Magic game   作:暁楓

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第十七話

「ここは……」

 

 辿り着いた場所は、どこかの街の中だった。

 まるでRPGにあるような、石造りの街だった。全て廃墟となっており、人っ子一人どころか、生物の気配すらない。

 

「ここが……アルハザード、なのか?」

 

 辺りを見回して、海斗が呟く。

 御伽噺になるほど前の世界だから、建物の様式とかが古いとは思っていたけど、本当にここに死者蘇生の技術なんてあるのだろうか? 技術というよりは魔術のような気がしなくもないが……。

 

「とりあえず、プレシアとアリシアをどこかに寝かせよう。色々整理する必要がありそうだし」

 

「ん、了解」

 

「うん……」

 

 とりあえずは近くの民家に入り、背負っている、もしくは抱きかかえているプレシアとアリシアをベッドに寝かせることにした。

 家の外見は古風なのだが、中の技術は地球にはない技術ばかりだった。最低でも数百年前の民家のはずなのだが、何一つ劣化している様子がなく、機器も動力が落ちているもののそれ以外は今にも動かせそうな気配さえある。

 ベッドにプレシアとアリシアを寝かせ、俺達は別の部屋で会議を開いた。

 まず、メールの確認。メールは全部で三つ届いていた。

 

「一つ目は緊急指令終了の知らせ、二つ目は指令1期間終了の知らせ……」

 

「俺と綾は緊急指令の取り分合わせて二十二個から三つ引いて十九個か……才は?」

 

「八個……迷宮の指令の取り分五つとジュエルシード入手三つ……あと、それ以前の緊急指令で手に入れた三つを合わせた十一個から、三マイナス……」

 

「由衣と竹太刀は、六個に加えて俺達の緊急指令の取り分の半分、八個を加えて三マイナスだから十一だな。……あとは」

 

 俺は三つのメールの最後……『失格者通知』のメールを開く。

 ずらりと並べられた失格者=死んだ転生者の名前。それは読み飛ばしてスクロールしていく。

 最後に見た時は確か、残り六十七人だったな……これから一体どけだけ消されたのか……。

 ……結果に、辿り着いた。

 

「……………」

 

「な、なあ……結果は……どうだったんだ?」

 

「……………。……残り人数、十九人……四十八人死んだ……」

 

「……………」

 

 チーム『反逆者』、チーム『インテリ不良』、チーム『連合軍』、才、和也……これらを入れて、あと六人しか生きていない……。

 たった、たった一カ月程度で、神を楽しませるために呼ばれた百人のうち、八十一人が殺された……それが、許されるのか?

 

「くっ……!」

 

「り、綾……」

 

「……………」

 

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 その時、才が俺の携帯を取り上げた。

 

「あ……!?」

 

「……死んだ人は、何も語らない。死んだ人に未来はない……死んで救うことのできない人のことを思うのは、意味がない」

 

 才は俺の携帯を閉じて俺に返却すると、部屋の扉へと向かった。

 

「僕達のやるべきことは、アリシアの蘇生、プレシアの病の治癒、元の世界への帰還……それぞれを行うための技術を見つけること……」

 

 言って、才は部屋を去っていく。

 

「お、おい待てよ!」

 

 海斗はそれを止めようと動き出すが、それを俺は止めた。

 

「綾!? いいのかよあんなこと言われて!」

 

「……あいつの言ってることは正論だ。俺達に失格者達を生き返らせるすべはない……」

 

 海斗に胸倉を掴まれる。

 

「だからって……!」

 

「だから。……俺達は生きるんだよ。こいつらの分まで。こいつらの無念を背負えるのは、俺達だけじゃないか……」

 

「……っ」

 

 胸倉を掴む握力がなくなったのを見計らって、手をほどく。

 

「……行くぞ。才が行ったように、俺達にはやるべきことがある」

 

 俺達も部屋を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 しばらく歩いて、俺達は大きなタワー状の建物に入った。

 そこは図書館らしく、壁一面に大量の書籍が並べられていた。移動用の乗り物や、検索用の端末らしき機械があるのだが、いずれも動力が落ちている。

 

「うへぇ、すげぇな……無限書庫よりもデカそうだな……でも機械は動きそうにないし、探してるものはなさそうだぜ?」

 

「そうだな……」

 

 そう言いつつ、俺は近くの棚の本を一冊手に取り、開く。

 書かれているのが(多分)アルハザードの言語であるため文字は全くわからないが、俺が見ているのは文字ではなく、本の質だった。

 

「でもすごいな。もう何百年も経ってるはずなのに、どれも劣化の気配を見せていない。動力だけ落ちてるのが謎だけど、それでもこの保存技術はすごい」

 

「ふーん……でもないんだろ? 次行こうぜ。できるだけ早く戻れるようにしないと」

 

