「おせぇんだよ、この野郎……! でも……お前が来たってんなら万事オッケー負けらんねぇ!」
「いや……」
握り拳を突き立ててエールを送るスバルに水を刺すようにライトが溢す。
後方には信頼。いやそれ以上のものが背中を押してくれていて胸を暖かなものにしてくれている。
しかし、しかしだ。前方から押し寄せてくる漆黒の殺気。森に入ったときに感じた違和感とはまた一世を風靡するような心に突き立てられる氷期にライトの眉が真ん中に寄る。
「正直なところ……なんとかする、しか言えない」
「お前なぁ……。それでも、なんとかしてきたよな、俺たち」
「うん」
その場その場であったっては砕けていたけれども、それでもライトたちは折れずになんとかやっていけた。そして、今もまた──なんとかし続ける。
「スバルたちは巻き込まれないように離れてくれ」
「なにを水臭いことをいいやがんだ? 俺もやるぜ? ……考える系で」
「そうかい……ッ!」
左腰に携えた片手剣を使って共闘も視野に入れて欲しいものだが、女の子一人抱えたまま戦うのも酷なこと。ならばと、ライトは待ちきれずに詰め寄ってくる魔獣へと先陣を切って出た。
「しっ──!」
ライトと魔獣たち、ひいてはレムが動き出すのもまた同時。だが、戦いの火蓋を再び切って落としたのは白の閃光だ。
地べたが踏み切りで炸裂、敵意に色を滲ませる魔獣へとライトの体が接近し、右腕がしなる。鈍い光を放つ爪を向かわせる魔獣を切り伏せ、地面に飾る束の間、背中に刺す気配がライトの頭に警笛を鳴らした。
目に映るよりも先にライトの体が地面から離れ、翻る。目線の下、鎖に繋がれた無機質な鋼の暴君が通り過ぎ、代わりに魔獣の頭が弾け飛んだ。
「──あァ!」
対照、大気を破る怒号が響き、鉄球で次々とひき肉を増産させる少女が接近する魔犬に拳で叩き伏せた。叩き潰し、深い森の彼方へと呑まれさせたレムの姿に、ライトもスバルも、ましてや魔獣たちも呆気にとられた。
「──レム。くっ……邪魔だ!」
ライトが呼びかける寸前、気を取られてガラ空きとなった背中へとかかりかける牙から逃れ、鮮緑に瞬く眼光を魔犬に向けた。赤い眼光に動揺が走った瞬間、紅──赤白い閃光が横に走り魔獣の力は抜ける。脱力し切った魔獣の四肢は大地へと捨てられ、血がだくだくと大地を塗る。
「行かないといけないっていうのに!」
次から次へと立ち塞がる、はたまた背後から忍び寄る魔獣に逆撫でされる神経。ライトが吐き捨てて地面を蹴り飛ばし、飛び出す。執拗にレムを取り囲み、傷つける魔獣へと。
牙は刺さらず、爪は届かず。風のように涼しくありながら鋭い斬撃が通り過ぎ、生まれる穴。だが、そこに足されるように次々と魔獣がここへ集ってくる。
それを妨げるように戦いの渦中の中心で狂乱を繰り広げる少女が地面を抉り跳躍し、次々と血肉が踊る。
「──レム!」
「────!」
ライトの飛びかけなんて聞こえないように、背後から飛びかかる魔獣をレムが屠る。
聞こえているのか、聞こえていないのかわからない。ただ少しだけ、
──動きが、止まったような……。
確証はない。だがあれだけの殺意を振り撒いていたとしても、正気を失っていても自分がなんのために森に飛び込んできたのか、一片たりとも忘れてなんていない。
なら。
「レム、俺だ! タカナシ・ライトだ! みんなここに来てる! だからもう、一人で背負わなくていいんだ!」
「──ダマれ!」
