Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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 『タコピーの原罪』とオリ主とのクロスオーバー作品も書いてみました。
 よろしければそちらの方も閲覧してみて下さい。
 もしかしたら来翔の小学生時代が見られるかも?
https://syosetu.org/novel/379881/


第四十七話 自分で決めること

 

 

『レム、俺だ! タカ───イトだ! ────』

 

 声が響く。

 

『────もう、一人で背負わなくていいんだ!』

 

 耳障りで頭に響く煩わしい声がする。

 いい加減その声を、その口を閉じて欲しい。自分にはやらないといけないことがあるのだ。疲労感なんてかなぐり捨てて、ただ戦意だけに支配されればいい。鬼としての本能がみっともない自分に贖罪をさせてくれる。

 飛び散る血肉。湧き出る闘争心。だが、たった一つの目的だけは右手に感じる冷たくて硬い感触と共に握りしめて振るう。それを忘れてしまったら、もうだめなのだ。それを離してしまったら、憎かった自分が、もっと醜くって、もっといやらしくて浅ましくて憎たらしくて。ただ許せなくなる。

 だから、邪魔──

 

『それでも──ッ!!』

 

 響く。体に。頭に。心臓に。鼓動に。心に。

 諦めが悪くて、それでいてまっすぐで、視界に白が差し込んでくる。その背後に目的がいる。振るって割って、引いて投げて、また赤い花が咲く。心が満たされる。その衝動のまま体を操って、何もできなくて、何もなせない。何もかも不完全な自分を使い果たして。

 でも、

 

『──ム!』

 

 どうして、離れてくれない。どうして邪魔をするのだ。

 黒泥に落ちるレムの意識に鮮烈な鮮緑が差し込んでくる。一つではなく二つの介在した意識が真っ先に闇に差し込んできている。そんな目を向けたらダメなのだ。

 

 脳裏に焼きついた記憶。それは夜の闇に落ちる森の中を明朗なものとする閃光。衝撃が伝わったとき、何もかもが遅かったことに気づいた。反応が遅れた。あんなにも離れていたにも関わらず、赤い水たまりに膝をつく少年の表情が目を差して脳を焼いて、剥がれようとしない。どうして、安堵に満ちた顔を向けるのか。どうして、どうして、どうして──

 そう思っていたとき、横からくる衝撃。停滞していた思考が背中を押されたように再生されて気づいた。スバルに迫る牙が。爪が。でも動けなかった。言い訳だ。鼻を腐らせる瘴気が掠めたなんて。自分はもう、とっくのとうに気づいていたはずだったろうに。

 そんな身勝手で、そのくせ何もできなくて。結果ついてきたのはかつてと何も変わっていなかった事実。かつてと同じ罪を重ねた事実。

 

 資格なんてない。これは一人でやると、そう決めた。

 なのに、

 

『レム、──れ! 目──覚ませ!』

 

 どうして、邪魔を──止めようとしてくるの。

 冷たくて鮮血で粘つく両手が、温かいもので埋まる。目の前に立ち塞がる白が握りしめる手を伝って伝わる。鬼の本能の、殺意と敵意の熱く、それでいて絶対零度なほどに凍てつかせる黒。

 

 突如として、世界が塗り替わる。墨汁で染まったような黒い雫が何度も世界を塗りたくって過ぎ去っていく世界。その奥から光が降りかかってくるのだ。

 威光は感じない。ただ暖かくて、お日様のように包んでくれる優しい光。

 それが、人の像となって、体に絡まるモノを一つ一つ、優しく解いてくれている。

 

『……これが正しいなんて、俺にはわからない。けど、こんな風に染まっていくことは、絶対に間違ってるってわかるんだ』

 

 ──そんなこと……わかってるんです。でも……許されてはいけない。

 

『ここはこんなにも暗い。こんなところにいたら、苦しくなるだけだよ』

 

 ──そんなこと、決まっているじゃないですか。

 

 何もかもが足りない。全てを絞り尽くしても、魂を削っても、この身を──燃やし尽くしても。それでも足りない。本当ならあったはずのものに届かない。

 再び目を閉じて、レムは暗雲とした世界に顔を向けたときに『手』が顔にかかった。

 

