第一話 転移
『ーーーーーーーーーー……』
『ーーーーーーーーーー……』
『ーーーーーーーーーー……』
目を開けたら、日本ではないところにいた。
「ここ……どこなんだ?」
首に白金のネックレスを下げる少年が独りで呟き、あたりを見渡す。最後に見た光景ーー部屋着から青いジーンズと黒パーカーに着替えて白い上着を羽織った自分は、スマホと財布をポケットに入れ扉を開けたのだ。
眩い光の後、次に見たのは見慣れないレンガ造りの建物。闊歩する人たちの髪色は、アニメや小説のキャラでしか見ないような派手な色をしている。それに加え、猫や犬の耳を持っている亜人のような何かも当たり前のように存在していて、脳の追いつかない少年は一つの仮説を思い浮かべた。
「ここって、まさか──」
「危ねぇぞ、坊主!」
「うわっ! イッテっ」
声に驚き尻もちをつくと、すぐ目の前を竜のような動物が車を引き、通り過ぎる。車輪に轢かれた石ころが飛んできて額に直撃。痛むところを抑えながら言いかけたことを呟く。
「異世界に来たってことなのか……?」
「きゃーー誰かーー男の人呼んでーーーー!」
「えっ!?」
どこからか助けを求める声がこだます。普通こんな悲鳴が聞こえれば誰か一人でも探して助けようとするのに、やはり異世界というべきか常識も少しばかり違うらしい。
「助けないと!」
少年が一人街路を歩く人々を割って、声のした方向に走っていく。これからの先に、待ち受ける困難があることも知らずに。
*
*
周囲の人と違うスピードで石造りの道を踏み締めて走る少年。彼の名前は小鳥遊来翔。太陽系第三惑星『地球』で生を受けた、ありふれた家で育ったと思っている少年だ。
彼のおおよそ十七年の人生を簡略的に、わかりやすく語るとしたら、シングルマザーの家庭で育ったということだろうか。
進学と就職。人生の道が大体決まるクロスロードに立たされれば後悔しない方を選択し進む。人生とは必ずと言っていいほど決断が迫られるが、彼は進学を選びキャンパスライフに胸躍らせる、新しいことを受け入れることが少し得意な男子だ。親には一人暮らしをすると言って、近況報告は電話で連絡するくらい。映画を観た後にでも、サプライズとして顔を出そうと思った今日という日に限って、
「こんな所に来るか? ありえないだろ。挙句助けに行こうとするとか命知らずにも限度あるし、どうしよう」
「あぶねえぞ!」
「すみません急いでるから!」
肩がぶつかり慌てて謝罪を言い残したライト。
走りながら周りを見て思ったのがここはバザールのようなところらしく、文字を見ても全くと言って脳が受け付けない。ならおそらく持ち金は紙切れ同然で硬貨なんて役に立たないスクラップだろう。
言葉を交わすことができるということは助かるのだが、状況がわからないままここに呼んだであろう召喚主もいない始末。
「助けたとして、この後どうなる? ………ここか!」
走って十数秒。叫び声の発生源である場所に辿り着く。薄暗い路地裏はなんともチンピラがいそうなところで、固唾を飲んで足を踏み出した。
「大丈夫ですっ、か……」
「「「あ゛?」」」
目の前に広がる光景。奥には大中小と揃った身長のみすぼらしい服で身を包んだ暴漢がいて、三人の前で尻餅をついていた少年がライトを見る。三人にも勝るとも劣らない鋭い目つきを持っていて、異世界であまり見ないであろう服を身に纏っていた少年に目を見開いた。
だが、意識を三人に向けた。異世界なら銃刀法なんて存在しないだろう。ならまずは対話からだ。慎重に心を落ち着かせれば話し合いに応じてくれるはず。
──ここは落ち着いて話し合いましょう?