上乗せるレムの声が喉を張り裂き、小柄な体を躍動させる。湧き出てくる衝動がレムの右腕を唸らせて鉄蛇はのたうち回り地面を魔獣ごと根こそぎ取った。張り詰める大気が場に顕現したかのように軽々と宙を踊る鎖が少女の周りを囲む。あれはまるで、誰にも近づかせないように、自分の周囲を取り巻く檻。
だが、
「それでも──ッ!!」
それで引くなんて諦めの良さ、自分には持ち合わせていない。
地面を踏み潰し、前傾になって加速を得るライトが寄せ付けようとしない鎖に向かって邁進。
忍び寄る影。それを意に介さず元から知っていたように身を屈めて低空跳躍。腕を折りたたんで重心が中心に集う中、回転し何度も青空が視界に覗き込む。そこに茶色の毛並みが現れると一思いに右腕を遠心力に任せ、光剣が空気を圧し潰す重低音と共に魔犬の腹へ差し迫る。
「くっ──」
光ではありながら熱をもたない長剣が大気ごと薙ぎ払い、肉の奥、臓腑を割いて背骨に届く寸前で抜ける。魔獣の体が空中で固まり真紅の雨が弾ける寸前──もう一つの影が現れた。
「どけッ!!」
炸裂する叫びと同時に、鎖が唸った。
レムのモーニングスターが風を突き穿ち、魔獣の側頭部へと迫る。腹は裂かれ、もはやまともに動けぬ魔獣に全力で振り抜かれた棘鉄球が容赦なく叩き込まれ、骨の砕ける音とともに、四足獣が弾き飛ばされた。
左足を前に突き出して地面を叩き着地。そのまま舞い戻る鉄球に並ぶ速度で走り出すライトがレムとの間を踏み締める。
──届けッ!
腕を振れ。足を動かせ。進むべき場所にここで立ち塞がるものはすべて避けろ。
飛びかかる魔獣たちが悉くレムの拳によって弾き飛ばされ、鎖が軽快な賛美をあげて宙空を謳歌する。ちぎっては投げて血の雨が降り注ぐ中、ライトが狂気の渦へと飲み込まれにいった。
「──っ! あァ!」
白の接近に勘づいたレムの目が揺れ動き、存在を振り払うように鉄球が大気を割る。
「レム! うおぉぉあぁぁ──ッ!」
迫る鉄。ギリギリにまで引きつけ、顔を逸らすと棘が頬を撫でて脳みそに針が刺さったような痛みが全身を迸る。でも走る。ここを逃せば、もう機会がないかもしれない。今は定かではない警笛に頼るのだ。藁をもすがれ。掴めるものは掴め。ただし掴むことができたなら──二度と離すな。
「────」「────」
淡青色と視線が交わる。その目には何が映っている。疲れの滲んだ目をしている。助けねばならないじゃない、助けたい。これは自分の心。その叫び。だから、届くのに届かなかった左手で伸ばし──
「──くぅッ」
レムを守るような鎖に阻まれ、ライトの握る光剣が絡みつく。一歩届かず二足を地面に貼り付けて拮抗するライトを張る鎖がまるで嘲笑うかのように鋭い音をあたりに撒き散らした。
「レム! 目を覚まして……」
「来るな……ッ! 一人で……もう」
「……は?」
今なんて言っていた。一人でと、耳が、鼓膜が震えて脳みそにのめり込んだ。時が止まったとさえ感じる衝撃に襲われ一瞬ライトの喉が凍りつく。
空白が頭を支配する最中に差し込まれる黒が警笛を鳴らして、中のユニコーンがライトの体を動かす。鎖を振り解いてライトの意思に反して大きく跳躍した。
「ユニコーン……あと少しだったのに──ッ」
自分がついさっきまで立っていた場所に魔獣が通り過ぎるのを見た。助けてくれたユニコーンに悪気はないのはわかる。だがあと一歩届かない歯痒さに口を閉ざせと言うものがいるか。
大口を開けて飛び込んだ魔獣はライトを見失い、レムの足が瞬く間に片をつける。蹴り上げられ真っ二つに別れた魔獣の口腔から叫びに変わって血が吹き出した。
「一人でなんて……それは、自分を追い詰めるだけだよ!」
「つぅッ……うるっさい──!!」