『怖くても、苦しくても──一人ぼっちになるなんて耐えられない』

 

 頬を撫でられる。

 温かい。心を包む暖かな風。それはいずれ、世界を照らす光を先に浴びる姉と同じようになるはずだろう。はずなのに、この『手』は、温もりは、誰一人見逃しなんてしない。

 また一つ、黒い糸が解けていって、手のひらにかかる力が抜けてしまう。

 

 ──でも、また……レムは誰かを傷つけてしまう。いちゃいけないかったんです。

 

 存在してはいけなかったのだ。レムという一人がいなければ、姉は姉じゃなくて。ツノは一つではなく二つで。折れることもなかった。敬愛する姉様の足を引っ張ることなんてなかった。

 こんな出来損ないがいなければ、スバルを、ライトを見殺しにするようなことなんてしなかった。姉であるラムのツノが折れた瞬間、自身は何を思った。そんなことが忘れられるほど、器用なことできない。

 ましてやそんな自分が、誰かを頼ることなんて許されていいはずがない。はずなのに、 

 

『そんなことない。誰かと手を繋いでる方がいい。寒さも、痛みも、分かち合えるから』

 

 ──どうして……? 全部、レムのせいなのに。

 

 何度もマバタイテ、暖かく見てくれているそれに怪訝に眉を曲げるレム。

 寄り添う人の像は、日照りのような温もりを宿す微笑みを讃えて手を差し伸べた。

 

『信じて、レム。君は……手を伸ばしてもいいんだ』

 

 ──信じられないです。姉様にあったはずの人生を……それすら満足にできないレム自身が……

 

『『無事だったのがラムだったらよかった』』『『役立たずのレムが死んで──』』

 

 ──うっ、やっ……ぱり。

 

『待って! レム!』

 

 悲痛そうに目を歪める少年の印象が暗い闇に縛り上げられて連れ去ろうとする。

 

 ──レムなんて……! レムなんて──ッ!

 

 理性が離れていく。それにすげ変わるように本能が目を覚まし始めていく。

 これでいい。どんどん、どんどん離れていく。声も、頬にかかる温もりも何もかもが。ただ一つだけあるなら、右手に収まるものが段々と潰れて──

 

 ──ぁ。

 

 砕けた。

 黒が薄れる。本能が薄れる。理性も何もかもが薄れていって、胸中に虚無感がひしめく中、浮かんできた。

 自分はまた──何も変わっていないことに。

 

 

 

 

「どっちに行きゃいいんだ!」

 

 瞳を閉ざすレムを抱えるスバルが切迫した状況に罵倒し、迫り来る狂犬から逃げ惑う。張り直された結界へと辿り着けば、さすがの魔獣も追っては来ない。村と森を隔てる境界線はライトたちを守ってくれるはずだ。

 息を吸い込んで、なおも顔を苦しげに赤くしながら足を前に出すスバル。その後ろには暗い森の中に一際輝く剣を右手に握るライトが切先で細々と地面を削りながら走る。 

 

「バルス! 正面の折れた木を右へ、足が遅い! トライはウルガルムを叩いて!」

 

「無茶言うな!」「簡単に言うな!」

 

 互いに罵倒して走り続けて、追跡者を潰しては逃げの繰り返し。同じように続いているような森の景色を横目に映しながら、ライトは鮮緑の双眸を背後に回す。

 逃げ惑う三人の背中を付け狙う魔獣がもうすぐそばまでに迫っていた。だが、赤い眼光は眼内に映るサーベルを魔獣は警戒してなかなか食らいついてこない。それどころか傍から抜け出て先行しようとするものもちらほら見受けられた。

 

「しつこいな! 賢しすぎるだろ!」

 

