Magic game   作:暁楓

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 閑話です。


第二十一話

 俺達がアースラで無償奉仕活動を始めて一週間。

 俺達の仕事――まぁ、俗に言う雑用だ――の評価は中々のもので。

 例えば……

 

「……どうぞ」

 

「ああ、ありがとう。君、お茶の淹れ方とてもうまいね」

 

「……いえ」

 

 才は口数が少ないながらも、お茶係として高評価をもらったり……

 

「あ、すいませーん。これを、そっちに運んでくれますか?」

 

「あ、いいですよー。……よいしょっと!」

 

 スポーツ、体力馬鹿な海斗は機材運びなどの重労働な場所で活躍したり。

 アースラの人達が優しいということもあってか、アースラのみんなと親しくなりつつある。

 そして俺は、一日の大多数をある部屋で過ごしている。

 

「おはよう、アリシア。今日の調子はどうだ?」

 

 部屋に入って、ベッドに横たわる少女……アリシアに声をかける。俺の手には彼女の食事を乗せたトレーがある。

 

「……そうか。じゃあ早く良くなるためにも、しっかり食べような」

 

 もぞもぞと動くアリシアに、俺は優しく微笑みかけてやった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 アリシアは顎の筋肉も衰退しているため、噛む力もほとんどない。

 そのためアリシアの食事は噛む必要のないスープ、もしくはお粥状のもので、それを流し込むようにして食べさせる。ただしただ流し込むのではなく、一度口に含ませて顎を動かすことをさせるといった感じでリハビリも取り入れている。

 

「どうだ? 今日のスープ」

 

『うん、おいしいよ。……でも、早くハンバーグとかカレーライスとかも食べたいなぁ』

 

 アリシアは念話で返してくる。アリシアにとっては念話は現時点で唯一の会話手段だ。

 アリシアの要望に対して、俺は苦笑する。

 

「それ、昨日も言ってなかったか? ……でも、早く自分で何でもできるようになりたいよな」

 

『うん』

 

「じゃあ、そのためにも身体を動かす練習、頑張っていかないとな」

 

『うん!』

 

 食事が終わってからはいつも、アリシアの手足をマッサージしている。少しでも固まった筋肉を解せたらと始めたことだ。

 アリシアが痛がらないように気をつけつつ、ゆっくりと指で圧力をかける。

 

「どうだ、痛くないか?」

 

『うん。気持ちいいよ』

 

「そっか。痛かったりしたらすぐ言ってくれ」

 

『うん。……ねえ、綾さん』

 

「ん?」

 

『いつになったら、私も走り回れるようになるかな?』

 

「うーん、病気の影響とか、それで眠っている間の衰えで動けないんだからなぁ……お医者さんの話だと、リハビリの経過にもよるけど、しっかりと話ができるようになるのが半年ぐらい、自分で立って、自由に走り回れるようになるのはさらにもうちょっとかかるって」

 

 アリシアには、アリシアは重い病気にかかって眠り続けてて、それで身体が動かなくなっていた。そして病気が治って、これからリハビリを頑張ればまた動けるようになると説明している。自分は元々死んでいたと、そう説明しても信じられないだろうと考えた結果だ。

 

『そっかぁ……早く歩けるようになりたいなぁ』

 

「動くことができないって、退屈だよな」

 

『それもあるけど……早くよくなって、忙しくって来れないお母さんに、私から会いに行くんだー』

 

「……………」

 

 ……プレシアの死は、アリシアには教えてない。

 いずれは知ることになるとしても、幼い今のアリシアにその現実を突きつけるのはあまりに酷に思えた。

 だから……俺はアリシアに「プレシアはとある仕事で遠くに行っている」と……そう嘘をついた。

 

「……ごめんな」

 

『……? 綾さん? どうしたの?』

 

「……いや、何でもない。……はい、ひとまずマッサージはここまで」

 

『ありがと! ねえ綾さん、手品見せて!』

 

「……ああ」

 

