Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第四十二話 あるなしに関わらず

 

 

 『死』

 何度も経験してきたが実際に第三者から言われてしまえば言葉が詰まって思考が遅れる。ライトもこんな気持ちだったのかと思えば何やら自嘲めいた感情が湧いてくる。

 

「思ったより動じていないのよ。眠りこけてるやつみたいにピーピー泣き喚くものと思ったかしら」

 

 ライトのように希うことを想像してたであろうベアトリスが、何やら熟考するスバルに少々予想外と片眉上げて驚いた。

 両手を腰につけて爪先を地面に遊ばせたスバルは硬く結んだ口を開ける。

 

「何かと誇張がすごいのだが……呪い、噛みつかれたときか」

 

「そう、森で魔獣の群れにやられたとき、追加でごっそり植え付けられているのよ」

 

「解けない呪いってのはどういう理由か聞いていいか? ライトが呪われていないのも兼ねて」

 

「簡単な話かしら。かけられた呪いが重なりすぎて、解くには複雑になりすぎてしまっているのよ」

 

 両手の指を絡めると、それを引っ張ってもつれているようなことをジェスチャーするベアトリス。

 

「呪いが重なる……糸付き爆弾で言えば間違った紐を切ったら爆発して死ぬみたいな感じで……クソ、確かに難易度が高いな」

 

「お前の例えはよくわからないけど、だいたいそうかしら。眠ってる男の方は餌として見られなかったのよ」

 

「ライトが餌として?」

 

 眠ってると聞けば腕が血まみれになってみるも無惨な姿へと変わっていたライトが浮かんでくる。だが、一向に魔獣達が地面に突っ伏す彼を襲わなかったのは死んでいるようにしか見えなかったからだとしても食わない理由にはならない。牙で一刺しすれば呪いもつくのだから。

 

「あの魔獣の呪いは『対象からマナを奪う』という呪いかしら。昨夜の戦いでマナが空っぽになったあっちの方は用済みだったわけで、お前は格好の餌だったわけなのよ」

 

 「あー」とが点がついたスバルは口をあんぐりと開けて頷く。

 あのときのライトは顔面蒼白で精気が感じられなかった。あれはマナが不足してかつ大量に血を失った状態。吸い取れるマナも雀の涙だったから、ウルガルムからすれば透明人間となっていたということらしい。

 

「じゃあ俺が極上のステーキってか? 舌肥すぎだろぉ、野生動物って複雑なのかシンプルなのかわかんねぇな。あいつらの小腹が今まで空いてなかったことに感謝しなきゃだな」

 

 あのがめつさには何かと苛立ってきては、その怒りをぶつけたい。ぶつけると言っても自分の顔をもみくちゃにすることぐらいしかできないのだが。

 絶望的なこの状況をどうにか脱する術はないかとスバルが手指をこねくり回しているとベアトリスは、

 

「──お前」

 

「あ?」

 

 突然名前を呼ばれて、打開策に頭をフル回転させていた思考を止める。顔を向ければ予想外といった表情を浮かべたベアトリスが、こちらを凝視していた。

 

「怖くないのかしら。ベティのこれはお前にとっての余命宣告なのよ」

 

「そりゃ怖いよ。でも、わざわざ死の宣告だけしに来るほど、意地悪じゃないと俺はお前を見てるんだが」

 

「お前がベティの何を知っているっていうのかしら」

 

 眉間に皺を寄せて不機嫌の心をあらわにする少女を見ながら、自身とライト以外にはわからない、それは長い一週間を思い出す。

 今までと比べればメイド姉妹との関係はここにきての初回ループ前以来の良好具合である。路線を初回同様にしようとし、エミリアからの膝枕の件例外にしたらこれ以上にないループだ。

 だがここに来て、有力候補のライトが再起不能に陥ってしまった。子どもたちは救い出せてもライトも帰って来れなければ、全員を救うという結末が訪れない。彼の療養は今後に持ち越しということになるのだが、一回でも選択を間違えば、次が来たとしても無意味となってしまう。

 

「まあ少なくとも、お前が思っている三倍は長い付き合いぐらいの感覚だな」

 

「意味がわからないのよ。でも助かる可能性がずっと低いのは事実かしら」

 

「なら聞かせろよ。その極小の可能性ってやつを」

 

 スバルの目つきが真剣なものに変わって、ベアトリスを見つめる。

 その目に見つめられたベアトリスが、どうしようもないようにため息をついて、

 

「これは、術式を介した食事なのよ。食べる側が命を落としたなら、食事を中断するのが道理かしら」

 

「そういうことか。レムやライトが、そのウルガルムに噛まれたりしても呪いがかかっていないのは、すでに討伐済みだからということねなるほどなるほど。うん、これはあれだ」