 懐疑心を抱きつつそれでも殺意だけは絶対に霧散させるつもりもない魔獣に毒付く。

 即座にライトは右手に迸る光剣に割いたリソースを抑えると、長剣ほどだった得物が短剣と同じくらいに収縮。

 咄嗟にとった相手を欺くためのもの。これは相手にとっては卑怯だと思うだろうがやらない方がいい。右半身が圧迫されたように痺れて、刃の波動に右腕が悲鳴をあげている。

 力んで動きが鈍くなるライトの変化に気がついた魔獣が一目散に駆けてきた。弱って見えたのが奴らの行動理由なのだろう。だが、間違いだ。

 

「ぬぅ──!」

 

 歯を食いしばるライトが右腕にかかる負荷を解放。フラストレーションの溜まった光剣が息を吹き返したかのように光を伸ばすと、魔獣の首へと直行。光によって魔獣は頭を袈裟のように切断され、地面をつまずき何度も転がる。

 タイミングも、動作も、この戦闘では愚策。苦肉とも言える戦術だ。一秒たりとも無駄にできない状況に、この小細工は初見殺しに入るか入らないかだ。

 

「くっそ、こっちにはおっそろしい精霊使い様がいるんだぞ! さっさとどっか行け!」

 

「……スバル、くん」

 

「──! 目が覚めたのかレム!」

 

 走りながら、スバルは歓喜の声を上げながら腕の中のレムを見下ろす。

 まだ視界が朧げで夢現だったレムが見上げるとハッとしたように息を呑んだ。

 

「……よかった、レム。本当に手間のかかる子だわ」

 

 その横、スバルに並走するラムが唇を和らげて薄紅色の瞳に安堵感が帯び始める。桃髪を揺らすラムは伸ばした手でレムの乱れた髪をそっと撫でた。

 刹那──

 

「当たれ──!」

 

 背後に轟音。続く閃光。寸前まで凝縮されたマナが光弾となり、森を削る。真紅の軌跡を大気に残すそれは、弾道の途中にいた魔獣の数体を掠め取り、切断し、溶け穿つ。

 背後に向けて放った反動で吹き飛びながら、なんとか体勢を整えるライト。が、途端に目眩を起こして足元を狂わせるライトがだらりと下げた左腕で地面を押さえて、

 

「い──ッ!」

 

 脳を焼かれるような痛みが発し、ライトの目が白黒に点滅しかける。だが、おかげで目眩が治った。

 身を起こし、ライトは右手を開くと収束の荒いマナが指先へと溜まる。溜まったエネルギーは堰を越して弾丸となり、緑閃光の雨が魔獣の体を打ちのめした。

 

「トライ、肩を貸すわ。まったく手間のかかる後輩ね」

 

 息も絶え絶えなライトに駆け寄ったラムが片腕を貸して無理やり立たせる。

 

「あ、ありがとう……ラム」

 

「お、ぉいライト無理すんじゃねぇ……!」

 

 ラムに肩を貸してもらうライトにスバルが眉を顰める。ライトの足はおぼつかず、息が荒い。

 視界には吹雪いたように真っ白になるのは昨晩の有様と同じだ。消耗したラムの代わりに戦えば、今度は入れ替わりで自分の体調が崩れていく。そんな自分状態に何が面白いのかわからないが、ライトの喉が勝手に震えて微笑してしまう。

 

「──っ」

 

 スバルの腕の中で息を呑む音が聞こえてきた。青髪を血糊でべっとりとさせ、首をこちらに回して震える目を向けるレムだ。

 驚くのも無理はないだろう。右手の手のひらは皮が割れていて溝から血が滴っている。左手に至っては手のひらの中心が異様にへこんでいて、骨の輪郭が包帯の上からでも歪に浮かび上がっていた。

 どこをどう見たってレムの目に映るライト、いや誰の目で見たって今のライトは重傷人だ。

 だが、一人だけじゃない。スバルの額は切れていて赤い線が彼の顔を割る。右腕も走りの揺れに合わしぶらつかせていた。

 

「ラム前っ!」

 

「ちっ……フーラ!」

 

 スバルの叫ぶような声にラムが舌を打ち詠唱。瞬く間に風の刃が大気を、森を剪定し、その軌道上に位置する正面から飛びかかりにきた魔獣を輪切りにした。

 そして倒れ掛かるようにスバルたち一向は直進していた道から外れて、茂みに身を潜める。

 

