Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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第五十話 ここが居場所

 

 

 日が昇って、草木が緑を鮮やかに映し目覚める。朝の風が吹けば木々は優しく揺れて、葉が煽られて飛んでいった。

 ここはロズワール邸。原っぱにみまがうくらいに広いこの庭で二人が並んで座っている。奥からやってきた風に青い髪を靡かせるレムとライトだ。

 

「────」「────」

 

 二人の間に会話はなかった。ただ柔らかに瞳を閉じて、心の開けた感覚に馳せていた。

 心地のいい朝日が肌に降り注いで、冷えを温めてくれる。包帯で巻かれた右手で体を支えると草の柔らかい感触が伝わってた。

 深く、深く息を吸い込んで、ライトは吐息と共に目を開けた。

 

「ねぇレム」

 

「なんでしょう、ライトくん」

 

「……やっぱり、なんでもない」

 

「ふふっ、なんですか? それ」

 

 当たりも触りもしないライトの呟きにレムが小首を傾げて笑う。

 片足を曲げて座るライトはどういうわけかレムを呼んでみたくなったのだ。ただそれだけ。呼んで返事をくれるだけで安心するのだ。助けることができたんだと、自分の手で掬うことができたから。

 自分の手で救えて、みんなに救われて、そうしてようやく本当に終わったのだ。だが、終わりは終わりでも、真の意味で終わりではない。

 これはほんの一区切り。

 日常は芽吹き、刻む時計のように進み続けて、また始まる。

 

「って、そういえば上着汚しちゃったな。まぁやむを得なかったしいいんだけど」

 

「ごめんなさいライトくん。レムが無我夢中で飛び込んでしまったばかりに……」

 

「やむを得なかったからいいんだよ。俺が外に出ていなければ良かっただけだしさ。ところで……この服、いつもの感じとなんか違くって……ん?」

 

 妙に着心地がいいと口が走りかけたとき、自身の左肩になかったものがあって疑念の声が漏れる。風を切る冷たい空気から身を守るような、機能性と静かな美しさを兼ね備えた白いジャケット。その左肩に首にかかるネックレスと同じマークがデザインされているのだ。淡く朝日を反射する銀糸で描かれているのは、一角獣。

 

 ──すごい……!

 

 銀糸で一本一本が繊細に重ねられ、まるで生きているかのような立体感を持っている。これをやるとなるとかなりの気骨が必要なはずだ。

 ハンカチに刺繍をやったからこそわかる。この刺繍は生きている。

 感動するライトはマークに集中しすぎて、微塵も周りのことなんて目に入っていなかった。だから隣で肩をびくりとレムが震わせることにも当然気づいてなんかいなくて──

 

「気づきましたか!」

 

「うお──ッ!?」

 

 ずいっと右からレムの顔がドアップになり、ライトは肺がびっくりして飛び退きかける。星の光を幻視するくらいレムの淡青色の瞳がキラキラと輝いていて、引き攣った笑みを浮かべたまま思考が停止するライト。そんなライトなどお構いなしに、レムはライトの包帯まみれの右手を掴み──白い上着を掴んだ。

 

「ライトくんの服は、レムが作ったんです!」

 

「は、ん? え? 作った?」

 

「そうなんです……!」

 

 頭の上に三つのハテナマークが浮上するライトをよそに、レムが勢いよく立ち上がりしみじみとした表情になる。

 あれだけ落ち着いていたというのに、なんという回復力か。

 それに作ったとレムは言った。しかも聞き間違えがなければ『服は』と。だとするとジッパーはどうやった。ボタンならまだ再現は容易いと思うがジッパーはどう考えても無理があるだろう。

 

「前開きとかポケットとかの再現はレムでも苦戦はしましたが……」

 

「苦戦……苦戦って言ったか!? これで!?」

 

 ジャケットの両脇についているポケットのチャックに動かすライトが思わず立ち上がってしまった。前開きの部分に至ってはどういうわけか触らなくてもわかるくらいの完成度のオーラを放っていた。

 実際、ポケットの蓋となるジッパーはどこをどう見ても、どう触って、どう動かしても、普通の元の世界のものと大して変わらない。いや、むしろ開け閉めが重厚だ。

 

「完璧じゃん!」

 

