き気がする。左腕の感覚が鈍く、止まらない出血は上着の生地を乗り越え、地に落ちる雫は背後から追ってくる追跡者に居場所を教えているようにまで思った。

 もしかしたら一歩も進んでなんていなくて、同じところをぐるぐる回ってるのではないか。

 

「だぁーッ! 鎖が怖ぇ、爆音で耳が痛ぇクソ! ついでに横っ腹も鬼クソ痛ぇ──!」

 

 弱音を八つ当たりして火殴り飛ばして己の足を伸ばし蹴る。

 前へ。

 ただひたすらに前へ──。

 ふいに、スバルの眼前で闇が広がり開いた。

 突然のことに目を細める眼前、遠く、多くのゆらめく灯りが見える。

 

「レム、ライト! 灯りだ! 村のやつらの……結界につくぞ!」

 

 文字通りの光明の出現に、首を後ろに勢いよく向かせてありのままに歓喜を解き放つ。

 が、スバルは直後に首を掴まれたような衝撃に目を見張ることとなった。

 背後で、スバルの背中を守りながら戦っていたレムとライトの姿があまりにも壮絶だったためだ。

 ライトの純粋なる意志を象徴とするような純白の執事服には、塵による汚れと裂傷によってあちこちに赤い華を開花させており、右腕からはとめどない血液が彼の鼓動のたびに地面を濡らしている。瞳にはめ込まれた緑色の宝石は当初の力強さが薄れ、ただ月光に照らされる白髪が戦う意志表明。

 レムの糊の効いた仕立てのいいメイド服は、どこもかしこに爪と牙により引き裂かれ、白い柔肌には浅からぬ傷がいくつも浮かんでいる。鮮やかな青の髪は乱れに乱れ、被った返り血の量も多すぎて元の色も判別できないほどだ。

 

「お前ら──! な……!?」

 

 呟くスバルの声が詰まり、結界を司る結晶が埋め込まれたはるか先の樹木に目が走る。

 小さな、小さい影だ。ほとんど地面を見るに変わらない。

 黄色い燐光を纏い、魔力を展開する小さな魔獣がそこにあった。

 地面へと押し流される力が森をひっくり返し、土砂が襲いかかってくる。

 ただ横に走ればいい。でも動けない。今まで走っていた足が根を張ったようにその場で固まり、息が詰まってただ呆然と待つことしかできな──

 

「邪魔だ昴──っ!」

 

 いつの間にか、息がかかりそうな距離にいたレムとライトが手を伸ばしていた。いや、すでに押し飛ばされていた。

 すでに伸び切った二人の手はスバルの背中を押し通していて、走る勢い以上の速度を受けて吹き飛ばす。咄嗟の判断で腕の中の少女を抱きしめて衝撃から身を守るが、丸まった体は宙を飛んで受け身も取れずに木へと体を打ちつけた。

 背中が打たれ、肺の空気を強制的に押し出されて咳き込みながら、スバルは二人を、特に自身に罵声を浴びせたライトに苦言の一つや二つぶつけようとして──言葉を失った。

 

「あ……あ、ぁ」

 

 情けない声がスバルの喉を通り過ぎる。

 風が土を巻き、砂が通り過ぎ、二つの影が巻き込まれ通り過ぎた。

 暴力的な光景を前に須臾に等しい刻が永遠に思えるくらいの錯覚にスバルが息を呑み、裂けるくらいに開いた目でただ見る。

 二つの影は木々の高さを超える上方まで跳ね飛ばされていて──

 

「あ、あぁ……ライトオォッ! レムゥッ!」

 

 遅すぎる理解に達したとき、月光を一心に受ける二つ影がレムとライトの姿だということに気づいた。二人がスバルを突き飛ばしたわけが、土石流から守るためということにも。

 土砂がこれでもかと手厚い歓迎を与え、少女と少年の体は軽々と宙を舞う。血飛沫を撒き散らして空に放り投げられるのは、レムの、ひいては強化状態のライトですら超えるダメージを受けた名残。

 放物線を描きながら重力に引かれ地面に誘われる寸前、少年の影がすぐそばの少女の影と一つになり、闇に落ち──絶対に聞きたくなかった音が静寂に包まれる森に響き渡った。

 それは、悲劇を告げる冷酷な音。ひしゃげ、歪む音。まるで木の枝をへし折るような、あるいは氷を踏み砕くような、生々しく耳を劈く音。

 

