Re:ゼロから始める異世界UC   作:リクライ

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幕間

 

 

 ライトが昏睡から起き、ロズワール邸にようやくと安寧が訪れた朝──時間はそこからライトが起きる五日前へと遡る。

 

「終わった話は後回しにして、もっと建設的な話をしようじゃーぁないか。例えば──スバルくんとライトくんの、その後の経過はどんなもんかーぁな」

 

「……体の方はバルスは問題なく、トライはおおかた治っています。ベアトリス様が文句を言いながら、治療に全力を傾けてくださいましたので」

 

 暗い部屋に二人がいる。

 革を鞣した執務席に座るロズワールとその正面にいるラムである。二人が話す場所はロズワール邸最上階、主人であるロズワールの執務室だ。

 そこで夜の密談が行われる時、決まって参加者はこの二人。

 

「どういう風の吹き回しだろうねーぇ。付き合いは長いけど、あの子がそこまで誰かに肩入れするなんて初めて見たよ。……まさか、とは思うけどね」

 

 片目を瞑り、黄色の目が煌めかせて言葉尻を掠らせるロズワール。小さくなるその言葉をラムは聞こえなかったものの、主人の思索を遮ることはせずに、

 

「いずれにせよ、ベアトリス様がいらっしゃらなければバルスたちも助かったかどうかは」

 

「そのあたりはスバルくんたちの強運、とでも言っておこうかーぁね。実際、ベアトリスほどの治癒魔法の使い手はそういない。傷つけるばかりの得意なこの身が、恥ずかしくなるね」

 

 顔を外に向けてロズワールの顔に月明かりが照らされる。その表情は弱々しい微笑を浮かべている。

 それには正と負の感情どちらから来るものなのか、それがわからないほどに彼の微笑は透明だった。

 

「しーぃかし、前置きの不審さから察するに、彼らの状態は芳しくないようだーぁね」

 

「はい。──バルスは短期で二度、枯渇状態からゲートを無理やり活性化させていました。その上で命に関わる負傷を治癒魔法で癒しましたから……ゲートをこじ開けて酷使しすぎた影響で、まともに機能するまでどれほどかかるか」

 

「大精霊様とベアトリスの見立てかな?」

 

「はい」

 

 手を組んで、ロズワールはその悪い知らせを噛み締める。

 ゲートの損傷、それはマナを使って魔法を行使する魔法使いにとって致命的な問題だ。宮廷魔術師という立場にあるロズワールにとって、今のスバルの容体の悪さには強く痛感できる。

 

「ゲートの修復は個人差があるとはいえ、彼には酷な選択を強いてしまったことになるね。して──ライトくんの方は?」

 

「トライは──」

 

 ラムにしては珍しく言葉をやめ、口ごもるのを誤魔化そうと呼吸を置いた。

 発言に躊躇するラムの仕草にロズワールの眉が中央に力が偏る。

 

「どうしたのかーぁな?」

 

「いえ……トライは一度マナを枯渇し、回復をまたいで再びマナを使い果たしていました。マナの親和性も凡人と比べれば高いです。それこそ枯渇した状態で負傷にゲートをこじ開けずとも治せるくらいには」

 

「それはいい兆候だ。ゲートの具合に関しても……」

 

「はい。バルスに比べれば、はるかに。自然治癒でも二ヶ月したら万全かと」

 

 淡々とラムが述べるライトの容体にロズワールが喉を唸らせる。

 万全から枯渇。そして回復からまたも枯渇。精霊使いであれば大気中のマナを使用するのが基本中の基本だがライトの場合それが違う。大気ならず体のマナを使えばゲートも悲鳴を上げた。

 二度の枯渇はゲートにとって多大な負荷がかかるが、それでもこの程度済むのは、

 

「ただ、いつ死んでもおかしくないほどに今のトライには血が足りません。奇跡とは安く言っても、あれでは到底……助けに入ったライトは屍が動いたとしか」

 

「──器、だからだろうね。彼ならそう遠くないうちに目を覚ます。遠くないうちに、ねーぇ」

 

 端正なラムに張り付く度重なるライトの身に起こった奇跡に関する疑念をロズワールがそう結論づける。見込み薄のライトに関しても澱みはない。

 上から降りかかるロズワールの思考にラムは邪魔はせず月を映す別色の双眸を見つめていた。薄紅色の双眸に焦がれを宿しながら。

 

「ロズワール様は、トライに起こっている謎の結晶についても──」

 

「調和ができているようだーぁね。心配ない。彼が、彼たる所以を時期に目の当たりにするだろう。公の場で、ね」

 