闘志を消そうとする雑音を叫び晴らすレム。叫ぶままに、牙を差し向ける魔獣からレムは身を屈めて交わす。そして、空いた左手を魔獣の喉元に突き刺し、
「がァ──ッ!」
地に足がつくのを待つライトへと投げ飛ばした。
「レム──な!?」
言葉を最後まで発するよりも、レムによって投擲される魔獣の死骸がライトの胴体をとらえ、大きく体を吹き飛ばした。
そのまま崖壁に叩きつけられ、背中と腹の痛みに挟まったライトが呻く。肺が空になって、酸素を失って視界が上向きになった。
埋め込まれた御体が崖からゆっくりと剥がれていくとともに意識が浮遊する。そして取り残される意識が最後に目にしたのは、ターゲットが再び絞られ多対一となるレムの──
「うっ…………。はぁっ! 危ないとこ、だ……ゲッホゲホ──っ!」
肺が息を吹き返して、突っ伏すライトの体が地面で跳ねる。血の混じった咳ではなく、復活した肺がたんに痙攣しただけ。それでも内臓がキリキリ痛みを発するのだから、多かれ少なかれダメージは負っている。
霞んだ視界をそのままにして、ライトはサーベルを出力を切った右手を大地に押し付ける。
「大丈夫か、ライト!」
ラムを抱き抱えながら駆け寄るスバルの姿が見え、ライトは包帯で巻かれた片手で制しながら口を開く。
「大丈夫……骨と筋肉と内臓が痛んでるだけ」
「それ全然平気な部類じゃねぇぞ……? けどまぁ冗談言えるくらいはましか?」
ライトとの軽妙な言葉の投げ合いに顎に手を添えるスバル。
だがそんな楽観的な雰囲気も肉の潰れる音で戦場へと戻される。レムは今もなお魔獣たちを屠りに奮闘しているが加勢するよりひどく劣勢に変わっていた。
するとスバルが戦闘を見据えたまま、屈んで息を整えるライトに膝を折る。
「さっき体の力が抜ける脱力感があったんだ。多分術式……呪いが起動しちまったんだと思う」
「それ、大丈夫なのか……!?」
スバルの語る事実に驚嘆するライトが動揺の眼差しを向けた。
先ほどライトやレムを取り囲んでいた魔獣の中に呪いの発生源がいる。
だが、いずれの魔獣が術者なのかわからない。魔獣もおそらくはスバルを苦しめようとして呪いを発動したわけではない。
それは戦線を一時離脱したライトやレムに対抗するための力を求めてマナを吸おうとした結果だ。
ならば、一刻も早く戦線に戻って──
「慌てんな慌てんな! 最初はやばいって思ったんだが、ライトかレム、どっちかが呪いの術者を倒したおかげでちょっとだけ楽になったんだ。多分だが、あの中に……」
「スバルに呪いを植えつけた魔獣がいるってことか……」
「それも高確率でな」
顔を見合わせるライトとスバルは頷いて戦場へと再び視線を戻す。
青い髪を乱すレムは未だ戦っていた。ひたすらに立ち塞がる魔獣たちに怒号をあげ、誰の助けを求めずに。
「レム……」
「────ッ!」
もう見ていられない。これ以上彼女が、レムが傷つくことなんて。
おもむろに立ち上がるライトは右手を握りしめるとこちらを見上げるスバルに視線を送る。
「スバルはラムを守って、なんとか打開策を考えていてほしい」
「それは任された。肉壁にでもなんでもなってやる心意気……ライトはどうすんだ」
「──時間を稼ぐ」
「はぁ!?」
止めようとするスバルの手が伸びるが掴もうとしたときにはライトは走り出していた。
荒れ狂うレムへとライトが一心不乱に突き進む。通り過ぎた後に遅れて来る風がユニコーンと融合したライトの速さの証。
もしかすれば、魔獣の速度を上回るスピードだ。速度の乗り切るライト。触れる直前に減速して──
──死ぬ気で突っ込む──ッ!!