「……そうだな。早く戻らないと、始末書になんて書かれるかわかったもんじゃないな。リンディさんにもなんて怒られることか」

 

 冗談めかしく言って、図書館を後にする。

 と、ちょうど図書館を出たら才に出くわした。

 

「探したよ」

 

「何か、見つかったのか?」

 

「特殊な装置がたくさんある施設を見つけた……文字がわからないから確証はないけど、多分、当たりだと思う……」

 

「案内してくれ」

 

 才は頷いた。

 

 才に案内されて着いた場所は、一部屋に一つの大型の装置が置かれ、そのような部屋が多数にならぶ建物だった。部屋の前にプレートがかけられ、廊下から見たら病院に見えなくもない。

 

「確かにたくさんあるな……文字が読めないから、どうしようもないけど」

 

「つーか、装置は未来的なのに建物は石造りとか、おかしくねーか?」

 

「言うな」

 

 なお、ここも例外なく装置の動力が落ちている。

 文字が読めないのも問題だが、それ以上に動かないというのは大問題だ。動かすことができなければ、帰還も蘇生も治療もあったものじゃない。

 

「一体何が動力なんだ……? どっかに発電装置とかないのかよ?」

 

「動力は魔力よ」

 

「!」

 

 声に振り向くと、そこにはアリシアを抱えたプレシアがいた。

 

「プレシア……! あまり身体に負荷をかけるな!」

 

「うるさいわね。アルハザードの言語もわからないあなた達に言われる筋合いはないわ」

 

「……魔力が動力ということは、アルハザードが滅んだ理由は虚数空間で魔法行使ができなくなったことによる技術のシステムダウンなんですね」

 

 才が尋ねた。

 

「察しがいいわね、その通りよ。……ここが虚数空間に飲み込まれた後、アルハザードの住人が転移装置で脱出したと言われているわ。でも全員ではなく、アルハザードの大勢の魔導師はここに取り残されたそうよ」

 

「……つまり、人間のリンカーコアを直接動力として扱い、転移装置を動かした……」

 

「ええ。魔法が使えなくなるとは言え、魔力そのものやリンカーコアが消える訳ではないもの」

 

「……それで? 俺達を人柱にするのか?」

 

「あなた達のようなはしたの魔力なんて期待しちゃいないわよ」

 

 俺は身構えたのだが、プレシアはそう言い返した。

 だが、プレシアは手を差し出してきた。

 

「けど、ジュエルシードは頂戴。持っているのでしょう?」

 

「ジュエルシード? ……ああ、なるほどね」

 

 次元震を起こすほどの魔力を持つこれなら、確かに動力としては十二分にも発揮できそうだ。二十一個あるんだし、動力不足になることはそうそうないだろう。

 ジュエルシードを取り出し、プレシアに手渡す。

 プレシアは俺達からジュエルシードを受け取った後歩き出し、部屋のプレートを眺めては歩き、次のプレートを見てまたさらに次へと進んでいく。

 海斗が尋ねた。

 

「なあ、文字わかるのか? ミッドの言語じゃねーんだろ?」

 

「そんなもの、プロジェクトF.A.T.Eが失敗して、ここの可能性を見いだしてから調べているわよ」

 

 ごもっともな返しだった。

 やがて、プレシアは一つのプレートの前で止まった。

 間違いがないか確認するように、部屋の入り口とプレートに視線を何度も往復させて、そして駆け足でその部屋に入っていった。俺達も後に続く。

 

「これだわ……!」

 

 プレシアが感極まったかのように呟いた。

 そこにあったのは、巨大な装置だった。何段もの大きな台があり、その台を取り囲むように支柱のような装置もある。機械仕掛けの祭壇という表現がしっくりくる。

 プレシアの反応から見るに、これが蘇生装置らしい。

 

「すぐにアリシアを……っ、ごほっ、ごほっ!!」

 

「プレシア!?」

 

 動き出そうとして、しかしプレシアは座り込み、咳き込んだ。

 病魔が深刻なところまで蝕んでいるらしい。プレシアは立ち上がろうと力を入れてるが、全く立ち上がれない。

 

「プレシア、まずはあんたの身体の方が先だ! その病を治す装置を……」

 

「黙りなさい! ごほっ……ここまで来てっ……アリシアのことを、後回しにできないわっ……!」

 

「それでお前が死んだら……!」

 

 ポン……と、手が置かれた。

 振り向くと、才がゆっくりと首を横に振った。

 一瞬、情に流されようとして、『あの時』のことを思い出し……あることに思い至った。

 

「まさか……感じたのか……?」

 

「……残り少ない時間で……せめてもの手向けを用意しよう……」

 

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 

「……………。……わかった」

 

 目を伏し、静かに頷いた。

 俺はプレシアに向き直る。

 