「えぇと、一人相手に三人は卑怯じゃないですか?」
「てめぇなにいってんだ?」「こいつ絞めたら次はてめぇだ!」「その服良さそうじゃねーか。剥いでやろうぜ!」
「──ってぇ逆上させてどうすんだお前ぇ!」
この土壇場で、痛恨のミス。心の声と実際の声が入れ替わってしまった。
これはマズったと不敵な笑みを浮かべるライトに、愚行をツッコまざる負えなかった少年が声を荒げる。
考える時間も与えてくれないようで、各々が獲物を手にして少年二人にじりじりと詰め寄ってくる。
一人はナイフ、もう一人は錆びた鉈、そして無手。……一人予算がないのかよくわからないがこの状況はまずい。
「そこのっ、えぇと──よくわかんない人! はやく俺の後ろに……」
「そこまでだ」
声のした方向に振り返る。歩く人とは明らかに違う雰囲気を持った男が日を背に浴びて、その場に存在を示していた。
燃えるように赤い髪。そしてその目は漫画で見た最強の男のように輝く蒼い双眸。今まで見たことがないぐらい整っている顔も凛々しさを引き立てている。仕立ての良い白服に身を包み、腰にいかにも強そう(小並感)な剣を携えた人がそこにいた。
「たとえどんな事情があろうと、それ以上彼らへの狼藉は認めない。そこまでだ」
言いながらライトと少年を通り抜け、暴漢の前に割って入る。その堂々たる言動にライトは声を失うが、三人は違う。
一人が顔面を蒼白にし、寒さに震えるように指を刺しながら声を振るわせた。
「赤髪に、空色の瞳……鞘に竜の爪が刻まれた騎士剣……まさかっ」
信じられないものを見る目で、青年と剣を見比べて思い当たった彼が目を見開く。
「ラインハルト……。『剣聖』ラインハルトか!?」
「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」
ラインハルトと呼ばれた青年が自嘲げに呟くが、その眼光は強くなっていく。
その視線を浴びた暴漢たちが気圧され後ずさる った。
「僕の微力がどれだけ彼らの助けになるかわからないが、もし強硬手段に出るというのなら」
腰に携える剣の柄に手を添えて、その眼光が強まっる。
「相手になろう」
「うっ」「げ」「ちっ」
「その場合は三対三の互角。僕の微力がどれほど彼らの助けになるかわかないが、騎士として、抗わせてもらうよ」
「じょっ冗談じゃねえ!? 割に合わねぇよ!」
「「ひー!!」」
言い放つラインハルトに三人が慌てふためいて、その場から脱兎の勢いで逃げ去っていった。大抵の小物キャラなら捨て台詞の一つや二つこぼしそうなのだが、その余裕がないのを見るに目の前に立つ青年の規格外さが目に見えてわかる。
「無事でよかった。ケガはないかい?」
来て早々貧困生活まっしぐらになるところを助けてもらって、ライトは息を大きく吐いた。目の前の青年は稀に見る聖人君主で逆に何か裏でもあるんじゃないかと失礼ながら思ってしまう。
そうして放心しているとジャージの少年が慌てて立ち上がり、尻についた埃を払う。
「こ、このたびは命を救っていただき、心からおお礼を申し上げる。この菜月昴っ、その御心の清廉さに感服いたしますれば……」
「お、俺も!い、いや私も命を救っていいただきありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございます!」
二人が交互にお辞儀をするところは流石に命の恩人と言ってもおかしいようで、ラインハルトが微笑する。
「そんなに畏まらなくても構わないよ。むしろそちらの少年のように言ってくれたほうが接しやすい。……向こうは三対三で互角になったけど、騎士として多少腕の立つ僕が来たことで、優位性を確保できなくなってのことだ。僕一人じゃこうはならなかった」
「あのビビリよう、三対一どころか百人相手でも大丈夫そうだけど……ていうか爽やかすぎだろ。マジで身も心も聖人か。眩しくて目が潰れるわ!」
突然の自嘲で二人はずっこけそうになる。