「うぅ──っ!?」
勢いを緩めずにライトは驀進し、喉の奥から無理やり絞り出されたような呻きがレムから発せられた。その苦悶の声とは裏腹に、レムは突っ込むライトの両手をしっかりと掴み取っている。
衝撃が未だ殺しきれず掴み取る姿勢で拮抗する中、ライトがレムの瞳を見つめた。
「レム、やめてくれ! 目を覚ませ!」
地面を削り土埃が飛び散る。地を滑りやがて止まった瞬間、両手を掴み合ってその場で一歩も引けない膠着状態へと持ち越された。
だが、
「──ぐっ」
「──ッ!!」
そんな状態も長くは続かなく、咆哮するレムがライトを地面を捲りながら前進。
どうやら本当に潰しに来ている。レムが力いっぱいに握る両手、応急処置が施された左手が悲鳴をあげていた。だが逃げることなんてできない。痛みに声が漏れそうになる喉を奥歯を噛み締めてライトは耐える。
「レム──っ!!」「ああァァアぁ──!!」
鬼気迫る両者。真正面の力のぶつかり合いは、その場を包んでいた敵意と殺気を晴らす勢いだ。
だが二人は気づいていない。レムのツノが赤く輝きを増していくのとともにライトの体に赤き線が迸って淡く発光していることに。
次の瞬間、ドーム上のフィールドが形成され、その場所でひっくり返ったマナが大渋滞を起こした。
*
*
重々しい鐘の音がなったと思えば赤く光った半球がライトとレムを包んで閉じ込んでいる。叫んでいる。だが聞こえない。魔獣らが吠えたのだ。
そして魔獣らが異様なオーラに呆気に取られるものの果敢に牙を突き立てた。しかし、攻撃は通ることはなくまんまと弾かれる。
「意味わかんねぇオーラ出してるし。くっそ、なにか手はねぇのか?」
二人の拮抗を蚊帳の外で見ている自分が腹立たしい。だが苛立ってもアイデアも出て来るものは出ない。
正気を無くしていても誰だかわからない状態でも、敬愛する姉様を見間違えないし、何のためにこの森へ入ったのかその目的も忘れていない。だが、青い髪の少女が救いたいと思ったものを壊そうとしている。
だからこそ、己のしなくてはならない事を瞼の裏で意識する。今用があるのは鬼ではない、早とちりで、独りよがりで迷惑ばかりかけるレムなのだ。
「早くしてくれスバル! こっちが持たない!」
「わかってる! くっそどうすれば……」
請け負った。ここで一番大事であろうことを。今自分はこの戦いにおける終結のキーパーソンと言えよう。
考えろ。何か手はないのか。レムの目を覚まさせる革新的な一手は。
「どうすれば……どうすればいい」
「──ツノよ」
不意に腕の中から聞こえてきた。
顔色の悪さは変わらないが、薄目を開けたラムがスバルを見上げている。
「おぉいラム。目、覚ましたのか」
「今が一番、美味しいタイミングだと思ったのよ。それに、路頭に迷った子犬の泣き言がいい加減耳障りだものね」
「余計な一言! でも……いい勘してるぜ、お姉様。ツノって言ったか?」
小さく笑っていつもの口調に戻ったラムにスバルが笑って受けて問い返す。
億劫そうにラムが二人の戦闘に目を向けると顎で刺して、
「レムを鬼たらしめているのは、あのツノだから……一発、強烈なのを叩き込めば……」
「確かか?」
「はず、きっと、だといいと思うわ」
「超曖昧なのな!? でも信じたかんな。間違えでもしたらまじ許さないかんな? はし……」
「──ッ、があ……!」
言い切る間もなく状況は変化した。スバルとラムの顔が拮抗しあっていた二人の方へと向く。
歯を食いしばっても耐えきれない痛み。激痛が神経を焦がし、ライトの額から冷や汗が滴り落ちた。感覚が鈍くなって──もはや自分の一部ではないよう錯覚がライトを襲った。
