Magic game   作:暁楓

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第十八話

 プレシアの最期を看取った後、俺はまずアリシアを近くの民家のベッドに寝かせ、それと並行して海斗と才の手でプレシアの埋葬を行った。それからは、俺は眠っているアリシアのそばにつき、二人はプレシアが残した手掛かりを元に転移装置を探している。

 

(とにかく、できる限り早く虚数空間から抜けること……そしてアースラに早く通信して拾ってもらわないと……)

 

 理由は勿論ある。アリシアのことだ。

 アリシアは自力で呼吸はできてはいるが、死んでいる間に身体能力が衰え、死後硬直によって固まり、全く動くことができなくなっていると見た。今は眠っているが、目を覚ましてもまともに会話ができる状態とは言えない。虚数空間の影響で魔法が使えないため、念話による意志疎通もできない。そういう状況だった。

 また、ここには食糧がない。俺や海斗、才もなんとか大丈夫か……は、数日間は何も食わずに済むだろうが、アリシアはそうはいかない。朝に食事を取った俺達とは違ってアリシアは死んでいる間全くものを口にしていない。栄養失調の危険性が高い。

 それに下手に時間が延びたら、管理局から俺達が死んだ扱いにされそうだし……というか今すでに死んだ扱いにされてるのだろうか?

 

(あとは……この世界であれ(・・)を手に入れることができればいいんだけど)

 

 少なくとも、あの図書館にあれ(・・)に関係するものはあるはずだ。

 問題は、装置の使用方法なんだが……ここはやむを得ないと割り切るしかないのか……。

 

 携帯で時刻を確認する。日本の時刻ではもう夜の十一時になっているらしかった。

 ここの天気は真っ黒な雲が際限なく覆っていて、ずっと薄暗く、天気どころか外の明るさもそれから全く変わらない。……おかげで今でも二人は探索を続けていられるが、時間感覚が掴めないのは地味につらい。

 

(そろそろ呼び戻すか……って、連絡手段がないんだったな)

 

 ここでは魔法は使えないし。携帯もそもそも電波なんて届かないし。神からのメール? あれは例外だろ。

 まあ、遅くなってきたら戻ってくるよう言ったし、いい加減戻ってくるだろ……ここは蘇生装置のあった建物から近いし、道に迷うこともない。

 俺がそう考えて間もなく、才と海斗が帰ってきた。

 

「ただいまーっと」

 

「ん、どうだった?」

 

「ダメだ。施設の中一通り見てみたけど見つかんねえよ」

 

 海斗が疲れたように言う。海斗の言う施設とは、アリシアを蘇生させた装置のある施設のことだ。

 

「あの施設……装置の他にベッドや医療器具もあった。病院で間違いないと思う……」

 

「……そうか。じゃあ、今日のところはここまでにして休んどけ。疲れたろ」

 

「おお、そうする……あー、腹減ったなぁ〜……」

 

 昼も夜も食ってないからな……。

 

「……………」

 

 才は海斗の言葉を聞くと、ごそごそとポケットを探り出した。どうしたんだ?

 

「はい」

 

「え?」

 

 才がポケットから取り出したのは、カロリーメイトによく似たお菓子の箱だった。アースラの食堂で売ってあるのを俺は知っている。

 

「たまたまポケットに入れてた……行く前に一本食べて、今ちょうど三本あるから、三人で分けよう……」

 

「おお! くれるのか!?」

 

 才の提案に海斗は大喜びで一本受け取る。

 海斗に分けた才は次に俺に箱を向けてきた。

 

「綾も、いるかい?」

 

「……いや、今はいい。ほとんど動かなかったし……限界になった時に、最後の一本を三人で分けるとするよ」

 

「……そう」

 

 俺のやせ我慢な言葉に受け取ると、才は軽く笑みを作って箱をポケットにしまい込んだ。そして壁際で座り込む。

 

「じゃあ、僕もいい……今開けたら、最後の一本の保存状態が悪くなる……」

 

「え……?」

 

 声を出したのは海斗だった。ちょうど、菓子に口をつける直前で止まっている。

 

「え、何この状況……俺がここでこれ食ったら、俺悪者な感じじゃね?」

 

「……そんなことはないと思うよ。それに開いてた袋のものだから、ほうっておくと保存が悪くなる」

 