 

 服をめくって腹の傷を確認するスバルが期待薄という目をして納得してしまう。

 ベアトリスはやっとその考えに至った彼に瞑目した。

 

「可能性が期待できないな。いかんせん数が多すぎる」

 

「にーちゃがあの娘に呪いのことを黙っているのもそのせいなのよ」

 

「確かにな。エミリアが知ったらきっと無理するもんな。それはすっげぇ嬉しいけどすげぇ恐ぇよ」

 

 他人のために損なことをしてしまうのがエミリアの生来だ。だからこそ彼女に頼ろうとも思わない。思いたくない。

 すでに同郷の一人が寝台に伏している。たったこれだけ、されどこれだけでスバルは心を重責で押し潰されているのだ。

 

「難易度がマジ鬼がかってやがる。とてもじゃねえけど無理だ。でも、ここで諦めるわけに──」

 

『だから諦めるんですか? 助ける方法は他には?』

 

 諦めるわけにはいかない。蜘蛛の糸を掴むような希望に縋ろうとしたとき、どこかで聞いた声が蘇る。

 それは記憶から無理矢理にでも起こされたように砂嵐がかかっていた。

 デジャブのような声に襲われたスバルが体を縮め込ませて、刹那の思考を捕まえようとする。ここにはスバルとベアトリスしかいない。なら鮮明に鼓膜を震わすこれは──

 

「頭でも痛くなったかしら。それも無理ないのよ」

 

『それだけかしら? あとはお前の好きにするがいいのよ』

 

 眼前のベアトリスの声と、記憶の中ベアトリスの声が重なり、一つになる。

 この声をどこで聞いたか、それはわからない。が、どこかで聞いた声が頭の中で混じり合う。

 この声は深い霧の中で聴いたような。

 

『レムが全て──────必ず、助けます』

 

 決意の声。全てをその小さい背中に背負って決心する声。その言葉には聞き覚えがある。

 スバルの頭に一筋の懸念がよぎった。重い頭を目の前の少女に向けて聞かなけらばならないことを聞く。

 

「レムは……どこだ?」

 

 目覚めの当初からここに来るまでにスバルは一度も給仕服を着た青髪の女の子を見ていない。

 だが村に一緒に戻っていると、無事に森から脱したとそう聞いている。

 

「ベア子……ベアトリス。レムはどこだ、どこなんだっ」

 

 語気に前のめりになるスバルがベアトリスへと詰め寄りにかかる。

 

「お前が同じ立場ならどうするかしら」

 

「どうするってそんなもん──!」

 

 助けるに決まってる。もったいぶった彼女の言い回しに、無力な自分のわがままな願いを心の中で反響した途端に体が傾きかける。自分がやろうとした行いにスバルは鑑みた。

 一時の感情に流されかけた。目の前の少女はそうした八つ当たりを受ける覚悟でここにきていた。そして寄りかかろうとする自身がとても矮小な存在に見えてとても腹立たしい。

 そこに、

 

「──今の話、聞き捨てなりません」

 

 静かではあるが厳かに、どこからかスバルとベアトリスの話に割って入ってくる。

 その声に振り向けば、石橋の上からその顔を崩すことをしないラムが珍しく焦燥感を滲み立たせて体の横に置いた手が小刻みに震えていた。

 

「あっ、ラム……」

 

「千里眼に、レムが映りません。ベアトリス様、レムは一体どこに」

 

「そんなっ、じゃあレムは今……」

 

 可能性が事実となった。レムは単騎で、森に住まう魔獣たちを掃討するつもりで入ったのだ。

 呪いに命を縛られたスバルを救うため。戦いで目覚めぬままとなってしまったライトへの贖罪のために。

 

「どうしてだ……どうしてレムが俺たちのためにそこまでしてくれる……!?」

 

 一度はレムに命を脅かされたことがあるスバルとライト。今までに比べれば格段に関係値に改善が見られるだろう。だがこの命を助けるとまでの関係にまでなったとは思えない。

 彼女の決断に驚き戸惑うスバル。橋上から飛び降りラムが黙認するベアトリスに唇を噛んで抑えることで必死でいる。だが劇的な変化が訪れる。

 ラムが妹を追って森へ向かおうと駆け出したのだ。

 

「な!? おいちょっと待てって!」

 

「離しなさいバルス! 今のラムは余裕がないから優しくはできないわ」

 

「レムを助けたきゃ。ついでに俺のことをちったぁ仲間と思ってんなら聞いてくれ」

 

 レムのためにと聞き、スバルに掴まれた手を振り解く力を緩めるラム。緩めた力にスバルは気付くが、いつでもまた掴めるようにその体制を維持して続ける。

 聞きたいことは二つだ。

 