その正面、レムは目を見開いたまま、怒りとも恐れともつかない形相でライトを押し込み続ける。揺れているように見える目をしたレムが顔に前髪を落とし、
「────ッ!」
叫び、レムの指がライトの左手に深く食い込み、ひしゃげ──嫌な音が響いた。
「……まずい。ライト、ツノだ! あそこに一発でけえのお見舞いすりゃ戻る!!」
「わかった、けど──」
スバルの声に片目を閉じて後ろ足に鞭を打つライト。そんな彼が途中で言葉を止めてしまったのは、ライトの右手をレムが強引に振り解いたからである。
ライトの体制が崩れる。
レムの左手が全てを抉り取る凶器と変貌を遂げてライトの首筋。頸動脈を潰し取ろうとした。
だが、
「俺の目を見ろ……ッ、レム!」
叫び、どれほど痛くとも、どれほど壊されようとも、その瞳だけは──レムを見ていた。
直後、レムに一瞬の戸惑いが左手に宿って止まるのをスバルとラムは見た。
須臾に等しい空白がレムとライトの間を通り過ぎた束の間、地面が光って力の濁流が襲い掛かろうとした。レムとライトを超えた場所に飛び出る岩石に傍観していた子犬の仕業に違いない。
地面を走り軋みを上げて力の堰を越えようとする波動に二人が気付けば、繋がっていた手を離して飛び退く。刹那、地面が爆裂し、同時に展開されていた圧迫感の満ちる光が霧散。大気へと力が還った。
ライトは後方に滑り退いて、壁に背中を打ちつけて勢いをゼロに。スバルの方へと滑り込んできた。
「一瞬、レムと通じたけど……突き放されたな。レムはそんなこと……ないのに」
苦悶に顔を歪ませるライトが、前よりも数段動きのキレが落ちたレムへ目を向ける。その様子はひどく儚げで勢いを無くしているとスバルは感じた。
それもそうだが、ライトの左手も一大事。
「ライト、左手が……!」
無惨に捻じ曲がっていた。関節は不自然な方向に折れ、指の数本が折れた枝のように歪んでしまっている。手のひらは折れた骨が皮膚の下で突出しており、もう左手は現状使い物にならない。
見ているだけで痛みが伝わってしまうライトの怪我に自分の左手をスバルは無意識に掴んだ。
左手に力を入れないようにするライトは眉を顰める。
「こんなの全然──めちゃくちゃ痛い。けど、レムを助けなくちゃ……」
「ライトも再起不能間近で最悪チェックメイト………だが、どうにかできそうな方法は、実は思い浮かんでんだけど……なんだかなぁ」
「もったいぶらずに教えなさい」「なんなんだそれ」
「でも、きっとお前らは怒るし」
「それで妹が正気に戻るならラムは怒ったりしないわ」
「俺はスバルを信じるよ。これでレムが解放されるなら、なおさら」
「ホントに?」
「本当の本当に」「本当だ」
言い切る二人。その片方、ライトが立ち上がると右方向へと走っていく。どういう経緯かは知らないがライトにはライトの策があるのだと信じて、スバルはラムへと目を戻す。
「ライトはわかった。でも問題はラムのほう。ロズっちに誓えるか?」
「そこを選ぶとは命知らずね………ええロズワール様に誓って」
「おっけぇぃ。しっかし……あそこに一発──」
了承を得たスバルがレムの姿。額から伸びる白いツノを見た瞬間──脳が揺れた。
「うぉ!?」
「あれは……」
轟音に続き赤熱する光弾が真紅の軌跡を伸ばし、蒼白い稲妻が大気ごと焼き進む。光弾はさっき横槍を入れていた子犬へ一直線。
だが、ただの的でいるほど敵も馬鹿ではない。子犬型の魔獣はその小柄な体型を生かして身軽に回避した。
「っぱ、パネェなビーム砲……。ライト、あいつらの隙作ってくれ!!」
「今やってるよ!!」
右腕を突き出し、足を地面に突き刺すライトが続け様に砲撃を放った。
「──っ!」