「そんなに褒められてしまうと……照れますね」

 

「うんそうそうすごいよこれー──って違う……! 作ってもらったのは嬉しいんだけどね! 特にこのマーク! かー最高すぎる。……多分これだけじゃないんでしょ?」

 

「はいっ! 肌に触れる裏地は絹のように柔らかい布を、外側は魔糸布を使用していて、ライトくんがマナを込めればある程度耐久性が上がるという優れものです。特に左肩の印はこだわっていまして……」

 

「え、ええと……すごい情熱だね……」

 

 完全に語りモードに入っている。あのなんでも受け身なレムだったのが、今や反動が出ているのか主張が激しくて、寂しいやら嬉しいやら。感慨深い。今も頬を染め、少し照れつつも、レムは自分の手がけた服について熱弁していた。

 しかしそれほどの布、一体いくらするのだろうか。絹とか魔糸布とか、ひょっとしてひょっとしなくてもお金のかかるものなのでは。

 温かい目で微笑んだり顔を青くしたりとライトの表情は忙しい。そんなライトをよそに、レムは思い出したように顎に人差し指を立てる。

 

「──スバルくんのじゃーじなるものも作っていて……」

 

「──ちょっと待て。今聞き捨てならないことが聞こえたような……スバルのジャージって言った?」

 

「はい。言いました」

 

「ジャージ……ジャージねぇ。あの灰色の?」

 

「そうです。あの年季の入ったスバルくんの服です」

 

 この子年季とか言っちゃってますがな。ジャージとは動きやすくもあるのだが合成繊維は床とかに擦れるとよくテカるし、簡単に破れてしまう。耐久性のあるものになっているとは思うがジャージ本来の運動性能を損なってしまうかもしれない。そんな懸念、レムの執念を前にしたら呆気なくぶっ飛ばされるのだろうが。

 そんなことを考えていると急に頭が痛くなってきたような気がする。実際、腹も減っていれば血が足りない。もうなんだかどうでもいいような気がしてきて、ライトは目と目の間を指で揉んだ。

 

「まぁ、その……ありがとう、レム。着心地いいし、落ち着くよ」

 

「……ふふ、よかったです。スバルくんじゃーじとライトくんの服で、あと五着ずつくらいは作ろうかと思っていまして……」

 

「それはやりすぎ」

 

 立ち上がるライトは血迷うレムを左手を突き出して制す。レムがいくつ服を作ったのかは知らないがこうなってしまった原因は間違いなく自分にあるのだとライトは自負した。

 何か追い立てられる感覚になるとき、それから逃げるように夢中で取り組んでしまうことがあるのだ。ライトなら以前にあった無茶な業務。レムは業務に加えて仕立てという方面へ。

 でも、

 

「ありがとうな」

 

「え……」

 

 口が反射で走った。

 素材が変わっていて形が似ていても、これはレムからの贈り物で、自分のものなんだ。そう思うとなんだか託されたような感じがして気が重いやら背中に手を添えられているような。なんとも形容し難い感覚。

 ほのかに口角をあげるライトは左肩の銀糸の一角獣に手を添えて指先で沿う。

 

「服が変わってるはずなのに、すごく馴染む。ほんとうに……」

 

「ライトくんがよろこんでくれたようで、レムは安心しました。──ぁ」

 

 微笑んで目を細めるレムが小さく息を漏らす。不意に、ライトがそっとレムの頭に撫で始めたからだ。

 ためらいがちで、けれどライトの手には確かな温もりがレムの髪を乱れないようにゆっくりと撫でて、思い出したようにその手を離した。

 

「……っ、ごめんレム。あんまり気持ちのいいものじゃないよな……人に頭を触られるなんて」

 

 そう言って眉を申し訳なさそうに曲げるライトが手を引こうとして、レムはその手をそっと包み込んだ。

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

「……レム?」

 

「ライトくんの手のなら……いいんです。レムは嫌なんて思いませんし、むしろ……うれしいです」

 

 少しだけ俯きながらも、レムは穏やかに笑う。その瞳は柔らかな光を宿していて、言葉以上に想いが伝わってくるものだった。

 レムの笑顔に当てられて、ライトはほんの少し息を呑んだ。

 

「そう、か……喜んでくれるなら、俺もうれしい」

 