 儚げで重々しい声がロズワールから発せられる。遠い後ろを顧みているような眼差しで月ではない、ばら撒かれた礫をロズワールは眺めていた。──一つ一つ浮かぶ導を否定的に。

 

「問題はまだ。バルスの体の呪いの残滓のこともあります」

 

 思案するロズワールの耳に重ね重ね若い二人に降りかかる環境は悪いとラムは口にする。

 

「──発動の危機は?」

 

「術者──この場合はウルガルムになりますが、ロズワール様の掃討により術者は不在。発動することはありませんが……術式は、今もなおバルスの体に」

 

「困難、か。いやはや、まさしく二人は縛られている──呪縛じゃーぁないの。……ますます、彼らの功績には報いなけらばならないだろうね」

 

 術式が体内に刻まれたままのことは憂慮を残すことだが、術者がいなければ発動する事態はまず来ない。これとは別件で、ライトもだが。

 二人は自らの身を呈して村の脅威を防いだ。その中には関係者も、何よりエミリアの存在がある。

 王選を控えているエミリアを守り通した結果は、何を差し置いても報いられるべき功績なのだ。

 

「時にラム……あの魔獣たちを操っていた『親』の目星はついたのかなーぁあ」

 

「……一応。ただ、足取りはすでに消えています。バルスとトライ、レムが森から連れ帰ったはずの子どもが一人、翌日から姿が見えなくなっていると」

 

 二人が連れ帰ってきた『お下げの少女』について、村民らは名前も知らなければ見知った子供ではないときたものだ。いつの間にか輪に入ってきたと、村の子どもたちも口を揃えて証言している。

 魔獣の幼体を村に連れ込んだのも、子どもたちに結界をまたがせて森に連れ込んだのもまた、その少女だと。

 

「まーぁた王選絡みになっちゃうかーぁな。『腸狩り』に『魔獣使い』と、おかしな面子に絡まれたものだよ」

 

「イロモノがどれだけ集まろうと、それで挫けるロズワール様ではないでしょう?」

 

「あらま、生意気言う様になっちゃって。──おいで」

 

 笑うロズワールがラムに手招きをすると、彼の座る執務席の上に、ロズワールの傍へと、彼に小柄な体を引き寄せられて膝の上に乗せられる。

 ラムはロズワールの体にその身を寄せて委ねる。

 

「さーて、じゃあ始めようか。一晩構ってあげられなかったかーぁらね」

 

「ロズワール様のご多忙は承知しています。ラムのことなんて、後回しでも……」

 

「ラム、いつも言ってるじゃーぁないの」

 

 目を伏せてその顔に翳りを映すラムの顎に指を添え上に傾けさせて、ロズワールはラムを見つめて微笑みかける。

 

「君とレムは私の中で、指折りの大切な存在なんだよ? そう仮に今回の件で君たちにもしものことがあれば、私は自分を抑えられたか自信がないほどに」

 

 顎に指を添えられたまま、その芝居がかった言葉。彼のそのメイクに合う言葉を投げかけられたラムは、うっとりした顔つきとなる。まるで心を奪われたかのように見惚れていて、ラムは至近のロズワールを見つめる。

 

「ラムとレムは、ロズワール様にとって大切────」

 

「そう、君とレムは私にとって大切で、大事で、何より重要な」

 

 言葉を重ねて、心を通わせ合って、一呼吸おいたロズワールは異なる色を持つ双眸にラムを映して、

 

「──欠かすことのできない駒だとも」

 

 堂々と、ロズワールはラムに対して言い放つ。

 その言葉には罪悪感など何もない。さも当然であるかのように、そうであるという情報を羅列しているに過ぎない響きがあった。

 そうして、自身の存在を駒という価値に落とし込まれたラムはそれに対して、

 

「──はい」

 

 頬を上気させて、ラムはそう頷いた。

 ラムのその態度にはまるで幸福の全てが詰まっているかのように感じられ、彼女の心が染み込むように惹きつけられていた。

 ロズワールは膝の上の彼女をさらに引き寄せて、

 

「じゃあ始めようか。ラムもだいぶ無理をさせてしまったろう? かなりマナを消費したね」

 

「申し訳ありません……お願いします」

 

 桃色の髪を掻き分けて、隠れた額をロズワールが露わにする。その額には微かな傷跡が存在していた。

 それは彼女が、鬼族の神童として言わしめた時代の名残だ。その傷跡をロズワールが愛おしくその傷に沿って触れる。

 

「──星々の加護あれ」

 