気を取り直して目の前の青年にジャージ少年が見れば見るほど神に選ばれたとしか思えない美男子にツッコむと頭を掻いて勢いを戻した。
「えぇと、ラインハルトさんで……いいんですか?」
「呼び捨てで構わないよ、スバル。えぇと君は……」
名乗っていないことに今更気づいた。喉が固まるのを深呼吸でやわらげて名乗る。
「スゥー……俺は小鳥遊来翔、です」
「ライトだね。そんなに緊張しなくていいんだよ?」
──なんかさらっと距離を縮めてきたなこの人。
言葉では絶対に言わないが、この人いい人すぎやしないだろうか。笑顔が引き攣るのをライトは感じていると、スバルが隣と前を交互に見る。
「さらっと距離詰めてくるんだな……まぁ改めてありがとう、ラインハルトに来翔。俺の叫びを聞いて駆けつけてくれたのお前らだけだぜ。マジ寂しい」
「確かに、あれだけ人がいるのに聞こえたのが俺とラインハルトだけって、ここのみんな無関心で冷たくないですか?」
人心の寂れっぷりを嘆くスバルと世界の常識に疑問符がついてしまうライトにラインハルトは目を伏せて、言いづらいように話し始めた。
「……多くの人にとって、彼らのような人と反目するのはリスクが大きい。その点、衛兵を呼んだ君と、僕が来るまでに時間稼いでくれたライトの判断は正しかったよ」
「その言い方だと、ラインハルトって衛兵なの?そうは見えないけど」
「よく言われるよ。今日は非番で制服を着ていないのもあるし、見た目に厳つさが足りないのは自覚しているところだからね」
苦笑いをして両手を広げるラインハルトに内心違うでしょと反論するライト。
目の前の彼が衛兵に見えない原因は、泥臭さからかけ離れた爽やかな雰囲気がなせるものだ。
「さっきの『剣聖』って、もしかして何かの身分なんですか?」
「家が少しだけ特殊でね。かけられた期待の重さに潰れそうな日々だとも」
冗談も織り交ぜるところも余裕がありありすぎて、パーフェクトヒューマンも名乗れるぐらいだ。こんな人がいるなんて、世界は広いとどこか他人のように思うライト。
「珍しい髪と服装、それに名前だったけど……二人はどこから? 王都ルグニカにはどんな理由で来たんだい?」
ラインハルトが二人の格好をじっと見下ろして質問を渡す。身分不詳の怪しい相手に対するそれは、衛兵ならばむしろ当然だろう。
「どこから、ですか……昴はわかるか?」
「俺に投げられてもな。どこからって言っても、東の島国じゃダメだったから……ここよりさらに東、そう! 俺らは誰も見たことない、果てから来たのさ」
東の島国と気になる単語を話し、日本でよく見る目や髪の色をした少年、スバルに肩を唐突に組まれてライトは驚く。
そんなスバルの答えにラインハルトは眉を上げて驚いた。
「ルグニカより東……まさか、大瀑布の向こうって冗談かい?」
「「大瀑布?」」
初めての単語に次ぐ単語。ライトがスバルと口を揃えた。
ルグニカという国はやはりというべきか元の世界でも聞いたことがない。それにこの世界ではそもそもの構造が違うよう。
瀑布はよく、世界三大瀑布とかに使われるいわゆる滝の意味を持っていたはずで、いかんせんここに無知蒙昧なくらい知らないライトには想像もつかない。今知っていることとすれば大通りと路地裏と、幼稚園児でもわかる地理構成だ。
「誤魔化してる、ていうわけでもないようだけど、そこはいいか。王都の人間じゃないのは確かなようだけど、何か理由があってのことだろう?今のルグニカは平時より少し落ち着かない状況にある。僕でよければ手伝うけど」
「親切にどうもありがとうございます、じゃない、ありがとうラインハルト。でもせっかくの休日を過ごすならもう手伝わなくて大丈夫ですーーじゃない、大丈夫」
「だいぶ気遣わせてしまってるけど、もっと落ち着いて、友人と話す感じでいいんだよ?」
「いや、そういう訳にも「長くなりそうなんでちょっと挟ませてもらうぜ?」あぁ、うん。昴に任せる」
あまりの硬さぶりに長引きそうと思ったスバルが、ライトを一歩後ろに下がらせて前に出た。