 素直な言葉を口にして、ライトは少しだけ視線を落とした。けれどレムの手がまだ自分の手を包んでくれていることに気づいて、自然と握り返す。自分の温度に応えてくれるレムの手に、意識を傾けながら。

 

「……手、あたたかいですね。包帯越しなのに、じんわりと肌に染み込むようで」

 

「レムの方こそ。前よりずっとあったかい。前より……うん……前よりも」

 

「ライトくん……?」

 

 眉に皺を寄せて、痛ましげにレムの手の甲を親指でさするライトの表情は暗い。

 前より。そう前よりもあたたかい。このループを超える前の、あの何も感じさせない空虚な温度に比べれば、断然に。

 フラッシュバックが脳を焼いて離れない。決して忘れてはいけないことだ。あの悲劇が、惨劇があって今の『ライト』という自分がいる。やっぱりか、忘れず、受け入れて進んだが、自分にとって人の死というものは寂しくてこの上なく嫌なことなんだと改めて痛感した。それが身近で、仲の良い人なら、大切な人なら尚更。

 

「ライトくん……少し、屈んでください」

 

「ぇ? ……うん、わかった」

 

 声がかかり、ライトは目の前でこちらの顔を見上げて覗くレムに気づいた。

 青い目の中に確固たる意思を感じてしまったライトは二つ返事をしてゆっくりと片膝をつく。

 

「屈んだけ、ど……?」

 

 ライトの口から出た言葉が半ばで疑問符つきに変わる。ふと、そっと頭に触れる指先があったのだ。

 その手はどこまでも優しく、安心感にも似た温もりを帯びていた。ゆっくりと髪をなぞる動きにくすぐったさと安らぎが同時に湧き上がる。ともに、頭を撫でているのがレムだと気づいたのはすぐ後だった。

 

「子供扱いしてる?」

 

「してませんよ? でも、今のライトくんが、撫でたくなる顔をしてらしたんです」

 

「それ、子供扱いって言うんじゃ? あーもういいから……そんな、撫でなくても──っ」

 

 気遣ってくれてるのは確かだが、流石に女の子に撫でられるのは恥ずかしい。拒んで頭を離そうとするライトだったが、レムの手は吸い付くように髪に置かれて撫でられる。

 

「そう言いながら、レムの手をライトくんは払いのけないじゃないですか」

 

「違う、これは……」

 

 口をもごもごとしてレムから顔を逸らすライトの頬はほのかに温度が上昇している。

 唇を尖らせてどこか不貞腐れているライトをレムは「ふふっ」と微笑んで、

 

「言いづらそうにするライトくん、かわいいです」

 

「か、かわいい言うな……!」

 

 頬を蒸気させるライトはようやく撫で続けるレムの手をそっと払い除けると折れた膝を伸ばす。

 そうして急激に伸びたライトの背。また見上げることとなってしまうレムであったが表情は柔らかい。悪戯に成功でもしたような、そんな明るい表情をしていて、レムは手指を添えて口元を隠していた。

 なんだかしてやられたような気がしてズルくも感じてしまうが、

 

「……これもいい、か」

 

「どうかしましたか? ライトくん」

 

「いや? ズルくてかわいい……ズルかわいいレムっていうのも新鮮だなーって、しみじみと思ってたのさ」

 

「────」

 

 言いながら、片方の膝についた草を払い落とすライト。今までの受け身なレムと比べたらだいぶ生き生きとしていて、ライトは鼻先から小さく笑いをこぼしてしまう。

 何気ない一言。些細なライトの一言にレムは息を詰まらせてしまった。

 

「レムは……」

 

「ん? あぁ……大丈夫だよ」

 

 言い淀むレムを目に入り、目尻を下げるライトがそっと手を伸ばし、顔が陰るレムの細い肩に軽く触れた。指先に伝わるレムの小さな震えが、心に秘める不安が物語っている。

 レムは少し驚いたように顔を上げた。そこにあったのは眩くも優しい日差しに当てられるライトの微笑み。

 

「なんかわかるかもしれない。妙に心がはやって落ち着かないみたいな……不安? みたいなやつ」

 

 触れる肩を軽くライトは叩き、後ろへと向くと髪を雑に掻いた。内心に溜めた言葉を整理するように。

 