「レムの居場所は分かるのか?」

 

「わかるわ。ラムの千里眼を使えば」

 

 「千里眼?」とラムの発言を反芻するスバルに、いつまでも掴まれたままの手をラムが鬱陶しくして払い腕を組む。

 

「ラムと波長の合う存在。虫や動物といった生き物と視界を共有する力よ」

 

「そいつらの視界を使った監視カメラみたいなもんか。ともあれそれでレムと合流できんなら上等だ」

 

 早く妹のそばにありたいと思うラムが少し落ち着いたのか走り出す体制から元に戻すが、以前顔だけがスバルに向いている状態だ。

 第一関門突破というばかりに次の関門へと移るスバル。

 

「……で、お前って戦えるタイプのメイドだったりする?」

 

「……それはどういう意味での質問?」

 

 どうして戦闘能力を開示しなければならのかと、ラムが目を細めてスバルを睨む。

 あからさまな態度にスバルは首をもたげると、

 

「俺も一緒に森に入るって意味だ」

 

「ついてくるつもり?」

 

「ああ闘いになったら俺は超足引っ張るからな」

 

 自信満々に自虐するスバルに、ラムはなぜと言わんばかりにでかいため息を吐く。

 

「鬼化したレムと同じくらい戦えるのを期待されているなら無理よ」

 

 姉妹であれば鬼の力は使えるはずだ。だが彼女の口振りから察するに、可能ではないことをスバルが悟る。

 そうは考えてわかってはいても、言わねば収まらないのがスバルだ。

 

「レムが鬼ってことは、ラムも鬼ってことじゃねえのか?」

 

 「あっ」とラムが口をこぼせば、彼女の視線が揺らいだ。何か聞かれたくないことだったのだろうか。

 目線を僅かに下へと向けた彼女が今までとは打って変わって諦念を含めた声で、

 

「レムと違って、ラムは『ツノナシ』だから」

 

 ラムの弱気を含む言葉に動揺するスバル。ラムが小さく笑えば、また勝気の雰囲気を取り戻してようやくと体をこちらに向かせた。

 

「少し過激に風の魔法が使えるだけよ」

 

 そう言って彼女が右腕を地面へと払えば、空間を裂く音と同時に突風と砂煙が巻き起こる。

 この魔法はかつてスバルが逃げ出したときに掠めた凶器でもあった。それも思えば、背筋に冷たい汗が流れてくる。

 だがそんな魔法も味方となれば話が打って変わって頼りになっていく。

 

「姉妹の妹を連れ戻すってことは、自分の命を諦めるってことなのよ。お前は、それが理解できているのかしら」

 

「ちょっと違ぇよ、訂正するぜ」

 

 低い声で最後の忠告を言い渡すベアトリスに、スバルはしたりげに口を歪めて、

 

「死に慣れて諦め癖なんてくっだらねえ、命は大事だ一個しかない。お前らが必死こいて繋いでくれたからそれがわかった」

 

 そして命を懸けてまでレムと自身を守ったライトのためにも、ここでゲームセットなんてもってのほか。だからこそのリベンジマッチの時間だ。

 

「だからみっともなく足掻かせてもらうぜ? あんだけひでえ状態からここまで持ち直したんだ。ちょっとの奇跡さへ起こせば、一発逆転劇だ。欲張りな俺は、俺含めた幕間が見たくてしょうがねえんだよ」

 

 なんと馬鹿げた理屈、回りくどい説明だろうか。

 彼の空気に飲まれる二人をそのままに、森の番犬に、そしてこの理不尽な世界に召喚した得体の知れないものへ、あのとき以来だった宣戦を布告する。

 

「さあ、最後の大勝負と行こうぜ。──運命様上等だ!」

 

 

 

 

「と、随分とカッコのいい啖呵を切っていたけど。いざお荷物まっしぐらの姿を目の当たりにすると失望の念も尽きないわ」

 

 と、運命を賭けた大宣言から一時間になるかならないかの頃にラムがボソリと呟く。

 その隣には太陽の日照りを葉っぱに遮られたことで足場に悪戦苦闘し、動くほど息が上がっていくスバルがいた。

 

「……こっちは……はぁ、病み上がりで体力浪費もいいのに血も足りねえんだよ……はぁ」

 

 ここは森の中。二人はレムを探しに彷徨っているのだが、それらしきところは見つからない。先頭を歩くのは森の性質に詳しいラム女史だ。彼女が言うには、常日頃結界に酷い目に遭わされている魔獣たちは、村の周辺ではなく森の奥に群れで暮らしているとのこと。