「スバルたちが先に入っててくれ」

 

「お前はどうすんだよ!」

 

「手を振ったらすぐ済む!」

 

 そう言ってライトは血の滴る右手を森の奥へと勢いよく振りかざす。遠心力が乗った血は右手から離れ、森の地面や葉に飛び散ったが、共に割れるような激痛がライトの視界を真っ赤にした。

 歯を食いしばり集中する痛みを別地点に意識するライトはすぐさまスバルたちが隠れる草むらへと飛び込む。

 

「何してたんだ? 森ん中で手なんて振って」

 

「え? あぁ……あれのことか」

 

 疲れの含んだ声音をするライトが痛む右手に視線を泳がせる。

 

「囮だよ。あいつらは鼻が効くから、少しでも注意をそらそうっていう悪あがきさ」

 

 魔獣といえど外見は犬だからという決めつけから血の霧雨をここより離れたところに蒔いた。時間稼ぎになるなら、やらないよりやる方がいい。

 それに──

 

「それに……」

 

「あ?」

 

「いや、なんでもない」 

 

 調子に乗り始めた口を押さえる。さっき言った通り囮だ。匂いを逸らすというものの。だが、理由はそれだけじゃない。言えば止められるからライトはみんなに公言しない。

 口に右手の甲を押し付け黙りこくるライトにスバルが片方の眉を上げる。

 

「どうして……」

 

「うん?」

 

「どうして、放っておいてくれなかったんですか?」

 

 スバルに小脇に抱えられたレムが頭を起こし、疑問に喉を震わせる。

 気づいてしまったのだろう。なぜスバルが、ライトが、ラムが、ここにいて、なぜ傷ついているのかに。

 少女が投げるかける疑問に三人は胡乱げな表情を浮かべるが、渦中のレムは立て続けに唇を震わせる。

 

「姉様と……スバルくんとライトくんが来てしまっては意味がない。レムが一人でやらなきゃ……傷つくのはもうレムだけで十分で」

 

「じゃあ遅えよ。俺たちズタボロだし、その中じゃライトがピッカピカのピカイチだよ! 下手したらここの誰よりもやべぇよ」

 

 誇張でも何でもないこの場の有り体を口にするスバル。

 その傍、深く深呼吸をしてなんとか痛みを遠ざけようと身体中を奮闘させるライトは目を向けるだけ。顔色は蒼白に等しく、肩を呼吸以外に小刻みにふるわすのは内側が冷えるからだ。

 ラムは、何も言わない。会話へ参加せずにただ口を結んで見ているだけ。

 

「レムの、レムのせいなんです。だから責任は、レムが取らなくちゃ。そうでなきゃレムは姉様に……スバルくんに……ライトくんに」

 

 言葉を寄せ集め、途切れ途切れに言葉を紡ぐレム。

 泣きそうに声を跳ねさせ、それでも言葉を止めないレムに口を挟むものはいない。あるのはポツポツと地面に雫が落ちる音と、しゃくりあげるレムの息遣いだ。

 

「レムは何も変わってない……っまた、あのときと同じ罪を重ねてしまいました」

 

 顔を強張らせ、こちらを見るスバルに、レムは罪を告白する。

 昨晩の森での攻防でライトはレムを庇い右腕を傷つき、レムの体を抱き寄せて痛みを一身に受けた。左腕から、白枝が突き出して皮膚は裂けてボロボロに。血でその身を染め、光の粒子が頭上から散っていくその光景は、あの日の姉とどうしても重ねてしまう。

 そして、呆けて固まってしまったレムをスバルが身を呈した。魔獣の牙がスバルの体を貫き、引き裂き、鮮血に沈むのを目の当たりにしてもなお、あのときの判断には後悔しか残らなかった。

 スバルから漂う、全てを焼き尽くされたあの日の記憶と同じ濃厚なまでの臭い。それを感じ取ってしまったときレムは動けなくなってしまった。

 

「レムが躊躇ったばかりにライトくんが傷ついて、スバルくんに手を差し伸べることもできたのにっ………また、レムは……」

 