 四色の光がロズワールの腕へと通って、彼女の額に触れる指先に集う。そうして集中した光が白い光へと変えて、ラムの傷跡へと注がれる。

 鬼族としてのツノを失ってしまったラムは、マナを取り込む量も、排出する量も満足にできない。

 放置してしまえば衰えていき朽ちる肉体。それを維持するためにロズワールとの夜の密会は日課として行なっているのだ。

 

「忘れていました。ロズワール様にご報告しなければならないことが」

 

「ん? なーぁにかな」

 

 治療行為を受けるラムが透ける笑みを浮かべるロズワールに考え込む。どう伝えるべきか、そう頭を悩ませているラムが口を徐々に動かした。

 

「レムが、バルスに懐きました」

 

「んん?」

 

「ただ、トライが目を覚さないことがレムのところに触れているらしく、芳しくありません」

 

 たった一人の家族の、妹の心の変化は姉のラムにはよくわかってしまう。素直な妹にとって、反対の行動はどうしても無理であるということも。

 

「レムがねーぇ。まあ不思議なことではないかな。あの子はラムと違って、私に忠誠心があって支えているわけじゃーぁないしね」

 

 空に浮かぶ少しばかりかけた月をロズワールは見上げる。

 レムにとってロズワールの存在は、姉のラムを庇護してくれる存在として見ている点が強い。姉の存在が自身の存在意義と定義するレムの依存心からくる考え方だ。

 唯一の狭い地域社会を守るためとなると、途端にレムは浅い考えに陥りがちだ。入り込む外敵は早々に駆除しかねない。

 しかし、そうはならなかったのは違える前に信頼を得ていたのが要因か。環境を変える原因が多いのもまた別の要因かもしれないが。

 

「まーぁレムの心情がどうあれ、ラムは私の手に残り続ける。必然的にレムもそうならざるを得ないし、ユニコーンもまたライトとともにここに残る。一石二鳥ってーぇやつだね」

 

 スバルがときたま言う言葉をロズワールが目を細めて呟いた。

 

「そう、ですね。ただ、先ほど申し上げたように、レムは少々……いえだいぶ意識が散漫になっています。ラムの方からも釘は刺しておきますが……」

 

「そればかりはーぁしょうがない。ライトくんが目覚めるまで心身を強く保つしかない、ねーぇ」

 

 冗談めかしく言うのと同時に掌から放たれる光が弱まっていく。治療行為が終わったと言うことだ。

 

「これからまた忙しくなる。苦労をかけるけど、ラムもレムもよろしく頼むよーぉ。何かと、大きな波がきっと荒立つからね」

 

「例の御仁は、なんと?」

 

「不気味なほどこちらに如才がなかったねーぇ。食えないお人だーぁこと」

 

 眉を上げるラムに、ロズワールは肩をすくめて懐から指に挟んだ一通の手紙をひらかす。

 飄々とした態度であるが、内容がそう易々と受け流せるものではないことはラムも承知だ。一度、ほんの一瞬だけ顔を見合わせたことがある。──気持ちが悪い。それが最初に抱いたラムの感想だ。

 一挙手一投足が冷たく思えるほどの人で、なぜ協力してくれるのか全く不明で得体がしれない。

 まるでそばで額を添えたまま外を眺めるのようで。ロズワールのことを知りもしない男が孤独な戦いに後押しする様が気に入らないラムは歯痒くて仕方がない。

 

「しかし彼は私と同じで、そして私の味方さ。お姫様も来るだろーぅし、みんなよろしく頼むよーぉ?」

 

「仰せのままに。この身はあの炎の夜からずっとロズワール様のものです」

 

 名残惜しそうに離れかけるロズワールの手を引き止めるように白い袖を掴むラム。

 だが、ロズワールとラムの目が交差することはない。オッドアイは横目で窓の外を見上げていて月光を収める。

 

「この度の王選を、箱をなんとしても勝ち抜かないといけない。私の目的のために」

 

 呟かれる彼の目的に心を預けるように小さく息を吐くラムは目をつむり、温もりに体を預ける。

 静かな吐息に底知れぬ想いの宿る男の声を脳に焼き付けながら。

 

「──龍を殺す、その日のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──風を切る音に混じって、車輪が跳ねるたびに地竜の爪が硬い地面を蹴る音が響く。

 通り過ぎる木々が伸びているように錯覚するほどに多くの竜車を前へ前へと押し進む地竜は凄まじい。

 ──加護。世界からもたらされる福音であるそれは種族によって与えられる加護というものが存在する。

 地竜はその中の一つである『風除け』の加護を持つ。大地を走り抜ける上で風の影響や抵抗を一切受けず、加護はつながれる竜車にも作用されるのだ。だから車輪が跳ねたとしても制御は取られず地竜は安定した速度を保つことができる。