 剣を杖に、足場の悪さに体力がいたずらに削られていくのを我慢しているスバルがふと思い出す。

 

「そういえば、エミリアたんに『いってらっしゃい』って言ってもらいそびれてるぅ」

 

「まだ『ただいま』を言ってないなら、昨晩の『いってらっしゃい』が有効よ」

 

「そういうもんかな……?」

 

 屁理屈に納得のいかないスバルが、振り返って自身を待っているラムに目を向ける。

 

「それにエミリア様以外からならもらったでしょう?」

 

「あぁ、素敵なやつをな」

 

 そう言うとスバルが杖にしていた剣を正面に構えて鞘を引き抜けば、刀身が頭を出して日差しに賛歌を上げる。この剣は青年団団長から貰い受けた──村一番の業物。業物といってもこれといって特に装飾はなく、RPGゲームで標準装備なものと変わらない片手剣だ。

 木刀を振って握力八十キロオーバーだとしても素人のスバルが剣を振れば鈍に変わってしまうが、それでも体の近くに武器があれば安心感なんて桁が違う。

 あくまでも預かって二人は送り出された。

 だが託されたものは、なにも武器だけではない。

 

「ガキから貰ったものは?」

 

 村から出ていくとき、青年団に送り出されたのだが、目覚めた子どもたちに捕まえられたのだ。

 スバルとライト、そしてレムに直接お礼を言おうとしていた子どもたちが感謝を込めてスバルのポケットにそれぞれの品々を入れていったのである。未だ眠っているライトを見たら、どうするのだろうか。怪我をしてしまった人への、応援メッセージなるものを包帯で巻かれた左腕に書き込むのか。

 みんなの意識は眠るライトに向かったはず。──もしもがあっても、スバルとラムが屋敷への帰り道に森へ入ったなんて知る由もない。

 

「ほほーう、お菓子とキレイな石。こっちには? ん? この柔らかい感触……」

 

 指先に弾力のある物体を感じて恐る恐るそれを取り出して、開く。そこには何かの幼虫が丸く収まっていて──、

 

「どぅわっ虫入ってやがった! どさくさに紛れてなんちゅうもんをったく、とんでもねえクソガキどもだ。あとで説教したる」

 

「慕われている証拠でしょう。……どこがいいのかしらこんな男」

 

「子どもの純真な瞳には、俺と言う男の本質がきらめいて見えるんだよぉ。それに好かれてるのは俺ばっかりじゃねぇ。ラムにもわかっただろ?」

 

「……そうね」

 

 ラムの同意を聞き届けば、スバルが瞑目して何度もうなづく。

 はやる気持ちでスバルと子どもたちのやりとりを見ていたラムが、ペトラに名前を呼ばれて約束を取り付けられたところは破顔しそうだった。

 ラムも思い出したのだろうか、小さく笑う。それを見てスバルも釣られ笑いを浮かべるが神出鬼没な木の根っこが足を取られかける。

 

「っぶね! にしてもここ、長いな……こうも獣道ばかりじゃ」

 

「慣れていないのは別にしても、遅すぎて話にならないわ。……置いていこうかしら」

 

「まーて待て待て! 待てい! ステイだぞラム。そうやって助走つけたって、俺の意思は変わらないからな!」

 

 人差し指を立ててラムに突っぱねるスバルが杖代わりの剣を地面に八つ当たりする。

 メイド服姿は全くと言っていいほど山道を歩くのに適していないはずだが、にもかかわらず慣れた足取りのラムの行進はスバルの倍は早い。

 妹の危機が迫っていると知れば焦る気持ちもわからなくもないが、置いてかれたらそれこそ格好の餌食。

 土下座して足にしがみつきたい所存だ。

 

「そろそろ昨日の戦いの跡とか見えんじゃねぇか? と噂をすればなんとやらってやつだな」

 

「……これをトライがやったっていうの?」

 

 しばらく歩いていくばくかしたとき、目の前の現象に思わず振り返るラムにスバルが無口で首肯する。

 

「昨日の夜に四、五発はたぶん撃ってたんじゃねぇの? 俺は無我夢中で森を爆走してたからわからなかったけど、ビームってすげぇな。当たるとこうなんだ」

 

 感嘆するスバルのそばには幹が削り取られたような木がある。見渡せば倒木しているものも、傍に一部を光によって綺麗に吹き飛んだ魔獣の死骸もある。

 恐る恐るスバルが削られた断面をそっと人差し指を沿わせてみればボロボロと崩れる。超高熱の熱線を受けたのだから燃える前に蒸発し炭化したのだろう。

 指に残った炭をボロボロの使用人服でスバルが拭うとあんぐりと口を開けてこの惨状を眺めるラムへと近づいた。

 