「何だか知らねえが……」

 

「……嫌なんです」

 

 涙声をこぼすレムが地面に手をつき、青い髪がはらりと地に引かれる。

 

「意識が戻りかけてたんです……ライトくんが必死に言ってたのに……今度は、レムの手で……っライトくんにまで……手にかけ、て……もう、どうしようも……」

 

 ライトとスバルのために、贖罪のために行なっていたはずの殲滅。ふと誰かの声が過ってその意識が戻りかけていた。誰の声かわからなかった。

 必死に体を動かした時に自身の右手に吐き気を催す感触が伝わったのだ。鈍くて湿ったような、骨と肉が砕け合う嫌な響きが。助けようとした人を、今度は自身が奪おうとする音が……

 もう何も聞こえなかった。聞きたくなかった。ただただ自分が嫌になる。こんな出来損ないなんて使い潰せばいい。

 ただ殻にこもって逃げてきた自身が許せない、許してはくれない。どんなに厳しい言葉でも甘んじて受け入れよう。

 それが罪で、与えられた罰なのだから…

 

「レム?」

 

「……はい」

 

 名前を呼ばれて、涙で、自身の嫌悪感で顔が歪むレムがライトへと向ける。

 彼の表情は暗くて何もわからない。だが、緑色に輝く目が憎悪で光っているように見えて──

 

「パチキ……ッ!」

 

「──あぅ!?」

 

 パツンッと額が破裂する音が響いてレムの眼中に星が飛び散る。

 割れそうな痛みにレムがわからずに額に手を添えると、そこにはすでに手が置かれていた。意味不明な状況に目を白黒させるレムが見たのは、目尻を下げて僅かに口角を上げるライト。

 

「バカかレムは……いや、真面目すぎるんだな」

 

「トライ。レムの顔に血をつけるなんて、穢らわしい」

 

「ごめん、うっかりしてた」

 

 眉を下げるライトが視線を下ろして白いスラックスに手をかける。白い生地に血を滲ませながらポケットに手を入れまさぐると、目当てのものが指に当たったライトは目を瞬く。

 

「──あった」

 

 意識せずに口からこぼしたライトはポケットから白いハンカチと摘みあげる。それを膝の上に置いて片手で慣れない手つきでたたみ直すと、それを己の血で汚れたレムの額に触れた。 

 

「この左腕……レムが少しでも直してくれたんだろ? ほんの一瞬だけど、あの光、暖かかった。レムの優しい心が……スバルが、ラムが、屋敷のみんな、村のみんなが……俺の身体を、心を戻してくれたんだ」

 

「ぇ……あの」

 

 乱れた青髪をかき分けられるようにして、額を拭う動作はどこかぎこちなく、それでいて切実だった。

 戸惑いに声を震わせるレムを構いなしに、ライトは拭っていく手を止めない。

 

「俺もそうだけど、レムもやっぱり真面目だ」

 

「それもそうだけどよ、やっぱり馬鹿じゃねぇか? お前の妹」

 

「まぁまぁ……」

 

 割り込んで、静観するラムにスバルが苦言を呈する。そんな二人に困り笑いを浮かべるライトだったのだが、レムはこれっぽちもわからないと顔に書いていた。

 

「なんでも一人で抱えすぎなんだよ、レムは。少しくらい俺たちに頼ってくれたっていいんだ」

 

「でも、怖いんです。レムがそうしたら……苦しめてしまうんじゃないかって……。だから……だからレムだけでいいんです」

 

「俺は……今、苦しいよ」

 

「──っ、そうですよね。レムがいると……」

 

 膝を地につけ、白いハイソックスを草汁で染み付くのをそのままに、諦念するレムは肩を落とす。

 だが、ライトはスカートの裾を握りしめて今にも闇に消え入りそうなレムの肩をさすった。

 

「違う。苦しいのは、レムが一人で抱え込んでいて、俺たちがただ黙って見てることしかできないことなんだ。──レム」

 

「……っ、ライトくん」

 