「レムは、今ちょっと足踏みしてるんだと思う。いや、歩き出してるけど……迷ってる、って感じ。全部が新しくて、どっちに進めばいいのかわからなくなってる」

 

 「でもさ」と腰に手を当てるライトは先の見えない何かに怯えを胸に手を添えるレムに振り向く。

 

「そういうのって、合ってるとか間違いとか決まってるわけじゃない。進んでみなきゃわかんないことばっかだし、俺だってわかんない。世界はいろんなものがあるんだから。だから……右にいってみる、違うなって思ったら、今度は左に! それだけ」

 

「でも、もしそれでレムが何か……取り返しのつかない間違いをしてしまったら。そうなってしまったら……」

 

 答えのない答え。それを見つけ出す過程に不安がよぎるレムは眉間にうっすらと皺が寄り、視線が落ち着かない。片方の視界が隠す前髪によってより暗くなって憂慮のベールを助長させる。

 だがそんな不安は、

 

「──大丈夫だよ」

 

 容易く払いのけられる。

 

「不安の数だけ明るい明日がある。踏み間違いそうになったら、そうさせないように俺たちがいるんだよ。俺は、見つけることができた。レムや──みんなのおかげで。まだ形になってないけど、多分『可能性』ってやつ」

 

「ライトくん……」

 

「だから、もし途方に暮れて、どうしたらいいかわかんなくて苦しくなったとき──手を伸ばして。あのときレムが手を握って無茶した俺を引き留めたみたいに、今度は俺がレムの手を掴む」

 

 言った後、「絶対に」と付け加えるライトはレムの前にゆっくりと手を差し伸べた。

 迷いのない手だった。

 まるで、何度も繰り返してその都度繋いできた見えない繋がりを手繰り寄せて掴んだ確信。まっすぐな手のひらだった。そんな手が、レムのために差し出されている。

 レムは一瞬だけ視線を落とし、小さく息を吸い込む。

 

「そのときは──お願いします。ライトくんも、覚悟してくださいね?」

 

 そっと、しかし確かな意思を込めて、その手をレムは握る。手のひらの熱が絡み合い、一つに重なった。

 ライトはそれを見て、優しく微笑んだ。

 

「覚悟、ってなんのだよ」

 

「それは……」

 

 言いかけた唇が止まり、レムは小さく首を振る。そしてライトに向けて小首を傾げ、目を細めていたずらっぽく笑った。

 

「……いいえ? やっぱり内緒です。でも、心してくださいね?」

 

「なにさそれ。ははっ」

 

「ふふっ」

 

 互いに微笑みを交わし合いながら握って、そっと繋いだ手を離す。

 空を見上げれば、春のような陽射しがやわらかく差し込んで草の香りが、庭に咲く花の香りが風に乗って届く。

 この平和を深く味わおうとライトは深く吸い込もうとして、

 

「────」「────」

 

 ──静けさを破るように、ライトの腹が元気よく鳴り響いた。

 

「……あ」

 

「ふふっ……」

 

「いや、違うんだよこれは。なんていうか……そう! 空気吸ったらお腹びっくりして……」

 

「かっこよかったりかわいかったり、ライトくんは忙しい人ですね? さっきの言い訳も苦しかったり……」

 

「やー! もういい早く朝食にしよう! 俺、お腹減って仕方ないんだから」

 

「そうですね! ライトくんは……あれから月が五回登ったので五日も眠っていたことになります!」

 

「それはお腹もへるへるー……って五日!? 二日じゃなくて!?」

 

 衝撃に衝撃が折り重なりすぎてライトの顔色が赤くなったり青白くなったりと忙しい。とんでもない事実を口にしながら、レムは口元に手を添えて上品に微笑む。

 

「『い』『ふ』も、レムが間違えるわけないじゃないですか。ほんとのことですよ?」

 

「うそだぁー……」

 

「ほんとうです」

 

「うそ……」

 

「ほんとです」

 

 否定しようとしても上からライトの言葉をおっ被せてくるレムの口は強い。絶対に本当のことなのだ。

 肩を落とし項垂れるライトは垂れ下がる前髪をかき上げると疲れの含んだため息をつく。

 

「じゃあ食堂行ってるよ。こうなればサプライズ出演といこうじゃあないか」

 