 

「────」

 

 徒党を組んで大地を踏み鳴らし駆け抜ける地竜たち。先頭に行くにつれ、竜車の外観は薄い布で覆われた竜車から来客の目を損なわないしっかりとしたものまで様々。荷台に乗るものも同じく木箱やら袋やら武具やら書類やらと商売道具が色とりどり。

 どこをどう見ても旅団か、物流を担う商業者たちにしか見えない。背中から追い立てられるように走る様子さえなければだが。

 

『もう間も無くです、姫様。ピックタットまで──あと、三刻』

 

「────」

 

 言葉の一つ一つから緊張感が宿る低い声が響く。それは御者台と客車を繋ぐ備え付けられた小窓からではない。客室の天井の一つの隅からだ。木製の壁に扮するような色をして内観を邪魔しないようになっているそれは水門都市で耳にすることがある『ミーティア』による放送。その小型版に近いだろう。

 客室に響く声に唾を飲む小さい影がある。厚手のフードを深く被り音声に小さく頷く少女だ。窓から差し込む光が開くフードの隙間を縫って、少女の赤い瞳を反射させる。

 手を手で包み込み、先にある休息を信じて握りしめた。そのとき、

 

「──っ」

 

 灼熱を宿した光玉が竜車のすぐそばを通り過ぎた。

 耳を劈くような高い警笛が鳴り響いたと同時に天井の隅から意思を持った雑音が流れ込み始める。

 

『後続の車両、油の散布急げ』

 

『敵対勢力をヴォラキア軍の偵察部隊と推定。魔撃を目視で確認』

 

『回避運動』

 

 声の後、客車を二台連結した竜車が進路を変えず横にずれる。と同時に、濃縮された火のマナが横スレスレに前方へと飛来。壁越しのはずのそれは中にいるものに微かな熱を覚えさせるほど。

 魔法砲撃は止まず、次々と竜車たちに直進して逃げ惑う者たちの逃げ場を悉く塞いでいく。

 

「ぐっ」

 

 部屋にある荷物が横にずれる地竜によって揺れ、ぐらつく体を抑えようと少女が呻く。

 座席に倒れ込み、外れかけるフードから太陽の賛美をこれでもかと受ける金色の髪が覗いた。流れる髪をフードにしまい込む少女は赤い双眸に歳にふさわしくない確固たる意志を宿し窓の外、遠くに見える山脈の影を見つめる。

 

 

 

 

『油の散布、終わりました!』

 

「緊急時だ、もっと手早くやれ! 遅いぞ!」

 

 眉間に皺を深め、動きが鈍い若人らを叱る男が歯を食いしばる。手には円形のものが握られており、スイッチを押して音声を切った。

 絶え間なくはるか後ろから放たれる炎弾。すぐ傍を通り過ぎるたびに緊張が体を迸り、手綱を握る手に力が増す。

 だが、情報の伝達を遅らせることなどできない。緊急時の動き一つ一つが行く末に決め手を与えるのだから。

 

「敵軍速度を下げ、新たに地竜を放出。帝国の戦士と推定」

 

 前方を走って地竜を繰る人物へと声を上げる。

 鏡に映る中、先んじて手を打った妨害工作に立ち往生する敵隊が目に映る。そこから豆粒ほどのものが集合から先陣を切って出てきた。

 

「数は二──いや、三。急速に近づく。──ふんっ!」

 

「────ッ!」

 

 手綱を打ち、地竜が吠えると速度をあげ、先頭を走る頭目と肩を並べた。

 その男は集団を率いる足る緊張感を放ち、顔に刻まれているシワの一つ一つに潜り抜けた苦難が手に取れるほど。

 髪は後ろに流れたオールバックで、灰色混じりのダークブラウン。年齢相応の白髪が混じっているが、それがむしろ彼の威厳を際立たせている。濃い眉と鋭い目つきは、一瞥で人を圧倒するような力強さを帯び、目に映る印象は大黒柱だ。戦士としての過去を彷彿とさせる体躯と無骨な顔つきに、伸びる無精ひげもまたその印象の後を押した。

 

「──キャプテン、どう対処するおつもりで?」

 

 横で、側面を短く刈り上げたブロンドの男が横目で指示を仰ぐ。片方の口角を上げて聞く男の声には冗談のようなものが宿っていて、キャプテンと愛称で呼ばれる男に寄せられる信頼が感じられた。