「なんでも聞いてくれ。世情には疎い方だから、答えられるかわからないけどね」
「俺が聞きたいことっていうのは人探しだから平気平気。ってなわけで聞きたいんだけど、このあたりで『銀髪』で『白いローブ』を着た『女の子』知らない?」
知り合いなのだろうか、だいぶ特徴を把握しているらしいスバル。だが、街の衛兵のラインハルトに聞くのは最善の判断だろう。もしかしたらすれ違いでも会っているかもしれない。
「白いローブに、銀髪……」
「付け加えるなら『超絶美少女』。猫ぉ、は別に見せびらかしてないか。まぁ情報はこんなもんだけど」
「……その子を見つけて、どうするんだい?」
「落とし物、この場合探し物か?それを届けてあげたいだけだよ」
蚊帳の外でスバルの探し相手を聞くライトが思考の底へと沈み込み考える。街の騒がしさがいい背景音楽となって逆に集中できるのだ。
スバルの探し相手は女友達とかだろうか。でもそれでは日本特有の彼の格好に説明できないため、この考えは没。なら次に思い浮かぶのは、ここに来た時に助けてもらった恩人的な人物なのだろうか。こればかりは本人に聞いてみないとわからない。
ライトに気づかないまま、二人の話は続く。
「ううん、すまない。ちょっと心当たりはないな。君もスバルと同じで、その女性を探しているのかい? ライト?」
「え? どうしたんだラインハルト」
二人が先ほどの会話に参加していないライトに目が向く。ライトは話を聞いているのかわからないが、顎に指を添えて地面と睨めっこしていた。
「…………………」
「もしもーし来翔くーん」
「──んぇ? あぁ話終わった?」
「ライトもスバルと同じようにその女性を探しているのかい?」
「え? いや俺は……」
「そうそう、俺達その女の子を探してるんだ」
急に話を中断されてフリーズするライト。彼を巻き込むように話すスバルの答えにラインハルトはその空色の瞳を細め、しばし熟考。
「……そうか。もしよければ探すのを手伝うけど」
「いや、そこまで面倒かけられねぇよ。俺達だけで大丈夫」
ラインハルトの申し出を手の平を上げ断るスバルはとりあえず大通りへと向かう。ライトはとりあえずラインハルトに話そうとするのだが、スバルに手首を掴まれているため連れ去られる形に。
さっきから勝手さが出ているスバルに何か一言でも言ってやろうと口を開くのだが、
「っと、一つ伝言を頼まれてほしい」
「もちろん喜んで。誰に何を伝えればいい?」
「もし見かけたら、何があっても『盗品蔵』には近づくなって伝えてくれ。探し物は必ず届けるからって」
「わかった。もしその女性に出会ったら必ず伝えよう」
その言葉を聴きスバルはラインハルトから背を向け駆け足で、ライトも流れで急ぎ路地から出ていく。
「この礼は必ず!」
「あー今度会ったとき、何か持ってきます!」
ラインハルトから何か言われた気がしたが、おそらく返事を向けてきたのだろう。
その言葉を背に二人は事なきを経て路地裏から出ることができたのだった。
その背中を青い双眸が、値踏みをするように見ていたことには気付かずに。
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路地裏から出てしばらく走った二人は、足を緩めて歩いていく。先ほどから口を出せなかったライトがスバルの肩を掴んだ。
「昴、なんであんな嘘を言ったんだ?」
「あのときに目的同じにしときゃ少しはまとまりが付くと思ったんだよ。悪かったな」
「はぁーまぁいいよ。それよりも、今は命が無事なことに感謝しないと」
「そうそう、あの時はほんと助かったぜ!お前の男前っぷり。俺が女だったら惚れてたかもな!」
同年代かそれより下ぐらいの彼と心置きなく話せるのは助かるライトがこんな冗談に「あはは」と返す。そして、路地で聞けなかったことを聞くことにした。
「なぁ」「もしかしてさ」
「お前って日本人?」「昴って、日本人なのか?」
この世界では似合わない単語を互いに耳に入れ、指を刺した状態で固まった。