「────ぁ」

 

 背筋が凍り、絶望がスバルの全身を支配した。

 幸いしたことは落下した二人の頭が、剥き出しとなった岩石に砕かなかったことか。

 少年は、ライトは髪の毛を血で濡らすレムを抱き抱えている。──関節という関節の役割を果たしていない左腕で。原型はかろうじて留めており、五本の指はしっかりとくっついている。だが、関節が肘以外にも増えて、折れた骨が皮膚を内側から押し上げて、皮も服も突き破り赤い紐を伴って白い枝が突出した。

 悲鳴はあげず、耕された地面の上でライトの体はぴくりとも動かない。

 

「ば……馬鹿野郎──ッ!! これじゃ……こんなんじゃ、俺は……!」

 

 何のために、そう口から飛び出しかけたとき、スバルの背筋が凍った。

 この感覚はもう何度味わったことだろう。小柄の魔獣も取り囲んで詰め寄るチェイサーも森でさえも、全ての動きが止まった。

 皆の視線が、倒れ伏す二人へと浴びせられる。

 疑念が予感に。予感が確信に。確信は、より明瞭なものへと輪郭を整え、たった一文字の強列で濃密な言葉。

 『死』

 それが、何もないはずの空間を埋め尽くした。

 

 

 ──亡霊に操られるかのように、倒れていたレムがゆっくりと立ち上がった。

 

 

 信じられない光景だ。あれだけの身を潰すほどの衝撃を受けたはずの彼女の立ち姿には、異常というものが存在しない。傷ついていた芳体が、ジリジリと肉を焼く音とともにたちまち塞がっていた。

 その凄まじい回復からくる熱が、血の蒸気を纏っているようにすら見えた。

 下で倒れ伏すライトには興味を示さず、ぐるりとあたりを睨みつける。

 誰もが見た。見開いた彼女の理性を宿していない瞳を。返り血に陶酔を味わうような笑みに歪めるその顔を。

 

「ふ……ふふ。はは──」

 

 解放されたかのように、自由を手に入れたかのように、額から白いツノが生えて、

 

「あはは、はぁアハハハ──ッ!」

 

 産声の狂い笑いが口角を張り裂いたとき、レムの体が風に乗った。

 鞭のように身を翻して乱雑に鎖へと暴力を伝わらせた。従うままにその鉄球が魔獣へと叩きつけ血の華が量産され、間髪入れずに鎖が惚ける魔獣へと躍動のままに引き裂いた。

 意識を取り戻した魔獣が次々と狂気へと向かえば、華奢な腕からは想像も絶する力が首を目掛けて打ち飛ばされた。

 理性などない。繰り広げられるのは狂乱と血飛沫と臓物で彩られた凶舞台。

 

「魔獣! 魔獣! 魔獣! 魔獣! ──魔女ッ!!」

 

 叫び、しなる腕が鎖へと伝播し血を求めて魔獣が屠られ続ける。

 大気が裂かれ、魔獣の体が弾けて、血は弾けて、内臓も弾けて、千切れた体躯が樹木に飾りつく。

 

「魔獣! 魔獣! 魔獣! 魔獣──ッ!!」 

 

 獣の体が弾け、腑と脳髄がおびただしく地面に撒き散らされて、残酷にそれらの命を奪っていく。

 ライトは未だ血に濡れた地面に横たわったままだ。未だ血潮に濡れるその髪は神聖な生き物のように純白を讃えたまま、仰向けに月光のスポットライトを浴びている。包囲網を変形させながら積み重ねた死骸の分だけ爪を、牙を刻む魔獣に見向きもされずに。

 しかしスバルはただひざまづいて彼女の猛攻に見入っていた。

 誰も喋らない。喋った途端に、血の雨を浴びて狂い踊るレムの意識に入っしまえば、瞬く間に体があたり一面に転がる。そうはならないはずなのに、思えてならないのだ。

狂気を浴びて踊り狂うレム。血を夜空へと舞い上げ狂気じみた笑い声を響き渡らせるその姿はまさしく、

 

「──鬼だ」

 