「そりゃこんな大火力撃ちまくったら、すぐガス欠起こすに決まってる」

 

「それでも、トライはよく耐えたものよ。陽属性の魔法がどんなものかラムはよく知らないけど、地形を削るほどの魔法は大抵……上級ね」

 

「上級……上級かぁ。メラゾーマ! とかそんな感じ? 俺が撃ったら一撃でもかっさかさのミイラになりそうだな」

 

 規格外な魔法を放てるのも精霊使いとしてのアドバンテージあってのものか。バカスカ魔法が撃てないところから一概にチートとも言えないとしても、まともに当たったら死とは無理ゲーすぎる。

 呆れ笑いが腹から湧き出てしまっていると眉を顰めて怪訝そうにするラムが目に入った。

 

「……どうしたんだよ。眉間に皺寄せると可愛い顔が台無しだぜ、お・ね・え・さ・ま」

 

「可愛いだなんて、ただの節穴にも随分と見る目があるのね。次にそんな口を聞いたら歯を全部引っこ抜くわ」

 

「褒めてやったのに結局オチはそれかよ!? つってもマジに気になることでもあったのか? 浮かねぇ顔してるぜ」

 

「別に、ただ……」

 

 歯切れの悪いラムの態度にスバルが片眉をあげて「ただ?」と復唱する。

 確かに地面が焼かれガラス上に変貌し、嵐が過ぎ去ったような倒木の数々は誰だって絶句してしまうだろう。しかし、どこかラムの目には気遣いの色が見えなくもないのだ。

 

「守った果てに昏睡状態なんて、救いようがないバカだと思っただけだわ」

 

「……さっすがは姉様ですわぁ。重篤のやつにも容赦ねぇ」

 

 不満げな顔でこぼしたラムにがっくしと両腕をスバルは脱力させる。

 誰かの代わりに自分がと我先に傷つきにいくバカは確かにバカだというのは賛成意見だ。その分も含めて先走りするレムと先走ったライトを床に正座させて説教というのも悪くないかも知れない。そこに無鉄砲に犬に噛み付かれた少年も追加するとなおのこと痛快。

 と、足を止めていたところからまた進んだところで含み笑いを浮かべるスバルに対して、

 

「バルス、千里眼を使うわ。少し待ちなさい」

 

 前方で足を止め、後ろへ振り返らないラムが命令口調で言い放てば静かに空を仰ぎ向く。

 瞬間、森が静まり返った。音がパタリと止む異様な感覚を噛み締めながら、スバルは急足でラムの元へと向かい、鞘から剣を抜き放って周囲に意識を巡らす。

 

「────」「──……」

 

 ここでおさらいするは自然に意識を馳せるラムが今まさに発動中の『千里眼』。これは使用中、無防備となる面もあるが得られる恩恵も多いもの。

 人に限らず虫や動物にもその視線を垣間見ることができ、目から目へと乗り移ることで距離を伸ばすことも可能だとか。千里を見通すとはまさにこのこと。

 隙をこの森で見せれば一瞬で命を文字通り噛みちぎられるため気を抜くことはできない。

 剣の矛先をあちこち行ったり来たりさせるスバル。

 そこに──、

 

「バルス──ラムたちを見ている視界があるわ」

 

「なに?」

 

 瞑目したまま告げられるラムの知らせにスバルの意識が強張れば剣を鳴らして構え直す。

 ざらざらと靴裏が土壌を踏む音しか聞こえなくて、焦燥感が鼓動をひどく打ち鳴らした。

 

「あっちよ」

 

「どこ!?」

 

 確証を得て目を閉ざすのを終わらせたラムが木々の隙間に向かって指を伸ばしているが、スバルには茂みで何が何だかわからず叫んだ。

 すると途端に森が息を吹き返したようにさざめき出せば唸り声がスバルの耳に入り込んで、

 

「────ッ!」

 

 頭上からから牙を剥き出しにした四足獣が電光石火のように飛びかかるところだった。無防備にさらされるスバルの喉笛目掛け一直線の突進。

 思わず両手で防ごうとするが、血肉を求める獣の方が圧倒的なスピード。後に訪れる濃厚なまでの『死』が目一杯に開かれた口腔から明らかにされた。牙が喉元に喰らいつき噛みちぎって噛み砕いて、吹き出すスバルの鮮血をその身に浴びながら野獣が歓喜に震える。

 もっともそれが──、

 

「──馬鹿ね。ラムがいることも忘れないでほしいわ」

 

「うおわ!?」

 

 一人だけの話だが。

 

 冷酷なまでの短い誹謗が吐息するのと同時に、眼前に開かれた魔獣の大口が大きく横へ逸れる。

 横合いから大気を切り裂く嵐が魔獣の胴体を真っ二つに分断し、生き物から肉の塊へと成り下がったのだ。

 