「いえ、ライトくんはしばらく部屋で休んでもらいますよ?」

 

「なにぃ……っ!?」

 

「ライトくん、レムを助けてくれたのは嬉しいですけど、血が足りていないんです。今こうして立ってるのも、ほんとはやっとじゃないですか?」

 

「そんなわけ……」

 

 鼻で笑っておどけるライトは視線を落として自身の足に関心を向けた。二本の足は地面を踏み締めていて──、

 

「あれぇ……? 震えてる。これはまるで、振動マシンに乗ってる感じだ」

 

「というわけなので、ライトくんは今の服を脱いでもらって新しい白衣に着替えてもらいます」

 

「というわけで……!? せっかく着たのに……」

 

「その前に、まずは体を拭きましょう。大丈夫です! レムに任せ──」

 

「ません! 全然だいじょばないし、それくらい自分でできるし! 戻りますよー俺は」

 

 不安もよぎったがそれは言わぬが仏。ライトは喉に立ち上った懸念を食欲が湧き出させる唾ごと飲み込んで屋敷の玄関へと歩き出す。後ろからついてくるレムには見えない笑みを浮かべながら。

 

「でも、やはり納得できません。レムは救われたんです。だから、それなりのお礼をレムは二人に、ライトくんにしないと……」

 

「……俺のしたかったことだしな……いいよお礼──」

 

 お礼なんて、とスリップしかけた舌をライトが止めるのは足を止めるのと時を同じくした。

 折れかけて、挫きかけて、ときに死にかけて。そして、なにも失わずむしろ拾い上げたもので囲まれている。服ももらったし。

 やり遂げたのだ。これ以上にないくらいの贈り物なのだ。余るくらい求めたらバチが当たりそうなくらいに。ただ、後ろで期待を込めた目を背中に刺すレムは贈ろうとしている。これを受け取らないでどうするというのだ。

 

「お礼もらうよ。多分みんなからもなにかしら来るだろうし」

 

 振り返りながら、「じゃあ……」とライトはレムに目を向けて考えると人差し指を軽く振った。

 

「ロズワールさんには雇用の待遇をちょっとだけゆるくしてもらおうかな。週休一日くらい」

 

「ほんとにちょっとだけですね」

 

「そ。その代わりめっちゃ頑張る。ラムには……そうだ、敬語一日とか。あーでも執務倍にされそう、押し付けられそう……」

 

 腕を組んで喉を唸らせるライトが上を向いたり下を向いたりと動きがうるさい。この間も足元がおぼつかないライトだったがすでに忘れてしまっている。

 百面相になるライトに微笑むレムは楽しげで、小気味よく小柄な体をわずかに揺らした。

 すると、「そうだ」と閃いたライトは手のひらに拳を打ちつける。

 

「お茶──紅茶一杯もらう。これしか思いつかん」

 

「了解です。姉様からのいっぱいの紅茶をですね? レムもできればご一緒して作りたいのですが……」

 

「いっぱいじゃなくて、一杯! ワ・ン・カ・ッ・プ!」

 

「もちろん知ってますよ? レムの冗談です」

 

「ほんとうか?」

 

 頭を傾けるレムの表情は明るく柔らかで、これ以上聞いても仕方ないと納得するライトは頬を指で掻いた。

 

「じゃあ話を戻して。スバルにはそうだな……俺が休んでる間の仕事を全部やってもーらお。冗談だけど。しょーじき思いつかないし、スバルも思いつかなそうだし……保留」

 

「保留ですか……ちなみにスバルくんもそう言っていましたよ」

 

「変なとこ似てるんだなぁ」

 

 そうなると、次にエミリアだ。ちなみにもう決めている。ライトの願いそれすなわち──

 

「エミリアには精霊使いについて勉強させてもらう」

 

「精霊術……確かに、大精霊様と契約なされているエミリア様ならその方面で熟知していますね。では……」

 

「お待ちかね、レムのターンだね」

 

「ですね!」

 

 身を乗り出し、ライトの瞳に輝く淡青の瞳を浴びせるレムは自然と背筋が伸びる。

 ライトは小さく息を吐いて──迷う。正直に言うと、レムからは貰いすぎて躊躇のようなものを感じてしまうのだ。泣きついてしまったときも、意識不明になったときも、迷っていたときも。みんなのおかげで居場所に気づくことができた。その発端がレムで、むしろ返しようのない恩をライトは持っている。