 赤で体を染めあげようとも彼女の一角には、未だその輝きを遮ることはない。

 付随して、序盤の群れは殺し潰されたはずにも関わらず、群れを増やした赤い光点は際限なく湧き上がっていた。

 状況が目まぐるしく変化したとして、スバルたちが窮地に追いやられている事実は変わらない。

 客観的に、目の前に転がり込んだ腹から骨を咲かす魔獣の死骸にうつつを抜かしたとき、スバルは気配を肌で感じ取る。

 レムから離れ、魔獣の群れから離れ、凶舞台を上から眺めるように距離を取る子犬の魔獣が再び魔法を展開。大気中から根こそぎ吸い取ったマナを土地の基盤を歪め押し流そうとしていた。

 魔力の渦を感じ取り、狂笑を色濃く殺意と敵意を差し向けるレムが腕を振り絞り、渦中に鉄球を撃ち放とうと──

 動きの止まったレムを見逃さず、魔獣の群れが一斉に背中目掛けて飛びかかる。

 

「レム! ────ッ」

 

 

 

 

 意識の底から、じわりじわりと浮上する感覚があった。

 闇の中に沈んでいたはずの思考が、冷たく、重い何かに引きずり戻される。まるで水面に浮かび上がるような、もしくは第三者から無理やり引っ張り上げられるような──不快で逃れたくなる感覚。

 

「………っ……ぅ」

 

 ゆっくりと、薄く開いた瞼の先に、ぼやけた光が自分を見つめていた。視界は滲んで、光の輪郭すらままならない。

 曖昧な現実。

 今、赤い何かが目の前──目の上? を通り過ぎた。

 ぺちゃっと何かが顔について、気持ちが悪い。

 自分はどこにいて、何をしていたのか。かき混ぜられたような脳みそでは先のことも前のことも探りを入れることができない。

 だが、そんな夢見心地も後追いするナニカによって気付かされる。

 

「──ぁ?」

 

 振動。

 カラダを揺らし、足が揺れ脳が震えて、身体中の中身が揺れて、ウデが揺れて──自身の体から圧倒的な異常感を生み出す。

 押しつぶされたみたいに足の指が、足が、脚が。それだけじゃなく、全身がキリキリと迸っていてた。

 

「…………っ、ぁ……」

 

 声にならない空気が漏れる。喉は枯れ、乾き切っていた。

 それよりも先に、

 ──腕。

 腕、左腕がまるで業火に炙れるような感覚に襲われた。にも関わらず、自分の意思で動くことは叶いそうになくただ火元に投げれるのみ。

 最初は鈍く、遠くから響くような痛みだったはずだ。

 痛い。

 痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 混濁した意識が、麻痺した感覚が、水面に浮かぶ朧げな現実が、何もかもがその痛みによって鮮明になっていく。

 だが、そんな余裕などない。ないのだ。あってはならない。何かやるべきことがあったはずなのだ。

 もがき、意識を覚醒させようとするライトだが、全身を司るエネルギーは底を尽きかけていて彼の体を倦怠感で蝕んで黒い闇へ引き摺り込もうとする。

 足りなくて何にも足りなくて起きる気力も湧かない。なら、ここで寝たって別に──

 

「いいわけ、ない……ッ!」

 

 体のどこもかしこも崩壊寸前の危険信号を発していたって気にしていられるわけない。こちらはすでに左腕をくれてやった。他でもない、絶対に助けたいと思った女の子に──レムに。

 身を起こし、瞳に決意を凝り固めた閃緑の輝きを宿すライトが目にしたのは、無防備に魔獣の前で姿を晒している血で汚した青髪の子。

 傍の土手からいきり立つ四足動物が視界に飛び込んだ瞬間、決まった。いや、この目で見る前からすでに決めていたことだ。

 

 ──はやく……ッ!

 

 一挙手一投足が全てにかかる永遠の刹那で、片膝を立ててライトは右腕を前へ押し出す。銃の形に組んだ右手からスパークが迸り、体から体温が抜け落ちるたびに白珠が荒れ狂った。

 一切合切全てをぶつけなければ、他勢を圧倒することなど不可だ。なればこそ、この一撃に──賭ける。

 ぶっつけ本番でもしかしたら失敗するかもしれないけれど、それでも、やる。

 大雑把なあれじゃレムにまで巻き添えになる。もっと小さく、もっと熱く、もっと速く、もっと密度を。もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっと──

 

「──ッ! 早くしろ──ッ!!」

 