 贖罪をするかのように、俺は努めて笑顔を作った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 昼になって、俺はある部屋の前に来ていた。

 二回ノックする。少しすると、自動式の扉がスライドした。

 

「はいはーい……って、あんたか」

 

「あ、こんにちは」

 

 出てきた二人の反応は、以上の通りだった。

 

「こんにちは。フェイト、アルフ」

 

「で? 今回は何さ。またどうでもいい話をしたいってのかい?」

 

「だめだよ、アルフ。そんな言い方しちゃ」

 

「ああ、いいよ。俺も前回のはホントにどうでもよかったって思ってる」

 

「じゃあ話すなよ。あんな雑学」

 

 アルフは以前のジュエルシードの奪い合いの件が尾を引いてるのか、俺に対して言葉がキツい。そして俺がいる場合、アルフの態度にフェイトがオロオロすることが多い。

 

「今回はフェイトに真面目な話がある。ついでにアルフ、お前も聞くといい」

 

「あたしはついでか」

 

「ああ、ついでだ」

 

「殴るよ? もしくは噛み付く」

 

「アルフ、落ち着いて……あの、立ち話もあれですし、入りますか?」

 

「ああ。そうさせてもらうよ」

 

 フェイトの提案を快く受け取り、部屋へと入る。

 一応、事件の重要参考人の部屋とあって、女の子らしいものがほとんどない寂しい部屋だ。ビデオレターという手法もまだとっていないためか、本当に何にもない。

 唯一あるとすれば、机に置かれた写真立て……そこに納められた、フェイトとプレシア――否、アリシアとプレシアの写真一つだけだった。

 どうぞ、と椅子に座ることを勧められ、礼をしてから座る。フェイトとアルフはベッドに腰掛ける。

 

「それで、話って……?」

 

「ああ。前振りも面倒だし、単刀直入に言うよ。……アリシアがお前に会いたいと言っている」

 

「っ!」

 

「……っ」

 

 びくり、と二人の肩が揺れた。それから一人は警戒心を剥き出しにし、一人は不安げな表情で俯く。誰がとは、言うまでもないだろう。

 

「アリシアには、フェイトはアリシアが病気で眠っている間に生まれた妹だって……そう説明したのは覚えてるよな?」

 

「……はい」

 

 まさかアリシアの代わりとして造られた子なんて説明ができる訳がなく、そう俺がでっち上げたのだ。……アリシアに色々嘘ついてるな、俺。

 

「それでお前の話をしていったら、『今まで見ることができなかった妹の姿を見てみたい』……それが、『姉』の要望だ」

 

「……………」

 

「無論、強制はしない。会いたくないと言うのならそれでもいいし、気持ちの整理ができるまで待ってほしいと言うのなら、いくらでも待とう。リンディさんにもそういうことで許可はもらっている。後はフェイト次第だ」

 

 できるだけ穏やかな口調で、変な圧力をかけないように言う。圧力がかかってそれが影響して答えが出たなら、それはフェイトの意見ではなくなる。

 フェイトはしばらく俯いたままだったのだが、ようやく、振り絞るようにして答えた。

 

「一日だけ……考える時間をくれませんか……?」

 

「……わかった。明日また来るよ。その時、一日で決まらないようならそう言ってくれ。何日でも延ばそう」

 

 フェイトは僅かに、本当に僅かにだけ頷いた。

 それを見た後、俺は退室をした。

 

「あら」

 

「……どうも」

 

 退室したら目の前にリンディさんがいた。

 

「この部屋に、何かご用で?」

 

「いえ。ただ通りかかっただけだから」

 

「……そうですか」

 

「……もう、あのこと話したの?」

 

「ええ。早い方がいいかと思いまして」

 

「返事は?」

 

「一日考える時間をほしい……とのことでした。一日では決まらないかもしれないので一応、何日延ばしても構わないと言っておきました」

 

「そう……フェイトさんにとっては、複雑な存在だものね」

 

「まあ、それも明日になったら答えが出るかもしれませんよ」

 