「いいからとっととそれ食え。お前の口が着いたそれなんて俺は食わんぞ」

 

「むごっ!」

 

 無駄に躊躇う親友の口に、彼の手に持っていたものを無理やりねじ込んだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 それからはそのままアリシアの看病も兼ねてこの部屋で就寝となった。

 海斗は自分に正直な奴、才は身体がまだまだ子供であるため、他の民家から布団を拝借し、それにくるまって眠っている。俺は一応起きたまま、アリシアの看病を続けている。

 静かに寝息を立てるアリシアの頭を優しく撫でる。未だに起きないのは、俺は医学に詳しい訳じゃないからなんとも言えないけど、怪我などで意識不明になった人が目を覚まさないのと似たようなものなんじゃないだろうか。蘇生されたからと言って、直後に目を覚ますことなんてまずないような気がする。

 

 ……さて。

 蘇生されてからアリシアの呼吸は正常だ……半日以上正常なままでいるということは、呼吸困難とかの心配は少ないだろう……。

 二人……特に海斗もしっかり寝ている……今なら行動できそうだ。下手に心配かけられたくないからな……才はすぐに感づかれそうだから怖いけど、バレるもんだと割り切るしかないか。

 俺は静かに立ち上がり、そして音を立てぬように部屋から出て行った。

 目指す場所は……図書館。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 図書館で、俺はまず館内の装置を一通りいじってみた。

 装置は全て動力が落ちているのだが、ジュエルシードがある。取り付け方は先の蘇生装置とだいたい同じ感覚で取り付けることができた。

 動力が入り、装置が輝きを発する。

 一通りの装置に動力を入れた後、俺は試しに、恐らく検索用端末である機械に触れてみた。

 しかし画面に映し出されるのはアルハザードの言語。全くわからない。唯一この世界の言語を知っていたプレシアも、この世にいない。

 

(……やるしかないか)

 

 ポケットに手を突っ込み、取り出したのは星のチップ。

 それを握り締め、悪夢のゲームの始まりである、あの居城を頭に思い浮かべる。

 

(来い……来いっ……!)

 

 強く強くあの場所を、そしてあの元凶を脳から呼び出す。

 

 視界が一瞬、真っ白に変わった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 荘厳な雰囲気を醸し出す宮殿。

 中庭の中央に噴水。一体この中庭だけでどのくらい広いんだろう。百人なんて簡単に入るのだから、かなりのものだろう。

 かつてはここに百人集められたのだが、今は誰一人、人っ子一人いない。

 いや、いる。俺と()だ。

 噴水の上に浮かぶ『奴』。白いローブを羽織る彼――神は、まっすぐこちらを見下ろしている。

 

『……汝、望みが叶うことを欲するか?』

 

 神はそう問うた。

 だが、俺はすぐそれに答えることはしなかった。その前に、訊きたいことがある。

 

「……その前に、いくつか訊きたいことがある」

 

『……………』

 

「願いを叶えるために必要なスターチップの個数を事前に知ったり、必要な数を聞いて内容を変えることってできるのか?」

 

『……それはできぬ。……それが汝の望みとして、星を捧げるのであれば、話は変わるがな……』

 

 ……すなわち、こいつに対しては何を頼むにしてもチップ次第ってことか。

 

「じゃあ……最初の時、参加者の多くがチップ三つで叶えられるだけ……みたいな願い方をしてたけど、個数もこっちで設定しなきゃならないのか?」

 

『否……望みのみを言った場合には、こちらで必要な数をいただこう……無論、数が足りることが前提ではあるがな……』

 

 なるほど……変に多く支払うこともないようだ。支払う数がわからないのが不安だが。

 

「そうかい。じゃあ……俺に二十四時間の間、アルハザードの言語がわかるようにしてくれ」

 

 二十四時間に設定するのはスターチップを節約する他に、アルハザードからの脱出を二十四時間以内に達成する……という決意の意味もあった。

 

『……よかろう。星を三つ捧げよ……』

 

 言われて、スターチップを三つ放り投げる。

 チップは空中で粉々な砕け散り、消えていった。

 

『望みは叶った……他に、叶うことを欲する望みはあるか?』

 

「ない」

 

 きっぱりと言った。

 

『そうか……では、元の場へ戻そう……』

 