 瞬間、破壊の光が音を置き去りにした。

 白光と赤光が混ざり合いながら一直線に突き抜け、空間を引き裂くような凄まじい轟音が後を追う。圧倒的エネルギーの道を誘うように青い稲妻が光の槍を渦を巻き、遮る木削り取って猛進。

 魔獣の群れが目にしたときにはすでに遅く、光に呑み込まれ四肢を、体を喰われた。

 衝撃は木々を揺らし周囲に伝播させ、

 

「……ぁ、ぇ……今の」

 

 狂気に溺れたレムまでもが目を覚ます。

 呆けてあたりを忙しなく見渡すレムを見て、ライトは体からごっそりと力が削がれてしまうのを感じた。

 

「ライト、お前!」

 

「レムは……ライ、とくん?」

 

 正気を取り戻したレムが駆け寄るスバルへと視線を誘導される。その先にいたのはスバルがナニカに血相を変えて駆け込む姿。

 視界が鮮明になってくるとレムはナニカが分かるのと同時に顔の温度が吹雪くのを感じる。

 

「すば、る……ぶっ」

 

「お、おいライト! 血が……目を開けろッ!」

 

 液体が口からこぼれ落ちるのをそのままに呟くと、ぶつりと糸が切れ体の自由が効かなくなる。身体中が麻痺して不自由がライトを縛り付けにする中、鼓膜から何も状況が伝わらなくなってきた。

 視界が闇に覆われかけるも、ライトはなんとか右腕を杖にして必死に情報を取り込む。

 スバルが目に涙を溜めて自身を見ている。そんなにひどい格好をしているのかと、どこか他人のような感想を抱きながら視線を奥にいるレムへと移って、

 

「レムが──ッ! ごぼっ……」

 

 指を差して叫んだ。

 あれだけ頑張っても、魔獣たちの恨みは吹き飛ぶことがなかったらしい。立ち尽くすレムに向かって無情にも魔獣たちが突っ込んでいた。

 今の言葉はスバルに届いていただろうか。わからないが、ぼやける視界に映る人は恐るべき速さで少女のいる方へ駆ける。

 ライトの視界がだんだんとぼやけ黒一色に変化していけば、あたりから微かに鋭い音が流れ始めてきてそれが耳鳴りということに気づく。

 身体が重力に惹かれるように横へ傾き始める。

 

「レムの、レムのせいで……ライトく──」

 

「この大馬鹿──ッ!」

 

 スバルが一心不乱にレムへと駆け寄り、ぶつかる。

 動揺し、その下から悲嘆に暮れた女の子の顔が表れる。

 

「──がああああッッッ!!!!」

 

 全身に魔獣の牙が襲いかかった。

 絶叫が聞こえる。近くて遠い方からだ。意識が崩れゆく中、耳を切り裂く音にライトの目がかろうじて電源がつく。

 前腕が力でねじ砕かれ、スバルが大口を開けて喉が張り裂けそうな音を出した。

 右足や左足首、腹や首にまで牙で埋め尽くされている。もう逃げる術を全て奪われた。バランスを崩した。あれではもう、どこか欠損していてもおかしくない。そして、ダメ押しの牙が並ぶ口腔がスバルの顔面に差し掛かったとき、鋼色が叩き潰した。

 

「スバルくん──!!」

 

 責任を負うには小さすぎる身体が満身創痍のスバルの肩を叩いた。

 スバルも自分も、まったく馬鹿なことをしたものだ。これじゃ戻ってきた意味がない。

 景色が重力を無視して、大地に聳える木々が横に生えている。──違う。横になっているのは……

 

「死なないで、死なないで、死なないで。死なないで──! ──っ」

 

 俺だ。

 白い身体が赤い水溜りに落ちて、大きい波紋を作り出す。壊れてしまった管から制限なく鼓動と共に流れ落ちて、命が溢れる。

 レムがスバルと女の子を担いでこっちに駆け寄っている。でも、駆け寄られているはずなのに、どんどん離れていく。どんどん、遠くへ──遠くへ。

 

「ライ──くん、目を、開けてください……! ライ────」

 

 見える。見えないはずなのに、見える。鼓動が遠くなって軽薄になって意識が無くなりかけているのに。悲しみと絶望が入り混じった表情だった。唇はわずかに震え、なにか言おうとしていた。

 笑っている顔が似合う子に、こんな顔させてしまうなんて。

 でも、いい。

 

 ──助け、られた……か

 

 

 …………ら────────────────

 

 

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