 静かに、しかし確かにレムの名を口にしたライトに、レムは震え声で応えてゆっくりと顔を上げる。

 そのとき、レムの喉が小さく鳴った。この薄暗い森の中、いっぺんの曇りのない双眸が真っ直ぐにレムを見据え、ライトの瞳に刻まれた二輪の金環がレムを閉じ込めたからだ。

 神妙な面持ちのライトにレムの淡青色の瞳が揺らぐ。そして彼の体が小さく揺れ動いたのを見てレムは口を固く噤んだとき、

 

 

 

 

「──俺たちのこと、頼ってくれ」

 

 

 

 

「────」

 

 そう言って、ゆっくりとライトは右手を差し出した。

 自分が相手のためにしてもどうしようもないから、相手が自分のために何ができるのか教える。そしてそれは、有無も言わせない強要でもあった。

 

「ずるい、です……ずるい人です、ライトくんは」

 

「…………」

 

「そんな言い方、されてしまったら……レムは……みんなに、ライトくんに酷いことを……っ、してしまいました。取り返しのつかないことを……してしまいました……っ、でも」

 

 レムはぐっと唇を噛んだ。差し出されたライトの手が、彼の言葉が、胸の奥に静かに波風を立てながら波紋を広げる。

 

 

「……っ、でも……でも……っ」

 

 

 声が震え、レムの喉は詰まりそうになる。堰き止めた思いが溢れ出そうになるのを必死に堪えようと。

 だが、小さくレムは首を横に振った。その瞬間、瞳に溜まっていた瞳が空へと投げ出され頬をつたってこぼれ落ちる。

 

「ライトくんの手を、取りたいレムがいるんです……っ」

 

 それはまるで、心の奥に降り積もっていたものがようやく溶けかけてきたような、涙。

 拭わず、涙は落ちてエプロンドレスを鷲掴むレムの手にぽつんと落ちた。

 固まった右手が、ライトの左手を潰してしまった右手が、他人を傷つけそのくせ何も掴むことのない右手が、差し出された右手に縋ろうと揺れる。

 

「レムはこの手を、とってもいいんですか……?」

 

「それは、俺が決めるんじゃなくて──レムが、決めるんだよ」

 

「……ぁ」

 

 視線がライトの二つ並ぶ眼からようやく外れ、レムは差し出された右手を眺めた。差し出された右手の手のひらは擦り傷だらけで細い木片が突き刺さっていた。ライトが鼓動するたびに割れた手から血が滲み出ているように感じ、レムは眉を顰める。

 だが、目は逸れなかった。

 一度ならず二度まで。いや、何度も何度もこの手で命を奪おうとしたはずだ。──この両手で。

 でも、こんな傷つけることしかない手が、暖かい誰かの手を握られる。そう思えば思うほど、レムの視線はその手に吸い寄せれるように釘付けになる。傷ついてもなお、優しさを宿したライトの右手を。

 レムの唇がわずかに開いて、小さな吐息が漏れた。

 そして──

 

「────」「────」

 

 

 

 

 

 震える手が重なった。

 

 

 

 

 

 ライトの手が、そっとレムの手を握り返す。

 その優しい力に、レムは堪えていた涙が堪えきれなくなって、ぽろぽろとこぼれ落ちて──

 

「──っ!」

 

 緊張が割って入って、ライトの顔が強張る。

 緊迫感があたりを迸って、微かな周囲の音が大きなものへ錯覚した。徒党の足音が地面を伝わって感じられる。どうやら臭いを嗅いでライトたちを探しているようで、ここにいられるのもあと僅か。

 囮として使った血撒きもあと幾ばくかで破られる。引き締まった表情に戻すライトは目をスバルへと向けた。

 草むらを隔てた外界の異変を肌で感じたスバルが跳ねるように首をラムへ回した。

 

「ラム、どっちに逃げれば結界の出口に抜けられる?」

 

「左に向かって全力疾走だけど、どうする気?」

 

 草むらの外に顔を向ければスバルが「うーん」と長く唸れば自慢の力強い目つきが悪い顔へと変え、

 