「まだよ、次が来るわ」

 

「────ッ!」

 

 小休止もないままどこからともなく魔獣が二体、草むらから割って出てくる。

 物陰から現れ首を掠め取ろうとする不意打ちは、全方位すでに短時間で頭に叩き入れたラムの前では無力。風の刃が悉くをもって窮地を文字通り切り裂いた。

 

「ウ゛ワァェェぇ……ってサラッと行くなよぉ!」

 

 あれでも生きようと日々を謳歌しようとする野生動物だ。目の前で死体となって転がる状況には思うところもあるが、淡白なラムの反応にスバルが手を合わせる時間もない。

 構えたはいいが特段ろくな攻撃もできないままの剣を鞘に納め、スバルは心内で黙祷して急足でラムに続く。

 

「それにしても、どうしてどの個体もバルスを見た途端に冷静さを失うのかしら。腑に落ちないわ」

 

 スバルに振り向きもせずにラムがそう口にする、スバルを狙う魔獣の習性。疑問を抱かずにはいられないと不思議そうに頬に手を当てるラムの答えに朧げならスバルは当てがあった。

 口に出せずに迷うのはスバルの弱さでもあるが。

 記憶の中の魔獣とタジタジのスバルを行ったり来たりしたラムの結論しては、 

 

「やっぱり弱そうだから?」

 

「悩んで出た結論がそれ? 失敬な」

 

「じゃあチョロそうだから?」

 

「根本的な部分が変わってませんよねーぇ。お姉様ーぁ」

 

 肩をすくめるラムに対して肩を落とすスバル。

 ラムの言葉が素なのか、はたまたかまけから来るものなのか、わからない。だが彼女の素はレムを心配するところを見ているため、その議論は後者ということで決着がついた。

 先のような戦いは片手で数えられるほどだが、どれもこれもスバルが狙われてラムが消しにかかる形で続いている。

 戦闘開始時にスバルが発案したこの戦い方。最初は疑いにかかったラムであったが、こうも連続して起こってしまえば疑いの余地はなくなった。

 喋りの起因を作ったラムが黙りこくると、こちらに話すタイミングを待っていることにスバルが気づく。視線を回して思考の鍋を回して、そういえばとスバルが顔を上げた。

 

「──さっき言ってたツノナシって何か聞いていいか?」

 

 ふと、森に入る手前に彼女が口にした単語について疑問が出てきた。

 おそらくは言葉のままであるのだろうそれを真横から投げられたラムは臆面もなく、

 

「別に、聞いたまま。鬼のくせにツノを無くした愚物に与えられる蔑称よ」

 

 鬼と聞いて頭から湧いて出たのは湧き出る鮮血と肉を浴びて狂乱の舞踏を繰り広げるレムだった。その額には白いツノが生え、まさにおとぎ話で登場する鬼と言って差し支えのない──いや、鬼そのものの姿。

 そして自らを『ツノナシ』と呼称するラム。彼女の額には、

 

「ちょっとしたいざこざで一本しかなかったツノを無くしたのよ。以来、何事もレムを頼ることにしているわ」

 

「多分悪いこと聞いたよな」

 

「なぜ?」

 

 視線を外しながら頬を掻くスバルにラムが小首を傾ぐ。

 

「いや、鬼って種族がどんなもんなのかは知らないけど、予想じゃかなり大きな問題だろ? それにけっこう神経に触ったかなと思って」

 

「ここまで掘り下げておいて何を今さら……でも──安心しなさい」

 

 気持ち声のテンションを落として脅すが、ラムは表情を崩した。

 

「当時はともかく、今は落ち着いているわ。ツノを無くしたことで得たものも拾えた命もある。……もっとも、レムはそう思っていないでしょうけど」

 

「え?」

 

 切なげに響く声にスバルのそれた顔がラムの方へと引き寄せられた。

 

「元来鬼族は二本のツノを持っている。けれど双子は最初から一本欠損して生まれてくるの」

 

 遠い過去のように語るラムの神妙な語り口にスバルは黙って聞き入れる。相槌を入れるのも不躾だと目の奥に沈んだ思案の色を浮かべながら。

 沈黙するスバルにラムは目を据えて続ける。

 

「だから双子は忌み嫌われ、生まれた直後に処分されるのが習わし。でも、ラムたちは生かされた」

 

「────」

 

 逡巡もしないラムが口を歩かせる鬱々たる話にスバルの足が地面を擦る。

 双子は忌み子とされるのは古い伝承とかでは定番ではある。片方を残し、片方を死産とする。

 だが鬼族は違い、そのツノに誇りを持っている。集団と違うそのツノを、誇りを汚されないために行ったのだろう。粗末な命の扱い方に、この頃強まる命に対する敬意が逆撫でされたようで、スバルは無性に草を蹴り付けたくなった。