 再び、視界が真っ白になった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 目を開くと、図書館内に戻っていた。

 早速、検索用端末を動かしてみる。画面にアルハザードの言語が並ぶ。

 ――わかる。

 つい数分前まで訳もわからなかった言語が、読める。

 画面に触れ、装置を操作する。

 

(館内本の検索……検索ワードを入力して、検索ワードに関連する書籍を転送……)

 

 タタタタッ……画面を叩き、指定の動作を行っていく……。

 館内転送機が動くことを確認して、実行キーをタッチ。

 実行させて十数秒で、検索ワードに引っかかった本が転送されてきた。ぱっと見、十冊ちょい。

 転送されてきた本を片っ端から確認する。しかし中身は開かず、まずは手に取った本の表紙を見てどかし、また次の本の表紙を見て……を、繰り返す。

 

「……あった!」

 

 ちょうど十冊目で、目的のものが見つかった。

 茶色いブックカバーの、分厚い本。表紙には、黄金色の剣十字の装飾がされている。開くと、アルハザードのものではない言語が綴られていた。

 

「探せばあるものなんだな……」

 

「怪しいとは、思わないのかい?」

 

「!」

 

 振り返る。声をかけてきたのが入り口に寄りかかる才であると判別したのには数秒かかった。

 

「……起きてたのか」

 

「だいたい予想はついてたよ……古くから存在し、極めて高度な技術があるこの世界なら、闇の書を夜天の書に戻す方法もしくは、夜天の書の模造品があるかもって見ていたんだよね?」

 

「……ああ」

 

「そしてそれを持っていたら、神が高度な指令を向けてくる……チップを大量に手に入れるチャンスも来るって考えてたんだよね?」

 

「ああ」

 

 才の言ってることはその通りだった。

 緊急指令を発するには、それにふさわしい状況や条件が必要だ。ならそれを、こっちの手で揃えれば、緊急指令によってチップを獲得するチャンスはやってくる。そう考えていた。

 そして今手にしているのは、言わば写本だ。一体どこまで夜天の書をコピーしているのかはここではわからないが、これを使えば闇の書から無事な人格プログラムを移し替えることで闇の書の意志――後のリインフォースを生かすことができる。奴なら、それを妨害するような指令を出してくる。

 

「でも……いくらここが技術がどこより発達しているアルハザードで、夜天の書が極めて強力な分、模造しようとすることがあり得たからと言って、それがここにあるのは都合が良すぎるとは思わないかい?」

 

「つまりは……奴がこれを用意したと?」

 

「可能性は、なくはないよ」

 

「奇遇だな。俺と全く同じ考えだ」

 

「どうするの? この流れ自体、罠かもしれないよ……?」

 

「そうだな。確かにそうかもしれない」

 

 もしそうだった場合、待ち受けているのは敗北必至の鬼畜使用なものがくるだろう。奴は俺達の謀反計画を知ってるだろうから、危険因子として摘み取ろうとするかもしれない。

 ……だけど。

 

「けど……多少のリスクを犯すぐらいじゃないと、奴を……神を倒すことなんか無理だ。それに……」

 

「……それに?」

 

「言ってみればそいつは間接的に、神との勝負ってことだ。やる価値はある……!」

 

 笑ってみせる。才は呆れ半分といった苦笑を見せた。

 

「……そっか。じゃあ、早くここを出よう……」

 

「そうだな……言語解読ができるのは二十四時間までだから、さっさとしねーと」

 

「……使ったんだ? いや、逆に使わなかったら、装置の操作もできないか……」

 

「ああ。時間は限られてるし、俺は転移装置を探しに行くよ。才はアリシアの看病についてくれ」

 

「……わかった」

 

 俺と才は、それぞれ街を歩き出した。

 夜は更ける。




 なんと夜天の書(写本)を入手。第二期の準備も進んでいきます。
 大昔に存在し、死者蘇生の技術もあるアルハザード。かつ、夜天の書の強さも考えたら、写本ぐらいありえるものかと。まあ、才の言うとおり神の仕掛けたものかもしれませんがね。
 第一章はアースラに戻るまで続きます。アースラに戻るまで何話かかるんだろ?
 あと、綾のスターチップの数が十九個から十六個になりました。しかしあとに見込める利益を考えたら無問題。皮算用にならなければいいですが。

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