「レムをラムへと突き飛ばして、俺はライトとという肉壁を手にし無様にも逃げ去るってのは?」

 

「ウルガルムを引き連れてるから、その間にレムを連れて逃げろと」

 

「俺の照れ隠しをあっさりと暴くのやめてね?!」

 

 ラムとスバルがこの空気には見合わない、屋敷のやり取りと遜色のない交換をする。

 二人の会話を耳に入れたレムが、この無謀としか言えない作戦をやめさせるようにライトへ言いかけた。

 言いかけたのだ。だがライトの顔は二人へと向けられていて反対する気もない。

 レムは目の前が真っ暗になりかける絶望感にライトとスバルが離れていく感覚を覚えた。右手を握るライトの手が、温もりが、離れていく。

 

「助かるわけないじゃないですか……やめてください、それじゃレムが……」

 

「心配すんな。お前が知らない名案で魔獣を一網打尽にできんだよ。ライト、ビームマグナムはあと何発打てる?」

 

「ビーム……あれか。──残弾一ってところ」

 

「一発勝負か」

 

 レムから手を離し、右指を銃の形に組めばライトはマジマジと眺める。スバルの作戦ならきっと包囲網を抜けることができるのだろう。二人で戦えばきっとだ。

 だが、二人でこの包囲網を抜けると言うことが絶対不可能なことに思えたレムが身を乗り出して、少し赤で滲むライトの服を掴んだ。

 

「ライトくん……もう、やめて…それ以上してしまったら………どうしてそこまで……?」

 

「そう、だな」

 

 脳裏に糸が切れた人形のように動かなくなった彼が写り込んで、必死に離さまいとその手を緩めないレム。

 離れないレムをそのままに上着を脱げば、ボロボロの給仕服にかけてあげる。

 

「あのとき、みんなが、レムが俺を見つけてくれた。だからだよ」

 

 微笑むライトにレムが呆気に取られた表情をする。

 するとライトはレムの左手を引き寄せ自身の膝に。膝の上には血の滲んだハンカチがあり手首が置かれる。

 昨日、暇があれば進めていた銀糸の刺繍が施されている。ライトの首にかかる一角獣と同様のシンボルが隅に刻まれたハンカチ。それをライトは慣れない手つきでレムの手首に巻きつけようとする。

 

「もう手放したくないって、取りこぼしたくないって。これはその約束だ」

 

 「結ぶの難しいな……」と言葉を零しながらライトは折れた左手も使ってハンカチを結び直す。

 痛みが左手を灼熱と針を貫くが脂汗を浮かべて歯を食いしばるライトは続けて、ようやく結び終えた。

 

「俺は必ず戻ってくる。だから、レムは信じて俺に任せてくれ」

 

「そこは──俺たち、だろ?」

 

「あぁ、言えてる」

 

 スバルの物言いにライトが笑う。

 そのやりとりに目を見開くレムだったが、そのままライトにラムの背へと押し付けられる。

 

「どのみち俺は行くしかないんだ」

 

 これ見よがしにライトは血の滴る右手を力なく振る。

 鉄の匂いが鼻を刺す。こちらの意図に気づいたのかレムの顔が悲壮の色で染まった。

 そうだ。血の匂いは腹を空かせた肉食獣からすれば引き寄せる匂いになるなら、ライトが現状ここの足手纏い。

 見送ることしかできないレムは瞳を潤ませることしかできなかった。

 信じたい。でも、楽観的に希望を抱くことなんてライトとスバルを見てしまえば、風が吹いてレムは消えてしまいそうだった。

 止めたい。懇願し、レムが姉の細い肩にかかる手を離して伸ばそうとして、

 

「んじゃま、ちょっくら一狩りしますかねぇ……レムを頼んだぜ、姉様!」

 

「バルスたちも、無事に合流できることを祈っているわ」

 

 呆然とするレムを置き去りに、スバルはライトの肩を掴んで左に行く。

 二人が草むらから一目散に飛び出していけば、ラムがレムを背負って逆方向へと走っていく。離れていく。いってしまう。

 

「──ぁ、待って……!」

 