一射。また一射と紅の閃光が戦場を横断する。そのたび、火線上にいるウルガルムが悲鳴をあげる暇もなく身体を焼き貫かれられた。当然光の弾丸を察知して避けるものもいる。
が、
「トライのあれ、雷に当たっただけで切れてしまうのね。すごいなんて言葉じゃ表すことが烏滸がましいくらいに強大──いえ密度が凄まじい」
赤い粒子が尾を引くように拡散し、周囲に蒼白い雷光が走っている。それに当たってしまえばライトの持つサーベルと同等かそれ以上の斬撃が襲いかかるらしい。
今もラムとスバルの目にギリギリで避けたウルガルムの一体が稲妻によって切り裂かれる。
だが、あの魔法はそう万能なものではないとスバルは記憶している。ライトの周りを巡る大気が吸い込まれるように歪んでは見えたが、それでも賄えるマナは少ない。次弾に向けて息を整えるライトの顔色は当時と比べて見て少しばかり顔色が悪い。それでも、ラムの青白さよりかは健康的ではあるが。
そして徐々に、魔獣たちの注目がライトへと向き始めた。
「今だ! ──っ! やってくれスバル!」
「承ったぜ、ライト!」
計五射目で区切りをつけるライトが叫び、右手に光剣を構えた。戦場を闊歩していたウルガルムの半分はレムの方からライトの方へ向かっている。
狙いどきは今だ。今しかない。
意識が散漫となりながら警戒体制を依然として解かないレムに対し、スバルはツノを打つための行動に出た。
それは、
「ウッオオォォリャアアァッ!!」
「は──?」
腰だめに構え直したスバルが全身を回しながら遠心力を増させ、ラムの体を思い切りレムの方へと投げ飛ばした。
まさか投げられるとは思わなかったのだろう。唖然としたラムの顔が遠ざかっていくのが見えればレムの方へと一飛び。
度重なる動揺にレムの瞳、その表情が一瞬揺らいで、自分めがけて飛んでくる姉に反射的に手を伸ばす。
鉄球を落とし、レムは開いた血まみれの両腕に姉を抱き留めた。瞬く間に、迷い、恐怖、殺意、敵意。感情織りなす表情に穏やかな風が芽吹き始めた。これに乗り遅れることは許されない。
だから、
「──っ!」
前傾に体を倒し突進するスバルがその立ち合いに滑り込みに行く。
ラムの体を投げ飛ばすのと同時に、すスバルは地を這い前進した。地を這うとは言っても心意気だけで実際は身を低くしただけ。
右手から剣を引き抜く。チャンスは一回のこれっきりと分かれば体が強張るのを感じるスバル。
そこに口をかっぴらいたウルガルムの一頭が飛びかかってくる。
「やべ──」
「こっちを見ろッ!」
遠方からの叫びに続いてやってきたのは横から降る緑の雨、いや光の礫が魔獣へ差し迫り、焼く。炎上ではない。無数の光の弾丸は貫きはせずとも魔獣の毛皮を削り、筋肉質な体躯が軽々と轢かれた。
横目でスバルがのぞいた先にはこれでもかと右手を開いて指先から無数の光弾を放つライト。がむしゃらに全方位にばら撒かれる乱れ玉。威力は砲撃のと比べればはるかに軽いモノだが、被弾した衝撃は凄まじく体が宙を飛ぶ。
いつの間にあのような魔法をと内心叫びたい気持ちでいっぱいなスバルだが、今は走りとともにしがみつく疑問を置いていく。
進路は開いた。左腰から右手で柄を握りしめて剣を引き抜く。空を居合い斬る。宙を走る刃。力を流れるままに折れた切先を天へと掲げ、レムの額のツノを狙う。完璧な連携に続き完璧な虚を突くタイミング。
これにはレムでさえも奇襲作戦に反応する素振りも見受けられない。なのに、
「──か」
刃折れの剣、ビビってガチガチに固まったために足りない歩幅という要因が重なり、レムのツノに当たることかなわず空を切る音が無常にも響き渡る。それは笑う音。チャンスが手からすっぽ抜ける音。
──ビビっちまったぁ! あと一歩勇気が足りんかったぁ!!