「プレシア、俺達に指示を出してくれ。俺達が装置を起動させる」

 

「ごほっ。……はぁ、はぁ……。……それしかなさそうね……」

 

 プレシアは俺にジュエルシードを返すと、指示を始めた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 プレシアの指示に従ってできるだけ早く装置の起動準備を整えた俺と才は、現在プレシアの後ろで起動している装置を眺めていた。プレシアはコンソールを操作し、アリシアは台の上で横たわり、装置の発する光に包まれている。海斗はまともに立っていられないプレシアの支えになっている。

 俺はじっと、目の前の光景を眺めた。ただただ眺め続けた。

 

「……綾」

 

 同じく前を眺めていた才が、眺めたまま声をかけてきた。

 俺は答えない。答えようとしない。

 

「……人を生き返らせることと、人の寿命を延ばすことは違う」

 

「……………」

 

「……人を生き返らせることと、人の病気を治すことも違う」

 

「……………」

 

「……不死の技術は、この世界には存在しない」

 

「……………」

 

「その技術が存在していたなら、この世界から住人が抜け出すことはなかっただろうし、この世界の住人がいなくなることはない」

 

「……才」

 

「何……?」

 

「お前が直感的に救うことができないと思って、諦めた人の数は、これで何人目だ?」

 

「……………」

 

 今度は才が黙った。

 才は、感じたのだ。俺との勝負の時のように、プレシアの命が長く持たないこと……そしてその残り時間が、アリシアの蘇生にかかる時間程度しかないだろうということを。

 才が言う通り、蘇生と言っても寿命が長くなる訳ではない。病の元がなくなる訳ではない。蘇生でできることは、心臓を再び動かし、肺が空気を取り入れることを可能にするだけ。

 それに、あの時点でプレシアの治療をする装置を探したとしても、見つからずにプレシアが事切れる可能性が高い……それを見越して、才は生き返ったアリシアと再会するチャンスを得る方を選んだのだった。

 

「……さあね」

 

 才は短く答えた。

 

「……………」

 

「……………」

 

 それから数分後、装置は輝きを止めた。

 直後、プレシアが倒れそうになり、それを海斗が慌てて支える。

 俺達はその二人の元へ駆け寄った。

 

「プレシア!」

 

「ア、アリシア……アリシアは生き返ったの……?」

 

 すでに焦点が合わなくなり始めたプレシアが、譫言のように呟く。

 俺は急いで台を駆け上がった。

 横たわるアリシアの元で腰を下ろし、手首に指を当てる。

 

 ――脈が、あった。

 

 すぐにアリシアを抱え、プレシアの元まで降りる。

 

「プレシア! アリシアは今、生きている! 生き返ったぞ!」

 

 できる限りの声で、励ますように叫ぶ。

 俺の言葉が通じたのか、プレシアはゆっくりと顔をアリシアの方に向け……愛おしそうに微笑む。

 

「あぁ……アリシア……アリシア……」

 

 手を伸ばし、ゆっくり、優しく、アリシアの頬を撫でる。

 プレシアと、生き返ったアリシアとの再会。

 しかし、時間が無情を見せた。

 

「うっ……ごほっ、ごほっ!!」

 

「プレシア!」

 

 プレシアが激しく咳き込む。しかも、咳が止まらない。

 

「才、治療装置を探すぞ! お前の予感はよく当たっても、必ずではないんだろ!?」

 

「……うん」

 

「よっしゃ、運びは任せろ……いっ!?」

 

 プレシアを運ぼうと腰に力を入れようとした海斗だが、次にはびくりと一瞬跳ねてプレシアを離してしまった。

 

「海斗!?」

 

「す、すまん。急にビリッと来て……」

 

「ごほっ……必要、ないわ……」

 

 海斗が手を離したことによって倒れてしまっていたプレシアが身体を起こした。

 

「自分の……死期が来てる、ことぐらい……わかるわよ……」

 

「……だからって……!」

 

「私が……やるべきことは……アリシアが生きていける、チャンスを作ること……」

 

 そう言うとプレシアは指先に自分の吐いた血を付け、床になにやら描き始めた。

 絵、か……?

 

「文献によると……アルハザードの、転移装置は……筒状の装置で、内側に操作パネルがある、構造らしいわ……」

 

 描いてる絵も筒のような絵で、その上下に横線が引かれている……床と天井両方と繋がっているようだ。

 描くにつれて、紅い線は震え、弱々しいものになっていた。

 

「ごほっ……アリシアを……お願、い……」

 

 ……そう言うプレシアの表情は、我が子のことを想う母親の表情で。

 ……それ以降、プレシアが言葉を発することはなかった。

 

 これが、大魔導師プレシア・テスタロッサの最期だった。


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