「それでいい結果になればいいのでしょうけどね……」

 

 ところでと、ここでリンディさんが話題を変えてきた。

 

「前から思ってて、そのうち訊こうと思ってたんだけどあなた、本当に十六歳なの? 交渉力があったり、他にも色んなことができたり……あなたの出身国で言う十六歳って中学生卒業した辺りだって聞いたんだけど……海斗さんと同い年には見えないんだけど」

 

「実は少し、年齢を詐欺ってるんですよ」

 

「ああ、やっぱり」

 

「十四です」

 

「もっと有り得ないわ」

 

 残念ながら、現実だ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 翌日。

 まだ自由に部屋を出ることはできないフェイトが、現在部屋を出て医務室の扉の前にいた。アルフもついている。

 ここに来ることに、一日悩んだ。そして悩んだ結果、フェイトは自分の『オリジナル』であるアリシアに、会うことにしたのだった。

 今、目の前の部屋の中にはアリシアと、先程部屋に綾が入っていった。これから対面するということを教えるためだそうだ。

 扉が、開いた。

 

「……フェイト、入っていいぞ。ああ、アルフはここで待ったな」

 

「え、なんでさ?」

 

 綾の『アルフは待機』という指示に、アルフ本人が怪訝な顔をした。

 理由は単純だった。

 

「なんでって、今回は姉妹水入らずにしてやれよ」

 

「う……わかったよ」

 

「さて、フェイト……事前に話した注意事項はわかってるな?」

 

「……はい」

 

 注意事項とは、フェイトが答えを出した後で綾が話した、アリシアと話す時に注意してほしいと言ったものだった。

 それは、フェイトの知っているプレシアとアリシアの知っているプレシアは違うということ、そしてフェイトの知っているプレシアをアリシアは知らない、ということだった。

 言われて、フェイトも理解した。アリシアを蘇らせるためにプレシアは自らの命を賭してアルハザードへ向かった。アリシアを生き返らせる手段の一つとしてフェイトを造り、出来損ないの人形と嫌悪した。自分と違ってアリシアへの愛情が強かったというのは、容易に想像できる。また、後者のことについても当然だ。フェイトが生まれ、プレシアが死ぬまでの間、アリシアは死んでいたのだから。

 また、アリシアにはまだプレシア事件のことは教えていないということも聞かされた。つまり、アリシアにとってプレシアは『たくさんの愛情をくれる優しいお母さん』という認識のままなのである。

 

「……すまん。今は……アリシアに話を合わせてくれ。時期を見て、俺からちゃんと説明するから」

 

「……はい」

 

「ん……じゃ、行ってこい」

 

 ポンと、優しく背中に手を乗せられた。

 そしてフェイトは、アリシアが待つ部屋に、一歩踏み出した。

 部屋に入ってすぐアリシアと対面、ということではなかった。カーテンレースの柵がベッドを隠している。

 すぅ、はぁ。と深呼吸をして、気持ちを整える。震えそうになるのを抑えて、レースの向こうへと向かう。

 距離にして二、三メートルもない距離なのに、今まで何十メートル何百メートルという距離を一瞬で駆け抜けてきたというのに、この距離を歩くのにとても時間がかかった気がした。

 レースの向こうへとついた。

 ベッドが見える。

 ベッドには、自分と瓜二つ……いや、自分より少し幼い顔つきか。とにかく自分にそっくりな彼女が、横になっていた。

 フェイトは彼女に、なんて声をかければいいか、わからなくなった。

 

『あなたが、フェイト?』

 

「っ!」

 

 自分によく似たトーンの声が、頭に響いてきた。

 クローンとそのオリジナルなのだから、声が同じであるのはある意味当然だが、いざ聞くと得体の知れない不安にかられる。

 

『ごめんね、私一人だと全然動けないから……こっちに来てくれないかな? ちゃんとあなたの顔を見てみたいの』

 

「あ……う、うん……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと、アリシアからよく見える位置、アリシアの隣まで歩く。