愕然とするスバルは剣と共に地面へと体を泳がせる。
その横、勢いのままにガラ空きとなったスバルの背中にレムが空いた左手を構えた。指先をまっすぐに伸ばす貫手。それはスバルの背中を貫き、さぞかし風通しのいい穴を作り上げることだろう。
あと一歩。そのあと一歩がレムの手によって終わってしまう。それだけはごめんだ。
そう思った矢先に、
「スバル!」
ライトが見ている。ここまで来て男を見せずじまいでいいはずがない。歯を食いしばるスバルは叫びで震える鼓膜を流し、目を見開く。
視線のすぐそば。これから落ちるという地面には亀裂。それが広がっていって──爆発した。
「どわあああぁぁああ──ッ!!??」
発生した土石流がスバルの体を軽々に天へと胴上げ。もれなく石の散弾つきというバイオレンスなおまけも込めて。
無数の石がスバルの体を打ちつけ、皮膚を裂き血を流させる。吹っ飛んで上向きの加速がゼロになりころ、スバルは眼下の状況を見た。
雑兵のウルガルムと同じ地に降り、つぶらな瞳を遊泳する自分へと向ける子犬を見た。群れをライトに集中させ、その上スバルはレムで手一杯。レムもまた意識を姉に向けていた。そこを要となる魔法を打ち込み一網打尽が子犬の魂胆か。
「邪魔だ……どけ!」
横槍にまた横槍。右手を突き出すライトが凝縮したエネルギー体を子犬へと差し向けた。だが、チャージにコンマの時間を要するその魔撃は見るものにとっては予測線が立てられるもの。ライトを取り囲む魔獣は被弾し数を減らすも、その先の子犬は大きく身を交わして光弾から、それを取り巻く稲妻から回避。
魔法を放った結果を見ることが叶わない子犬だったが、その結末は、
「────ッ!」
レムが咆哮し、土砂を噴き上げる地面目掛けた踏み込みで終わる。爆裂する地面と踏みつけがぶつかり合い威力が相殺され、中心へ向かう力は外向きへとベクトルを変えた。
環状に刻まれた大地の中心。姉を抱え直すレムの頭脳体にスバルの存在はなかった。度重なる魔法。破壊に轟音。
落下地点は崖壁ではない。草も何も生えそろっていない剥き出しの地表が幸いしている。自分の獲物も手放さずしっかりと右手が握りしめている。
──好機。
これ以上もこれ以降の機会はもうない。ここを逃せば全てが水泡に帰す。
時間がゆっくりと変わる中、右手に乗せた力を両手へと変え、振り上げた。
──ご都合主義展開万歳!
ライトがここに来るという奇跡も起きたのだ。二度目の奇跡は必然とも言えよう。どうせなら先の一撃で起きてくれればという心もあるのは秘密だ。
見える。それは過去かそれとも未来か。
見える。これは走馬灯か、それとも白昼夢か。
脳裏に焼かれるイメージ。それはいらない。レムを見る。ツノを見る。剣ヶ峰に立たす形勢を振りかぶった腕が、剣が今──
「笑えレム! 今日の俺たちは鬼より、鬼がかってるぜ──ッ!!」
迸る。
甲高い鋼鉄を打つ音が、叫びと共にこの深い森に響き渡った。