 

「鬼族のツノは鬼としての本能を呼び覚まし、周囲のマナを喰らい尽くして戦闘能力を高める器官なの。でも無茶をすればその反動でボロボロに傷つく」

 

「に比べて、俺ってば弱っちいな……格好悪すぎて自分が嫌になるじゃねぇか」

 

 たとえ噛まれ裂かれ折られたとしてもレムもラムだって辛い苦しいなんて弱音を決して吐こうとしない。

 本質的な部分においてこの姉妹はやはり似たもの双子なのだ。

 無理をするのなら率先してそのくじを引こうとする者たち。これはライトにだって同じ質だと言えるだろう。

 ベアトリスだってエミリアにだって同じことが言えて、この屋敷には他人優先が過ぎる。

 

「ラム。──レムが大事で心配か?」

 

「当たり前でしょう。確かにあの子の方がラムより強い。でも、それは心配しない理由にはならないわ」

 

「……あぁ」

 

「何をやらせてもあの子の方がずっと上。でも、ラムはあの子の姉様だもの。その立場だけは絶対に揺るがない」

 

 それでも、確固としてラムは姉という立場を行使する。

 今まではラムがレムに仕事をやらせていたのは、その姉様という立場を利用していたのだとスバルは思っていた。だがそれは見当違いにも程があった。

 ラムは自分の姉としての立場をよく理解している。下のものは上を見て育つと言うが、レムのあの屋敷での姿こそが尊敬するラムの姿なのだろう。

 そしてそのあり方を認めてしまったからには、スバルはそれなりのけじめをつけなければならない。

 

「わかった、俺に考えがある。だから心配すんな。レムは必ず連れて帰る」

 

「……? バルス、何をするつもりなの?」

 

「いや、こうもみんなに格好ばかりつけられて自分だけお荷物っていうのがおもんないからな。俺も役に立つって、俺の株をのし上げる」

 

 振り返ってみて、危な気はあっても勝ち越してきた道中だ。勝敗は七割と言ったところ。

 ならば勝ち戦に尻込みする謂れなんてどこにもない。

 

「勝算のある試合に出し惜しみするなんて、俺の性に合わねぇ。これは賭けだ──危ない賭けな?」

 

「危ないなんて、魔獣の巣食う薄暗い森の中に若い男と麗しの美女。ここまで危ない状況は乙女としてそうないでしょうね」

 

「それはそれは、大した物言いで」

 

 交戦的な笑みを浮かべて、それから大きく吸って大きく吐き大きく目を見開く。

 考えが正しければ、スバルの今やろうと決心する行為で状況が一変するだろう。良い方面にも、悪い方面にもだ。

 事態を巻いていくには必要な行為ではあっても、やっぱり怖いものは怖い。

 それが正しければ、きっとあれがやってくるから。

 

「ラム、俺実は死に──」

 

 ──戻りをしている。

 口よりも心の声が頭に残響を置いていった。

 禁じられた言葉を告げようと、禁忌を破ろうとスバルが振る舞う。

 だが、言い切るよりも前に立ち止まった言葉は意味を持たないものであり、身構えたラムの表情も凍ってしまった。

 否──時間が止まったのだ。

 音が消え青い植物の臭いも消え、次第に世界から色素が抜け落ちて時間という概念を壊す。

 文字通り世界が完全に停止する中、許されるものがフィルムから滲み出てくるように出現した。

 

 ──きたか。

 

 発言は音として発せられず、ただ胸中で響き渡るのみ。だが、目の前の光景に溢れんばかりの毒は込めて言ったつもりだ。これがもし届いていたのなら、胸に雲散霧消が到来すること間違いない。

 だが、黒い靄は意に返さず面積を大きなものへとしていく。それはスバルの前でとぐろを巻いて輪郭を腕の形へと姿を変える。

 五本の指が揃い、手のひらが生まれ、肘が生えて二の腕を作り上げて明確な右腕をあらわにした。

 

 ──っ

 

 輪郭をはっきりとさせた影の腕は息を呑むスバルの胸へと伸びて、服をすり抜けて指先が肌に触れる。それが弄ぶように這わせ、押し付けた手のひらがゆっくりと沈み込むと胸の肉ゆるやかにすり抜けて肋骨を指に絡めた。そして心の臓へと溶け込んでいく。

 くる。くるくるくる。またあの耐え難い痛みが。くると分かっていても心が震えて逃げたがる。 

 だが、この万物が停止した中動くのは心臓を包囲した手。しなやかな形を描く五本の指が愛撫して、

 

 ──グッ、──ッ!!