 歩くたび、得体の知れない不安は大きくなり、足が止まりそうになった。

 アリシアの隣にようやくつく。筋力の衰えで半分程しか瞼が開かない目が、こちらを見ていた。

 

『綾さんの言ってた通りだ……私そっくり』

 

 表情を作れない顔とは裏腹の、少し楽しそうな声が響く。

 

「え、えっと……」

 

『まずは、自己紹介からかな? こうして話し合うのは初めてだからね。私は、アリシアです』

 

「わ、私は……私は、フェイト……」

 

『うーん、フェイトは恥ずかしがり屋さんなのかな? それとも、緊張してる?』

 

「えっと、私は……」

 

 アリシアを前にして、言葉が纏まらない。

 不安の理由はわかっていた。オリジナルであるアリシアが、クローンである自分を嫌悪するのではないか、自分の存在を否定されるのではないかという恐れだ。

 今はまだ、綾が誤魔化しているから大丈夫なのだろう。

 しかし、いずれ真実を知る時がきっと来る。

 その時、アリシアはどうするのだろう。今のようにはならないかもしれない。今かけてくれている優しい声が、もう聞けなくなるかもしれない。

 

『……フェイト』

 

「え? あ、何かな? アリ、シア……」

 

『……ちょっと、手、握ってくれる?』

 

「あ、うん……」

 

 フェイトはアリシアの言う通りに手を握った。

 

『……次は、この手をあなたのほっぺに触らせて?』

 

「うん……」

 

 アリシアの意図が読めないまま、言われるままに握った手を頬に当てる。

 すると急に、アリシアの手が震えだした。

 

「アリシア……?」

 

『……ごめんね。撫でてあげたいんだけど、身体が全然動かなくって』

 

 どうやら、撫でようとしていたらしい。

 それならばと、自分からアリシアの手を上下に動かし、撫でる動作を手助けする。

 ありがとね。とアリシアが言った。

 大したことじゃないよ。とフェイトが返す。

 しばらく続けていると、アリシアの方から言葉を発してきた。

 

『私、知ってるんだ』

 

「え……?」

 

『綾さん、私に何か隠し事してるんだよね? それはとても大切なことで、フェイトが震えていることにも関係してるんじゃないかな?』

 

「……………」

 

『待ってるよ』

 

「え?」

 

『待ってる。いつか、綾さんやフェイトが話してくれるまで。それが、私と、フェイトのことだとしても、ちゃんと受け入れるよ……だって、お姉ちゃんだもん』

 

「アリシア……」

 

『それよりあなたに会って、伝えたいことがあったんだ』

 

 言うと、アリシアは目を細め、口角をヒクヒクと動かし……彼女なりの、笑顔を作った。

 

『フェイト……こうやって、あなたに会えてよかった』

 

「……っ」

 

 フェイトは痛がらない程度に『姉』の手を強く握り締め、頬を擦り付けた。

 涙が溢れる。

 

「アリシア……姉さん……っ」

 

『うん……背はちっちゃいし、知ってることもきっとフェイトより少ないお姉ちゃんだけど……ちゃんと、お姉ちゃんとして頑張るよ』

 

「私も……姉さんに会えてよかった……!」

 

『うん……』

 

 しばらくの間、姉妹はこのまま一緒に居続けた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「うわあああああ……フェイトぉぉぉぉぉ……っ」

 

「……お前、周りから見られた時を考えろよ。変な人に見られるぞ」

 

 部屋の前でフェイトを待つ俺は、一人号泣しているアルフにそう注意した。効果は薄い……いや、なさそうだ。

 しかし理由が精神リンクによって伝わってくる感情によるものだと知っているため、これ以上言うつもりはない。

 それに、アルフの様子は中の様子でもある。

 

(どうやら、中の様子について心配ないみたいだな……)

 

 安心した俺は、壁に寄りかかってフェイトが戻ってくるのを待った。




 次回から騎士討伐編開始です。え、早い?
 A's編が十二月から始まると思ったら大間違いなんですよ(迫真

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