 

「…………」

 

 ひげを撫で、思案げに前方を見据えるキャプテンと呼ばれる男が地竜につけられた手綱を握りしめる。

 ひげを撫でる左手。その中に、追いついてきた金髪の男が持つものと同様のものが握られていて、慣れたように薬と小指で掴むそれ──『ミーティア』のスイッチを押し、声を仰いだ。

 

「──マリアンを出せ」

 

 

 

 

『──マリアンを出せ。敵隊の核は無視しろ』

 

 後続の竜車に響く集団を率いるものの声。

 混乱の声はない。薄い布で覆われた荷台の中ではすでに準備が始まっていた。

 一人の女性──マリアンの準備に当てられた仲間の一人が紐を解き、薄暗い荷車の中で鈍く光る剣をあらわにした。

 

「マリアン、剣の用意できたよ。あいにくだけど、光剣の方はまだ調整中だよ?」

 

「問題ない」

 

 首を傾げる黒毛の猫獣人に、袖を摘んで着心地を確かめるマリアンが剣を受け取り、腰に帯刀する。

 体を覆うような四つに分かれた緑色の布を纏うマリアンは濃色の目をし、顔を隠すフードからは上質な絹を彷彿とさせる髪がはみ出ていた。

 

『ガランシェールの地竜の足なら、振り切れる』

 

「了解」

 

 袖の内についた円形の装置にマリアンが短く声を当てる。その声は感情を抑え込んだように低く静かで、どこか住んだ水のような冷たさと落ち着きを内包している。大きくはなく、よく通る声には忠実に、そして生きようとする決意が滲んだ。

 竜車に身を寄せるように駆け寄る地竜を目にしたマリアンは肩にかかるローブを整えると御者台へ足を進める。

 

「絶対に帰ってこいよ」

 

「あぁ」

 

 仲間に頷いたマリアンが振り向いて、竜車から身を乗り出して後方を視界に移した。

 

「目標補足。足の速い奴がいる。特務仕様かもしれない」

 

『偶然の追跡じゃないってことだ』

 

 領外までもう間も無く。それでもなお追ってくると言うことは何かの意図があることなど容易に察することができる。

 竜車に備え付けられたベルトを片手に後ろを覗くマリアンは濃色の眼光を強めた。

 そして、

 

「──しっ」

 

 乗られるのを待つ地竜にマリアンが短く息を吐き、飛び移った。

 マリアンの命知らずな動きに手綱を引く男はギョッとするが、瞬く間になりを潜めさせると代わりにイタズラっぽい笑みへ。

 

「気をつけてけよ」

 

「戦場で気をつけない奴はいないだろう」

 

「言えてるな」

 

 ふっと笑う御者はマリアンから目を離し、前に視線を移すと地竜を操るのに集中を戻した。

 温かいみんなの送り出しに頷いたマリアンはめくれ掛けのフードを元に戻して地竜を撫でる。

 地竜は短く吠えて自身にまたがるマリアンをチラリと見て力強く頷いた。

 

「──よし」

 

 戦いの意思をしかと受け止めた地竜にマリアンは首肯する。もういつでも出撃に移れることを確認し、名を出そうとした。

 

『片付けて帰ってこい』

 

 ふいにこちらに信頼をおいてくれる声がマリアンの耳に飛び込んでくる。竜車の集団を率いるキャプテンの声が袖に備え付けた『ミーティア』からかかったのだ。

 その声にマリアンの口元がわずかに弧を描くとゆっくりと唇を進める。

 

「了解、マスター」

 

『マスターはよせ』

 

 すぐに被せられる家族にも等しい恩人の声にマリアンの顔が引き締まる。だが目の中には嬉々とした色が宿っていて、より意思を固める声が胸を打った。

 徐々に手綱を身体に引き寄せ、マリアンは地竜の進みを遅らせていく。

 瞳を閉じ、深呼吸。

 

「──マリアン・ノヴァリエ。『クシャトリヤ』出る……!」

 

 次いで目を開けたマリアンが静かに宣誓。目一杯に地竜を引き留め、地面に足跡が縦に刻まれると同時に体勢を変える。

 前方に向いた地竜の鼻頭が後方へとまわり、速度が減衰していくごとに加護の恩恵が減る。風除けの加護によって影響をなくした外界の力がマリアンの身に降りかかる。常人なら振り落とされるそれを体を倒してまたがる足を固めしがみつくマリアン。

 

「無理をさせた、ベイス」

 

「────ッ!!」

 