 

 唐突に心臓を握られ、言葉にもならない悲鳴がスバルの喉の奥から絞り出される。給水ポンプのように握り潰されれば体内の血の循環が逆流。体に張り巡る毛細が耐えられず破裂して、血液が喉を埋め尽くす。そして眼球が真っ赤に染まり、噛み締める奥歯は圧力に耐えきれずに砕けようとする。

 だがここは静止したときの中にあり変化は訪れない。永続する痛みにスバルは生かされ続けて受け止めなければならない。

 やがて苦痛で心が割れて、視界が途方もない白で染まっていって──

 

「──バルス?」

 

 呼びかけられ、停滞した息がスバルを咳き込ませる。

 皺ができるくらい左胸を鷲掴みにして、自由を取り戻した鼓動を感じた。あれだけ魂を蝕むほどの苦痛だったにも関わらず、その形跡は影も形も残していない。

 

「……ちょいとばかり痛みを伴う賭けに出てみた」

 

「そんな病み上がりの体で……。──!」

 

 思考に電撃が走ったように顔を上げたラムが忙しなく辺りを見渡す。

 木々から鳥が吉凶を知らせるように一同が羽ばたいて、葉が擦れて森がざわめきが木霊した。

 二つ眼を閉ざして周囲に意識を張り巡らすラムは端麗な顔を右往左往させ、

 

「何をしたの、バルス」

 

「言ったろ。痛みを伴う──賭けに出たってな」

 

 片目を絞って前胸部を叩くスバルがせせら笑う。身動きの取れる体力を確かめるように拳を握り込んで一つ目の門を潜り抜けたことにわずかな悦に浸った。

 何せこれから先待ち受けるものは──、

 

「風が乱れて……獣臭が近づいてくる。それも、すごい数」

 

 静まり返っていた森が突如としてざわめき始める今、木々の歯が不自然に揺れ、小枝が弾けるように折れる音が響く。それに反応したラムが右に振り向き、つられてスバルも振り向いた。

 奴さんはもう臭いに釣られて準備万端らしい。奥から赤い眼光が多数接近するのが見て取れる。片手で数えられる域なんて疾っくの疾うに通り過ぎて、数えるだけ頭が痛くなってしまうくらいだ。

 矢の如く差し迫った危機にラムが舌鼓を打つ。

 

「レムはまだ見つからないのに……!」

 

「まぁ、安心しろよ。たぶんそう遠くないうちに合流できるから」

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

 ラムと背中合わせに、この場に集まりつつある赤い光点と睨み合う中、スバルが肩をすくめる。

 

「ずばり、魔女の残り香だ」

 

 なぜか魔獣がスバルを見ればその喉元目指して噛みつこうと躍起になっている。その理由をずっと考えていた。弱いからと浅く考えていたが、魔獣と同じく過剰に反応していた人物を彼は知っていた。

 

「レムの目的は魔獣を狩り尽くすこと、だろ。その魔獣たちは魔女の残り香に誘われて、俺目掛けて喰らいついてくる。そしたら魔獣を追ってるレムも俺のところに来ざるを得ない」

 

 魔獣。それは魔女が生み出した人類の外敵。

 その魔獣が、スバルから漂う魔女の匂いに過剰な反応を見せていた。

 それに誘われて魔獣が現れるのなら、使わない手なんてない。森中に潜伏するスバルに呪いをふっかけた魔獣が魔女の香りを辿って集うのなら、それを追いかけるレムが追ってくるのもまた然り。

 この豪勢で豪快で、盛大な催したっぷりの大判振る舞いを名付けるなら、

 

「名付けて、『ナツキ・スバル囮大作戦』だ!」

 

 霧の正体はきっと魔女と関わりがある。この死に戻りとマーキングのようにつけられた魔女の残り香が強くなるのには考察がより深くなるのだろうが、今の状況でそんな悠長に構えられるほど余裕はない。

 本来受ける罰の抜け道を見つけたような気がして、スバルは一矢報いてやったと口の端を歪め凶悪な笑みを刻む。

 鞘に収まった剣をスバルが豪快に抜き放ち、土壌踏み締め足をたわめるさせる魔獣に構えた。

 

「ってなわけで、戦いに関しては超お前頼りなんでそこんとこよろしく」

 

「後で客観的に自分が何言ってるのか振り返って──」

 

 ラムの周りから吹き荒れる風が現れ、一匹の魔獣が躍り出て先行する。

 

「死にたくなりなさい──ッ!!」

 

 放たれた風の刃が合図。

 次々と魔獣が姿を現し、舞台へと登壇した。

 

 

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