 

「ライトくん……?」

 

「──決めた」

 

 心配を滲ませる声色をしたレムにライトがポツリと呟いて向き直った。

 そして、歩き出す。

 

「レムは……俺の後ろじゃなくて……」

 

 驚いたように見開くレムの瞳をライトは見つめる。冗談なんてなに一つ感じられないライトの瞳はまっすぐでレムの頬が緊張で固まった。

 だが、瞳はまっすぐでもライトの表情は朗らかそのもの。ゆっくりと滑り出す唇が紡ぎ出す。

 

「──これからは隣を歩いてほしい」

 

「────」

 

 そのライトの一言がレムの時間を止めて、思考を真っ白に染め上げた。

 一瞬の沈黙。レムにとっては長く顔の横が熱くなるようなひと時で、吐く息に焦がれるような熱を帯び始めた。

 意を決し、レムは答えようとして──、

 

「ほら、さっきみたいにレムって後ろからついてこようとするでしょ? だから、そうじゃなくて、隣に並んでくれるといいなって思って……」

 

「────」

 

「……レム?」

 

 レムの足元に視線を移して、また顔を覗くライトは首を斜めにする。レムの口がわずかに開いたままフリーズしていたからだ。

 固唾を飲んだ喉が渇いて、レムは言葉に迷う。止まっていた時間が動いたと思えば、思考の歯車は噛み合わないまま。浮かれた言葉は足をつけないまま、着地点を彷徨っているようだった。

 

「……ちょっとだけ、期待をしちゃったかもしれませんね。レム一人で舞い上がったみたいで……」

 

「──ぇ、ちょっと待って。なんか違った? や、やっぱなしにしよう。えーっとほかの案考えなくちゃ……」

 

 言って、ライトは知恵を振り絞ろうとするが頼み慣れができていない頭の検索欄はほとんど空白。

 「お礼って難しいぃ……」と一人ごちってライトは首を触る。

 

「ま、待ってください……! 取り消さないで……っ!」

 

「あ、ちょっおちつこおちつこ。俺も落ち着いて、レムも」

 

「はい……」

 

 切らしかけた息をライトが促してレムを落ち着かせる。

 瞳を閉じ、ごちゃ混ぜになりかけた胸の内をレムは深呼吸で整頓してゆっくりと目を開けた。

 

「ライトくんの言葉、嬉しかったんです。だから、だからレムでよければ……ぜひ、隣を歩かせて──いいえ、歩きたいです……」

 

 柔らかに弧を描いた唇をするレムはライトと顔を合わせる。

 落ち着きを払い、それでも温かい笑みは絶やさずにレムはライトの隣に並び立った。

 

「じゃあ、よろしくね……?」

 

「でも……次にまた歩くときは、ライトくんがちゃんと元気なときがいいですね」

 

「それは……努力します」

 

 肩をすくめるライトは表情を和らげてカラッと笑い、見上げるレムはふわりと笑みを浮かべる。

 互いに微笑みあって、並んで歩き出す。

 いつもより少しゆっくりな足取りでも、確かに二人は肩を並べていた。

 寄り添うように歩みを進め、やがて屋敷の玄関へと辿り着くのはあっという間。

 見慣れた玄関でも、今はそれがさらなる戸口のように思える。ライトはその戸口に手をかけ、レムと顔を見合わせた。

 

「……ただいま、って言ってみる?」

 

「はい。おかえりなさい、ライトくん」

 

 小さな笑い声が重なって、扉が静かにしまった。

 まるで、朗らかな笑みを遮らないように──。

 

 





 ここで第二章は幕引きとなります。
 ながーい話になってしまいましたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
 ですが、『Re:ゼロから始める異世界生活』は第三章から本番で、Re:ゼロから始める異世界UCも第三章から本番です。
 三章は戦闘描写も多くなると思います。というかします。デストロイモードの登場も増えるかも?
 なので、楽しみにしていただけると幸いです。

 感想、評価など頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします!

 また、『タコピーの原罪』を混じえた来翔の過去編? なるものも連載中です。
 https://syosetu.org/novel/379881/
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