 急制動をかけた地竜──ベイスは片目を閉じて堪えながら身を案じてくれるマリアンへ果敢に応えた。

 減速しながらマリアンとベイスが見据える先。三体の地竜にまたがるそれぞれの戦闘員が目に飛び込んだ。

 

「はッ!」

 

 それを見るや否やマリアンが手綱を打つのと一斉にベイスが地面を蹴り上げる。減速し終えていない地竜の足は地面を空転するが体勢はブレることがない。

 駆け出し、やがて速度は増していく。

 

「────」

 

 集団から置いてかれるマリアンを目にした敵の三人が大外から回り込むよう地竜に行動を移させている。

 一人にマリアンを相手にさせ、他二人は追撃に向かわせる魂胆か。

 

「竜車は追わせない」

 

 冷静に判断し、体勢を整えたマリアンが両肩から裂けて四枚となったローブをたなびかせ内側をあらわにする。

 中には小さい漏斗のようなものが整列していて異質なものだ。

 

「──ファンネル」

 

 マリアンが何もないところへと語る。

 すると、命を与えられたかのように緑色のサイズの小さいものがたなびくローブから外れる。そしてマリアンに肩を並べるように囲い始めた。

 それは四枚の中の二つにあったもので、マリーダの声に、意思に反応する。そうして放たれたファンネルは数にして十二個。

 それが宙空で姿勢を安定させて──飛び出した。

 

「ふぅ……。──。────」

 

 だんだんと身体を流し撃つ風圧がなくなっていき地竜に有する加護が身に染みてくる。加速度的に増していく足音と直に伝わる揺れを制御するマリアンは深く息を吐き、二つ眼を閉ざした。

 視界の情報を遮断し、神経が研ぎ澄まされる。その中、枝分かれする気配を手繰り寄せて感覚をますます広げていた。

 乗って、宿らせ、感覚がまた一つまた一つと増える。地上すべての大気に満ちるマナを介しマリアンの意識に反映された漏斗状の物体が空中で散開。

 囲んで、囲んで、囲みまくり。まだ何も知らないで迂回する敵二人のルートを手中に収め、

 

「────!」

 

 火蓋が切って落とされた。

 開眼するマリアンの合図に、四方に待機したファンネルが火を吹く。

 漏斗の筒先から凝縮された火のマナが線状に次々と照射。向かう先は迂回する敵の一人。突如として放たれる炎線は炎の枠組みを超えた擬似的な光線だ。

 撃つたびにファンネルは場所を変える。獲物を逃さぬよう、静かに、だが確実に旋回していた。

 居場所を察知する暇も与えない怒涛の魔撃。敵の一体がそれに気づいたときにはすでに一射によって左手を溶かし飛ばされていた。痛みに耐える暇もなく。また悲鳴をあげる暇もなく、閃光は襲いかかる。

 

「──!?」

 

 何が起こっているのか、状況を把握し危機から脱しようとしたヴォラキア兵の先にはまたも閃光。光り、通り過ぎ、服が焼き焦げ、肌にかすめる。

 そこから敵が迎撃に当たろうと氷柱を放とうとしても無駄だった。体ギリギリに光が過ぎるたびに追っ手の精神を削りとる。集中力を欠かせ、驚愕が押し寄せる中でまともに動くことは叶わず、敵に残る片方の腕が手首から切り飛ばされた。

 

「が──!?」

 

 動揺が走り、痛みが脳を引き裂かれてもなお攻撃はファンネルによる終わらない。攻撃の手段を奪えば次に追撃が始まるのだ。

 六基のファンネルは対象の心に刻むように光線を放ち、両足を吹き飛ばし、敵兵の地竜が絶命。両手足を失い地べたに転がるままのヴォラキア兵の一人は失血を待つことなく頭を穿たれ──終わった。

 

「…………」

 

 地竜を繰り、始まった戦場に身を投じる無言のマリアンに敵の声は聞こえない。声は聞こえずとも、想いは胸を蝕む。それは常人では耐えることのできない精神だがマリアンは意に介さずに続行。

 

「──!?」

 

 兵の一人が死に、その様子に大口を叩くもう一人の兵はおそらく友だったのだろう。だが戦場に立ったとき、須臾の決断が命運を分ける。

 そう。だから叫んだのと同時にファンネルはすでに敵兵の右腕を奪っていた。食いしばり灼熱に耐える敵兵が身の回りに炎弾を召喚。十や二十にも及ぶほどの魔法を繰り出すなど、腕の立つ者だったのだろう。しかし放たれる炎弾はファンネルに追いつくことなんて夢のまた夢。