 声が出た。左手が伸び、巻かれたハンカチが揺れる。

 喉から絞り出したレムのか弱い声が向こうで徒党を組む足音の中でも透き通って聞こえ、ライトの耳に入る。ライトの進む足がぴたりと止まる。

 何が起こったのか、わからない。ただ何かがつながったような、レムはそんな気がしてならない。

 

「────」

 

 何も言わない。

 空白のかまいたちが二人の間を切って通り過ぎたとき、ライトは先に向かうスバルへと走っていった。

 

「二人が命懸けで作った時間よ。有効利用しましょう」

 

「──姉様!」

 

 額に汗を浮かべて、余裕のない口調で言うラムにレムが被せる。

 託した。託された。レムの左手に巻かれたハンカチがその証なのだ。しかし、拭いきれない絶望感というものは根付いては心から離れてくれない。

 自分の中に眠る『鬼』を表に出すことができさえすれば、不安の渦は消失してくれることだろう。この状況を打破できる力がレムにはある。『鬼』がある。

 だが『鬼』は顔を出さない。本能はなりを潜め、空白となる力。この場で役に立つこともできずに姉の、スバルとライトの足を引っ張るレムを嘲笑っているようだった。

 後悔が思考を緩慢にさせて考えがまとまらないレム。対照、ライトとスバルを囮にし足に迷いを宿らせないラムは早い。

 どうして。どうして姉様はそんなに強いのか。どうして簡単に切り捨てることができるのか。

 囮を買って出たスバルとライトもだ。自分たちの生存確率を高めるためともなれば、命を賭ける。なぜだ。

 信頼感皆無な外見をしていた。でもなぜだろう。信じてもいいのではないかと。いや、信じてみたい。そう思ってしまった。思えば思うほど想いは増していき、気づいたときにはライトの手を取っていた。

 しかし、もしも。もしもだ。レムが信じてしまったばかりにライトとスバルが死にに行き、死んでしまったら。

 敬愛する姉様はいつも正しい。でも、

 

「姉様……スバルくんが、ライトくんが……」

 

「振り返ってはダメよレム。バルスの、トライの覚悟が無駄になる……!」

 

 尊敬する姉の正しい言葉。これに従えば自分の心は守られる。姉のラムはいつだって正しいのだから。

 しかし、──正しさが全で、善であるとは限らない。何より、

 

 

 

 

 

『──レムが決めるんだよ』

 

 

 

 

 

 

「──お姉ちゃんっ!!」

 

「──ッ!!」

 

 心が訴え、自分の想いに従うままに叫ぶレムが、ラムの表情を揺るがした。

 目が見開き、ラムの足が止まる。支える身体が腕から脱しようと身をよじるレムによって崩れる。

 身体が落ちる。構わない。

 地面に打ちつけられて身体が軋む。構わない

 感覚を手繰り寄せて、レムは自身の背後を見た。と同時に、ライトとスバルの、二人の背中を見た。

 二人とも、走るというにはあまりにも鈍重な足取り。

 黒髪と白髪。どちらも傷だらけ。

 右腕、左腕。それぞれの腕を脱力させて揺らし渦巻く胸中を押さえ込むように二人の眉間の皺は深く、墨絵で描かれたよう。

 その正面。二人に立ちはだかるように前足を踏み鳴らすのは木々に並ぶのではないかと思うほどに大きい魔獣。

 その頭目へと二人は雑兵に囲まれながら豪胆に走り向かっている。

 手を伸ばす。視界の中、遠ざかる背中以外に現れるものがある。手首に巻かれた約束だ。それが二人とつながっているような気がしてレムは左手を懸命に伸ばす。

 届け。届いて。届いてくれ。

 喉に詰まり、口が固まり言えなかったことを。約束を。

 

 

 

 

 ──必ず。

 

「帰ってきて──ッ!!」

 

 

 

 

 

 果たしてこの声が届いたか、定かではない。

 ただ、振動が大気に乗り、音となり、風に乗ったとき、呼応するように鈍色に輝く諸刃の剣が、煌々とする意志を孕んだ光刃が抜き放たれた。

 

 

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