 必死の抵抗虚しく、流麗にして予測不可能小型の死神がヴォラキア兵の一人の腕を、胴体を、頭を光の槍に溶け穿ち──命を絶たせた。

 

「……はぁ」

 

 微かに疲労が滲む息を吐くマリアンの先、迂回する敵兵の二人の危機を取り除くことには成功した。

 だが、前方。マリアンを相手に一直線に地竜を駆る相手は味方の死を目の当たりにしてもなお闘士の火を絶やそうとしない。

 右手を掲げ、多数の氷柱を召喚するヴォラキア兵。腰に刺されたマリアンの剣よりも長く分厚い氷柱が五本、宙を浮き追従。

 

「──はッ!」

 

 叫びと同時に手を眼前に振り抜く兵がマリアンめがけて撃ち放った。

 だが、五つの氷柱は分散することなく集合──むしろ互いにぶつかるほどに接近していく。

 

「──上手い」

 

 焦燥を宿す声を漏らすマリアンが手綱を引き上げるとベイスが足を地面に突き立て速度を強制的に下げる。

 加護は糸が切れたように効果を失くし、地竜とマリアンの身に多量な加速度がのしかかった。血液が前に、指先──体の末端に寄せ集まり鬱血。砂嵐のような感覚が脳に押し寄せてくる最中、俯いていたマリアンの顔が跳ねるように上がる。

 息を張り詰めさせるそれを無表情に押し込めたマリアンが手綱を右へ引いて、

 

「──くッ」

 

 ──五本の氷柱が激突。砕け、散弾となって降り注いだ。

 横へ飛び退いたマリアンの乗る地竜は幸にして無傷だった。が、目標を見失った魔撃は草を剥がし、大地を放射状に抉っていた。

 当たれば間違いなく命はない。横目に惨状を目にしたマリアンは背筋に登る悪寒を覚えながら意識を戻す。

 続け様に放たれる氷塊をマリアンの視界に飛び込んだ。緩やかに、しかし素早く回避行動に移す地竜がその魔撃を回避し、後ろで地を削る爆撃がマリアンの耳を撃つ。

 それがニ、三、四と立て続けに起こる。しかし、なおもマリアンとマリアンに従うベイスは悉くを回避。

 決め手に欠ける。そう判断したのだろう。

 

「──しぃッ!」

 

 体を覆う防具を剥がし、身軽となったヴォラキアの隊の長が地竜と共に加速して突進した。

 錯乱した、ということではない。

 守りを捨て、直進する敵は両腕を前にして頭を庇うと、地竜にも氷結を身に纏って躍り出たのだ。これではマリアンの操るファンネルでも光線は温度が中和され、反射して狙いが外れてしまう。

 突進にも訳がある。

 

 ──当たらない……。

 

 ファンネルの全方位攻撃は止まっているものに対しては有力な一手。いや、数手となる。しかし動いているものにおいては別だ。ファンネルの火線上に乗っていたはずの相手は通り過ぎ、閃光は標的を失う。

 そして仮に当たったとしても相手のまとう氷結によって無力化されてしまう。

 感情を悟らせないマリアンの顔がこわばり、鞘から剣を抜剣。後ろへ構える。

 ヴォラキアの隊長が剣を振り抜いたのも、同時だった。

 

「──っ!」「──っ!」

 

 食いしばり、両者の持つ剣が交差して過ぎ去る。

 地竜の勢いを衰えさすことのない円を大地に描く両者の軌道。

 態勢を立て直し終えたヴォラキアの兵とマリアンが片手に剣を、片手に手綱を握りしめて再び相見えようとしていた。

 

「はぁあッ!!」「──しッ!」

 

 叫んで力を剣へと漲らせる隊長。短く発声し迎え撃つマリアン。

 ──激突。地竜を駆る二人が正面からぶつかる様はまさにこの一言だろう。速度が急激にゼロへと抹消される二人の乗る地竜の加護は効果を発揮していない。

 衝撃を余すことなく前へと押し出し鍔迫り合う両者の間、剣から血を流すように火花が飛び散る。だが衝撃は永遠ではない。

 

「──」「──」

 

 剣が剣を押しのけ、繰り手を乗せる地竜らが地面を前方へと押し除ける。

 大きく後方へと地面に水平に跳躍し、地に足つける地竜たち。手綱を波打たせ、破裂音が鳴ると同時にまた剣が剣を超えた先の命を欲する。

 

「ダラアァ!!」「はあぁ!!」

 

 首元を狙う敵兵隊長の上からの斬撃にマリアンの剣技が被る。

 

「────ッッ!!」「────ッッ!!」

 

 踏ん張りを効かせる二頭の地竜が真っ向から咆哮し地面を抉り蹴ってぶつかりあう。

 ジリジリとにじり合い、立ち位置が徐々に入れ替わっていく。

 日に当てられる両者の影が横に伸び。やがて後ろへと黒を差し伸ばした。──マリアンの背後へと。

 

「とぅッ!」

 

「──っ! 目が……」

 

 後方へと飛び退かれたことがマリアンの瞳を焼いた。

 敵が塞いでいた日光が、影を白に染め上げたことでマリアンの視界を焦がし、情報を奪う。

 ここに来てのマリアンの動揺。

 

「もらった……ッ!」

 

 見逃すはずもなく、敵隊長は鋼剣の先端をマリアンめがけて猛進した。

 そして、剣が大気を貫いてマリアンの胸部を、心臓を一突き。肉を破り骨を削りながら女の胸を貫通したそれは、小さい背中から刃が生えることで戦いが終結した。

 

 

 

 

 ──それも、起こり得た可能性の一つだろう。

 

 

 

 

「はぁああッッ!!」

 

 胸が張り裂けるほどの声が戦場に広がり、マリアンのゲートが解放された。

 緑色のローブより前の空気が炎のマナが働きかけたことで、凄まじい熱風を纏う気流を生み出したのだ。

 

「──ッ!?」

 

 叫び声は上がらない。熱風に当てられた敵兵の隊長の喉は焼かれ、風圧によって視界を奪われた。

 そして──

 

「…………」

 

 炎風を前に両腕を差し出し、胴体を詳らかにした兵にマリアンの持つ鋼が左から襲いかかった。

 守りを失ったそれはマリアンの込める剣によって横薙ぎに切り進められ、血が噴出。筋肉や食物を保管する生袋。内臓や体の中枢神経が通う脊椎もろとも力が進むままに切り進まれる。

 そうして右へと振り抜いたマリアンが地竜の上に残り、腹から下を失ったヴォラキア軍一部隊隊長が地面へと堕ちた。

 

『袖付きめ……!』

 

 汗一つかかないマリアンの脳裏に地面に堕ちた敵の声が刻まれる。

 仲間を失った憎しみと、一歩及ばずに命を散らしたことへの後悔の念。それが精神をすり減らす戦いに残ったマリアンの精神に重くのしかかる。

 しかし戦場に立った以上誰であろうと関係なく、単なる戦闘単位に過ぎないからこそ、マリアンはすでに命のないものに引っ張られることはないのだ。

 

「…………」

 

 敵兵の主人なき地竜が肉塊から漏れる血を嗚咽して舐める光景を気にも止めず、自分の元に集う分体をマリアンは迎え入れた。

 マナを消費したファンネルがローブの中へと潜り込み、マリアンから流れるマナで充填。

 全機はぐれがいないことを、状況終了を確認したマリアンが一息入れた。

 

「任務完了。これより帰投する」

 

 息苦しいフードを外し、首を振るうとマリアンは地竜の頭に手を置いた。

 

「よくやった、ベイス」

 

「────ッ!」

 

 無理にしがみつき健闘したベイスはマリアンの賞賛にさも当たり前だと言いたげに吠える。

 調子のいい地竜の仕草にマリアンが呆れるような笑みを鼻ですると四つ裂きの──四枚の羽にも見えるマントから髪を外へ放り出した。

 

「…………」

 

 ガランシェールの向かった先に走り出し、加護の再起動にまだ時間がかかる中で髪が風に靡かれるマリアン。空中に軌跡が錯覚されてしまうほど真っ白の、まるで色だけがすっぽりと抜け落ちたようにその白い印象がある。

 流れる風にたなびく髪は背中にかかるほどの長く、露出の少ない肌も目を奪われるほどに白く、なだらかな肢体は存在が儚げだ。

 その中で、黒を主体とした服に身を包み、奥底に静かな決意を感じさせる濃色の双眸が存在を証明していた。

 

 





【挿絵表示】


「私のこれか? これは戦いに出るときに着る……まぁ戦闘服だ。だが、前からこの服で困ってることがあるんだ。これを着て、街を出歩くとよく──」

「あっ!! ピーマル! ピーマルだ!」
「ピーマルの悪魔!」
「緑の悪魔!」
「捕まったら口いっぱいにピーマル詰め込まれるんだ!」
「「「にげろー!!」」」



「…………。な? こうなるんだ」

(マリアンと街の子どもたち)
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